月に吼える   作:maisen

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評価して下さった方々、誠にありがとうございます。楽しんで頂ければなによりでございます。

今回は前後篇の前篇となります。


第八話。

 その日、GS美神除霊事務所で、美神は窓の外に降る雨音と、電話の応対に出ているおキヌの声を聞くとも無しに聞きいていた。

 

「はい、美神さんは今日は霊的に良くない日だから、予定を変更したいとおっしゃってまして、―――どうもあいすみません」

 

 天気予報では一日中振りつづけるらしい雨が事務所を包む。降りしきる雨に打たれ続けている事務所には、すっかり互いの存在に慣れた三人の姿があった。

 

 事務所の内務係が板についてきたおキヌの後ろには、ソファーに寝っ転がり雑誌を読む美神と、その傍にぼけーっと立って外を眺めている横島。

 

 おキヌが電話を置いたチン、と言う音にふと、特に意味も無く口から押し出されるようにして忠夫が美神に話しかける。

 

「雨が降ったから仕事は休みですか。大名商売やなー」

 

「この雨の中一晩中墓地にいたい?ギャラも安いのに私はやーよ?」

 

 別に責めるような雰囲気は無く、ただちょっとした雑談と言った風に話しかけた横島の問いに、やる気の欠片も見せずに答える美神。

 

 大して面白くも無かったのか、ページの中ほどまでしか読んでいたない雑誌をテーブルの上に放り投げて身体を起こし、美神は大きく背伸びをした。

 

 閉じられる事無く中を見せたまま放りだされた雑誌を拾い、代わりに電話が終わってすぐお茶を入れてくれていたおキヌが美神の前にティーカップを置く。 

 

 軽く礼を言って一口啜り、会釈を返して今度は横島にも飲み物を届けに飛んでいくおキヌを見送りながら、美神は睨みつけるような視線の先には、分厚く暗い、雨雲。

 

「それに、今夜は私の霊感が疼くのよ。なにか事件が舞い込んできそうな予感がするの」

 

 不敵な横顔を所員達に見せつけながら、美神は続ける。

 

「…大きくて、とても厄介な事件が、ね」

 

 厄介、と言いながらも美神の表情には不安は窺えず、むしろその事件を待ち望んでいるような様子さえ垣間見えた。

 

 その答えを聞き、考える表情になった横島は、おもむろに美神に接近。

 

その鼻の頭を舐めた。

 

「なにすんのよこの馬鹿犬っ!?」

 

アッパーで開いた喉への地獄突きから肘膝正拳三連コンボ。当然のごとく繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図ではあったが、その中でも、横島は血塗れで不敵な笑みを浮かべている。

 

 

「・・・ふ、ふ、ふ。お、俺の行動までは美神さんの霊感も察知できなかったようですね・・・」

 

「・・・脳みそぶちまけなさい」

 

とっても馬鹿だった。

 

 横島に冷たい絶対零度の視線を向けながら、美神は三割増に光り輝く神通棍を振り上げる。横島忠夫、絶体絶命の危機。その威力を察してか、床を舐めていた筈の忠夫はスパッと跳ね起きソファーの後ろに身を隠した。

 

「ちょっ、まっ、美神さんそれは死ぬっ!? おキヌちゃんヘルプーっ!」

 

「死んだら私のお仲間ですね♪」

 

「殺人事件を目の前に笑顔!?」

 

そして美神の神通棍が今にも振り下ろされようとするその瞬間、玄関のチャイムが機械音を立てて来客を知らせる。

 

横島を救ったのは、笑顔のままで美神を止めなかったおキヌではなく、突然の来訪者が鳴らした玄関のチャイムであり、その来訪者に彼は心からの感謝の念をソファー越しに贈ったのだった。

 

 

 

 

 

 

―――翌日、イタリア、ローマ空港―――

 

「へー、いたりやって空港ってところにそっくしですねー」

 

「…空港なんだってば」

 

 明くる日の昼下がり。早朝の便で東京を出発した事務所員たちの姿が、日本から遠く離れた地中海の国、イタリアの首都にあった。

 

「…これは夢だこれは夢だあんな馬鹿でかい鉄の塊が空を飛んだのは夢だったんだっ! 絶対にそうだ間違いない間違いないはずだぁぁぁぁぁっ!」

 

「うるさいわよ」

 

 物珍しげにきょろきょろと周囲を見回しながら、しかし平然としているおキヌを余所に、忠夫は初めての飛行機体験にちょっとトラウマっていた。

 

