厄災の魔法師   作:無為の極

38 / 69
第38話

 優秀な人間と言えど多勢に無勢では結果は火を見るよりも明らかだった。

 テロリストが出したのは化成体による獣と人型の何か。それが何なのかは直ぐに体験する事になっていた。

 突如として襲い掛かったのは獣の形をした化成体。まるで狼の様に個別ではなく集団で将輝に襲い掛かる。幻の様にも見えるそれが放った攻撃が将輝の左腕から一筋の赤い液体を流すのに然程の時間も必要としなかった。

 

 

「ジョージも早く退避しろ!ここは俺一人で何とかする」

 

「でもそれじゃあ…」

 

 真紅郎の言葉は最後まで出る事は無かった。集団で将輝を襲ったはずの化成体は次々と消え去っていく。何が起こったのかを理解出来ない2人はただ茫然とするだけだった。

 

 

「おいおい。戦場でそれは命取りだろ?もう忘れたのか」

 

 化成体が消え去った瞬間現れたのは2体の虎だった。テロリストが放った化成体とは違い、虎は全身の炎を纏っている。誰が何を放ったのかは言うまでもなかった。

 

 

「蒼!どうしてここに?」

 

「バイタル信号が大きく変化してたからな。だからここに来れたんだ」

 

 蒼がゆっくりと姿を現すと同時に放たれた虎は獲物を狩る様に次々とテロリストを食い殺す。遠目で見ていた三高の生徒は先ほどの将輝の魔法だけでなく、目の前で繰り広げる惨劇に再び吐き気を催していた。

 

 

「で、お前こそ一高の方は良かったのか?」

 

「十師族の人間もいるから問題無いだろ?仮に全滅した所でアヤだけは最悪は生き残れるから心配の必要も無い。それよりもこれからの方が問題だろうが」

 

 まるでそれが当たり前の様に話す蒼を真紅郎はただ見ている事しか出来なかった。

 いくら戦場を経験していても犠牲者が出るのは当たり前だと言わんばかりの言葉は真紅郎には理解出来なかった。

 既にここが戦場と化している場面ではいくら人道的な言葉を投げつけても、それは平時で意味を成すだけで、今の状況では詭弁にしか過ぎない。

 戦争と言う名の災いは人の心を簡単に破壊する。どちらの理論が正しいのかと考える程の安全は既に存在していない以上、今はただ黙るしかなかった。

 

 

「俺はこのまま魔法協会に行く。恐らくは有志による部隊が出来るはずだ。まずはそこを目指す」

 

「そうか。精々死ぬなよ。お前が死んだら寝覚めが悪いだけじゃなく剛毅さん達も悲しむからな」

 

「いや、勝手に俺が死ぬ前提で話すな。これでも実戦を経験しているんだぞ」

 

 戦場にも関わらずまるで日常に居るかの様な会話は、周囲にいる敵を少しづつ呼び込む結果となる。バスのタイヤ交換もそろそろ終焉を迎えようとしていた時だった。

 蒼と将輝に向かって一発のロケット弾が撃ち込まれる。未だ気が付いてないのか蒼と将輝は何の反応も見せなかった。

 

 

「将輝!蒼!」

 

 真紅郎の叫びが最悪の展開を出そうとした瞬間、手前でロケット弾が何も無かったかの様に消滅する。それが反撃の狼煙となっていた。

 

 

「お前らごちゃごちゃうるうせえんだ!さっさと消えろ!」

 

 蒼の怒声と同時にロケット弾が放たれたと思われし場所にいた人間の体内から黒い炎が燃え上がる。突如として起きた人体発火にテロリストが出来る事は一刻も早い消火活動だった。

 しかし、いくら何をしても黒い炎は消え去る気配がなく、またその炎は周囲の物を燃やしながら徐々に火災旋風を巻き起こし始めている。先ほどまで人間だったそれは既に炭化していた。

 

 突如として湧き出た炎に真紅郎は絶句していた。これまでに将輝と剛毅から聞き及んだはずの蒼の魔法は既にこれまでの常識を遥かに越え、またその火災旋風は一個の生命体の様に動き始め砲弾の様に黒い炎が周囲を燃やし尽くしていた。

 

 

「将輝、取敢えずここは大丈夫だろ?後、俺も遠慮無く動くからな」

 

 飛翔魔法で空中を滑走する蒼は何かを見たのか、広域重力魔法を行使する。既に射程距離に入っていた人間が重力に押し潰された事によって嫌な音を立てながら血だまりの中へと沈んでいる。

 目の前に繰り広げられているのは本当に現実なのか、それとも生きたまま地獄絵図を見ているのか自身の常識が崩壊しそうな錯覚を真紅郎は覚えていた。

 

 

「ジョージ。あれが佐渡の真実だ。多分、この周囲の人間で敵対した者の命はもう無い」

 

