厄災の魔法師   作:無為の極

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横浜騒乱編
第34話


 

 夏休みが終わると第一高校も生徒の中でそれなりに動きが出ていた。一番大きな出来事は生徒会役員の選出における選挙だった。

 当時の執行部はこれまでの執行部とは違い、一科と二科の区分けを良しと思わなかった事から何かとヤジが飛ぶ場面があったが、ここでまさかの深雪の暴走の末に事態が収まると言った事と同時に、風紀委員の選考も行われていた。

 

 

「まさか達也が生徒会の執行部に入るとはね……相変わらず派手に動いているみたいだな」

 

「俺はそんなつもりは毛頭ないんだが……」

 

 役員が決定してからの校内の雰囲気は徐々に10月の論文コンペへと意識が向き出していた。しかし、コンペそのものは事前に提出した論文の選考した結果で選出される事もあってか、この場に居る人間の中で、唯一達也だけがその可能性を秘めていた。

 蒼が指摘した様に、当初任命された際には何かと話題に上る事が多かった事もあり、常に衆人環視の中での学校生活を余儀なくされていたが、それもまたコンペが近い事と同時に、漸く見慣れてきたからなのか、以前同様の雰囲気が漂っていた。

 

 

「そう言えば、モノリスの参加者ってコンペ当日の警備に当たるって本当なのか?」

 

「あれ?蒼さんは知らなかったんですか?確か規約にそう書かれてましたよ」

 

「……やっぱりか。将輝に聞いた時には冗談だと思ったんだがな」

 

 美月の言葉に止めを差されたのか、蒼はまた面倒事が増えたとばかりに考えていた。

 今回の目的も九校戦が発端なら、コンペの警備もまた九校戦の結果でしかない。しかも達也、レオ、幹比古の様に新人戦ではなく本戦に出ていたのであればその可能性は極めて高く、回避する事は不可能だとも言えていた。

 

 

「規約なら仕方ないか……そう言えば、昨日廿樂先生に呼ばれてたと記憶してるが無何かあったのか?」

 

「本当に耳が早いな。昨日呼ばれたのは今回のコンペにまつわる代理の件だ。とは言っても今回の主役は市原先輩だから、俺は黒子みたいなものだ」

 

 蒼の言葉に達也もややため息交じりに言葉を交わす。達也としても今回の参加は不本意だと思っていたのか、やや落胆気味の表情が見て取れていた。

 

 

「でも凄いんじゃねえの?一科の生徒じゃなくて達也を指名したんだろ?それってある程度認められたって事じゃないのか?」

 

 レオが言う様に、モノリスだけでなく一年の女子の好成績の立役者は紛れも無く達也だった。

 これまでの常識を覆すだけでなく、新たな戦術や最新の魔法をインストールするその能力はこれまで何百人と排出した卒業生の中でも事実上のトップとも取れる。

 そんな人間が二科に居事は当時何かしらの抗議が予想されていたが、実力を忌憚なく発揮した事もあって沈黙する事になっていた。

 

 

「達也。ちょっと頼みがあるんだが、良いか?」

 

 突如として会話を打ち切るかの様に蒼からの頼み事。これまでの記憶からすればまた何かの魔法式の構築かと思った矢先だった。

 蒼は突如として黒い箱を出す。それが何なのかはこの場にいた全員が興味深々に見ていた。

 

 

「実は今回テスターをやって欲しんだ。因みにこれはIMSから俺が請け負ったんだが、生憎とそれなりのデータが必要なんでな。頼まれてくれないか?」

 

 言葉と同時に黒い箱の蓋を開ける。そこには真紅のルビーを思わせる様な真っ赤な石がいくつも鎮座していた。

 

 

「ねえ蒼。これって何?」

 

「エリカ。これ知らないのか?CAD持ってるなら見た事位あるだろ?」

 

「あの…これって感応石ですよね。CADのコアの部分の」

 

 エリカの変わりに美月が答えた事で全員が改めてそれを見ていた。

 確かにCADは魔法師にとっても重要な物ではあるが、美月に言われるまでそれが感応石だとは達也と美月以外の人間は誰も気が付かなかった。

 

 

「それは分かったが、どうして俺達なんだ?」

 

「簡単な話なんだが、実はこれ今回新たに市場に出す予定の代物なんだが、内部で計測した限りだと、どうにも数字が出ないんで今回俺の所に回ってきたんだ。データが揃えばそのまま市場に流す事になる。因みに報酬はこれだ」

 

 九校戦以降、蒼がIMSの主任研究員である噂はあっと言う間に拡がっていた。

 当時何気に真由美が発言した事だけでなく、IMSに確認した際にも蒼が出た事が何度かあった事から、誰も口には出さないが影では何かと話に出てくる事があった。

 

