厄災の魔法師   作:無為の極

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第13話

 

「七草。あの赤城と言う生徒はどんな能力があるんだ?俺は何も聞かされないままにここに居るが、お前なら良く知ってるはずだが?」

 

「まあ、その辺りは見て判断してほしいのよ。模擬戦に関しては、はんぞー君が言うのも無理はないんだけど、実際には彼の言い分が真っ当だったのは間違いないのよね」

 

「しかし、服部が負けるとは思えないのだが」

 

校内にある敷地全部を使うとなれば何かと問題が発生る関係で、全体の大きさを制限した状況下での開始となっていた。モノリスのルールであれば万が一オーバーアタックになれば即失格になるのは勿論の事だが、万が一の事も考えれば蒼の魔法に対抗させる為に今回の件に関して十文字に打診をかけていた。

 

一方では何も聞かされてはいないがテロリスト(ブランシュ)の居ると思われる場所での事はまだ記憶には新しかった。実際に何を見た訳では無いが、あの場には不可解な魔法の痕跡がある以上、何らかの能力が無ければその場にいる事すら難しい。

当時は車にすら乗っていなかったにもかからず現地に居た事も疑問に拍車をかけている。どうやって移動したのかすら未だに分かっていなかった。

 

 

「あいつは何やってるんだ?」

 

開始の合図と共にお互いが動き出していた。服部はいち早く場所を確認する為に蒼の下へと一気に距離を詰める。それに対して蒼はその場から動く事もせず、ただ天を仰ぐように見ているだけだった。

服部の行動原理は分からないでもないが、蒼の方は何を考えているのかすら理解出来ない。だからこそ摩利の一言はその場にいる全員の気持ちを代弁していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この位置ならあいつも気が付かないだろう)

 

服部は気配を隠しながらも蒼が見える所にまで接近していた。ここから見える場所は相手側からは察知しにくい場所である為に、魔法を上手く使えばこのまま戦いは一気に終了する事になるだろうと考えていた。

 

このまま魔法を発動させようとCADに手が触れたその時だった。まるで最初からそこに居たのを知っていたかの様に蒼の視線は服部を捉えている。このまま魔法を出すのは危険だと判断したからなのか、服部は改めてその場から移動し、蒼の隙を探っていた。

 

 

「ほう、多少は考えているのか。完全に馬鹿でも無いみたいだな」

 

一方の蒼は最初から服部に気が付いていたにも関わらず、敢えて気が付いていないフリをしていた。何も考えていないのであれば、あのまま魔法を発動する可能性が高くその結果として蒼はカウンターを当てるつもりだった。

しかし、何かしら感じたのか、服部はその場から逃げる様に移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり魔法を使うのかと思ったが、お互い慎重な行動なんだな」

 

「モノリスのルールであればそれは間違い無いでしょう。彼が何を考えているのかは分かりませんが、何かしらの対策をたてているからこそ膠着している訳ですから」

 

当事者の探り合いは第三者の目から見れば恐らくは退屈な物に見えるのかもしれなかった。チーム戦であれば動きの中にも戦略があり、万が一の際にはお互いのフォローも出来るが、個人での戦いともなればそう言った恩恵は一切発生しない。

ここにいるメンバーは当然そんな事を理解しているが、鈴音が言う様にそれでもやはり何か動きが無ければ退屈な物に変わりは無かった。

 

 

「渡辺。あれは推測だがお互いの間合いを計っているのかもしれん。個人の戦いであれば、それがいかに重要か位は知っているだろう」

 

「それは分かっているが、模擬戦の事を考えれば結果は直ぐに出るかと思ったんだ。そう言えば、赤城君の実技の数字はどうだったんだ?真由美なら知ってるだろ?」

 

「そりゃあ調べれば分かるけど、毎回そんな簡単に調べる事は出来ないわよ。取敢えず今は見ているのが先決でしょ?」

 

動きが無いからなのか、摩利は真由美に確認するも、まだ試験の結果は出たばかりな事もあり、真由美と言えどおいそれと調べる事は難しかった。いくら十師族だと言っても学校では一生徒にしかすぎず、今はまだ生徒の成績の集計や今後の為の対策で教員がアクセスしている中では容易に手出しは出来なかった。

