厄災の魔法師   作:無為の極

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第46話

 

 本来であればパラサイトを捕獲し、次の任務へと向かうはずだった空気が一転した翌日の事だった。何時もであれば爽やかな空気を感じても目覚めるはずのアンジェリーナは昨晩のイメージが強すぎたのか、どこかどんよりとした朝を迎えていた。

 いつもであれば眩しい陽射しも今は忌々しく思える。いくらそんな気分でも交換留学の名目で来ている以上、学校をサボる事だけは出来なかった。

 

 

「おはようリーナ。あら?元気無いわね。どうしたのかしら?」

 

「おはよう深雪……私は何時もと同じよ」

 

 明るく振舞う深雪の顔が眩しかったのか、リーナはそれ以上の言葉が何も出なかった。

 ただでさえパラサイトの件でなにかと動き回るだけでなく、原因不明の魔法師から撤退した際に発生したと思われる時限式の魔法なのか、リーナの目の前で2人の男が首を切断、その後に黒い炎が発火しそのまま消失している。

 死因を特定する事も許されず、部隊から死者を出した事で事実上の徹夜で報告書をまとめていたのが最大の原因だった。

 

 

「そう?何だか寝不足の様にも見えるけど、睡眠は魔法師にとって必須よ」

 

「そうなのよね……でも、昨晩だけの話だから大丈夫よ」

 

 コンシーラで隠したはずの隈を深雪に見破られた事でリーナはそれ以上の言葉が出なかった。まさかスターズの任務が原因で、その後の秘匿回線での報告がさっき終わったとも言えない。この場は適当にお茶を濁す以外の手段は無かった。

 

 

「リーナ。おはよう…何だか何時もとは違うみたいだけど」

 

「おはようアヤ。ちょっと色々とあってね。…深雪、用事があるから私、急ぐね」

 

 先ほど深雪と会話した事が繰り返されたかの様にリーナはアヤにも挨拶をしていた。これ以上この場に居れば確実に睡魔が襲ってくる。これ以上この場に居るのは危険だと判断したのか、リーナは用事をでっち上げる事によってこの場を脱出していた。

 

 

「あれが例の留学生だったか?」

 

「そうですよ。この前挨拶したじゃないですか」

 

 アヤの後ろには先ほどのやりとりを見ていた蒼がリーナと深雪がこの場に居なくなった事を確認した上でアヤに聞いていた。事実1度しか見ていないからなのか、記憶の中と今の人物像が一致しない。既に距離が離れた事から、今はただ見ているだけだった。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや……昨晩のあれと何となく重なった様に見えただけだ」

 

 周囲に人が居ないものの、万が一の事を考慮して特定の単語を外し会話している。昨晩の仮面の人間の性別は分からないが、先に向かったリーナとは若干背丈が似ている様な感覚だけが残されていた。

 そもそも対峙した際に感じた魔法は明らかにA級レベルの魔法である事は間違いなかった。事実、一般人が当たり前の様に催涙弾を所持する事も無ければ、僅かに感じた気配や言葉から日本人でもない。

 既に十師族だけでなく警察関係までもが動いている以上、国内での何らかの組織的な物では無い事だけは何となく判断出来る。しかし、それがどんな組織なのかが少しだけ気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかとは思うが、こんな場所にいるのか?」

 

「私も今感じました」

 

 事件は唐突に動いていた。既に時間が数日経過した頃、お昼の最中に以前探索した物と同じ気配を蒼とアヤは察知していた。一度感じた事のあるそれを間違える可能性は限りなくゼロに近い。一瞬とは言え感じたそれを逃がすつもりは毛頭なかったのか、蒼とアヤは真っ先にその場所へと走り出していた。

 

 

「あれか?」

 

 蒼達が走った先にはトレーラーが停止していた。元々予定されていた物ではあったが、今日一高にはCADのメーカーが来る事は既に周知されていた事は記憶にはあった。そしてそのトレーラーに描かれたエンブレムには見覚えがあった。

 

 

「あれって確かマクシミリアンのエンブレムですよね?」

 

「ああ。って事は真紅郎が言っていた噂と、こっちの予想は大よそ正解なんだろうな」

 

 未だ対象となる物は分からないが、その感覚は確実にトレーラーの中から感じている。しかし、ここで問題が一つだけあった。マクシミリアンは最大手のCADメーカーであるだけでなく、蒼も何人かの技術者とはIMSの主任研究員としての立場で接触していた事もあってか顔見知りが居る可能性があった。

 これがUSNAであれば面が割れているとは思われないが、ここに来ているのが日本支社のスタッフである以上、ビジネスの面から考えても何かと面倒な可能性が極めて高い。

 しかし、目の前には以前に追いかけたそれがいるのであれば直ぐにでも接収したい考えがあった。逡巡している暇は無い。恐らくここにずっと留まるだけでも他の人間もここに来る可能性が無いとは言い切れない。残された時間はそう多くは無かった。

