厄災の魔法師   作:無為の極

42 / 69
第42話

「おい赤城!あれは何なんだ!」

 

 突如して起こった出来事に摩利は思わず蒼に確認すべく口を開いていたが、隣にいた真由美も同じだった。

 自分が知っている常識とは明らかにかけ離れた存在。ここがもし現実であるならば、

自分は生きたまま死の世界に居るのではと錯覚する程の衝撃を受けていた。

 

 

「お前らが知る必要はない。それよりもここから魔法は使うな。さもなくば…死ぬぞ」

 

 蒼は2人に一瞥するが、それ以上答えるつもりは何処にもなかった。本来でればここにあるはずの無いそれは探索の予定をしていた物。その容貌は蒼が予想していたそれと同じだった。

 お互いが対峙する空間は既に本来の魔法師は持つ様な空気は存在していない。2人に出来る事はこの場から一刻も早く去る事だけだった。しかし、肝心の真由美は未だ動く気配すら無い。

 摩利は冷たい汗が背筋を伝う事を感じていた。

 

 

『無限の世界』(unlimited world)

 

 

 蒼が呟く様に言った瞬間、僅かながらに世界の情報が塗り替えられていた。周囲1キロ圏内の世界が僅かに変化し始める。周囲にあったはずの監視カメラや計測機はこの瞬間、全てノイズが走ると同時に、もれなく小爆発を起こし破壊されている。

 何が起こったのか知っているのはそれを行使した蒼だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか……」

 

 エリカの治療の為に離脱したアヤは背中に違和感を感じてた。以前の様に完全にパスが繋がっているのであれば苦痛で動く事すらできなかったが、既にそのパスの半分は途切れている。その結果、痛みは以前の様に感じる事は無くても違和感だけは感じてた。 確認していなが、背中にはおそらく呪印の様な物が広がっているはず。本来であればアヤの居場所はここではなく蒼の隣にいるはずだった。

 しかし、目の前のエリカは相当なダメージを受けたからなのか、未だに意識が回復する事は無かった。

 

 

「そろそろだとは思うんだけど……」

 

 運んだ当初よりはマシになったとは言え、未だ顔に赤みが差す事はなかった。恐らくは体内で破裂した内臓は予以上にダメージが大きかったのか、それとも血を流しすぎたのか知る事は出来なかった。

 この時点で出来る応急処置には限界があった。本来であれば近くの病院に運んですぐに手術をすべき内容ではあるが、現在の状況下では手術を出来る様な病院は何処にも存在していない。

 既に札を貼る事で微力ながらに傷を回復し、これ以上の出血をさせない様に流体制御する事で最悪の状況から抜け出す事しか出来ない。今出来る事がどれ程無力な物なのかは自身が一番よく理解していた。

 エリカの意識が戻る事を祈る様にアヤは見ている事しか出来なかった。

 

 

「……今ならやれるかも」

 

 エリカを見舞うと同時に背中の違和感の事を思い出していた。既に蒼との接続は半分が切れている。これがどんな効果を及ぼすのかを以前聞いた記憶が蘇って来ていた。

 

 

「いいか。パスが切れるのは悪い事ではない。事実その力はアヤの魔法師としての能力を底上げしているはずだ。だからさっきみたいに発動時間の大幅な短縮や威力の増加がその証拠だ。

 まだ完全に確認した訳ではないが、恐らくは俺が使う魔法の一部も使えるはずだ。これまでに馴染んだそれは脳にも刻まれている。今は分からなくても時間と共に理解出来るはずだ」

 

 夏休みの最後に蒼から聞かされた事実だった。実際に今は以前とは違い、苦しみに耐える事だけしか出来ない訳では無い。

 実際に見ては居ないが背中の違和感が既に『無限の世界』を行使している事を伝えている。今であれば魔法の能力だけでなく術式も共有できるのではないかと閃いていた。

 

 

『癒せ白銀の手よ』

 

 蒼がやる様にアヤもそれを唱える。本来であればCADにインルトールされていない魔法を行使する際には多大な時間が必要となる。魔法式をCADで補正するのではなく自身の力だけで補正する以上、時間がかかるのは当然の事だった。

 

 

「やっぱり無理なの…あっ!」

 

 手をかざすも反応する事は無いと思われた瞬間だった。エリカの周囲を魔法陣が囲む。魔法が発動したと思った瞬間、エリカの体内で破裂した臓器は一気に自己回復力を促進させている事が理解できているのか、僅かに動く腹部のそれが事実を物語っていた。

 時計の針が一気に巻き戻るかの様に破裂した臓器はその箇所から一気に復元されるかの様に傷を塞ぐ。既に回復していた箇所に関しても、危うい状況の中で修復するのではなく、それを改めて強固な物へと変化させていた。

