厄災の魔法師   作:無為の極

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第35話

 

「死なない程度にしないとな。こっちはお前の頭脳が必要なんでな」

 

 男が懐から取り出したのは数枚の札だった。この国では国民の生活保護の為にあらゆる所に想子のセンサーが設置されている。こんな町中だけでなく、最悪は拉致の証拠を残す訳にはいかないからと、想子の反応が無い札を選択していた。

 男は何かを念じると同時に、地面から何かが出現してくる。それが何なのかは蒼が一番理解していた。

 男が札を使うと同時に地面から出たのは化成体だった。この時点でこの男の所属は何となく予想が付いていた。

 蒼は対峙した瞬間、可能性を考えていた。これまでの行動から考えると当初は単なる引き抜き程度だとも考えたが、目の前の男は純粋なそれが目的では無い様にも思える雰囲気を醸し出している。

 結果からすれば化成体を出した事によって既に目的は引き抜きではなく、何らかの手段を講じて強引にでも連れ去る算段だけしかなかった。

 

 

「やっと本性を出したと思ったら、よりにもよってそれかよ」

 

 男と同じく札を使おうとしたが、画像の死角がこの辺りには余り無いのと同時に、万が一検知される様な事になれば面倒以外の何物でも無かった。

 既に化成体を出している時点で想子の探知は始まっている可能性が否定出来ないのも

また事実だった。

 この時点でいくら自分の偽装が出来たとしても、何らかの手段でこちらにまで害が及ぶ事にもなり兼ねない。となればやるべき事は極めてシンプルだった。

 男が出した化成体は威嚇する事も無く一気に蒼へと飛びかかる。

 本来であればこの時点で腕が喰いちぎられる未来しかないと思われていた。

 

 

「貴様!今何をやった!」

 

「何だ?この程度の事すら理解出来ないのか。所詮は紛い物か。だったらこのまま消えるんだな」

 

 男の放った化成体は蒼の直前で何事も無かったかの様にかき消されていた。

 この時点で何をしたのかを知る術はどこにも無い。男は自分の放った魔法が通用しないかった事に対し、時間にして僅か数秒だけ意識がそがれていた。

 

 幾ら歴戦の兵士と言えど、自分の知りえない現象を目の前にした瞬間、僅かでも放心状態に陥る可能性はある。

 ましてや人通りの無い路地裏の様な場所であれば最悪は命を奪おうとする魔法を発動したとしても、その場にとどまらずに即移動すれば用は事足りる。

 しかしながらそんな考えが目の前に起こった出来事によって瓦解していた。

 

 

「ささっと消えろ」

 

 本来であれば魔法師はCADを使う事によって魔法を高速発動するのがこれまでの常識でもあった。

 もちろん古式と言えどそれには大差ない。にも関わらず、目の前の蒼はCADに触るそぶりすらせずにただ掌を男に向かった出しているだけだった。

 この時点で魔法が発動される可能性は無い。そう考えたのか、男は再び蒼に向かって走り出した瞬間だった。黒い炎が男の全身を燃え盛る様に包み込む。

 転げ割って消そうとするが、黒い炎は消える事無くさらに燃え広がっていた。

 

 

「冥府の炎を現世で味わえるなんて贅沢だな」

 

 現実ではありえないと後悔する頃には既に全身の皮膚は焼けただれ、既に動く事も出来ずただ自分の身体が燃えている事だけが実感出来たと思った瞬間、その男の命は事切れたのか、その場に倒れこんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体この人は誰なんですか?」

 

「さあな。産業スパイにしては異常だな。まるで最初から拉致が条件みたいだったが。まあ、可能性は無くも無い」

 

 アヤと会話をしながらも黒い炎は全てを無かった事にするかの如くただ燃えている。 本来であれば煙が出れば火事の通報もあるが、この黒い炎から煙が出る事は何一つない。既に燃やし尽くしたからなのか、その場には僅かに煤けた灰の様な物だけが残されていた。

