月に吼える   作:maisen

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第四拾話。

「3、いや4匹か・・・?」

 

「ブッブー。羽根を動かさずに止まってる奴が居るから5匹だ」

 

 月神族達の秘密基地より徒歩1時間、走って5分飛んで2分のその場所に、元月神族の城への秘密「だった」通路はある。

 

 高さ3M程の崖に刻まれた亀裂、その奥へと進めば真っ暗な壁面に仕込まれた様々な装置と怪しげな術が亜空間に存在する今はベルゼバブの居城となったそこに通じているのだ。

 

 作戦開始と同時にここまで全速力で、しかし地面を這い進むようにして一抱えほどの機械を担いで駆けて来た忠夫を迎えたのは、先んじて忠夫にこの場所を聞いていたメドーサの姿。

 

 暇そうに欠伸をしながら気持ちよさげに月光浴なんぞかましている姿は、やはり混じった人狼の要素のせいだろうと思わせる物がある。

 

 それでもやはり歴戦の女魔族、例え狼の耳が生えようが、例え狼の尻尾が生えてそれが只でさえ短いスカートの裾を持ち上げ様が、息一つ乱さず駆けて来た忠夫の姿を捉えた途端に緩んでいた雰囲気が一気に締まる。

 

 とは言えその緩んでいた雰囲気と言うのも、やはり緊張の中で故意に緩ませた物ではあっただろうが。

 

「・・・分からないね。くそっ、情報が多すぎてうざったいくらいだよ」

 

「慣れだ慣れ。こちとらこれでも十年とちょっとは半人狼やってるからな」

 

 兎にも角にも合流し、その時を同じくして地平線の向こうで湧き上がる白煙と閃光。

 

 美神とマリアが囮役を開始したのを合図に突入し様とし、メドーサの「ここは既にバレてるよ」の一言で少々焦りながらも情報収集から、となったのである。

 

 仮にも元の主たちを追い出す事は成功したとは言え、そもそも根城とするべきその場所の事を元主達が熟知していない訳が無く、ならば当然の如く地盤を固め、予定外の攻撃を防ぐ為にも構造及び周辺を探索するのは当たり前の行為である。

 

 構造についてはとある手段により問題が無くなった。

 

 ならば後は虱潰しに周辺を探索するだけ、となるとここでベルゼバブの非常識な数が生きて来る。

 

 単純な人海戦術、ローラー作戦と言う奴だ。

 

 結果、いともあっさり秘密の通路は発見され――そして、そこに何体かの見張りを残す事となったのだ。

 

「さーて、どうするかな。急がないと後が怖いしなぁー。美神さん怒らせると命が幾つ在っても足りないしなぁ」

 

「・・・その前に、だ。それ、見せてみな?」

 

「ん? おお、いーぞ」

 

 折角囮が頑張っているのに――いや、半分以上楽しんでいるような気がビンビンにするが――こんな所で躓いては話にならない。

 

 発見されない事が第一条件なのにも係わらず、唯一の通路は見張り付き。

 

 この通路を見つけながらも塞がなかったのは、おそらく、いや間違い無く――罠だから、若しくはここを突破されてなお撃退する自信があったから、だ。

 

 そんな所にのこのこ出て行っては、自分から死地に飛び込むようなものである。

 

 と言う事で、まるで娘に対する父親の如く、勿論本人はその気満々なのであるが、人狼の超感覚の手解きなんぞをのほほんとやりつつも頭を悩ましていた忠夫であったが。

 

 メドーサの、時限爆弾を見せてくれ、の一言にいとも容易く切り札を渡すと言うのは流石に如何だろうか。

 

 渡されたメドーサのほうも、かなり呆れた様子である。

 

「・・・あのさぁ。私が言うのもなんだけど、こんな簡単に信用して良いのかい?」

 

「は?」

 

 問われた忠夫はと言えば、心底不思議そうな顔で見返すのみ。

 

 ややあって、何を問われたかと言う事に気付いたように手の平に拳を打ち合わせると、ゆっくりとその手をメドーサの頭に置いた。

 

「ばっかだなー。娘を信用しない親父なんぞ、俺は知らんぞ?」

 

