厄災の魔法師   作:無為の極

22 / 69
第22話

 

モノリス・コードの新人戦が開始される直前、各校には衝撃が走っていた。

本来のルールであれば替えの選手が出る事はルール上認められていない。特に今回の件に関してはいくら規定外の魔法をフライングで使われた事が原因だからと言って、容易にルールを曲げた運営委員会に疑惑の目が向けられていた。

 

ただでさえ一高には十師族の一員や百家と実力者が多分に居る事からも、一部では不平不満が生じている。そんな中で代役とは言え、一高が送り出した以上、視線を浴びるのは仕方ない事でもあった。そんな中で残りの試合が再び開始されていた。

 

 

「やっぱり達也の戦闘能力が高いのは群を抜いているな。あれなら新人戦のこのレベルなら敵なしだな」

 

「達也君だしね。今さら驚くのは無いと思うよ」

 

蒼が何気に呟いた言葉に反応したのは今回の試合を観戦していたエリカだった。その隣と後ろには深雪、アヤ、美月、雫、ほのかが固まっている。知らない人間からすればどんなハーレムだと思われる程に蒼の周囲に固まっていた。

 

 

「それもだが、動きと判断に淀みが無さ過ぎる。なあ深雪、達也は確か古武術か何かに精通していたかと思うが、ひょっとしたら軍か何かにも顔を出してるのか?」

 

何気に聞かれた深雪は内心驚いていた。最初の模擬戦の際にそんな様な話が出た事はあったものの、そこから軍がどうやって結びつくのかはともかく、達也が居ない以上軽々しく話す訳には行かなかった。

本来であれば確信めいた内容に驚きの表情を浮かべる可能性があったが、達也絡みである以上、その猫の皮はどうやっても剥がす事は不可能な程に厚かった。

 

 

「お兄様と常時一緒って訳ではありませんから詳しい事は分かりません。でもどうしてそう思われたんですか?」

 

「さっきも言ったが動きに淀みが無さすぎる。新人戦に限らずだが、本来モノリスはある程度実戦を前提とした競技ではあるが、実戦を経験しなければ理解出来ない行動が幾つか存在する。

分かり易いのがさっき目に見えた行為だ。命のやり取りの場では過度な能力のアピールは死に繋がる。となれば隠蔽するか察知されない様に動くのが本当の行動だ。実戦を経験してない連中ならば無駄な動きが多いから直ぐに分かる。的確な状況判断が出来ない物は所詮は2流だろ?実力差を示すにしても中途半端は敗北を招くからな」

 

実戦を経験したからこそ言える内容ではあるが、事実学生の内で経験する事は殆ど無い。有名所では将輝がそうだが、それ以外では聞く事は殆ど無かった。

 

 

「ねえ蒼。さっきの話だと蒼は実戦にでた事があるの?」

 

「ああ。戦場での油断は死を招く。常時気配を察知するだけじゃなくて、常に先の行動を考えれば予測出来る様になるからな。いくら100の訓練を積んだ所で1の実戦には適わない。魔法師の人権がどうなんて言っている輩も居るが、世界中では魔法師は戦力と考えているのが当たり前だからな。事実ここを卒業した進路だって魔法科大学以外には防衛大への進路が多い理由がそれに当たるだろ」

 

蒼とエリカのやりとりに少しだけ考える部分があった。魔法師とて人権はある。まさにその言葉に深雪はほんの少し前に沖縄で体験した事実が少しだけ脳裏を過っていた。

後世に沖縄事変と呼ばれたその場所に当事者として居た以上、蒼の言葉はあまりにも身近すぎていた。

 

 

「ねえ蒼。それでも、日常の生活でも魔法師の活躍の場はあるんじゃない?」

 

「それも否定できないな。インフラにも実際に利用されている以上、それは事実だ。俺の考えはこの国ではなく、所謂世界の常識みたいな物だ。全員にそれが当てはまるとは限らない。魔法師に限った話ではなく、世間には適材適所と言う言葉があるのと同じだ」

 

隣に居た深雪の表情が曇った事を察知したからなのか、アヤは蒼からその言葉が出る様に誘導していた。蒼とてアヤのやりたい事が理解できたからこそフォローとまでは行かないものの、一般論である事を強調していた。

 

 

「どうやら終わったみたいだな。流石にこうまでレベルが違うと見ていてもつまらないな。次の将輝との戦いがどうなるのかが見ものだな」

 

蒼の言葉通り、一高は結果的には危なげない戦いで競技が終了していた。この結果は蒼達観客席だけではない。司令部ともとれるテント内でも想定外の結果となった事からも良い意味での動揺を誘う結果となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は将輝達三高か。まあ頑張れよ」

 

「珍しいな。てっきり一条の三高を応援するかと思ったが?」

 

決勝の相手は大本命の一条将輝率いる三高との戦いが決定していた。下馬評ではクリムゾン・プリンスの名前は伊達では無い。それがどんな結果になるのかすら誰もが予想できていた。

