厄災の魔法師   作:無為の極

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第55話

「そう言えば、蒼はどうしてるの?」

 

「蒼ならマクシミリアンのスティーヴンさんとの会食だって。こんな時じゃないと一緒に食事も出来ないからって言ってたわ」

 

 アヤとリーナは2人でディナーを取りながら話に花を咲かせていた。当初はどこかぎこちない話が続いたものの、当時の事や、今の状況に話題が移ると当時の状況を思い出したのか、そんな空気は消え去っていた。

 ディナーが開始されてから1時間以上が経過している。気が付けば、食後のデザートとコーヒーが2人の前に用意されていた。

 

 

「IMSの主任研究員はそんな事もするの?」

 

「ううん。今回は偶然だそうよ。私も初めて会ったけど、研究者らしくないって感じだったわ。リーナも知っての通り、魔法師の海外渡航は許可が中々出ないから、こんな時位はって感じじゃないかしら?」

 

 ケーキを切り分けるかの様に、フォークを使いながら口へと運ぶ。優雅に食べる姿は同性のリーナも見惚れる程だった。既に自分はカフェで散々飲み食いをしている姿を見られている。こんな場所で今さら取り繕う必要は無いが、それでも周囲の目があるのは間違い無かった。

 リーナはいつもよりは大人し目に口に運んでいた。カフェのチーズケーキとは違う味わいにリーナの頬は僅かに緩む。そんな姿を見たアヤは思わずクスリと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、時間も限られる。下手に時間をかけると何かと面倒だしな」

 

 アヤとリーナが食事をしている頃、蒼は単独でボストン美術館へと向かっていた。あの時点でリーナが尾行をしているのであれば、確実に部隊が来ているのは間違い無かった。

 事実、尾行している気配はリーナ一人ではなく、他に少なくとも3名は居るはず。戦術チームとして考えた場合、ごく当たり前の部隊編成だった。リーナを振り切った時点でこちらに尾行が無ければ問題無いが、万が一こちらにも付いて回るのであれば、最悪は始末する必要も出てくる。何せ自分達に害悪が有ると判断すれば、相手は容赦なく攻め込んで来る様な部隊であるのを既に経験しているからこその判断だった。

 車では無くバスを使う事で周囲の気配を気が付かれない様に探っていく。案の定、数人の気配が蒼の行動先について回っていた。センサーがギリギリ反応するかどうかのレベルで認識阻害の魔法を行使し、周辺を確認していく。既に察知した気配以外の存在を確認する事はなかった。

 

 鍵を問題なく開錠し中へと侵入する。恐らくは内部には入ってこないだろう事だけは予測出来ていた。一般的な施設とは違い、美術館であれば歴史的に貴重な資料がいくつも存在する。幾ら軍隊とは言え、勝手な判断で行動が容易に出来る場所ではない。事実、クリムゾンの前にたどり着く頃にはその気配は完全に無くなっていた。

 

 

「さあ、真の姿を現せ」

 

 完全にケースの中にしまわれた真紅のルビーは怪しく光りを帯びていた。これまでの様に突如として何かが現れるのかと警戒するが、一向にその姿を現す様な気配は無かった。時間にして約1分。鈍く光ったルビーの光は一つの生命体の様に蠢きながら徐々に形作っていた。

 

 

『ほう。我が姿を呼び覚ましたのは貴様か』

 

 光は一つの形を浮かび上がらせていた。顕現したそれは騎士の姿はしているが、これまでの様な明らかな敵意は感じられない。それが何を意味するのかは分からないが、それでも警戒を解く様な事はしなかった。

 集まる光がゆっくりと詳細までを作り出す。手に持った天秤の様な物が印象的だった。

 

 

「ああ。俺が呼んだ」

 

『……なるほど。我を呼ぶに相応しい器の様だ。で、何を求める?』

 

「大人しく俺の軍門に降ってもらおうか。お前の力を必要としている。嫌なら力づくでも言う事を聞いてもらうが」

 

 既に蒼は臨戦態勢へと突入していた。これまでであれば確実に何かしらの魔法が飛んでくるが、目の前に現れた騎士はそんな気配すら無い。内心、拍子抜けしながらも蒼はなお警戒を緩めず様子を見ていた。

