厄災の魔法師   作:無為の極

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第25話

 

場外でまさかそんな話がされているとは思ってなかった蒼ではあったが、今は既に次の対戦相手の事だけを考えていた。

今回用意したCADに関しては、蒼は模擬戦同様二つだけしかインストールしていていなかった。

それ以外の魔法に関しては呪文詠唱を使っていた。従来の考えからすれば呪文詠唱はデメリットあってもメリットは無いとまで考えられている。それは魔法の発動速度に重点を置きすぎたが故の誤解ではあるが、それに関しては誰も本当の事を知らない以上、追及する手段を持ち合わせていなかった。

 

 

「とりあえず攻撃の手を緩めるつもりは毛頭ない。予選はこのまま俺が続ける事に異論は無いな?」

 

モノリスの参加に当たって、蒼は十文字に対して条件を付けていた。その中でも今回の蒼の言葉に代表された様に、攻撃を受ける様な事が無い限りは一人でやると言った内容だった。

当初はあまりにも荒唐無稽とも取れる内容に、周囲からは反対されはしたが、今回の中で唯一一年での参加である事と今後の戦力としての育成を兼ねる事を建前として他のメンバーからも言質を取っていた。

当初は直ぐにその内容は破棄されるだろうと予測していたのか、誰もその言葉が本当だとは考えても居なかった。もちろん、このメンバーでもある辰巳もそんな一人だった。

 

 

「それが約束である以上、我々は口は出さん。辰巳は何か異論があるか?」

 

「いえ。それが約束であれば仕方ないですから」

 

そう言いながらも、辰巳は内心先ほどの戦いに付いて自分なりに考えていた。戦術理論からすれば制空権を抑えるのは、あくまでも航空機があり攻撃方法が存在すればが前提となっている。まさかモノリスで空中戦が起こると考えていなかったのは、今までの常識に囚われていた結果だった。

しかし、先ほどの戦いで空中戦が起こり得るとなれば、今までのモノリスのセオリーは最早時代遅れにしか過ぎず、今後はその対策を考える必要があった。

 

そう考えた時、ふとした事が思い出された。果たして自分が敵対した際に勝つことは可能なんだろうか?今はこうやって一緒にやっているからこそこれで済んでいるが、対戦相手からすれば厄介以外の何物でもない。仮にトラップがあっても空中であればそれにかかる事は無く、また地形によるハンデが存在しない。飛翔魔法を使いながら攻撃の為に次々と行使する魔法は、既に一年だとか二科だとかのレベルを超えている。

 

マルチキャストと言えばそれまでではあるが、現代において開示されたばかりの魔法を容易く扱う事は容易では無い事は、ある程度の技術を持った人間であればすぐに理解出来る。ミラージの様に決まった座標に向かうのではなく、動く人間が相手である以上、不安定な状況で魔法の座標を容易に決める事が既に非凡であるのは間違いなかった。

 

冷静になる事で何気にやっている行為が破格の物である事を気が付いた人間がどれだけ居るのだろうかとも考えていた。

 

 

「とは言え、相手も馬鹿じゃないだろうから多少の対策は考えるだろう。ここからが面白い展開になるかもな」

 

蒼の言葉が次の戦いへの興味をもたらす。控室に居る為に外部の状況は何も分からないが、恐らく幹部連中が今頃どんな顔をして対応しているかと思うと少しだけ面白いと考える事も出来たのか辰巳の顔に少しだけ笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか、観客席の客層がさっきとは随分変わったみたいだね。あそこに居るのは警察関係者だし」

 

エリカの指摘通り、先ほどの内容がセンセーショナルすぎたのか、客層の一部が随分と様変わりしていた。警察関係者だけではない。中には軍部の関係者の居る中で、達也も周囲を見れば見知った人間が何人も席に座っていた事が確認出来ていた。

 

 

「さっきの戦いは多分、これから有り得るであろう戦術が含まれた可能性があるから、その確認だと思う。ミラージと違ってモノリスだったら戦術が分かり易いのかも」

 

「雫、それってどう言う事?」

 

「さっきの戦闘内容は過去に於いて一度もあり得ない方法を使った以上、今後は今までの戦いのセオリーが全部時代遅れになる。となれば、これからの対戦相手は未来の戦術との戦いになるから」

 