 二科生でありあがらモノリスの本戦に出場し、挙句の果てにはIMSでの現場のトップである事が分かった為に、一科生は蒼に近寄る事は無かった。

 蒼としても有象無象が群がるよりも今の方が格段に快適な生活を送る事が出来るからと否定する事もなかったのが、広まった一因だった。

 

 

「でも良いの?これって確か結構な値段なんだよね?詳しくは分からないけど、これまでの感応石の3倍はするって聞いてるけど」

 

エリカの疑問は尤もだった。未だIMSから販売されているスカーレットの銘が打たれたこの感応石は、下手な工房では手に入れる事は困難であると同時に高額な物の為に、CADの販売時に価格に転用するにはいささか高価過ぎていた。

 しかし、使用した感覚はこれまでの魔法の発動を大幅に向上する事もあってか、使用感は業界でも有名だった。

 そんな物が一学生に報酬として振舞われるとなれば、ある意味裏があると公言している様な物でもあった。

 

 

「販売ベースだと5倍だな。最近は安定供給が難しいとは聞いている。言っておくが今回のこれはエリカが思う様な裏は無い。ただ……今回の検証があくまでも魔法の発動速度がメインとなる為に、発動が遅い人間が対象になる。勿論、嫌なら断ってくれ」

 

 馬鹿正直とも取れるが、確かにその言葉を額面通りに受け止めれば劣等生でなければ数字の確認が出来ないと言っている様にも聞こえている。

 今は都合が合わなかった深雪が居ない為に大参事にならないが、居れば確実に部屋の気温が数度下がる可能性だけは予想出来ていた。

 

 暫くの間沈黙が続く。悪意ではなく純粋な研究としての検証なのは誰もが理解しているが、それは自身のコンプレックスとも対峙する可能性が出てくる。

 蒼としてはダメ元的な感覚しかないので、ダメならダメで気にしないのはこの場にいた全員が知っていた。

 

 

「なあ、参考に聞くんだけど、どれ程体感速度が上がるんだ?」

 

「実際はここの教材ベースで行けば今のタイムの4割弱は早くなる。ただし、これはあくまでも実験ベースだ。今は数字を確定させる為にサンプルの数が欲しいんだ」

 

 レオは何気に言ったはずだったが、蒼の4割弱に驚きを隠さなかった。

 事実、一科と二科では魔法の発動速度は重要なファクターであると同時に、普段自分が使用している物に転嫁すればそれがどれ程の性能を発揮するのかは言うまでも無い。

 しかも事実上の無償提供となれば断る理由はどこにも無い。それならばとレオが口を開くその瞬間だった。

 

 

「蒼、俺で良ければ使わせてくれないか?」

 

「俺としては依頼する側だからな。こちらからと言いたい所だ」

 

 達也の言葉に全員がそのまま引き受ける。もちろん感応石だけの話ではあるが、学生でもこれがどれほどの物なのかを理解している以上、使い方も知っているはず。

 あとは定期的に数値の確認をするだけとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではそれが例の感応石なんですか?」

 

「ああ。既に確認したが、これは紛れも無く本物だ。3課にもサンプルはあるが、同じ物だと判別したよ」

 

 学校で受け取った達也はそのまま渡されたそれを手に取りながら、これまでFLTでも解析したデータと照らし合わせていた。

 当初はブラフの可能性も否定しなかったが、IMSとしての裏付けであれば、そんな事をする必要は何処にも無い。念には念をと言った所で達也は改めて真紅の石を眺めていた。

 

 

「しかし、これが本当にそうなんでしょうか?知らない人が見れば単なるルビーの様にも見えます」

 

「深雪が言う様に、実際には鉱物としてのデータはそれに近い。FLTでも事実IMSとの提携の話が出てる位だ。下手な事はしないだろう」

 

 夏休みが明けてからFLTにIMSから感応石の供給についての打診があったのはまだ記憶に新しかった。

 FLTが四葉の資本である事を知っている人間は本部長以上でも数える程しかないが、IMSに至っては一条の資本が入ってる事は誰もが知っている。

 社員レベルでは何も変わらなかったが、上層部はかなり心配した空気が漂っていた。

 

 

「でもなぜお兄様なんでしょうか?」

 

 深雪の素朴な疑問は尤もだった。これほど高性能な代物ならば、それぞれのお抱えの魔法師が居る。ましてや一条であれば適任者は多いと考えるのが普通だった。

 

 

 

「今回は色んなデータの採取が必要らしい。ちなみに報酬はこれだ」

 

 深雪に本当の事を言う訳にもいかず、結果的には今回の結論だけを伝える事にしていた。達也が指を指したのは先ほどまで触っていた真紅の石。

 破格の報酬に深雪も驚いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼からもたらされた感応石は公言するだけの事があったのか、性能はこれまで感じた事が無い程に魔法の発動速度、威力が大幅に上昇していた。体感で4割弱となれば自分の能力が向上したのではないのかと錯覚する程のそれがどれ程のレベルなのかを達也は体感していた。

