「達也。なんであそこに居たんだ?」
「俺の方もいろいろあったんだ。お前があの場をかき回したおかげでとばっちりを食らったんだぞ」
模擬戦の為に、今2人はCADを取りに事務局へと足を運んでいた。達也があの後で風紀委員のスカウトを受けていた事を聞いた蒼は何だかんだとあの委員長を評価していた。あの状況下でも自分のやるべき事をやるだけの精神力は大したものだ。そんな考えがあった。
「そうだ達也。忠告する事がある。俺の模擬戦が始まったら絶対に想子は揺るがすな。喰われるぞ」
「意味は分からないが取敢えず忠告は理解しておこう」
そんな取り止めの無い忠告を他所に、達也の模擬戦が最初に開始されていた。相手は副会長らしいが、どう見積もっても格が違う。仮にも副会長ならば達也の実力を理解出来ないのは不思議な話だと蒼は考えていた。
そもそもここの学生は見た目の情報だけに囚われて本質を見抜く事が出来ないケースが多い。まさかとは思うが、そんな事すら気が付かずに模擬戦をするのだろうか。もしこれが戦場ならば一番最初に消される存在になる。いくら大した事が無くても戦場ではどうなるのか分からない様な不安定要素は真っ先に潰すのがセオリー。そんな蒼の予想そのままに開始5秒で勝負は決着していた。
「瞬殺かよ。少しは手加減したらどうなんだ?」
「馬鹿言うな。これでも目一杯だ」
「まあ良い。じゃあ、さっきの忠告忘れるなよ。あと、お前の妹にも言っておけ。因みに今回の件については何が起こっても俺は一切の責任は取らないからな」
珍しく神妙な表情と同時に改めて忠告した事で、これからどうなるのか達也は理解する事は出来なかった。始まれば分かる話だろうが、今はただ見る以外に何も出来なかった。
「さあて…逆恨みしてくれた件は百倍にして返すぞ」
「あの時は油断しただけだ。貴様如きが俺に勝てる訳ないだろうが」
「ド三流にもなると口だけは達者だな。今度はどうなっても知らんぞ」
「なんだと」
そんなやり取りの中で委員長の摩利が改めて説明をする。今回の内容は実戦形式ではあるものの、捻挫以上のダメージは禁止。魔法の発動に関しては死に至らしめる物は勿論だが後遺症が残る程の内容も禁止となっていた。
「委員長。戦いの前に一つ確認したい事がある。規定以上のダメージを加えた場合、判断するのはどのタイミングだ?正確に教えてくれ」
「?妙な事を聞くな。私の判断だが、おおよそダメージ発症を判断してから確認して判断する事になる」
「そうか…だったら大丈夫だろう」
何故そんな事を聞くのか摩利は分からなかった。これから何が起こるのか誰もが固唾を飲んでいる。普通に考えれば二科生が二年の一科生に勝てる道理はどこにも無いが、先ほど見せた達也の技量からすれば、それに関しては除外した方が良い。この場にいる誰もがそう考えていた。
「では……始め!」
摩利の開始と共に相手はすぐさまCADに手を伸ばす。この時点で蒼はまだ動かず何もしていない。このままでは結果は火を見るよりも明らかだと思われていた。
「嘘だ!魔法が発動しない!」
この場にいた誰もが驚きを隠せなかった。プロセスだけ見れば間違いなくこの結果がどうなるのか理解できる。しかし、この場には何も起こる気配すら無かった。
干渉能力が強いだけでは説明が出来ない状況が目の前で起こっている。これには達也も驚くと同時に、ほとんど無意識で確認の為に自分の能力でもある精霊の目を発動していた。
達也が見たのはある意味、ここがどこなのか分からなくなる様な場所だった。今の達也の目に映っているのは光さえ届かない漆黒の闇と微かに輪郭が崩れた蒼の身体。これが一体何を指すのか理解する前に相手の悲鳴が聞こえていた。
「馬鹿が」
蒼はCADではなく二本の指をただ下に下ろしただけだった。その瞬間、相手の制服が綺麗に切れると同時に四肢から綺麗に血が吹き出る。動脈を切ったからなのか血は勢いよく吹き出ていた。
このままでは過剰な攻撃で失格となるのは間違い無かった。
