厄災の魔法師   作:無為の極

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第21話

「珍しく英断したな。俺はてっきり無理矢理でも出場しないと思ったが」

 

テントの内部の重苦しい空気はその後も続く事になっていた。それと同時に今回の件でモノリスの新人戦は特例として代役を立てる事に成功し、急遽選手の選定を余儀なくされていた。

 

当初は蒼が新人戦に出る話もあったものの、流石に本戦に出る事が出来る人間を得点が低い新人戦に出す道理はどこにもなく、そんな中で当時服部との模擬戦の事が影響したのか、達也が選手として選出されていた。

 

 

「一旦は断ったんだが、結果的に押し切られての出場だ」

 

選出当時の経緯は分からないが、達也が他のメンバーとして指名したのはレオと幹比古だった。

 

 

「突然の話だから俺はCADなんて持ってきて無いぞ」

 

「それは僕も同じだ。達也から指名された時は驚いたけど、それなら赤城君の方が適任なんじゃ?」

 

蒼と幹比古はあまり接点が無いはずだった。元々クラスが違う事も去る事ながら達也とて親しくなったのは最近の話。そんな状況下で蒼との接点と言えば札を使った魔法がキッカケだった。

 

蒼は使う魔法は世間的には古式魔法に分類される事が殆どではあるが、実際に目で確認するとその概念はあっさりと覆される事が多く、偶然その話になった際には幹比古の方から達也を通じて蒼に話をしてみたいとの打診があった。

 

 

「本戦の方がポイントが高いのと、モノリスはスケジュール上、新人戦の後のインターバルが短すぎるからが表向きの理由だな」

 

「表向きって事は当然裏があるんだろ?」

 

蒼の言葉にいち早く反応したのはレオだった。表向きと言った単語であれば、確実に裏が何かしらあるからだと判断出来るが理由を知るには当事者が目の前に居る以上、好奇心には勝てず安易に口を開いていた。

 

 

「大した問題じゃない。十文字が強引に説き伏せたのが一番の要因だが、本戦に出るレベルの人間が新人戦にまで出るとなれば大会の運営としても何かと都合が悪いと判断したらしいぞ。そもそも今回のキッカケとなった破城槌に関しては運営委員でさえ気が付いてないって話だからな。これ以上の非難の目だけは避けたいって思惑が完全に透けて見えたがな」

 

ただでさえ今回の運営には不可解な事態が多く、またその原因すら究明出来ずにここまで来ていた。しかし、運営委員の本来の仕事内容は事前に起こりうる可能性が高いトラブルの排除と同時に、選手の安全面を支えるのが本筋にも関わらず、杜撰な対応をした結果、一高にだけ多大な人的被害がが発生した時点で信用は既に無くなっている。

 

あらましが分からないのと同時に原因すら解明出来ないとなれば対処のしようもなく、また最悪の事態になれば大会そのものまでもが疑惑の目にさらされる事になり兼ねない。そうなれば今後の運営は難しくなると同時に、責任者の責任の追及が始まる事が懸念されていた。

 

 

「なるほどね。僕達の出場に関しても今回限りの特例だって事は何度も念を押された記憶があるから、それは仕方ないと思うよ」

 

「幹比古の言う通りだ。俺達もやるべき事をしっかりとするしかないだろうな」

 

「そんな事より、CADはどうするつもりだ?予備なんで無かったはずだが」

 

「その件に関しては既に解決している。今回おもちゃ代わりに作った代物だが、これに活躍してもらおうかと思ってな」

 

蒼の言葉に達也は珍しく含んだ笑いをしながら先ほど届いたCADをレオへと投げた。中身に関してはまだ知らされていないが、作った本人がCADだと言う以上、今はただ見ている事しか出来なかった。

 

 

「なあ達也、なんだこれ?」

 

「あれ?それって武装一体型じゃないの?」

 

箱を開封したレオが見たのは今までに一度も見た事が無い形状をしていた。これがCADかと言われれば疑問しか出ない程に、それは大きな長方形の刀身の様にも見えていた。

 

 

「エリカよく判ったな。それは今回の大会を見て思いついた物だが、中々面白い物が出来たと思う。因みにそれは硬化魔法に特化しているんだ。レオ、それに興味は無いか?」

 

