月に吼える   作:maisen

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第参拾伍話。

「・・・なーんか、忘れてるんっすよねー」

 

「ふーん。で?」

 

 事務所の外に見える光景は既に暗く、しかし街が放つ光が暗さに抗い活気を作り出している。

 

 窓の下を走る車の列も、帰宅ラッシュを終えた時間となっては少々疎らで、時たまトラックが騒音を立てながら行き過ぎるのみである。

 

 応接室のソファーに腰掛け、今日の除霊の報酬である骨付き肉の骨を口の端から飛びだたせたままの忠夫は、首を捻って唸っている。

 

「思い出せたの? それ」

 

「うーん、それが全く駄目なんっすよねー」

 

 うんうんと唸りながら首を捻る忠夫の横で、所長用の豪華な椅子に腰掛けたほんのり頬の赤い美神は、素っ気無い振りをしながらこっそり神通棍を取り出した。無論、忠夫がこの前の合宿の事を思い出した瞬間に再度忘れるまでしばき倒す為である。

 

「そろそろ諦めれば?」

 

「・・・そっすねー。思い出せないんなら大した事じゃないんでしょーから」

 

「大した事無いって何よぉっ!!」

 

「何で怒るんすかぁっ?!」

 

 思い出したら殴ろう、と心に決めていたが、言葉の内容がとっても腹が立ったのでがっつりしばき倒してみた。

 

 まぁ自業自得と言う事だろう。覗きは犯罪だし。OKOK、問題無し。

 

 そんな感じに所長が自己完結しながらも、今日も今日とてGS美神除霊事務所に半人狼の悲鳴が響く。

 

 台所で鼻歌交じりに紅茶を淹れていたおキヌの口から、微かな溜め息と少々の苦笑いが零れた。

 

「いつもどーり、ですねー」

 

 鼻を心地良く擽る六道家からの貰い物の紅茶の葉が醸し出す香りを楽しみながら、おキヌはいそいそとクッキーの入った箱の蓋を、カパン、と軽い音と共に開け放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お茶が入りましたよー」

 

「ぜはっ、ぜはっ。あ、ありがとうおキヌちゃん」

 

 綺麗に後ろに流されていた長髪を、所々跳ねさせながら息を荒げていた美神が振り返る。

 

 その手に持った神通棍に赤い何かがくっ付いていたり、足元でモザイクでも必要なんじゃなかろーか、と言う良い感じにスプラッターな物体がもぞもぞと蠢いていたりする。

 

 が、おキヌはそれを苦笑い一つであっさり流すと、奇跡的に赤い液体が付着していないテーブルの上に湯気を立てるカップを3つ、丁寧に置いた。

 

「ふぅ、全く・・・この馬鹿ときたらっ!」

 

「お、俺が何したっちゅーねん・・・」

 

「横島さんがそー言う事に鈍いのが悪いんだと思いますよー」

 

 神通棍をデスクの引き出しに放り込み、跳ねた髪を後ろ手に撫で付けながら美神がソファーに腰掛ける。

 

 その様子を横目に見、笑いを堪える表情でおキヌがその正面に腰掛ける。

 

 最後に、ふらふらとゾンビのような動きで忠夫の手がソファーの肘掛をまさぐり、それを手掛かりに体を引き摺ってソファーに登った。

 

「何よ、おキヌちゃん」

 

「いーえ。何でもありませんよー。クスクス・・・」

 

「・・・おーい」

 

 楽しげに肩を振るわせるおキヌと、それを半眼で睨む美神。

 

 そしてちょっと寂しそうに頭の上の赤い噴水を押さえる忠夫。

 

『・・・・・・フッ』

 

「てめ、人工幽霊一号! 今鼻で笑いやがったなッ?!」

 

『・・・・・・』

 

「あ、この、お前も無視するんかぁぁっ!!」

 

『・・・・・・・・・ハッ』

 

「うあぁあぁぁあぁっ! 一度ならず二度までもっ! もー勘弁ならん、其処になおりやがりゃぁっ!! たたっ切っちゃるっ!」

 

 何処からとも無く聞こえてきた、鼻で笑う声に対し天井を向いて怒鳴る忠夫。

 

 威勢良く叫んだ忠夫に対し、突然背後に出現した何時もよりも一回りは大きな全身鎧が無言で切りかかる。

 

 それを振り向きざまに真剣白羽取りで止めながら、忠夫は余裕ぶった笑いを浮かべてやったのだ。

 

「あぶねーっ! 死ぬ、死ぬかと思ったじゃねぇかぁぁっ!!」

 

(ふ・・・その程度でこの俺を如何こうしようなんざ、百年速いな!)