 無論人口の少ない人狼の里で育った忠夫であるからして、その認識の範囲がとても狭く、尚且つこの場合彼の頭に浮かんだ父親は良く娘にガチで斬りかかられたりそっぽを向かれて不貞腐れたりしているのだが。

 

「だ・か・ら! 娘じゃないって言ってんだろうがっ!!」

 

 がおぅ、とまさに狼の如く吼え猛りながら頭の上の手を叩き落すメドーサ。

 

 耳も尻尾も天を突いて逆立っている。

 

 だが、へちゃり、と疲れたようにその耳と尻尾が地面を叩き、そして心底呆れた声色で続けて言う。

 

「・・・私は、裏切り、裏切られる事が当たり前の中で生きて来た女だ。何時あんたを裏切るのか分からないんだよ?!」

 

 呆れた声は、徐々に怒りを帯びて跳ね上がる。

 

 その言葉と共に視線を跳ね上げたメドーサの瞳に写るのは、だがただ笑いを浮かべる忠夫の顔。

 

 戸惑う事すらなく、今まさにメドーサの手の中にある切り札を見る事すらなく、忠夫は笑って再びメドーサの頭を優しく撫でる。

 

 

「心配すんなって。裏切られるなんて欠片も思ってねーし、それに――」

 

 

 あっけにとられ、ただただその顔をきょとんと見つめるメドーサの顔は、外見以上に、まるで少女のように幼く見える。

 

 

「俺は、お前だけは、絶対に――裏切らない。横島、いや、犬飼忠夫の誇りに賭けて」

 

 

 誇り高き狼の誓い。 

 

 己の名と信念に賭けたその誓いは、死ぬ時まで、いや、例え死んだとしても違えられる事の無い言葉。

 

 めったに見ない真剣な表情で、だが優しさを篭めた動きでメドーサを撫でながら、忠夫は魂の底からそう言い放つ。

 

 言葉を理解し、そして動きを止めたメドーサは、暫しの沈黙の後俯いて表情を隠した。

 

 それは、彼女がどれだけ欲していた言葉だっただろうか。

 

 それすら知らぬ忠夫は、俯いたメドーサの顔を心配げに下から覗き込もうとし、問答無用で殴り飛ばされた。

 

 悲鳴すら上げずに顎をカチ上げられた忠夫はゴロゴロと転がって背後の崖に頭をぶつけて悶えている。

 

 その襟首を、無言のまま、しかし忠夫には見えぬようにぴくぴくと今にも崩壊しそうな頬の緊張を保ったメドーサが引っ掴み、そのままオーバースローでベルゼバブの見張る秘密通路に投げ込んだ。

 

 そして、彼が通路の向こうに完全に消えた事を確認して、おもむろに手の平に霊力を満たし、全力で通路の壁に叩き込む。

 

 連打、連撃、そして結果としての連爆。

 

 完全に崩落した通路は、既に月神族の城への通路の用を果たさない。

 

 後に残るのは、僅かに崩れる瓦礫の山と、その少し前に立つメドーサ。

 

 そして、その足元に転がる切り札、時限式の核爆弾。

 

「甘ったれの、馬鹿たれの、アホ半人狼が・・・。言ってくれるじゃないか」

 

 ともすれば気を抜いただけで崩れそうになる顔を必死で抓りながら、ポーカーフェイスを全力で保つメドーサは足元の切り札を抱え上げ、おもむろに意識を凝らし始めた。

 

「父親面するのなら、すこしくらい気張ってきなってんだよ!!」

 

 切り札を抱えた腕とは反対側の手を一振りすれば、そこにあるのは己の得物。

 

 最早分かち難い半身とさえ言える、出現させた己の武器を思いっきり豪速で振り回しながら、メドーサは壁にぶつかりそうな位に勢い良く、飛び出した。

 

「あは、あははははははははっ!!!」

 

 堪えきれない快笑を、誰も居ない月面に響かせながら。

 

 元蛇神で、元魔族の、大馬鹿曰く狼の娘は、迷う事無く突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・娘が反抗期なんです」

 

『・・・それが手前の遺言か?』

 

 ベルゼバブにとってはこの上ない不意打ちであっただろう。

 

 策も何も無く、突如として飛来した物体は秘密通路の中を巡回していた個体を跳ね飛ばし、そのまま通路を貫徹して反対側へ。

 