 気が付けば荒々しかった呼吸は穏やかな物へと変化する。それと同時に顔に先ほどよりもマシになったのか僅かながらに赤みが戻り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「漸くできる様になったか……これで最後の段階まで行けるな」

 

 蒼は目の前の女性の騎士と対峙しながら先ほどの僅かな感覚が何なのかを理解していた。既に事実上の共有化された感覚が事実である事をを伝えている。

 ここで新たな段階に進む事が可能になったと、戦闘中でありながら蒼の口許に笑みがこぼれていた。

 

 

『なかなかの余裕だな。我との戦いはそんなに退屈なのか?』

 

「なんだ?気に障ったのか?って事はお前の力はそこが限界なんだろ」

 

 お互いが対峙しながらの魔法の打ち合いは既に現代魔法の定義を遥か彼方へと追いやっていた。

 お互いが放つ魔法にタイムラグは一切存在しない。既に放たれた魔法による衝撃は周囲へと飛散している。

 人外同士の攻撃を知る者はこの場に於いては真由美と摩利の2人だけだった。

 

 

『笑止。人間風情が何をほざく』

 

 騎士の攻撃はこれまで以上に苛烈に蒼を責め立てる。ただ手を振るうだけで発生する冷気の塊は既に弾丸ではなく戦艦の主砲と何ら遜色は無い。周囲の大気をも巻き込みながら主砲の発射と言わんばかりに蒼をロックオンしている。

 

 回避した所で本当に可能なのかすら危ういと思える一撃が確実にこちらの命を刈り取ろうとしていた。周囲の遮蔽物は既にお互いが発生させた魔法の衝撃波で見る影も無い。

 このまま遮蔽物に身を隠す手段が無駄である以上、今の蒼にとってその魔法を完全に回避するか防ぐかの選択をする時間は残されていなかった。

 

 

『冥土の土産に持って行くが良い』

 

 騎士が放った魔法は絶対零度を思わせる程の冷気を纏っている。

 主砲の様な魔法は周囲の大気を巻き込みながら螺旋状に蒼へと飛び込んで来る。螺旋の動きによってスターダストを発生させながら放たれたそれはまるで死を誘う死神の様にも見える程に美しかった。

 それが既に回避不可能である事が想定の範囲である以上、やる事は一つだけだった。

 

 

「馬鹿が。その程度で勝ったつもりか?」

 

 蒼の周囲の温度が一気に冷え込むのか、何も無かったはずの場所に水蒸気が発生していた。騎士は幻術による回避だと判断したのか、見た目では分からないが恐らくその結果に対しての笑みを浮かべた様にも見えていた。

 発生した水蒸気は周囲の大気の温度と融合していく。その瞬間だった。突如として起こる上昇気流は蒼の直前に発生すると同時に、主砲クラスの一撃はそれによって阻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何なんだあれは……真由美。赤城は十師族の縁者ではなかったはずじゃないのか?」

 

 真由美と摩利は事実上の目の前で行われている戦いに動く事も出来ず、ただ見ていただけだった。これまでに見た事も無い魔法だけでなく、敵対しているそれも何なのかすら理解出来ない。

 ただ分かっている事は、自分達の常識を超えた戦いである事だけがギリギリ理解出来る程度だった。

 

 

「そうよ。でも、いくら十師族だってあんな魔法は使えない。CADすら使わない魔法なのよ……」

 

 以前に見た春先の戦いでさえも既に常識からかけ離れた魔法を行使していたが、今はその桁が既に違っている。騎士が放つ主砲の様な一撃が突如として起こった竜巻の様な物に直撃した瞬間、方向を変えながら他へと向かかっていた。

 それは未だ健在だったはずの建造物を倒壊させる程の威力を誇っていたのか、程なくしてそのビルは崩壊していた。

 それが本当に人間が使う魔法なのかと言われれば、答える事が出来ない様にしか見えなかった。騎士だけでなく蒼もCADを操作している様には見えない。騎士と同様にただ手を振るか、翳すかしかしていなかった。

 

 実際にCADを使用しなくても魔法を行使する事は理論上は可能である。しかし、発生までにかなりの時間を要するだけでなく、その威力も従来の物よりは小さいのがこれまでの通説だった。

 しかし、目の前の魔法はCADを使わないだけでなく、行動から発生までがノータイムであると同時に、威力も自分体が知る中でも最大級の威力。既に騎士と蒼の戦いは黙示録戦争の様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に時間がどれ程経過しているのかだけでなく、ここが戦場の真っただ中である事すら忘れ、今はただ見ている事しか出来なかった。先ほどの忠告にあった魔法を使うなの言葉は皮肉にもこの瞬間に理解させられていた。

 

 

「貴様ら!死ね!」

 

「しまった!真由美そこに隠れろ!」

 

