厄災の魔法師   作:無為の極

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ここから時間軸は一気に飛びます。







第2話

沖縄の戦いと佐渡の戦いは改めてこの世界情勢が危うい物である事が国民に示されていた。しかしながら戦いの詳細については国防軍の情報統制により詳細を知る者は僅かな者だけに留まり、今は仮初の平和を享受していた。

 

 

2095年4月

 

「今日からこことはね……やっぱり帰るか」

 

「式位はちゃんと出て下さい。でないと怒ります」

 

ここは東京の八王子にある高校の正門前。ここに今日から入学する予定だと思われる男女2人は何気なく目立っていた。厳密に言えば目立ったのは女性の方。

背中まである黒髪が風に揺られる度に柔らかくなびく。そんな姿に見惚れたのか何人かの人間は前を見る事を忘れていたのか、前の人にぶつかる姿が見えていた。

 

 

「いや。出るメリットがない」

 

「それでも出て下さい」

 

「前向きに善処するから先に行ってくれ」

 

そんなやりとりをしていたからなのか、それとも女性の肩には刺繍がされているが、男性の方には何も無いからなのか、そんなアンバランスな組み合わせが故に目を引いていた。

 

 

「じゃあ、お願いしますよ」

 

「ああ、分かったから」

 

そんな女性を追い払うかのように男の方はまるで気が無いのか、近くのベンチで寝ようかと色々と見回る事にしていた。あいにくと全部のベンチが埋まっていたのか、昼寝は諦めるも元々式典に出るつもりが無いからなのか、ベンチの片隅に座っている男性の元へと歩き出していた。

 

 

「すまん。隣良いか?他は全部埋まってるんでな」

 

「ああ。俺は構わない」

 

不愛想な言葉ではあるが、お互い見知らぬ他人である以上、それ以上の会話は憚られている。今はただお互いがそれぞれ時間をつぶす事だけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ時間だが、お前はどうするつもりだ?…ああ、まだ名乗ってなかったな。俺の名前は司波達也だ」

 

「何も言ってなかったか。俺は赤城(あおい)だ。俺は行くつもり無いから先行っててくれ」

 

これから式典が始まるにも関わらず先に行けとはまた変わった事を言うもんだと達也は考えていた。本来であればこんな所で目立つつもりは無いからと、これ以上は時間の無駄だとばなりに達也はこの場を離れようとした時だった。少し先から一人の女生徒がゆっくりと2人に近づいてきていた。

 

 

「もう始まりますよ。あなた方は新入生の方ですよね?」

 

制服の袖からCADが見え隠れしている事から、この人物は生徒会か風紀委員なのかは予想していた。事前に確認した際に、学内においてのCADの所持出来る人物は決まっている。そんな内容を思い出しながら、達也はその女性を見ていた。

見た目は穏やかだが、どこか品のある佇まいはどこかの令嬢の様にも見えていた。

 

 

「私はここの生徒会会長をしている七草真由美と申します。七草と書いてさえぐさと読みます」

 

「俺、いや、自分は司波達也と申します」

 

その一言に何かを思い出したのか七草と名乗る女性は好奇心を隠す事無く話を進めていた。

 

 

「あなたがあの司波君ですか?入試の試験が歴代最高だけではなく、平均点を2位以下と大きく引き離し、魔法工学と理論の論文は満点なんですよね。職員の間でも話題でしたよ」

 

入試の結果がどうやって漏れたのかはともかく、今は急がない事には間に合わない。しかし、この時点で達也は妙な感覚に囚われていた。隣には先ほど自己紹介したはずの赤城と名乗る男性が居るにも関わらず、目の前の女性はまるで気が付いていない。

一番最初はあなた方と確かに認識していたはずだった。かと言って目の前の七草と名乗る女性はわざと無視している様にも見えない。万が一の可能性も考えたものの、魔法が発動している兆候は一切感じられなかった。

 

 

「もう時間ですから急いでくださいね」

 

そんな言葉を残しすと七草と名乗った女性は最後まで蒼の事に気が付かないまま講堂へと歩き去っていた。

 

 

「あい赤城。お前今まで何をしたんだ?」

 