 見事その物体は月神族の城のお膝元、その偉容が、まるで山をひとつそのまま改造したような城の直ぐ側まで転がりつづけ、頭を下にして漸く動きを止めたのだった。

 

 警戒しながら城に残っている残存戦力、要するに残ったベルゼバブクローンを総動員して包囲して見れば、中心に居るのは何故だかさめざめと涙を流す、現在その殆どのベルゼバブクローン達が躍起になって襲い掛かっているGSの一味であった。

 

 警戒しつつも包囲の輪を縮めたベルゼバブ達に聞こえたのは、そんなお昼の生電話にでも掛かってきそうな沈んだ声。

 

 未だに頭を地面に擦り付け、お尻を上げた姿勢で、忠夫はひたすら情けなかった。

 

「今なら犬塚のおっさんの気持ちが分かるかもしれん・・・女心とは、かくも厳しいものなのかぁっ!!」

 

『知るかぁっ! とりあえず死ねぇっ!!』

 

 集る蝿。

 

 逃げる忠夫。

 

 例によって例の如く、全速力で逃げ出した忠夫を、蝿の群が包囲を押し潰すように襲い掛かる。

 

 そして、超加速。

 

 後に残るのは、何も無い所に攻撃を仕掛け、悔しがるベルゼバブ達――

 

 の、筈であった。

 

『ぐぎゃあああぁっ?!』

 

 包囲網の一角が、言葉通り「吹き飛んだ」。

 

 驚愕で動きを止めたベルゼバブ達の視線が、その一点に収束する。

 

 複眼で映し出された忠夫の顔は、冷や汗塗れでぎこちなく、凛々しいとは程遠い顔で、だが、たしかに笑っていた。

 

「何時もなら、逃げて逃げて時間稼ぎでいいんやけどなー」

 

 右手に、如意棒。

 

 霊力を失った忠夫が、その代替として武神、斉天大聖より借り受けたそれは、なんの拍子にか霊力を取り戻しつつある忠夫にとっては軽々とは言えないまでも、なんとか片手で振るえるほどの重さへと変わりつつある。

 

 月の魔力に満ちた忠夫の身体は、それを可能にしつつある。

 

 そして、地球に比べて軽い月の重力は、その速度を更に増し、立ち昇る土煙を切り裂いて振るわれたその軌跡は、確かにそれまでに無い豪速を見せていた。

 

「俺の娘にを怪我させたのは――正直腹に据えかねてんだよなぁっ!!」

 

 忠夫の頭上で、残像さえも残しながら振るわれたそれは固い岩盤を打ち砕いて砂へと変える。

 

 再び吹き上がった砂塵が、一瞬その真ん中に人型の穴を開け、その対角線上の包囲網が、再び広範囲に吹き飛んだ。

 

 既に包囲はその役目を果たせず、檻を食い破りつづける獣の餌食となるばかり。

 

 気合が入っているのかそれとも見た目そのままに腰が引けているのか、そんな咆哮を上げる狼は、ただ我武者羅に如意棒を振るいながら、それでも突き破った檻を更に外側から攻め立てる。

 

「ふんぬりゃぁぁぁっ!!」

 

『ちょ、調子に乗るなぁぁぁっ!! やれ、ヒドラァッ!!』

 

 だが、ベルゼバブはそれで終わらない。

 

 一気に散開し、的を散らし、そして彼らの切り札を切る。

 

 合図に答えたのは――ベルゼバブの背後で偉容を誇っていた、月神族の城だった。

 

 城のあちらこちらから、生々しい質感を持った肉の腕が無数に生え、そしてその先端に光が灯り、全く同時にその光が弾けた。

 

『警備要員ヨリノ信号ヲ感知! コレヨリ、戦闘形態ニ移行!!』

 

 城より響くのは、巨大な罅割れた重低音。

 

 本能で危険を感じ、超加速で離脱した忠夫が居た位置に向かって強烈な魔力砲が幾千条と繰り出される。

 

「ゴラァァッ?! そりゃ反則だろーがっ?!」

 

『喧しいっ! 人造魔族を憑依させた月神族の城だ! 直撃喰らってとっとと死にやがれぇぇっ!!』

 

