月に吼える   作:maisen

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第弐拾陸話。

 緩やかに曲がる所々に錆の浮いた鋼鉄製の通路を、二つの荷物を担ぎながら駆け抜けていく。

 

 視界に入った黄色と黒の縞々の書かれた壁の横を、減速ついでに思いっきり蹴りつけた。

 

 重い衝撃が足に返るが膝のバネで相殺し、キックの勢いで開いた扉の中にある金属製のバーに足を引っ掛けぶん回す。

 

 その結果として直ぐ後方で轟音と共に隔壁が閉まり、通路は振動で満たされる。

 

「無茶苦茶だね・・・!」

 

「こっちも必死なんじゃー!」

 

 背中に背負ったグーラーが呆れた様に呟くが、正直言ってまともに受け答えしている余裕が無い。

 

 何せ、たった今閉じた隔壁が、背後で甲高い音を立てながら歪み始めているのだから。

 

 重厚な壁である筈のそれは、未だ一度も目にしていない後方からの追跡者の手によって蹂躙され始めている。

 

 今までの逃亡状況と一際分厚い先程の隔壁から予想すると、おそらく――持って2分。

 

 あちらの移動速度と、こちらの抱える荷物の重量、そしてその為に減殺されているこちらの移動速度を考えると、漸く少しの余裕が出来たと思ってもいいだろう。

 

「次の角を右、それから直ぐに左だ! そこから先には幾つかさっきみたいな隔壁がある!」

 

「あーもーっ! 指示出すだけなのは楽だなおいっ!」

 

「依頼の内容が僕達を救助する事なんだろう? これが一番良いんだからしょうがないじゃないか。それに、僕だって」

 

 そう言って、忠夫に小脇に抱えられたまま茂流田は肩をすくめた。

 

「こんな体勢で文句の一つも言っちゃいない」

 

「その余裕は何処から来るんじゃあっ?!」

 

 茂流田は、すくめた肩をそのままに、軽く頭を振りながら。

 

「人生経験の差。かな?」

 

 えらく余裕ぶってのたまった。

 

 ふつふつと込み上げる理不尽に対する怒りを、八つ当たり気味に壁にぶつける。

 

 再び現れたレバーを足に引っ掛け回しながら、忠夫はなんだかとっても泣きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「よーし、慌てず騒がず急いで前進―」

 

『ピゥ』

 

 狭い通気口の中を行くのは黄色いもこもこの群と人形達。

 

 ガルーダの雛達は小さな嘴に寝藁を咥え、またその周囲を誘導しながら進んでいく人形の兵士達も背中に引き摺るようにして持っており、戦車の上にも藁の束が重ねて積まれている。

 

 先頭を行く戦車の上から掛けられるパチモノ人形の声と共に、雛達は元気一杯、楽しげに遠足でもするかの様な雰囲気でひたすら行進を続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更にもう一方その頃。

 

「だーっ! もうあの馬鹿は一体何やってんのよっ?!」

 

「美神くん、冷静に、冷静に・・・!」

 

 丁度その頃、美神達も忠夫が侵入していった入り口の前で一悶着起こしていた。

 

 とは言っても、先程聞こえた『狼』の遠吠え、そして突然開いた正門の鍵、反応を返さない偵察係の通信機、と、これだけの問題が揃っていながら状況を把握しろと言うのが無茶だろう。

 

 ともあれ、美神達は忠夫を追って突入するか、それとも暫く様子を見るかで困っていたのである。

 

「大っ体ねぇっ?!」

 

「な、何かしら?」

 

「何でフェンリル狼の声がこんな所で聞こえるのよっ?!」

 

 そして、狼の遠吠えは、その咆哮に秘められた魔力は、美神達にとっては悪夢のような物であったのだ。

 

「ち、知的好奇心が溢れちゃって・・・。メドーサが面白い物手に入れたとか言うもんだから、ちょっとだけ培養してみようかな~、とか、今度はベースに完全な人狼を使ってみようかなー、とか色々、ね? 分かるでしょっ?!」

