厄災の魔法師   作:無為の極

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第12話

 

「では始めてくれ」

 

演習室には的が用意されたのか、既に蒼はスタンバイ状態で待っていた。そもそも持っている魔法をルールに合わせるのであれば単純に威力だけ落とせば問題無いと考えるのは当然の話ではあるが、事前に見たデータには一部不自然な部分が存在していた。

 

オートでの調整をすれば恐らくはエラーが出るか、そのまま通過する様な部分がいくつか存在していた。プログラム単体として考えるのであれば、その部分は恐らくは不必要にも見える。しかし、これをマニュアルで調整した際にはどうしてもこの不必要だと思われる変数の部分に違和感を感じるのは間違い無かった。

 

 

「じゃあ行くぜ」

 

特化型CADが的に向くと同時に魔法が発動する。引鉄を聞くと僅かにタイムラグが生じるが、それも気にする事は無い程の結果はまさに衝撃的だった。何も気が付かないままに見ればただの空気の塊を放出しているだけに見えるが、達也自身の能力でもある精霊の目を使うと、塊は一直線に飛ぶだけではなく、他にも幾つかの軌道を描きながら合計5発が的に直撃する。

 

この学校でもエアブリットの魔法は攻勢魔法の中では割とポピュラーな物に分類されるが、殆どの場合は単独で一直線にしか発動せず、その内容からも威力は割と自由に変更が出来る物であるのが通例だった。

しかし、今の軌道は前面に対して無軌道とも言える程に周囲を巻き込みながら発動される為に遠距離であれば単純に的に当てるだけだが、その経過を考えればホーミングしている様にも見えてた。

 

 

「何か分かったか?」

 

「ああ。と言うよりも、ここまで一気に出す必要はあるのか?」

 

「中には誰かみたいに動きが早いやつもいるだろうから、前面限定ではあるが無軌道で放つ方が合理的じゃないか?ダメージが仮に少ないとしても牽制にはなる。少なくとも単独で放つような事は普通なら出来ないぞ」

 

蒼の一言は競技では無く戦場が前提での考え方だった。遮蔽物も何も無い様な所でお互いが魔法を放つ事は事実上なく、結果的には物陰から発射するのであれば、ホーミングや無軌道な動きはある意味効果的だった。

しかし、どんな魔法を放つにしても各自の想子の量が決まっている以上、下手な事も出来ない。その結果の対策である事は直ぐに理解出来ていた。

 

 

「なるほど。で、確認なんだがデータの一部の変数が空白になっている様だが、何をするつもりなんだ?このまま残して調整しろと言われても、目的が分からない以上やりようがないんだが」

 

「そこは状況に応じた変数が入る事になる。幾ら空気とは言え、外気温によっては熱くも冷たくもなるのであれば、その辺りは曖昧にした方が変更しやすいからな」

 

「……言いたい事は理解できるが、具体的な事が分からない様なら俺は下りる。調整は当人同士の信用が一番なんだ。それが分からない事は無いだろう?」

 

達也の言い分も尤もな話だった。調整するのであれば相手の内容を理解しない事には前に進める事は何も出来ず、お互いの考えが違えばそこから綻びが出る可能性が高い。

となればどんな戦い方をするのかを言わない事にはここら先へは進まない。それだけではなく、この魔法式には本来の能力とは何か違う様にも思えていた。それが何なのかは本人から聞かない事には何も分からない。そんな中でのやりとりとなった。

 

 

「……口は堅いか?」

 

「調整する人間が適当な人間にお前は依頼したいと思うか?」

 

CADは本人にとっての機密の塊であるからこそ、その技能は国家資格となっている以上、守秘義務があるのは当然の事だった。プロであれば最低限それ位の事をするのは当たり前の話ではあるが、それを学生に押し付けても良いのだろうかと蒼は一瞬考えたものの、今回の元になる魔法の一つくらいなら開示した所で分かるはずがないと考え、改めて開示する事にしていた。