『癒せ白銀の手よ』
一言だけ呟くと同時に左手をかざした瞬間、血が吹き出た場所は何も無かったかのように元に戻る。これが一体何なのか考える間もなく次の魔法が発動していた。
『来たれ炎虎』
またしてもただ腕を振っただけにも関わらず、その場に炎の巨大な虎が出たと同時に相手へと襲い掛かる。虎は首筋を狙ったのか、鋭い牙はその一撃を持って容赦なく一気に噛みついた。
今度は確実に死のイメージが叩きつけられる。誰もがそう思ったその瞬間、炎の虎は霧散していた。しかし先ほどと同じ光景が目の前で繰り返されたいたのか、その瞬間を測ったかの様に先ほどと同じ光景を目のあたりに再び傷が癒されていた。
「まだやるのか?」
巨大な虎に襲われた事で気絶したのか相手は返事すら出来ない。異質なそれはこの場にいた全員が同じ考えだった。
「そ、そこまでだ。いくらなんでも過剰攻撃で失格だ」
「は?怪我なんてしてないだろ。見ての通り、恐怖で気絶しただけだろ?事前に確認はしたんだ。目に見える怪我が無い以上こちらに落ち度は無いはずだが。まさか自分で決めたルールが守れないなんて戯言は言わないよな?」
ここまで圧倒的だとは誰も予想していなかったのか、沈黙が広がる。聞きたい事は山の様にあるものの、今はこの場を鎮収める事しか出来なかった。
「…分かった。ルールを決めたのは私だ。勝者は赤城蒼とする」
大きくない摩利の言葉は演習室全体に響いていた。
「達也。お前何か使っただろ?」
「どうしてそう思う?」
蒼の言葉は完全に決めつける様な言い方だった。確かに反応したのは間違いなかったかが、それに気づく可能性は低い。にも関わらず決めつける事が出来るのであれば、それは知っているより他なかった。
「ここだけの話にしておいてくれ。あの瞬間、魔法が出なかったんじゃなくて出せなかったが正解だ。精神が揺らいだ対象の想子を一気に吸い上げるんだ。もちろん魔法を使った人間もだがな」
この一言はまさに驚愕だった。現代魔法に於いて想子を吸い上げる事が出来る魔法など今までに聞いた事が無かった否定したい気持ちはあるが、目の前でそれが起こった以上、それは事実だった。
「今回は相手のギリギリまで一瞬に吸い上げたから出せなかったんだろ?さっきはああ言ったが、恐らくあいつはもう使い物にならないだろうな。何せ想子だけじゃなくて霊子まで吸い上げたから恐らくは自身の身体のズレに気が付かないだろうな」
当たり前の様に言った一言は正に人外とも取れる内容だった。CADを使わなくも魔法は発動する事は可能ではあるが、あそこまで早い反応は普通は出来ない。しかも、治癒した魔法はまるで時間を巻き戻すかの様に回復していた。
あんな魔法は今までに見た事も無かった。達也は自身が使う再成の能力とは違うし、もう一つの能力とも違う。こいつは一体何者なのか、今はただ見る事しか出来なかった。
達也は蒼と別れた後で人知れず大きなため息を吐いていた。何故ならば事前に言われた喰われるの言葉を身をもって体験していた事が原因だった。蒼の言葉通り、精霊の目を発動させた瞬間、得体のしれない何かが体内から無理矢理何かを引き出す感覚が襲っていた。
何も聞いてなければ多少なりとも動揺した可能性は捨てきれない。幾ら基準値に満たない魔法しか使えないと分かっていても、目の前で発動できなくなるのは恐怖の対象になり兼ねない。
あの見えた光景が一体なんだったのかを確認する術はどこにも無かった。
「ねえリンちゃん。さっきの魔法なんだけど、あれって化成体なのよね?」
「見た感じではそうでしたね。しかし、化成体を操る魔法は大亜連合が得意とする古式魔法だったと記憶していますが」
先ほどの模擬戦が終わり、生徒会役員の面々は部屋へと戻ってきた。流血のイメージと死のイメージが強すぎたのか、その場に居た中条あずさは顔色が悪いまま表情も虚ろに歩いている。
本来であれば疑問に思う様な部分が多分にあるが、最後の虎が出た事のインパクトが大きかったからなのか、真由美の話題はそちらの方が印象的だった。