まるでレオの興味をひくかの様な笑みと同時に、使う魔法は偶然にもレオが得意としている硬化魔法の特化型とも言える代物だった。突如として決まった選手よりも目の前にあるCADの方に興味が行くのはある意味仕方ない。それ程までにレオの関心はそのCADにだけ向けられていた。

 

 

「何だか子供みたいだね」

 

「ちょっとエリカちゃん。それは何でも……」

 

「何言ってるんだ。こんな珍しいCADを目の前にして興奮しない方が変だろ?むしろエリカの方が興味津々なんじゃないのか?」

 

まるで見透かされたかの様なレオの発言にエリカの表情が一瞬変化するも既に時間も遅く、ここがスタッフ用として達也にあてがわれた部屋である以上は大声を出す事も出来ず、また暴れる事も出来ない。

そんな状況までも見透かしたかの様な発言だった。

 

 

「レオ!あとで覚えておきなさいよ」

 

「俺、記憶力悪いから多分忘れると思うぞ」

 

そんな漫才の様なやり取りと同時に、蒼は幹比古からの視線を感じていた。クラスが違えば話す機会は少ないからなのか、この場で幹比古に会ったのは数える程しかない。以前に聞いた札を使った古式魔法についての話を少しした程度の認識しかなかった。

 

 

「なんだ?」

 

「いや、ちょっと蒼に聞きたい事があったんだ。これから少しだけ時間良いかい?」

 

CADのテストを兼ねた試し斬りの為に達也とレオが訓練場へと足を運んだ頃、幹比古もまた蒼と別の場所へと移動していた。数える程しか会っていない事もあってか、どんな要件なのかは理解出来ない。今はただその理由の確認の為に幹比古からの言葉を待っていた。

 

 

「一つだけ確認したいんだ。蒼の使う古式魔法なんだけど、僕が知りうる中ではどんな系統にも当てはまらないんだけど、それは一体何が源泉になっているの?」

 

幹比古の疑問はあまりにも当たり前すぎていた。一番最初に模擬戦で見た人間は化成体であると考えていたが、事実化成体で出現するのであれば、細かい動きまでも制御出来る程に発達した訳では無かった。

単純な命令を機械の様にこなすのが化成体を使った魔法とされているが、蒼が使うそれは既存の魔法とは全く違う感覚しかなかった。

 

 

「幹比古。俺が使う魔法は厳密に言えば、現代魔法と比較した古式魔法ではない。むしろそれよりも更に古い古代魔法と言っても構わないと考えた方がしっくりくる。これは人それぞれの考えかもしれんが、札はあくまでも簡易的に作る為に時間を節約したに過ぎない。結論だけ言えば、媒体があればそれでも出来る」

 

そう言いながら蒼は一枚の紙片を取り出している。札であれば呪術的な文言が記されているが、それにはそんな物が書ける程のスペースは無い。本当にただの紙片にしか過ぎなかった。

 

 

『来たれ炎虎』

 

白紙の紙片に火が付いたと同時、炎の虎が顕現する。本来であれば何かを襲撃するが、今回はただ顕現した為なのか虎は何もせず幹比古の目の前に立っていた。

 

 

「こ、これって?」

 

「札はあくまでも補助にしか過ぎない。本来であれば媒体を使えば文言はなくても出現させる時間に大差は無いからな。便宜上書いてあるだけだ」

 

蒼の説明に幹比古は固まっていた。説明が耳に入りはするが、目の前の虎のプレッシャーが幹比古の自由を奪う。常人であれば意識を失う騒ぎになるが、幹比古は精神修養しているからなのか、気絶する事は無かった。

 

今回は単純に顕現させるだけに留まったからなのか、僅かな時間でまるで最初から何も無かったかの様に虎が消え去る。これが幻だといわれれば納得できる程に自然に消えていた。

 

 

「達也から聞いたが、お前は自分の力をもっと信用したらどうなんだ?自分の力が信用出来なくなった瞬間、魔法は自分を見放す事になる。現代における魔法事故による使用制限はまさにそれだろ?」

 

昔は神童と呼ばれはしたが、過去の魔法事故の際に呼吸をする様につかえた魔法が使えなくなった事で自分の能力に疑問を持ち、その影響から魔法が思う様に発動できなくなったのは紛れも無い事実だった。しかし、蒼にそんな話をした事は今までになく、また達也の性格から考えても軽々と口にするとは思えなかった。

