厄災の魔法師   作:無為の極

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胎動編
第53話


 

「そうか……」

 

「申し訳ありません。これは自分の我儘だとは理解しています。今回の件に関してはその様にしたいと」

 

 蒼は剛毅の経営する会社の社長室で頭を下げていた。唐突に来た話は、いかに剛毅と言えど易々と返事をする事が出来ない内容に、室内の空気は重い物へと変化していた。

 

 

「即決と言いたい所だが、それは経営にも差し支えない物だとは認識出来ないのもまた事実。一度取締役会で取り計らおう」

 

「そうして頂ければ幸いです。もちろん、その時にはその根拠となる物を提示できるかと思いますので」

 

「分かった。ではその件に関しては期待して待つ事にしよう」

 

 何時もの様な海洋調査の船上での雰囲気は微塵も無く、スーツに身を包んだ剛毅は一人の経営者の顔をしていた。蒼からの提案に当初は驚きもしたが、そもそもの出会いを考えればそれもある意味では当然なんだと言い聞かせ、普段とは違う表情に誰も居ない部屋で一人溜息をついていた。

 

 パラサイトの騒動からはあっと言う間に時間は過ぎ去っていた。既に1年次の内容は完了したからなのか、魔法科高校にも短いながらに春の休暇が訪れていた。休みに入るまでの行事は3年生の卒業式があったものの、既に自分には関係無いとばかりに蒼は金沢に来ていた。

 これまでにやってきた研究のとりまとめだけでなく、企業にありがちな新製品の発表など、本来であれば一介の高校生がやるべき事では無い。しかし、主任研究員の立場から考えればそれとこれは別物の話だった。

 そんな中での唐突な蒼からの話は衝撃的な物でしかなかった。突如として出たのはこれまでに発表した研究における特許や一部権利の名義の移行の申し出は、場合によっては経営の根幹を揺るがす可能性がある。元々蒼の提案でもあったFLTとの共同開発が軌道に乗った事もあってか、元々の本業だったはずの海洋調査の仕事だけでなく、CADの開発に関しても会社にとってはかなりの影響力が出始めた矢先の事だった。

 既にこの部屋には誰も居ない。改めて剛毅は二度目のため息を吐く事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれって達也さん達ですよね?」

 

「……多分、今日が雫の帰国の予定じゃないのか?」

 

 蒼とアヤの視界には数人の高校生らしき物が目に入っていた。雑多な空港内でもひときわ目立つその集団は、道行く人の視線を集めている。本来であれば魔法師が国際線の付近をウロウロする様な事はなく、また世間から見ても彼らが魔法師の集団であるとは考えなかったからなのか、そんな状況を見ながら出国の手続きを開始していた。

 元々僅かな日程の滞在でしか無い為に、スーツケースと小さな手荷物しか無い。元からCADを使わなくてもは魔法が行使できる蒼からすれば、最終手続きの想子カウンターさえクリアすれば何も問題無いとだけしか考えなかった。

 

 

「どのみちここでバッタリ会っても面倒だ。さっさと手続きに入るか」

 

「そうですね。手荷物はこれだけでしたよね」

 

 端末にダウンロードされたチケットを見せ、フライト予定の便を確認し、そのままゲートを通過する。遠目で見た集団はこちらの事に気が付く事が無かったからなのか、蒼達はその場から立ち去っていた。

 

 

「本当に良かったんですか?」

 

「ああ。元から予定していた事だからな。詳しい事は取締役会で決定されるだろうが、まず間違い無い」

 

 上空を飛ぶ飛行機の中は思った以上に人が少なかったからなのか、僅かに安堵しながらも2人は会話を続けていた。いくら搭乗したからと言って、どこで誰が聞いているのか分からない以上、企業に関する情報は重大な物に変わりない。特定の単語を抜いた話で周囲を気にする必要があった。

 それが何を意味するのかはお互いが理解している。だからこそ、USNAに向かう前に聞かされた蒼からの話はアヤにとっても驚くべき内容だった。

 

 元々の出会いは決して穏やかな物ではなかった。血と火薬が充満する中で出会ったそれは、まさに衝撃的な物だった。時期は違うが、将輝と真紅郎が出会ったのと似たようなシチュエーションで2人は会っていた。

 しかし、決定的に違ったのは、お互いの状況だった。お互い血にまみれていたのは同じだったが、蒼は相手の返り血に対し、アヤは自分の血で服が汚れている。本来であれば、お互いの人生は交わる事は絶対にありえなかった。

 

 戦場での人に命は一気に軽い物へと変化するのは、いつの時代も同じ事だった。元は蒼も無視するつもりだったが、不意に見たアヤに何か思う部分が僅かにあった。何も知らない人間からすれば気になる部分は微塵も無いが、蒼からすればどれ程の物なのかが理解出来たからこそ、助けようと考えていた。当時は分からなかったが、それが今となっては何なのかは理解している。

