厄災の魔法師   作:無為の極

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第20話

 

「思ったよりもマスターしてるな」

 

苦戦しながらもどうやって有効活用するのかと試行錯誤した頃、蒼は摩利の訓練している場所に顔を出していた。時間はまだそんなに経っていないが、最初に見た頃に比べれば雲泥の差ではある事に気が付きはしたものの、このままではやはり細かな挙動に不安が生じているのはある意味仕方ないとまで考えていた。

 

そもそもこれは細かな挙動は成れない事には制御が厳しく、まさかこうまで使いこなせるレベルにまでこぎつけられた事には素直に賞賛していた。

 

 

「苦労したんだがな。ただ細かい挙動は制御出来ない以上あとはどうやるかになるかだと思う」

 

摩利の言葉は見ればすぐに理解していた。そもそも訓練と言えど、各学校が居る中での訓練は場所を確保するのが難しく、また今の術式に関しても三高は仕方ないが、他の学校に知られる訳には行かず、その影響もあってか、会場からは離れた所での訓練となっていた。

本来であれば身体の事を気にする段階ではあるが、今は蒼の魔法によってその心配はすでに無く、今はただ自身と向き合って慣らしている様にも見えていた。

 

 

「改めて言うが、それをどうやって使うかはお前次第だ。俺はデータさえ取得できればそれだけで構わない。今は新人戦をやっている以上、後は時間の問題だな」

 

既に新人戦もそれなりに進んでいるからなのか、時折結果を耳にする機会はあるが、内容そのものに感心が無いからなのか単に結果だけ聞く程度にしか過ぎなかった。内容を確認した訳では無いが、今回の新人戦の中でも女子の部門に関しては、ほぼ全部と言って良い程に達也が調整をしている。

蒼も最初の頃に腕前を知っている為に、その結果に関しては驚く様な部分は何一つ無かった。

 

そもそも選考会の際にも誰でも分かる様に実力を披露したにも関わらず、残念な位にその価値と能力を判断出来る人間が殆ど居ないのであれば、驚く事はあってもそこから謙虚な考えで互いの能力を高めようなどと考える人間が誰一人居ない以上、それはある意味当然の結果でしかなかった。

 

 

「もうそんな時間なのか……まだ時間が足りないのも事実だ。赤城、私は今のままで戦えると思うか?」

 

自分の思う様に動く事が出来ず、そして指導すべき人間の足元にも及んでいない事実に焦りを感じたのか、珍しく摩利は蒼に対して弱音とも取れる言葉を発していた。摩利の中に一つの考えと同時に、ある種の決意の様な物を感じる。それが何を示すのかは本人以外には分からない内容でもあった。

 

 

「さあな。俺の目から見れば短時間でそこまでの習熟は賞賛出来るが、それを叩き台にして更なる発展性を考えるならば完全に落第だな。人間欲を出し過ぎれば身を亡ぼすぞ」

 

「そんな事は分かっている。ただ、今の状況では恐らくは予選を勝ち残れたとしても、そこから上位に入る事は無理だろう。これは私の個人的な我儘にしか過ぎない。そんな事の為に真由美達に迷惑をかけたいとは思っていないんだ」

 

蒼の前で珍しく本音を話す。客観的に事実だけを考えれば、珍しい発言なのかもしれないが、自分の能力を過大に見誤ると最終的には自分に手痛いしっぺ返しとなって返ってくる。それが自分に対してだけ来るのであれば自己責任とも言えるが、周囲を巻き込む事になればそれは筋違いとも考える事が出来た。

 

 

「だったら答えが出てるならそれを実行するだけだな。俺が提供できるのはここまでだ。今回の内容は俺には参考になった。あと、折角だから教えといてやるよ。今回の三高は飛翔魔法は恐らくは使わないだろう。以前に真紅郎に渡した際に試したが、今のお前ほど習熟出来た人間は居なかったらしいからな。仮に出来たとしても制御が難しい以上、そのまま競技に使うとは思えないし、仮に俺が真紅郎の立場だったら今回の件はどこかの片隅に置いておく程度で、それを試したいとは考える事はしないだろう」

 

まさかの回答に摩利も少しだけ顔が引き攣っていたと同時に、それを早く言えと言いたい気持ちも同時に沸き起こる。事前に三高が知っている事もあったからこそ取り組んだ事ではあったが、まさかこんな土壇場でそんな言葉を投げかけられるとは思ってもいなかったからなのか、少しだけ摩利はしゃがみ込む様に、その場に座っていた。