 

 

「…仕方ない。何かあってからでは遅い。一先ずは様子を見た方が良いかもしれんな」

 

 その瞬間、蒼の姿は周囲に溶け込む様にその存在が消え去っていた。それを理解したのかアヤも同じく周囲と同化するかの様にその存在を消し去る。以前に見た状況から分かるのは、少なくともこの学校ではエリカと七草が追いかけている事だけは遠目で確認している。それともう一つの可能性としてフルフェイスを被っていた人物は達也である可能性もあった。

 姿形は見えなくても、あのフルカスタマイズされたCADは世間に早々流通しているとは思えない。確信はしていないが、万が一のこ可能性も踏まえた措置でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に居合わせたのはエリカだけは無かった。既に何かしらの対策と立てていたのか、その場にはUSNAからの留学生でもあるアンジェリーナ=クドウ=シールズ、達也と深雪、幹比古と美月、十文字がその場に居合わせていた。

 お互い目的が一緒なのか特に驚いた様子は感じられない。既に対象となっている人物が誰なのかは程なくして判明していた。緊迫した緊張が周囲を覆い出す。様にその瞬間だった。

 まるで獲物を見つけたかと思わせる程の速度でエリカの小太刀が白い剣閃と共に一人の人間に襲い掛かっていた。

 

 

「ちょっと!」

 

 エリカの目が追い付かないと思える斬撃を回避させようとと動いたのはリーナだった。

 突如として起こった戦闘に参戦すべく、隠し持っていたCADを即時展開すると同時にエリカに向かって魔法を発動させる。

 今のエリカの突然の行為は褒められた物ではない。本来であればその近くに居る十文字がエリカの行動を止める立場にあるが、今は止める素振りすら見られなかった。

 

 襲い掛かる凶刃から護る為に、リーナの魔法はエリカに向かって幾つも放たれる。半ば反射的に放った魔法に加減された雰囲気は微塵も無かった。

 幾らCADメーカーの人間であっても相手は外国企業。本来であれば正当防衛など自己の命の危険に及ぶ事が無いか限り、魔法の行使は法律で禁止されている。入学当初に真由美が一科と二科の諍いの際に説いた言葉そのものだった。

 大義名分すら無い攻撃の目標は、ある意味ではいくら一般人と言えどその人物は魔法の根幹を担うメーカーの技師。万が一の際には国家間の問題に発展する可能性すらあった。

 この行動がどんな結果を呼ぶのかは誰の目にも明らかだった。

 

 現時点で出来るであろうその行為を読み切っていたのか、エリカにリーナの魔法が届く事はなかった。突如として発生した障壁がその魔法をかき消す。十文字が放った多重障壁ファランクスがエリカを護っていた。

 

 

「ミア!」

 

 リーナの声はそのまま『ミア』と呼ばれた女性の命を今まさに消し去らんとするエリカの斬撃になす術が無い事を意味していた。千葉流剣士としてのエリカに迷いは微塵も無い。

 その一撃を持って斬捨てようとした瞬間だった。半ば反射とも取れる行動なのか無意識の内に出された腕にエリカの斬撃が届く事はなかった。

 既に行使されたのか、ミアと呼ばれた女性の掌には防壁の魔法陣が展開されている。戦闘魔法師でもないだたの研究員が発動させるのは事実上あり得ないと思われた瞬間だった。どこか呟きとも取れる様な弱々しい言葉を発するリーナを無視し、エリカは再びその白刃を再び振るっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな。まさかそんな展開だったとはな」

 

 隠形の如き所業で姿を隠していた蒼は今回の顛末の一部始終を見ていた。現時点で分かっているのはパラサイトを追いかけているに人間は複数のチームである事。その中でも留学生として来ていたリーナは何かしらの密命を受けている事が理解出来ていた。

 蒼の目の前では依然としてエリカとリーナが対峙している様にも見える。幾ら仮面を付けて偽装した所で、戦闘時の行動を完全に隠す事は出来ない。既に蒼の中には一つの仮説を立てていた。

 あの時に対峙した仮面の人間はリーナである事。先ほどのミアと呼ばれた女性への言動から、今回の留学に関しては完全に目的があり、しかも自らの行動によって黒だと思えるほどに個人では無く組織だった行動を行っている事。USNAでの噂と今回のそれがリンクするのであれば、答えは自ずと出てくる。

 状況証拠だけとは言え、明らかにそれは周囲の関係者にも感づかれる内容だった。

 そんな中で一人の人間が何かに気が付いたのか大きな声を張り上げていた。

 

 

「危ない!」

 

 突如として幹比古が声を荒らげながら周囲に警告していた。その瞬間、動きを封じる為に深雪によって凍結させられていたミアと呼ばれた女性は正体不明の魔法と同時に紙屑の様に炎に包まれ燃え散っている。それが何なのかは既に考える必要は無かった。

