厄災の魔法師   作:無為の極

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第36話

 警備訓練が終わってからのコンペへの日程が徐々に近づく頃、一高の内部に衝撃が走っていた。警備の際に十文字が話していた既に内部に手が伸びている可能性が高いと言われた事実が現実のものとなっていた。

 当初はそれが誰なのかは秘匿されていたが、人の口には戸が立てられないのか、それとも単なるゴシップがそのまま流れたのか犯人は既に護送されると同時にその名前がまことしやかに流れていた。

 

 

「相変わらずプライドだけが高いやつは何をするか分からない物だな」

 

「実際の所、私達が知っているのはあくまでも噂でしかないですから、それは仕方ないですよ」

 

 現時点で一高の大半の人間は犯人の名前を知っていたが、実際にそれが本当なのか正確な情報を知っている人間は一部を除けば皆無に等しかった。

 ここ最近は文系の部活動がコンペを担当している事からも何かと話題が尽きる事は無い。元々から部外者だった蒼からすれば些事にしか過ぎないが、他の人間はそう考えてなかったのか、今回の噂の真相がどうなのか興味を隠すつもりはどこにも無かった。

 そんな中で、同じ風紀委員でもあった達也に確認した方が早いだろうと、美月は何気なく達也へと話題を向けていた。

 

 

「確か関本さんって風紀委員でしたよね。達也さんは何か聞いてるんですか」

 

 美月の言葉に誰もが思い出したのか達也へと視線を向けている。既にレオとエリカは何か面白い話が出てこないのかとどこか期待した目で見ていた。

 

 

「すまないが、俺も詳しい事は分からないんだ。レオとエリカの期待に答えられないのは申し訳ないんだが」

 

「本当に知らないの?」

 

「ああ。今回の件に関しては俺も完全に部外者だからな」

 

 達也の言葉は良くも悪くも予想通りの回答だった。まさか事実として自分の持ち物を探られ、その結果拘束したとなっては確実にエリカが口を挟むだけでなく、現在極秘裏に預かっている物が露見する可能性も秘めている以上、おいそれと口に出す訳には行かなかった。

 しかし、このまま終わる事が難しいのもまた事実。そんな対策とばかりに達也は少しだけ気になった事があったのか、改めて確認したいとばかりに蒼へと口を開いていた。

 

 

「蒼。そう言えば例の感応石の件なんだが、あれはいつまでのデータを取得するつもりなんだ?」

 

「あれか。期間にして2週間程利用してもらうと有難いな。もちろんその間に使ってなければ改めて期間を延長する事になる。それがどうかしたのか?」

 

「いや。大したことでは無いんだが、何時までなのかと気になってな。2週間って事はそれ位のデータが集まれば問題無いって事で良いのか?」

 

 この時点で達也は自分の普段利用しているCADではなく、予備として使用するCADに取り付けていた。

 感応石の効果はあくまでも制御をスムーズにさせる機能でしかないのは理解しているが、自分が秘匿している魔法が万が一露見した場合、何かと都合が悪いのもまた事実だった。

 既に達也の魔法は軍事機密指定されている部分もある為に、それはあくまでも当然の措置だった。

 

 

「期間はあくまでも目安だ。こちらとしては前にも言ったが発動速度の数字さえあれば良い。誰もが秘匿している魔法の一つや二つはあるのは知っている。だからそう警戒する必要は無い。仮に公表したいと言うならやぶさかでもないぞ」

 

 まるで秘匿しているのを知っているのかと思わせる言葉ではあったが、それは誰にでも当てはまる事実だった。

 現代魔法には一定の定義が存在するが、その中でも系統外魔法は個人の特性による部分が多く、そんな中でもBS魔法に関してはまさに個人の最大の秘匿事項と言っても過言では無かった。

 

 

「ちなみにデータもそれぞれが出してくれれば問題ない。その代り必ず計測した機械のシリアルナンバーが必要になるがな。こちらとしても今後の販路に乗せる以上、適当な数字を捏造する訳には行かないんだ。その辺りは考慮してくれればそれで良い」

 

 数字が捏造されたデータであれば、万が一市場に出回った際にはこれまでの信頼を失う事になる。

 ましてやIMSは一条の資本であるのは周知の事実なだけに、その数字に対する内容は厳格化されていた。故に機械のシリアルナンバーが分かれば何かと遡った際のトレーサビリティを示す事が出来る事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の論文コンペの警備総隊長の十文字だ。毎年の事ではあるが、このコンペティションは今後の魔法文化の発展の為に優秀な論文が機関紙にも掲載される事になる。それに伴って各国からも注目されている為に不審者を見つけた際にはすぐに連絡をしてくれ」

 