 

 

「そうか、分かった。今回の件はすまなかったな。私の口から真由美には伝えておくよ」

 

「そうか」

 

既に何かを悟ったからのか、摩利の表情からは焦りが消えていた。武人とまでは行かないにしても、その表情は何かを諦めたのではなく決意したとも取れる様に憑き物がまるで落ちたかの様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は何があった?」

 

摩利の事から一高の本部へと戻ると、本部の内部が慌ただしく動いていた。今来たばかりである事もあってか周囲の状況は何も見えない。まずは確認とばかりにその場に見かけた達也に状況を確認する事になった。

 

 

「今度はモノリスでトラブルだ。詳細は不明だが市街地ステージで破城槌が使われたらしい。フライングなのはもちろんだが、森崎達がコンクリートの下敷きになって負傷したらしい。今は救護班がそのまま治療に当たるそうだ」

 

「そうか。俺は詳しい事は知らんが、毎年こんな事が起こるのか?」

 

「俺も詳しい事は知らんが、こんな異常事態は今までに一度も無かったと聞いている。今はその為に十文字先輩が交渉しているらしい」

 

蒼の疑問は尤もではあったが、今はそれとは違う視線が蒼に突き刺さっている。詳しい事は省かれているが、事実一番最初に負傷した渡辺摩利は既に完治している情報は知っている為に、その魔法を活かす手立ては無いかと考えているのか、不躾とも取れる程にその視線には力があった。

 

 

「そうか。少なくとも俺には関係無いな。負傷したからと戦場はそんな事では終わらない。いくら重症だとしても命に別状が無いのであれば、それは特に問題にする必要はあるまい。仮に命に大きな影響が出たとしてもそれは本人の怠慢から来た結果にしか過ぎない」

 

「あい赤城!なんだその言いぐさは!仮に同じチームメイトだろうが」

 

蒼の言葉に反論したのはその場に居たスタッフの一人だった。万全を期しての戦いに怠慢だと言われた事に腹を立てたからなのか、それともその言い方に問題があったからなのか、まるで問い詰めるかの様な口調で蒼に近寄っていた。

 

 

「チームメイトだなんて俺は考えた事は一度も無いぞ。勘違いしてるみたいだからハッキリ言うが、俺は一高がどうなろうが関係無い。七草と十文字が出ろと言ったから仕方なく出ただけだ」

 

「貴様!この九校戦は学校を代表して参加してるんだ!どの口がそんな事を言うんだ!」

 

蒼の物言いに他のスタッフまでもが激昂したのか次々と立ち上がる。本当の事を言っただけでこうまで激昂する必要がどこにあるのか、そんなくだらない感情を優先し冷静さを失うのはどうしたものかとも考えていた。

 

 

「お前三高の一条と親しく話してたみたいだが、さては三高側のスパイなのか!この場所からさっさと出ていけ!」

 

「では貴様達に聞くが、一高の一科生様は優秀なんだろ?なんでこんな事に事前に気が付かないんだ。事実優秀だとほざくが、新人戦に関しては達也が調整した選手だけが優勝し、他は全く。しかも今回の技術スタッフは達也を除けば全員が二年か三年ならば、貴様らはその人間以下の存在でしかないと何で気が付かないんだ。今の言葉は自分達の無能さを棚に上げて批判したいだけの糞餓鬼程度だろうが。優秀ならばさっさと新人戦の選手を治してそのまま出場させればいいだけだろ?実に簡単な話じゃないのか?」

 

蒼の言葉に一端は騒がしくなった雰囲気が完全に沈黙していた。本人から直接聞いた訳では無いが、一番最初に負傷した渡辺摩利は既に怪我が完治しているのはこの場にいた全員が既に知っている。

当時はそれがどれほど破格の魔法であるのかを知った人間は少なく、また現在の魔法論理でも半日と言う短時間で完治させる事が出来る魔法そのものが存在していない事は案外と知られていないのか、そこまで気が付く人間は殆ど居なかった。

 

 

「ああ、すまん。幼稚園児以下の人間に高等な話は無理だったな。技術スタッフの癖に既存のOSを使わないと理解出来ない無能どもには無理な話だったな。服部の技術スタッフだったあいつは誰か知らないが、自分の無能さを棚に上げておいて他人の技術をそのまま自分の手柄にするレベルであれば仕方ないか」

 

