厄災の魔法師   作:無為の極

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第18話

外の景色が完全に茜色に染まる頃、入院している病室に蒼とアヤが真由美と十文字に連れてこられたかの様に入っていた。

 

 

「目が覚めた?」

 

「ここは?」

 

事故の影響なのか、この場所がどこなのか理解するのに時間がかかっていた。既に競技は終了し、摩利は結果的には棄権となっていた。

 

 

「渡辺。お前は巻き込まれた結果、暫くの間は入院だ」

 

「って事は、ミラージの本戦は……」

 

既にバトルボードが棄権扱いになった物はどうしようも無いが、問題なのはその後の競技でもあるミラージ・バットの出場だった。元々この事態は想定外の為に予備の選手は居ない。そうなれば言わずもがな結果がどうなるのかは直ぐに理解出来ていた。

 

 

「渡辺。何一人で自分の世界を作ってるんだ」

 

摩利の沈黙を破ったのは蒼の一言だった。この時点で何故蒼とアヤがいるのか理解が追い付かない。改めて真由美を見れば何か真剣な顔をしている事だけは間違い無かった。

 

 

「お前に確認したい事がある。このまま黙ってベッドで寝るか、それとも少しだけ痛い思いをするが、直ぐこの怪我が無くなるのが良いのか、どちらかを選べ」

 

蒼の言葉で摩利も漸く意味が理解出来ていた。模擬戦で見せた治癒魔法を行使する事を示していると考えるのに時間はかからなかった。

 

 

「治るのであれば頼む。私がこんな事にならなければ、何も問題無いんだ」

 

「それは何に対しての考えなんだ?たかがこんな学生の大会如きで自分の人生が狂うとは思わないが?」

 

蒼の辛辣な言葉に隣にいた真由美は僅かながらに顔を顰めていた。たかがと言うにはあまりにも大規模でもある九校戦はその後の魔法師の人生には多少なりとも影響すると考えていたのか、それとも侮辱されたと考えたのか、本来であれば口に出して言いたい部分ではあるが、この場でその話をすればこの話そのものが無くなる。

 

既にここでの治療の魔法がかけられている以上、これより下になる状況はどこにも無い。しかし、蒼が何を考えているのかを確認しない事には先に進まないのも事実だった。

 

 

「それは…最初はそれもあったが、多分違う。今は今まで積み上げてきた物の集大成をこの目で見たいと願う。ただそれだけだ」

 

単純と言えばそれまでではあるが、そこに打算や個人の損得は何も無かった。ただ目の前のある事象を受け入れ後はその結果に従う。そんな考えしかなかった。

 

 

「そうか。なら良いだろう。今直ぐその服を脱げ」

 

「は?」

 

「ちょっと赤城君。何言ってるの!」

 

突然の言葉に摩利は暫く固まっていた。摩利だけではなく真由美にとってもあまりにも突拍子の無い言葉に思わず非難と取れる口調で蒼に言い放っていた。

何をどうしたらその言葉になるのか分からないが、今の言葉はどう考えてもこの場で服を脱げとしか言われていない。乙女の柔肌をそう簡単に見せる程摩利は擦れては居なかった。

 

 

「生娘じゃあるまいし、さっさとやれよ。時間が無いんだからな」

 

「あの、渡辺先輩。別に全裸になれって言ってる訳じゃないんです。下着もつけたままで良いので蒼に背中と腹部を見せてあげて下さい」

 

端的な言葉では理解出来ないと考えたのか、アヤが蒼の言葉をフォローする様に話す。言葉の意味は理解できたが、それでも入院着を脱ぐのは抵抗があった。

 

 

「言っておくが、俺はお前には関心は一切ない。自意識過剰は結構な事だが、脱がないならばこれで交渉は不成立だ。今回の話は今後一切聞かないからな」

 

躊躇する摩利を他所に、自分達から願っておいて戸惑うのであれば所詮はそれまでだと見切りをつけたのか、帰ろうとしている蒼を止める事は出来ない。

自分たちが願ったにも関わらず不義理をしたのであれば、今後は一切の行動に依頼出来る手段を失うのと同じだった。規律に厳格であればそれは間違いない。そんな考えがよぎりだした時だった。

 

 

「本当に下着は脱がなくても良いんだな?」

 

「同じ話は二度しない。既に信頼関係が損なわれてる以上、不必要だろ?」

 

「そうじゃない、突然の事だったから理解出来なかっただけだ。完全に治るなら任せるよ」

 

既にドアノブにまで手がかかっていたが、漸くその場に留める事に成功していた。これで漸くスタート地点に戻る事に成功していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれで大丈夫なの?」

 

「信用しないのか?態々剛毅さんに許可まで貰ったんだぞ」

 

