月に吼える   作:maisen

78 / 129
第参拾弐話。

 ―― 一部の人々にとっては大混乱の一夜が明けて ――

 

「頼んだわよ、おキヌちゃん」

 

「良いですけど・・・全力で、って言うのがアレですね」

 

「丁度良いじゃない。練習だと思って気楽に、ね?」

 

 旅館に添えられるようにして整備された駐車場の真ん中で、おキヌと美神を中心に、彼女達を囲むように円を組んだ六道女学院生達の視線が集中する。

 

 おキヌが美神と懇意にしている事は既に彼女達の中にも広まりきっており、尚且つ既にGS美神除霊事務所にて助手として働いており、更には一流のネクロマンサーであると言う、彼女。

 

 良くも悪くも値踏みするような視線が集まる中で、何時もの巫女服の上から暖かそうなダウンの上着を着たおキヌは、取り出した笛にそっと唇を寄せた。

 

『ピュリリリリリリリ――』

 

 おキヌが指示されたのは、情報収集と逃げ足と回避能力にとんでもなく特化している馬鹿を捕まえる為、こちら側の戦力補強として霊達を召喚する事、である。

 

 六道女学院の1学年分の人数が集まっているとは言え、追い詰めるべき対象の厄介さは美神もよ~く分かっている。

 

 ならば、単純に数を増やして押し切るのが現状では最も手軽な手段であろう。

 

 何せ、こちらにはおキヌが居るのだから。

 

 ただ、美神にも色々と誤算があった。

 

 この場所は、実習に選ばれただけはあって、想定外の事象――所謂、ハプニングだとか事故だとかが起こりにくい場所である。

 

 除霊実習におけるハプニング。つまりは、悪霊だとか妖怪だとかが少ないのだ。

 

 勿論、美神達は知らないが、それが近くにある人狼の里の住人に寄る縄張りのせいだと言うのは、まぁ、当然と言えば当然か。

 

 彼らが修行とか買出し――主に狩りとか嗜好品や長老の茶畑の肥料用の腐葉土、山菜の採取――の名目で、頻繁にとは言わないまでも出かけている事を知っていれば、推測ぐらいは立ったであろうが。

 

 ともかく、それが第一の誤算。

 

 故に、手応えのなさに首を捻るおキヌに突き刺さる胡乱気な視線を不愉快に思いながらも美神が出した答えが、「全力で吹いちゃいなさい」である。

 

『ピュリリリリリリリリリリリリリリ――!』

 

「ちょ・・・おキヌちゃん! おキヌちゃーん!!」

 

『ピュリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ――!!』

 

 おキヌは美神の言葉によく応えた。

 

 いや、応えすぎたと言っても過言ではあるまい。

 

 一生懸命笛に霊力と息吹を吹き込みながら、おキヌの頬は力んだ表情とともに段々と赤く染まっていく。

 

 何処からどう見ても酸欠状態に近づいていっているのであるが、そんな彼女よりも切羽詰った状況に置かれているのが周囲の人達であろう。

 

 霊波に変換され、霊体に直接干渉する音が、おキヌの笛の音が辺りの空間を埋め尽くす。

 

 残響さえも残しつつ、しかも現在地は山の中。

 

 霊波に変換され様とも、音は音としての性質を崩さないので。

 

『『『ピュリリリリリリリリリリリリリリ――!』』』

 

 山彦となって共鳴し、最早暴力的な圧力を持って周囲の空間を揺るがし始めた。

 

「おき、おキヌちゃ――」

 

 最も間近で聞いた美神は耳を押さえながら倒れ伏し、周囲を囲んでいた学生達も既に何人かは昏倒して何かが口から抜け出しかかっている。

 

 それなりの霊力持ちなら何とか耐えられているようではあるが、未だ発展途上の学生達には中々にキッツイものがあるようで。

 

「い、一文字さん! 一文字さーん!」

 

「ああ、弓・・・なんかバスが来たよ。大勢だから特別運行? 黄色い泉でキイズミ行き? ははは、何処だよそれ? 何? 六文? あたしは一文字だっての」

 

