月に吼える   作:maisen

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感想いただきありがとうございます。

覚えて頂いている方がいらっしゃって、大変嬉しく思いました。

無理せずぼちぼち完結できたらと思いますのでよろしくお願いいたします。


第七話。

 

――人狼の里、犬飼宅にて――

 

 玄関から聞こえてきた轟音に、3人が笑い声を止め、一瞬でそれぞれ傍らの刀や霊波刀を構える。

 

 頷き合う事も視線を交わす事も無く犬塚、犬飼が前に並び、長老が無言でその後ろに立って移動する。

 

 直ぐに視界に入ってきたのは、ボロボロになって吹き飛んだ玄関。もうもうと土煙を上げるそこからふらふらと千鳥足で出て来たのは、顔を朱に染めた酔っ払いどもだった。

 

 各々刀を持ったり、全く安定していない霊波刀をぶら下げたり、武器のつもりか酒瓶とたくわん一本まるごとを刀の如く構えたりと、一言でいうなれば「駄目だこいつら…早くなんとかしないと」である。

 

 長老たち三人が思わず揃ってポカンと口を開けたのも無べなるかな。

 

「くぉらぁぁぁぁぁ! ポチさーん! 出てこーい!…ヒック」

 

「ずるいぞー! 犬飼家ばっかり良い目見やがって~…うぃっ」

 

「くぉのエロエロむっつりー。 うっく。この刀、グネグネするなぁ…」

 

「ひっく!というわけでぇ~殴りこみなのだうぉぼろろろろろぇー」

 

 

 当然ながらそんな彼らを目にした彼らの上司たる里の長は、酔っ払いどもを成敗する為にこちらも武器を構えた。

 

 長老は額にぶっとい血管を浮かべながら、へらへらと笑ったりあるいは蒼褪めて入口の影に蹲っている輩共に躍りかかる。

 

「こーの、馬鹿たれどもがぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 先日からの庭の占拠の事もあってか、大分腹にすえかねていたようで、結構な勢いで振り回された霊波刀に叩かれてぽんぽんと飛んでいく酔っ払い達。

 

 すっかりバーサーク入った長老の振り回す霊波刀と、吹き飛ばされた彼らと、ふらふらながらも相手が誰だか分っていない様子で手近な人影と思しき物に反撃に出る酔っ払い。

 

 当然ながらまともに目標に行くわけもなく、殆ど適当に暴れ回っているだけである。

 

 酔っ払いが頭から突き刺さって破れる障子、割れる窓ガラス、吹き飛ぶ襖、ひっくり返るちゃぶ台、真っ二つになる絵、霊波刀に切り裂かれあっという間にボロボロになる畳。

 

「ああああああっ! 拙者が描いた沙耶の絵(等身大・輝く笑顔ばーじょん)がぁぁぁぁっ!」

 

 途中で家主の寝室に飾ってあったらしい入魂の一作が破れたようだ。

 

 怒りで増えたバーサーカー二体目が、殺意の波動に目覚めながら戦場へと突撃していくのを横目に、犬塚はぽつりと呟いた。

 

「…あいつ妙な所で器用だよな」

 

 一向に収まる様子の無い騒ぎをよそに、犬塚は一人安全圏である庭の外まで非難しており、どこからか飛んできた絵の残骸に描かれた、それはもう気合いの入ったフルカラーな全身が描かれた彼の妻の水彩画を見て、気楽に呟いた。

 

 今度娘の絵でも描いてもらおうかな、と思いつつ、彼は庭の地面に突き刺さって気絶しているアホ達をてきぱきと縛り、医療班の所へ御世話を押し付けに歩きだす。

 

 と、いうわけで。突如として酔っ払った嫉妬狼侍どもの襲撃を受けた犬飼宅では、相変わらずの混乱が起きていた。

 

「あー。ポチさんが増えたー。ヒック」

「むぅ・・・分身の術かっ! 流石だなっ! …うぃっ」

「エロさも掛け算だー。ケタケタケタケタ」

「(気絶中)」

 

「全員其処になおれー! 沙耶(の絵)のかたきぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

「はっ! 落ち着けポチッ!! 流石に真剣はまずいぞぉぉぉぉ!」

 

「おーやれやれー。あ、ポチー? あとでうちの娘も描いてくれ」

 