 遮蔽物が無い場所で回避するのであれば少しでも自分の位置情報を隠す必要があった。既にこの近くまで来ていたのか、真由美と摩利に接近していたのは大亜連合の魔法師。既にCADの操作が完了しているのか、狙いは既に真由美へと向けられていた。

 

 

「な、何だ……身体が……」

 

 僅かな時間に大亜連合の魔法師の身体が一気に干からびて行く。僅かな時間で起こったはずの最悪の事実は既に取り払われていた。魔法師の身体がミイラ状になったかと思いきやそのまま塵へと還る。

 現実離れした出来事にしばし呆然とするしか出来なかったと同時に蒼に言われた言葉を思い出す。真由美達は既にCADに触る気持ちすら失われていた。

 

 

「そろそろ閉幕だ。このまま塵へと還れ」

 

 先ほどの一撃が全ての決着を物語っていた。絶対零度の冷気を防がれた以上、既にこれ以上の低温を発生させる事は物理的に不可能だった。蒼の周囲には既に幾つもの光の渦が沸き起こっている。その攻撃が全ての決着をつけていた。

光の弾丸が周囲から一気に騎士へと襲い掛かる。自慢の鎌は既に破壊され、青白い馬も動くことすら許されていない。360度の全方位から襲い掛かる光の弾丸は騎士を執拗に貫いていた。

 

 

『人間風情に敗れるとは……』

 

「さっさと塵に還れ。三下が」

 

 騎士の鎧が生気を無くしたかの様にその場から消え去っていく。その瞬間、周囲の様子が最初へとゆっくり戻り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…言いつけは守ったのか。レオ!いつまで寝てるんだ。さっさと起きろ!」

 

 蒼が向かったのは叩きつけられたレオの下だった。既にエリカはアヤが運び出している。この地には他に2人程いるが、何も問題ないのであればそのまま放置した所で問題は無い。

 そう判断したのか、レオの意識が回復するまで蒼は頬を叩き続けていた。

 

 

「ううっ……終わったのか?」

 

「ああ。エリカは確認してないが、多分無事だろ」

 

「そうか…」

 

 現実離れした事実に精神が追い付かなかったのか、真由美と摩利は蒼から話かけられた事で漸く現実に戻った事を理解していた。起き上ったレオと蒼が話すその光景に、漸く終わった事だけが理解できていた。

 しかし、終わったのはこの局地的な戦闘のみ。未だここが交戦中である事に変わりは無かった。

 

 

「とりあえず、お前も怪我しているかもしれんからな。この場からサッサと動くぞ。七草、他の連中はどうなってる?」

 

「え…み、皆なら多分避難できるシェルターに向かってるわ」

 

 何事も無かったかの様な振る舞いに真由美だけでなく、摩利もまともな思考を持つ事が出来ないままだった。自分達が戦っていたのは呂剛虎のはず。しかし、その後に起こった戦いは最早、魔法師の範疇を超えていた。

 いつもならばそれが何を意味するのかを考える余裕もあるが、自分達もギリギリの中で平常心を保ち続ける事だけが精一杯でしかなかった。

 

 

「……どうやらデッカイ花火が上がったみたいだな」

 

 蒼の言葉に全員が沿岸部へと視線を向ける。余りに距離が離れすぎてはいるものの、この距離からでも推測できる光源が何を意味するのかは理解出来た。

 既に周囲に残党と呼べる人間の気配は皆無であると同時に、その光は今回の終結を現している様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、当然の結果だろうな」

 

 横浜で起こった戦闘のニュースは国内中に色んな可能性と恐怖を刻み付けた内容がどの媒体にも流れていた。蒼達の戦闘の最後に見た光源以外にも、大亜連合が集結した湾岸部に巨大な光源が発生したと同時に、その場にあった全戦艦が消滅した事実があった。

 既にマスコミでは灼熱のハロウィンと呼ばれるこの事実が今後の国際情勢に大きな変革をもたらすと同時に、これまで優位にあったはずの近代兵器は一瞬にして過去の物へと成り下がっている。

 既にそれが主戦力だった国家は方向転換を急務とする事で、これまで以上に魔法師の存在の重要性を提唱しているとの報道が相次いでいた。

 

 

「でもあれは何だったんでしょうか?」

 

「さあな。ただ分かっているのはあれは急激に膨らんだ高エネルギーの放出だと言う事だけだ。沿岸部で見た光に放射能反応は見られない以上、そう考えるのが妥当だろう」

 

 学校も数日間は休校となった関係で、蒼とアヤは金沢の一条家へと移動していた。今回の件に関しては何も問題無いが、やはり将輝と真紅郎の事が気になるのか、休校を利用する事で一先ずは挨拶にでも考えた結果だった。

 リニアの中でも横浜の事件は一面に載っている。今後の事を考えれば十師族とその関係者は何かしらの矢面に立たされる可能性だけが残っていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。