 しかし、それと同時にこうまで危うい能力は今後の騒乱の元になる可能性があるとも感じていた。

 

 

「本当に良かったのか?」

 

「ああ。前にも言った通りだ。これはあくまでも今後の為にデータを取得する為だからな。先行投資だと考えれば安い物だと思うが?」

 

 先行投資と言われればそれ以上の言葉を告げる事も出来ないのは達也が一番理解していた。

 どんな内容であろうとも、一定以上のデータの取得となれば、やはりどこかで使用しない事には前に進まない。恐らくはこれが一般の魔法師ともなれば、最悪は他の会社にデータが流出する可能性もある。

 それは一定以上の信頼なのか、それとも何も考えていないのか判断に迷う部分が存在していた。

 

 

「一応言っておくが情報が流出した場合、こちらとしても何らかの責任は取ってもらう事になる。ただし、実害が出るならばだがな」

 

「あのさ、責任って何するの?」

 

 蒼の言葉にいち早く反応したエリカは何を考えているのか分からないがどこか顔が赤くなっている様にも見える。何を想像したのかは誰もエリカには聞けなかった。

 

 

「それなら簡単だ。単に社会的制裁を加えるだけだ」

 

「ってそれの方が怖ぇよ」

 

 魔法師の社会的制裁となれば何となく予想が出来た。この世界に於いて魔法師は確かに能力は非魔法師に比べて強大な能力を持つが、それはあくまでも単純な力にしか過ぎなかった。

 世界の中でも少数派の魔法師は未だ地域によっては迫害とまではいかないにせよ、何となく排他的な雰囲気が残っている。

 そんな中での社会的制裁は学生でもあるレオでさえも容易に想像が出来ていた。

 

 

「普通は企業との契約ならもっと大変なんだぞ。その程度なら良いと思うが、情報を流出させる気が無ければ問題ないぞ」

 

「レオ。蒼はさっき『実害』と言ったんだ。実際に実害が無ければ問題無いと考える事も出来るぞ」

 

 達也の言葉で漸く言葉の真意が理解出来た。実害とは基本的にはこの感応石に対しては既に市場にも出ている為に、今さらな部分が多分にあった。

 無料ほど高い物は無いとは思うも、今回のケースでは達也達のメリットの方が大きいのもまた事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺達に何か用か?」

 

 感応石のテスターの件から数日が過ぎると、蒼はここ数日の間何者かがずっと付け回す感覚があった。

 当初は何か産業スパイでもと思ったものの、一向にこちらに接触する気配が無い。となれば何の理由があるのかを確認すべく、誰も居ない場所へとおびき寄せていた。

 

 

「ほう。俺の隠形が見破られるとはな」

 

 姿を現したのは一件どこにでも居る中年サラリーマンの風貌ではあるが、どこか得体のしれない感覚が只者では無いと思えていた。

 これだけ時間が経過しても接触する気配すら無いそれが何の目的を持って来ているのかを確かめる必要があった。

 

 

「心配するな。お前の気配なら三日前から気が付いている。産業スパイならすぐにでも接触するが、お前にはその気配すらない。だからこちらも放置していただけだ」

 

「そうか。だったら話は早い。お前の持つ技術をその能力を我が国で活かしてほしい。報酬なら望むだけ払おう」

 

 男はまるでそれが当然だとばかりに話を進める。余程の事が無ければ金銭で転ぶ技術者は今に始まった話では無く、それも秘密裡に進むケースが多かった。

 目の前の男も蒼の事を見くびっていたのか、それとも高校生程度ならと考えていたのか、下碑た笑みが崩れないままだった。

 

 

「そうか……俺もその辺にいる有象無象と同じだと思われてたとはな。実につまらん話だ。で、お前のクライアントは年棒で幾ら出せるつもりなんだ?」

 

 蒼の言葉に男はニヤリと笑いながら話を進める。これまでの実績が余り無い技術者であれば確実に目を輝かせる程の金額を提示していた。

 

 

「……悪いが、そんなはした金に興味は無い。俺を引き抜きたいならこの国の国家予算程度は最低限必要だとクライアントに伝えておけ。それ以上の話には本人がこの場に来い。それとも何か、お前のクライアントは国から出られない程の大物なのか?」

 

 見透かす様な言葉にニヤついていた男の表情が一気に強張る。

 金額云々ではなく、クライアントの素性の一部までも理解していると思われたその表情に驚きながらも、これまでもこんな修羅場を経験してきたのか、改めて言葉を続けていた。

 

 

「いざとなればこちらも実力行使する事になるが……お互いが良い状態で話をする方が建設的だと思うが」

 

 男はそう言いながら懐へと手を伸ばす。それが何かを開始する合図となった。

 

 


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