「犬塚ぁぁぁぁぁっ!!! お前もポチを止めんかぁぁぁぁぁ!!!」

 

里は今日も平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  さて、そんな里の日常はともかく、こちらは東京。

そこで生活を始めた横島の朝は、早い。

 

「いてててて…梃子摺らせやがって」

 

 都会のコンクリートビルに囲まれた木造安アパートを日の出より早く抜け出した青年は、今、東京を遠く離れた山中にいた。

 

「今日の戦果は猪が二匹に鴨が一羽か。良し良し、絶好調だぜっ!」

 

 そう呟く彼の手には、狼としての本能をフルに使った「狩り」で手に入れ、既に血抜きなどの下処理を済まし、ロープで吊り下げられた猪と鴨があった。事務所での給料では賄いきれない栄養を、自給自足で確保しにここまで――散歩がてらに――来ていたのである。

 

「あ、そろそろねぐらに戻らんと。遅刻しちまう!」

 

 漸く顔を出した太陽を見上げて呟くと、鼻歌交じりに山中を自動車並みの速度で、しかも獲物を肩に担ぎながら駆け出す横島。

 

 東京に来てはや一カ月。当初は不慣れな環境で迷子になったり、ふいに襲撃してくる冥子とその式神達に絡まれたり、時給250円では家賃と切り詰めた生活費で精一杯という事に気づいて「東京って建物も物価も高いっ!」と驚愕したり、その他色々と問題があったものの、すっかり都会での生活にも慣れ、今では毎朝狩りに出かけられる程度にはなっていた。

 

そんな彼は、目下、無駄にサバイバル技能と適応力の高い、都会に暮らす半人狼である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてなんやかんやと日もすっかり山裾から顔を覗かせ、都会の喧騒が一気に目覚めて騒がしくなった頃。

 

 GS美神除霊事務所は、一人の客人を迎えていた。

 

 応接室のソファーに腰掛け、目の前の友人であるぽやぽや雰囲気を漂わせる女性と雑談に興じながら、美神はその最中に飛び出したとある人物の名前に驚きを露わにする。

 

「ドクター・カオス?! …ってあの、錬金術師の? まだ生きてたの?」

 

「そうなの~~~」

 

 その友人、GS六道冥子はケーキをつまみつつ、フォークをぷらぷらと、と言うには遅い速度でふらふらと揺らしながら、その時の事を思い出す。

 

「古代の秘術を使って、不死になったのは良いけどここ百年ほど姿を晦ましていたじゃない~~? それが今、日本に来ているのよ~~」

 

「へー。どうして知ってるのよ、冥子?」

 

 とは言え驚きはしたものの、商売敵になる訳で無し、まぁそんなに自分に関係は無いだろう、とふんで、あまり興味を引かれた様子もなく、こちらはさっさと食べ終えたイチゴショートが乗っていた皿を片付ける令子。

 

「この前~空港であってサインもらっちゃった~~」

 

「…そう言えばあんた結構ミーハーだったわね」

 

「でも~、聞いた話だけだと~、なんとなく怖い人かもしれないじゃない~~」

 

そんな相手からどうやってサインもらったのかしら? その疑問が表情に出たのか、冥子はその理由を告げる。

 

 その理由を軽く答える冥子であった、がその際に飛び出したまた別の人物の名前で、事態は急転する。

 

「カオスさんを~~お出迎えに来てたお友達に頼んだら~、快くサインしてくれたわ~~」

 

「…オトモダチ?」

 

 その「お友達」に心当たりがあるのか、イヤーな雰囲気を漂わせ始める美神。

 

「うん、エミちゃんよ~」

 

「――小笠原 エミっ!!」

 

 二人の共通の知り合いであり、美神にとっても商売敵であり、ライバルであり、そして因縁の宿敵である女性である。美神はその名前と稀代の錬金術師の組み合わせに、霊感に嫌な感覚を感じて眉根を寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――都内・某所――

 

 ここで日付は一日戻る。

 

「――と、いうワケで、このGS小笠原エミが、あんた達と協力することにしたってワケ」

 

「なるほどのう。その、美神令子とやら、たしかに求め得る素材としては申し分ない。我が秘術の栄えある被験者としては、文句なし、じゃな」

 

「イエス。ドクター・カオス」

 

 ある喫茶店では、今日突然訪れた不幸を店長が店の裏で嘆いていた。

 

