厄災の魔法師   作:無為の極

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第19話

達也は誰も居ないこの場所で一人頭を抱える事になっていた。その原因を作ったのは間違い無く蒼から依頼されたCADのプログラム。

 

当初はこれが何なのか理解出来なかったが、全部の解析を終えた今、自分の中で一旦気持ちの整理をつけようとしていた。九校戦が始まる前にFLTから飛行魔法の発表がされ、この世界でも重大な出来事となっていた。

この魔法に関しては元来のライフワークとも言うべき『常駐型重力制御式熱核融合炉』の副産物として生まれた物であり、またその技術をフィードバックした結果であるのは自身が開発した以上、一番理解していた。

 

しかし、今回蒼から持ち込まれた起動式は結果から言えば、飛行魔法の起動式に酷似していたが、そのアプローチは似て非なる内容でもあった。

 

 

「蒼、なんでお前がこれを持っているんだ?」

 

「俺が普段使っているからだが、何か問題でもあったのか?」

 

あまりにあっけらかんと話す姿を見て、達也はそれ以上のツッコミを止めていた。よくよく考えれば、蒼の周囲で発動する魔法の全てが既存の物とは常に一線を越えている物ばかりでもあり、ここ最近になって親しくなった、古式魔法の使い手でもある吉田幹比古も札を使うが、蒼の様に使う物では無いケースが多かった。

 

CADの調整をした際にもそれは感じていたが、少なくとも自分が知っている魔法の概念とは遥かに違う物である事に間違いは無かった。答えは一つでもこうまでアプローチが違えば、それは既に別物の魔法であるとも考える事が出来る。今はそれ以上の詮索を止め、手を動かす事を優先していた。

 

 

「いや。ちょっと気になってな。だが、この魔法は俺の推測だが、本人の力量が如実に出る可能性が高いかと思うんだが、それについてはどう考えるんだ?」

 

「それは本人の努力次第だろ?魔法は道具である以上、使いこなすのは使い手の技量であって、使われているのであれば本人の技量不足だろ?魔法を術者に合わせるのは悪い事では無いが、全体的なバランスが狂うのであれば、それは無意味な存在でしかない。俺だって何でも使える訳じゃないからな」

 

飛翔魔法は無重力状態に近い物を作る関係上、どうしても些細な行動でもそれが全部動きに反映される可能性が高かった。事実、達也が驚愕したのは想子の出力が極めて少なく、また時間による制限は恐らくは人体における負荷の限界値を考えているからだとも予想出来ていた。

それほどまでに破格な魔法であれば、この一つだけで一財産を築く事も可能である。しかし、そうしなかったのは先ほどの蒼の言葉にあった、術者の能力に起因する事が多いのであれば、それはまた限定的であるからだと考えていた。

 

 

「因みに渡辺の身体は完全に治ったから、それでミラージに出るつもりだろうな」

 

「そんな行き当たりばったりで良く会長が許可したな」

 

「出るかどうかは俺には関係無い。ただ手段を提供しただけでそれをどうやって使うかは本人次第だ。包丁だってまさか人を斬る前提で買うやつは早々いないのと同じだ。三高にもこの術式は提供してあるが、それをどう使うかはやつらの考えだからな。

必ずしも使うのが最良とは限らない。事実、最近発表された飛行魔法だって、万人が使える代物でも無いだろ?あれは想子の量が少ない人間には劇薬みたいな物だからな」

 

蒼の言葉に達也は自身も同じ様な懸念を抱いていた事を思い出していた。自分や深雪は潜在的な想子の量が多いからとFLTでのテスターをお願いした結果、割と短時間で想子が切れた人間が続出していた。

勿論、術式だけのフォローでは限界がある為に、ハード面で何とかしようとアプローチしているのがその問題に対する答えでもある。極普通の魔法であれば、そうまで考える必要は無いかもしれないが、飛行魔法はそんな懸念すら一瞬にして忘れさせる程のインパクトがあった。

 

万が一の際にも安全面に抜かりはないが、それでも全員が等しく使える事が出来る様な内容では無かった。

戦いには戦略があって初めて作戦やそれに伴う道具類が効果を発揮する。過ぎた力は自分に制御の下を離れれば、当然自分へと返ってくる。それをどう考えるのかは本人次第でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヤさん。何かコツとか無いの?」