 

『本音と建前が逆です・・・!』

 

「てかお前何かでっかくなってねーかっ?!」

 

 見慣れた全身鎧のフォルムは残る物の、あちらこちらに増加したパーツが取り付けられていたり刃物が剣から大剣に近いほど大きくなっていたりと何故かバージョンアップされているようである。

 

『ふふふ・・・私も何時までも同じ位置に留まっては居ないのですよ・・・!』

 

「な、何やりやがった・・・!」

 

 仰け反った体勢ながらもじりじりと押し返し始めた忠夫に対し、更に体重を掛けながら圧し掛かるようにして潰しにかかる全身鎧。

 

『いえ、この前のお客様の首元に、ネックレスが掛かっていたじゃないですか・・・!』

 

「うん? あ、あーあー、おキヌちゃんの同級生だって言う美人のねーちゃんなぁ。初対面の筈なのにものすッごい目で睨まれたから・・・こ、怖く無かったよ?」

 

『目を逸らしながら言っても説得力はありませんね・・・!』

 

 ぎりぎりと歯を食いしばりながら持ちこたえる忠夫に対し、不自然な体勢ながらも気を抜けば押し返されそうな事に緊張を隠して人工幽霊が力を篭める。

 

 それを呆れた目線で眺める所長は、一つ溜め息をついておキヌが紅茶と一緒に持ってきたクッキーに手を伸ばした。

 

「あら、美味し」

 

「この前、一文字さんと一緒に来た弓さんが持ってきてくれたんですよ。美神さん外出してて残念そうでしたけど」

 

「へー。やっぱりあー言う所の娘は、そこら辺きっちりしてるわねー」

 

 ほのぼのとした会話を交わしながらクッキー片手に語り合う女性陣。

 

「ふぬぉぉぉっ!!」

 

『くぬぉぉぉっ!!』

 

 殺伐とした咆哮を交わしながら剣を間に押し合う馬鹿達。

 

「あ、そー言えば一文字さん、どーもタイガーさんといい雰囲気らしいですよ?」

 

「へぇ・・・タイガーが?」

 

「弓さんと一緒にお見舞いに行ったんですって。とっても良い感じだったそうですよ。最も、弓さんは弓さんで雪之丞さんと一緒にお見舞いに来たんですけど」

 

「・・・春ねぇ」

 

「もうそんな時期ですかねー」

 

 既に日も暮れている筈なのに、何故か2人に柔らかく注ぐ日の光が見えた。

 

 他人の色恋沙汰に話の花を咲かせる2人を余所に、僅かな空間を隔てた背後では何時の間にか腕が4本に増えた全身鎧が、段々と体を起こし始めた忠夫に対して更なる圧力を掛けんとしていたりする。

 

「何だその腕はぁぁっ?!」

 

『その女性の首飾りをちょちょっと分析いたしまして、改良してみました。何、あちらもこちらも無機物の身、誠意を篭めた説得の結果、快く教えていただけましたよ・・・!』

 

「そりゃ他人んちの門外不出の秘術でしょうがぁぁっ!!」

 

 あっさり一流派の大事な大事な秘奥をパクった不届き者に対し、一体何処から取り出したのやら、美神の破魔札連打が人工幽霊とついでに忠夫にもお仕置きとして襲いかかる。

 

 表面に書かれた値段が50円とか100円程度なのは美神も理性が残っている証拠か、それとも骨の髄まで守銭奴っぷりが染み付いている為だろうか。

 

 後者の可能性が圧倒的に高いのは言うまでも無い。

 

「『のぉぉぉぉぉっ?!』」

 

「ああっ?! 美神さんっ!」

 

 その光景を見たおキヌがソファーから立ち上がり、美神を責めるような目で睨む。

 

 彼女の目線は美神が投げつけた格安破魔札の取り出した場所にも向いており、少々困ったような声音で言い募る。

 

 ちなみに美神が取り出したのは、学校帰りのおキヌの鞄からはみ出ている一冊の本にホッチキスで適当に止められた紙袋からである。

 