 

 

「これから放つ魔法は他言無用だ」

 

その一言と同時に蒼は手を的に向けて一言だけ呟いていた。

 

 

『神の御名の元にその力ここに示さん』

 

 

テロリストが襲撃した際に使った魔法が黒い光と共に的に向かい放たれる。黒い筋を残しながらの魔法は僅かな時間で的を斬り刻むかの様に次々と貫く。その的が見るも無残に刻まれた背後には壁の一部が同様に斬り刻まれたかの様な後を残し消えていた。

 

この時点で達也の中で一つの仮説が成り立っていた。演習で使う以上、万が一の事も考えて魔法による障壁があるはずだったにも関わらず、まるで無かったかの様に大きな傷を付けている。

これは即ち魔法障壁を無視した結果でもあり、これがどんな効果を持つのかを瞬時に理解していた。

 

 

「今のは呪文詠唱だな。なんであんな効果がある?」

 

「それは言えないな。元ネタの魔法はこれだ。これが模擬戦なら気にせず使うが、生憎とモノリスのルールならダウングレードする必要がある。簡単に威力だけ下げるなんて単純な物じゃないんだ。バランスがいるから達也に頼む。それだけの事だ」

 

蒼の言いたい事は理解できるも、これのダウングレードと言うには少々無理があった。確かに大半のプログラムは書き込まれているが、変数の部分を何の為に使うのかを考えれば、予想は出来るが制御できるかどうかが分からない。

データを見た時点で一つの魔法を顕現するのにこうまで複雑な工程が必要な事も理解できた。だからこそ自分を頼って意味が分からなかった。

 

 

「なぁ、なんでお前は二科生なんだ?俺が言うのも何だが、ここまで複雑な工程を一瞬で出すなら問題無いはずだが?」

 

達也の疑問は尤もだった。工程が複雑になればなるほど本人の能力が如実に出てくる。実際にここまで複雑になるのであれば、恐らくは起動する事もなければ発動する事も無い。それこそ人外ともとれる速度をだせば可能になるのであれば、二科生にはならない。だからこそ達也の中ではそれが不思議だった。

 

 

「それは簡単な話だ。魔法は本来連続した工程で事象改変をするのが本来の考えになるが、俺の場合は一つ一つの工程をその都度作り上げる事になるから、時間がかかるんだ。キャンセルしてる訳では無いが、考え方が他とは違うだけだ。だから俺は二科生なんだよ」

 

蒼の言いたい事がここで理解出来ていた。連続ではなく、すべてが一つづつ繋げていくのであれば結果が出るまでに何度も魔法を繰り返す事になる。その結果として発動の速度が遅いのであればそれはある意味当然だった。

 

 

「それならCADの調整で何とでも出来るんじゃないのか」

 

「単純に出すならそうするが実際にはそんなケースは皆無であるのと同時に相手の状況を見ながら変更出来た方が使い勝手が良いんだ。だから達也が気になったコードの変数が空白になっているんだ」

 

魔法は道具であって目的ではない。この言葉を体現しているからこそ、何となく言いたい事は理解出来ていた。しかし、こうまで複雑になってい物を再構成出来るのだろかとも考えたが、何か思う部分があったのか、達也は改めて画面に向き合い調整を始める。

それを見た蒼も自身のすべき事にとりかかり、今は少しでも早く終わらせる事を優先していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子はどうだ?」

 

「いや、予想以上だ。俺も自分でやるがここまで出来る自身は無い。ひょっとしてプロなのか?」

 

調整と再構成は90分程で終了していた。実際に使ってみれば自分が調整するよりも数段上の状態になっているのか、いつもよりも早い展開が可能となっていた。

当初は今よりも良くなるのであればとの考え程度にしか思ってなかったが、まさかこうまで結果を残した事に蒼は賞賛していた。

 

