月に吼える   作:maisen

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第弐拾玖話。

 軽い足音を立てて、冷たい朝の空気の中を、朝の光の恩恵を堪能しながら歩くのは、大変に気持ちが良い、と陰念は日課の朝の散歩を楽しみながら考える。

 

 周囲の馬鹿侍カルテットとか時たま暴走する長老とか、アホみたいに強いが中身は真性の悪ガキであるコンビとかはうざったくあるものの、この雰囲気は嫌いではないし、それを十分に堪能できる此処での暮らしは――自分でも意外な事に――嫌いではなかった。

 

 とは言え気に入らない事も、ある。

 

 未だに人の姿を取れない事とか、そのせいでがきんちょどもに馬鹿にされた事とか、そのくせに何故かやたらと懐かれてたりする事とか。

 

 元人間とは言え、同じ――と認める事を拒否するのは、今更だ。それこそ弱音以外の何物でもない――狼なのだから、べたべたとくっついたり背中に乗ったりするのは勘弁して欲しい。

 

 むかついて吼えると長老とか4人組み辺りが何処からともなく出現しやがるし。

 

 泣かせた日にゃあ庭の木に吊るされるし。

 

 不良大人コンビも良く一緒に吊るされてるが。

 

 っつーか、一時は敵だった奴に子供の遊び相手ををさせる時点で巨大に間違ってるだろう? なぁ?!

 

 ・・・ああ、そーか。

 

「グルゥ・・・」

 

 馬鹿に交われば馬鹿になるのか、それとも類は友を呼ぶなのか。

 

 人狼自体が馬鹿だって言うのは・・・ぞっとしねぇなぁ。今、人狼だし。

 

 とは言え昨日は突発的に宴会だったし、ガキどもも夜遅くまでヒヨコやら人形やらと遊んでたからなぁ。

 

 この静けさも、もう暫くは続くだろうよ。

 

 美衣姐さんの朝飯が喰えないのは心底残念だが、腹すかせて食う飯も楽しみだし。

 

 ・・・ああ、あの飯だけでも此処に居る価値はあるな。うん。

 

 狐の小娘も、犬塚のおっさんの所の小娘も、最近は静かだし。

 

 いや、違うな。ありゃ、何か企んでやがんな。

 

 ま、どうせおっさんがまた大騒ぎして、相方のおっさんが便乗して、長老が刀と霊波刀ぶん回して終わるだろ。

 

「――の――は――っ!」

 

「グル?」

 

 あんだぁ? 朝っぱらからうるせぇなぁ。

 

『おっれ達の戦車は世界一ーっ!!』

 

「かったくて強くて小さいぞー!」

 

『かったくて強くて小さいぞー!!』

 

「製作者ぁーの技術も、世界一ぃぃぃっ! URYYYYYY!!」

 

『製作者ぁーの技術も、世界一ぃぃぃっ! URYYYYYY!!』

 

「声がちいさぁいっ! 腹から絞りださんかぁぁっ!!」

 

『サー、イエッサー!! UUURYYYYYYYYY!!!』

 

 ・・・あー、そう言えば軍人の生き人形だったか。

 

 突込みどころも満載だが、作った時はよっぽどストレスでも溜まってたのか? いや、確かあれからそんなに時間はたってねぇよなぁ。

 

 この短期間でガルーダにフェンリル狼のガキに生き人形か、やっぱあいつら確かに腕は良いわ。

 

 しかし、最後に見た時は知的な姉ちゃんだったのになぁ、随分とはっちゃけちまって。

 

 係わるのも面倒臭ぇし、あっちに行くか。

 

「ちょ、ガルーダ殿っ?! これは訓練であって苛めじゃないって何時も言ってるぎゃああああっ?!」

 

『ぴぴぃーっ!!』

 

「ぶ、部隊司令殿ぉぉぉっ?! 衛生兵ー! 衛生兵ー!! また首が取れそうだぞぉぉっ!」

 

「ぴ?」

 

「ああっ?! それは地ら――」

 

 ・・・あのサイズであの爆発か。確かに腕は良いんだよなぁ、腕は。

 

 ふん、ま、別に良いさ。

 

 今更含むもんもありゃしねぇし。

 

 あー、ねむ。

 

「クァァァァ・・・ア?」

 

 ――視線? 誰だ?