「それ、私の参考書のじゃないですか! 『はじめてのじょれい・決別編―そして今日とは違う明日へ―』のおまけなのに!」

 

 一番最初の本は半額、全部集めるとGSグッズが一揃い完成する、お買い得かもしれないでもない気がするときっと幸せなんだろうな、な逸品である。

 

 『内容はちゃんとGS協会の検定通ってるし、神通棍っぽい棒、まるで精霊石のような石、超格安破魔札、見鬼君に良く似た人形等もおまけで付いて、とってもお買い得アルヨー』とは業者のお言葉。

 

 一番最後に付いて来ると噂の超小型精霊石クォーツが、特別価格で別売りじゃないかと巷ではもっぱらの噂である。

 

「あ、後で厄珍堂にでもつけといて」

 

 そっちか、そっちなのか、と煤けた半人狼と事務所の管理幽霊が半眼で見ているが、綺麗にすぱっとスルーした・・・と言うかそれに気付いてもいないおキヌは、美神の言葉に安心した表情を浮かべてソファーにゆっくりと腰掛けた。

 

「・・・あれ? どうしたんですか、2人とも。そんなに汚しちゃ駄目ですよ」

 

「『いーえー。何でもありませんよー』」

 

「・・・? 仲が良いんですね」

 

 その一言に全身鎧と忠夫は互いに顔を見合わせ、溜め息一つついてそれぞれ別々の部屋の角で天然の二文字を人差し指で書いてみたり。

 

 それをあくまで微笑ましそうに眺めるおキヌの横顔を見ながら、美神の頭にはやっぱりおキヌちゃんが一番手強いかもしれない等と胡乱な考えが横切っていた。

 

「でも、次からはもう買わない方が良いわよ、コレ」

 

「えー、だって爆発したじゃないですか」

 

 額を押さえて溜め息をつく美神の脳裏に浮かぶのは、異様に小柄な腹黒悪徳サングラス髭エセ中国商売人のおっさんの怪しい笑顔。

 

 一番最初に本物、でもコストパフォーマンスは文句無しの品を見せておいて、次で一気に回収、そのまま知らん振りを決め込むだろうあのおっさんに、後で裏付け取っといて搾り取ってやろうと思いつつ。

 

「・・・それ位なら六道学院でも使わせて貰えるでしょうが。そう言う場所なんだから」

 

「でもでも、ほら、表紙が美神さんなんですよ?」

 

「・・・肖像権の侵害もプラス、ね」

 

 額に青筋浮かべて握り拳に霊力をギュンギュン通わせる美神の背中には、巨大な般若が見えたとか見えなかったとか。

 

「でも、おキヌちゃんも真面目やなー。参考書とか買うなんて」

 

「え、だって、その・・・」

 

 一頻り落ち込んだにもかかわらず、誰の注目も集める事が出来ないと悟った忠夫が何時の間にやらひょこりと復活しておキヌの抱える本を覗く。

 

 話し掛けられたおキヌは両手の人差し指を合わせて、頬を僅かに染めてもじもじと。

 

「何時か、その、共働きでGSなんて・・・きゃー! 私ったら、私ったら!!」

 

 耳まで赤く染めて隣の忠夫をばしばしと叩くおキヌ。

 

 それを半眼で眺める美神。

 

 いきなり予想外の一撃を後頭部に喰らってソファーに顔から突っ込む忠夫。

 

 未だに部屋の隅で落ち込む人工幽霊一号。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処か緩んだ雰囲気を打ち砕く一撃は、夜景を写しこんだ窓を突き破って舞い込んだ。

 

「――美神っ! 美神令子はいるかっ!」

 

「ワルキューレっ?!」

 

 黒い羽を持った魔界の軍人が窓ガラスを突き破って乱入し。

 

「また会ったね美人のおねーさん嫁に来ないかがふっ!!」

 

「あんたは黙っとれっ!!」

 

 彼女をして反応さえさせずに忠夫がその手を握り締め、次の瞬間ワルキューレの視界から横っ飛びに消え。

 

「よよよ横島さん! 何人が良いですかっ?!」

 

「うががが・・・? お、多くても良いんじゃないかなっ?!」

 

「やだ、そんな・・・が、がんばりますねっ!!」

 

 吹っ飛んだ先で、思考がいらん方向に吹っ飛んでいたおキヌの問いに脊髄で答え、何か知らないが真っ白な糸が蟻地獄に引きずり込もうとしている光景が忠夫の脳裏に浮かび。

 

