厄災の魔法師   作:無為の極

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第26話

 

「どうしてこんな場面で下らない事を言うのかしら」

 

真由美は自身に来た暗号メールを見ながらひとりため息を吐いていた。内容は新人戦で将輝が達也に負けた事により、十師族としての地位を揺るがす事が無い様に、次の試合で十文字家当主代理でもあった本人に力の差を示す事だった。

 

真由美のため息の理由はそれだけではない。問題なのが蒼の性格からすれば、それが事実だと言えば間違い無く話を聞くつもりが毛頭ない事が容易に理解出来るからこそだった。既にこの九校戦において達也が担当した競技は一度も土が付く事無く終了し、蒼が出場したモノリスも既に軍部と警察関係者が見ているが、その才能を青田刈りと称したくなる程に水面下で真由美に問い合わせが殺到していた。

真由美個人としては一科と二科の垣根が低くなる事は有難い物ではあったが、蒼が素直にハイそうですと言う未来が全く見えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「断る。それは俺には関係無い。先ほどの戦いは合理性が見えたからこそ筋を通したんだ。今度はお前達が筋を通す場面であって、それはお前達の一方的な理由にしか過ぎない」

 

真由美の予感は的中していた。これが他の人間であれば何事も問題無く事が進むが、先ほどの出場した条件に筋が通った事から今回の件に関しては関係無いとばかりに会話を打ち切っていた。

 

 

「赤城。お前とて一条の家に縁があるならば十師族としての責務の事は理解出来ると思ったが、それは間違いなのか?」

 

「将輝は実力で負けたんだ。俺があいつの立場ならそう言うね。事実オーバーアタックまでしたんなら、完全に負けたのは当然だろ?今さらその判定を覆す事が無駄なのは分かっている。それこそ、その十師族としての責務は俺には関係無いんだが?」

 

控室では厳しいやり取りと同時に人払いした事で、真由美と蒼以外には十文字しか居なかった。この国では十師族としての権力は魔法師の業界からすれば多大な物でしかなく、またそれを面と向かって断る概念は殆ど無かった。

 

もちろん真由美とてその可能性を考えなかった訳では無い。今は十文字がいるのであれば、多少は話合いをしても何とか出来るだろう程度にしか考えてなかった。本来であれば蒼を完全に無視して物事進めるのが一番楽な手段ではあるが、そうなると大義名分を抱えた瞬間、一条家の話まで出る可能性がある。今までの言動からすればその可能性は低いが、それでも何かあってからでは遅いと判断した結果でもあった。

 

 

「そりゃ赤城君の言いたい事は分かるけど、今回は魔法師としての立場で考えて欲しいの。このままだと一条の家だって何かと立場が悪くなる可能も出てくるわよ」

 

「剛毅さんの所は関係無いだろ?俺は血縁でもなければ単に個人的に世話になっているにしか過ぎない。それこそそれを前面に出すなら批判されるのはどっちになると思う?まさか他人と親しいからって道義的な責任まで言われる筋合いは無いと思うが?」

 

蒼の言葉は正論であればある程、真由美としても言い難い物が出てくる。これ以上の事は恐らくは無理だと考え出した頃だった。

 

 

「赤城。今回の件に関しては全面的に俺達の方が間違っているのは当然だ。だが、この国に居る以上十師族との関わり合いが無いだけで世間は寛容してくれる様な国では無い。今はそれ以上の事は言えないが、俺からも是非頼みたい」

 

言葉を終えると同時に十文字は頭を下げていた。本来であれば師族会議の代表代理でもある十文字が頭を下げる光景を見る機会はそう多くは無い。真由美とてこんな十文字を見た事が無かったからなのか、驚いた表情を浮かべていた。

 

 

「ちょっと十文字君。そこまでしなくても……」

 

「七草。これは俺としてのケジメだ。今回の件に関しては本来であれば学校に対し、権力が簡単に介入している事にしか過ぎない。ここでケジメをつけない事には今後は俺達も今までと何も変わる事が無いと言っているのと同じ事になる」

 

「十文字君……」

 

