厄災の魔法師   作:無為の極

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第17話

選手決定からはまるで時間があっと言う間に過ぎ去っていったかの様に、いよいよ本番の数日前まで迫っていた。蒼は結果的には新人戦には出ず、結果的には本戦での出場が確定していた。

 

一番の要因はやはり服部とのモノリスのルールによる模擬戦。当時の状況をリアルタイムで見ていた十文字は当初は新人戦のアイスピラーズブレイクにと考えていたものの、真由美が何かと懸念する事が多かった事も影響しただけではなく、校内での模擬戦でも同じ状況で同様の結果を出した事から推薦される形になっていた。

 

当初は何か波乱が起こるかもと生徒会のメンバーは予測したが、部活連の会頭でもある十文字を正面に正論で論破できる強者は誰も居なかった。

 

 

「よくもまあ選んだものだな」

 

「例の映像が全てだ。俺がどうだとか言った訳では無い。すべてはお前自身が出した結果だ」

 

「まあ、本戦だろうがなんだろうが、俺は俺のやり方でしかやらないし、やるつもりは無い。それだけは言っておく」

 

蒼の心情は複雑な物でもあった。当時のやり過ぎた結果ではなく、一方に加担しすぎた判定を平然とやる人間を信用する事は出来ない。個人的な感情があったとしてもルールを簡単に捻じ曲げる人間を信用するほど簡単では無かった。

校内では人格者として存在していても、蒼の目からすれば他の有象無象と対して違わない程度にしか考えていなかった。

 

 

「我々としては責務を果たせばそれで構わない。お前のフォローは俺がする以上、後ろの事は考えるな」

 

「はん!信用して背後から攻撃されるんじゃたまらないからな。俺の事よりも他の人間の心配でもしたらどうなんだ?」

 

そう言いながらも他の選手を横目で見ていた。決定してからの訓練と言う名の練習では蒼は一度も魔法が当たる事はなかった。すべてが直前にかき消され、まるで何も無かったかの様にその存在すら確認が出来ない事だけではなく、事前に察知された魔法は全てが踏み台となりカウンターの餌食となっていた。

その影響もあったのか、数回やった対抗戦も模擬戦では選ばれた一科生が蒼に対して攻撃を仕掛けても一度も掠る事すら無かった。

 

 

「その心配には及ばん。まだ時間がある以上これからは厳しく訓練するだけだ」

 

十文字の言葉に選手のほとんどは顔色が悪くなっていた。今でも十分すぎるほど厳しい所に輪を掛けるのであれば、明日以降の結果は容易に想像が出来る。今はただそれ以上の事は何も考えない様にする事しか出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事があったのか。大変だったな」

 

「俺はその場には居なかったからな。友人から聞いただけだ」

 

九校戦の会場に向かう際に一高の選手が乗ったバスが事故に巻き込まれたのか到着は予定以上に遅くなっていた。本来であれば蒼も同乗するはずだったが、急遽やるべき事が出来たからと別便で現地へと向かっていた。

 

予定よりも大幅に遅れた事を聞いた蒼は達也から話を聞いていたが、今は既にレセプションが始まったからなのか、蒼は一高の選手でありながら三高の将輝と話をしていた。

 

 

「そう言えば、良かったのか?例のシリーズは予想以上に問い合わせが多いんだろ?まさか俺が剛毅さんにこんな状態の間際に呼ばれるとは思ってなかったぞ」

 

一条家の当主剛毅は蒼が話をした様に、珍しく九校戦を見に来たのか家族総出で来ていた。十師族の当主となればVIPの待遇となるも、周囲に護衛が居る様子は無い。

ただでさえ慌ただしく各学校がチェックインしている最中だった事もあってか、目は奪われる事はあっても目の前のやるべき事を優先したからなのか、それ以上の事は誰も気にする事は無かった。

もちろん、その横にはアヤも同じく居たものの剛毅の影響が強すぎたのか、話に出る事は殆ど無かった。

 

 

「あれは急な話だったからな。俺なんてお前が居ても居なくても変わらないって言われてそのまま出されたんだぞ」

 

「あれは仕方ないだろう。お前が居ても何も出来ないのは間違い無いからな」

 