一条剛毅の名前を出された事で真由美はそれ以上は何も言えなかった。当初は直ぐに治療するのかと思ったが、それでは今後の何かしらの不具合が生じる可能性があるからと、時間はかかるが半日で完治する予定になっていた。

 

そんな中で一番気になったのは少しだけ痛い思いをするとの蒼の言葉だった。事前に説明を受けはしたものの、それがどんな状態になるのか想像が出来ず、心の準備も無いままで摩利の背中に手を当てた瞬間、今までに経験した事が無い様な激痛が走っていた。

当初は想定外の出来事に驚いたものの、基本的には既にかけられた魔法を一旦除去しない事には性質が違う魔法を上書きした所で効果が発揮出来す、その結果として、当時の激痛を再度味わう事になっていた。

 

 

「一気に治っても自身の想子を相当使う以上、競技そのものは難しいだろうな。仮に予選は通過しても本戦では想子切れだろう」

 

「それに関しては私達が考える事だから気にしなくても良いわ。参考に聞くんだけど、本当に良かったの?」

 

「何がだ?」

 

真由美の問いかけの意味が蒼には理解出来なかった。今回治癒魔法を行使しようと考えたのは間違いなく摩利の一言だった。自分の利己的な言葉が出たのであればすぐさま拒否しようかとも考えたものの、口から出た言葉はただ今までの成果を純粋に出したいだけで、それ以外には何も望まない事だった。

嘘であればすぐに分かるが、その当時の摩利からはそんな気配は微塵も無かった。

 

 

「正直な所、赤城君には断られると思ってたから、少し驚いただけよ。でもありがとう。試合に出る出ないはともかく、今は完治するのが早まった事だけでも安心出来るから」

 

「そうか。だが、今回の件に関しては俺もキッチリと報酬は貰う。今回の件で少し考えたい事があるからな」

 

素直になった言葉に対しての返事で無い事は間違い無い。しかし、従来の魔法であれば確実に時間がかかるのであれば、今後のプランは大きく変わる可能性が高い。しかし、半日であればスケジュール的には間に合うが、蒼の言う想子が完調するかどうかは個人の裁量にかかわる為に、未だ安心出来た訳ではなかった。

そんな最中での報酬の言葉は真由美の警戒心を大きくするには十分すぎた。

 

 

「こんな所で何を言い出すの!そんなのすぐに出来る訳無いでしょ」

 

「こんな場面だからこそ出来るんだよ。それは完治してから話す。少なくとも悪い話にはならないはずだ」

 

十分すぎる思惑を思わせながらの言葉で納得する事は何一つ無い。少なくとも悪い話では無いと断言する以上、今はただ時間が経過するのを待つ以外に無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼の予想通り、摩利の怪我は半日で完治していた。当初は怪しむ部分もあった為に念の為と再度医務室で検査した際には担当した医師も驚きを隠せなかった。怪我はどんな角度から見ても完治しているとしか言う事が出来ず、本来であればこれほどの魔法は人類の医学そのものが大きく舵を切る可能性があったが、結果的には十師族としての立場を利用した十文字の采配によって、その事実は秘匿される事となっていた。

 

 

「で、今回の報酬とは何を指すんだ?私が出来る事なんてたかが知れてるぞ?」

 

「別に取って食う訳じゃないから安心しろ。今回の件に関してだが、七草もだが渡辺もミラージ・バットの出場を考えているだろ?」

 

蒼の一言に摩利だけではなく真由美も押し黙っていた。身体が完治しているのであれば、身体的には何も問題は起こらない。そうなれば計画を変更する必要もなくそのまま出場できると言う考えが存在していた。

 

 

「行使した俺が言うのも何なんだが、時間をかけた事で想子は思った以上に使われている。これは怪我の度合いが大きかった事もあるから仕方ないが、今の渡辺の身体には細胞を促進させた事による代償として、暫くの間細胞の分裂や活動が鈍くなっている。その為に大きな怪我だけではなく疲労の回復度合いも少し悪くなる」

 

蒼の言葉ま絶望とも言える内容だった。これが大会中でなければ多大なメリットがある事も考える事が出来るが、生憎と今の状態ではそんな事は考えるだけの余地はどこにも無い。

何も聞かないままに魔法を施す様に頼みはしたが、まさかこんな代償があったとは想定外だった。

 

 

「でだ、今回の報酬として、俺が普段使っている一部の魔法を試してもらう事にした。これをどう使うのかはお前の力量次第だがな」

 

「今から魔法だなんて、そんな簡単に言わないで。魔法師とは言え各自の特性を考慮しないと、いくら起動式があったとしても使えないのは常識よ」

 