 

 

『………良かろう。既に同胞を従えているだけでなく、彼の物までも手中に治めている以上、闘争に陥った所で適う道理はない。ならば我はこのまま軍門に降ろう』

 

 何かを探知した結果なのか、天秤を持った騎士は実体を完全に表すと同時に、蒼に対し頭を垂れていた。

 敵意は微塵も感じない。気が付けば先ほどまで詳細を象っていたはずの姿は再び消え去っていた。既に軍門に降った事が感覚的に理解している。呆気ない結末ではあったが、これが仮に戦いに発展した所で結果に変化は訪れない。

 気が付けばクリムゾンは先ほどの様な光が消え去り、何事も無かったかの様にケースの中に鎮座している。目的が達成出来た以上、このままここに居る必要性は何処にも無いとばかりに蒼は美術館を後にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、どうして尾行したのか理由をお聞かせ願おうか」

 

 美術館から少し離れた公園で蒼は突如として振り向きながら見えない何かに対し声を挙げていた。本来であれば滑稽な姿にも映るが、確実に隠蔽しながらこちらを付けているのは間違いなかった。声を出しても返事は来ない。静かな空間には音一つ無いままだった。

 

 

「ダンマリか。ならば仕方ないな。もう一度だけ言う。尾行の理由を言え。さもなくば存在すら残さん」

 

 既に尾行している事がバレているにも関わらず、そのまま放置するほど蒼はお人好しではない。事実上の警告とも取れる言葉を発しても何も起こらない以上、付き纏う物の正体が何なのかを確認すべく蒼は自身の腕を何も無いはずの空間に向けてただ振りかざしていた。

 突如として黒い炎が何も無いはずの空間を燃やしていた。目の前で起こった現象は何を意味するのかを知っているのは尾行しているはずのメンバーだけ。蒼自信も既にその姿を捕捉しているからなのか、視線は次の場所へと向いていた。

 再び腕が振り下ろされる。まるでそれが当然の結果だと言わんばかりに黒い炎が立ち込めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なん……」

 

 高度な認識阻害の魔法は完全に気が付かれないはずの魔法だった。事実USNAの中でも魔法を使う特殊部隊は対ゲリラ戦に特化した部隊。スターダストには及ばないにしても、その攻撃能力と隠密性は軍内でも一二を争うレベルのはずだった。

 当初上からきた命令はターゲットの動向を調べる事。その際にスターズの総長でもあるアンジー・シリウス少佐も同行すると聞かされた作戦に部隊内は緊張が走っていた。

 

 元々殲滅が目的の部隊を投入させてまで一人のターゲットを調べる事は過去の事例から考えてもありない内容だった。既にスターダストの事実上の壊滅は一人の青年がやった事実は部隊の中でも一部の人間には伝えられている。髪の色や瞳の色を幾ら変えても身体的な特徴までは変化しておらず、その結果何かしらの目的があってこの国来た事がキャッチできたのは偶然にしか過ぎないとまで思われていた。

 

 事実、これまで尾行した結論から言えば完全に杞憂でしかないと思われていた。このまま何も無く終われば、幹部連中は何を警戒しているのかすら訝しむ所だったが、突如として事態は変化していた。シリウス少佐が捕まった事により部隊の警戒が最大限に高まる。

 事前にシリウス少佐から聞かされていたものの、完全に把握されなかったはずの魔法が感知された時点で部隊の認識は完全に戦闘へと切り替わっていた。いつでも攻撃を仕掛ける事が出来る状況を保ちつつ様子を伺う。そんな矢先の出来事だった。

 

 

「本部。既に隊員2名が正体不明の魔法で命を落とした。部隊内の規則によりこのまま交戦に入る」

 

《待て。まだ許可は出せない》

 

「無理だ。既に相手は我々を捕捉している。このままでは部隊そのものが全滅する」

 

《………了解した。貴君らの健闘を祈る》

 

「各員、戦闘たいせ……」

 

 