 

 

「ほら。動きだしましたよ」

 

鈴音の言葉に3人は再び現地を見る事になった。鈴音が言う様に最初に動いたのは意外にも服部の方だった。動きを攪乱しながらに隙を伺っていたのか、服部から出された魔法は蒼の死角から放たれたエアブリット。

一瞬とも言える隙を狙った魔法に対して蒼はまるで気が付いていない様にも見えていた。このまま直撃した時点で試合終了となる。服部の実力を知っていた十文字はそんな事を考えながらにこの後の状況を予測していた。

 

 

「今、魔法が消えなかった?」

 

「真由美もそう見えたのか?あれは障壁なのか?」

 

2人が驚くのは無理も無かった。死角を完全について放った魔法は蒼の手前でかき消されたかのようにその存在が消滅し、エアブリットは単なるそよ風の様に吹いただけだった。何が起きたのかを確認するまでも無く、そよ風が当たった程度ではダメージになるとは思えない。それ程までに異様な光景だった。

 

 

「俺が知っている限りではあれは障壁では無いだろう。ただ知らない魔法があってもおかしくは無い」

 

十文字の言葉でそれ以上のツッコミは無かったが、やはり今の現象はある意味特異な物に変わりなかった。幾ら知らない魔法があると言われても、今までにそんな魔法を見た事が無ければ対策をたてる事は不可能にも近い。

第三者の目でこれほどであれば、恐らくはしかけた服部の方が精神的ダメージが大きいだろうと予想出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだ今のは?確かに当たるはずだった。距離感も間違っていないはずだが)

 

死角から放たれた魔法が直撃してそのまま終了だと思われた直後、まるで最初からそんな物が無かったかの様に弾丸と化した空気は一陣の風となって霧散していた。何が起こったのかは分からないが、恐らくは障壁の類だと

考え、その場から離脱すると同時に一気に距離を取り、改めて攻撃のチャンスを探っていた。

 

 

 

 

(狙いは良かったが、なぜ気が付いてないと考える事ができるのか理解出来ないな。このまま長引くのも面倒だし、一気に決着をつけるか)

 

服部の魔法がかき消されたのは蒼の周囲には事象改変された物体を瞬時に察知すると同時にそれを排除する為の魔法が施されていた。魔法は情報体からの事象改変で発動されるのであれば、その情報体そのものを破壊すれば事は足りる。

 

本来であれば対象物を定めて発動するのだが、蒼はそれをほぼ無意識のレベルでこなしていた。攻撃の方向が分かれば幾らその場から離脱した所で限定された範囲であれば容易に推測が出来る。考えられる方向へと

速度を速めると同時に、達也が調整したCADからインストールされた魔法を繰り出した。

放った魔法はエアブリットではあるが、放出されたのは全部で8体の空気のミサイル。ホーミングの機能は服部を捉えると同時に一気に襲いかかっていた。

 

 

(へぇ。口だけじゃないみたいだな。何とか全部避けたみたいだが、次は避ける事ができるか?)

 

改めてホーミングする魔法を放つも、今度は先ほど様な数では無くその倍はあろうと思われる程の数が再び服部に襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エアブリットの魔法とは違う。これは…まさかホーミングしているのか?」

 

服部は死角とも言える場所から放ったが、今自分に襲い掛かっている魔法が全てそんな可能性を否定していた。死角などと生易しい性能では無く、自身が避けたはずの魔法までもが襲いかかっていた。本来のエアブリットであれば見えない状況下であっても、軌道を推測する事で回避できるが、これに関してはそんな事が通用しなかった。

回避しても完全に何かに着弾しないかぎりいつまでも襲い掛かる。その為に服部はギリギリまでひきつけた瞬間その場から回避する事で誤爆させていた。

 

 

「このままで終わるつもりは無い!」

 

服部は蒼との距離を一気に詰めると同時に自身のCADに指を滑らし、2つの異なる魔法を放っていた。一つはエアブリットだが、これで攻撃を当てるつもりは毛頭なかった。これを囮に本命とも言える魔法を放つ。