 短い期間ではあったが、そんな出会いから気が付けばそれなりに時間が経過した事が改めて思い出されていた。

 

 

「でも、どうしてなんです?」

 

「今はまだ言うべき時じゃない。取締役会で承認されなければ無意味だからな。俺達が帰国する頃には何らかの回答は得られるはずだ。そろそろ時間だ。ゆっくりと休んでおくと良い」

 

 そう言いながら蒼は持ち込んだ本を片手にイヤホンを耳にねじ込む。既に飛び立ってからそれなりに時間が経過したのか、気が付けば機内の照明は消されていた。そんな蒼を見たからなのか、アヤは備え付けの毛布をかぶり、そのまま眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、まだ雪が降ってるとはな」

 

 ローガン空港を出ると空からは雪がチラついているのか、吐く息は白いままだった。以前に調査と言う名の脅しをかけたリーナからの情報は結果的には蒼が知っている情報と大差無かった。

 これまでに展示されていた物が一度でもどこかに移動した形跡が無い為に、確実にそれが真物である事は間違い無かった。残す最後の品を手に入れればやるべき事はただ一つだけ。あとは行動に移すだけとなっていた。

 

 

「仕方ないですよ。事前に調べてもそうでしたからね」

 

 ダウンコートを着ているとは言え、やはり寒さは2人の身体を冷やしてくる。これが日本であれば外気の遮断も魔法で事足りるかもしれないが、ここはUSNA。魔法師にも関わらず事実上の一般扱いで来ている為に、面倒事だけは避けたいと考えるのは無理もなかった。

 タクシーに乗り込み、チェックインの手続きを終える。既に用意された部屋は温調が効いているからなのか温かくなっていた。

 

 

「とりあえず、今回は事実上の弾丸ツアーみたいな物だからあまり他の事は出来ない。今日は周囲を散策して明日から本格的に行動だな」

 

 改めて荷物の中から今回の件で確認した資料を元に周囲の地図と照らし合わせる。既に情報の精査が終わっている為に、あとは粛々と行動に移すだけとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……相変わらず上層部の考えている事は自分の保身ばかりだな」

 

 ヴァージニア・バランスは先の日本におけるパラサイトの捕獲作戦の件で上層部との会議が連日続いている事にうんざりしていた。

 元々はUSNAの魔法師による失態が事の発端である事は間違い無いが、作戦の結果は軍の上層部が考えていなかった結末となった事から、それぞれの部署が責任を逃れるべく会議は紛糾を続けたままだった。

 

 既に気がつけば、そんな不合理とも言える会議が1カ月以上続いている。一応の同盟国でもある日本には何の通告も無く軍隊を派兵した事もあり、日本に対しての責任の追及をする事が出来ないままだった事が、会議を長引かせる要因となっていた。

 今回の件を外交ルートで抗議をした瞬間、相手国に何の通告も無く軍隊を投入している事を知らしめる。事実上の宣戦布告はUSNAにとっても外聞として良い物では無かった。

 

 自国の失態を相手に押し付ける行為は現政権を転覆させるだけの材料に留まらず、国民や野党からの批判一色となるのは明白だった。万が一政権が変わった瞬間、自分達の地位の剥奪の可能性も存在している。誰もが一度は就いた権力の椅子を手放したくないのは、ある意味では道理でもあった。

 また、スターズの配下でもあるスターダストの事実上の壊滅だけに留まらず、非公式ながらも十三使徒でもある魔法師、アンジー・シリウスの二度の敗北は軍部に置いての懸念を植え付けるにはあまりにも大きすぎる結果となっていた。

 

 

「それならば、あの作戦は大佐には関係ないのでは?」

 

 秘書官が疲れた表情を見せるバランスの元にコーヒーと届けながらこれまでの状況を思い出していた。

 バランスは最初から指揮を執っていた訳では無く、想定外の事に伴い途中からの指揮となっていた。事実上の決着がついたミッションでもあるパラサイトの報告に関しては、リーナから個人的な部分と正規の部分とでレポートは届いていたが、その内容はあまりにもかけ離れすぎていた。

 正規の部分では事実上に抹殺をした事により任務完了とはなっているものの、実際にパラサイトがその後どうなってのかを確認する術が無く、あくまでも取りつかれた人物の粛清に留まっていた内容は見るべき者が見れば疑問だけが残る。万が一の事を考えて、上層部は再度パラサイトが出た場合の自己弁護の為の材料を作る必要があった。

 事実、憑りつかれた個体を抹殺した内容を精査した際に矛盾点となる物が無いのかどうかを見越した結果でもあった。

 

 