 

「クゥン?」

 

 げ、フェンリルのガキじゃねぇか。

 

 折角昨日までのぶっ続け宴会1週間、何とか逃げ切ったのに何やってやがんだ須狩と人狼のババ――ゴホンッ! お、奥様方は!

 

 ・・・いねぇよな? 良し、いねぇな。

 

 ・・・何時もは大人しいっつーか、奥ゆかしい素振りをしときながら、怒らせたら長老より怖いかもしれんからな、あの――ゴホグホウェェッホッ! き、綺麗で清楚で美人な奥様方はぁぁっ!!

 

びびび、ビビってねーぞ?

 

「クゥーン」

 

「グルル・・・」

 

 んだぁ? 人狼なんて珍しくもねーだろが。

 

 あれか、俺が人型じゃないから珍しがってんのか? 

 

 違うだろ。「フェンリル」ってのはほら、駄目だろ、群に馴染めないのが普通だろうが。

 

 人のこたぁ言えねーけど、よ。

 

 だーかーらっ! そんな興味津々の邪気の無い純粋な目で俺を見るなぁぁっ?!

 

「グ、グルルッ! ウォンッ!!」

 

「キャインッ?! ク、クゥーン・・・」

 

 あ、やべ。つい吼えちまった。

 

「・・・・・・・・・・キューン」

 

「グルァァァッ?!」

 

 うおああああああっ?! 泣くな、泣くんじゃねぇぇぇっ?!

 

「――で、言い残した事はあるでござるか?」

 

「ガウッ?!」

 

「全く。女子供を泣かせるとは、まだまだ躾が足りないようですねー」

 

「飯前に動かさせるんじゃないでござるよ」

 

「こっちに来んかい!!」

 

 あ、いや、違うんだっ?!

 

 尻尾は、尻尾を引っ張るなぁぁっ?! 

 

 

 あーれー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、美味し」

 

「ふむ、ワシの茶畑で取れたものじゃが、気に入っていただけたようで重畳」

 

 長老宅の縁側。

 

 手作りと思われる、飾り気の無いシンプルな、側面に「明鏡止水」とぶっとく書かれた湯飲みを抱えて長老が頷く。

 

 その隣で慣れない正座に少々苦しみながら、須狩は長老の淹れたお茶を頂いていた。

 

 こちらはこちらで「成敗」と書かれた湯飲みから立ち昇る香りに、足の痺れを忘れて感嘆の溜め息を漏らしている。

 

「・・・ふぅ。凄いわね、この精神的安定感。次の発明に使えないかしら? ・・・あ、あら、すいません。折角のお茶なのに無粋な話を」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。構わんよ、それが体に染み付いた性と言うもの。我らにも充分に憶えがある」

 

 恥ずかしそうに口元を押さえた女性に、片手で急須を持ち上げてお代わりを促す。

 

 須狩は、嬉しそうに空になった湯飲みを差し出した。

 

「どうじゃな、此処は」

 

「・・・とても、良い所ですね」

 

 里の彼方此方からは炊事の煙が上がっている。

 

 グーラーは、現在化け猫の美衣と言うえらく艶っぽい女性の所で、彼女の息子とともに皆の食事を作っているところだろう。

 

 何とも、柔らかな空気が辺りを満たしていた。

 

「ちっ! 犬飼、そっちに行ったぞ!」

 

「任せるでござるっ! そりゃぁぁっ!!」

 

 縁側に座った長老たちの前を、虫取り網を振り回しながら馬鹿コンビが走っていった。

 

「ピーッ?!」

 

「今日の昼飯は焼き鳥でござるー!」

 

「うわははははっ! どっかで見たようなヒヨコだが、まぁいいかっ!!」

 

 一週間に及ぶ宴会で、きっちりしっかりばっちり説明をした筈であった。

 

 獲物ではない、と。

 

 宴会が始まる前から二人で飲んでいたらしいあの馬鹿二人は、綺麗さっぱり忘れているようであるが。

 

「・・・・・・・・・」

 

「ちょ、長老さん?」

 

 長老の手の中で、「明鏡止水」の文字が虚しく砕け散る。

 

 ガルーダの悲鳴に立ち上がろうとして、隣の破砕音に振り返り、その怨念めいた迫力に思わず仰け反った須狩は、足の痺れでそれ以上の脱出ができなかった。

 