 そんな灰を眺めながら蒼は一つの仮説を立てていた。今回の可能性が一番あるのは大亜連合か新ソ連だった。

 しかし美術館での戦いによって新ソ連の魔法近衛師団は壊滅へと追い込まれ、結果的には新ソ連は事実上の機能不全を起こしていた。もちろん、国内のニュースではその中でもその報道は存在していない。

 それがそうなのかを確認する術を蒼は持っていなかった。となれば可能性は一つだが、当時は大亜連合そのものに発見された形跡もなければあれは手つかずの様にも見えていた。

 

 

「論文コンペにしては何か変にも思えますけど……」

 

「コンペは関係無いだろう。明らかに俺に接触している時点で違うからな。まあ、来たら来たで叩き潰すだけだ」

 

 そう言いながら蒼は自身の手を見ていた。既に新ソ連と大亜連合で取得した原典の能力は、既に現代魔法の範疇を超え始めていた。

 事象改変をする際に情報体が必ずそれを実行するのに対し、先ほど放った黒い炎は事象改変した結果だけをもたらしている。

 最初から自身のゲートを経由していない時点で、これが何なのかを知っているのは蒼本人だけ。今回の件はまだ対処出来る範囲の物であるのは間違い無いが、それがどんな効果を生み出すのかは、未だ確認していない残りの力を取得してからになる。

 先ほどまでの戦いが何も無かったかの様に家路へと急いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前も知ってるとは思うが、今年は我々一高がコンペ会場の警備を主として行う。その為に訓練に参加してくれ」

 

 十文字の放った言葉に蒼はやっぱりかと言った表情を浮かべていた。当初は無理にでも断る事も出来るだろうと考えたものの、十文字の性格を考えればまともに取り合う可能性は低く、また何を言っても深く考える事は無いだろうと判断していた。

 しかも、今回の訓練に関してはテロが来る事を想定している。となればやる事は一つだけだった。

 

「それは構わないが、一つ条件がある」

 

「条件とはなんだ?」

 

「大した事じゃない。今回の警備の訓練であれば誰かがテロリストの役割を果たす事になると思うが、それを俺がやる」

 

 蒼の言葉に十文字は少しだけ考えていた。モノリスの能力を考えれば確かに間違いは無いかもしれない。しかし、今回の様な警備の訓練となれば全員が自前のCADで訓練をする事になる。

 今回の警備に当たって十文字は事前に真由美に確認をしていた。モノリスの本戦には出場したが、二科生が簡単に出来る様な魔法は何一つ使われていなかった。

 これまでに見た事が無い様な魔法と空中からの攻撃により魔法は既に既存の戦略を過去へと置き去りにしている。

 そうなれば実際に自前のCADを使用すればどんな結果をもたらすのかを少しだけ興味深く考えていた。

 

 

「そうか。まあ良いだろう。ただし、テロリストの役割はお前だけだ。それで本当に構わないのか?」

 

「構うも何も俺一人で十分だろ。あとは足手まといだ」

 

 今回の件で一番最初に確認すべきは原典の能力がCADを経由した場合、どんな結果を示すのかを確認する事が最優先だった。

 事実、戻ってから碌に魔法を発動さえる事無くこれまで来たが、以前に襲いかかってきた産業スパイもどきの人間に対し、蒼はこれまでに普段であれば使わない魔法をまるで呼吸をするかの様に使っていた。

 今考えている事が事実なら、全部が揃えばどんな結果をもたらすのか。それを今回の警備訓練で実験しようと一人考えていた。

 

 

「そうか……ならば各自にそう伝えておこう。ただ、模擬戦に近い様な物だ。身体には気を付けると良いだろう」

 

 十文字の言葉に訓練が始まっていた。今回参加しているのは殆どが二年を中心とするメンバー。その中で今回は異例とも取れる一年の二科からは幹比古も参加してた。

 当初は未だ馬鹿にした様な雰囲気を持っていた二年生ではあったが、訓練開始と同時に不意を突いた様な魔法の攻撃で一人の意識を飛ばした瞬間、まるでこれが実戦だと思える様な錯覚をその場に居た全員が感じ取っていた。