 

達也と蒼がプログラムの事で話をしている間、摩利はアヤの指導の下で飛翔魔法の訓練をしていた。確かに蒼が言う様に想子の減少は殆ど感じないが、代わりに自分の身体能力をフルに使う必要があったのか、摩利は滝の様に汗を流していた。

 

 

「コツですか……感覚的には宇宙飛行士のプログラムが一番適しているかもしれませんね。私も最初はそうでしたから」

 

無重力状態では僅かな運動エネルギーが移動する為のベクトルへと変換される。その結果、一旦動き出した者を止めようとすればその反対のエネルギーを発生させる必要があるが、生憎と身体が浮遊した状態でそれをやろうとすれば勢いをつける訳にはいかず、何かしら運動エネルギーを考えながら行動する機会が無ければ、それを熟知させるのは難しいとも考えられていた。

 

事実、この魔法を真由美も試したが、短時間ならば移動する事は出来たが、これを自在にやろうとすれば困難を極めるのは間違い無く、また直ぐには不可能だと早々に見切りをつけていた。

 

 

「因みに聞くがそれでどれ位かかった?」

 

「1カ月位だったと思います」

 

苦労している摩利を他所にアヤは既に慣れているのか、まるで空中に道でもあるかの様に当たり前に立っていた。単純に立つ事すら厳しいのであれば、今後の事を考えると恐らくは間に合う可能性は低い。

摩利の訓練をそのままに、今は新たな対策を立てる必要がある事を真由美は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

摩利が苦労して訓練している頃、本戦は一旦終わり新人戦が開催されていた。試合そのものに感心が無いからなのか、本来であれば新人戦は自分達の友人が出場しているのであれば真っ先に向かう所ではあるが、蒼はその会場にはおらず、今は剛毅が居る貴賓室にその姿を出していた。

 

 

「蒼さん。これありがとう」

 

「俺は何もしてないよ。礼ならアヤに言うんだな」

 

礼を言ってるのは将輝の妹でもある、茜と瑠璃だった。今回の発表した感応石を細かく精製する事でデザイン性を優先していたが、破格の性能から実際には直径3ミリほどの大きさであっても、従来の物と然程変わらない処理能力を有していたからなのか、2人の手元にはブローチの形をしたCADが手渡されていた。

 

世間で言う所の魔法師と一般人の決定的な違いは、CADを常時保有しているかどうかでしか区別が出来ない。地元金沢の様に既に顔が知られていればその限りでは無いにしろ、未だCADの有無でしか判断する事が出来ないのもまた事実だった。

 

 

「うん分かった。でも、これってどんな魔法が入ってるの?」

 

「これは、最低限の身を護る魔法がインストールされてる。アクティブ型の魔法だから常時想子は吸収されるが、それもほんの僅かなレベルになっている。因みに防御性能は破格とも言えるかな。少なくとも対物理、対衝撃はカバーできる。本来であれば対BCも入れたかったが、その大きさだとそれが限界だな。それにBC兵器は簡単に持ち込むのは無理だからその2つがあれば余程の質量を持った物体で無ければ身体に危害は及ばないはずだ」

 

蒼の言葉にそれが十師族の一員であればどれ程有用性が高いのかは剛毅が一番知っていた。自分にとっては関係ないが、同じ十師族でもある四葉ではその最悪の事実が行使された歴史があった。

詳細は知らないが、それでも大よその事は知っている。この世界の魔法師にとっての血筋がいかに大事な物なのかを理解している人間であれば、安心できる様な内容の魔法である事は理解していた。

 

 

「少なくとも見た目でそれがCADだと理解する人間はそう多くないと思います。それが理解出来る人間がいるならば、多分同業者位ですかね。そう言えば、問い合わせの件はどうなりましたか?」

 

「その件であれば既に対処は出来ている。後ははいかにコストダウン出来るかだと思うが、今はその辺りの調整が必要になるだろう」

 

「あれは単独で使うよりも並行して使えるようにした方が良いんですが、中々それに気が付かない可能性もありますね。恐らくですが、それを組み込んだシリーズを販売すれば真っ先に解体して確認すると思いますが、どうします?」

 