 通信を終えた指揮官が見た者は部隊の人間が居たと思われる場所すべてに黒い炎が上がっている場面だった。全部で5本の炎柱はその場で轟々と燃えている。時間にして僅かな時間に事実上の全滅は歴戦の猛者とも言える指揮官の戦意を削ぐには十分すぎていた。

 普通の兵士であればそのまま戦意を失ったままで終わるが、特殊部隊の指揮官ともなればこれまで経験した事が無い事実が目の前で起こっても意識を取り戻すのは早かった。

 既にCADに指がかかる。目の前の青年がまだこちらに意識が向いていない事を確認し、そのまま魔法を行使していた。

 

 

「馬鹿な!今の魔法は完璧だったはず」

 

 指揮官が放った魔法は完璧だと言える位の渾身のタイミングだった。全てを真っ二つにするかの如く真空の刃がいくつも襲い掛かる。いくら障壁を展開しようとしても物理的に間に合わないはずだった。

 どんなA級魔法師と言えどCADの操作と展開にはタイムラグが存在する。しかし目の前の青年はCADの操作すら行っていない。まるでそれが当然だと言わんばかりに視線をこちらに向けただけだった。

 複数の刃が全て眼前で霧散する。必殺とも取れる間合いに於いて防がれた事実は驚愕以外の何物でも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抵抗するなら始末するが、死にたいのか?」

 

 突如飛んできた真空の刃を蒼は自身の展開した障壁で全て防いでいた。ついさっきまでの蒼であれば、全部とまでは行かないが幾つかは直撃する様な魔法だった。しかし、クリムゾンに巣食うそれを取り込んだ事により、反応速度は更に高まっていた。

 僅かに感じた反応に対し最大限に効果を発揮する。既に先ほどの魔法を発動した事により、その人間の姿を捕捉していた。本来であればこのまま抹殺しても問題無いが、それでは最悪また付き纏われる可能性がある。リーナが居た時点で組織は確認出来たが、最悪は帰国が困難になる可能性が高くなる。それならば多少なりとも示威行動を起こす事により、相手の反応を伺う事を決めていた。

 既に捕捉しているのは残り一人。可能性からすれば指揮官である事は予測出来る。だとすれば再度確認し、その正体を引きずり出した方が得策である事を優先していた。

 

 

「そうか……この国の軍人は皆、自殺願望が強いみたいだな」

 

 既に先ほどの黒い炎は完全に消え去っていた。元々認識阻害の魔法だけでなく、今作戦の為にこの周辺地域の想子センサーは切られていた。本来であれば先程の魔法は違法使用だと言いがかりをつける事で強引にでも話し合いの場へと持つれこませる事も可能だったが、万が一の作戦の為にそれが裏目に出た形となっていた。

 指揮官と思われし人物は気が付いていないが、蒼としては元からそんな程度の低い考えを持ち合わせてはいない。日本でもセンサーの有る無し関係無く平然と利用している部分が多分に存在してた。

 それは偏にセンサーに引っかからない自負と、元から行使する魔法そのものが通常とは違っている事が最大の要因でもあった。姿形は見えないが、既にその存在している場所は察知している。返事が無いのであれば、このまま一気に消し去った方が良いだろうと判断し、再びその人間が居ると思われる場所に視線を向けた矢先の出来事だった。

 

 

「待て。話がしたい。自分としては既に戦意は持ち合わせていない」

 

 認識阻害の魔法を解除すると、そこには戦闘服を着ていた一人の兵士の姿があった。既に戦闘の意志は無いとばかりに両袖を肘までめくり両手を挙げている。それを確認したからなのか、蒼は改めて口を開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺に何の用がある?」

 

 蒼は公園から違う場所へと移動していた。厳密には自分からではなく相手からの提案による物でもあった。周囲を見る事も出来ない車に乗り込み、時間にして約30分程。その間に車が止まる様な事は一度も無かった。本来であれば完全に怪しむべき状況ではあるが、この程度の内容であれば態々警戒する必要性が無いと判断したのか、蒼は特に話をする事もなく目的地まで大人しく車に乗っていた。

 

 

「態々着て貰って済まない。ミスターアカギ」

 

