厄災の魔法師   作:無為の極

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第49話

「まさかこんな時間にこんな場所とはな。随分と趣向が凝らしてあるみたいだな」

 

 蒼とアヤは反応があった地点へと移動していた。既に時間帯は深夜に差し掛かろうとしている。これで行先が繁華街であれば意味が違うかもしれないが、2人が向かった先は青山霊園だった。

 本来であればこんな時間であれば訪れる人間がいるはずもなく、パラサイトの反応が無ければ来る可能性は全くない場所でもあった。

 

 

「でも、この音って……」

 

「ああ。多分達也達かもな。となれば面倒になりかねん。少しだけ様子を見るか」

 

 目的の場所に近づこうとする度に何かの音が時折聞こえて来る。何人いるのかは分からないが、少なくとも聞いた感じでは4~5人以上である事だけが分かる程度だった。

 音も無く距離を詰める。目的地まであとわずかとなった瞬間だった。

 突如として大規模な想子の反応が周囲を走る。こんな場所で魔法を行使する様であれば既に捉えられている可能性が高いと考えられていた。

 

 

「思ったよりも厄介な展開になりそうだな」

 

「でも、人数は出来るだけ最小限の方が良いんじゃないですか?」

 

「まあな。勝手に少なくなるならそれに越した方が良い。完全に達也達が離脱してから動くのが賢明だな」

 

 周囲に同化するかの如く、蒼とアヤは隠形の様に姿を消したまま様子を見ていた。周囲に居るのは達也と深雪だけでなく、ほのかともう一人は人間ではなく3H94型ロボット。既に事が終わったあとなのか、その場に居たのは後ろでに縛られた男達だけだった。

 ここに来るまでの内容は分からないが、エリカ、レオ、幹比古の3人もいる。このまま一気に持ち去るには余りにもリスキーだった。

 しかし、目の前にある物が目的である以上、逃がすつもりは毛頭無かった。既に会話の中から達也達とエリカ達はここで別れるのか、捉えた男を運ぼうとしている。

 人数が少なくなる事が確定している以上、確実にとらえる為に蒼はこの場で手を出す事をしなかった。

 

 

「何か揉めてるみたいですね」

 

 気配を絶ちながらの追跡の際に、まるで待ち構えていたかのように警官がエリカ達に何かを話していた。本来であればこんな時間に警官が高校生を補導、若しくは職質するのは間違いではない。事実、幹比古の顔は不安で染まっている。しかし、エリカはそうではないのかどこか挑発的な顔にも見えていた。

 

 

「多分、エリカの家の事を考えれば警察には何らかのコネクションがあるんだろう。普通なら幹比古の様な表情をするのが当然だ」

 

 話の内容は分からないが、お互いの様子を見れば徐々に剣呑とした空気に変わりつつあった。

 何がどうなっているのか判断するにも材料が足りなすぎる。蒼とアヤはそんな状況を眺めながらに突入のタイミングを見計らっていた。

 突如として均衡が崩れたのは何もない場所で幹比古が受け身を取るべく行動した瞬間だった。既に臨戦態勢に入っていたのか、エリカは先ほどとは打って変わって獰猛な笑みを浮かべている。既にレオは目の前の警官と戦い、幹比古も用意した鉄扇を広げ全員が警官だけでなく、突如として現れた正体不明の人間と対峙した瞬間だった。

 

 

「アヤ!行くぞ!」

 

「はい!」

 

 アヤに確認をする事無く蒼はいつもの様に自分の姿を偽りながら、全員の意識の外側から縛られた男達に向かい走り出していた。エリカ達も気が付きはするものの、目の前の正体不明の闖入者に意識を囚われ、行動が制限されている。

 エリカ達は頭では理解しているものの、何も行動を起こす事は出来ないままだった。

 

 

「なるほどな。ここにあるのか」

 

 蒼は捉えられた男の胸に視線が動いていた。これまでに分かっているのは生体に憑りついた際に、命の鼓動が尤も大きく感じる心臓の位置にあるのは以前に見た光景で実証されている。

 現代魔法に限らず、人体の中心は間違い無く脳ではなく心臓。全身に所謂気を流すにしても、血液を全身に流すにしても最初と最後は心臓を必ず通過する。となれば、生命の根源の部分に巣食っているのは当然だと考えていた。