 人造魔族――おそらく、ガルーダやゴーレム、そしてフェンリルクローンと言った技術を作り出した2人、茂流田と須狩の技術を利用したと言うのならば「人造」と言う言葉に間違いは無いのだろう。

 

 かってメドーサを通じて供給された技術が、いまやこれほど凶悪な結果として現れるというのは皮肉とさえ感じられる。

 

 背筋にビリビリと走る本能の叫びに従って、必死で城から距離を取りながら回避を続ける忠夫を、更にその砲撃の外側から合間を縫うように襲い掛かるベルゼバブ達。

 

 忠夫の最初の攻撃でかなり数を減らしたとはいえ、未だ距離を取りきれない事を考えるとかなりの脅威である。

 

「と、とりあえず距離を取らんと死ぬっ! マジで死ぬっ!! ってうそやぁぁぁっ?!」

 

 忠夫の悲鳴もやんぬるかな。

 

 必死で後方に向かって全力で駆ける忠夫を追いかけるように、巨大な城に足が生え、その底部にあった根っこのような物を引き千切りながら――忠夫を追撃し始めたのだ。

 

 ゆっくりと踏み出されるその一歩は、しかし巨大さ故にたったの一歩で忠夫の全力疾走で開けた距離を埋めていく。

 

 当然、距離が縮まるほどに砲撃の狙いは正確となり、余波で忠夫が吹き飛ぶ回数がどんどんと増えていく。

 

 そして、ついに。

 

『はーっはっはっはっ! 止めだぁっ!!』

 

 至近弾を喰らって体勢を諸に崩した忠夫の鳩尾めがけて、前後左右から数百匹のベルゼバブが殺到した。

 

「ま、まだ可愛くて美人の嫁さんも貰ってないのにこんな所で死んでたまるかぁぁぁっ!!」

 

 必死で手足をばたつかせる忠夫だが、超加速に入ろうにも蝿の群が一気に襲い掛かるおぞましい光景と、その背後で再び光を溜めて狙いをつける砲口、そして動揺した精神状態ではそれさえもままならない。

 

 しかし、ここで諦めてなるものか、と一気に如意棒を伸ばして地面に突き刺し離脱を図る。

 

 如意棒が忠夫を攻撃範囲から連れ去るのが早いか。

 

 それとも、ベルゼバブとヒドラの一撃が貫くのが早いか。

 

 結果は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だらしがないねぇ」

 

 ――結局、分からなかった。

 

 ヒドラが取り付いた月神族の城の中程が、轟音と共に内側からの攻撃で弾け、その爆炎が収まらぬ内に1人の女性を吐き出した。

 

 城を内側から破壊した女性――メドーサは、忠夫の姿を発見すると同時に超加速。

 

 次の瞬間には、忠夫と共に追撃するベルゼバブ達の間をついでとばかりに叩き潰しながら後方へ抜けている。

 

 ヒドラの砲口に灯っていた光も、流石に内側から食い破られたショックで霧散していた。

 

「お、遅いぞメドーサっ!!」

 

「ふん、文句を言える立場かいっ?!」

 

『き、貴様っ!! 何故生きているっ?!』

 

 半泣きで苦情を訴える忠夫に対し、その襟首を掴んだメドーサは鼻で笑ってぐぅの音もでない台詞を叩きつけて黙らせた後、まさに三流の台詞を吐いた蝿魔族に向かってにやりと底意地の悪い笑みを見せつけた。

 

「さぁて。知りたかったらお前の無い脳味噌を1000年くらい頑張って働かせてみな!」

 

『う、裏切ったなぁっ?! どうやって此処に来たっ!!』

 

「はん、裏切ったもクソも、最初っからあんたらとの縁は切れてたさ! それに、来させたくなかったら私を殺したと思って油断せずに、ゲートを開くパスワードくらい変えとくんだったねっ!!」

 

 忠夫を単身無茶苦茶目立つ方法で突入させ、更に通路を潰して侵入経路を無くした――と、思わせて、メドーサが出入りに使っていた亜空間ゲートのパスワードで侵入。

 

 慢心と過信に溢れたベルゼバブは、完全にメドーサの息の根を止めたと思い込んだ故にその事を失念していた。

 

 いや、失念していたとしても問題は無かったのだろう。

 

 メドーサは滅び、そして月は完全にベルゼバブの物となる筈であった。

 

 

 そこに、マリアが、美神が、そして――忠夫が居なかったのならば!

