厄災の魔法師   作:無為の極

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第24話

 

「さてと。漸く出番か。ここまで来るのに随分と手間取った感しかないな」

 

モノリスの本戦が最終競技であれば、それまでに現地に来れば問題無いと当初は考えていたものの、全体としての参加が最初に義務付けされた事もあり、蒼も特に何かが出来る訳でもなくそのまま最終日までは事実上の軟禁と変わらない程度にしか考えていなかった。

 

前日までの競技の結果、モノリスは予選さえクリア出来れば事実上の優勝が決まる為に、既に本部としても楽観視したくなる部分があったが、ここで蒼が万が一何かしようものならばその考えは愚か、全部の行動が水泡に帰すとまで考えたからなのか、テント内部では誰一人油断した考えを持つ者は居なかった。

 

 

「こればかりは仕方ないですよ。でも手を抜くつもりは一切無いんですよね。そう言えば剛毅さんから伝言があります。将輝さんの結果の事は考えるなです」

 

「なんであいつの事が?」

 

この時点で蒼は知らなかったが、モノリスの新人戦で将輝が敗北した事がこの地に置いて何かと拙いと判断されたのか、十師族の会議が緊急で開催されていた。この国においての十師族はある意味では魔法師社会の完全なエリートでもあり、またこの地位も不動の物へと変化している。そんな中で達也が同じ十師族の人間であれば問題視される事は無かったが、無名の家の人間に負けたのと同時に、その当主でもある剛毅もまた会議の中ではやり玉に挙がっていた。

 

 

「ほら、将輝君は一条の次期当主ですから、立場的に達也さんに負けた事は拙いと判断されてるんじゃないですか?」

 

「老害が実に下らない。勝ち負けなんて者はその当事者でなければ本当の意味合いは分からない事にどうして気が付かないのかが不思議だ。今の将輝よりも達也の方が純粋に技量が上だって事で問題無いだろうがな」

 

一条の家に行く事はあっても、詳細までは何も蒼は知らない。ただ、ふとした事で剛毅の口から洩れる言葉で、蒼も何となくは察していた。ただその回答を口にしないだけで内心は剛毅も大変だ程度にしか考えていなかった。

 

 

「それなら少し趣向を凝らすのも面白そうだな」

 

「何か考えてるんですか?」

 

「それは決勝へ行ってのお楽しみだ。客席から見ていてくれ」

 

プロテクターをはめながら徐々にテンションを高めていく。既に意識は試合会場へと向いているのか、それ以上の言葉をかける事無くアヤは観客席へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ予選だ。万が一の時には俺達がフォローするから赤城は好きに動いてくれて構わないぞ」

 

十文字以外には今回のチームメイトは辰巳鋼太郎がメンバーとなっていた。十文字に限らず、辰巳の存在はモノリスの件で会うまでは面識が無く、また少しだけ話した際に風紀委員である事位しか認識が無かった。

 

 

「最初からのそのつもりだ。どうせ相手も一年だから程度の認識しか持ってないようだから、丁度都合が良いんだ」

 

「何か作戦でも思いついたのか?」

 

「作戦も何も、元来戦いとはこれまでに培ってきた技術の集大成を発揮する場だ。今さら付け焼刃でなんとかなるとは考えていない。むしろそっちの方がある意味異常だろ?」

 

上級生に対しても口の利き方が変わらない事は摩利から事前に聞いていた事もあったのか、それ以上辰巳は何も言わなかった。蒼の言葉はある意味では当然の言葉であるのは間違い無い。

この場に於いて今さら一年だとか三年だとかに拘る必要はどこにもなく、今回のメンバー選考の際に実力を提示した以上、異論が無い事を辰巳も理解している。摩利の負傷を完全に直した事は既に一高の内部では公然たる秘密となっている為に、それ以上の事は口にしない。

競技の直前にゴタゴタする様な事を辰巳は嫌っていた。

 

 

「赤城、油断はするな」

 

「誰が油断なんかするか」

 

競技の開始と共に蒼は単独で相手の陣に向かい走りだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえアヤ、蒼君で実戦にで出た事あるんだよね?」

 

「ええ。ありますよ」

 

競技開始と同時に、エリカが先ほど蒼が実戦に出ていた事を肯定した事を改めて思い出していた。モノリスは実戦に一番近い競技でもあり、また単純な魔法力だけで戦える様な代物では無い事は最早常識とも言えてた。

それがあるからこそ、実戦経験済みの魔法師と未経験では天と地ほどの差があった。今回の一番の注目競技となる以上、恐らくは誰が見てもそれに気が付く。

軍の施設を使った協議会はある意味では新人の発掘の場とも取れる。それは魔法師の中でも名誉であるが、恐らく蒼からすれば気にもならない程度にしか考えていない事だけは理解出来ていた。

 

 

「エリカ、口は堅い方?」

 

「…まあ、人並み程度には」

 

何時もとは違った表情で話しかけられたからなのか、エリカも何時もとは違う雰囲気を醸し出す。本来であればこんな場所で話す必要性は無いが、今は幸いにも競技の方に集中しているからなのか、2人の会話を聞く様な人間はいなかった。