「そう言いたいのだが、我が国には生憎とその個体に関する調査をする術が何処にも無い。リーナを交換留学と称しての任務期間は事実上完了している。となれば、今は我々が出来る事はパラサイトが再び現れない事を祈るのと、万が一その口から我が国の名前が出ない事を祈る事だけだ」

 

 秘書官が出されたコーヒーをすすりながら一般的な公式見解とも取れる事だけを告げていた。しかし、その心の内は全く別の事を考えていた。

 

 非公式ながらに自身の下に来た黒服の少女は日本の十師族の中でも序列1位とされている四葉のエージェントだった。結果だけ見れば、その件についての打診と同時に個人的なつながりが出来た事は自分にとっても悪い話ではないだけでなく、個人的に聞いたリーナの報告では全てのパラサイトが再びこの世に現れる可能性はあり得ないとの報告だった。

 事実、その言葉に関してはバランスも良く理解していた。スターダストを使ったグレート・ボムの使用者だと思われたタツヤ・シバの調査の際に、見知らぬ青年が一瞬にして車の中で兵士を殺害し、そのまま消滅させた事実を上には報告していなかった。

 

 本来であれば重大な情報の隠蔽にも繋がるが、今回に作戦に於いてはバランスの前任者が全ての責任を負った事により、その事実はがクローズアップされる事はないままだった。あまりにも異質な魔法であると同時に、ある意味ではグレート・ボムの魔法以上に厄介な代物は少なからずとも防ぐ手立てが無い事を通信機越しとは言え実感している。

 限定的な高殺傷能力の魔法はその痕跡すら残さない。それどころかこれほどテロ行為に適した魔法は無いだろうとも考えていた。最小限の範囲で最大限の効果が発揮される魔法が自分達に向けられれば、その末路は考えるまでも無い。

 事実、あの後現地で確認出来た物は何一つ無かった。軍の上層部は未だにグレート・ボムを行使したその術者の捜索に躍起になっているが、実際にはそっちよりも厄介な魔法師の事は何も知らないままだった。

 

 

「で、リーナは今どうなってる?」

 

「はい。帰国した当初に比べれば格段に精神的な部分の回復が見込めています。しかし……」

 

 秘書官の言葉にバランスはやはりかと言った懸念が存在していた。リーナは報告の一部を意図的に隠している事をバランスは理解していた。何がそうさせるのかは分からないが、最初に見たリーナの目には自分の自己に対する疑問がありありと浮かんでいた。

 そんなリーナを見たからなのか、バランスが幾ら問いかけても詳細については口を開くつもりがないからなのか、それ以上の事は何を聞いても返事はするが、そこから先には話が一向に進む事は無かった。

 親子程の年齢は離れているが、現在の部隊の中でもバランスは上司の立場である以上、詳細を知る必要はある。しかし当人が話す意志が無いのあれば、いずれ話をする時を待つよりなかった。

 

 

「一時期に比べれば多少は良くなってるはずなんだがな………良くも悪くも幼すぎた…か……」

 

 魔法師としての資質が高い事を優先させた結果が今の現状だとすれば、今回の任務は失敗だったのでは無いかとバランスは考えていた。世界の警察を自称していた時代は既に過ぎている。あの大亜連合に撃ち込まれたグレート・ボム以降、世界の軍事力は大きく舵を切った事実が招いた一つの結果なのかもしれないと考えていた。

 

 

「そうだな。暫くの間、リーナには休暇を出しておいてくれ。幾ら何でもずっと塞ぎ込まれたままでは今後の為にも良くない。すまないがその様に打電しておいてくれ」

 

「分かりました。そう言えば、ボストン美術館の件で何か聞いていたみたいですから、多少なりとも何かを考えているのかもしれませんね」

 

「リーナにそんな趣味があったのか?」

 

「その辺りは私では……偶然そこで会った知人から聞いただけなので。何かの特殊作戦があるのかと」

 

 秘書官の言葉にバランスは少しだけ引っかかる言葉を思い出していた。明確な回答はしなかったが、車の中で同じくボストン美術館にあるスタールビー『クリムゾン』の確認があった事を思い出していた。

 あの時は気が付かなかったが、どうしてそれが今になってひっかかるのか判断する材料がどこにも無い。しかし自分の直感が何かある事だけは知らせている。それが何なのかを確認すると同時に、先ほどの件を上手く利用出来ればとバランスは改めて考えていた。

 

 

「すまないが、先ほどのリーナの件だが、ボストン美術館に行く様に指示しておいてくれ。任務ではあるが、強制力はそう強く無い事も併せて伝えておいてくれ」

 

「分かりました。ではその様にしておきます」

 

 秘書官に指示すると同時に冷めたコーヒーを口にする。会議の内容とはまた別の問題が浮上する可能性が否定できない以上、今は気分転換と称した作戦で何かを探る事だけを考えていた。

 

 

 


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