 虚ろな瞳で空を睨みながら、ぶつぶつと同じ言葉を繰り返していたかと思うと、突然頭を抱えてわめき出す。

 

 周囲の視線を集める事に恥ずかしくなった美神は、そんな田舎者に迷わず突っ込みの一撃を叩きこんだ。

 

 初めての飛行機にとち狂った横島を、腰の入った振り下ろし気味のフックで元に戻す美神。

 頭に直撃をいただいて、しばらく唸りながら蹲っていた横島の目に光りが戻る。

 

「…はっ! ここはどこだ! 外人のおねーさんがたがいっぱい?!ここは極楽かぁぁっ!!」

 

「本当に逝っときなさい」

 

かなり本気の込められた一撃で、今度こそ正気を取り戻した横島であったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

「シニョリータ美神!」

 

「どーも」

 

「おう、ピートじゃないか」

 

「ピートさん」

 

 人込みでごった返す空港で、美神たちに声をかけてきたのは、昨日、美神曰く「大きくて、厄介な事件」を持ち込んできた依頼人のピート。金髪の、彫りの深い欧州系で、どこか影のある整った顔を持つ美形である。

 

「お前も大変やなぁ。あの後、こっちにとんぼ返りやったんやろ?」

 

「まぁ、事態が事態ですから」

 

 親しげに話し掛ける横島に対し、そんな彼にほんの少しの警戒心を持ちながら答えるピート。

 

 ―――ちなみに、犬飼忠夫、相手が美形だからってあんまりどうこう思ったりはしない。なんてったって実の父親が「アレ」である。

 

 あの、凶悪面で、泣く子をひたすら謝ら「せた」という伝説を持つ犬飼ポチである。そのポチが、とっても優しげな美人を嫁にしたのだ、しかも押し掛け女房で。

 

というのは今でも人狼の里、七不思議の一つのとなっているが、そんな凶悪な風貌の父親を持つ彼である。

 

 確かに重要な要素かもしれないが、いまさら顔だけなんぞで自分の理想の嫁さんが簡単に手に入るもんでもない、と幼少の頃からなんとなく悟っている。

 

 しかも、だ。

 

 彼が来客としてあの雨の日にこれ以上ないグッドタイミングで訪れてくれたおかげで死なずに済んだという、ある意味命の恩人であるからして、生まれ育った環境もあってか、彼には結構恩を感じており、好感度も高く、悪い態度を取る事もない。

 

 また見た目には同年代である事も手伝って、それなりに親しさを籠めた対応を取っているのだ。

 

 余談ではあるが、かの泣く子を謝らせる伝説を作った後、その現場を妻に見られ、3日程生死の境をさまよい、さらにその後誤解を解くまで全く喋ってもらえず、その度に泣きながら長老宅でやけ酒と愚痴に付き合わされる羽目になり、長老がとっても迷惑したそうな。

 

「え、ええと、お疲れでしょうが、時間がありませんのでまっすぐにチャ―ター便までお願いします」

 

 乗り込むときに横島が抵抗したので一悶着あったものの、とりあえずぼろっちいプロペラ機に乗り込むご一行。

 

 

「あ~令子ちゃ~ん~」

 

「令子ですって?!なんであいつがここにいるのよ?!」

 

「げっ!冥子にエミっ!まさか、協力するGSってあんたたちのこと?!」

 

 

 外観どおりせまっ苦しいキャビンには、先日出会った式神使いのGSと、今は逃げようとした為気絶させられた横島を攫って、怪しい儀式に使おうとしたGSの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――昨夜、東京・GS美神所霊事務所―――

 

「今回の依頼ですが、貴方の師匠であるGS唐巣神父からの依頼でもあります。報酬はこの黄金の鷹の像、歴史的にも貴重な品です。それと、相手が相手なものですから、あなた方以外にも、何名かのGSに協力をお願いしています」

 

「そんなに厄介な相手なの? 私と先生の二人でもまだ足りないほどの?」

 

「ええ。とても手ごわい相手です。…あなた方も十分に気をつけて」

 

 

それだけを言い残して、ピエトロ・ド・ブラドーと名乗った青年は、事務所のドアを閉め、雨の中外へと出て行った。

 

「ふーん。報酬については文句なし。さっすが先生、わかってるじゃなーい♪」

 

「へー、美神さんに師匠がいたんすねー」

 