 

そんな中でアヤは自身の事をエリカへと説明する。なぜ蒼と出会ったのか、それがどんな結果になったのか、肝心な所は話をぼかすが、誰にだって秘匿すべき事実があるのはエリカ自身が身を持って体験している。だからこそ、アヤの話は誰にも話す事は出来ないと一人エリカは考えていた。

 

 

「なるほどね。詳しい事はとにかく、結果的にはアヤも実戦を経験してたのと同じって事だよね」

 

「私は実戦じゃなくて、蒼の手伝いで後ろを歩いただけですから…」

 

「いや、その話が本当なら私だって考えると思う。いくら魔法が戦場での火力程度にしか考えていなかったとしても、それは中々体験出来ないから」

 

魔法だけではなく銃弾までもが飛び交う世界は想像を絶する物がある事をエリカは理解している。それが相手の命を散らす事になる事も理解した上で戦場を生き抜いたのであれば、まさに学生のモノリスの観点からすれば幼稚に映っているのかもしれない。

自分の1分先の未来が見えない状況下でのストレスがどれ程計り知れないものなのかは、千葉流剣術の上位者でもあるエリカは理解していた。

 

 

「ねえアヤ。一つ聞いても良い?」

 

「話せる事ならば」

 

エリカはモノリスの画面を見ながらも、何かがキッカケになったからなのか、不意に蒼の姿を見た瞬間、思わず絶句していた。走り出したのはエリカの記憶違いで無ければ蒼ただ一人。

しかし、目に映るその姿は選手として見ていなければ驚愕の事実の様に見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会頭。あいつは幻術でも使えるんですか?」

 

「さあ。俺は何も聞いてない。赤城の能力はお前も見た通りの結果しか無いはずだが」

 

驚愕したのは敵ではなく味方。今までに合同での訓練をした事はあったが、目の前で展開される様な事実は一切なかった。それ程までに見た事が無い状況が目の前にあった。

 

蒼が大きく跳躍したかと思った瞬間、その場で固まると同時に身体が二つに分かれると、それぞれが違う方向へと空中を浮きながら行動を展開している。先のミラージで使われた飛行魔法とも取れる物を駆使しながら蒼は対象者を次々と倒していく。

 

忍術でも分身の術は確かにあるが、それはあくまでも高速移動しながらの残像の為に、割と集団で動く程度ではあるが、蒼は明らかにお互いの意識がある様にしか思えない程の動きがそれを否定していた。

事実、対戦相手を次々と倒す魔法はお互いが別系統の魔法であれば、忍術のカテゴリーに入れるのは不可能でもあり、また同時に複数の魔法を使うのであれば割と似通った系統魔法が使用されるはずが、今の蒼にはその痕跡すら無い。ましてや攻撃が全て上空からの一方的な攻撃である以上、回避そのものは出来ても攻撃を当てる事は不可能に近かった。

 

魔法を発動させる条件でもある対象物が常時移動している為に精密さは欠け、ただ発動させる事しか出来ない。あまりにも一方的な攻撃に相手選手はなす術も無かった。

 

 

「なんだ?変な物でも食ったのか?」

 

まるで準備運動ともとれる程度にしか思っていない蒼からすれば、2人が驚く理由が分からなかった。既に発表された飛行魔法ではなく、今まで慣れ親しんだ飛翔魔法は自分の思う通りに動かす事が出来る。

如何に模擬戦と言えど、制空権を握られれば、後はそれを撃ち落とさない限り、一方的に攻撃を受けるだけとなる。戦術論からすればある意味当然とも取れる行為でしか無いにも関わらず、そんな事すら考えなかったのかと、改めて蒼は落胆した気持ちを隠す事無く口に出していた。

 

 

「制空権を取るのは常識だろ?そんな事も知らないのか?」

 

「それは知ってるが、何でお前が飛行魔法を使えるんだ?そんな話は聞いてないぞ」

 

辰巳は蒼が空中に浮いた時点で、それから先の行動が何となく読めていた。確かに戦術論に沿えば行為そのものはある意味当然ではあるが、それは空中を浮かぶ事が出来る事が大前提の話。確かに重力操作でミラージの様に通常よりも空中に滞在する事に現代魔法でも可能ではあるが、先だってFLTから発表された様な飛行魔法はミラージでは使いはしたが、その燃費の悪さは誰に目にも明らか。

そんな魔法を平然と使うのであれば驚く以外のは何も出来ないのは無理も無かった。

 

 

「言う必要はどこにも無い。そもそも聞かれても無い物を自分の口から言う程自惚れた趣味は持ち合わせてないんでな。俺が一人でやるなら必要無いだろ?自分の魔法を相手に知らせる事がどれ程危険な行為なのかすら理解出来ない馬鹿

がこの学校には多いからな」

 

それが当然だと言われれば、確かに自分の得意魔法を叫ぶ人間が居るのもまた事実ではあった。系統位は言っても問題無いが、それがどんな結果を及ぼすのかまで言い出せばそれは単なる自爆にしか過ぎず、戦場では相手に対策を立てられる危険性を孕む。