 

 

「あのな達也。将輝とは身内みたいな物だが、俺はそこまでドップリとは使ってない。今回の件も事前に知っていたが誰にも公表して無いし、事実、お前の事だって何も言ってないぞ」

 

蒼が言っていたのは新人戦も中盤に差し掛かった頃の話だった。達也の驚異的な技術力に対し、他の学校はおろか、参謀を名乗る真紅郎でさえもはるかに高い技術力には一目を置いていた。

当初は誰だと思っていたが、レセプションの際に蒼と話をしていた人物であると分かり、それ以上の事は何も追及もしなかった。本来であれば蒼を責める気持ちもあったが、事前にそんな情報を漏らすだけではなく、蒼と親交がある人間に凡人は居ないと、今までの経験から判断したのか、一高には今まで以上にマークしていた。

 

 

「なあ、何か弱点みたいな物は無いのか?」

 

「弱点ね……あいつはああ見えて女には弱いな。あれでも案外と純情だからアヤを見た際には固まってたぞ。因みに深雪を見た時も同じだったな」

 

レオと蒼の会話に当時状況を達也は思い出していた。深雪の名前が出た事で何かと警戒していたが、確かにあれは蒼が言う様に純情なのかもしれない。しかし、この競技に関して言えばそれは無意味な会話でもあり、役に立たないのはこの場に居る全員が理解していた。恐らくは弱点があっても教えるつもりは毛頭無い。そんな空気だけは漂っていた。

 

 

「だからって女装する訳にも行かないからな。レオ、聞いた所で蒼は多分何も言わないぞ」

 

この場をほぐす為に言った言葉ではあったが、ほんの一瞬だけ幹比古が反応していた。こんな場でやる事は無いがリアルに想像したのか、この場では口を開く事は無かった。

 

 

「達也、冗談はそれ位にしておいて、実際の話だが将輝も真紅郎も多分油断している可能性がある。勝ちを狙うならそこがポイントになるだろう。あの2人は案外と世間知らずな面もあるからな。考え過ぎる部分があるから、そこを付くのも良いかもしれん」

 

そう言いながら、蒼は周囲を見ていた。まだ競技開始前の為に選手もリラックスできるからとフリーではあったが、やはり決勝前だけあってか空気が若干殺伐としていた。

 

 

「そうだ。良い考えがある。将輝が見えたら集まってくれ」

 

蒼の表情には何かを思いついたのか、将輝を相手にからかうのと同じ表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか彼がああまで動けるとは思っても無かった」

 

「そう言えば一条は一高に知り合いが居たよな?事前に聞かなかったのか?」

 

一方の三高では達也達の技量を見た事で、今後どうやって対峙するのか戦略を練っていた。レセプション会場でも見えた光景に疑問を持つ事もなく話すチームメイトに、将輝は実際にどうした物かと考えていた。

確かに身内みたいな物ではあるが、今は競技中である以上、対戦相手の事を話す事によって有利に働く部分と不利益になる部分が存在している以上、判断に迷っていた。

 

 

「いや。あいつはそんな簡単に情報を漏らす様な真似はしない。今回の件も完全にイレギュラーな事は誰の目にも明らかである以上、詳しく聞くわけにはいかないさ。それに、あいつはモノリスの本戦に出る。聞いたのは精々がそれ位だ」

 

悩んだ末に、将輝はよくあるありきたりな返答を選んでいた。事実、蒼が出る際にはこちらにも教えてくれたが、今回のケースはイレギュラーすぎる事もあってか、事実競技の直前に差し替えられた内容でもある。

そんな僅かな時間で情報が筒抜けになるのでれば、裏でどんなやり取りをしているのかと邪推される可能性があったからこそ、将輝だけではなく真紅郎も蒼とコンタクトを取る事は避けていた。

 

 

「将輝、今は対戦相手は蒼じゃない。目の前の司波達也が対戦相手なんだ。少なくとも彼は魔法力は弱いけど、実戦なれしているのは間違い無い。油断はしない方が良いよ」

 

対戦相手の情報収集の為に試合無い様を確認した際に将輝と真紅郎の意見が一致したのは、身体能力は高いが魔法力はそれほどでは無い点。それであれば試合のステージによってはその部分を穴埋め出来るだろう事も予想していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまた……」

 

蒼だけではなく、一高の首脳陣が陣取るテント内でも全員が微妙な表情を浮かべていた。決勝戦でのステージは遮蔽物が何も無いステージ。この時点で攪乱する様な手段を取る事は出来ず、戦い方にもよるがどう考えても純粋な魔法力の戦いになる事だけが理解出来ていた。

これまでの戦いから幹部の判断は身体能力を活かした事で勝ち上がっていた印象が強すぎた為に、あまりにこのステージは無いだろうと考えていた。

 

 

「赤城なら一条の事は知ってるんじゃないのか?」

 