「将輝、まさかとは思うんだけど……」

 

 将輝の言葉はあまりにもショッキングな内容だった。

 佐渡の侵攻戦に於いての記録上の残存兵はゼロ。即ち最初から無かった事になるか相手方が全滅したかのどちらかでしか無かった。

 真紅郎も自身が無関係では無いからと、当時あらゆる資料を探しはしたが、どれもこれも詳細について触れられた物は無く、結果だけが将輝の口から語られただけに過ぎなかった。

 

 

「でも…やりすぎなんじゃ」

 

「そう言うと思った。けど、当時の俺はそんな隙に撃たれ、蒼が助けてくれた事だけが事実だと思ってる。もし、ここで一人でもうち漏らした結果、特攻で何人もの人間が死んだとなれば責任の所在はどうなる?」

 

「それは………」

 

 将輝の言葉に真紅郎はそれ以上口に出す言葉が見当たらなかった。

 既に真紅郎を見る将輝の目は既に戦場の兵士と何ら変わりない。既に三高の人間はこの惨劇をバスの中で見ているだけでなく、先ほどまで将輝が敵に対して爆裂の魔法を行使しているのを見ていた人間と大差無かった。

 この極限の中でも自分を見失わない様にするのがどれ程困難な事なのかは、この中で将輝だけが知っている。先ほどバスに戻る際に将輝を見た他の生徒の視線を真紅郎は思い出していた。

 

 

「そうだね……周囲の敵は既に殲滅したみたいだし、ここは僕が何とかするよ」

 

「すまんなジョージ」

 

「いや。僕は将輝の参謀なんだ。これも既に戦争なんだし、今は生き残る事を前提に動くのは当然の事だ」

 

 気丈に話ながら真紅郎は周囲を見渡す。蒼が広域魔法を行使した事により周囲の安全が確保されている。ちょうどタイミングがよかったのか、タイヤ交換の完了の言葉と同時に真紅郎と将輝はこの場で別れを告げる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛翔魔法で空中に停止しながら蒼は認識阻害の魔法を並行して行使していた。この地が既に戦場と化してからは空中にいるアドバンテージは大きいだけでなく、地上からは的にしか過ぎない。いくら障壁を張った所でその場から移動できないのであれば無意味だからとの判断だった。

 事前に見た情報を思い出しながら周囲を見れば、やはり地上の交通機関だけでなく港湾も制圧されている。恐らくは軍部も行動を開始している可能性はあっても、近隣の駐屯地からここに来るまでのタイムロスは致命的だった。

 

 

「揚陸艦が……5隻か」

 

 蒼が呟くと同時に一つの船に視線をやる。既に遠慮する様な人間が周囲に居ないのは確実だと判断したのか、蒼はまるで当たり前の様に呪文を口にしていた。

 

 

『冥界の扉よ、燃え盛る極炎をこの地へと呼びよせ我が名の元にその力この場に置いて召喚せよ』

 

 ロックオンされた揚陸艦の1隻の周囲に魔法障壁が突如として発現する。既に対象となった船はどんな状況なのかを知る必要は無かった。

 

 

『冥界の炎よこの場の全てを滅せ』

 

 先ほどのCADでの行使とは異なり、直径200メートルの障壁の内部が一気に赤く染まる。障壁が消えた瞬間、大量の蒸気と共にその揚陸艦の姿は無くなっていた。

 

 

「まだまだか。まあ、これから慣れれば良いか」

 

 試し打ちの様な素振りで揚陸艦を消滅させる。大量の蒸気は横浜の各地で観測されたが、それが魔法によるものなのかを確認する術はどこにも無い。完全に消滅した揚陸艦があった場所には蒸発し、無くなった海水を補おうと大きな波が発生している。

 既に大いなる戦端が切って落とされた事を理解した人間がどれ程なのかは理解しようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐。敵方の揚陸艦と思われし機影が消滅しました。原因は不明です!」

 

「藤林、周囲の画像データを検索できるか?」

 

 軍部として真っ先に動いていたのは本日付で開発されたムーバルスーツの確認で行動していた独立魔装大隊だった。既にVIP会議室でのやりとりは終わり、今は全員が戦地へと赴いている。各所の情報が一斉に収集された瞬間だった。

 これまでに未確認だった揚陸艦と思われし船が突然の水蒸気の発生と共に姿を消していた。当初はレーダーの故障も疑ったものの、他の計器でも確認出来た事からそれが何なのかは誰も口には出さないまでも、戦術級の魔法が行使された事だけが一致していた。

 

 

「……画像が粗いですが、これならば」

 

 藤林が出した映像をその場にいた全員が見ている。突如として現れた魔法障壁は船を包んだ瞬間赤く光る。その後は膨大な水蒸気の発生と共にその画像は終了していた。

 

 