これまで何度も九校戦を見てきたからなのか、ほのかの疑問に対し、雫はそれが当然だと言わんばかりに端的に答えていた。これまでの概念は既に過去の物と成り下がった以上、これから先の戦いは未来を想定した戦いとなる。

観客の立場からでは内情が分からないが、上空だけ警戒すれば良い訳では無い。地上からの攻撃の二面作戦を展開された際にどうやって対処するのかがポイントとなる可能性があった。

 

 

「でも、それって誰もが考える話じゃないんですか?」

 

「美月の言葉通り、それは誰もが考える事ではあるが、戦いはその場しのぎで何とか出来る物では無い。事実、上空に対して魔法を発動させるのであればスピードシューティングと同じだとも考える事が出来るが、それが難しいんだ」

 

「お兄様、それだけじゃありませんよね」

 

達也の言葉に何が意図されたのかを考える間もなく、深雪が気が付いたのかまるで回答を知っているとも言える様に笑顔で話す。達也の言葉が何を指しているのかを気が付くには少しだけ時間がかかっていた。

 

 

「そうか。CADだ!モノリスでは実戦を想定してるけど殺傷ランクは落ちる。いくらスピードシューティングで使える魔法があるからと言っても制御してインストールするのは時間がかかり過ぎるんだ」

 

「なるほどね。流石はミキだね」

 

「僕の名前は幹比古だ」

 

幹比古の言葉が達也の言わんとした答えだった。九校戦では各々がそれぞれの競技に特化した魔法をインストールしている。微調整は出来ても新しい魔法を一からインストールするとなれば、それ相応の時間を要する事になるのは間違い無かった。

 

ミラージで使った飛行魔法は単純にコピーしてインストールするだけで問題無いが、これがモノリスであればそう言いう訳には行かなかった。過剰な攻撃は反則となる以上、一定の水準を保ちながら制御しようとすれば、どうしても時間が必要になってくる。事実、技術スタッフの確認の為に執り行われた技術がどれほどの物なのかを理解出来た人間が殆ど居ない以上、プロではなくアマチュアの学生に対し、それを望むのはある意味酷な話でもあった。

 

このメンバーは達也の技術力であればそれが可能である事は知っているが、それが相手も出来る訳では無い。事実、達也の考案した戦術と魔法でこれまで優勝をかっさらっている以上、その場で対処できる魔法を持ち合わせていないのであれば今ある技術で何とかするしかない。

深雪は達也しか出来ないと考えていたからこその笑顔でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんか。予想通りすぎてつまらんな」

 

各校が警戒した次の試合は先ほど出した魔法は一切使わないままに試合が終了していた。上空を警戒するあまりに、今度は地上での警戒が甘くなる。先ほど見せた飛翔魔法が余程脅威だと考えた結果なのか、まるでそれを嘲笑うかの様に別の魔法と

戦術を駆使した事で、先ほどよりも時間がかかる事は無かった。

 

 

「赤城。俺達が何もしてないんだから次位は見せ場があっても良いんじゃないか?」

 

辰巳は初戦を見てから蒼の評価を変えていた。風紀委員である以上、実力が無ければその限りではない事は一高生であれば誰もが知っている。事実、二年の風紀委員の事は摩利からも聞いていただけではなく、服部の戦いの映像も見ている。そして極め付けが初戦の戦いを見た事が影響したのか、他の生徒とは違った評価をしていた。

 

事実、同じ委員には二科でもある達也が居る以上、自分の物差しだけで判断するのがいかに愚かな事なのかを知っていた。

 

 

「次ね……そんな事言ってるが十文字はどうするんだ?」

 

「そうだな。辰巳が言う様に我々は置物では無い。となれば戦う事が出来るのであればそれも構わないだろう。だが、良いのか?」

 

十文字の言葉は暗に蒼の性格を理解したからこその言葉でもあった。約定を律する人間が破るとは考えて無かったからなのか改めて確認をする。既に蒼の中では決勝の事しか考えていない以上、今さら負ける可能性が無いのであれば、特別な感情を持ち合わせる

必要は無かった。

 

 

「何もしないまま決勝に出るよりはマシか。だったら今度は俺が傍観するぞ」

 