 気が付けば一人、また一人と徹底的に集団を分断し、確実に仕留めて行く。まるでゲリラ戦を思わせるそれは既にどちらが捕食者なのかを思い知らせるには十分すぎていた。

 

 

「所詮はこんな物か。しかし、肩慣らしには物足りないのもまた事実だな。このまま幹比古を襲っても良いが、やっぱりここはメインをやるのが良さそうだな」

 

 空中を自在に浮かぶと同時に、その存在を認識できない様に魔法を発動していたからなのか、殆どの人間が蒼の存在を確認する前に倒されていた。

 当初は蒼に対抗出来そうな服部を中心とした組織的な展開をしようとも考えていた二年は蜘蛛の糸に絡めとられた獲物の如く服部の元に近寄る事すら出来ない。

 動きを封じられればあとは単なる的にしか過ぎないのか、確実に意識を飛ばすと同時に倒れた身体をどこかへと移動させる。

 目に見えない敵に心を折られたのか、殆どの人間は開始10分ほどで捕縛されていた。

 

 空中から見れば幹比古はこちらの存在を今が確認出来ていない。となればこのまま放置しても大丈夫だと判断したのか蒼は十文字の元へと一気に移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に殆どの人間が倒されているのを十文字は感覚的に悟ってた。耳を澄ませば自分以外の音は聞こえず、また周囲に気配すら感じる事もない。

 ここは学校の敷地に居ると頭では理解しながらも、意識は既にジャングルの中にでもいるかの様な錯覚さえ覚えていた。

 気配を殺しながら移動するのがゲリラ戦の定石でもあり、テロリストも同じ様な行動をする。しかし、この場に感じるのは気配を殺すのではなく、獲物に襲い掛からんとする絶対的な捕食者のそれと同じ感覚だけが存在していた。

 

 

「なるほど……こう言ったやり方もあるか」

 

 十文字が呟いたのは当然だった。殺気を消し近づくやり方ではなく、逆に殺気を濃密なまでに周囲に醸し出す事で逆に位置を探る事が出来ない。

 未だ視界に映らない以上、下手な行動だけは出来なかったのか、移動する事無く周囲からの攻撃に備えCADは既に発動直前のままにしてあった。

 

 時間にしてどれほどが経ったのか、十文字は本能に近い反応速度で2時の方向にファランクスを展開した瞬間だった。強固な障壁に阻まれた火炎がその場に飛散する。

 誰が何を放ったのかは考えるまでもなかった。濃密な殺気は距離感を狂わすのか、魔法の発動が間に合ったのは偶然に近かった。

 発動した魔法の速度と威力を考えれば、かなり接近した状態を示す。これが本当に二科生の戦闘能力なのか僅かな思考が十文字の頭を過っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「挨拶替わりのあれを防いだか……でなければ面白く無い」

 

 近距離から放たれた魔法は九校戦の際に背後から攻撃した魔法と同じ種類の物だった。競技用のCADとは違い、自前のCADは既に出力と速度がチューニングされている。

 学校のCADによる速度を圧倒的に置き去りするだけでなく、原典の能力が蒼の能力をさらに底上げした事もあり、既にその能力は夏休み前の同一人物と同じなのかと思わせる程だった。

 この訓練に於いて一番最初に考えたのは、どの程度の魔法を行使するかだった。訓練とは言え、殺す訳にもいかず、仮に大怪我をする程度ならすぐさま治せば良いだろうと考えた結果、ギリギリのレベルまで引き上げる方法を選択していた。

 こんな場で能力を全開にすれば死者が出るのは間違い無い。幾ら不慮の事故だとしても、今度はその対応に迫られるのも面倒だからと考えた結果だった。

 

 

「だとすればどこまで耐える事ができるのか見ものだな」

 

 既にスタンバイ状態のCADを順番に操る。これまでの考え方であれば、動きを封じた所で一気に攻撃を集注させるやり方が有効的なのは分かっているが、今はそんな事を考える必要が無いとばかりに攻撃の有効半径を一気に広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会頭はどこなんだ……」

 