「おキヌちゃんも落ち着きなさいねぇぇぇぇ・・・!」

 

「きゃー?! 美神さん痛い痛いぃぃっ?!」

 

 地獄の炎を背負った美神のウメボシでぐりぐりとこめかみを抉られ台無しになった。

 

 ちなみに人工幽霊一号は悲鳴も上げられず部屋の隅で海老反りになって悶えている。

 

 緩んだ雰囲気は結構丈夫だったようである。

 

「ふむ。何時も通りのようだな」

 

「何処がよっ?!」

 

「説明が要るのか?」

 

「・・・必要無いわ」

 

 こほん、と空咳をして場の注目を集めたワルキューレが、頭に被ったベレー帽の位置を両手で調節しながら美神に声を掛けてくる。

 

 その長い耳が、僅かに赤く染まっていたのは美神の気のせいだっただろうか。

 

 ともかく、両手を下ろしたワルキューレの表情は、先日の魔族襲撃の際と同じくいたってクールな物であった。

 

「時間が無い、手短にブリーフィングを行なう」

 

「え?」

 

「日本時間にして10時間ほど前、魔族、神族に対してある場所より救援要請が入った」

 

 此処に至ってウメボシからコンボで移行していたアイアンクローからおキヌの後頭部を開放した美神が問い返すよりも早く、立て板に水と言った感じで機関銃の如く説明を開始するワルキューレ。

 その表情には、先程までには無かった焦りが僅かに浮かんでいる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいワルキューレ! 一体何を――」

 

「時間が無い、と言った筈だ。頼むから最後まで――」

 

「――お待ちなさいワルキューレっ!!」

 

「なのねぇぇっ?!」

 

 美神達の口論を掻き消すように、壁を突き破って砲弾のような何かが飛来する。

 

 それは2人の間を突き抜け、ついでに途中で誰かを轢いて反対側の壁に罅を入れつつ停止すると、暫しの間を置いてずりずりと床に落ちて伸びた。

 

「ああっ?! ヒャクメがっ! なんて酷い事をっ!」

 

「し、小龍姫がやったのねー!」

 

 がばっ、と起き上がった砲弾は、何故か傷一つ見当たらないご様子でだばだばと涙を流しながら投擲犯を訴える。

 

 しかし訴えられたほうはそれを軽く無視しながら、素早く美神に近寄ると一言述べた。

 

「金塊1t! 協力してください!」

 

「OKっ!!」

 

「待てコラ」

 

 小龍姫のいきなりの一言にあっさり懐柔された美神は、とても良い笑顔で真剣な表情でこちらを見やる神族とシェイクハンド。

 

 魔族のほうは思わず裏手で何も無い空間に突っ込みを入れつつ二人の間に体を割り込ませる。

 

「美神! お前は仮にも人界でトップクラスの霊能力者だろうが! 良いのかそれでっ!」

 

「良いのよっ! お金があれば良いのっ!」

 

「ふふふ・・・美神さんとの付き合いは、私のほうが長いんですよ」

 

「小龍姫も小龍姫だっ! 神族の癖に金の話が先で良いのかっ?!」

 

 喧々諤々と叫びあう神族魔族にGS。

 

 異様といえば異様なのかもしれないが、GS美神除霊事務所と言う場においては「まぁ、そう言う事もあるわな」の一言で片付けられてしまう程度の事である。

 

「しかし、契約は契約! 神族が先に美神さんと契約したのは事実ですっ!」

 

「・・・ふっ、甘いぞ小龍姫!」

 

 びしっ! と勇ましく小龍姫を指差すワルキューレ。

 

 その姿はまさに戦乙女の名に相応しく、思わず横で見ていた忠夫が1歩後ろに下がる。

 

 そして指差された小龍姫といえば、こちらは口惜しげに奥歯を噛み締めていたりする。

 

「確かに、美神令子は重要な要素だ・・・神族魔族に係わりの無い、人間として、尚且つそれなりに戦力となり得る存在だからな」

 

「クッ・・・!」

 

「しかし、そう、だがしかし、だ。今回はもう1人、重要な人物がいるな?」

 

 心当たりがある、という表情を隠し切れず、しかしそれでも口を閉ざして視線に口惜しさと気合を入れて睨み返す小龍姫。

 