「ちゃんと勉強しなさいっ!! それは乗っちゃ駄目ですわぁぁっ!!」

 

 何処となく透けかかりながら昇って行こうとする一文字の胸倉を掴んで引き摺り落し、その真下で白目を剥いて気絶しているようにも見える、もう一人の一文字の開いた口に押し込みながら弓が叫ぶ。

 

 似たような光景が彼方此方で目撃されているが、皆一様に必死である事だけは共通していた。

 

「あらあら~、皆大変~」

 

「お母様~、どうしましょうか~?」

 

「そ~ね~」

 

 少し離れた場所では間違い無く現状で一番の霊力持ち達が、のほほんと困っていたりもするが。

 

 ともかく、おキヌの方もそろそろ呼吸が苦しくなってきたようであり。

 

『ピリリリリッ――』「ぷはっ!!」

 

 真っ赤な顔のおキヌが笛から口を離し、荒い呼吸で酸素を貪るように求めているその足元で、美神は体を引き起こしながら額に井桁。

 

 しかし、その美神の怒りが爆発する前に。

 

「すぅぅぅぅぅぅ・・・」

 

「おき――」

 

『ピュリリリリリリリリリリリリリリ――!』

 

 僅かに呼吸を整えたおキヌが、美神が制止する暇も無く、大きく息を吸って盛大に吹き込んだ。

 

 再び直撃を喰らって蹲る美神と、一端引っ込んだのにまた学院生達の口とか鼻とかから洩れ始める白いナニカ。

 

 そんなあっと言う間に生まれた生死の狭間の空間で。

 

 おキヌは、そろそろぼんやりと白くなり始めた意識を最初から閉じていた瞼に更に力を篭める事で無視しつつ、いい加減に誰か来てくれないかなー、と思っていた。

 

 何せ、殆ど全く手応えが無いのである。

 

 万単位の悪霊が集まった霊団を浄化したおキヌの力、本人は自覚が無くとも、はっきり言って無茶苦茶のレベルに達している。

 

 死津喪比女を相手にする際に流れ込んだ地脈のエネルギーが同調したのか、それともあたりの山々に木霊する笛の音の相乗効果もあったせいか。

 

 ともかく、出力、変換効率、ともに文句無しの筈である。

 

 しかし未だに霊達が集まってくる様子が無い。いや、確かにこちらに接近してくる存在はあるのだが、その数が少な過ぎるほどに僅かなのだ。

 

 「まだまだだなぁ・・・」と、少々へこみつつも、僅かなりとは言えこちらに近づいてきた存在にお礼と協力を、と。

 

 おキヌは笛を吹きながら、閉じていた目をゆっくりと開いていった。

 

『ピュリリリリリリ――プビュ』

 

 吹いた。いや、笛は吹いていたのだが、なんと言うか、目の前に現れた者が余りにも予想をブッ千切ってくれたので。

 

「ごほっ! ごほっごほっ! み、美神さんー!」

 

「・・・なぁにぃかぁしぃらぁぁっ!」

 

「な、何で怒ってるんですかー?!」

 

「周りを見なさい周りをっ?!」

 

 何故か蹲っていた美神が、よろよろと立ち上がりながらもの凄く怒った表情で詰め寄ってきた。

 

 その言葉に辺りを見回せば、死屍累々と言う言葉がピッタリくるような惨状が広がっている。

 

 皆倒れ伏し、辛うじて意識のある者達が昏倒した者を揺さぶって復活させようとしていたり、その後ろで式神を全部出してしまった冥子が、その母に「制御が甘い」と怒られていたり、更に後ろの旅館の窓から、寝巻き姿のエミが殺気の篭った視線で体を乗り出して何かを探していたり。

 

「えっと・・・風邪ですか? あんまり雪国の夜に油断しちゃ駄目ですよ?」

 

「おキヌちゃんおキヌちゃんおキヌちゃん・・・!」

 

 のほほんとそんな注意事項を述べる、雪国での生活経験をお持ちのおキヌであったが、背後の美神がその肩を血涙混じりに握り締めた事で何となく嫌な予感を感じていた。

 