その言葉に服部のCADを調整したと思われた人間の顔色が悪くなっていた。確かに結果が出た事もあってか、誰もが時間を費やした結果だと考えていたにすぎないが、実際には蒼は摩利の所へ行く道中に達也がその人物を話をしている所を遠目で見ていた。

これが蒼の立場であれば見捨てるが、生憎と達也は微調整とも言える部分で修正をし、その結果として服部はバトルボードで準優勝を収めていた。

 

 

「まさかとは思うが競技だからとか考えている様なレベルならば、世間に出ればお前らレベルは掃いて捨てる程居る。事実フライングだと言うならば事前に察知出来ない程度の人間しか選手になれないにも関わらず、偉そうにしてるなら、この学校の人間の程度は知れてる事になるが?」

 

この言葉に他の人間は何も言えなくなっていた。競技だからとどこか安心した考えがあったからこそフライングに気が付く事がなく、また場所から考えれば仮に失敗した所でそのチームは最悪危険行為で失格になる可能性はあっても、どこかの学校と連携していれば一高にだけ損失を与える事も可能になってくる。

 

人間の真理と連覇の阻止を考えるのであれば、その可能性を否定する事は出来ない。誰も気が付かないのであれば、今がどれほどぬるま湯浸かっているのかを改めて考える必要があった。

しかし、まだ学生にそんな事を言った所で理解できるはずもなく、この場の空気は悪いままの状態が続いていた。

 

 

「あれ?何だか空気がすごく悪いみたいだけど、何かあったの?」

 

この沈黙を破ったのは折衝中だった十文字の代わりとばかりにこの場に来た真由美だった。ここまでの話は聞いていないのか、それとも知った上で来たのかは分からないが、テント内部の空気が明らかに悪い事だけは察知していた。

 

 

「この馬鹿どもに当たり前の事を説いただけだ。七草、ここの連中は俺がモノリスで出場するのは嫌らしいぞ。気に入らないなら全員がボイコットするって話みたいだが」

 

そんな話が微塵も無かったにも関わらず、蒼から出た言葉にテントの内部の人間の顔が青ざめる。当時の事を思い出せば、蒼を強引ともとれる方法で選出したのはこの学校の首脳陣。となれば批判をすればそれは上層部を批判しているのと同じである事に漸く気がついていた。

しかも、摩利の治療する際にも真由美がどれほど懇願していたのかも思い出した以上、先ほどの言葉の誤解を解く事が先決だと考えたのか、それとも自分の身を護りたいからの判断なのか、すぐに弁解とも取れる内容を話だしていた。

 

 

「……事情は聞いたけど、赤城君は言いすぎね。少しは自重出来ないの?」

 

「事実を述べただけだ。ぬるま湯につかり、気が付けば沸騰した湯の中にいる事に気が付かずに死ぬ蛙と大差無いだろうが。言っておくが、やる気のある無能な人間ほど害のある存在は無いぞ。もう少し己自身を客観的に見たらどうなんだ。エリート顔した馬鹿を宣伝してる事に気が付かない以上、それは仕方ないだろ。態々それを教えたからには感謝される事はあっても批判される筋合いは無い」

 

「それでもよ!」

 

「じゃあ、渡辺の身体を改めて破壊した方が良さそうだな。参考に聞くが、貴様は何様のつもりで発言してる?俺が今までに一度でも頼んだ事があったか?貴様が懇願したからこそ仕方なく治療したにも関わらず、こんな状態でそんなくだらない事をのたまう資格があるとでも?私情を挟んだ結果が既に存在している時点で、そんな資格があるとは思えんが、それについてはどう弁明するつもりなんだ?いい加減こんな幼稚園児以下の中で下らないやり取りをするのは飽きてきたんだが」

 

「そ、それは……」

 

あまりにも低次元なやりとりに蒼もいい加減飽き飽きとしていた。善意で治療したのは間違いだったのかと考え、今から直した身体を破壊しに行こうかとも考えていた。所詮は学生。いくら魔法師の世界では十師族だと讃えられても厳密に言えば学校では単なる一生徒でしかなく、そんな中でも人格者だと言われている十文字でさえも平然とルールを捻じ曲げる程度の矮小な人間に対し、蔑む事はあっても敬おうとする気持ちは持ち合わせていない。

そんな考えが表情出ていた事を悟ったのか、蒼の顔を見た全員が何を考えているのか分からないが、テント内部の空気が確実に重い物へと変貌していた。

 

 

 

 


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