「・・・イッペンノコラズ、ヨウシャナク、サイゲンナク、ミジンモノコサズ」

 

「長老さんー?!」

 

「うおぁっ?! 犬塚、ちょ、長老がチョウロウになってるでござるよっ?!」

 

 しかし振り向けど誰もおらず。

 

 犬飼の視界の中では、地面に落ちた網の中でガルーダが、かたかたと漂う妖気に怯えて震えるのみであった。

 

「い、犬塚ぁぁっ?! 貴様、せめて一声かけてから逃げんかぁぁっ!!」

 

「カリツクス・・・!」

 

 

 ぎゃー

 

 人狼の里。人狼が、剣の修羅と戦の鬼と太古の魔狼と鳥神と、妖怪達と僅かな人間が穏やかに住まうその場所は、まぁ、いつも通りと言えば――いつも通りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、強化合宿ってーのがあるんだ」

 

「はい、もう今から楽しみで♪」

 

 フェンリルの牙で傷付いた忠夫が運び込まれた病院は、例によって例の如く白井総合病院である。

 

 真っ白な病人服を着た、包帯で体をグルグルに巻かれた忠夫が体を起こしているベッドの横で、霊能業界では名高い六道女学院の制服を着たおキヌが器用に林檎の皮を剥いている。

 

 大騒ぎの末記憶を取り戻し、その際に目覚めた死霊使い――超一流のネクロマンサーとしてのおキヌの資質は、東京での保護者を自認する美神によって更に磨かれる為の地盤を築かれていた。

 

 その一つにして、美神も強く勧めた事。

 

 それが、「六道女学院」への編入であった。

 

 トップである六道家当主に直接交渉し――とは言え、左程の苦労は無い。既に己から光を放ち始めているダイヤの原石は、俗悪な言い方をすれば良い人材だ――霊能力者養成学校へ。

 

 此処最近のゴタゴタもあってか、漸く通い始めたその学校生活。

 

 おキヌは中々に楽しんでいるようだ。

 

 その事を話すおキヌの顔には屈託が無く、終始笑顔だけが浮かんでいる。

 

 おキヌの話によれば、今度の週末に泊りがけの合宿――除霊実習があるとの事。

 

 夏にもあるそうであるが、窓の外は枯葉と天気によっては雪も降る季節。

 

 よって、今回の合宿は冬季合宿と相成る訳である。

 

「で、何処に?」

 

「ええっと、それが・・・」

 

 綺麗に16分割されて、ピクニックの時に使う紙製のお皿に盛られた林檎に爪楊枝を突き刺す。

 

 それをくるくると回しながら、おキヌの言葉の続きを待った。

 

 何故か少々悪戯っぽいその表情は、一体何を意味する物か。

 

「人狼の里近くの山、らしいんですよ」

 

 静止した爪楊枝の上から林檎が横に飛び、反射的に手を伸ばす。

 

 途端に背中と胸に走った痛みに硬直し、それでも林檎に手を伸ばす。

 

 しかし、残念ながらそれはポロリと真っ白なシーツの上に僅かな湿り気を残して落ちた。

 

「美神さんも一緒に行くんですけど・・・あれ、そう言えば横島さんは行かないんですか?」

 

「・・・3秒ルールだよな」

 

「聞いてます?」

 

 一瞬の迷いの後、素早くそれを回収、保護。

 

 じっくりと全方向から見回すが、どうやらばっちくはなさそうだ。

 

 流石にあの何よりも患者最優先の医者が勤めている病院ではないと言う事か・・・!

 

「落ちたものは食べたらアカンが、それは汚いからで。つまり汚くないこれは食べても大丈夫な訳で・・・」

 

「横島さんってば!」

 

 ぶつぶつと呟きながら、再び爪楊枝に刺した林檎を観察する。

 

 糸屑一つ付いていないそれは、「食べて」と言わんばかりの光沢を放っていた。

 

 そして何より、これは、そう。

 

「女の子が剥いてくれた林檎・・・! これを食べずして俺は己が許せるのか?! 否、断じて否!! ならばそう、腹の一つや二つや三つくらい壊した所で決して後悔はせんっ!」

 

「・・・もう」

 

「ああっ?! そんな後無体なっ!!」

 

 頂きます、と口を開けた所で、林檎はあっさりと取り上げられた。

 