「いや、三文芝居はもう良いか?どのみちケジメなんて物は有耶無耶になるだけなら、今回の件はお前達へ貸しと言う事にしよう。それならば交渉に応じよう」

 

蒼が簡単にした譲歩はあまりにも呆気なすぎたのか、真由美はいつもと違う蒼の顔を見ながらただ、呆然としていた。これから困難なネゴが必要だと思った矢先の出来事に拍子抜けしたが、今は気が変わらないうちにとの想いが強かったからなのか、事は思いの外順調に進んでいた。

 

あまりにも難問が簡単に解決した事によって蒼の表情を見逃していたのは最大のミスだと感じる事に気が付いたのは随分と後になってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないが、これで行く」

 

競技開始の事前ブリーフィングに辰巳は驚いたが、これが十師族からの通達である事を理解したからなのか、内容に関しては特に決める事も無く呆気なく終わっていた。

 

 

「あれだけ大見得切ったなら、恥を晒さない事を考えるんだな」

 

「赤城!会頭に向かって何言ってるんだ」

 

「客観的事実を述べただけだ。戦いに絶対は無い。そんな単純な摂理に気が付かないならば……お前、死ぬぞ」

 

蒼の言い様の無い迫力に辰巳はそれ以上の事は何も言わなかった。今までのやりとりから考えれば、何かしらのリワードが提供される可能性がある。確信は無かったが、今はそう考える事でそれ以上の発言は控えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて俺達は高見の見物といきますか」

 

自陣にあるモノリスを隣に事前に通告された様に、今は十文字だけが戦場とも言える場所へと移動していた。今回の内容があまりにもくだらない内容なだけに、誰もが楽しむ様な事は何も無い。今はただその結果だけを見る事しか出来なかった。

 

 

「あれ?蒼はまた動かないの?」

 

「そうですね。何かあったんでしょうか?何か聞いてないんですかお兄様」

 

エリカの驚きは無理も無かった。決勝の場では蒼が真っ先に行動するかと思ったものの、実際には十文字が単身で突撃していたのか、手前に居た選手を完膚無きまでに叩きのめす姿だけが見えていた。

 

 

「どうやら何かしらの力が働いたらしい。詳しい事はそれ以上言ってなかったな」

 

達也は事前に蒼から話を聞いた訳では無い。将輝をモノリスで倒した事から、何かしら上から言われるであろう事を予測していた。確かに蒼に聞けば教えてくれるかもしれないが、内容によっては何も言わない可能性も考える事が出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ。つまらんな」

 

「それは仕方ないだろう。事実、十師族からの話であればそれは仕方ないんじゃないのか?」

 

ボソリと呟いた筈の言葉が聞こえたからなのか、辰巳は何事も無かったかの様に返事をしていた。既に一人が倒された事で、次へと向かうその姿は実につまらない存在にしか映らなかった。

2人は同じ方向を見ていたからなのか、今の蒼の表情がどんな物なのか辰巳は気が付かなかった。

 

 

 

『無限の世界』(unlimited world)

 

 

 

蒼が辰巳にも聞こえない程に小さく呟くと同時に世界の雰囲気が僅かながらに変化していた。突如として起こったそれが何なのかを理解できる物はこの場には誰もおらず、隣にいるはずの辰巳も何が起こっているのか気が付く事が出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで何事も無かったかの様に十文字は移動していたが、突如として自分の身体に違和感を感じていた。当初は何らかの魔法の攻撃かとも思われていたが、現代魔法の定義ではそれに該当する様な魔法は存在しておらず、単なる気のせいだと結論付けた事によってそのまま行動を続けていた。

しかし、時間の経過と共に、何か不安感や言い様の無い、明らかに何かしらの不調を身体が訴えている。その原因が何なのかを理解出来ないままに十文字はそのまま2人目を倒していた。

 

 

「あれ?十文字先輩の動きが何かおかしいみたいだけど、何かトラブルなのかな?ねえ、何か気が付かない?」

 