 

「分かるかぁぁっ!! 知的好奇心でも何でも人に迷惑が掛からない程度に収めてなさいっ! しっかりと! 出来れば鍵掛けて二度と出すなぁっ!!」

 

「ええっ?! 私に死ねって言うのっ?!!」

 

「人に迷惑掛けずに研究できんのかぁぁぁっ?!」

 

 美神の怒号が響き渡る。

 

 その前で何故か酷くショックを受けた表情で須狩が膝から崩れ落ちるようにして両手をついた。

 

「そ、そう言う考え方もあったのね・・・!」

 

「ぬあああああっ?! このマッドはぁっ!」

 

 振り上げられた美神の神通棍を振り下ろさせまいと神父とピートが押さえに掛かる。

 

 巫女服の少女は一人ドアの前にてひたすら落ち着かなさげな様子で中を伺っているが、未だそこから何かが出てくる様子は無い。

 

 そんな寸劇めいた状況の中で、須狩の頭の上でうとうとしていた雛が突然飛び上がった。

 

「あ、こら、何処に行くのっ?!」

 

 須狩が慌てて止めようと動くが、雛は素早い動きでその手を掻い潜る。

 

 そのままドアの前にいるおキヌの足元を潜り、通路に飛び込むと一声、鳴いた。

 

「ピィィィィ・・・!」

 

 明るい太陽の差し込む先は、蛍光灯の白い光も掻き消されて、ただ溶けるような陽射しの中にある狭い廊下。

 

 その少し先は、先程の咆哮が轟くまでは確かに鋼鉄の壁で塞がれていた筈の道であった。

 

 遮断されていた通路はその先で分岐しており、左右どちらも先を伺う事は出来ない。蛍光灯の光に照らされて、微かな埃が空気を白く汚すのみ。

 

 通路の向こうからは、相変わらずの静けさだけが答えを返してくる。

 

「・・・どうしたのかしら?」

 

「さぁ・・・。別に、変わった様子は――」

 

 それは、小さな小さな音だった。時計の針が進む音のような。

 

 更に小さな足音が、急いで遠くに離れる音。

 

 ふと、そちらを振り仰いだ美神と須狩の目に入る、天井近くに作られた通気口。

 

 左右に一組ずつ、見える範囲の通路には、およそ3M程の間隔を開けて設置されているようだ。

 

 おそらくは、無機質な廊下に沿って張り巡らされた空気の循環機構である。

 

 地下と言う空気の篭りやすい、またそれに続く通路であるが故に神経質なまでに設置されているそれの口には、当然の如く金網が付けられている。

 

 訝しげにそちらを眺めながら、美神は違和感に気付いた。

 

「・・・あそこ、開いてるわね」

 

 指差した先には、ぎりぎり人一人が通れるかどうか程度のサイズしかない通気口が、ぽっかりと口を開けており、その下には其処に付けられていたであろう金網が、所在無さげに立てかけられていた。

 

 美神達は知らぬ事だが、それは忠夫が侵入の際に抉じ開けた物だったりする。

 

 二人揃ってそれを見ながら、首をかしげていたその瞬間。

 

 美神達の視線から外れた通気口の金網が、4つの連続した小さな爆発と共に剥がれて落ちた。

 

 慌てて須狩を背後に庇い、神通棍を伸ばした美神の目の前に、パラシュートを広げながら戦車の一群が落ちてくる。

 

「待って! あれは、こっちの味方よ!」

 

 破魔札を広げ、投げつけようとした美神の手を抑えながら須狩が叫ぶ。入り口で霊力を高めていた神父とピートも、その言葉に慌てて手の平に湛えた光を打ち消した。

 

「空挺戦車とは・・・またマニアックだねぇ」

 

「あれはデザインが格好悪くて装甲が薄いから嫌いなの。だから主力戦車クラスをモデルにしてるから、正確には違うわね」

 