「まぁ、ねぇ。それにしても、あの唐巣先生が私以外のGSに渡りをつけなきゃいけないほどの相手、ねぇ」

 

手に持った人の二の腕ほどのサイズはある黄金でできた鷹の像を弄びながら、美神は眉を顰めた。

 

「すごい人なんすか?」

 

「ええ、凄腕よ。確かにお金に疎いし見た目は冴えないし馬鹿だしお金に疎いし頭は薄い上に金勘定が下手だけど。ただ、教会では悪魔祓いは認めていないから、ずっと昔に破門されたらしいけど、ね。神父っていうのも、通称みたいなもんよ」

 

「あはは…取りあえずお金に疎い方なのは良く分かりました」

 

「無茶苦茶言うなこの人は…」

 

 半分くらいはボロクソに貶している台詞であったが、彼女の表情には負の感情は無く、むしろ苦笑いの方が大きく存在している。

 

 何せ彼女自身の母親も凄腕として鳴らしていたGSであり、そんな母を見ながら育ってきた美神も当時からそれなり以上の自負を持っていた。

 

 そんな彼女が――修行中は金銭面に不満を感じていたとしても――師匠として師事し、現在もその師匠が独り立ちした弟子を応援に呼ぶ程の信頼があり、美神もまた彼を凄腕のGSとして認める発言をする、そんな良好な関係を保っているのだ。

 

 

 生き馬の目を抜くGS業界に置いて、同業者でありながらも子弟として信頼しあえる相手、それは彼女にとっても貴重なものであった。

 

「まぁ、今のこの業界では、間違いなくトップ10にはいる凄腕GSでしょうね」

 

「ふぇ~。そんな人が美神さんの先生なんですか、すっごいんですねぇ」

 

「そんな先生が、こういう物を報酬にして、しかも複数のGSに声を掛けるって事は…こりゃ一筋縄では行きそうにないわよね」

 

 だが、今まさにその師が応援を求めている。

 その事実は、彼女にこの先に待ち受ける事態の厄介さを伝えているようだった。

 

「――――まぁさか、あんたがここに来るとは思わなかったワケ!」

 

 戦闘態勢っ!

 

「――――そりゃ、こっちの台詞よ。この前の痛手はもうなおったのかしら?!」

 

 デフコン1っ!

 

「…・うぅぅ~~~~!」」

 

 …決して、このように因縁の相手と一緒に仕事をしなければならない、なんて言う意味の厄介さでは無いと思うが。

 

 ライバル同士が視線を争わせ、火花散る視殺戦を繰り広げる傍らでは、押し倒され、伸しかかられ、顔を舐められ、巻きつかれ、と式神達に一方的に親交を深められている、何時の間にか復活した横島の姿があった。

 

 彼も笑顔でそれらを受け止めている様子からすると、特に嫌がっている訳ではないようである。

 

 幾度となく冥子が事務所を訪れるたびに繰り返されてきた状況にもすっかり慣れた横島は、手慣れた様子で彼らを優しく引き剥がし、長い胴体から抜け出し、小脇に抱えて、と手慣れた様子でちゃっちゃと動けない状態から離脱していた。

 

 そして漸く落ち着いて、十二神将――流石に―部の大きな者達は出てこられなかったようだが――に一声かける。

 

「おう! お前ら元気してたか?」

 

―――ぶるるっ

―――ヒヒ―ン

―――シャー

―――ばうっ

 

 元気に返事を返す彼らの頭を撫でてやりながら、忠夫も顔をほころばせていた。一方的とはいえ、好意を向けてくる存在に対し、嫌な感情を持つのは難しい。

 

「あら~、おキヌちゃん~。こんにちわ~」

 

「あ、冥子さん。今回もよろしくお願いします」

 

 挨拶の後も再度式神達に纏わりつかれる、ムツゴロウさん状態の横島を横目に、幽霊と式神使いの少女達は、そのほんわかとした空気に溶け込みながら、雑談に花を咲かせている。

 

 まだまだ慣れの足りないピートを余所に、なんとも妙な空間が形成されていった。

 

「え・・・ええと、それでは全員揃ったようなので、出発させていただきたいと思います」

 

 とは言え何時までものんびりしている訳にもいかず、ピートの一声に、各人それぞれに座席に着いたり、シートベルトを締めたり、再び張り付いていた式神達を和やかに話す主人を余所に、勝手に一声をかけて戻ってもらったりと用意を整えていく。