 途中で波乱はあったものの、コンペティション当日を迎えた際の合同本部には十文字が総隊長として挨拶をしていた。

 既にこのコンペに関しては魔法師業界からも常に見られている事から、ここでの結果次第ではその進路までもが決定される可能性が高く、また大学に向けての推薦などの影響もあってか各校ともに警備に関してはかなり厳しい物となっていた。

 

 事前に大よその内容を聞いた蒼は少しだけ驚きを見せていた。これまで軍事における技術のついでで発展した技術はごまんとあるが、経済そのものに目を付けた発想は中々出てこなかった。

 発想の着眼点が違う事からも今回の内容がどんな物なのかは少しだけ気になる部分があった。本来であれば警備が無ければ拝聴したかったが、今回の警備である以上、後で内容を達也から聞けば問題無いだろうと判断していた。

 

 

「実際にはこんなもんだよな……」

 

 当初、厳重な警備がある事からどれ程の事が起こるのかと思い蒼は警戒していたが、それもまた杞憂に終わるのかと思い始めていた。

 実際には学生だけなく外部でも警備を雇っている事もあってか不審者が来る事も無い。既に見るべき者も無ければやるべき事も無いだろうと考えていた矢先、不意に気になる事があった。

 

 

「なあ、将輝。この辺りの雰囲気が悪くないか?」

 

 今回の警備は学生からの選出は各学校から出された警備の人員を学校単位ではなく、それぞれの特性に表わして配置されていた。

 本来であれば将輝も別の人間と組む事になっていたが既に蒼とは知己の関係でもあり、魔法の能力を勘案した結果同じチームとしての配置が為されていた。

 

 

 

「……そうか?俺はそんな風には感じないが」

 

「そうか。気のせいかもしれんな」

 

 自宅が金沢である事もあってか、横浜の雰囲気が将輝には分からなかった。これが地元の金沢であれば異変の一つも感じるが、知らない土地となれば比較対象が無い為に判断も厳しい事になっている。

万が一を考えた結果は杞憂だと思い始めた矢先だった。不意に全員が所持した端末に通信が入る。それは警備全員が防弾ベスト着用の指示でもあった。

 

 

「そうだ。防弾ベストも良いが、これも使ってくれ」

 

「これは?」

 

 将輝が手にしていたのは2つのイヤーカフスだった。鈍く光る銀のそれは単なるファッションアイテムの様にも見える。

 それが何であるのかを理解する前に蒼の口からその内容が説明されていた。

 

 

「防弾ベストも良いが、それだと通常の銃器、しかも他の部位に銃弾が当たる恐れがある。今回のこれは以前に茜と瑠璃に渡したのと同系統のCADだ。ただし、それしかインストールされてないから、万が一の際のお守りだと思ってくれ」

 

「それは分かったが、何で2つなんだ?」

 

「お前と真紅郎の分だ。性能は保証する。俺も流石に友人に万が一があると一条家には申し訳ないからな」

 

 九校戦の際に渡されたそれと同等のCADが何なのかは将輝も理解していた。実際に活躍した場面は無かったが、後日渡されたデータを見た際に真紅郎と2人で驚いていた。

 これまでの様な物理的な障壁であれば既に誰でも使用できるケースも存在するが、この魔法は明らかに過剰と思える程の性能を有していた。

 対物、対衝撃は理論上魔法師殺しを意味するパワーライフルの銃弾すら致命傷にならない。

 弾丸そのものが物理で相殺されると同時に着弾した際に発生する衝撃波までもが完全に遮断されるのであれば、ある意味ではSPすら必要ないとも思える程だった。

 

 

「因みに言っておくがこれはパッシブ型だから認識しないと発動しない。アクテイブ型だと想子が常時吸収されるだけで無駄になるからな。あと想子の干渉だけは気を付けるんだな。これは以前に妹2人に渡した物とは少し違う」

 

 想子は魔法師であれば誰でもあるが、総量は全員が同じではない。常時発動させようとすればかなりの総量が必要となるが、今回のそれは認識すれば発動する為に、その可能性は最初から無かった。

 既に防弾ベストを着用しているものの、やはり無いよりはマシだとの判断で将輝もそのまま付けていた。

 

 

「でも、どうしたんだ急に?」

 

「いや、何となく……な」

 

 将輝の言葉に蒼はそれ以上の事は何も言わなかった。

 既に周囲を取り巻く悪意が何なのかを何となく理解していたが、この場で言った所で既にどうしようもない。それは大亜連合で手に入れた能力がそれを証明しているにしか過ぎなかった。

 既に午後の部が開始されたと同時に時間だけ見れば今は一高の発表が始まった頃だった。警備の担当時間が既に終わったからと蒼と将輝も開錠へと足を運ぼうとした矢先、不意に何かの衝撃音がロビー付近から聞こえていた。

 

 

「将輝、まずは会場だ!」

 

「ああ!」

 

