厄災の魔法師   作:無為の極

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第51話

 突如として脳内に響く叫び声に、ほのかと美月は反射的に耳を塞いでいた。

 テレパシーとも言えるパラサイトの声は耳を塞いだ所で何も変わる事は無い。これまでに聞いた事が無い程の声はその場にいた全員に緊張感を高めるには十分すぎる程の威力を秘めていた。

 

 

「ピクシー!状況を説明しろ」

 

「申し訳ありませんマスター。どうやら向こう側に居たはずの2体の反応が異常をきたしています。私の根本がそれに反応した様です」

 

 達也の声に理性を取り戻したのか、ピクシーは漸く冷静に判断出来る状態になっていた。既に知りえる事実が何を意味するのか、今のピクシーにはそれを探知するだけの力は存在していない。ただ自分と別れたはずの半身が何かに消された様な感覚が先ほどの悲鳴へと繋げていた。

 

 

「お兄様。向こうには確か……」

 

「ああ。分かっている」

 

 本来であればこの場には深雪とレオが居るはずだった。しかし今は謎の人物によってこの場へと移動した為に、現在の状況を知る得る術がどこに無い。周囲を探知するにも、あまりにもこの場には部外者が多すぎた事から達也は精霊の目を行使する事は無かった。

 

 

「あれって蒼とリーナでしょ?それとさっきの悲鳴がどうつながるの?」

 

「えっ!あれってそうなんですか?」

 

 エリカの何気に無い言葉にほのかが驚いていた。ほのかは同じクラスとしてのリーナの事は知っているが、それがあの正体不明の人物と結びつく事は無かった。それだけではない。エリカが言った、あの銀髪の青年が蒼である事も更に拍車をかけていた。

 

 

「リーナの方は歩き方や重心のかけ方で何となくね。蒼の方は実際に聞いたから間違い無いよ」

 

「でも、蒼さんって二科生なんですよね。大丈夫なんですか?」

 

「ほのか。今はそんな事を心配している場合ではない。自分達がここにいるからと言って全ての事がクリアになる訳じゃない。一度先ほどの場所へ出向いてこの目で確認するしかないだろう」

 

 ほのかは何も知らなかったが故の発言ではあったが、達也は違う意味で時間が惜しいとさえ考えていた。あの蒼の異能とも言える魔法には現代魔法の定義から大きく逸脱している為に、並々ならぬ関心があった。

 仮に姿を偽りながら他の魔法を行使するのはこの学校の生徒でも恐らくは極一部の人間にしか出来ないレベルなのは間違い無い。しかも、相手はスターズの総隊長でもあるアンジー・シリウス。どんな結果をもたらすのか予測すら出来ない状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方も邪魔するつもり?だとしたら排除させてもらう事になる」

 

 仮面の人物はまるで当然だとばかりに蒼に向かっていつもと同じ様な台詞を口にしていた。今回の任務は極秘である以上、このままこの場を立ち去る訳には行かない。

 既に2体の身体を燃やし尽くした黒い炎は消え去っている。以前に見た様に、その場に焼死体はどこにも存在していない。この場に居るのは後2体だけだった。

 

 

「貴様に用は無いと言ったはずだが?貴様こそ同じく排除されたいのか?」

 

「馬鹿を言うな。これは我々の任務だ。部外者は引っ込んでもらおう」

 

 このまま逃げられる訳には行かないのはお互い様だった。ここまで時間にして数十秒しか経っていない。このままいつまで続くのかと思った瞬間だった。

 先ほどまで人間だった物が突如として砂人形の様に崩れ落ちる。その場にあったそれは塵となった瞬間、これまでに感じた事が無い存在感だけが広がり出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「……まさかとは思ったが、な」

 

 蒼は目の前に対峙しているはずの仮面の人物に視線は向く事は無かった。その視線の先には肉眼では見えないが、何かとてつもない物が居る様な錯覚を抱かせている。それが何なのかは蒼自身は良く理解していた。

 

 

「これは……何だ?」

 

 ただでさえパラサイトの様にこれまでの常識では考えつかなかった存在の処分だけで手一杯にも関わらず、ここで更なる正体不明の物体の出現は混乱を招く原因でしかなかった。

 人外とも取れる存在感に仮面の人物はその先に視線をやりたい衝動に駆られていた。しかし、その感情をすぐに押し殺さらざるを得なかった。ここで視線を切れば確実に相手の魔法が行使されるのは間違い無かった。目的が同じであれば衝突の回避は不可能でしかない。

 向こうの視線がこちらから外れているのであれば、一気に実行使に出た方が早い。そんな取り止めの無い事を考えながら指は無意識の内にCADへと這わせていた。

 

 

「死にたくなかったら止めておけ」

 