 今日の朝までは平和だったのだ。ビル街の狭間、主要道路から一本外れた土地であるにも関わらず、それなりには存在する常連の客に何時ものモーニングセットを出し、自慢のコーヒーで目をしゃっきりと覚ました会社員たちが職場と言う戦場へ出かけていくのを見送った。

 

 その後は時折ベルを鳴らして入ってくるまた別の常連達――何時も新聞を30分きっちり読んで、コーヒーを二杯飲んで出勤していくどこかの重役や、徹夜の仕事明けで朝食を食べながらうとうとしている若い社員、ほぼすっぴんで訪れてはカフェオレ一杯を飲みながらものの数分で化粧を完成させ、別人のような風貌で契約先へと出撃していくOL、そんな人達に憩いの一時を提供する筈だった。

 

 しかし、今日はそんな常連達も店内を覗くなりUターンして出て行った。

 

「…くっくっく。これで、私はあんのにっくき令子を消すことができるし」

 

「わしは目的を果たすことができる」

 

「くっくっく。笑いが止まらないワケ! おーっほっほっほ!」

 

「わーっはっはっは!!」

 

「そこでよ、まず―――――」

 

「なるほど、だがこうした方が―――」

 

「レコード・開始します。演算・開始。ドクター・カオス・情報出力媒体の・使用許可を・求めます」

 

 せめて隅でやればいい物を、店の真ん中のテーブルで怪しい雰囲気をふんだんに撒き散らし、時折高笑いや含み笑いを放つ三人組。

 

 一人は見た目は綺麗な、褐色の肌と長い黒髪の美女。きっと静かにコーヒーを飲んでいれば非常に絵になるであろうし、眼福であっただろう彼女はしかし、周囲の視線も気にせず高笑いを放ち、誰かに向かって呪詛を吐き、と迷惑度では一番だった。

 

 もう一人はこれまた非常に奇妙な女性だった。

 短めの赤に近い桃色の髪をした女性は、見た目はまさに人形の如く整っていた。

 しかし、動くごとに小さく機械音がしたり、妙に片言だったとはっきり言って怪しい。

 付け加えるならカチューシャから突き出しているアンテナがさらに怪しい。

 

 が、怪しさだけで言うならば残った一人も負けてはいない。

 皺と年季の入った風貌、整えられた白髪、見た目外国人なのに異様に上手い日本語、そしてなによりも季節と場所を無視した吸血鬼のようなマントと服。

 どこの中世貴族ですか、と言うかなんのコスプレですか、と言った服装ながら、周囲との調和を無視して似合ってしまう威厳と風格のある老人である。

 

 そんな奴らが店の真ん中で怪しい会話に耽っているのだ。 

 当然客は帰るし営業妨害甚だしい。

 

 

「店長ー。今日はもう店閉めましょうよー」

 

「…いや! 負けはせん! いままで幾多の地上げにも負けず、毎日店を開き続けてきたこの私が、この程度の嫌がらせで屈するわけには…!」

 

「でも、あいつらコーヒー2杯でもう3時間も粘ってるんすよー?」

 

「…あれでも客。あれでも客。あれでも客。あれでも客。あれでも客。あれでも客…」

 

「あー。もう、しょーがねー人だこと」

 

 

 結局その日は追加で6時間ほど新しく注文もせず、コーヒーのお代わりも無しに居座った彼らが帰った後、店長は塩をまくとそのまま店を疲れた表情で閉めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことが昨日あったとは露知らず。今日も今日とて事務所に元気良く出勤する横島であった。

 

「しまったなー。里じゃねーんだから竈も鍋も無いのすっかり忘れてた――ん?」

 

 早朝にゲットした獲物を調理しようとして道具が何もない事に気付き、残り少ない現金でどうやりくりして料理道具を入手しようかと悩む彼であったが、出勤時間まで残り少ない事に気付いた。

 

 捨てるのも勿体ないので大家の老婆に全部渡し、今日の食事は事務所でなんとかしてもらおうと鼻歌交じりに通勤路を歩いていた所で、ふと、その前方に立ちふさがる2人の女性を発見。

 

―――忠夫レーダー、感ありっ!!

―――総員、急加速に備えっ!

―――はっっしんっ!!