そんな単純な事すら理解出来ないのかと思うと蒼も頭が痛くなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤城君がまさかあんな戦法を取るとは思ってませんでした」

 

モノリスの内容を見て頭が痛くなりそうだったのはテント内部に詰めた幹部だった。鈴音がこぼした一言がまさに今の状況を表す程に歓声ではなく沈黙を与えていた。この時点で蒼が飛翔魔法を使える事を知らない人間は驚きのあまり、自分のやるべき作業の手が止まり、ただ茫然と見ている。

当時紛糾したのは一体何だったのだろうか?今までにあり得ない魔法だと言われた物を当たり前の様に使い、幻術と言うには余りに規格外と言える分身が次々と対戦相手を倒していく。

目の前の事実に理解出来なかったのか、一科を自身のプライドの様にしていた物は何かが根元から折れた様な感覚だけが残る。それほどまでに規格外の戦法を取った事がショックでしかなかった。

 

 

「あれは幻術なのかしら?でもあんなに自然な動きが出来るとは思わないんだけど」

 

「さあな。帰ってから聞けば良いだけだろ?素直に教えてくれるとは思わないがな。私だって本当の事を言えば、怪我が完治している事に疑いを持ちたいと思うんだ。でもそれが事実であれば後はそうだと理解するしか無いだろう。飛翔魔法だって教えていた四条よりも赤城の方がはるかに使いこなすなら、それは当然じゃないのか?」

 

真由美と摩利の会話に何も知らないスタッフは驚きを重ねていた。ミラージで深雪が行使した飛行魔法とは違い、今出たのは飛翔魔法。言葉の綾では無く事実であるとするならば、蒼の技能はこの場に居る誰よりも上である事だけが認識させられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また随分と派手にやったな」

 

「なんだ?達也は知ってたのか?」

 

「ああ。飛行魔法が発表されて直ぐ位だったな。あれは正式には飛翔魔法らしい。実は今回のミラージでも渡辺委員長に指導していたが、扱いにくいからと結果的には使われて無かったがな」

 

達也の呟きとも取れる言葉にレオが反応していた。発表したタイミングからすれば飛行魔法の方が先ではあるが、あの当時の話からすれば今行使された魔法は実際には更に以前から存在している事になる。CADにインストールした達也からすれば、この魔法があれば今の飛行魔法のアプローチは無かったのかもしれない。勿論それは自身が開発したからこそ理解出来る話であった、ニュース等で知ったレオ達からすれば、後から追従したか、もしくは飛行魔法をインストールしたんだとの認識しかなかった。

 

 

「って事は達也は両方の魔法特性を知ってるんだよな?」

 

レオの言葉はその場にた雫やほのかも興味が湧いていた。三大難問の一つでもある飛行魔法が発表されたのは先月の話。いくらオープンソースだからと言って簡単に真似出来る様な代物では無い事は、それなりに知識が有る者からすれば誰もが知っていた。

事実深雪の使ったCADにインストールした達也が知っているとなれば、レオの言葉に興味を持たないのは無理も無い。そこからどんな言葉が待っているのかをその場にいた全員が固唾を飲んで待っていた。

 

 

「ああ。詳しい事はあれだが、制御は飛翔魔法の方がはるかに難しいだろう。ただ、飛行魔法とは決定的な違いとも言える特性が二つだけある。それは……」

 

「それって時間制限と想子の吸収だよね」

 

達也の言葉を遮って説明したのは、何故かエリカだった。隣にアヤが居た事から恐らくは話を聞いたのだろうと達也は考えたが、恐らくは蒼が隠す気が無いからなのか、それとも隣に居たアヤが公表したからなのか珍しくドヤ顔で話をしているのを達也は眺めていた。

 

 

「アヤさん。飛翔魔法ってそんなに難しいの?」

 

「慣れの問題じゃないかと思うんだけど、それは実際に試さないと何とも言えないかな」

 

一番最初に反応したのは雫だった。達也の異能を見出したのは私が最初だと思っている節もあったからなのか、達也が知っているのであれば、それ以外の魔法も知りたいと考える。

魔法師であれば未知なる魔法に興味を持たない方が無理ではあったが、先ほどのエリカの説明の中で少しだけ気になる部分もあった。『全身全てをコントロールする技術』人間の無意識の部分までも自身が介入する事で、全部を理解する事。現代魔法は事実上のブラックボックスとも言える演算領域については未だに解明されていない。

にも関わらず、技術だけが発達していくのはある意味アンバランスな部分が多く、結果的にはそれが自身の能力を上げる事が出来るのではないかととも考えていた。

 

 

「でも、蒼は一番最初に言ったのは、多分次の日には全身が筋肉痛になるかもって言ってた記憶があったかな。事実私もそうだったから」

 

指先一つまで自分の意志を持つとなれば僅かな動きまでも知覚する必要が出てくる。摩利には言わなかったが、恐らくは今強烈な筋肉痛に襲われているのは間違いない。いくら鍛えた人間であっても全身をくまなく動かす経験は殆ど無い。そう言えば、今朝見た時の表情

は多分そうであろう事を知っていたのはアヤだけだった。

 

 

 

 

 


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