珍しい回答が来た事に十文字はほうと言った表情をしていた。これまでの言動から自信過剰なのかと思われていたが、多少は譲歩する事も出来るのかと考えている。それならばと改めて準備に入るべく蒼の事を見ずに自身の行動を起こしていた。

 

 

「こんな事やられたら、相手はたまったもんじゃないわね。まさかとは思うけど狙ってやってるなら大した策士ぶりだけど」

 

真由美の言葉通り、予選の最終はまさかのオーダーだったからなのか、今度は蒼の出番はまるで無かった。予選は恐らくは単独で来るだろうと考えていた対戦校は裏を付かれた形となって、逆に辰巳と十文字に追い込まれて行く。理論上は問題無いはずではあったが、ギリギリまで考えられた行動パターンは全て使い物にならず、蒼の戦術がトリッキーな行動が主体だった為にあらゆる可能性を考えた策が、今度は王道とも取れる戦法に追い付かない。

只でさえ十文字の圧力を封じる為には綿密な策が必要不可欠ではあったが、梯子を簡単に外された様な行動パターンによって、その目論見は脆くも消え去っていた。

無慈悲に終了のブザーが会場全体に鳴り響くと同時に、予選は終了となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一条。あの赤城の事をもう一度教えてくれないか?」

 

三高の幹部の行動が一気に慌ただしく動いていた。予選で見せた戦いの影響なのか、将輝が見ただけでも戦術論に具体性が何一つ見いだせていないのは明白だった。かつてない上空からの攻撃だけではなく、地上では重戦車の様に十文字の圧力が待ち構えている。この時点で一高の優勝は確定しているが、それでも今後の事を考えれば一矢報いたいとの考えが強いのか、三高陣営に諦めの様子は見えなかった。

 

 

「少なくとも自分が知っている魔法であれば、オーソドックスな物は大体出てます。それとあの空中に浮かぶ魔法ですが、あれは時間の制限があるだけで、実際には想子の消費は殆ど無いので、想子切れは事実上無いと考えた方が良いです。因みに、その魔法ですが、我々も知っていますが、恐らくは使いこなす事はおろか、使用するのも困難な代物です」

 

将輝の言葉に一縷の望みをかけていたのは作戦スタッフだった。ミラージでインストールした際に考えられる可能性は想子切れだった。事実、総量の少ない物から順番に脱落した以上、誰の目にもその特性がよく分かる。飛行魔法であればそう簡単に使う事は出来ないだろうとタカをくくっていたつもりが将輝の言葉によって絶望へと叩きつけられていた。

 

 

「ちょっと待て。その話は初耳だが、どうして言わなかった?」

 

「今回の九校戦の前に我々も取得したので、一旦は使ってみたんですが、テスターとして諸先輩方にも試して頂きましたが、結局の所一週間かけても状況は好転しなかった為に、行使すべきでは無いと判断しました」

 

三年の生徒会長の言葉に対し状況説明をしたのは真紅郎だった。確かに九校戦の前に蒼から送られた魔法をCADにインストールしたまでは良かったが、このままこっそりと使う様な場面は無いかもしれないのと同時に、ミラージでは絶大な武器になるからと、当時親交があった諸先輩に試してもらっていた。

 

もちろん、この魔法の特性は事前に蒼からも聞いていた為に、将輝と真紅郎は理解していたが、それでも理解と行動が別物である事が改めて露呈していた。蒼とアヤはまるで当たり前の様に使う事が出来たが、将輝と真紅郎はバランスのとり方が難しく、またこれを行使しながら魔法を発動させる事が困難であった事までも説明していた。

 

 

「って事はあの赤城と言う生徒は一高の切り札なのか?」

 

「それは多分無いと思います。一高の幹部は違うかもしれませんが、あそこの体質は何一つ変わってません。本人も本当ならば出るつもりは無かったと言っている以上、今回の参加に関しては殆どの人間が何も知らされていないと考えた方が無難でしょう」

 

「だが、十文字だけも厄介なのに、赤城までと成れば作戦の立案は難しいかもしれんな」

 

将輝の言葉に驚きながらも、今は目の前の戦いをどうするのかを優先している。対戦相手が既に決まっている以上、目の前にそびえたつのは一高しかない。対策が何も浮かばない事もあってか三高の内部には重苦しい空気だけが漂っている。何もしなくても時間だけは無情にも過ぎ去ろうとしていた。

 

 

 


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