「だから試すと言ったんだ。俺はデータが取得できる。お前達は戦力の為に新たな武器を使う事が出来る。お互いイーブンだろ?本来ならばこんな程度の代償では済まないんだがな。そうそう、因みにこの魔法はアヤも使えるがな」

 

そう言うと同時に蒼は懐から一枚の札を出すと同時に指に挟みながら虚空で印を描く。指で挟まった札が燃えた様に消え去ると同時に蒼の身体は空中へと浮かび、そのまま停止していた。

その結果を見て驚いたのはその場にいた蒼以外の全員だった。

 

 

「それって……飛行魔法なの?」

 

「FLTが発表した魔法ではない。厳密に言えばこれは重力制御型の亜種になる飛翔魔法の分類に入る。あれとは決定的に違うのは想子の消費は関係無い。ただ時間の制約があるだけだ。簡単に言うならば無重力状態の中で動く様な感覚だな」

 

真由美の驚きながらの言葉をそのまま流し、蒼はまるで空中を普通に歩くかの様に浮いたまま話す。その場に居た真由美と摩利だけではなく鈴音とあずさ、十文字までもが驚愕の表情を浮かべていた。

飛行魔法では無いにしろ、一定時間空中に滞在できるメリットは計り知れない。ミラージバットの競技の性格上、どんな結果がもたらされるのかは考えるまでも無かった。

 

 

「言っておくが、この魔法は真紅郎にも流してある。一高だけが使えるのは不公平だからな」

 

こんな場面で言う言葉では無かったが、蒼は一条の側に居る以上、それはある意味仕方ない事だとも考えていた。どれ程の時間が使えるのは分からないが、これも使いどころを間違えなければ今の摩利には十分すぎる程の武器だとも考えられた。

 

 

「一つ良いかしら?なんでこんな時にこんな事を話すの?それなら最初から言ってくれればアヤさんを推薦したのに」

 

「聞かれてないからな。因みに今回の事が無ければ公表するつもりすら無かった。飛翔魔法の使用で三高は一高に対して大きなアドバンテージを持つ事になっていただけだ」

 

「赤城。それは一高に対する背信行為じゃないのか?」

 

まるで当然だと言わんばかりの言葉に十文字が横から蒼に対しての非難とも取れる発言をしていた。確かに背信行為と考える事が出来るかもしれないが、それは現状がこうだからであって、事前分かっているのであれば背信行為にすらなりえない。

今回の事で偶然が重なった結果でしかなかった。

 

 

「馬鹿馬鹿しい。背信行為とは裏切る様な話だろ?何なら聞くが、お前が持つファランクスの魔法はモノリスでは圧倒的な優位を保つ。だったらなぜそれを公表しない?出来る訳ないと考えているならそれは単にお前の自己弁護にしか過ぎないんだが、それを理解しているのか?技術は秘匿ではなく使ってなんぼだ。それ位の事は考えれば分かるのが道理だろ?俺が気の毒だと思ったから公開しただけで、これも本来であれば秘匿すべき魔法の一つでもある。これが世界に対してどれほど大きなアドバンテージが取れるのか、それ位の事は察しろよ」

 

十師族に限った話ではなく、個人のパーソナリティとも言える魔法は秘匿するのが一般常識であるのは誰もが知っている。本来であれば蒼の言葉はその本質をつくのだが、目の前の魔法のインパクトがあまりにも強すぎた為にそんな単純な事すら忘れていた。

 

 

「時間はまだあるから、やるならそれに慣れるしかないかもな。それとも棄権するのか代役を立てるのかは知らないが、この札のままだとレギュレーションの問題が出るから、これは俺の方で何とかするさ」

 

インパクトが強すぎたのか未だ動こうとはしない人間をそのままに、蒼は最低限やる事だけをする為にこの場を離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って事で、悪いがこれを少し弄ってくれないか?」

 

「あのなあ、俺はこれから新人戦が始まるから忙しくなるんだが、それは分かっているよな?」

 

普段は感情が薄い達也ではあったが、これから忙しくなる中での蒼の言葉に流石に苛立ちを覚えていた。時間が有限である以上、やれる事は限られてくる中での蒼の注文には限界点を迎えそうになっていた。

 

 

「それは承知している。これは以前同様俺が組んだんだが、どうにも動きに少しノイズが走る。だから少しばかり細部をデザインしてくれればありがたいんだが」

 

そう言いながらも達也は蒼の出す起動式には関心があるのは間違い無かった。前回の様な特殊な魔法でなければ生データをみれば想像が出来る。それが何であるのかを直ぐにでも見たい感情だけは少なからずとも存在していた。

 

しかし、それが再び達也を混乱させる元になるとは想像もしていなかった。

 

 

 


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