 

 

「じゃあね。もう二度と会いたくないよ!」

 

「待て、メドーサ、首、締まっ?!」

 

 加速で後方に身体が流れ、思いっきり首の絞まる忠夫の悲鳴を無視して最大加速。

 

 そのまま、再び開いたゲートを通って脱出したメドーサを追って追撃を掛けようとしたベルゼバブ達の背後から、巨大な悲鳴と。

 

『な、何だっ――』

 

 それよりも巨大な衝撃と、太陽のような熱量と、膨大な光が全てを押し流して消し去った。

 

「『マンダ』損耗率・74%。ベルゼバブ・残存・2%」

 

「あらあら、ここまであっさり引っかかってくれると逆に申し訳無い気分になるわねー」

 

 とは言うものの、美神の声音にそんな色は欠片もあるはずが無く、あるのは爽快感とほんの少しの不安だけ。

 

 それは、淡々と状況を説明するマリアも同様であった。

 

 彼女達の目の前には、既にそのほぼ全てを打ち落とされたベルゼバブ達の群。

 

 増援も既に無く、後は最後の後始末だけ、という状態である。

 

 そんな状況で、何が不安なのかというと、それこそ言うまでも無く現在此処に居ない一人の半人狼、忠夫が未だに連絡さえしない事である。

 

「・・・おっそいのよ、あの馬鹿」

 

「イエス・ミス・美神。・・・増援を・感知――?」

 

 マリアのセンサーが、再び開くゲートの波動を感知する。

 

 しつこくもまだ数を繰り出すつもりか、と舌打ちをし掛けた美神の目に、ベルゼバブ達の動きが変化したのが見て取れた。

 

 それまで白煙を囲むようにしてひたすら攻撃を仕掛けていたのにもかかわらず、突然動きを変え、マリアの視線が向く先に一気に腕を向けたのだ。

 

「何っ?! まさかっ?!」

 

「『マンダ』最後の・武器・起動っ!!」

 

 マリアは、迷わなかった。

 

 叫ぶその声に即時の反応を返したのは、今まさにベルゼバブ達の視線から剥がれた白煙の中を、半分の足を失いながらも驚異的なバランスで動きつづけるその機械。

 

 それは、一瞬動きを止め、次の瞬間。

 

 巨大な爆発を引き起こした。

 

「・・・・・・・・・」

 

「自爆装置・起動・確認。お疲れ様・でした。次の・『マンダ』は・もっとうまく・やってくれるでしょう」

 

 その高く高く巻き上がるドクロ型の黒い煙に向かって敬礼するマリアの横で、口をパクパクと動かす美神がその光景を眺めていた。

 

 自爆装置だけならまだしも、ドクロ型の最後の華を仕込む辺り製作者の趣味がうかがえる。

 

 完璧なタイミングで炸裂した自爆攻撃に完璧に飲み込まれたベルゼバブ達は、最期の台詞すら許されずに灰へとその姿を変えていたのだった。

 

「・・・つくづく、天災の考える事は分からないわね」

 

「ドクター・カオスですから――横島・さんっ!!」

 

 完全に呆れた顔でそれを眺めていた美神の横を、ロケットを吹かせたマリアがすっ飛んでいく。

 

 目標は、たった今開いたゲートから吐き出された忠夫と、それを抱える紫色の長髪を靡かせた、どこか見覚えのある少女。

 

 そこまで確認した美神の脳裏に、1人の魔族がにやにやとした嫌な笑みと共に浮かんだ。

 

「メドーサッ?!」

 

 マリアを追いかけるように、そして追い越すように美神も空を駆ける。

 

 辺りに、聞こえない筈の重低音の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人同時に駆けつけて一番最初に見たのは、何故か忠夫が少女を小脇に抱えてお尻を叩こうとしているシーンだった。

 

 抱えられたメドーサは、させてなるかとばかりにサソリのように足を振り上げ踵でキック、ジャストミート。

 

 仰け反った忠夫が鼻を押さえながら涙目で抗議するも、メドーサの怒号と共に繰り出された拳がその顔面を陥没させる。

 

「う、うら若き乙女になにするつもりだいっ?!」

 