 パラサイトと呼ばれたそれが電撃を周囲へと放出している。それがどれ程の威力なのかは不明だが、先ほどの氷の彫像を破壊する程度の殺傷能力は備えている事だけは間違い無かった。

 想定外の威力の魔法に全員が臨戦態勢へと突入していた。美月の能力によってその存在は目視できないにせよ判断は出来る。既に幹比古が用意していた呪符と自身の能力によってパラサイトがやろうとしている事を防いでいる。これまでに見た事が無い物との戦闘は想像を絶する内容となり出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれを追うぞ」

 

「はい」

 

 現時点で居るメンバーにパラサイトを退治する手段を持ってる人間は誰一人いなかった。既に考えられる魔法を行使した事が功を奏したのか、パラサイトはゆるやかに上昇を始めると同時に、どこかへと逃亡をし出している。未だ存在を確認されていない蒼達はその逃げ出したパラサイトを追いかけるべく飛翔魔法を行使していた。

 

 

「さてと、どんな物なのか確認させてもらうか」

 

『青き隼、ここに今集いその命を果たせ』

 

 蒼は空中で一旦停止すると同時に1枚の札を空中に放り投げる。その瞬間札は青白く燃えたと思った瞬間1羽の隼が姿を表していた。

 

 

「生け捕れ」

 

 蒼は一言つぶやくと同時に隼は音速でパラサイトへと襲い掛かる。何かが来る事を察知したのか50メートル先で隼とパラサイトの空中戦が繰り広げられていた。

 

 

「思ったよりは手強いな」

 

 蒼の言葉は全てを物語っていた。隼とパラサイトの空中戦はお互いが一歩も引かず結果は引き分けに終わっていた。既に時間をオーバーしたからのか、隼は再び炎に包まれ消えている。追い込んだ結果なのか、それとも生存本能が為せる業なのか、パラサイトはそのまま消え去っていた。

 

 

「でも良かったんですか?」

 

「まあ、仕方ないだろう。だが、さっきの話からすれば恐らくはあと1体だけの話でも無さそうだ。事実、あれは今の時点では思念体とそう変わらない。とすればどこかでエネルギーを補充して復活する可能性もあるだろう」

 

 先ほどの時点で少なくともあれだけだと判断するには無理があった。本当にあと1体だけであれば、あんな大人数で追いかける必要性は何処にも無く、またこれまでにも襲われた回数や場所から判断すれば少なくとも複数である事だけは予測出来ていた。

 

 

「でもそれだと……」

 

「元々供物程度に考えているものだ。それがどれほどの内容なのかは近日中に確かめればそれで良い。それと今のあいつらにはまともに対抗できる人間は早々居ないのもまた事実だ。

 今回の件にしても達也の魔法が直撃した結果、撃退した事になっているが、あれでは抹消する事は無理だ。可能性があるとすれば幹比古の持つ魔法がどこまでやれるかだろうな」

 

 先ほどの戦いを思い出した結果を推測したのか、見えない何かを見据えた蒼はその場から微動だにしなかった。供物とハッキリ言った時点で目的は決まっている。既に達也達は解散したのか、蒼とアヤが先ほどの場所に戻る頃にはその姿はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……態々すまない」

 

 一校での事件の夜、蒼は個人的に付き合いがあるマクシミリアンの一人の技師と連絡を取っていた。これまでに何度か意見交換をした事があった仲だったことから、今回起こった事件の顛末を一部をぼかして話をしていた。

 

 

「何か分かったんですか?」

 

「あの始末された女性は研究室に配属される前のキャリアは不明らしい。それどころか研究室内部でも知らない内にレイ・オフされてるんだと」

 

「でも。事件があったのは今日の話ですよ」

 

「ああ。だから内部でも突然の辞令に何かと面倒事が増えたって言ってたな」

 

 マクシミリアンの内部でも突然の辞令が出た事により、内部は混乱していた。時差があるとは言え、一民間企業にしては動きが早すぎる。これが小さい企業ならいざ知らず、世界的にも大きな企業がこうまで早い行動を起こすのは間違い無く異常な事だった。

 

 

「リーナの行動を見ていると何かしらの訓練された動きにも見える。マクシミリアンはあくまでもCADメーカーであれば必然的に取引相手は限定される。とすれば、今回の件に関してはUSNA軍が水面下で動いている可能性もあるだろうな」

 

 何気に出た言葉にアヤは驚いていた。確かに授業の内容を見れば深雪に匹敵する能力を持っている事は1-Aの中では誰もが知っている話。ましてやUSNAは魔法に関する技術転用は殆ど無に等しく、この国の様に民生転用をしているケースは皆無だった。

 しかし、あまりにも早すぎる対応と、その行動。既に証拠は無いがリーナと殺害されたミアと呼ばれた女性は少なくとも顔見知りの可能性が高い。既に今回の件でどれほどの人間が関与しているのかすら分からない程に事態は複雑に絡み合ってた。

 

 


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