 その光景を、入り口から眺めながら唐巣が呟く。顎に手を当て、何度も頷きながらそう言った彼の瞳には一気に高まった緊張が一気に途切れた反動か、疲れた色が浮かんでいる。須狩のピントのずれた反論にも反応せず、頭痛を堪えながら唐巣神父は静かに天を仰いだ。

 

「ピー!」

 

『ピーッ!!』

 

 更に通気口からは何本もタコ糸のようなロープが投げ下ろされ、それを伝って迷彩服を着た人形達が降りてくる。

 

 しかし、須狩の肩に止まった雛が一声鳴くと、その奥から今まさに降りてこようとしていた人形達を吹き飛ばしながら、黄色い雛の群が溢れ出した。

 

 通路の下とか上から悲鳴のような声が聞こえるが、雛達を止めるだけの意味は無い。

 

「わ、こら、貴方達ちょっと待ちなさ――」

 

 一瞬にして黄色いもこもこになった須狩を横目に、美神は縮めた神通棍の柄で頭をかりかりやる以外に、虚しさを表現する方法を持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、報告します!」

 

「部隊長殿、大丈夫ですか?!」

 

「ええいっ! こ、この程度ぉっ?!」

 

「首が、首がもげかけてますって! 衛生兵! 衛生兵ー!」

 

 気合の声を上げた途端にぐら付いた頭を、背中に赤い十字の書かれたリュックを背負った人形の取り出したミニサイズガムテープの切れ端で固定しつつ、部隊司令と呼ばれた人形は須狩の前で敬礼する。

 

 体中に小さな黄色い羽毛を纏わりつかせ、更に膝やら肩やら頭の上やら、更には座り込んだ床の周りやらに雛達を必死で宥めながら須狩は漸く答えを返した。

 

「げ、現状を説明して頂戴」

 

「はっ! 現在、横島忠夫と言う人物との接触に成功し、彼の協力を得て茂流田司令がグーラー殿と共に逃走中。先程入った通信によれば、もう間も無く到着するとの事です! しかし、その後方よりフェンリルの追撃を受けており、そちらの方は横島殿の遅滞戦術により何とか時間を稼いでいるのが現状です!」

 

「そう・・・茂流田は無事なのね?」

 

「最後に確認した際には、怪我一つ無く」

 

 それを聞いた須狩の体から、安堵の溜め息と共に力が抜け落ちる。緩んだ頬をピシャリと叩きながら、それでもその笑みは中々消えてはくれなかった。

 

 ご苦労様、とねぎらいの言葉を衛生兵に担がれて消えていく人形に送りながら、須狩はゆっくりと立ち上がる。

 

「さて、後は合流してから、かしら」

 

 遠くから聞こえる遠雷のような、隔壁が勢い良く閉じる音を耳にしつつ、振り返った先には――

 

「生きた自衛ジョー・・・その手のマニアに売れば一体数万はするかしら」

 

「それは流石にどうかと」

 

「言うだけ無駄だよピートくん」

 

「美神さん、よだれよだれ!」

 

 ぎらぎらと目に嫌な輝きを灯した美神の口元をハンカチで拭うおキヌと、それから必死で目を逸らしながら遠い空を見ている神父。そして、その隣で冷や汗を流しながら突っ込むピートの姿があったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んだりゃぁっ!!」

 

 背後を付いて来る気配は、確実に隔壁をぶち破りながらそれでも接近はしていない。

 

 それが、出来ないのかそれともしていないだけなのか。

 

 不安はあるし、それなりに策はある。

 

 が、だがしかし。

 

「追っかけられるってのは嫌っすー!」

 

 人狼としては、狩猟本能に任せて追撃戦をしている方が性に合っている。

 

 そもそも、可笑しい事だらけであった。

 

 あの時、電源が復旧し、施設内の全隔壁が一斉に開いたその時、何故か未だ姿を見ていないフェンリルはこちらに来ず、どうやら居住区のほうへと向かったらしい。

 