「真由美。虎よりも最初の魔法の方が異常じゃないのか?あいつはCADなんて触っても無い。ただ指を下ろしただけだぞ。それとあの治癒魔法だって、私達が知っている物とも違う。あの後医務室で確認したが、最初から怪我が無かったと言ってるんだぞ。あいつは一体何者なんだ?」
「摩利の言いたい事は分かるから、私も事前に調べたんだけど、生徒会の権限で見る事が出来るデータはたかが知れてるのよね。しかも、彼のデータ見た時はビックリしたわよ」
「二科生なんだろ?何に驚いたんだ?」
摩利の疑問は鈴音も同じだった。二科生であれば、実技に何らかの問題があったからこそ二科生であって、あの模擬戦が本来の実力であれば確実にトップになるはずだと考えていた。だからこそ、その確認とばかりに真由美の言葉を待っていた。
「彼、試験は実技だけなの。ペーパーは受けてないわ。実技は劣っている事位しか分からなかった」
「は?そんな事出来る訳ないだろ。そんなんで良く合格できたな」
「…実は、彼の学科はスキップしてるの。魔法科高校卒ではなく、今は魔法科大学の飛び級。因みに今年で卒業だって。しかも卒論はA判定。なんでここに居るのかすら疑問だわ」
「今年の新入生は司波君と言い赤城君と言い、特異な生徒が多いですね」
鈴音の言葉はこの場にいる全員の総意ではあるが、それと同時に悩ましい可能性も浮上していた。
「だけど、赤城君のあれは今後の厄介事になる可能性は高いわね。まそこまで用意周到に準備されてると、迂闊な事をすれば足元を掬われるのは間違いないわね」
「それだけなら良いがな……あいつは分かっててやってる節があるから、ある意味知能犯だぞ。まぁ、今回の件で多少服部の考えが変わった事はよしとするしかないだろうな」
「しかしあれでは今後のトラブルは確実に増えるのは間違いでしょうね。誰かが彼の首に鈴をつけないと、我々は今後胃薬が手放せなくなります」
あの模擬戦で一番驚いたのは服部だった。今さっきまで二科生だと蔑んだ人間に敗北しただけではなく、目の前に出た魔法は人外のそれと変わらない。
攻撃魔法の場合、発動から事象改変を経過して初めて攻撃があたる。事実服部と達也の模擬戦は正にそれだった。にも関わらず蒼の魔法にタイムラグは無い。ただ結果だけがその場に出た様にも見えていた。
この時点で何も考えていなければフライングだと言い張る事は出来る。しかし、事前にそんな兆候は見られず結果が伴った以上、渋々とは言え認めるしか出来なかった。
もちろんそれだけでは無い。鈴音が言う様にあれはトラブルを確実に引き起こす。この時点で誰が何をどうするのかを考えるのを放棄したい気持ちが確かにあった。
仮に実力に物を言わそう物ならば確実に先ほどの二の舞になるのは確定だった。いくら実力主義の学校とは言え秩序が保てないのであればそれは混乱の種となる。一科と二科を何とかしたいと考える現生徒会でも今の状況で火中の栗を拾う事は考えなかった。
「十文字君にも相談した方が良さそうね。でも摩利のあれはちょっとやりすぎじゃないの?」
「ちょっとだけ厳しく言えば反応が変わるかと思ったんだがな。あれは逆効果だったよ。流石に証拠まで突きつけられたら何も言えない」
真由美が指摘したやり過ぎは、今後の示しを付ける事を目的とした事もあって、若干事実を誇張していた。摩利としてももちろん公正さは重要である以上、その訴えを丸呑みしたつもりは無かったが、まさかあんな手で返してくるとは思ってもなかった。
完全にやられた以上、どう取り繕っても今後は悪意を僅かでも出そう物なら完全にひっくり返される。考え方によっては使い道はあるが万が一の事を考えると気が重くなってくる。鈴音の忠告は早くも実行されそうだった。
見た目だけ二科となれば確実に何かが起こる。今回の件でその一端が見えただけでも、ため息が出そうな可能性だけは捨てきれないまま時間だけは過ぎていった。