厄災の魔法師   作:無為の極

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第16話

「そんな簡単に言ってたけど、本当に大丈夫なのか?」

 

蒼とのやりとりを見ていた真紅郎以外の人間は若干ながら疑惑の視線を送っていた。幾ら友人とは言え、戦略上出場種目が分かるのであれば、その対策を練るのは戦力上あり得る話だった。

ましてや相手は最大のライバルでもある一高の人間であれば、他の人間も幾ら一条の家の人間だからと言って疑問が出るのは仕方ない事でもあった。

 

 

「戦略上は拙いけど、まともに戦うと将輝との戦績は殆ど五分に近いからね。参謀として言わせてもらえれば、将輝の種目と被って星を落とすのは避けたいんだよ。それが向こうから回避してくれるなら、こちらとしては願ったりだよ」

 

真紅郎の言葉にその場に居た三高のスタッフは何も言えなかった。仮にその話が本当だとすれば、1年である以上これからも対戦する可能性が高い。まさか一条の人間と対等の力を持つのであれば、それがどれほど脅威なのかは誰もが知っていた為に、そこから先の懸念は何も出てこなかった。

 

 

「それに関しては今さらどうにも出来ないし、あとは一高の首脳がどう考えるかであって、基本的なスタンスは今までと何も変わらない。相手がどうだろうと、今年の一高の3連覇は俺達が阻止するんだ」

 

将輝の言葉に先ほどまでの疑念が完全にではないにしろ払拭されたのは間違い無かった。あとはいかに本番までに自分達が出来る事をやりきるのか、今の三高のスタッフはそれ以外の事を考えるのを止め、迫りくる日程に向けての入念な調整をする事を優先していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば蒼は結局どうなるんですか?」

 

「さあな。ただ俺だって二科生だけあって苦手な種目はあるさ。一番厄介のはバトルボードだろうな。後は……まあ、適当に何とかなるんじゃないのか?」

 

生徒会室で真由美ら幹部が悶々としながらも選手の構成を考えている頃、蒼は工房で自身の作業に勤しんでいた。既にここに来る人間は事前に予約を入れない限り、人が来にくくなっている事もあり、今は蒼とアヤ以外には誰も居なかった。

 

 

「その基準だとアイス・ピラーズもじゃないの?」

 

「あれは…誤魔化しようが幾らでもあるから問題は無い。同時に複数の魔法を使うのであればCADの操作は必須だからやりにくいが、棒倒しは1個の魔法だけで十分だろ?極大魔法なんて使う暇すら無いぞ」

 

蒼が二科生になっている最大の理由でもある魔法の発動速度が現在の状況に留まらせている一因だった。呪文詠唱の魔法であれば何も問題無いが、現代魔法の様な発射速度が重視された物ではどう頑張っても勝ち目はない。

ただえさえ、演算領域が自身に殆ど無い事も考えれば、それは致命的な欠点と言わざるを得なかった。これが額面通りの魔法師であれば重大な欠点ではあるが、蒼の場合は自身の固有魔法とも言える魔法障壁がその欠点を完全にカバーしていた。

 

よほどの極大魔法か、一瞬の内に自身の何重にも重なった障壁を破壊しないかぎり、自分の身体に魔法が直接行使される事が無い為に、蒼は基本的にその部分に関しては深く考える事は何一つ無かった。

 

 

「何にせよ、俺がいくら悩んでも出た結果が全てなんだから、あとはそれをやるだけだ。ここでの名誉なんて糞みたいな物だ。自分と向き合ってどう成長するのかであればまだしも、九校戦での名誉はここを卒業した際に選択肢を増やすだけの手段と考えれば、また感じ方も違うんじゃないのか?教師連中だって上位に入れば学校の予算も増える。結局の所は自分にどこまで利己的になれるのか、エゴとエゴのぶつかり合いにしかすぎん。それよりも後半は大規模に動くから、むしろそっちの準備の方が大変なんだ」

 