「み、美神さん?」

 

「ちょ~っと、お話しましょうかぁぁぁぁぁ?」

 

「えうっ?!」

 

 そのままおキヌの襟を掴んで引き摺り始めた、幾つもの血管を浮かべた美神の肩を、軽く叩く勇者が居た。

 

「何・・・よ、ぉ?!」

 

『何か用があるのではあるまいか?』

 

『御呼びに応え、参上仕ったでござる』

 

 そして、美神の誤算、その二。

 

 振り向いた美神の視界には、ごっつい戦国時代風の鎧を着込んだ二人の武者。

 

 肩の上には人魂が浮かんでおり、その雰囲気と薄っすらと向こう側が透けて見えることから彼らが幽霊であることは分かる。

 

 だが、問題は。

 

『『我ら、人狼族の地侍なり。――して、何用でござるか?』』

 

 彼らの頭の上にある、ピンと立った二つの狼耳と、その鎧の後ろに垂らされている柔らかそうな尻尾であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひょう、と音を立てて雪が舞う。

 

 視界を、気紛れに吹いた風に掬われて舞った粉雪は、太陽の光を反射して尚、その輝きを一欠けらたりとて失わせない。

 

 白い世界、と言われる程に、確かにその光景は只白く、そして美しかった。

 

 だが、故に。

 

 その世界は、容易く命を奪う世界。

 

 冷たく、白く、冷厳な。

 

 残酷なまでの純白。

 

 降り積もるが故の、喪失。

 

 

 ――とは言え。

 

 

「誰でござるか?」

 

「さぁ? あんたの知り合いじゃないの?」

 

「うーむ・・・あんな歳の割に露出度の高いのは知らんでござるなぁ」

 

「ま、ちょっと無理よね」

 

「きーさーまーらぁぁぁっ!!」

 

 子供は風の子元気の子。

 

 真剣な表情で、尚且つ聞こえるように言っているのではないかと言わんばかりの声で、シロとタマモは時代錯誤な事に果たし状を出してきた雪女の前にいた。

 

「んんっ! ごほんっ! え・・・と――ほーっほっほっほっ! よく来たな、小娘どもっ!!」

 

「芸が無い、捻りが無い、意外性が無い。5点」

 

「いや、それはちと厳しくは無いでござるか? 何事にも形式という物はあるでござるし、いくら使い古されたとは言ってもそれを踏まえる事も大事でござるよ」

 

 接触直後にいきなり失礼千番な事をほざかれた上に、折角気を改めて口上を述べようとした所でその口上さえもズンバラリ。

 

 切れ味の良いタマモの辛い評点もさることながら、フォローと見せかけて追撃かますシロも中々の猛者である。

 

「大体何よ、指定した場所が東の山、杉林の近く? 何処よそれ。付くのにえらく時間くっちゃったじゃない」

 

「うっ?!」

 

「もっと他人に分かりやすい目印は無かったんでござるか? 呼び出した方がそういう事には気をつけないと駄目でござるよ」

 

「うううっ?!」

 

 シロとタマモの言葉のナイフが突き刺さる。

 

 こう、グサグサッと。

 

 よろよろと後退した雪女は、ちょっと涙ぐみながらも抗弁する。

 

「う、うるさいわっ! そんな事より――」

 

「うっわ、聞いた、シロ? そんな事だって」

 

「信じられん神経でござるな・・・! 大人気無いのもここまで至ると驚きが来るとは、拙者、初めて知ったでござる・・・!」

 

「う、うううっ」

 

 容赦が無い。実に容赦が無い。

 

 まさに口撃であろう。

 

 一言話せばタマモがサクッと急所を突き、その隙間を埋めるようにシロが塩を塗りこめる。

 

 未だ何らアクションを起こしていないのに、雪女のハートはぐさぐさである。

 

 ちょっと落ち込んで膝を抱えてしまった雪女に、シロとタマモは二人目線を合わせて何かを確認しあう。

 

「「ああ、友達居ないんだ(でござるか)」」

 