 先ほどとは違い、銀髪の青年の声にはこれまでに無いほどの殺気が籠っていた。仮面の人物はこれまでに何度も任務で殺気を受けたはずにも関わらず、今の一言は過去の中でも類を見ない純度が高い殺気。まるでそれが強制するかの様に半ば無意識とも取れる様にCADに這わせた指が止まっていた。

 

 

『無限の世界』(unlimited world)

 

 

 突如として出た言葉が周囲を変化させる。それが未だ視認できないはずのそれを顕現させる合図となっていた。

 

 

 

 

 

 

「こ、これは一体……」

 

 リーナは突如として出現したそれに目を逸らす事は出来なかった。

 USNAは旧USAの色を未だ濃く残した国でもあり、またその国民性は旧時代とはそう変わっていなかった。軍属に入ってからは全てが己の力だけが全てと言わんばかりに厳しい訓練に耐えてきた自負はあるが、目の前にあるそれは自分の常識を大きく覆す物だった。

 目の前に居るのは一対の羽が生えた生物。その白さは宗教上における天使を思い浮かばせる物だった。先ほどまでは悪魔とも言えるパラサイトを追いかけていたはず。にも関わらず目の前に居る物を見たリーナは自身の感情とは裏腹に、ただ身体を震わし涙を流す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうやって虚数の海から脱出できた?』

 

 羽が生えた生物の存在は、まるで全てをひれ伏すかと思える程に言葉に重みが存在していた。仮に天使だとした場合、人間に出来る事などたかが知れている。宗教上にしか存在しないはずのそれはまさに穢れた人間を断罪する為に遣わされた存在の様に見えていた。

 リーナは既に無意識の内に打ち震え、任務で流した事がない涙は生理的な物ですらなかった。

 

 純粋な断罪の場。涙した自分には、これまでに犯した罪を咎められる罪人の様な感情だけが自身を駆け巡る。それは何も出来ない矮小な存在でしかないとさえ思える程だった。目の前で出た言葉は決して自分に向けられた言葉ではない。それは先ほどまで対峙していた青年に対する言葉だった。

 

 

「貴様に答える義理はない。俺がどうやってここに居ようが勝手だろ?貴様こそ楽園に戻ったらどうなんだ?」

 

 既にリーナの事はお互い視界にすら入ってなかった。圧倒的な存在感だけでなく、仮にこの場で魔法を行使した所で自分の命が簡単に消え去る事実しか浮かばない。人外のそれに立ち向かう事を諦めたのか、リーナはこれまで偽装していたはずの魔法を止め、その場にただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

『この場で断罪する』

 

 無機質な声が周囲に響き渡る。それが開戦の合図とばかりに周囲の景観は一変していた。

 

 

「貴様こそ、このまま死ね」

 

「まさか……そんな!」

 

 リーナは愕然としながらも、今はただの傍観者となる事しか出来なかった。先ほどの会話が途切れたと同時に周囲の景色が既に大きく異なっている。銀髪の青年の姿は以前に紹介された蒼の姿へと戻っていた。

 記憶が正しければ彼は二科生のはず。まるでその存在を知ってると思ったからなのか、何故こんな状況で不敵な笑みを浮かべる事が可能なのかが理解出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深雪、ほのか。ここから先は魔法を使うな」

 

 何が起こったのかを確認する為に達也達は先ほどの場所へと急いでいた。気が付けば周囲の空気だけでなく、それ以外の情報体までもが塗り替えられている。精霊の目を行使している達也にとって、ここから先へ足をすすめるのであれば、不用意な行動は止めざるを得なかった。

 

 

「お兄様。一体何がが?」

 

 達也の言葉に深雪が真っ先に反応していた。ほのかだけでなく、幹比古やレオ達も何が起こっているのか感知すら出来ない。今はただ達也の言葉に従う以外に方法が無いと言わんばかりにCADに触る事を止めていた。

 

 

「達也君、これって……」

 

「エリカも分かったのか?」

 

「ええ。でも……」

 

 現時点で異変に気が付いたのは達也とエリカだけだった。達也とは違いエリカはこれまで経験した自分の勘でしかない。この先に有る物には決して近づくなと警鐘を鳴らしている感覚だけが存在してた。

 一方の達也は自身が視ているからこそ感じた物でしか無かった。

 違和感はあれどその正体は分からない。まだ入学して間もない頃に感じた違和感がこの行動を止めた要因であるのは間違い無かった。しかし、それが何かを判断しようとすれば更なる解析は必要不可欠となる。

 このままこの場に留まる訳にも行かず、今はただどの選択肢を取るのかを判断する必要があった。

 

 

「このまま行けば命の保証は出来ませんが、それでも行くつもりですか?」

 