 服部は既に周囲の人間が倒されているのを直接見た訳では無いが、気配を感じない事から既に倒されたと結論付け攻撃を回避すべく周囲の様子を伺っていた。

 当初、今回の警備訓練の際にはテロリスト役を買って出たのが蒼だと分かった瞬間、以前に敗北を期した事を挽回しようと考えていた。

 

 当時の戦い方は何も知らされないままに戦った結果だと結論付け、今回の訓練に当たる前に色々と対策を練っていた。

 九校戦でのモノリスの攻撃方法はまさにセンセーショナルな物ではあったが、既に初見の戦術で無ければ対策の立てようは幾らでもある。今回はテロリスト役であれば多少の荒い攻撃も訓練の内だと考えていた。

 そんな中で、これまで蒼の能力を格下だと決めつけていた同級生から共闘の申し出があった際に、服部は快諾していた。

 当時は一対一ではあったが、今回は多対一でも訓練での出来事だと判断した結果だった。しかし、その考えは砂糖の様に甘かったと今になって後悔していた。

 

 

「あ、あれは……」

 

 服部が見たのは十文字が一方的に攻撃を受けている場面だった。魔法による攻撃であるのは理解したが、肝心の術者の姿が全く見えていない。

 誰が攻撃をしているのかは確認するまでも無いが、まさか見えない距離からの攻撃である事を理解するのに僅かに時間が必要だった。

 

 

「会頭!」

 

「服部!ここに来るな!」

 

 思わず声を出した瞬間、十文字が制止に入っていた。既に見えない距離からの攻撃はどこかで見ているのかすら判断出来ない。これまでに何度も目にしたホーミングしたエアブリッドの様な温い魔法は行使されている訳では無い。

 戦場下では致命傷となる可能性が高い魔法がこの場を飛んでいた。

 

 服部の制止は間に合わないと判断した十文字は自身に展開されているファランクスの一部を服部へと行使する。その瞬間十文字を護っていた防御幕に穴が開いたからと青白い炎が十文字へと襲い掛かっていた。

 いかに鍛えたとしてもこれまでに経験した事の無い魔法は威力が読めない。これまでファランクスが展開されていた事によってその殺傷ランクは不明だったが、ここにきて漸く殺傷ランクが最低でもBクラスの魔法である事が判明していた。

 

 

 

「赤城!なぜこうまで高い魔法を行使しているんだ!会頭に何かあったらどうするつもりなんだ!」

 

姿が見えない事もあり、服部は周囲に聞こえるように大声で話をする。それに呼応したかの様に蒼は10メートル程手前で姿を現していた。

 

 

「相変わらず頭が悪いな。今回の俺はテロリスト役だぞ。お前達が殺気だって来てるのにどうして俺だけが手加減する必要があるんだ?」

 

 蒼の言葉に服部は今回の訓練が始まる前の事を思い出していた。建前は訓練でも不意の攻撃の結果、怪我をするのは仕方ないと判断した言葉が蘇って来ていた。

 恐らくはその時点で今回の考えが筒抜けだったのかもしれない。その言葉を借りれば訓練だからと気を抜いていたのはどっちだと思い知らされていた。

 

 

「そ、それは…」

 

「大怪我しないだけ有難いと思うのが筋だろ?いい加減学習しろよ。俺が本当にテロリストならこんなチマチマしたやり方なんてしない」

 

 それ以上の反論は聞かないとばかりに再びその場から姿をくらます。それが本当に認識阻害の魔法なのかと思う程に自然に溶け込んでいた。

 

 

「服部。赤城の言う通りだ。訓練だからと決めてやるのは考えが浅はかだ。既に今回のコンペに関してはスパイと思われる人間が暗躍しているか可能性が高い。事実まだ公表されてないが、既に校内にまで手が伸びている可能性もある」

 

 十文字の言葉に服部は驚いていた。確かにこれまでにも産学スパイの可能性は今に限った話ではなかった。

 しかし、校内にまで既に手が伸びている話は初めて聞いた事実だった。となれば私怨に目がくらみ周りが見えなかったのはどっちなんだと改めて自問自答する事になっていた。

 

 

 

 


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