「うわーん!」

 

 見事な止めであった。

 

 きらきらと輝く雪を蹴立てながら、雪女は真昼だと言うのに夕日に向かって駆けていく。

 

 それをニヤリと悪者笑いで見送る二人の目に、その赤い夕日は確かに見えていた。

 

「しかし、意外ね・・・あんたがこんな方法で納得するなんて思わなかったわ」

 

「拙者の身に憶えが無いでござるからなぁ・・・流石にこちらが悪いかも、と思うと迷いがでるでござる。ならば、初めから抜かぬのも刀法でござるよ」

 

「・・・ま、いーけど。どうせ、あの手のには挑発位しか効果が無いでしょうし」

 

 シロの言葉に薄っすらと、本人さえも分からない程度の笑みを浮かべながら、不思議そうにこちらを見てくる瞳を見返す。

 

 少し前よりも確かに成長した彼女は、こちらよりも僅かに高い背と腰まで流れるような銀の長髪を持っていた。

 

 これまた同様に、同じくらい成長したが僅かに負けている凹凸を再確認してちょっと腹が立ったものの、今はまだ良しと割り切る事にする。

 

 いつか見てろ、とは口に出さないが。

 

「しかし、あーやって逃げてったでござるよ?」

 

「馬鹿ね、あの手のしつこい女は――」

 

 遠くを見るタマモの目。何処までも冷静で、しかし同時に震えるような魅力を篭めた、その視線。

 

 そして、その先に、間欠泉が吹き上がるように、逆落としの滝のように上に向かって炸裂する巨大な雪の柱が出現した。

 

「――この、性悪いぢめっこどもめー!」

 

「きちんと処理しないと、何時までもこっちを恨むわよ」

 

「・・・やれやれ、面倒でござるなぁ」

 

 その雪柱の上から、まだちょっと涙目のままの雪女が吼え猛る。

 

 苦笑いとともにそれを眺めつつ、シロは右手に霊波刀を、タマモは体の周囲に幾つも狐火を作り出し、二人同時に突っかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・忠夫、お前ちょっと来い」

 

「何で?! 犬塚のおっさん、俺は関係無いって!!」

 

「いや、お前のせいだと思うでござるよ。悪い影響ばかり与える愚息ですまんな、犬塚」

 

 シロとタマモが突っかけた、その後方の雪化粧をした茂みの中。

 

 しっかり風下に陣取った人狼3人と雪之丞、タイガーは、シロタマの口撃に色んな意味で慄いていた。

 

 近くの木にしがみ付いて無実を訴える忠夫の襟首を掴んで引っ張りつつ、ヤル気の笑顔を浮かべた犬塚父が額に青筋浮かべて殺気を放ち、犬飼ポチが笑顔で忠夫の指を一本一本剥していく。

 

 それを横目に見ながら、雪之丞とタイガーは何故自分達まで巻き込まれたのか、理不尽に思いながらも雪女のはだけた胸に視線を集中させていた。

 

「ま、ママに似ている・・・!」

 

「し、刺激的ジャー・・・」

 

 鼻の下をビローンと伸ばしながら、シロとタマモの攻撃を吹雪や隆起させた雪の壁で必死に回避している雪女の、動くたびにポロリと行きそうな上下左右に激しく揺れる胸に合わせて頭を動かすその様は、兄弟子とか雇い主が見たら即シバキが入りそうなくらいには情けない物であった。

 

「お、決まりそうでござるな」

 

「いや、果たし状を里に出すほどの相手だ。切り札くらいは持っているだろ」

 

 楽しげに忠夫を弄っていたコンビが、それでも常に視界の端に捕らえていた状況が変わった事に気付く。

 

 シロが強引とも思えるほどに踏み込み、攻め立てれば、後方からタマモがその隙を埋めるように狐火を打ち込み、幻術で翻弄する。

 

 霊波刀を凌げば左右から包み込むように狐火が殺到し、それを雪の壁で何とか防ぎきったと思った瞬間に、その壁ごと霊波刀で切り倒されそうになって慌てて後方に飛び退る。

 

