厄災の魔法師   作:無為の極

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第30話

「藤林、それは本当なのか?」

 

 新ソ連での地震に関する情報は規模から考えれば微々たるニュースでしかなかった。

 日本からすれば遠い国の出来事にしかならず、本来であればそのまま見過ごすレベルの出来事でしかなかった。

 

 

「裏は取っていませんが、先日の地震以降、新ソ連軍の動きが何時もよりも活発になっている様に思えます」

 

 日本の国防軍に限った話では無いが、世界大戦以降での戦い方はある意味では高度な部分と原始的な部分が存在していた。

 大戦前であれば核兵器が物を言う時代だったが、魔法が戦争の主流となってからは核兵器は過去の遺物となった代わりに、新たに魔法と言った手段が主流になった事から、遠隔攻撃は少なくなると同時に中距離から近距離での戦いへと、レンジが短くなっていた。

 銃器の使用ではなく、魔法の行使といった白兵戦に近い戦い方へと徐々にシフトしているのはひとえに既存の兵器では魔法師の前には無力でしかない。そんな中でも日本は他の国とは決定的に違うのはここ数年の間に何度も襲撃を受けている点だった。

 

 現在の世界情勢からすればUSNAは南アメリカに対しての緊張感は持っているが、事実上の国家の体をなして無い為に脅威とはなにくい存在でもある。

 しかし、日本と言う国に至っては魔法技術の発信となる事もあるのか常に近隣の国々から狙われ続け居てる事実があった。

 そんな中で過去に非公式に襲撃をかけてきた新ソ連の軍部の動きとなれば、否が応でも認識せざるを得なかった。

 

 

「詳細はどうだ?」

 

 今回発言したのは国防軍の中でも取分け異質な部隊でもある『独立魔装大隊』の情報士官でもある藤林響子だった。

 本来であればこの部隊は日本の国防軍の中でも魔法を有効活用を目的とした部隊でもあったが、どの国でもよくある非魔法師とのパワーバランスの影響下もあって、近年は実験的な位置づけとなっていた。

 

 そんな中でも、今回の情報を取得した藤林は、取分け『電子の魔女』の異名を持つほどに国防軍では広く知れ渡っていた。

 

 

「軍の上層部で急遽の異動があった様です。これまでであればこの時期は不自然かと」

 

「そうか」

 

 そう言いながらも、隊長の風間は少しだけ物思いにふけっていた。

 通常軍部の異動が為された場合、就任した人間によっては部隊運営は大きく変わる。

 

 特に最近では3年前に起きた佐渡侵攻戦の際には宣戦布告も無いままに始まった戦いは当時就任したばかりの上官であった事は藤林のハッキングによって知り得た内容ではあったが、まさかハッキングした非合法の情報をそのまま公表する訳にもいかず、新ソ連軍も未だに関与を否定する以上、国際法に基づく抗議すら出来ないまま今に至っていた。

 

 

「我々としては口を出した所で一蹴されるのならば、暫くは静観するしかないな」

 

「了解しました。万が一があるといけませんので、暫くの間は注視しておきます」

 

「そうしてくれ」

 

 そんなやりとりの際に、ふとした記憶が風間の脳裏をよぎっていた。

 軍部はひた隠ししているが、当時の佐渡侵攻戦の際には一条家の尽力で撃退したとあったが、当時の戦力を考えると一条家が誇る爆裂の魔法だけであの戦局をひっくり返すのは余程の事が無い限り難しい。

 

 これまでであれば数人は生き残るケースがあった為に、当時の状況の裏付けが可能だったものの、佐渡侵攻戦に於いての敵国の生き残りが0である為に、所蔵は一切不明となり、また大量の兵士を積んだはずの揚陸艦に関しても一隻残らず消滅した事もあってか、裏付けする事すら出来ないと言った、これまでの戦争ではありえない結果だけが残っていた。

 その結果、当時の記録はあまり残って無いが僅かなデータから理解出来たのは、あの場に居た第三者が誇った魔法が全ての決着を付けた事だけだった。

 

 

「そう言えば今回の九校戦だが、特尉が出たモノリスの本戦には同学年の選手がいたが、彼はある意味で異質だったな」

 

 一旦この話は終わったと判断したのか、隊長の風間は取り留めの無い会話の中で、響子も何かを思い出したのか、モノリスの本戦での出来事を思い出していた。

 発表されたばかりの飛行魔法を手足の様に駆使し、これまでの戦術を過去へと追いやったのは誰だったのかが記憶に新しかった。

 

 

「そうでしたね。まさか我々よりも早く実践するとは思いませんでしたが」

 