プレスリリースをしてからの反響が大きかったのは、いかなる形状のCADにも応用が利き、かつ現状の感応石よりも高性能な事が一番の要因だった。半ば技術的な発表だった為に、一般の魔法師は知らない人間が多かったが、CADを作成するメーカーや魔工師業界からは色んな問い合わせが殺到していた。

勿論当初は聞かれるであろう可能性の事が事前に予測した事もあって問題は無かったが、想定外の問い合わせに関しては中々答える事が出来ず、結果的には内容を確認した結果一旦蒼に確認してからの回答が続いた為に、蒼は移動のバスには乗らない事にしていた。

 

 

「蒼、ここだったのか。そろそろいい加減一高の所に戻ったらどうだ?俺達はどうでも良いが、他の選手達の視線は厳しい物になってるぞ」

 

蒼と将輝の間に入ったのは達也だった。三高の選手を見た早々、蒼は将輝と談笑をしている。本人達は内輪の話をしているだけだが、他から見れば興味を引くのは間違い無かった。これ以上は大会が始まるのであれば何かしら通じているかと思われるのを懸念した真由美が達也を使って呼び戻そうとしていた。

 

 

「ったく。七草はなんであんなに不必要に警戒するんだか。もっとドンと構えれば良いと思うがな」

 

「世間はそう考えないのだろう。全員が全員お前と同じだとは考えない方が良いぞ」

 

呼びに来たはずの達也が蒼と話を続けている事に業を煮やしたのか、それとも単純に構われていないからと感じたのか、今度は深雪までもが達也の元に来ていた。

 

 

「お兄様。そろそろ戻らないと会長が心配します。貴方が赤城君のご友人でもある一条将輝さんですね。初めまして司波深雪と申します。こちらが私の兄の司波達也です」

 

上品な挨拶に将輝は暫し呆然としていた。ここまで目を奪われたのは蒼がアヤを初めて連れてきた時以来でもあった。一高の一年でも一、二を争う美貌に将輝は少しだけ我を忘れたのか、隣にいた蒼の存在を忘れていた。

 

 

「うわ将輝最悪だな。女なら誰でも良いのか?アヤに言っておくから安心しろ」

 

「ちょっと待て、その言い方は無いだろう。アヤさんには言わないでくれ。ただでさえそんな事で妹達からも弄られるんだから、頼むぞ」

 

本気ではなくからかいが見えたからなのか、将輝は言葉ほど慌てる事は無かった。本来であればお互いが牽制しあう雰囲気のはずが、この一面だけはまるで日常生活の様な空気を出していた。

 

 

「そろそろ行かないと七草が文句を言うから、俺達はこれで戻る。あとは競技場だな」

 

「お互い健闘出来ると良いな」

 

そう言いながら蒼達は一高の場所へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤城君、ここがどんな場なのか知っててやってるわよね?」

 

「身内に会うのにどうして許可が必要になるんだ?お前の家では常時他人行儀な生活を送っているのか?」

 

尊大とも取れるやり取りは知らない人間からすれば脅威とも取れていた。真由美が怒るのは無理も無かった。事前に予想された様に蒼と将輝の会話の姿を見ていたのは一高の人間だけでは無い。三高でも一高と同じ様な反応をしていた。

 

大会が終了した後ならばまだしも、おいそれと開始前にああまで談笑する様な事は今までに一度も無かった。三高では真紅郎がフォローしていたからなのかそうまで大げさでは無かったが、一高ではそんな事実を知らない人間が殆どだった事から、少しだけ動揺が出ていた。

 

 

「そんな訳無いでしょ。それに、なんでその制服なのかな?事前に用意した物はどうしたの?」

 

真由美が怒っていたのは蒼の着ていた制服にも問題があった。一高は一科と二科に分かれているだけでは無く、そこには大きな確執がある事も他校の人間は知っている。そんな事もあってか達也は胸と両肩には刺繍が入っているが、蒼の制服にはそれが無かった。

 

 

「ああ、忘れてた。別に制服位で青筋立てる必要がどこにある?二科の人間が劣っているかどうかなんてこの場では誰も分からんだろうが?逆に新手の心理戦だと考える輩が出るかもしれんぞ?」

 