 完全に連係が取れている事に驚いている忠夫の頭を小突きながら、親父達は誇らしげに笑んでいた。

 

「娘達もしっかりと成長しているでござる。お前は、ちゃんとやっているんでござろうな?」

 

「シロに追い越されちゃ、兄としては面目が立たんだろう?」

 

「ほっとけ」

 

 少し不貞腐れたように呟いた忠夫は、しかし嬉しそうな表情を隠しもしない。

 

 妹分達の成長を、あるいは隣に立つ二人よりも喜んでいるのは彼なのかも知れない。

 

「くっ! やはり、本気を出さなければならないようね!」

 

「なら、最初から出すのが当然でござろうがっ!!」

 

「はんっ! 所詮は3流って事かしらっ!!」

 

 口惜しげに叫びながら、一際巨大な壁を作り出し飛び退る雪女に、前方の視界を塞ぐ壁を溶かし、貫きながらも距離を取る二人。

 

 警戒を忘れず、雪女だけでなく、周囲の状況にも気を配る。

 

 後方の警戒をタマモが担当し、前方をシロがカバーする。

 

 長老の依頼によって老犬マーロウに叩き込まれた連係は、二人の新たな力といっても過言ではない。

 

 故に、狼と狐の少女は負ける気がしていない。

 

 ただ、二人とも、どうせパートナーとして戦うのなら、と同じ顔を思い浮かべているだけである。

 

「出でよ、我が下僕たち!!」

 

 朗々と声高く宣言した雪女の声に呼応するように、その周囲の雪が吹き上がる。

 

 その雪は一瞬で雪女の身長よりも高く跳ね上がり、次の瞬間にはその傍らに収束し、奇妙な形を作り出す。 

 

 それは、高さ3M、幅1M程の、細部まで作りこまれた巨大な白い鎧武者。

 

「ほーっほっほっほっ! 霊峰の万年雪を核に、わたしの妖力と雪で作り出したゴーレム達よっ!」

 

 心底勝ち誇ったように笑う雪女は、しかし前方の少女達が絶望とか不安の表情を湛えない事に懸念を抱く。

 

 いや、浮かべているあの表情は――同情とか、哀れみとか言わないだろうか。

 

「その歳で人形遊び・・・ほんっーとに友達居ないのね」

 

「拙者、本当に悪い事言ったかもしれないでござる・・・すまぬ」

 

「どやかましいっ!!」

 

 緊張感皆無であった。

 

 とは言え、雪女の従えるゴーレムの数、およそ50。

 

 その実力は定かではないが、50近くを相手にするには、2人というのは少々きつい。

 

 しかも、雪女もここぞとばかりに後方から攻撃してくるだろう。

 

 前衛を持った遠距離攻撃能力者ほど厄介な者はない。

 

 シロの突撃とタマモの援護射撃で、まともに集中さえ出来なかった先程とは全く逆の展開さえありうる。

 

 軽口を叩きながらも、二人の手にはじっとりと嫌な汗が流れている。

 

 だが、しかし。

 

 此処には、かなり恣意的なモノがあるとは言え、しっかりばっちり彼らが居る。

 

「ちょっと待ったァァッ!!」

 

「何っ?!」

 

 シロとタマモにとっては、久し振りにさえ思えるその声とともに、彼女達の後方から3つの影が飛び出した。

 

 3つは一瞬にしてゴーレムたちの懐に飛び込み、次の瞬間にはその胴体に巨大な穴を穿ち、あるいは頭から股間までを一刀両断し、あるいは四肢を切り落とし動きを止める。

 

「ヌルい。期待外れでござるな」

 

「余計なお世話かな、こりゃあ」

 

「・・・とんでもねぇな、おっさんら」

 

 担いだ刀の背で肩を叩きながら、残念そうな表情を浮かべる親父達。

 

 その横で、魔装術を纏った雪之丞が、驚いたような、しかし闘志に溢れた笑みを顔を覆った布のような仮面の下に作り出している。

 

 その光景に唖然としている雪女の視界に、茂みを掻き分けて更に2つの影が進み出る。

 