 何も所持していないはずの掌を男の胸の中心にかざす。既に何を意味するのかは言うまでもなかった。僅かに光るその状況は、何も知らない人間からすれば手で抑えつけているだけにしか過ぎない。しかし、その本質を知った人間からすれば男の内部にあったはずのパラサイトは蒼の下に吸収された事を意味していた。

 本体を抜き取られた男は激しい痙攣をおこすと同時にそのままぐったりとうなだれている。見た目は何も変わらないが、この男は既に色んな思惑がある人間からすれば何の価値も無い物へと成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとだけ話があるんだけど、時間良い?」

 

 昨晩のパラサイトの事件は極秘裏に完了していた。抜き取られた素体とも言える身体をどうやって処分しようかと考えた瞬間、その身体にワイヤーが巻き付きそのまま収容されていた。

 蒼としても始末する手間が省けた事にそれ以上考える事はしなかったが、あの場にはまだエリカ達が残っていた。エリカが何の為に呼んだのかは分からないが、恐らくは昨晩の事だと言う事だけは予測出来ていた。

 

 

「珍しいが、どうかしたのか?」

 

「昨晩の件なんだけど、あれって蒼だよね?何が目的なの?」

 

 誰も居ない屋上での会話は予想通り昨晩の出来事だった。いくら見た目をごまかした所で、従来の足運びや体重のかけ方までが変わる訳では無い。本来であれば気が付かないはずが、武道で鍛えられたエリカの眼力までは誤魔化す事は出来なかった。

 

 

「目的?何の事だ?」

 

「とぼけないで!昨日の夜のあれは蒼なんでしょ?いくら姿形を偽っても体重のかけ方や歩幅で分かる!」

 

 いくら誤魔化そうとしても武道家としての観点からすれば、行動する際の歩き方まで偽るとは思えなかったのか、エリカの視線は鋭いままだった。

 この場に何も知らない第三者が居ればエリカの剣幕が尋常では無い事位は直ぐに理解出来る程の表情。にもかかわらず蒼の方は何も変化する事は無かった。

 

 

「そうか。今後は気を付ける事にするか。で、あれが俺だとしたら何が言いたいんだ?態々こんな場所に呼び出したんだ。何か理由があるはずだと思うが」

 

 蒼の冷静な言葉にエリカも怒りのピークが過ぎたのか、僅かに何時もと同じ様になりつつあった。そもそも蒼を呼びだした以上、何かしらの用事があるのは間違い無いが、その理由が蒼には分からない。この場に於いて下手に何か言うよりもエリカの思惑を確認した方が良いだろうと、そのまま質問の答えを待つ事にしていた。

 

 

「あれは私達がずっとマークしていた獲物なの。それを横取りされて嬉しい訳無いでしょ!」

 

 エリカの獲物の言葉に蒼は話を聞きながらこれまでの経緯を思い出してた。エリカ達は気が付いていないかもしれないが、これまでの顛末の殆どを蒼は理解している。途中の話は分からない為に詳しい事は横にしたとしても、なぜこうまで激昂しているのかが分からないままだった。

 このまま話を聞いたとしても特段問題無いが、態々こんな場所に長時間居たいとも思わない。これ以上の話は真意を確認する事から始めようと考えたのか、蒼は改めてエリカに質問をしていた。

 

 

「一つ確認したい事がある。エリカは確かレオと幹比古とチームを組んで行動していると記憶しているが、あれを捕縛して何をするつもりなんだ?」

 

 以前にも達也に対して質問した事をエリカにも同じくぶつけていた。達也は自分に火の粉がかからない様にする為とは言っていたが、そんな事で態々自分から首を突っ込む事自体が藪蛇でしかない。

 仮にそうだとしても、今度は嫌が応にも自分が当事者となる可能生が多分にある。あの時の達也は答えらしい物はその後なかったが、エリカの場合は幹比古が居る。その存在があるからこそ自分の目的と近い場合、何らかの措置をする必要があると考えた結果だった。

 

 

「なんでそんな事言う必要があるのよ」

 

「……まさかとは思うが、何も無いなんて言わないよな?」

 

 自分から質問に答えるつもりは無いのではなく、純粋にその後の事に関しての予定が無い事は間違い無かった。

 誤魔化した時点で事実上の無策である事は容易に想像出来る。幹比古の様に古式の使い手であれば札を使う為に媒体としての制御や新たな魔法の開発の可能性も考える事は出来るが、目の前のエリカの魔法特性を考えればそれはあり得ない回答だった。