 目の前に居るのは明らかに位が高いと思われる軍人だった。左胸に付けられた勲章の数が軍部でも高官である事を知らしめている。言葉そのものは丁寧ではあるものの、その全体的な雰囲気はどこか見下す様にも思えていた。

 

 

「名前を知ってるって事は、何か俺の事でも探っているのか?」

 

「探ってなど居ない。偶然調べたデータベースに君の事が示されていただけだ。それに先ほどの魔法に関しても若いのに大したものだ」

 

 そう言いながらも高官は雰囲気を変える事無く話を続けていた。どこか見下す様にも思える視線は明らかに自分が優位に立っていると考えての態度。このまま一気に蹴散らかすのは簡単だが、帰国までに妨害が入らないとも限らない。仮にも国の組織である以上、税関で足止めをしようとすれば出来ない事も無い。一先ずは要件を確認してから考える事に思考を切り替えていた。

 

 

「つまらん話ならば俺は帰らせてもらう。帰国の準備もあるからな。時間はお互い有限だろ?」

 

「なるほど……聞きしに勝る物怖じしない性格は見事だ。だが、本当に我々の提案を聞か無くても良いとでも?」

 

 どこか下碑た様な笑顔にも思える物は、よほど自分達が有利な立場にあると言っているも同然だった。改めて周囲の気配を探ればこの部屋をかなりの数の魔法師が取り囲んでいる。もちろん、それだけではなく、先ほどの物言いから判断すれば事実上の妨害をする可能性を秘めている事も予想出来ていた。

 目的を達成している以上この国に未練は無いが、それでも目の前の男は何かと邪魔をする可能性がある事だけが予想出来ていた。

 

 

「少なくとも貴様如き矮小な人間に用事を作った覚えは無い。それとも帰国の妨害でもするとでも?」

 

 不敵な笑みを浮かべる蒼はこれからどうした物かと考えていた。そろそろ時間的にも2人のディナーも終わる頃。このままここに居ても問題は無いが、変に心配させるつもりもなかった。

 

 

「無論、それは我々としてもやれない事では無い。君の事をテロリストだと認定すればそれで事足りるだけなのでね」

 

 未だその視線が変わる事は無かった。決定的な要件を言わず、ただ時間だけを浪費しようとしているその行為が何を意味するのか、一先ずはその下碑た視線を止めさせる事から蒼は始めていた。

 

 

「なるほど……俺に対しての宣戦布告とは、随分と面白い真似だな。だとすればその根拠が無ければ裸の王様って所か」

 

 高官の視線が僅かに揺れたのか目が僅かに狭まっていた。この部屋を取り囲む様に魔法師が包囲している事実を前に、なお揺るぐ気配すら無いだけでなく、挑発までしてくる。

 元々蒼の事を調査したのは日本で行使された魔法の能力を見出した事がキッカケだった。本来であれば高度な魔法を行使する魔法師は簡単に出国する事はない。政府の承認が出て初めて渡航出来るのが今の常識ではあったが、目の前に居る蒼はそんな事実すら無かった。

 入国の履歴は魔法師ではなく一般人として入国している。となれば無理矢理でもこちらに止める事が出来れば、後は時間をかけてでも自分に取って都合が良い様に出来ればとの目論見がそこにはあった。

 

 

「これ以上は連れを心配させるだけだ。この場所がどこかは知らんがさっさと元の場所へ連れて行くか、ここが何処かを教えて貰おうか」

 

「嫌だと言ったらどうするかね?」

 

 蒼の言葉に高官はただ笑みをうかべるだけだった。気が付いているのか、知らないのかは分からない。しかし、今の言葉が蒼の神経を逆なでするには十分すぎていた。

 

 

「周囲をとり囲むお仲間なら既に居ないぞ」

 

 その瞬間だった。周囲を囲んでいたはずの壁の向こうから一斉に断末魔の様な物が聞こえ始めていた。目の前の人物が魔法を行使した形跡はどこにも無い。まるでそれが当然だと言わんばかりの表情は高官の下碑た視線を止めるには十分すぎていた。

 

 

 


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