「あれは……」

 

「何かご存じなんですか?」

 

「以前に軍部での未公開資料を少し見た際にあった魔法と同系統の物かもしれん」

 

 魔法の言葉に藤林だけでなく、その場にいた職員全員が驚いていた。軍部でも一部の部隊で魔法師が所属しているのは知っているが、少なくともこれ程の規模の魔法が行使された記録は国防軍の中には無かった。

 今は特尉でもある達也の魔法がこの部隊の一部の人間にだけ知らされているも、それはあくまでも専用のCADがあっての話。これ程の威力の魔法が簡単に行使されるとなれば作戦指揮所の内部にも動揺が走るのは当然の事だった。

 

「我々が知らない魔法ですよね」

 

「ああ。可能性があるのは佐渡侵攻戦でも似たような魔法が行使されたと言う事実だけだ。それも国防軍の内部の中では重要機密指定されている。我々にすらその事実は何も知らされていない」

 

 風間の言葉に藤林も言葉を失っていた。これまでも軍部での情報の全てを把握しているつもりだったが、まさかこんな隠し玉が存在しているとは思ってもいなかった。

 静まり返った部屋に風間の口から出た重要機密指定の言葉だけがその場にとどまっていた。

 

 

「今言える事は、あれが敵か味方かの確認が出来ない以上、警戒しながら任務に当たる様に全部隊に通達してくれ」

 

「了解しました」

 

 この状況下で新たな敵となれば厄介であると同時に、見方であれば心強いのもまた事実。幾ら歴戦の兵士とは言え、混乱した中での判別が出来る程全員に余裕がある訳ではない。

 未確認の魔法の存在に頭を悩ませながら藤林は各隊員へと指示を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の魔法は何だ!揚陸艦が消滅しただと!」

 

 驚愕に包まれているのは独立魔装大隊だけではなかった。これまでに極秘裏の行動してきたはずのテロリストは大亜連合だった。既に一部の揚陸艦が港を摂取したと同時に兵士を各地へ地送り込んでいる。

 ゲリラ戦さながらの攻撃は実に効果的だったのか、これまでは何の障害も無く侵攻すると同時に、魔法協会からこの国の魔法技術の奪取までもが計画の内だった。

 確かに謎の部隊が邪魔をしてはいたが、それも制圧するのは時間の問題だと思われた瞬間の出来事だった。突如として発生した魔法障壁は一瞬で消え去ったと思った瞬間、その場にいた民間の船に偽装した揚陸艦を瞬時に抹消する。

 船が消滅した以上、その中にいた500名を超える兵士と兵器も同じ結果になった事は司令部の中でも想定外の出来事でもあった。

 

 

「おい!どうなってるんだ。敵の攻撃なのか?」

 

「現在の時点では何も分かりません。無人機により確認の為に撮影した物も周囲ノイズが入った為に確認出来ません」

 

 司令官は部下に情報の確認とばかりに口を開くも、肝心の情報が分からない為に怒鳴り散らす事しか出来ない。事前の計画通りであれば陳祥山の工作に非が無い事は確認している。

 今起こったのが何だったのかを理解する事は出来なかった。

 

 

「今の戦況はどうなってるんだ」

 

「現在の所、魔法協会で一部隊が交戦中ですが、職員の抵抗によって予定時刻を大幅に遅れています。市街地に関しては一部の民間人の抵抗に伴い、今は当初のシミュレーションよりも遅れがちとなっています」

 

 司令官の言葉に情報分析官は淡々と事実だけを実況していた。今回の計画は一気に乗り込んだと同時に周囲の破壊工作と同時に優秀な魔法師が会場入りしている場所での拉致が最大の目的だった。その中には一部の聖遺物の奪取と研究者の拉致も含まれている。

 しかし、予想以上の抵抗からの計画の大幅なズレは司令官の精神を逆なでするには持って来いの結果となりつつあった。

 

 

「司令官。先ほど息が途絶えた兵士から摩醯首羅の言葉を最後に通信が切れました」

 

「なんだと!」

 

 『摩醯首羅』は沖縄海戦の際に一部の兵士の口からでた単語。正体不明のそれは幾ら銃弾を撃ち込んでも死ぬ事が無く、味方の兵士を消し去ったあの時の呼称。既にこの内部でも実情を知っている人間は殆ど居ないが、その噂だけはまことしやかに流れていた。

 既にその言葉が何を意味するのか理解した一部の兵士からは動揺が見え隠れしている。既にこの内部での士気はガタガタになる寸前だった。

 

 

「貴様らはこのまま戻っても結果は何も変わらんぞ。既に揚陸艦が沈められている。俺だけでなくこの場にいる全員が同罪となるぞ!」

 

 懲罰を見せた事によって乱れた歩調を合わせ再び士気を取ろ戻そうと躍起になるしかなかった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。