 

 残像さえ残さず接近すると、

 

「おねーさんがたっ! 嫁に来ないか?」

 

「対象・接近を・確認。捕獲モード・作動。捕縛用スタン・ガン――発射」

 

 真っ黒いコートを纏った女性が、その手首から飛ばしてきた先端に端子のついたワイヤーにあっさりと絡めとられ、黒焦げになって昏倒した。

 

「…ちょっと、マリア。これ流石にやりすぎなんじゃない?」

「ノー。ミス小笠原。収集したデータによれば・これ以下の電圧では・作戦開始前に逃亡する可能性・70%オーバー」

 

「70%オーバーって…とんでもないワケ、人狼って」

 

 黒焦げ、というか外観は殆ど人型の炭にしか見えない横島に、その2人の女性は話しながら近寄っていく。

 

 小笠原と呼ばれた女性に、人狼についてなにかとんでもない勘違いを与えたようではあったが、ともあれ彼女達はてきぱきと横島をロープで縛ると、近くの路地に止めてあったワンボックスカーにマリアが抱えて連れ込んだ。

 

(小笠原さんとマリアちゃんかー。しっかりと美女の名前を覚えたぞぅ! …がく)

 

 とは言え、今まさに絶賛拉致られ中の横島は、気絶しながらも余裕があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 更に時は飛び、その夜。

 

 GS美神除霊事務所は、ここ最近の三人組でなく、美神とおキヌのみという2人で今回の依頼人、いわゆるヤーさんの大手、地獄組・組長宅にいた。

 

 どうも最近身の回りで警察に出頭しろだとか、自首して罪を償えだとか言う不気味な声とともにポルターガイストが発生し、夜も眠れないと言う彼の顔にはくっきりと隈が浮いており、かなり消耗している様子である。

 

 そんな依頼人、しかも高額報酬を約束してくれた組長を前に、美神はイラついた雰囲気を隠そうとしてもいない。

 

(横島君が来ていない。前日までの情報を踏まえるとこの仕事にエミが関っていることは間違いない。と、いうことは)

 

「ふ、ふふふふふっ!」

 

 おキヌと組長に背を向けたまま、不気味な笑い声を洩らす美神。

 

 突然発生した迫力ある彼女のオーラの前に、慣れない二人は思いっきり背筋を震わせていた。

 

「ゆ、幽霊の嬢ちゃん、美神さんはいったいどうしたってんだ?」

 

「さ、さあ。今朝からあんな調子で…」

 

「ふふふふふふふふふふふふっ!!」

 

 昨日までの不可思議な呪いよりも、とりあえず目の前の夜叉の方が危険だと感じたヤクザの組長は、護衛人からの距離を大きく、おお~きく開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで、だ」

 組長宅より少し離れた公園で、人払いの結界を引いたエミとカオス、マリア。

 

 周囲は鬱蒼とした木々に囲まれ、また公園の中心部からも離れているせいか辺りは電灯の明かりがあっても薄暗く、また地面に描かれた複雑な魔法陣も相俟って、サバトでも開かれそうな雰囲気となっている。

 

「今日の材料はこの半人狼の子と、イモリの干物、鼈、マンドラゴラ、玉葱、その他諸々の呪術材料ってワケ」

 

「ひー! イモリと玉葱は嫌っスーーーー!!!」

 

 そして、なんというか、禍々しさを十二分に放つたくさんの怪しい物体(と、玉葱)に囲まれた、鎖でぐるぐる巻きの忠夫の姿があった。

 

「安心するが良い小僧。今回のお前の役割はいわばブースターと対美神令子用の霊波コーティングじゃ。手強い相手のようじゃからな、そやつの霊力に対抗するには、その霊波を日常的に浴びて、慣れたお前さんが丁度良かったもんでの」

 

「私が送り出す呪いの力をあんたの血の力で増幅して、それをあのじいさんがマリア用に調整!」

 

「その力に更におまえさんから取り出した…『AМF』、そう、『アンチ美神フィールド』とでも言うかの。それに転用しつつ、マリアが目標を拘束」

 

「そして護衛がいなくなった依頼対象をじっくりと「説得」するってワケ」

 

「「完璧なワケ!(じゃっ)」」

 

「マリアちゃん、って言うんだよね。可愛いねー。ねね、歳いくつ? 結婚の予定とかある?嫁に来ないか(キリッ」

 