 

 

「言っておくがこれは俺の考えであって、達也から聞いたのは古式の魔法は発動が遅いから気に病んでるんじゃないかって話だからな」

 

「いや、蒼の言う通りなんだ。多分僕は自分の力に疑問を持ったんだ。だからCADに関してもだけど、蒼に札を使った魔法の事が聞きたかったんだよ」

 

何か思いつめた様にも見える表情に蒼は少しだけ考えていた。札を使った魔法に限らず、現代魔法の定義を大きく逸脱している蒼の魔法はある意味では脅威にも見える。発動の時間短縮だけが目に行きやすいが、実際には事象改変の能力も古代から続く物に比べれば威力のケタが違っている。

札の事は説明したものの、それをどうしたいのか次第であると結論付け、蒼はその真意を確認したいと考えていた。

 

 

「他人の魔法を詮索するのはマナー違反じゃなかったか?」

 

「そ、それは……」

 

幹比古としても、これがマナー違反になるのは重々承知の上で蒼に聞いていた。付き合いは殆ど無いが、実際には過去の言動を良く知る人間からすれば蒼がどんな性格をしているのかは直ぐに理解出来る。聞けば確実に拒絶される事も口に出す前には理解している。

それでも自分に力に何かしら上積み出来ればと考えた結果ではあったが、やはり正論をつかれた迫力には怯む事しか出来ないでいた。

 

 

「とは言っても既に出した以上、多少の開示は仕方ないか。で、何が聞きたい?内容によっては話せない物もあるが?」

 

「僕が聞きたいのはその札を使った物だ。僕が知っている物とも違えば大陸の物とも違う。古式に関しては知らない物は無いと自負していたけど、その魔法は僕も知らない。さっき言った古代魔法と関係あるのかと思ってね」

 

「知的好奇心って事か?」

 

「……そうだ……と言いたい所だけど、本音を言えば、少しだけでも良いから教えて欲しいとも考えている。勿論マナー違反なのも承知の上だけど」

 

下手に誤魔化した所で幹比古にはメリットは何も存在しない。蒼は気が付かなかったが、元来古式魔法は色んな宗派の秘匿の上で成り立っている事もあり、仮にそれが本当なのか偽物なのかを確認する事が出来ない。

仮に偽物だとした場合、自分には多大なリスクが発生する可能性があった。しかし、嘘で塗り固める位ならば本音で話した方がマシだと判断した事により、結果的には蒼に考えさせる事になっていた。

 

 

「……まあ良いだろう。どのみち理論上は理解出来ても多分使う事は難しいだろうからな」

 

その一言と共に、魔法の全容が聞かされていた。そんな中で幹比古が一番驚いたのは、結果に対するプロセスの違いでもあった。古式で精霊を使い事象改変を行う魔法に対して、蒼が使っているのは事象改変は設定していない点。

 

精霊を使うまでは同じであっても、その後の対処の仕方が別物だった。使うのが難しいと言っていた理由もこの時点で幹比古は理解していた。精霊を行使する際に、それが何であるのかを正しく理解し、運用する為には自分が理解する必要が出てくる。幾らある程度の強制が出来たとしても、それでは通常の魔法と大差ない。

そんなやり方に幹比古は暫し言葉を出すのを忘れたかの様に、口に出す事は無かった。

 

 

「だからと言って諦める必要は無いかもしれん。似たような魔法が既にCADに格納出来てる以上、そこからどうやって発展させるかは幹比古次第だ。魔法は正しくは道具であり手段でしかない。何を切羽詰っているかは知らんが、魔法の処理速度が遅い程度なんて理由にすらならないだろ?現に俺だって処理速度は早くないんだからな」

 

達也からどこまで聞いたかは分からないが、蒼の言葉は幹比古にも何か考えるべき物がある様にも感じていた。道具であり手段であるならば、それをどうやって使うのかは術者次第となる。

 

現代魔法とは違い、吉田家の魔法はそれこそ過去とは言い難い程に歴史が浅い訳では無い。それこそ先人達の試行錯誤した結果が現在に至るだけであって、それを否定するのであれば、自分自身を否定するのと同じ事になる。今までも散々言われてきた言葉がここに来て漸く理解出来た様な気がしていた。

 

 

 


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