 片方は巨大な体格を持っており、その体格に見合った力感を少々感じさせる男であり、もう片方はえらく得意げな笑みを浮かべた、狼の耳を持った男であった。

 

「何者っ?!」

 

「ふっふっふっ・・・呼ばれて名のるもおこがましいが、美人のおねーさんの質問とあらば答えぬ理由などないので力一杯名のりますっ! 嫁に来ないかー!」

 

「全然全く名のってないっ?!」

 

「しかもワッシ達は何にもしてないんですがノー」

 

 忠夫は全力ハイジャンプ。

 

 高度良し、勢い良し、しかも相手は突っ込みとタイミングをずらされて動揺しているので大チャンス。

 

――これが、口八丁ってやつさ・・・!

 

 そんな壮大に間違った馬鹿は、雪女に向かって状況も忘れて飛び掛る。

 

 例によって例の如く求婚しないと思っていたら、どうやらタイミングでも計っていたらしい。

 

 しかし、その軌道に割り込む者が、ここにはしっかり居るワケで。

 

「兄上―っ!!」

 

「どわーっ?!」

 

 ジャンプ一番、空中で抱きつくようにキャッチ。

 

 そのまま慣性を無理矢理制御しながら真下に落下するように、足場もない筈なのに勢いだけで姿勢を入れ替える。

 

 団子のように一塊になって落下した忠夫達は、盛大に雪煙を巻き上げる。

 

 呆然と眺める雪女の視線の先に、呆れた様にそちらを眺める人狼二人の影がある。

 

「馬鹿だなぁ」

 

「馬鹿でござるな」

 

「馬鹿だ」

 

「馬鹿ですノー」

 

 散々言われた忠生はと言えば、落下前に入れ替えられた体勢のおかげで逃げる事すら出来ずにシロの下。

 

 はちきれそうな喜びの笑顔を浮かべたシロに、全力で舐めまわされていた。

 

「兄上ー! 兄上でござるー!」

 

「イヤー! こんな皆が見てる場所じゃイヤー!」

 

「成る程、ならば直ぐに誰も居ない場所にいくでござるよ!」

 

「そー言う意味じゃねぇぇぇっ!!」

 

 いきなり手足をホールドしてこちらの動きを止めに掛かるシロの視線に、なんとなく獲物の気持ちが分かりそうになりつつ必死で脱出を試みる忠夫。

 

 色んなところになんだか柔らかいものが当たって思考が少々危ない方向に走りそうになるが、段々と犬塚父の方から叩きつけられている視線がやばい物になりつつあるので大変である。

 

 助けの視線を他の連中に送るも、雪之丞とタイガーは半目で見てくるだけであるし、ポチに至っては腹を抱えて笑っている始末である。

 

 ならば、とどこかに居る筈のもう一人の少女に視線を飛ばせば。

 

「ちょっと、シロっ!」

 

「何でござるか、女狐」

 

「半分こって約束でしょう?」

 

「タマモー! お前もかー!!」

 

「あら、手段と目的を間違えないだけよ?」

 

 頭の方から掛かった声には、何故かやたらと色気があった。

 

「お前らぁッ! わたしを無視するなぁっ!!」

 

 雪女の怒声も当然であろう。

 

 怒りに肩を震わせて、こちらを鼻息も荒く睨み付ける美女。

 

 シロタマも全く意識を向けていないし、雪之丞や親父達は既に興味を失ったように少し離れた場所で座り込んで、タイガーはそちらにのしのしと歩いていっている真っ最中である。

 

 取りあえず、いたくご立腹のようなのでそちらが先、と判断し、全く協力する様子のない男連中に恨みがましい目線を向けながら、少女達を宥めすかして立ち上がる忠夫。

 

「兄上、どうするつもりでござるか?」

 

「あれくらい私達で何とかなるわよ?」

 

「ま、見てろって。親父達にもちょっとせっつかれたからなー、たまにはイイ所見せんと、さ」

 

 飄々とした態度でシロとタマモの頭を軽く二、三度撫でるように叩き、一人で前に進み出る。

 