「ノー。その質問に対し・回答権は・与えられていません――お褒めの言葉に対し・アリガトウと・のみ返答させて・いただきます」

 

「聞きなさいよっ! あとカッコキリッとか自分で行っちゃうワケ!?」

 

「余裕じゃのー小僧」

 

 上機嫌で今回の作戦を説明していたエミとカオスをよそに、マリアと共になんだかいい雰囲気の下地を作り始めていた横島は、二人の突込みに対し「やれやれ」といった表情を浮かべると、答えた。

 

「あんたらさー。わかってないと思うよ?」

 

「なにをよっ!?」

 

「ふむ? 面白い事を言うのぉ」

 

「…横島・さん? マリア・信用・できませんか?」

 

「「…へっ?」」

 

「ほう?」

 

 出会ったばかりの協力者ならまだしも、数百年一緒に存在していた製作者でさえ全く予想外の疑問符を放つ人造少女に対し、横島は慌てて言葉を続ける。

 

「いやいやいや! そーゆうことじゃないんだってっ! マリアはすごいと思うよ、実際!!」

 

「…アリガトウ・と返答させて・いただきます」

 

「ほーほーほー」

 

「あのー、マリア?」

 

 自分の知らない姿を見せられて、ニヤニヤと自分の顎を擦る何処となく面白そうな製作者を余所に、なんとなくさっきの続きをはじめそうな二人であったが、イラついた様子で、今度は褐色の肌を持つ女性が激しく問い掛ける。

 

「だーかーら! つまり、どー言うことなワケっ!?」

 

「相手があの美神さんだってことっすよ。小笠原さん、でしたよね? あ、結婚します?」

 

「ワケわかんないわよっ!」

 

「つまりですねー、そのー、実はですね? …一度しか言いませんから、良く聞いてくださいよ?」

 

「くだらない前置きは良いからさっさと――」

 

苛立った様子で横島の胸ぐらをつかみ上げるエミ。

 

「いやー、殺されるぅぅぅ!? たっすけてー! 誰かー! 埋められて殺されて犯されるー!!」

 

「ちょっ!? 人聞きの悪い事言うんじゃないワケ! あと何その猟奇的な順番!」

 

が、途端に大声を出して騒ぎ始めた忠夫に、今度は大わらわで沈黙させようと、口元に手を当てる、が、相手は押さえる場所は首から上だけとはいえ自分より高い場所にあり、しかも身体能力は十分人外。器用にクネクネと素早く動いて中々押さえる事も出来ず、焦りだけが募っていく。

 

ドクター・カオスもまた興味深げに彼と彼女を眺めている。面白がっているだけで頼まれない以上手伝おうとは言う気持ちは欠片もないが。

 

「ああもう! とっとと儀式を開始してやるワケっ! 行くわ――」

 

 が、口封じを諦め霊力を練り始めた小笠原エミがその続きを語るよりも早く、彼女達の背後の茂みで霊力の輝きが膨れ上がる。

 

 その光に気づいた時には既に時遅し。振り向いた小笠原エミの脳天に、鈍い音を立てて神通棍が叩きこまれた後だった。

 

 

「ふっふ~ん。やぁっぱり横島君を拉致ってたわねっ! 見つけたわよ、エミッ!!」

 

「なっ、何で此処にいるワケ…!? 護衛は…?」

 

 突如エミの背後にあった繁みを掻き分け現れたのは、亜麻色の長髪を持ち、神通棍を構え、戦闘態勢万全の美神令子とおキヌ。半ば脳震盪を起こした状態で、殆ど意地だけで意識を保ったまま、小笠原は得意げな美神を指さす。その問いの答えは、背後からするっと飛んできた。

 

「そりゃーこの人は、こんな状況なら「絶対」守るよりも攻める方を選ぶ人っすから」

 

「は、はは…そう言えばそうだった、ワ、ケ…がくっ」

 

 横島と話していた為に完全に不意を撃たれ、しかもその特性からどちらかというと接近戦の苦手な小笠原エミは、その奇襲の一撃たっぷりと霊力を流しこまれ、落ちた。

 

 実は忠夫、東京に来てすぐに、そのあまりの人の多さと交通の複雑さに大混乱を起こし、迷子になって「えぐえぐ」と半泣きで歩いていたところをおキヌに保護された、という忘れたい事実があった。