 

「まさか。ライセンスは持ってない」

 

「これならすぐにでも取れそうだがな…ああ、規定が邪魔するか。なら仕方ないかもな」

 

そう言いながらもCADのデータを見れば確かに自分で書いたコードよりもシンプルに仕上がっていた。ただでさえ余計な物が増えればその分遠回りになる。それが省かれた分が早くなっていた事に蒼はここで漸く気が付いていた。

 

 

「これなら服部も簡単に倒せるな」

 

「詳しい事は知らないが、あの人は侮らない方が良いだろう。俺が勝てたのはあくまでも相手の慢心による結果だ。今回は万全な状態で臨まれるのであれば厄介だと思うが?」

 

「手の内が分からないのはお互い様だと思うがな。これが戦時中なら相手方の出方が分からない訳だし、実戦なら知らないから不公平だと言う人間は真っ先に消える。となれば、ある意味仕方ないと思うが」

 

事前に内容を聞いて居なければ、何を言ってるのかすら理解出来ないが、確かに実戦となれば情報戦で負けると自身の部隊や命までもが危うくなる。その為には自分の力を高めるか、それ以外でも方法を取り必要が出てくる。

それ故に気軽に言い返す蒼に対してどれ程の実戦をこなしたのかに達也は興味があった。

 

 

「確かにその通りだな。俺は精々その結果を確認するだけだ。しかし、本当に良かったのか?俺が言うのも何なんだが、モノリスのルールで模擬戦となればCADにインストールされた数は少ない様にも思えるが?」

 

達也が今回調整した魔法は全部で2つだけだった。モノリスは実戦に即した競技である為にそれなりの準備が必要となってくる。ましてや今回はチームではなく個人戦。そこには恐らく万全を期してくるのは誰の目にも明らかだった。

だからこそ、その数の少なさは何か他に手段があるのだと考える程の内容でもあった。

 

 

「魔法は使い方だ。何でも簡単に魔法力で押し切れば良いって事は無いって事を教えてやるよ」

 

既に戦い方が頭の中にあるのか、不敵な笑みを浮かべながらも蒼はどうやるのかを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、これから開始するんだけど、ルールはモノリスに準じた通り。規定以上の魔法を行使した時点で戦いは終了よ。お互い問題ないわよね?」

 

服部との模擬戦は事実上秘密裡とも言える中で始まる事になっていた。映像に関しては当初は公表しない事になっていたものの、代表選の判断材料として生徒会側と部活連側が認めた人間ににのみ閲覧を許可する事で落ち着いていた。

 

私怨であればここまで大事には成らないが、今回の大義名分が九高戦である以上演習の為の場所の確保は簡単だった。既に場所には生徒会の役員だけではなく、部活連側からは会頭の十文字が、風紀委員からは摩利がこの場に居た。

 

 

「特に無いが、何をどうやって書かせたのかしらないが、服部もよくやろうと考えていたな。模擬戦で見せたあれを何とも思ってなかったのか?」

 

蒼の視線は反対側にいた服部に向けられていた。模擬戦の内容は今でも覚えている。人外とも言える所業に服部自身も身震いしそうな部分は確かにあった。理論上は確認の前に怪我が無かった事になっていた為に、結果はああだったが実際には蒼のオーバーアタックであると考えると同時に、モノリスのルールだと明文化した時点で、言葉尻を捕まえてのグレーな部分は排除出来ると考えていた。

 

 

「あれを参考にだと?あんな物はルールの裏をかいた結果でしかない。どんな事を言おうが二科生が俺に勝てる道理は無い」

 

「……お前の頭の思考回路を一度見てみたいものだな。まさか脳内に蛆が湧いているとは思わかなかったぞ」

 

「馬鹿が。客観的事実を述べたに過ぎない」

 

そう言いながらにお互いがスタート地点へと足を向けている。これからモノリスでのルールの名の下で戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 


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