 

スリザリンサンダースの魔法は正しく雷蛇が這い寄るかの様に曲線を描きながら蒼へと襲い掛かっていた。直線的なエアブリットからであれば万が一気が付いたとしても、魔法の特性上、簡単に回避する事は厳しい。そう考えた末の戦略だった。

 

 

「少しは考えた様だが、何か忘れていないか?」

 

戦闘中にも関わらず不敵な笑みを浮かべると、蒼はエアブリットを躱す事無くその場で大気の塊として活用する。躱す事が前提で放たれたはずの魔法は奇しくもこの時点で蒼の魔法の供物となっていた。

 

蒼の周囲に大気の渦が出来ると同時に今度はその大気は徐々に冷たくなり始めているのか、周囲大気をも冷却しだす。既に大気中の温度が低くなる事で熱力学が応用されるのか、目では確認出来ないが、明らかに塊の温度は低下している。

それを確認したのか蒼は懐から札を出すと同時にそれを服部に向けて放っていた。

 

 

『氷結の燕ここに来たらん』

 

札がみるみるうちに3羽の燕へと変化する。顕現した燕は瞬く間に服部の元へと帰ろうとする様に各々が無軌道に襲い掛かっていた。それだけではなく、その後に放たれた雷の蛇も同じ様に絡めとられたかの様にその姿は異なる物へと変貌していた。

 

 

『雷の刃ここに束ねん』

 

雷の剣は先ほどの燕とは違い、亜音速とも言える速度で襲いかかるが、放たれた方向は服部に向けての物では無かった。まるで何も無いと思われる所に向けられた刃が何を示しているのかこの場に居る人間には理解出来なかった。しかし、その結果は数秒後に示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは服部の動きを誘導したのか?」

 

「恐らくはあの鳥の様な魔法が服部の動きを誘導したのか、それともそこに移動させる様に仕向けていたのだろう」

 

摩利の疑問に対して十文字は冷静な判断で解説を続けていた。当初ホーミングした魔法を回避した事から次の戦略を練ったのか、それとも既に決まっていたのか氷で作られた燕は服部の移動方向を制限しながらに襲い掛かっていた。これなら先ほどの

見えにくい物よりはたやすい。そう考えた矢先だった。まるで着地点が既に分かっていたかの様に雷の剣は服部を襲う。殺傷能力が抑えてあったのか、外傷は目立たないが雷に痺れたのか、その場でうずくまる事しか出来なかった。

 

 

「前にも思ったんだけど、やっぱりあれって化成体よね?」

 

「今回は札も使いましたから、それは間違いないでしょう。しかし、あんな方法で魔法を返す発想は私達には想像もできませんでした」

 

鈴音が言う様に、魔法を返すのであればベクトルを変更する方法がオーソドックスではあるが、今使ったのは明らかに放たれた魔法を踏み台にしてのカウンター攻撃。威力は去る事ながら、あれでは下手な魔法は全て自身へと戻される事になる。

そのまま返ってくるならば問題無いが、規模も威力も変更された状態では回避の方法すら怪しい代物だった。

 

 

「まだ意識がある様だな。ここで止めを差して終わらせるか」

 

服部の身体は痺れている物の、意識がまだハッキリとあるのか、戦意の喪失は見られなかった。それは自分自身に対するプライドなのか、それとも上級生としての意地なのか、それは本人以外には知りえる事は出来ない。しかし、この状態をそのまま放置

する程蒼が甘くない事だけは理解していた。

 

 

『来たれ炎虎』

 

 

その一言と同時に炎の虎がここに顕現する。本来であれば齧って終わるが、生憎とルールがそれを邪魔しているからなのか、炎の虎は服部の下へと一直線に突き進む。炎の虎の出現には服部だけではなく試合を見ていた他の生徒会役員までもがこの後どうなるのかを予想していた。このままでは服部の魔法師生命が終わる可能性が高い。誰もがそう考えていた。

 

 

「おい!十文字。お前何したか分かってるのか!」

 