 

 それならば、迷子になったときの為に、とバンダナに発信機を付けていた美神であったが、六道冥子襲来時にサンチラの電撃によってあっさり故障。こういった仕事で、迷子で助手が不在で使えませんでしたー、では正直困る。ので、耐電、耐水、耐熱、耐衝撃の高価な発信機に付け替えた。

 

 「いちいちぶっ壊れるような奴を使ってたんじゃ、経費も馬鹿にならないからねー」とは美神の弁。今回は、その発信機が今回は思わぬ効果を表した結果となった。

 

「…ふむ。あっさりとこちらの計画が潰されてしもーたか」

 

「ドクター・カオス。ミス・エミの脱落により・勝率・32%・ダウン。撤退を・推奨・します」

 

 先ほどまでのマリアを眺めていた時の面白がるような雰囲気はすでになく、味方の脱落さえも泰然と受け入れるドクター・カオス。

 

そしてその横に無表情のまま立つ機械の娘、マリア。

 

「あんたが『ヨーロッパの魔王』、ドクター・カオスね」

 

「いかにも。して、美神とやら、小僧の方に気を引かせての奇襲とは、なかなかやるのぅ」

 

「なんのことよ? あんた達が勝手に横島君に絡んでたんでしょーが」

 

「…なるほど、一流の呪術師が結界を抜けられて気付かない程興奮しているとは、妙に挑発めいた戯言だとは思っていたが――お前の策か、小僧」

 

 そういって、横島を眺める目線には先ほどまでは確かに欠片も感じさせなかった、超一流を超えた錬金術師としての、深い――正に深海のような――知性と、底知れなさがあった。

 しかし、その人類の超越者に対し、

 

「え、なんのことっすか?」

 

 と返す、悪戯の成功した子供のような顔を、隠そうとして隠し切れていない横島。

 

「ふ、は、ははははははっ!!」

 

 そして、堪え切れなくなったように大声で笑い出すと、そのままロングコートを翻して夜の闇へと消えていくカオス。

 

「――行くぞ、マリア! 今回はわし等の負けでかまわん!」

 

「イエス。ドクター・カオス」

 

 彼は、自らの最高傑作である人造少女を供に、そのまま公園の外へと歩き出していった。

 

「ほーっほっほっほ!!これで20勝18敗1引き分け!私の勝ち越しねっ!」

 

「ううう…今回で並ぶ筈だったのにぃぃ…次こそ見てなさいよ令子ぉぉぉぉ…」

 

「美神さーん。そんな死人に鞭打つようなことしなくてもー」

 

「甘いわよ、おキヌちゃん!! この前は私が黒星だったんだから、これぐらいはぜんっぜんOKよ! おーっほっほっほ!!!」

 

 その後ろでは、臍をかむエミと、その背中を踏んで悦に入る美神、それを宥める幽霊少女の姿が会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…くっくっく。面白い小僧じゃ。なぁマリア?」

 

「その問いに・答えとなる・言葉を・持ちません。ドクター・カオス」

 

「ならば、こう問うとしよう。あの小僧に、また会いたいか? 我が娘よ」

 

「イエス。ドクター・カオス」

 

「わーっはっはっは!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とある深山渓谷の奥深く――

 

「どこでこざるかぁぁっ!!狐ぇぇぇぇっ!」

 

 意味深な笑いを浮かべて走り去ったタマを追いかけてシロが見たものは―――

 

「…狐が9匹ぃっ?!」

 

 強烈な妖気を漂わせる岩を囲み、タマが9匹・・・綺麗な円を画いて遠吠えを繰り返す様であった。

 

『くぉぉぉぉぉぉぉん―――』

 

 鳴き声が共鳴しあい、その響きがあたりを満たすと共に、その中心から沸き出でる妖気はその密度と、量を増し、

 

『くぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん――――!』

 

 一際長いその鳴き声の元――砕け散った。

 

 舞い起こる粉塵に視界をふさがれ、あたりに満ちたあまりにも強烈な妖気は人狼の鼻を狂わせ、シロに見えたのは、その衝撃に巻き込まれる9匹の九尾の狐と――

 

「狐ぇぇぇぇっ!」

 

 その姿が、9本の光り輝く金色のナニカとなって、混ざり合う光景だけであった。

 


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