 衝撃音が何なのかは既に見当が付いていた。しかし、この場所でその音が聞こえている時点であり得ないとも思えたのは仕方なかった。それは以前佐渡の戦いでも聞いた破壊音。グレネードが目標物に炸裂した音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヤ、これはどうなってるんだ?」

 

「先ほどテロリストが襲って来たんですが、達也さんが一人を取りおさえた際に警備の皆さんがこの場にいたテロリストを拘束したんです」

 

 蒼が駆けつける頃には会場は喧噪に包まれはしていたが、恐慌に陥る様な場面は一切無かった。何らかの形で情報が共有されたのか、既に各学校ごとに避難の為に集合している。そんな中で様子を見る為なのか、達也達は別行動をしようとしていた。

 

 

「玄関は多分だが襲撃に会ってる。まさかとは思うがどうするつもりだ?」

 

「まずは現状を把握しない事には何も出来ない。ただ、この会場が襲撃されているのは分かるが、このままだと長くは持たない。まずは情報が必要になる」

 

 既に達也は自身の能力で現状を把握していた。しかし、他のメンバーにこの事実を話す訳にも行かず今は尤もらしい内容を告げる事で事実確認を優先していた。

 

 

「だったら俺も行くが、まさかとは思うがこの面子なのか?」

 

 既におなじみのメンバーが集団で固まっていた。周囲を見れば既に中条の指示なのか一高は生徒同士が固まって避難の準備をしている。

 それが何を意味するのかを分かった上で蒼は言葉にしていた。

 

 

「このメンバーなら大丈夫だって。いざとなったら私も動くから」

 

「何でエリカは前提がそれなんだよ」

 

「私はこうなの。一々そんな事言わない」

 

 既にエリカは臨戦態勢に入っているのかレオのツッコミをそのまま流し、テンションが若干高い様にも見える。ここい来るまでに銃声は聞こえていたが、会場を襲撃する以上何らかの準備が為された上で来ているのであれば、警戒する必要もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…」

 

 玄関に近づくに連れ銃撃音が徐々に大きくなっていた。従来の銃器であればこうまで破壊音が鳴る事は少なく、それが何なのかを理解出来ない人間は誰も居なかった。

 対魔法師用のパワーライフルがコンクリートの柱を容易に傷つける。本来であれば連射出来ないはずのそれは数で対抗しているからなのか、弾幕が止む事が無い。

 このまま行けばそれの餌食になる事だけは確かだった。

 

 

「パワーライフルを所持してるって事は、春の様な小規模な襲撃では無いって事だな。このままだと職員も死傷者が出るのは時間の問題だぞ」

 

 蒼が指摘した様に、本来であれば銃撃と銃撃の間を狙って反撃する事は可能だが、相手は手数で押すからなのか隙間がどこにも無い。

 コンクリートの柱が徐々に削られるのをそのまま見ているつもりは毛頭なかったのか、蒼は懐から3枚の札を取り出していた。

 

 

「雫とほのか、あと美月も耳をふさぐか遮音障壁を出すんだ。エリカは……大丈夫だよな?」

 

何かを確認するかの様に蒼は3人を見ていた。それが何なのかを知っていた幹比古は何も言わず、レオは疑問しか無い様にも見えていた。

 

 

「何するか分からないけど、何で私は大丈夫なのさ?」

 

「直ぐに分かる。深雪は良いのか?」

 

 存外に言われた事で何かを確認したいと考えたのか、それとも何か思惑があったからなのか深雪は何も答える事が無かった。

 

 

『来たれ炎虎』

 

 蒼の言葉と同時に火が付いた札から3体の巨体な虎が出現していた。初めて見たからのか美月達は暫し呆然としていた。

 突如として現れた虎は炎を纏い、こちらを一瞥する。その瞬間、まるで何かを確認したかの様に柱の影から飛び出していた。

 その姿を見た職員は呆気に取られたのか何も動こうとはしていない。既に出現した炎の虎が獲物を狩る様に一気に飛び出す。突如として現れた虎に動揺したのかその場にいたテロリストは狙いを定める事無く銃を発砲する音だけがロビー全体に響いていた。

 

 

「まだ死にたくない……」

 

「俺の腕が!」

 

「俺の……」

 

 テロリストの悲鳴とも叫びとも取れない声がロビー全体に鳴り響く。

 先ほど言われたからなのか、遮音障壁を展開しているにも関わらず雫とほのかだけでなく美月も耳を塞いでいた。

 時折何かボリボリ齧る音とクチャクチャと咀嚼音が聞こえて来る。最初に聞こえた銃声は既に出す者が居なくなったのか柱の影で見えないが、何が何をどうしているのかは改めて見るまでも無かった。

 既に何も聞こえなくなった事を確認せんとばかりに柱の影から出ると、その場に居たはず虎の姿は既になく、その場には血だまりと先ほどまで使われていたパワーライフルだけが残されていた。

 

 

 


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