蒼の一言で夏休み後半の予定を思い出していた。確かにあれは厳しい内容ではあるも、アヤとしては少しだけ楽しみな部分もあった。自分の為だと言わんばかりに予定を組むも、結局は何だかんだとアヤの要望も含まれている。

そう考えれば悪くないと考えながらにこの時間を過ごしていた。

 

 

「そう言えば、例のデザインできたのか?」

 

「ええ、出来ましたので例の工房にデザインは送りましたよ。出来上がりが楽しみです」

 

アヤに依頼したのは一条の妹達に贈るプレゼント用のデザイン画の事だった。今回のポイントは海洋探索で精製した感応石を利用したコンパクトなCAD。見た目は完全にそうだとは悟られる事が無い程の大きさの為に、CADの中でも従来の様な物ではなく、むしろアクセサリーに近いレベルの物が作成できるのが最大の利点だった。

 

通常の感応石よりも高スペックであれば、通常のCADレベルまで落とすならば僅かな量で済む。そうなれば今まで無骨な物では無いにしろ、従来のブレスレットや端末型の様な物ではなく、一般人が見てもそれがCADだと悟る事すら出来ない様な物までもが出来る結果となっていた。

 

 

「小さいから精々1個か2個位しかインストール出来ないが、それも自分の身を護る程度であればそれで十分だろ。これが上手く行けば市販化の計画も立つだろうからな。FLTのシルバーシリーズとまでは行かなくても、それなりに需要も見込めるだろう」

 

今の国内では海外勢のメーカー意外ではFLT社が国内最大手となっている。その中でもシルバーシリーズは軍や警察を中心に顧客を抱えていた。そんな中で剛毅にお願いしたのが、現在の一条の表向きの企業でもある会社の定款の変更。

 

定款の一部にCADの製造販売を付ける事で今までに開発したCADの販売を考えていた。当初は小さな規模で販売していたが、一条のネームバユーが功を奏したのか、一部の専門家から絶賛されると、すかさず『スカーレット』モデルの名前でこれまでにいくつか販売をしていた。そんな中で今回の海洋調査で発掘した物質を使う事が出来るのであれば、ソフト面ではシルバーシリーズには勝てないまでもハード面で一気に優勢に立ちたい考えがあった。

 

 

「でも例の物質は簡単には発掘出来ないんじゃ?」

 

「あの後成分分析をしたら、そう深い場所には存在しないみたいなんだ。何が原因なのかは分からないが、割と浅い部分で発掘が可能だろうな。もちろん他の探索会社を雇って発掘をしよう物なら、あれは確実に赤字になるだろうな」

 

一条の発掘の方法は極めて原始的ではあるが、それと同時にらしいやりかたで発掘していた。深海とまでは行かないレベルであっても、その水圧は尋常なレベルではない。深度が深くなれば深海探査機に乗る人間の負担はは計り知れなかった。

 

発掘のコスト高いのであればそればそれは即ち価格にまで最終的に反映される事になる。しかし、蒼が今回開発した魔法はそんな概念を打ち破るべく、小型のゴーレムの様な物が発掘をしている事もあり、人間が深海にまで潜る必要はどこにも無く、基本は操作の為にそれなりの時間を魔法師が操縦する事で大幅なコストダウンが図られていた。

 

 

「でも、その内に他社も気が付くんじゃないんですか?」

 

「気が付いても、手が出せないのが本当の所だろうな。あれを発掘の都度に動かすと相当なコストがかかる。その点は剛毅さんの会社はそれが本業だからな。言わばついでの作業に発掘コストは関係無いだろう」

 

一番最初に懸念材料として上がった環境破壊に関してもそれらの理由から、事実上大量に採取する事は不可能となり、自然の大破壊をしてまで大量に取れるとは限らない物質の為に世界中を相手に喧嘩したい企業が無い事も同じ様に考えた結果、今回の物質に関しては事実上の独占となっていた。