 

「え~、ぴ-とぉ~もっとゆっくりしていきましょうよぉ」

 

「いや、そういうわけには…」

 

「…ふ、色ボケ女」

 

「…レズは黙ってるワケ」

 

「「やるかっ?!」」

 

 が、一部はそんなの関係ねぇ! といった様子でいがみ合い始めていたりもする訳で。

なんでも無い一言であっさりと再開された夜叉達の視殺戦に気おされ、思わず横島の背後に隠れるピート。

 

「おいっ! なんであの二人一緒に声かけたんじゃっ!」

 

「そんなこと言われても、僕は先生の言われた通りに…!」

 

 睨みあう二人を背景に、横島とピートはこそこそとしゃがみこんで小声で怒鳴り合う。

 

 その視線がゆっくりと背後の掴み合いを始めた美神とエミ、その間に割り込んで宥めるおキヌへと向かう。その向こうではシートベルトを締めて大人しく座席に座っていた冥子が今にも泣きそうになっており。

 

「互いに生き残れるように頑張ろう」

 

「協力、感謝します」

 

 

 引き攣った笑顔で肩を組む美神とエミを尻目に、二人はがっちりと握手をするのであった。

 

「ところでピート、この車は何処を走るんだ?」

 

「へ? これは飛行機ですから、勿論飛んで…」

 

「馬鹿だなぁピートは。空を飛ぶのは鳥だけで十分だぜ?」

 

 冷や汗を流しながら必死に自己暗示を掛ける青年の虚ろな目を見て、ああもう駄目かもしれない、と彼は心から思ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も色々ごたごたは有ったものの、飛行機は無事、乗り換え地点の島に到着し、そのまま近くの港で借りた漁船に乗り換え、目的地ブラドー島へと一行はその足を伸ばす。

 

彼女らとしても、吸血鬼の活動できない昼間のうちにできるだけ接近し、あわよくばブラドー島内部に橋頭堡を作っておきたいという考えがあるからだ。

 

美神、エミ、ピートの三人は、漁船から降り立つと、海鳥の声一つない不気味な静けさに包まれた砂浜を警戒していた。

 

「…妙ですね」

 

「…ええ。見られてる感じはするのに、ここまで接近しても全く反応が無い。静か過ぎるわ」

 

ブラドー島至に辿り着いた美神達。しかし、彼女達のとおり、全く持ってそれに対するリアクションというものが無い。

 

「やーな予感がするワケ。いったん撤収して、ここは様子を見たほうが良いんじゃない?」

 

「しかしっ!こうしている間にも先生たちがっ!」

 

 ある意味冷たいエミの言葉に、ピートは彼女に詰め寄り激昂した。 が、その焦り混じりの怒りを目にしても、エミは冷静な表情を崩さない。

 

 突き放すようではあるが、先ず情報と退路の確保はやっておきたい、それは普通のGSなら当然の思考であり、また彼女達はその道の一流のプロ。

 

 命の賭け所を間違いたくは無いし、そもそも命を賭けるような事態に陥る事こそ失態でもある。

 

「で、突っ込んでいって私達もピンチって言う展開がお望み?」

 

「――っ!」

 

 

 眼前に突き付けられた指と放たれた言葉、二つに動きを止められたピートは、それでも何かを反論しようとして、その口を開く事無く悔しさで食いしばるに止めるのが精一杯だった。

 

「頭を冷やすワケ。そうカッカしてたんじゃ、まとまる考えも纏まらないワケ」

 

 その悔しさに震える肩をぽん、と軽く叩き、歩みを進めるエミの横に、難しげな顔をした美神が並ぶ。

 

「…で、エミ。ほんとのところ、どう思う?」

 

 ふと、なんでもないことのようにエミに言葉を投げかける美神。

 

「確かに、誘いにしてはあからさま過ぎるけど、だからといってこのまま引き返したんじゃGSとしての沽券に関る問題なワケ」

 

「…珍しく意見があったわね」

 

 

だが同時に彼女達は普通のGSでは無く、己の能力に自信と誇りを持ち、傲岸不遜で大胆不敵、そしてそれに相応しい実力を持ったプロであり、その性格ゆえに罠と理解して食い破る事がはる事が大好きでもあった。

 

 

「…それなら、やることは一つ、なワケ」

 

二人揃って不敵な笑みを浮かべ、横目で睨み合いながらも、楽しそうな表情。

 