 全員の足が止まった事が合図だったのか、これまでに聞いた事が無い女性の声が耳に届く。嫌味の無い無機質にも聞こえる声は更に混乱員拍車をかけていた。

 

 

「仮にだが、このまま進めばどうなる?」

 

「魔法の行使さえしなければ問題ありませんが、使用すれば命の保証は出来兼ねます。もちろん近寄っても同じ事ですが」

 

 達也の質問に目の前の女性の声が響く。既に周囲の様子がおかしい事は理解しているが、その原因が何なのかが分からなかった。この先に起こっている事は決して良いとは思える様な内容ではない。達也にとってもその事実が躊躇させる原因となっていた。

 

 

「ねぇ、近寄るって距離はどれ位なの?」

 

 達也の逡巡を打ち破ったのはエリカだった。この時点でここに留まるつもりがないのか、具体的な距離を聞いてくる。その返答によっては強硬突入も辞さない程だった。

 

 

「それは分かりません。被弾も覚悟の上であれば止めはしませんので」

 

「だったら自己責任でOKって事よね?」

 

「そうなります」

 

 女性の声に澱みは無かった。エリカが自分で言い放った以上、そこに止める権利は既に消滅している。達也の心情を何も考えず、エリカは自分の事だけを前提に考えていたからなのか、再びその場所に向けて走りだしていた。

 

 

「って事でお先に!」

 

「おい、エリカ!」

 

 レオの制止の声は既に届かなくなっていた。この先に何があるのかは誰にも判断できないが、既にエリカは先に急いでいる。エリカに何も起こらない事を確認したのか、達也も意を決してその場所へと走り出した事をきっかけに、その場の全員が再び急いでいた。

 

 

「まさかとは思ったんですけど、やっぱりですか…」

 

 先程の声の主はアヤだった。魔法によって自身の声を変声させ警告を促したものの、やはりエリカを止める事は出来なかった。この先で起こっているのが何なのか知れば価値観は大きく変わるかもしれない。

 元々止めるつもりが無いだけでなく警告もした以上、アヤもこの場に留まる事無く蒼の下へと急いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナは呆然としながら目の前で起こっている事実をただ見ている事しか出来ないでいた。目の前で行われている戦闘は既に自分の価値観の枠を飛び越えていた。

 魔法師はCADを操作し、情報改変を持って魔法の現象を発動させる。これが現代魔法の定義でもあり、また事実でもあった。しかし、眼前に行われた戦闘にCADは介在していない。それどころか、ただお互いが身体を動かすだけで情報が次々と改変さるだけでなく、その魔法そのものが相手の身体にまで届いていない事実はリーナの価値観を大きく変えようとしていた。

 仮にあれが本当の魔法だと仮定した場合、自分達が細々とやっているのは単なる真似事なんだろうか。あり得ない事実はリーナの常識を徐々に破壊し始めていた。

 

 

 

 お互いの魔法は直撃する事はなかった。幾重にも張られた障壁が行使された魔法を悉く防ぎ、逆にカウンターを与えている。本来であれば多重障壁の代表格とも取れる十文字のファランクスは現在の魔法師にとっても脅威の対象でしかないが、今の戦闘をみればそれすらも児戯に等しいとさえ思えてくる。

 仮にブリオネイクでヘヴィ・メタル・バーストを行使した所で、それが当たる様な予感は一切しない。それどころかそれが届く前にこちらの存在そのものすら消し去る様な魔法が容易く行使されている現実の方がリーナに恐怖心を植え付けていた。

 仮に自分達の国に対し、宣戦布告された瞬間消し飛ぶのであれば出来る事は命乞いをする事だけ。それほどまでの高度な魔法戦は徐々に周囲にまで影響を及ぼし始めていた。

 

 

「仮初の癖にここまでとはな」

 

「どうやら貴様の器は既に壊れているようだな。このまま再び虚数の海に沈め」

 

 天使の放った言葉が今の蒼の状況をそのまま映し出していた。取り込んだ力が強大だったのか、それとも器の限界が近いからなのか、魔法を行使しながらも胃からこみ上げる血液をひたすら飲みこみその場を凌いでいた。

 人間としての力では限界があるのは明白なだけでなく、明らかにパラサイトを踏み台にしたはずのそれの方が圧倒的に力が上だった。顕現するだけですらかなりのエネルギーの消費は確定しているにも関わらず、そんな制限すら感じる事が無い。

 今は互角の戦いではあるが、このままジリ貧の状態が続けば消し飛ぶのは自分の方だと理解していた。既に右腕と左足の血管が破裂し血が吹き出ている。流れ落ちる血液もすぐさま蒸発するかの様にその姿は消え去っていた。

 

 

 


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