叫んだ声の主は蒼だった。炎の虎が服部に襲い掛かる直前に目の前に出現した魔法障壁によって跡形も無く虎は消え去っていた。この時点で決着は言うまでもなく蒼の勝利となる。

第三者の乱入による失格だった。

 

 

「あのままでは服部の生命に危険が及ぶと判断した結果だ。勝敗は服部の負けでも構わない。それで良いだろ七草?」

 

「いや、それはそうなんだけど……」

 

十文字の言葉に真由美も流石に言い淀んでいた。今回の内容は単にモノリスのルールによる模擬戦だけではない。蒼との間には賭けが存在している以上、おいそれと認めたくない気持ちがそこにあった。賭けの内容すら聞いていない時点で、何を言われても文句をつける事は出来ない。

白紙の契約書にサインをしているがその事実は十文字は知らない以上、何も言う事が出来なかった。

 

 

「なんだ服部助けられてざまぁねえな。何か言いたい事でもあったか?」

 

蒼の言葉に服部は何も言う事は出来なかった。十文字の障壁が無ければ今頃どうなっているのか想像する事も出来ない。今だに目の前に繰り出された障壁によってそれ以上の言葉を発する資格は無いと悟ったのか、ただ沈黙を守っていた。

 

 

「赤城、口を慎め。今の攻撃はお前のオーバーアタックと判断した。よって今回の戦いはお前の負けだ」

 

「は?お前は何を根拠に言ってるんだ?お前はそんなに偉いのか?審判がそんな曖昧な考えで判断を覆すつもりなのか」

 

十文字の言葉に蒼は絶句していた。放った魔法の結果は当事者にしか結果は分からない。今回の件でも服部を空中に放り出す為に放った物を十文字が勘違いした事で強制終了となっていた。この時点で負けを宣言したのであればそれ以上の

戦いは無効となる。今はその裁定を聞く事しか出来なかった。

 

 

「審判として判断した結果だ。抗弁するのであれば今回の戦いは無効試合とする」

 

誰を護って言ったのかは服部が一番分かっていた。今回の模擬戦に関しては十文字の横槍ではあるも、本人が一番理解している。自分の魔法能力で完敗した以上、口に出せる言葉は全て陳腐になると思われていた。

 

 

「そうか。一方的なルールね。これで互いの信頼関係は破壊された訳だ。あとは好きにさせてもらうぞ」

 

その言葉の通りに蒼は服部に向けて腕を伸ばす。恐らくは何かしらするのかと判断した十文字は再び服部の前に障壁を展開させていた。

 

 

『神の御名の元にその力ここに示さん』

 

 

呟いた呪文は黒い光となって服部に向かう。本来であれば障壁によって消えるはずの魔法は障壁を貫き、そのまま服部の四肢を態と掠る程度に斬り裂いたのか、プロテクターは見るも無残な状況となっていた。

 

 

「おい、赤城!模擬戦は終わったはずだ!」

 

「魔法の制御も出来ない人間が態々こんな面倒な事をすると思うのか?まさか自分達が特別だと思うのであればそれは勘違いだぞ。ルールは一方的に破棄された以上その要望に答える義理は無い」

 

 

十文字はそう言ったものの、自身の魔法がまるで無かったかの様に展開された事は間違いなかった。確かにああまで制御されたのであれば先ほど放った魔法も恐らくは完璧に制御されているはずのなのは予測できる。少し早まったかとも思ったが、今はそれ以上の衝撃の方が先行していた。

 

 

「服部、十文字がああ言ってるから、俺の負けで良いぞ。ルールに助けられたんだじゃなくて、人の妨害で助けられたなんて恥ずかしくて公言出来ないか?俺の負けで構わないから精々今回の件を喧伝すれば良いさ」

 

後味の悪い結末に蒼は興ざめしていた。所詮はこんな物だと思いながらもルールだと言うのであれば仕方ない。基本的に負けた所で何も言えないのと同時に、今回の結果は間違い無く隠蔽するのは間違いない事だけは容易に想像出来ていた。

 

ああまで一科だと言い張るのであれば映像の公開をした場合に勝敗がハッキリと分かる。そんな事を考えながら蒼はこの場から立ち去っていた。

 

 

 

 


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