悪びれるでもなく、冷静に分析した結果でもあったが、目の前の真由美にはそう感じる事は出来なかった。他校の事は分からないと言う考えはある意味当然ではあったが、大学の課程まで終わっている蒼が真由美の言いたい事を全く理解していない訳は無い。

どうせ試合が始まればそんな事を考える必要は無いとばかりに、真由美の言葉を聞き流していた。

 

 

「それ以上言うと眉間に皺が出来るぞ。大将ならドンと構えてる位が丁度良いんだ。命の取り合いをする訳じゃないんだからな」

 

「命の取り合いは無くても、学校の名誉には関わるわよ」

 

真由美の言葉は恐らくこの場に居る魔法科高校の全員の気持ちでもあった。元々国策とも取れる学校の設立の際に魔法科大学へのノルマが課せられている。それだけではない。その結果如何によっては各学校への予算にまで影響が出る可能性が高く、またこの戦いは全国にも放送される事から卒業後の進路にまで大きな影響をもたらしていた。

 

勿論、蒼とてそんな事は知っているが、所詮は飼いならされた檻の中での小競り合い程度にしか考えておらず、事実今回の将輝とのやりとりを直接目にした一部の人間は蒼の視界にすら入ろうともしなかった。

 

 

「実にくだらない話だな。自分に自信が無い人間は周囲の力を借りてその威を表そうとする。自分に自信が無いならばこの場から去ればいいだけの話だろうが」

 

ああ言えばこう言うの言葉ではあったものの、それはある意味世間に出れば当然の考えでもあった。自分の力が信用できなくなった時、魔法師としての生命は終わるが、人間が終わる訳では無い。仮に魔法が全てであれば、そのファクターが消滅した際にはただ無価値であると同義になる事になぜ気が付かないのか、蒼は不思議でたまらなかった。

 

 

「とりあえず話はここまでだ。そろそろお偉いさんの話が始まるからな」

 

その一言によって真由美はそれ以上の会話を封じられると同時に蒼はこの場から少しだけ移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女子の方が成績は優秀なんだな」

 

「そうですね。今大会はまだ始まったばかりですけど、やっぱり七草先輩と渡辺先輩の影響は大きいんじゃないんです?」

 

選手と言っても、常時何かをしなければならない訳では無い。事実、本戦にエントリーしていない選手も本戦を見る事が多かったのか、蒼とアヤ以外にも何人もの生徒が競技を見ていた。

 

 

「今大会は初の三連覇がかかった大事な大会だから、他の学校もマークしての結果には実力差もあると思う」

 

「そんな中だと私達もプレッシャーがかかりそうなんですけどね」

 

同じ学校の生徒同士の方が気兼ねする事が無いと考えたのか、深雪のクラスメイトでもある北山雫と光井ほのかもこの場に居るのを見つけたからなのか、蒼とアヤ以外には何時ものメンバーが固まって座っていた。

 

 

「実際に渡辺先輩の実力ならA級魔法師としての資質もあるのかもしれないな。ああまでマルチキャストを使いこなしながらの操縦は中々出来ない物だ」

 

達也が指摘した様に、摩利のボードの操縦テクニックは自身の技量だけではなく、その魔法の使い方にも表れていた。常時複数の魔法をこまめに使いこなすと同時に、その状況を読み切って用途を変えている。

 

事実相手の選手は妨害をしようにも巧みな技で躱しながら自身の速度を速める事で徐々に後続を引き剥がしていた。そんな使い方は素直に賞賛に値する物だと蒼は考えていた。このまま終われば結果は見るまでも無い。

まさに圧巻とも取れる試合運びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『好事魔多し』まさにその言葉が体現したかの様な出来事が目の前を襲っていた。突如としてコントロールを失ったのか、七高の人間のボードが飛ぶと同時にそれを見た摩利がキャッチする態勢を示した瞬間だった。

 

今まで手足の様に使えたはずのボートが僅かながらにコントロールを失う。通常であれば何ら問題無いとまで思われた物が自身の制御を失うのは不安定な足場で行動を起こすに等しかった。

既に足元の踏ん張りがきかず、自身の態勢が崩れた事も影響したのか、摩利は七高の生徒ともつれ合う様に水流から飛ばされ意識不明となっていた。

 

 

「あれは……アヤ、後の事は頼んだ」

 

「はい。すぐに連絡しておきます」

 