 それを親指と人差し指で摘んで足元の林檎の皮の入ったゴミ箱へ落としたおキヌは、少々頬を膨らませながら爪楊枝を取り出す。

 

 一転、今度はちょっと恥ずかしげに笑いながら。

 

「えっと、その、はい・・・」

 

「・・・・・・」

 

 爪楊枝で突き刺した林檎を、こちらの口元に差し出してきた。

 

 頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながら、おずおずと上目遣いでこちらを見やるおキヌ。

 

 その手元には、食べてくださいとばかりに林檎がある。

 

 忠夫は、おもむろに自分の頬を全力で抓り、引きちぎれそうな痛みを感じて慌てて離す。

 

 そのまま周囲をぐるっと観察、カメラの類が無い事を確認する。

 

 改めておキヌを見た。

 

 恥ずかしそうに俯いている。

 

「神よ・・・斬るなんていって御免なさいっ! 今此処に漢の夢が、理想が形となって現れている・・・! ああ、生きてて良かった!!」

 

「そ、そんな大げさな・・・」

 

「いただきますっ!!」

 

 感動の涙を大量に撒き散らしながら、忠夫は口を限界まで一気に開く。

 

 相変わらずバンダナはしているし、尻尾も病人服の下で分からないが、開放されていればきっと最高速で左右に忙しく動いていただろう。

 

 おキヌは気恥ずかしげに、それでも嬉しそうに、お約束の例の言葉を発した。

 

「あ、あーん」

 

「横島君、入るわよー?」

 

「んあっ?!」

 

 病室のドアが、ノックの音と同時に開く。

 

 颯爽と、半端に礼儀正しい亜麻色の長髪を持った訪問者は現れた。

 

 ある意味、狙っても出来ないであろうタイミングで。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 沈黙。

 

 いや、硬直と言ったほうが正確であろう。

 

 忠夫とおキヌは爪楊枝に刺さった林檎を中心にドアを向き、片手に白い髭を生やした外人のおっさんが画かれた香ばしい揚げた鳥肉の匂いを放つ箱を持って固まった女性に視線をやったまま硬直している。

 

 朗らか、いや、いっそ楽しげと言っても良いであろう表情でドアを開けた、所員のお見舞いに来た所長は、現在進行形で混乱している。

 

 窓も開いていないのに、一陣の風が吹いた。

 

「――美神さん、それはっ?!」

 

「「え?」」

 

 止まっていた時が動き出す。

 

 忠夫の視線は、ばっちり美神の持った箱に向いていた。

 

 そう、ドアを開けた美神でなく、口の前に差し出された林檎でなく、それを持ったおキヌでなく。

 

「肉ですかっ?!」

 

「え、ええ」

 

「肉っ! それも病院の味気ない奴じゃなくて、脂の乗った美味しそうな奴ですかぁぁつっ?!」

 

「ま、まぁ」

 

 ぎらぎらと、そう、餓えた肉食獣の目を一点に集中させながら、忠夫は鼻をひくつかせている。

 

 病院の食事とは、大抵がコスト、栄養のバランス、カロリーを考えて作られた物である。

 

 だが、だがしかし。

 

 大抵の場合、特に若い成人男性にとっては――はっきり言って物足りない。

 

 味付けは薄味が多く、量も充分ではない事が多い。

 

 そして、忠夫は半人狼である。

 

 一日の摂取量は、実際の所運動量を考えても半端な物ではない。

 

 はっきり言って、忠夫は現在餓えていた。

 

 それも、特に肉系統に。

 

「ハッハッハッハッハッ・・・!」

 

「ま、待てっ! おすわりっ!!」

 

「クゥーンクゥーン!」

 

 荒い息を吐き出しながら、涎を垂らさんばかりに、いや実際に垂らしながら美神の手元の箱を見る忠夫。

 

 どうやら、硬直していたのは不味い所を見られたとかではなく。

 

 純粋に、食欲に――と言うか、「お肉食べたい」と言う衝動に負けた為のようである。

 

 体の痛みも忘れてベッドから飛び降り、こちらに獣の如く迫ってきた忠夫に美神は慌てて静止の声をかけた。

 

 完全に本能に負けた忠夫は、至極残念そうにおすわりをする。

 

 しかし、その瞳は期待に満ち溢れ、ある意味子供のような視線となって美神を貫く。

 

 それに、その邪気の無さに押されながら、美神は助けを求めておキヌを見た。

 