「彼は確か一条家の支援か何かを受けているんだったな」

 

 あまりにもセンセーショナル過ぎた事で蒼は一躍軍部と警察の注目を集めていた。

 当時の一高では無名だけではなく、一年がモノリスの本戦に出場する事は極めて珍しく、色んな意味で注目されていた。

 本来であれば響子が言う様に軍の内部で検討する際の試金石として飛行魔法を独立魔装大隊が一旦運用した上で国防軍での軍議にかけられるのが通例となっている。

 しかし、今回のモノリスは少なからずともその有用性を全国民の見ている中で発揮した事もあってか、本来であれば慎重に慎重を重ねるはずの軍部は率先して導入を決定していた。

 

 

「確か後見人だったかと。しかし、それと今回の新ソ連とはどの様な関係が?」

 

「いや。特に他意は無い。些細な思いつきだ」

 

 風間は響子には言わなかったが、一条家の後見人として数人を配下に入れていた記憶があった。

 一人は吉祥寺真紅郎。世間ではカーディナルジョージの名前を持つ青年。もう一人は赤城蒼だった。偶然とは言え、一条家の下にいた蒼がまさかあの様な方法を取った戦略を示した事で、風間は少しだけ興味を持っていた。

 

 この国の魔法師の頂点とも言える十師族の中でも一条家は家族主義を貫く事が多く、また当主の剛毅の性格からも今後軍部に横槍を入れる可能性は低い事だけが今の風間にとって安心できる材料でしかなかった。

 

 ふとした事ではあったが、その言葉と同時に風間はコーヒーを啜った事で、響子もそれ以上の事は言及する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰からだったんだ?」

 

 蒼とアヤは新ソ連を後に既に他の国へと移動していた。トランジットを利用しながらの移動に伴う入国審査には既に慣れたのか、今では各国を移動する事すら楽みの一つとばかりになりつつあった。

 魔法師としての移動であれば困難を極めるが、今回の移動は完全に一般人としての旅券取得だった事からも、想子の探知機にかからないのであればストレスの原因は既に除外されていた。

 

 

「エリカからだったんですが、どうやら夏休みのお誘いでした。夏休みの後半に皆でどこかへ遊びに行かないかって」

 

 魔法師の常識から大きく逸脱した今回の目的は各国の周遊を兼ねた探索の為に、夏休みのギリギリまでスケジュールが組まれている。帰国の最終日には一条の家にも顔を出す予定なのはアヤも知っている。

 今回のメールの送り主でもあるエリカもまさか海外に居るとは思っても無いからだったのか、気軽にメールで連絡をしていた。

 

 

「まあ、時間的には無理だろうな。取り敢えずは次のトランジット先では時間が空くから、そこで少しだけ小休止って所だな」

 

「そうですね。今回は都合が悪いからって事で返事は出してありますから」

 

 トランジットは時間が空かない様に組まれはしたが、ここで少しだけトラブルが発生したのか、本来のフライトであれば直ぐに移動出来るはずが、飛行機の整備の影響で36時間の空白が発生していた。

 

 

「そう言えば次の行き先は大亜連合でしたけど、大丈夫なんですか?」

 

 本来であれば新ソ連から直接行けば時間的には手っ取り早い。

 しかし、新ソ連で蒼がやった行為の結果、非公式に軍の上層部の異動が発生した事により大亜連合と新ソ連は僅かながらに緊張が高まった事が全ての原因だった。

 

 この時代での魔法師を抱える国の殆どは日本よりは劣る事もあってか、魔法技術の最先端を走る日本を虎視眈々と狙っている節があった。しかし、今回の原典の取得によって新ソ連は既に常勝出来る状況ではなくなっている。

 

 情報統制を敷いた事で内情を知る者は居ないが、元々の原典の性質を知っていた蒼からすれば、新ソ連が率先して今後動く可能性は低いと判断していた。

 だからと言って楽観視するつもりも無かった事からも、今回は直接ではなくアラブ諸国を経由しての大亜連合への入国を予定していた。

 

 

「確かに日本とは建前上は和平交渉はされてないからな。魔法師ならば問題だろうが、基本的に一般人のパスポートだから問題無い。もし弾かれるなら他の手段で入るさ」

 

 暗に密入国も辞さない程の内容が大亜連合に有るとはアヤには思えなかった。そもそも大亜連合は現代魔法の開発からは大きく後進した国であるのは世界共通の認識となっている。

 一般的に考えれば理由は分からないが、密入国をしてまでも必要な何かがある以上、蒼を止める事は出来ない。万が一があったとしても、仕方ないと既に考えている以上、今はこの地でのトランジット先で楽しむ事だけを考える事にしていた。