蒼は遠目とは言え、今の現状を理解していた。衝突した際に間違い無く何らかのダメージを受けているのは間違いないが、問題なのはその度合いだった。意識が無いのであれば本人に確認のしようが無いだけでなく、その状況すら確認が怪しくなる。気が付けば達也も何かしら思う部分があったのか蒼と同様に現地へと急いでいた。

 

 

「相手の方は問題ないが、問題なのはこっちだな。思った以上に状況が悪い」

 

蒼の呟く様な声を拾ったのか、それとも達也も同様の判断を下したのか既に誰かに連絡を入れていたのか、すぐさま緊急治療室へと運ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤城君、お願いがあるの」

 

摩利の容体はすぐさま一高の内部にも連絡が入っていたからなのか、真由美は蒼の姿を懸命に捜していた。青ざめた顔をした真由美のこの後の言葉には予想通りとも言えたのか蒼も直ぐに見当が付いていた。

 

 

「渡辺の身体を治せって言いたいのか?」

 

「お願い。以前に見せたあの魔法ならすぐに治せるんじゃないの?」

 

あの模擬戦の際に見せた治癒魔法はまさに自分達が知っている魔法とは格段に違っていた事を記憶していたのか、真由美は何も考えずに蒼に問いただしてた。しかし、場所が拙い。

この場には一高の関係者しか居ないのは間違い無いが、魔法の話はマナー違反。ましてやそれがどれほどの効果を持ち合わせているのか、冷静になって考えれば大失態とも取れる話ではあったが、今の真由美にはその冷静さは無かった。

 

 

「七草。それはどう言う意味だ?」

 

「以前に見たのよ。彼が直ぐに傷を治したの。だからお願い。摩利を摩利を…」

 

十文字の問いかけに端的に話すも、半ば泣き崩れる様な場面は何も知らない人間からすれば邪推の一つもしたくなるが、言葉の端々から聞こえる治癒の魔法の能力が尋常じゃない事はある意味驚愕とも取れていた。

 

 

「赤城。七草の言う魔法とはどんな内容の物なんだ?」

 

「十文字。お前は自身が放った言葉の意味を考えた上で聞いているのか?」

 

蒼の言葉は尤もでもあった。本来魔法師が使う魔法は全てが公開されいている訳では無い。元来個人が有する秘匿魔法に関しては余程本人が公言しないかぎり、いかなる理由があってもそれを無理矢理知ろうとするのはある意味危険な行為だった。仮に権力者であったとしても魔法師としての信用が失われる事になる。当たり前の事ではあるもそれを考えた上での言葉だった。

 

 

「理解した上で聞いている」

 

「なら話は簡単だ。七草が言った通りの事実しか無い。がしかし、その魔法はおいそれと使う事は出来ない」

 

「なぜだ?こんな場面で使わないのであれば宝の持ち腐れだろう。なぜ協力しない?」

 

内容の確認をしないにも関わらず既に使う前提で話が進むのは蒼としても面白くは無かった。

この場では口に出さないが、世間で言う治癒魔法の様に個別情報体が戻ろうとする行為を上手く誤魔化す為に何度も同じ魔法を掛け直す必要があるが、蒼の魔法は厳密に言えば人体の持つ治癒能力を極限にまで促進する事で完全に個別情報体には影響が出ない代物でもあった。

しかしその状況を既に知られている以上、無理に誤魔化した所で仕方ないと判断していた。

 

 

「あれは俺の一存では行使出来ない。それだけの事だ」

 

その一言が何を指しているのかを十文字は直ぐに悟っていた。一条の縁者であれば恐らくは使用の許可が必要となる、そう考えるのが妥当な判断だった。

 

 

「どうすれば良いんだ?」

 

この時点で摩利は既に治療が終えているのは予想が付いていたが、今後の事を考えれば、競技に復帰するのは絶望的となる。まさか自分達の事だけしか考えていないのではないのだろうか。十文字の質問に対して蒼は真由美に確認したい事が有ったのか、意思確認の為に口を開いていた。

 

 

「七草。確認するが、それを行使した際における代償を差し出す事が出来るのか?」

 

蒼の言葉の意味を理解したのか、真由美は改めてその回答を口にしていた。

 

 

 

 


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