「他人行儀だな。面倒だから下の名前の蒼で良いぞ。そんな事よりも早く行かないと間に合わないぞ」

 

「お前もそうだろう?一緒に行くか?」

 

「さっきも言ったが面倒だから終わってから行く」

 

ぞんざいな物言いにこれ以上付き合う程時間の余裕は無かった。既に時間が迫っているからなのか、達也は一旦ここで別れて講堂へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

式典は何事もなく終わり、その後入学式の朝のベンチでの出来事が記憶の片隅に追いやられる頃、その人物は唐突に表れていた。

既に時間は下校時刻になると、達也は妹の深雪と帰宅すべく一緒に帰ろうとした時だった。妹の深雪にたかるかの様に同じクラスの人間が恐らくは達也の友人と思われる人物と一触即発の様相を呈していた。

 

 

「ウィードの分際で!これがブルームの実力だ!」

 

拳銃型のCADを向けた瞬間に、一陣の風が突風となって吹き荒れる。その隙を狙ったのか一人の赤髪の女性が一閃と共にそのCADを叩き落としていた。

 

 

「なんだ?楽しそうな事してるな。俺も混ぜてくれよ」

 

「誰だ貴様!」

 

「別に虫けらに名乗る程の名前は生憎と持ち合わせてないんでな。徒党を組んでのストーカーもいい加減にしたらどうだ?いい年こいて恥ずかしくないのか?俺なら恥ずかしすぎて逃げたくなるぞ」

 

薄ら笑いで無造作に近寄る人物に達也は思い当たる節があった。あの朝のベンチで隣に座っていたはずの人物。しかし、当事者でもないにも関わらずここに居る理由が分からなかった。

 

 

「五月蠅い!お前もウィードなら身をわきまえろ!」

 

一瞬だけ制服を見れば、刺繍が無い事を確認したと同時に間髪入れずに拳銃型のCADがその男性へと向けられる。その先の出来事は誰もが想像出来る結末。そんな言葉と同時に魔法が放たれたはずだった。

 

 

「なんだ?いい年こいて拳銃ごっこか?それなら家に帰ってからやれよ」

 

その場にいた誰もが驚いていた。拳銃型CADは引鉄を引くと同時に魔法が発動される。そんな事はここに居る全員が知っているにも関わらず、幾ら向けた所で魔法は発動される事はおろか、想子が反応する事すらなかった。

 

 

「何だと貴様!馬鹿にするのもいい加減にしろ」

 

向けたはずの魔法が発動しない事実を感じ取ったのか、今度はその周囲の人間が魔法を発動させようと各々のCADに手を動かす。これから場外魔法大乱闘が始まるかと思った瞬間だった。

 

 

「今俺に殺意を向けたな?じゃあ、ここまでだ」

 

冷徹な言葉と同時に周囲の空気の密度が大きく変わる。この変化は明らかに魔法が発動しているはずだが、肝心のCADはどこにも無かった。それだけではない。先ほど同様にCADにいくら手を伸ばしても魔法が発動される気配は微塵も無い。そんな異質な空気がその場を支配していた。

 

 

「蒼!なんで約束した場所に居ないんですか!私は言いましたよね?」

 

「あ、アヤか。なんでここに?」

 

「待ってたのに居なかったからここに来たんです」

 

突如としてこの場に入り込んだのは一人の女性だった。緊迫した空間を無視すると同時に突如として叱り出す。そんな空気が伝わったのか、全員が呆気に取られていた。

 

 

「そこのお前達!魔法の不適切使用は……なんだこれは?」

 

先ほどの緊張感を察知して誰かに通報したのか、2人の女性が走ってくる。魔法の不適切使用の現行犯だと思われたはずの現場には女性に一方的に叱られている男性と、それを呆気に取られて見ている一団しかおらず、不適切使用と言ったそんな形跡はどこにも無かった。

 

 

「は?誰も魔法なんて使ってないぞ。何を根拠に言ってるんだ?」

 

「ちょっと蒼。上級生に何言ってるんですか?」

 

「アヤ。今俺達は冤罪にも関わらず、事件性を疑われてるんだ。上級生だからと言って素直に聞く必要はどこにも無いんだ。この場で身の潔白を証明するためなら多少の抗弁は仕方ないだろ?」

 