「・・・美神さん、ずるい」

 

「おおお、おキヌちゃんっ?!」

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ・・・!!」

 

「こら、ちょっと、待て! 待てってば!!」

 

 拗ねたようにそっぽを向いて、おキヌは一言述べると林檎を自分で齧り出す。

 

 忠夫は忠夫でおすわりの姿勢を保ったまま、じりじりと美神に迫って来ている。

 

 その頭を片手で押さえつけながら、美神は何故か、とっても追い詰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~、食った食ったぁ!」

 

「そりゃ良かったわね・・・」

 

 久し振りの、こってりとしたお肉の味を堪能し終えた忠夫は、漸く落ち着いた表情でベッドに座り直す。

 

 その隣ではおキヌが鞄からティッシュを取り出し、脂で光る忠夫の口元を指差しながらそれを手渡している。

 

 それを見るとも無しに見ながら、美神はなんとも言い難く認めたくない焦燥感に駆られていたりもする。

 

「で、怪我の具合はどうなの?」

 

「あ、それなら大丈夫っすよ。もうすぐ満月ですし、肉も食いましたし」

 

 月は未だ空には居ないが、昇ったそれの形は半円を少し上回る程度の満ち具合。

 

 後一週間もしないうちに、人狼にとってそのポテンシャルが最大限まで発揮できる満月まで満ちるだろう。

 

 とは言え、それを待たずに忠夫の体は治りかけている。実にとんでもない、人狼と言う種族の自己治癒能力であろう。

 

 最も、霊力の使えない忠夫が、そこまでの治癒能力を誇っていると言うのは不思議ではあるのだが――。

 

「本当に、体だけは丈夫よねー、あんた」

 

「わっはっはっ! それが取り柄ですからっ!」

 

 ――馬鹿は風邪引かないとかそう言う言葉が浮かぶのは何故だろうか。

 

 ちなみに、ゴキブリ並みの生命力とは良く言うが、精々丸めた新聞紙で叩かれたら終わりのアレに比べれば・・・似たようなものかも知れない。

 

「心配はしてなかったけど、ね」

 

「そうそう。横島さん、美神さんったら横島さんが噛まれた時は「わーっ?!!!」」

 

「え、何々?」

 

「なんでも無いわよっ!!」

 

 取りあえず忠夫の後頭部に一撃かまして意識を刈り取り、美神はおキヌを抱えてぼそぼそと。

 

 忠夫が数十秒のホワイトアウトから復帰した時には、何故かニコニコとっても楽しそうなおキヌと、真っ赤な顔の美神が並んで座っていたりした。

 

「ま、まあ、それなら丁度良いわね」

 

「へ?」

 

「2、3日休みあげるから、ここでゆっくりして行きなさい。私は別の仕事があるから」

 

 視線を合わせぬままに、美神は立ち上がると忠夫に背を向けて歩き出す。 

 

 どうにも消せない頬の赤みが、美神の照れ具合を示していた。

 

「除霊っすか?」

 

「もう、やっぱり聞いてなかったんですね? 合宿に美神さん達も来てくれるんですよ」

 

「そーいう事。ま、色んな所で毎年やってる事だし、そう心配するもんでもないから、大人しく体を優先させなさい」

 

 ひらひらと背後に向けて手を振りながら、美神は病室のドアを潜る。

 

 その背中を追いかけるようにおキヌも立ち上がると、とびっきりの笑顔を忠夫に向けながら。

 

「お土産楽しみにしててくださいね?」

 

 その言葉を残して出て行った。

 

 しゃりしゃりと林檎を齧りながら、何とは無しに思い耽る。

 

 

 おキヌちゃんが楽しそうで良かったとか。

 

 丁度良かったってなんだろとか。

 

 さっきのお肉は美味かったとか。

 

 おキヌちゃん嫁に来てくれんかなー、とか。

 

 美神さんが嫁に来てくれたら良いのになー、とか。

 

 合宿と言う事は友達とお泊りか、とか。

 

 

「・・・友達?」

 

 そう言えば。

 

 おキヌの通う学校は、「六道女学院」と言う名前だった筈。

 

「女学院・・・」

 

 何だろう。

 

 喉に小骨が引っかかったような、それでいて今すぐにでも行動を起こさなければいけないと言う、この否応無く急きたてられるような感じは。

 

「丁度良い?」

 