 美神は美神でその会話を、聞き耳を立ててしかし突っ込まない。

 

「そう、あの男だ・・・こちらは、既にコンタクトに成功した。我が弟が、な」

 

「・・・あなた1人しか来ていないと思ったら、そう言う事ですか・・・」

 

 美神と忠夫が思い浮かべたのは、苦労性ながらそれなりに頼りになるような気がしなくも無い1人の魔族、ワルキューレの弟、ジークフリート。

 

 おキヌは痛む頭を抱えて部屋の隅でちょっと涙目、ヒャクメに吹き飛ばされた忠夫は部屋の隅でそろそろ動きを止めかけている全身鎧とパズルの如く絡まりに絡まり、ヒャクメは力尽きたようにその隣でへばっている。

 

「・・・これでフィフティフィフティ、だな」

 

「・・・まぁ、良しとしましょう」

 

 二人の間でなにやら合意に達したらしく、漂っていた緊張感を和らげつつ臨戦体制を解く。

 

 そしてやおら同時に美神のほうを振り向くと、笑顔でハモって一言のべた。

 

「「と言う訳だ(です)」」

 

「さっぱりわからんわっ!!」

 

 そりゃそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、先程の続きだが――」

 

 その後も少々揉め事は在ったものの、漸く、という感じで落ち着いた雰囲気を取り戻した事務所内にワルキューレの平静な声が響き渡る。

 

――曰く、発端は、突然送られてきた通信であった。

 

 神界、魔界のデタント派に送られてきた通信の内容は、緊急を要する援助を求める類の物。

 

 送り主は、月に住まう神族、月神族から。

 

 時としてはるかな距離を隔てた地球上にさえ影響を与えるその衛星は、古来より膨大な魔力――本来の意味での魔力とは違うモノなのかもしれない。月に住まうのは、カテゴリ分けをするのなら神族なのだから、どちらかと言うと純粋なエネルギーに近いものだろう――を有するその性質にもかかわらず、同時にその距離と言う概念から手を出すには難しすぎる天然の要害としても存在していた。

 

 そして、地球に存在する神族魔族両方とも繋がりを持たない、ある意味独立した存在として幾星霜を過ごしてきた。

 

 が、その通信の内容によって、その状況は一変する。

 

 反デタント派の魔族が、その膨大な魔力を狙って月に侵入してきたのだ。

 

 月神族も必死の反撃を試みたが、全て徒労に終わり、そして地球に存在する者達に救援を申し込んできたのだと言う。

 

「もし、反デタント派の魔族たちが月に存在する魔力を活用できるとなれば、現在の緊張緩和の流れが一気に覆る可能性があります。それ程、あの地にあるエネルギーは膨大な物なのです」

 

 しかし、此処で問題が一つ持ち上がる。

 

 誰が、救援に向かうのか、だ。

 

 神族が行けば、其処に存在する魔族との戦いに当然なるだろう。

 

 それは未だに魔族の中に存在している潜在的反デタント派に良い攻撃の種を与えるような物。

 

 火薬庫に火種を放り込むような真似をする訳には行かない。

 

 それでは、魔族が対応するか?

 

 これも、否。

 

 神族も魔族も決して一枚岩では無い。

 

 しかし、だからと言ってはっきりと見える形で内紛を起こしてしまえば、神族のタカ派が急先鋒となって馬鹿をやらかすかもしれない。

 

 また、魔族側も下手にそちらに戦力を回すわけには行かない。

 

 仮にも衛星一つを攻める相手である。

 

 それなり以上の力を持った者が居る筈であるし、それに対抗できるだけの戦力を回せば――均衡の保たれている現状を、神族側に傾ける事になる。

 

 魔族内でもそれに対する懸念が真っ先に上げられた。

 

 故に、どちらにも属さない勢力。

 

 しかし対抗できるであろう者達。

 

 要するに、美神令子とその周辺の者達で、何とかしてもらおう、と言う事になったのである。

 

 ・・・まぁ、話が此処で終われば良かったのだが。

 

 その後に、一つ余計な事がくっ付いた。

 

 とどのつまり、両陣営とも月神族に恩を売りたかったのである。

 

 最も、距離的な問題からどれほどの価値があるのか全くの不明である恩であるが。

 

 だから、交渉役として両陣営から選ばれた彼女達に、ちょっとだけ、可能ならばこうして欲しいなー、と言うニュアンスで伝えられた事がある。

 