「ですが……」

 

「魔法は発動していない以上、それは確定なんだ」

 

そんなやりとりはこの場に来た2人を蚊帳の外へと追い出している。厳密に言えば、この場に魔法を使った形跡は蒼が言う様に確かに無い。そうなればいくら何を言っても取り締まる事は出来なかった。

 

 

「で、そこのあんたは何の権限があってのたまわってるんだ?」

 

蒼の棘のある言葉にこの場に居た達也以外の全員の顔が青くなっていた。入学式の際に役員の紹介があったのであれば、この場に居た人間が誰なのかは知っているはず。にも関わらず平然と知らないと言い放ったこの人間は何なのかと全員がそう思っていた。

 

 

「あの、蒼。この人は風紀委員長の渡辺摩利さんですよ」

 

「そんな人間は知らん。で、何でこんなに偉そうなんだ?俺達は何もしてないんだぞ?ここの上級生は無実の下級生に対して威圧的な態度を取るのがデフォルトなのか?」

 

渡辺摩利と紹介された人間に指を指しながらの蒼の言葉に摩利の口許は引き攣っていた。今までこの学校で三巨頭と言われた事はあっても、こうまで蔑む様な言い方をされた事は未だかつて一度も無かった。

 

 

「我々は通報を受けてここに来ている。因みに風紀委員はこの学校における取締を行っているんだ。説明は聞いてなかったのか?」

 

怒りの感情を少しだけ滲ませながら摩利はこの校内でのルールとも言える言葉を蒼に告げていた。これがまともな人間であれば緊迫した雰囲気に耐える事は出来ないと思える程の迫力に、その場に居た全員が今後の行方がどうなるのか固唾を飲んで見る事しか出来なかった。

 

 

「へ~そうなんだ。でも俺達には関係ないはずだけど。魔法が発動した兆候があったなら教えてくれよ」

 

棒読みで答える言葉と同時に明らかに挑発している様にも見える程に、この場の空気が一気に悪くなる。これ以上のやりとりは危険だと判断したのか、すかさず真由美は摩利のフォローをしていた。

 

 

「魔法が使われてないなら問題無いのよ。通報があったから念の為に来ただけだから」

 

「そう。態々ご苦労様でしたね。ではこれにて失礼させていただきますので。行くぞアヤ」

 

「は、はい」

 

薄氷を踏むやり取りが終わった今、時間が止まったかの様に誰も動こうとはしなかった。突然の出来事にこの場に居た全員の理解が追い付かない。当事者が既に居ない以上は何も出来ず、この場は散会となっていた。

 

 

「でも、良かったんですか?態とあんな言い方しなくても良かったと思うんですが?」

 

「最初はそう思ったんだが、どうにもこうにもここの生徒はぬるま湯につかっている様に思えたから少しムカついただけだ。ただでさえ世間は魔法師に対して排他的な感情を持ってるにも関わらず、自分達は特別だと勘違いしている。元々ここはその風潮が強い事は知ってが、まさかここまでとは想定外だ。まぁ、風紀委員と生徒会長が来たのは誤算だったがな。これなら三高か大学行った方がマシだったかもな」

 

蒼の一言にアヤの顔は少しだけ歪んでいた。元々蒼は佐渡の戦いの後、一条家に少しだけ世話になっていた。そんな事もあってか高校もそのつもりだったが、アヤと出会った事で一高へと進路を変更していた。

 

 

「ごめんなさい。私のせいですよね」

 

「アヤが気にする事は無い。ここでもやる事は変わらないさ。一条の家には偶に顔を出しておけ大丈夫だろ。それに学業はもう俺には無意味なんだからな」

 

現場は未だ凍り付いた状況下にある事は既に念頭にはなく、今は出来る限りの事だけをやるのが先決だと蒼は一人考えていた。事実あの時の戦いよりも今の方が確実に力を取り戻しつつある。後ははいかにそれを使いこなすのかを最優先とし、今は今後の行く末だけを考えていた。

 

 

 

 




原作よりも台詞が曖昧になってるのは記憶が定かでは無いからです。
調べれば良いのですが、全体の流れからそうしています。

因みに主人公の名前は今作中に出てますが、もう一人の名前は次回出します。

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