「「まっ正面から、堂々と乗り込んで、逆に挑発してやるわ(ワケ)…!」」

 

 これから派手な悪戯を仕掛ける性悪女神のような笑顔であった。

 

 その頃、飛行機の中で再び錯乱して暴れ出そうとした横島は、美神に鳩尾に良いのを貰って気絶し、砂浜で騒ぐ美神達を遠くに眺める留守番のおキヌと冥子の足元で、波に浚われそうになりながら白目を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼間だと言うのにその空間には日の光が一切入り込んでいなかった。真紅に染め上げられた上等な布の掛けられた、玉座に当たるその場所に腰掛けた人物の前に、二つの足音が近づいていく。

 

 不遜なる侵入者を待ち受けていた城主の眼前に、古い記憶の中にある忘れられない顔に良く似た人物が現れた。

 

いや、似ているのではない。

 

長い年月による老化を重ねさせ、面影を残して、しかしその眼だけは相変わらず底の知れない知識と好奇心に彩られている。

 

「…ふん。懐かしい顔を見たかと思えば、お前か、『ヨーロッパの魔王』」

 

「ひさしぶりじゃな、夜の王」

 

「ふん。貴様に負けた以上、その名を語るには少々プライドが高すぎてな」

 

「ふむ、ならば吸血鬼ブラドー、と呼ぶぞ」

 

「それで、何のようだドクター・カオス? 機械人形を連れて、今度こそ我が存在を滅ぼしにでもきたか?」

 

 男が立ち上がると共に、這い出すように彼から強烈な鬼気が吹きつける。

 が、その只の人ならば心折れるか自分から気絶するようなおぞましい気配の中、老人は何も気にしていない様子で口元を吊り上げた。

 

「いやいや、何――ちょっとした戯れじゃよ」

 

「失せろ。我を、『夜の王』であった我を一度は退けた者として、今回だけは見逃してやる」

 

 男は威圧を止め、再び玉座に腰掛ける。

 

 が、老人は拒絶とも脅しともとれる言葉を受けながら、その余裕の表情は小揺るぎもしていない。

 

 それどころか、久方ぶりの旧友に会ったかのような親しさで、腰掛ける男に話しかけた。

 

「まぁ、そう急ぐでない。一つ、提案をしにきただけじゃよ。老いたりとはいえ、『ヨーロッパの魔王』と呼ばれたこのワシ、ドクター・カオスと、その最高傑作『マリア』が、お前の手伝いをしてやろうというのじゃよ」

 

「…何を企んでいる?」

 

 眼前の老人が放った言葉の意味を図りかねたか、男は眉を顰めて訝しげに声を低くした。

 しかし、老人は黙して答えない。

 

 返答を問うように、楽しげな表情を保ったまま、その手を握手の為に男に突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とある深山幽谷の更に奥――

 

 

 

巻き上げられた粉塵は、しばらく漂っていたかと思うと、突如それまで禍々しい妖気を放っていた岩があったところを中心にして渦巻き始める。

 

「…くそぉっ!ここで見捨てては、寝覚めが悪いでござるなっ!!」

 

 それまで呆然とその光景を眺めていた人狼の少女は、その中心に向かって走っていく。

 

「狐っ!生きていなくても返事をするでござるっ!!」

 

 かなり無茶な呼びかけをするが、それに対する返答はなく、だがその声に押されるように、再び粉塵に動きが現れた。

 

「ぷわっ、なんでござるか!!」

 

 もうもうと巻き起こる土煙、その中心に向かって妖気が渦巻き、勢いよく何かを形作ったかと思った次の瞬間、その中心から大きな甲高い声が響く。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 粉塵が吹き飛ぶと同時に、眩い光が差し込み、現れたのは、

 

「やったわ!! 私はやったのよ!! 九体に分かれた金毛白面九尾の狐の分御魂達の合流に成功し! その主人格を勝ち取った!! これで私の女の魅力にあの朴念仁もめろめろよー!! 人間への復讐なんてバッカじゃないの正直どうでもいいわ!」

 

輝くナインテールを持った、少し釣り目の

 

「これであんたに馬鹿にされることも無いわ!どう、この私のなぁぁいっすばでぃは?!」

 

―――年の頃13,4の、無いっすバディをもった美少女であった。

 

「…あれ?」

 

「…ブフッ、確かに、無いでござるな…ブフォッ」

 






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