 こちらの陣営が音頭を取って、率先して救援活動を行なった、と。

 

 そう言う形が取れたら良いなー、とか。

 

 根が真面目な2人であるから、当然の如く競争のような態を取った。

 

 超加速で先手を取ろうとする小龍姫に対し、ワルキューレが閃光弾を使用したりしたのも、それに腹黒な偉い柱達が巻き込まれ、その事を後々まで他の同族達に指さし笑われながらぶっとい釘を刺されたのも先の話ではあるが笑い話ではある。

 

「・・・この期に及んでそんな事を」

 

「そう言わないで下さい。組織という物は中々厄介な物なのですから」

 

「ヒャクメまで協力させた者の台詞か?」

 

 呆れた表情の美神に対し、疲れたように溜め息を吐く2人。

 

 ふと、ワルキューレの言葉に思い出したように小龍姫が問い掛ける。

 

「そう言えば・・・ヒャクメでも発見に梃子摺ったのに、よく見つけられましたね?」

 

「ああ、それか。ヒャクメ?」

 

「なんなのね~?」

 

 真面目な話をしていた3人の横で、柔らかい絨毯の上に車座になって緑茶を堪能していた忠夫達の間から、ヒャクメがひょこっと顔を出して聞き返す。

 

 右手に湯のみ、左手にクッキーを持ってご満悦の表情である。

 

「そっちでは見つけていたのか?」

 

「勿論! 大分苦労したけど、私に掛かれば、なのね~!」

 

「ほう、流石だな」

 

 もっと褒めて、とばかりに胸を張るヒャクメの隣で忠夫が不思議そうな顔をしている。

 

 しかし、その表情が何かに気付いたように呆れを形作り、苦笑いに締められた。 

 

 その表情を横目で見ていたワルキューレが唇にそっと人差し指を当て、美神が額に手を当てて天を仰ぐ。

 

「で、何処だ?」

 

「えっと、×××の、×××××なのね~。全く、苦労したのね~」

 

「・・・だ、そうだ。ジーク、聞こえたか?」

 

『了解しましたっ!』

 

 ワルキューレが頭に乗せたベレー帽を外すと、その中から小さな悪魔が現れた。

 

 マイクとスピーカーを掛け合わせられた、小さな鬼の口に当たるスピーカーからジークフリートのはきはきとした声が響き、小龍姫が呆気に取られた表情を浮かべる。

 

「さて――これで本当にフィフティ・フィフティだな」

 

「ず、ずるいですよっ!」

 

「ふふふ・・・。魔族にズルいとは褒め言葉だな、そうは思わないか? 神族の小龍姫殿」

 

 楽しげに微笑むワルキューレに、小龍姫が半眼で睨みを利かす。

 

 とは言え今更それが何かをもたらす訳でもなく。

 

 引き分けなのに、小龍姫は凄く口惜しい思いをしたので後でヒャクメに何か奢らせてやろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美神さん、宇宙までいくんすかー」

 

「あんたも来るのよ。月に行くんなら人狼のあんたが居た方が良いに決まってるじゃない」

 

「どうやってっすか?」

 

「ロケットを予定しているが?」

 

「・・・それは空を飛びますか」

 

「当たり前だろう」

 

「・・・じゃ!」

 

 良い笑顔で素早く逃げ出した忠夫を確保する為に、ヒャクメの千里眼やらおキヌの浮幽霊ネットワークやら小龍姫の超加速やらワルキューレの狙撃やら美神の手加減無しの神通棍やらが大活躍し、そのせいで大分時間を取られたのはご愛嬌・・・であろうか。

 

「いーやーやーっ! 鉄の塊が空を飛ぶわけないんやぁぁっ!!」

 

「つべこべ言わずにとっとと来なさいっ! ほら、さっさと乗るわよ!」

 

「飛行機もいやー! ロケットも嫌やぁぁぁっ!!」

 

「ワルキューレ」

 

「ほれ」

 

「あふぅ」

 

 某魔女謹製、魔界軍御用達の、象も1秒でぐっすりの睡眠薬『もう疲れたよ、パトラッシュ。お前、実はチャウチャウなんだけど今まで嘘ついててカンベンな?』が効き過ぎたりもしたが。

 

 ともかく、GS美神除霊事務所御一行、某国星の町に向かってレッツゴー、と相成ったのである。

 


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