その結果、感応石の相場が大きく変動した事により、一時期CADの価格が大きく乱高下したのはまた別の話でもあった。

 

 

「誰か来るな。この話はこれで終了だ。とにかく今は出来上がりを待つしかないからな」

 

「そうですね。来週には出来るらしいですから、九校戦の時には将輝君に渡せそうです」

 

そう言っている間に蒼の予想通り、やって来たのは生徒会の中でも小動物と名高い中条あずさだった。当初、呼びに行く際に誰も手が離せない事もあり、現状では一番暇をしていると思われた深雪に白羽の矢が立ったが、急遽他に仕事を任せられた事により、あずさが呼びに行く事が決定していた。

 

 

「あの、赤城君……えっと、この方は?」

 

「生徒会書記の中条あずささんですね。私は四条アヤと申します。同じ生徒会役員の司波深雪さんとはクラスメートです」

 

アヤの存在に少しだけ安堵したのか、あずさの目からは少しだけ怯えが消えていた。当時の模擬戦のイメージが強すぎたのか、当初真由美からお願いされた際にはキッパリと断っていたが、他に誰も手が開いていないのと同時に、実技以外には工房に籠っていると聞かされた事で、少しだけ親近感が湧いた様にも感じていたのが要因だった。

 

 

「あの、会長がまた来てほしいと言ってるんですが、時間はありますか?」

 

「今はちょっと拙いな。1時間、いやせめて30分後であればと伝えておいてくれないか」

 

反発されるかと思ったものの、案外と素直に応諾した蒼に拍子抜けしたのか、ここで漸くあずさはいつもの様になっていた。実際にあずさも工房を使う事はあったが、常時使用中になっている部屋があり、またそこには厳重なセキュリティがかかっていた事から

こんな所で何をしているのかと言った知的好奇心があった。まさか、その主が蒼であっと考えるまでにはそれなりの時間を有していた。

 

 

「わかりました。あの…赤城君はここで何をしてるんですか?ここは常時厳しいセキュリティーが設定されてますけど。まるで企業の開発センターみたいですが?」

 

「ここで一条の会社の手伝いをしてるだけで、特に気になる物は無い。学校からも許可が出てる以上、問題無いはずだが?」

 

一条の名前が出た瞬間、先ほどまでの真由美の状況を思い出したのか、それ以上あずさがツッコむ様な事は無かった。会社と言った時点で企業の機密がある。ましてや目の前の人物が公言した際には如何なる理由がろうと処分すると当たり前の様に言ったので

あれば、それが九校戦以上の機密となれば同じだと判断し、それ以上の事は何も言わなかった。

 

 

「それなら私も知ってます。それと話は変わるんですが、それってスカーレットシリーズですよね?」

 

蒼の作業用のテーブルに置かれた物に視線が映ったのか、真っ赤なCADを見たあずさは先ほどとは違い目の色が少しだけ変わっていた。

 

 

「ああ、これな。これは今度出る新作モデルのサンプルだ。今回の物は自由なデザイン性を掲げたモデルだから、一般には出回らない物だ。これ以上の事は機密事項になるから、口外すればどうなるのかは……分かるよな?」

 

その一言にあずさの理性が働いたのか、それとも蒼の気迫に押されたのかそれ以上は口を開かずコクコクと顔を縦に振り、それ以上は何も言わなかった。

 

「蒼、脅かさなくてもいいんじゃないですか。どのみち今日の夕方プレスリリースなんですから。中条先輩も気を使う必要はありませんし、特に問題ありませんよ」

 

アヤの一言がキッカケであずさの緊張感が急激に緩んでいくと同時に、技術スタッフとのやりとりが思い出されていた。あの時に提示されたデータを解析までは行かないにしろ、分かったのはあずさ以外には五十里しかいない。

その中で全部のデータを確実判断できたのは同じ二科の達也だけだった。この光景を見たあずさはこれが本当に同じ学生なのかと驚きはしたが、それは決してブラフでは無かった事に漸く気が付いていた。

 

 

 

 

 


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