機械製品であれば、新商品が出れば解体して解析するのはいつの時代でも変わらなかった。ブラックボックスの部分もあるかもしれないが、一旦販売したそれを再度回収する事はメーカーにとっては欠陥品を世に出したのと同義になる事もあり、今回の販売に関してもその懸念はあったが、剛毅はそれを知った上で販売も開始していた。

 

 

「技術向上はこの国に住む魔法師であれば誰もが恩恵を受ける事が出来るのであれば、それに越した事は無い。まぁ、すぐに出来るかどうかは別の話だからね」

 

剛毅の言葉には一理あった。どんな人間も等しく魔法が使える訳では無いのは当然ではあるが、それと同時にまた使いこなす為にはそれなりの知識も必要としていた。新しい技術は時としてそんな矛盾を作り出す事になる。最新がかならずしも最良であるとは限らない。

 

平行して利用するのを考えたのが蒼であったからこそそのアイディアは普通に出たが、本来であればそんな事を考える可能性が無かったからなのか、問い合わせの内容で容易に返答が出来なかったのは正にその部分だった。

 

 

「そう言えば、アヤさんは何をしてるんだ?」

 

「アヤなら今は例の飛翔魔法の習熟の為に指導してます」

 

何時もであればこの場に居るはずのアヤが居なかった事に疑問があったのか、剛毅は特段何時もと同じ様に蒼に確認していた。後見人とは言え、事実上の家族同然である事も影響したのか、それとも蒼が口に出した飛翔魔法の言葉が気になったからなのか、少しだけ確認したいと考えていた。

まだ九校戦が始まる以前に蒼が真紅郎に渡した術式は破格の存在でもあると同時に使い手を限定させる。事実、将輝はギリギリ及第点を蒼からもらえたが、当時の真紅郎は中々使いこなす事が困難でもあった。

 

 

「将輝からは何も聞いてないが、一高は使うつもりなのかい?」

 

「それはどうでしょう?実際にあの魔法は人を選ぶのと同時に、FLTから飛行魔法が発表された訳ですから、その術式を知っている人間がいればあの魔法は完全に落第点になるでしょうから、今の所は何とも言えないのが本当の事じゃないですか?ここに来る前に少しだけ訓練を見ましたが、多分実戦には間に合いそうにも無いですね」

 

希望を持って発言しても良かったが、いくら学生の戦いとは言え、実戦に出た際に慣れない魔法で出ればたちまち的にされる可能性が高い。ましてや実験的に使いこなす事が出来るかもと考えた程度でしかない以上、蒼としては期待する様な材料はどこにも無かった。

 

 

「でも、本人のやる気を否定するつもりは毛頭ありません。俺はそもそもこれに出るつもりすら無かったので」

 

「とは言っても、モノリスの本戦に出るんだろ?真紅郎がいたくホッとしていたよ」

 

当時の状況が蘇っていた。蒼が出るのはモノリスと聞いた際に将輝ではなく、真紅郎が顔を青くさせていた。一年であるならば出るのは新人戦だとばかり思われていたのが一番の原因ではあったが、実際に出場が本戦だと知った瞬間、そこには純粋に安心した表情を見せていたのが印象深く感じていた。

 

今年の一高にはファランクスで名高い十文字が出場している以上、あの鉄壁とも言える防御を崩すのは不可能だからと、三高だけではなく他の学校でさえも計算からは外している。それほどまでに今年の一高のモノリスに死角が無い様にも感じていた。

 

 

「本来ならば一年で本戦の出場、ましてやモノリスともなれば羨ましいと感じるんじゃないんです?」

 

「彼は何だかんだと将輝の事だけじゃなくて君の能力も認めているからね。本音を言えば戦いたく無いんだろう。正直な所、我が家では一度見てみたいとは思っていたんだがね」

 

現場とは違った空気が貴賓室からは漂っていた。見ている側からすれば身内どうしの戦いみたいな部分が強く、また剛毅も口には出さないが身びいきと言いたく成るほどに、将輝がモノリスで敗北するとは微塵も考えていなかった。

 

 

「すみません。俺もそろそろアヤの様子を見に行きたいと思いますので、一先ずはこれで」

 

「そうかい。こっちの事はそう考える必要はない。蒼のやりたいようにやれば良いのだから」

 

剛毅からの言葉を聞いた事により、これ以上の事は何も考える必要が無いからと、蒼はアヤの元へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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