「彼がそんな情報を言うとでも思いますか?」

 

「…無いな」

 

摩利の疑問に鈴音が尤もな回答で返すと同時に、やっぱりかと言った表情が全てを物語っていた。選考会の際に蒼が電話で確認したものの、それ以外では一条はおろか三高の情報すら公表していなかった。

これから大会が始まるのであれば情報収集がいかに重要なのかは理解出来るも、その事に関しては口を閉ざす事しかしていない。それだけではなく一高の情報でさえも三高は知っている様な雰囲気がなく、モノリスの代役が公表された際にもひどく狼狽していたのは記憶に新しかった。

 

 

「だろうな……せめて多少でも攻略のヒントがあればと思ったんだが」

 

「それではこれから戦おうとする司波君達に失礼かと。正直な所、あの事故の時点で我々の持ち点は0に等しい訳ですから、今はただ見守る事に専念した方が良いのでは?」

 

「言われなくてもそんな事位は分かっているが……あれ、赤城じゃないのか?」

 

摩利の指摘に鈴音だけではなく真由美や十文字までもが3人の元へと歩く赤城を見ていた。何か策でもあるのだろうか。今のテント内にはそんな空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ?アドバイスか作戦でもあるのか?」

 

「そんな物は無い。ただ、少しだけスタート時にこちらが有利に成る様に小細工だけしようかと思ってな」

 

既にスタンバイの間近だった事もあり、蒼の視界には三高のメンバーを捉えていた。特に策なんて物があったとしても実戦ではどうなるのかは誰にも分からない。にも関わらず、小細工と口に出した蒼の言動に3人は興味があった。

 

 

「このまま話を聞いているフリをして偶に将輝と真紅郎を見るんだ。そうすれば、あいつらは何か策でもあるかと勝手に勘違いするから、序盤は恐らく警戒してまともに動く可能性は少ないだろう。後の事は俺が介在出来ない以上知らん。せめてオープニングの

主導権はこちらに有った方が有利に働くのは間違い無いからな」

 

その言葉にレオと達也が理解したのか、時折チラチラと将輝や真紅郎を見ている。この時点では誰も気が付いてないかと思っていたが、達也だけはハッキリと見たからなのか、いかに大がかりな策があるのではないのだろうかと動揺している姿を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノリスの結果に周囲はどよめいていた。確かに序盤は小細工が上手く嵌ったからなのか将輝と真紅郎の動きがおかしかったが、そこからの立て直しは素早かった。遮蔽物が無いフィールドではお互いの魔法力の差が如実に現れたのか、達也は終始防衛に回っていた。

しかし、完全に小細工から脱却したかと言えば、そうではないかった。見た目は平常ではあっても、それは一時的な物にしかすぎず、やはり多少なりとも警戒した行動が出ていた。

 

そんな矢先に動揺したのか、オーバーアタックとも取れる魔法が発動され、その結果に更に動揺を読んだ事から、大きな隙が生まれ、その結果として達也が勝利を収めていた。達也の勝利だけでは終わらず、その結果として真紅郎も倒され、残りの人間も倒された事によって、事前の予想とは大きく異なる番狂わせとも言える結果に周囲は驚愕と共にお互いの健闘をたたえるが如く大きな喝采に包まれていた。

 

 

「ったく何であんなにメンタルが豆腐なんだよ。多分剛毅さんは落胆してるだろうな」

 

「それは蒼の小細工を警戒した結果じゃないんですか。少なくとも2人は終始意識してましたよ」

 

この場には蒼とアヤしか居なかった。他の、メンバーは達也達を讃えるべくギリギリまで近づいている。それほどまでにこの戦いの内容が厳しい物であった事を物語っていた。

 

 

「でも達也の動きは実戦なれしてるのは間違い無いな。将輝も基本はヘタレかもしれんが、あいつだって曲りなりにも佐渡では厳しい戦いを経験してる。模擬戦でみせた身体能力以外にも何かあるのかもしれんな」

 

興奮冷めやらない状況下で蒼は冷静に今回の行動を思い出していた。そんな中でも一番の要因は将輝のオーバーアタックからの回復速度だった。直撃はしてなくても明らかにあのダメージが無かった事になるのはあり得ない。

頑丈だと言い張る事も可能ではあるが、それだけでは無い様な部分が多々あった。だからこそ、何らかの魔法で回復したとの結論が出ていた。

 

 

「とは言っても結果が全てだからな。最後に少し相手してやってくれないか?」

 

「私がですか?最後ってダンスの事ですよね?」

 

「今回は一条の家人として来たなら前半は入れるはずだ。ただアヤも一高の生徒である以上はそのままになる可能性もあるからな。少しメンタルの特訓した方が良いだろう」

 

既に自分が出る競技の事をすっ飛ばして最後の事を考えるあたりがらしいと言えるも、また蒼の実力を一番理解しているアヤからすれば考えるまでも無い事実でもあった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。