 物理攻撃を主体とした魔法の一族が新たにそんな物に手を付ける事が無いのは、千葉の家が剣の魔法師と言われている事からも推測できる。次兄の修次であればその可能性は否定できないが、態々家の事に関して当人が出ずに任せるなんて事は無いだろうと考えていた。

 

 

「答えないのであれば俺の考えを言っておこう。因みに達也にも同じ様な事は言ってある。あれは俺が必要としているから捕縛するだけだ。理由が無いのであれば俺の邪魔をするのは止めろ。でなければ今後その場で対峙する事があれば排除するだけだ」

 

 まさかの答えにエリカは暫し絶句する事になっていた。これまでの事を考えれば蒼が行使した魔法はどれも通常では考える事が出来ない物が殆どでもあり、また以前には幹比古も蒼から魔法の一つを受け取っている事は記憶にある。そんな人物が必要だと言い切るのであれば、今回の捜索メンバーの中では一番欲している事だけは理解出来ていた。

 

 

「言っておくが、これはあくまでも俺個人の事だ。仮に十文字だろうが七草だろうが結論は何も変わらん。歯向かうのであればそれなりの措置を取らせてもらうだけだ。俺からの要件はそれだけだ」

 

 エリカはそれ以上の言葉を持ち合わせてはいなかった。元々追いかけていたのは家の事だけでなくレオまでも巻き込んだ結果からの義憤が最大の要因であり、それ以外の目的は何も無かった。

 事実、十師族の十文字と七草も同じく行動している事は達也経由で聞いている。それすらも排除と言い切った以上、間違い無くブラフで無い事だけは認識出来ていた。既に蒼は屋上から離れている。今後の事をどうした物かとエリカは一人考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ。どうかしたのか?」

 

 エリカが屋上から戻り、自分のクラスに戻ると、そこには何時ものメンバーが揃っていた。エリカが蒼を呼び出した事は既に知っているが、行く前と帰ってきてからの表情があまりにも違い過ぎていた。

 元々目的らしい物が無いままに追いかけている自分達と、明確な目的を持って行動している蒼を比べれば、どうしてもモチベーションに大きな差があるのは否めない。ましてや十師族だろうと関係無いとまで言い切った以上、その本気の度合いは考えるまでも無かった。

 

 

「大した事じゃない……ううん。そうじゃないかな」

 

「エリカ。俺と同じ事を言われたんじゃないのか?」

 

 落ち込むエリカに声をかけたのは達也だった。いくら情緒面が欠落している様な状態だとしても、あまりにも精神の落差が大きければ何を言われたのか位の推測は容易だった。

 ましてやエリカはその表情を隠すつもりすらない。だからこそ気になったのかレオはエリカが戻ってきた際に声をかけていた。

 

 

「ご名答。達也君にも同じ事を言ったってさ」

 

 達也とエリカの言葉の間には肝心の単語がいくつか抜けているが、内容に関してはほぼ同じだと思うのは当然の事だった。

 元々蒼と達也達はクラスが違うと言った物理的な距離だけでなく、精神的な距離も僅かながらに存在している。

 一番の要因はその魔法特性だった。本来であれば魔法の開示や譲渡はこれまでの中でもあり得ない事が多く、公式に開示された魔法式ならともかく、事実上の秘匿術式と変わらないそれすら隠そうとしていない。そして横浜での物理的に排除する為に行使した魔法は事実上のA級以上の破壊力を秘め、確認していないが、あの術式は一部は常駐型熱核融合炉の魔法式と酷似している。

 現在においては一人で行使するにはまだ技術的には困難な物が多く、もしやるのであればかなり高度な術式を構築したCADと、その内容を行使できるだけの能力が必要だと考えていた。事実、あの魔法を見た鈴音に関しては暫くの間、あの解析を考えようとしていた事実があった。それ程までに特異な能力を持った人間が必要と考えているとなれば、何らかの考えがそこにあるのは間違い無かった。

 

 

「何だ?何を言われたんだ?」

 

「あんたはどうでも良いの!これは私自身の問題なんだから」

 

 レオの言葉にかみつくも、事実エリカもその後の事は何も考えていない。だからと言ってはいそうですかと言える程に人間が出来ている訳でもなかった。

 相手が幾ら何を欲しようがエリカには何も関係無い。ただ言えるのは今回の騒動に於いて厄介な新たな勢力が出てきたと言う事実だけだった。

 

 

 


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