「心配させるような娘にお仕置きして何が悪いかぁぁぁッ?!」

 

 とうとうくんずほぐれつ取っ組み合いになったが、メドーサの噛み付きが忠夫の頭に決まって涙ながらに悲鳴を上げる。

 

 そんなけたたましい光景を見ていた二人がフリーズするのも当然であろう。

 

 だが、漸く、忠夫の頭から流れる血が地面を赤く染め出したころ、二人は再起動に成功した。

 

「よ、横島ぁぁぁっ!!」

 

「はいぃぃぃっ!!」

 

「説明しなさいっ!! 何でメドーサが此処に居るのよっ?!」

 

 美神の額に青筋が幾つも浮かぶ。

 

 隣のマリアも平静を保ちながら、しかしその両手にパイルバンカーとガトリングを展開させていたり。

 

 ぎゅいんぎゅいんと唸り始めたそれに耳を伏せて、さらに美神のド迫力の咆哮に押された忠夫は仰け反りながらもメドーサを背後に庇う。

 

 庇われたメドーサはといえば、未だに忠夫の頭を齧りながら面白そうにその光景を眺めているだけで何も言わない。

 

「ち、違うっすっ! こいつはメドーサじゃなくて・・・」

 

「な・く・て?!」

 

「犬飼メド子! 俺の娘ですっ!!」

 

 せめてもう少し良い名前は無かったのか。

 

 メドーサの噛み付きが威力を増し、美神が神通棍を構えて霊力を放電現象の如く火花を散らして放出し始め、マリアのガトリングの回転が最高潮に達しようとしている。

 

「・・・あんたの娘とか何とかは置いといて。何でいきなりそんなのが此処に現れるのかしらぁっ?!」

 

「即時の・解答を・求めます。浮気・ですか?」

 

「お、俺が俺1人で産みましたぁっ!」

 

 そして、美神の神通棍が振り上げられ、マリアがとてつもなく冷たい目で銃口を向けつつパイルバンカーを装着した腕を、弓を引くようにゆっくりと引き絞り、メドーサがそんな2人を睨みながら後方へ飛び退り。

 

 そのまま、血生臭い事件が一つ、で済んだのだろう。

 

 また訳の分からない戯言を、で済んだのかもしれない。

 

 しかし、忠夫は色んな意味でアウトだった。

 

 

「――トイレでっ!!」

 

 ずざざっ、と音を立てて2人が引いた。

 

 背後のメドーサの顎が外れている。

 

 

 

「(血とか)色々一緒に出て大変でしたっ!!」

 

 

 

 だがしかし、そんな事を知らない二人に如何聞こえたか。

 

 調子が悪いと言って作戦開始前にトイレに消えた忠夫。

 

 帰ってきた時にはとてもすっきりとしていた忠夫。

 

 ・・・・・・色々?

 

「め、メドーサ、あんた・・・」

 

「・・・・・・・・・消毒を・推奨」

 

「ち、ちがぁぁぁぁぁうっ!! こらっ、あんたも誤解を解けぇぇっ!!」

 

 メドーサの悲痛な悲鳴が木霊する。

 

 それに答えるように、その後頭部を握られむりやり立たせられた忠夫の口から、それを否定する言葉が――

 

「そ、そうっすよ! ちょっとした手違いで穴に落ちたけど大丈夫っす!!」

 

「誤解を助長するなぁぁぁっ!!」

 

 心底から哀れみの視線を向ける美神とマリアの前で、そんな視線を向けられたメドーサの拳が忠夫の意識を綺麗に見事に刈り取った。

 

 誤解を解ける筈の証人の意識を奪ってしまったメドーサが、起きろ起きろと半泣きで往復ビンタを永眠させかねない勢いで繰り出しつづけ、それを鼻を摘んだ美神とどこか哀れみを感じさせる視線で少女を眺めるマリアが、少し距離を取りながら生ぬるい目で眺めていたのは、月だけが知っている事実である。

 

「起きろぉぉっ!! 起きて誤解を解けぇぇぇっ!!!」

 

「う、ううう。き、切れるかと思った」

 

 口と喉が。

 

「ぎゃぁぁっ?! この馬鹿ぁぁっ!!」

 

 

 更に美神とマリアが距離を取った。

 


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