 

 軍事と経済は別物なのは今に始まった話では無い。和平交渉をしてないにしても一般人の観光や海外への渡航は今も変わらずに存在している。

 旧時代より政治と経済が別だった様に、今は軍事と経済は完全分かれている。そんな事もあってか、アラブ諸国の中でもドバイは旧時代と何ら変わらないままだった。

 

 

「航空会社指定だからみすぼらしいかと思ったが、そうでも無いな」

 

 蒼が関心した様に、指定されたホテルはリゾートホテル並の施設だった。世界中のビジネスマンが利用するのか、エントランスのそこは人種のるつぼの様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼もどうですか?気持ち良いですよ」

 

 リゾートホテル並の施設はやはり部屋も同じだった。

 ドバイは金融によって成り立つ国であるだけでなく、各国の金融のセンターがここに集中している。そうなると必然的にホテルの施設も充実しているのかトレーニングルームやプールなどがどこのホテルにも併設されていたのがすぐに目にとまる。アヤに急かされる様に蒼もプールへと来ていた。

 

 この時代に於いても男女二人がホテルを利用するのは珍しく無い。事実、ここに旅行で来ている人間もいるからなのか、早々に目立たないと思ったが実際には注目の的だった。

 

 均整なプロポーションと艶やかな黒髪と美貌を誇るアヤは外国人から見ればオリエンタルビューティーそのもの。本人は全く意識していないが、何人もの男性の視線がアヤへと向けられているのを蒼は横目で見ながら、情報収集に勤しむ。

 片方が目立てば、当然もう片方に意識は向かなくなる。単純な人間の心理ではあるが、誰にでも出来る訳では無い。

 アヤにはそれを可能性にするだけの素養が存在していた。

 

 

「そうか。もう少ししたら行くさ」

 

 蒼の目に映るのはプールの中にいるアヤではなく、ここ数日の新ソ連を中心とした海外情勢。

 未だ混乱しているのか新ソ連の報道は地震以来されていない。恐らくは完全に情報統制をした事だけがかろうじて分かった程度だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは俺の勘だが、大亜連合にはスムーズに入れるかもな」

 

「そうなんですか?」

 

 ひと泳ぎした後はホテル内でのディナーとなった。トランジットの空き時間とは言え、こうまでリゾートを堪能出来たのは想定外だったのか、どこかへ出る事も無くアヤは機嫌が良いままこの雰囲気を楽しんでいた。

 

 

「これは推測だが、今回の新ソ連の情報は完全に統制されている。スパイが居ないなら緊張感が高まる事は無い。

 大亜連合も近隣諸国の内情は多少なりとも把握はしているだろうが、今回の一件は完全に無いと思われた場所での事だ。ましてや俺達は一般人でのビザと旅券を発行しているんだ。ここで一般人の入国すら弾くならば、大亜連合は何かを計画している事を世界に喧伝するのと同じだからな」

 

 アヤが知っているのは新ソ連と大亜連合に行く予定がある事だけ。どうやって旅券が発券出来たのかすら聞いていなかった。

 今回の経緯でさえも新ソ連で初めて内容の一部を聞かされたにしか過ぎない。周囲を見渡せばドレスアップした人間がディナーを楽しんでいる様にも見える。

 本来であればここに来る予定では無かった為に、敢えて準備はしてなかったが、間に合わせの衣装を着た二人は十分に目立っていた。

 そんな周囲の視線は感じているが、それよりも先にやるべき事がある。既に蒼の意識は大亜連合での予定に向かっていた。

 

 

「それとアヤに一つ重大な事を言っておく。多分もう感じてると思うが、俺と繋がっているパスが一本切れているはずだ」

 

 突如として言われた言葉にアヤは驚いていた。新ソ連で蒼が帰ってくる瞬間、アヤの中で何かが弾けた感覚があった。

 当初は気のせい位にしか考えてなかったが、時間が経過すると共に間違いでは無かった事が認識されていたのか、アヤ自身も想子が体内で活性化している感覚があった。

 突然の蒼の言葉にそれが何を意味するのかアヤには理解出来なかった。

 

 

「なんで切れたんですか?」

 

「多分、俺の中で補完される物があるから、余剰分は無駄になったんだろう。この場では拙いが、帰国後一度確認した方が良いかもしれんな」

 

「……そうですね」

 

 何が蒼の中で起こっているのかは知る由も無い。直接確認した訳では無いが、元々蒼とアヤが一緒になったのも事実上、蒼の気まぐれの結果でしかないとアヤは考えている。

 身近にいるが、実際には何となく遠く感じる。それが今のアヤの心情でもあった。

 

 

 

 


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