観客の中で一番最初に気が付いたのはエリカだった。何気に見て居たはずが、十文字の行動がどこか先ほどから徐々に悪くなっている事に気が付いたのは普段から自身が剣術で鍛えたその目に違和感とも取れる些細な変化に気が付いた事だった。

 

他に気が付いた人間は誰もおらず、ひょっとしたら達也が気が付いたのではと考えたのか、無意識の内に口に出していた。

 

 

「そう言われれば確かに……しかし、攻撃を加えられた事実が無い以上、今は静観するしかないだろう」

 

魔法の発動が見えればすぐに感知できるが、この場には魔法が発動された形跡が何も無い。確かにエリカの言葉通り、十文字の動きはどこか精彩に欠けているのは同じく武道の心得があるからでもあった。

 

 

「なあ、会頭の動きがおかしくないか?」

 

十文字の異変に気が付いたのは辰巳だった。原因が分からないが、明らかに動きに精彩を欠くその姿は確かに普段の十文字を知っていれば異変に気が付く。しかし、この場に原因が何なのかを確認する術はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人から見ても異変が起こっていると感じる以上、十文字自身が気が付かない訳は無かった。確かに一人目を倒した辺りから、身体が何となく蝕まれた感覚がずっと続いている。何か魔法が行使された感覚が無い以上、原因は一切分からないものの、確実に何かが起きている事だけが理解出来ていた。

 

2人目を倒した頃に、その異変は突如として十文字に襲い掛かる。当初は何かガスでも放出したかとも思えた物の、異臭もしなければ運営委員が気が付く要素も無い。今はただこの異変と戦いながらも目の前の敵と対峙する事を余儀なくなされていた。

 

 

「無駄に頑張るな。そろそろ頃合いか」

 

隣に居る辰巳は蒼の発した言葉の意味に何も気が付かなかった。蒼がやったのは些細な事ながらも絶大な効果を発する為に放った魔法が原因だった。有効半径は小さいものの、探知する場合には、余程慎重に探らない限り知る事が少ない魔法の一つでもあった。

 

蒼がやったのは摩利の身体を治したのと同じ系統の魔法。生い茂る草花を驚異的に活性化させる事で、周囲一帯の酸素濃度を高くしていた。有毒ガスとは違い、酸素濃度が高くなるだけでは臭いに対しての検知は不可能であると同時に、体内には必要なはずの物が毒物へと変化する。ゆっくりと進む事もあってか当人が何も知らない間にその身体を蝕んでいく。それは奇しくも九島老師が開催の際に言った一言でもあった。

 

 

「さっきの貸しはここで清算させてもらおうか」

 

冷たく言い放った言葉が何を指すのかは分からないが、この時点で辰巳は隣にいるはずの蒼に対し違和感があった。確かにこの場に留まる事になったのは事前の話の結果ではあったが、それに素直に従う意志は何も見せていない。まさかこんな場面で何かをしているとは考える事も無かったからなのか、気が付く事が遅れていた。

 

 

「おい赤城。お前何をした?」

 

「いや、何も。なんだ?十文字の様子がおかしいから助けにでも行くのか?」

 

隣にいる辰巳の存在はまるで最初からなかったかの様に、淡々と話す。目に見えて分かる十文字の事を心配する様な様子はどこにも無く、まるで何かを実験しているかの様にも見える。

この隣にいたのが達也であれば恐らくは異変の原因に気が付く可能性はあったものの、今隣に居るのは達也では無く辰巳。何が起こっているのかすら理解出来ないままの状況が続いていた。

 

 

「……いや。会頭がああ言った以上、俺達が出来る事は何も無い」

 

「だったらそれでいいんじゃないのか?俺の事よりも今はただ静観しているだけなんだろ?だったら見るだけで良いだろうが」

 

平然と言われた事で、辰巳はそれ以上の言葉はでる事は無かった。確かに今回の競技は十師族としての威厳を示す為の戦いである事に間違いはない。しかし、それとこれは話が変わる。

言われた言葉を守るのはある意味当然の事ではあるが、それでは何となく見捨てた様にしか考える事が出来ない。これからどうすべきなのかの選択肢が辰巳の感情を揺さぶっていた。

 

 

 


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