 おキヌちゃん。女学院。合宿。冬。人狼の里近くの山。美神さんの言葉。

 

 肉。林檎。狼のプライド。いや肉。じゃなくって。そう、女学院――

 

 

 がばっ! と、忠夫はシーツを跳ね除け立ち上がる。

 

 そして痛みに悶えて蹲る。

 

 しかし、次の瞬間には、涙目でぐっと堪えて再び不屈の精神で立ち上がる。

 

「よ、嫁さん候補が山盛りの予感がするっ!」

 

 そのまま神皿に盛られた残りの林檎を咀嚼もせずに飲み下し、おキヌが持ってきてくれた生活用品衣服その他の入った鞄を漁る。

 

 中から何時ものジージャン、ジーパンを引きずり出し、個室と言う事で――隔離室とも言う――一気に脱いで一気に着替える。

 

 荷物の中にパンツとか在ったのは見なかった方向でっ!!

 

 此処まで掛かった時間は約一分。

 

 脱ぎ散らかした着物をキチンと畳んで鞄を背負い、窓から下を覗けばおキヌと美神の乗った車が駐車場を抜け出し、ゆっくりとウインカーを点灯させて視界から消えていったところだった。

 

 後部座席には、幾つかの大きな鞄とスーツケース。

 

 と、言う事は。

 

「直行かっ! ならばっ!!」

 

 窓枠に足を乗せ、大跳躍。

 

 そのまま近くの電信柱にしがみ付き、落下より速く地面に下がる。

 

「あ、こらっ! 君は美神くんとこの――」

 

「退院しまっす!」

 

「またんかぁぁっ!!」

 

 何時ぞやの医師が背後で叫んでいるが一言だけ残してそのまま加速。

 

 勢いのままカーブを曲がり車道に出る。

 

 手足を使って道路を駆ければ、随分と先に美神達の車が見えた。

 

 目標捕捉、追跡に入る。

 

 なんと言っても狼は狼。追跡と長距離走行はお手の物。

 

 とどのつまりは、美神達の心配も、懸案も余所に、忠夫は道路とか屋根とか電線の上とかを疾走しながら、「六道女学院」の冬季強化合宿に参加する事と相成った訳である。

 

 いや、参加とは言わない。

 

 乱入だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまれかくあれ合宿突入。

 

 だがしかし、そこは天下の六道女学院。

 

 たかが冬季合宿とは言え、並みな物の訳が無く。

 

「で、なんであんたが居るワケ?」

 

「それはこっちの台詞よっ!」

 

「あらあら、今日はあの子連れてきてないの?」

 

「「何であんたが居るのよ?!」」

 

「やぁねぇ。心配しなくても大丈夫よ、私は女の子には興味無いし」

 

 何故か居る某オカマの凄腕魔装術者とか。

 

「そうか・・・お前も置いていかれたんか」

 

「うっうっ、酷いんですジャー! セクハラの虎の汚名がこんな所までワッシをー!」

 

「・・・一緒に行くか?」

 

「横島さんー! ワッシは、ワッシはぁぁっ!!」

 

「・・・ふ、その話、俺も一口噛ませてもらうぜ」

 

「うおっ?! お前なんで此処にっ?!」

 

「ふ、目付きが危ないから女子が怖がるって言われてな・・・置いていかれたのさ」

 

「「ああ、やっぱり」」

 

「手前ら一発殴らせろっ!!」

 

 いい加減オカマの手から逃れたい異性交遊とかにも興味しんしんな某犯罪者顔の魔装術者とか。

 

「先生、折角報酬の分け前が貰えたんですから、養生してくださいね」

 

「ああ、ピートくんすまないね・・・」

 

「それは言わない約束ですよ。さて、それじゃちょっと何か狩って来ます」

 

「ピートくんっ!? 買って来るんだよねっ?!」

 

「? ええ、狩って来ますよ?」

 

 ちなみに清貧コンビには出番は無い。

 

 

 殆ど部外者の気もするが。

 

 とは言えこの強化合宿、とんでもない事になるのだけは確定だった。

 

 

そして、豪雪吹き荒ぶ雪山に、某妖怪の声が木霊する。

 

「ふっふっふっ・・・あの犬ころと狐の小娘にやられてから積んだ修行の成果、たっぷりと見せてやるわっ!!」

 

 多分、無理。

 


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