 警戒したように手を振り上げた雪女に向かって、忠夫は挑発するように言葉を投げた。

 

「おねーさん、俺から言わせて貰えばまだまだっすねー」

 

「・・・何がよ」

 

「まず第一に!」

 

 びしっ! とゴーレムたちを指差す忠夫。

 

「弱いっ! そして、その造形には信念がないっ!!」

 

「な、何ですってっ!!」

 

 激昂した表情で、忠夫に向かって叫ぶ雪女。

 

 しかし、ゴーレム達は良く出来ているとシロタマにさえ思えるものであるし、忠夫の言う信念とやらの見当もつかない。

 

 後方で首を捻る二人を余所に、忠夫の挑発は続いていく。

 

「信念がないから弱いっ! これは、強い! と思って作ってないからそうなる!」

 

「くっ!」

 

「・・・ホントですカイノー」

 

「さぁな。でも、あっちにゃ心当たりがあるみたいだぞ?」

 

 雪之丞の言葉通り、雪女は怯んだ様子を見せている。

 

 畳み掛けるように忠夫の言葉が投げかけられた。

 

「強いと言えば、怪獣に某光の巨人に鋼の英雄っ! それくらい作ってから出直したほうがいいんじゃないっすか? あ、勿論出来なけりゃ引いてもいいっすよー」

 

 へらへらと、しかし緊張で耳を立てながらのたまう忠夫の言葉に、一生懸命考えたデザインなのに弱いと一刀両断された雪女は、とっても腹が立った。

 

「な、何よ・・・やってやろうじゃないのよ!!」

 

「やや、しまったー! あいてにゆうりなじょうほうをあたえてしまったー」

 

「はんっ! 自分で自分の首を締めたこと、あの世で後悔するが良いわっ!」

 

 思いっきり棒読みなのだが、雪女は嬉々として妖力を高め始める。

 

 そして、高らかに差し上げた指を、気合の声とともに弾いた。

 

 その音に応えて動き始める鎧武者姿の雪のゴーレム達。

 

 互いに形を崩しつつ、雪女の後方で合体しながら変形開始。

 

 驚く事に、殆ど間も置く事無く、その姿を現したのは――。

 

「これならどうかしら? ふふふ・・・強そうでしょう? 前に潰れた村で見た、ぽすたーとやらに書かれていたモノよっ!」

 

 それは、巨大な人であった。

 

 雪で出来ているが故に、真っ白であるが故に色はないが、あればそれは銀と赤の色をまとっていたであろう。

 

 それは、子供達のヒーロー、正義の味方。そう、光の巨人――

 

「いきなさいっ! ええと、確か、ウルト――」

 

『『ちぇすとぉっ!!!』』

 

 いきなり、巨大ゴーレムが真っ二つになった。

 

「・・・へ?」

 

「ふ、作るだけならまだしも、名前を呼ぶとは・・・色んな所から怒られる前に、(ギャグ補正で)証拠隠滅されるに決まってるじゃないっすか」

 

「だ、騙したわねっ?!」

 

「はて? 何の事やら~」

 

「汚っ! 兄上それは酷いでござるっ!」

 

「・・・あっちの方が、口じゃ上ね」

 

 雪崩れのように崩れ落ちる大量の雪。

 

 どうやら核ごと「切り倒された」らしく、再生する様子もない。

 

 実に恐るべきは、著○権保○法であった・・・!

 

『はて、何故か知らんが取りあえず斬ってしまったでござる』

 

『うむ。しかし、達成感があふれるでござるな』

 

「あ、何処のどなたか知りませんが、ご協力ありがとうございます」

 

 崩れ落ちる雪の上空に、人魂を纏わりつかせた侍姿の二つの影。

 

 そちらに軽く頭を下げつつ、見知らぬ雪だるまから譲ってもらった万年物の永久結晶を失った事で半泣きになっている雪女に向かった忠夫に――。

 

『『いやいや、礼には及ば――対象発見!!』』

 

 キュピーン、と。

 

 ヤバげな視線が向けられた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。