 そして、一通り荒らしまわった後、再びこちらに戻ってきて、そして現在の状況に至ると言う訳である。

 

 茂流田の話によれば、どうやら二人の匂いを元に向かってきていると言う事であるが、忠夫にとってもそれは異論を挟む内容でもなかった、訳ではない。

 

 普通は、新しい方の匂いに向かって追跡するのが狩りの定石である。

 

 しかし、何故か、一々戻らなければならない古い匂いを追いかけた。

 

「あの子達、無事だといいけど」

 

「心配する事は無い。流石に通気口まで入って来る程小さくは無いし、雛達には自衛ジョー達も付いてる」

 

「あんた等ほんまに余裕やなぁぁっ?!」

 

 だばだばと涙と汗と鼻水を垂らしながら必死で走る忠夫には、流石にそんな余裕は無い。

 

 意思に応じてひたすら動く足に感謝の念と幾ばくかの愚痴を抱きつつ、全速力で掛けていく。

 

 疾走は、限界を見る前に終わるであろう事だけが、救いと言えば救いか。

 

 高速度下の為、表面に浮いた錆や表示された文字ごと融け合い、灰色にしか見えない壁が左右をぶっ飛んでいく。

 

 目的地は、近い。

 

 それらしき匂いを感じた上、本能が囁く感覚を信じるのならば、おそらく到着まで後数十秒。

 

「・・・あれかっ!!」

 

 白い蛍光灯の光に慣れた視界に、太陽の光が嫌に目立つ。

 

 白は全てを内包する色ではあるが、やはり太陽の光は特別だ。

 

 月の光に導かれる種族の出自とは言え、陽光を覗かせる曲がり角は、気持ちを逸らせ足を進めるものだ。

 

 ついでとばかりに壁を蹴りつけ強引に曲がる。

 

 慣性に引っ張られたグーラーと茂流田が呻き声を漏らすが、今は構っている余裕が無い。

 

「美神さんっ!」

 

「横島くんっ?!」

 

 扉の向こうに見えた背中に、何故か、興奮より、安堵よりも先に、帰ってきたという気持ちを抱いた。

 

「うおっとっ?!」

 

「きゃっ!」

 

 扉を飛び出し急ブレーキ。反動で前方に放り出されそうになったグーラーを、重心を調整しながら体の捻りで一周させる。

 

 ぽすん、と軽い音を立てながら、両手でしっかりと抱えなおされたグーラーは。

 

「茂流田放り投げてどーすんの?」

 

「野郎はいいのっ!」

 

 忠夫の無常な言葉と共に前方やや斜め前に滑空する茂流田を発見し、呆然と呟いた。

 

「茂流田、しっかりっ?!」

 

「ああ、須狩・・・今、人類は空を生身で飛ぶ存在ではないと言う新しい哲学が浮かんだよ・・・」

 

「それは常識じゃないかしら!」

 

 気付けのつもりか壊れた電化製品でも直しているつもりか、茂流田の頬に須狩の往復びんたが飛びまくる。

 

 見る見るうちに膨れ上がるそれを見ながら、忠夫はちょっと不味い状況になっていた。

 

「あらあら、人がせっかく心配してやってれば。これはまたどーして喧嘩売ってるのかしら?」

 

「ちがっ、不可抗力っ! だって勢い付け過ぎたんですってっ!」

 

「横島さん・・・不潔」

 

「イヤー! そんな目で俺をみんといてー!」

 

 見ようによっては半裸の女性を抱っこした状態に見える忠夫は、面白がって首に腕を巻きつけてきたグーラーの暖かさと柔らかさ、そして耳にあたる吐息の甘さに悶えつつ、必死で目の前の二人に抗議する。

 

 暫くの間、とある少女が拗ねて忠夫のお尻、尻尾の付け根辺りを抓っていた事や、とある女性の神通棍が唸りを上げて地面を裂いた事などは、神父とピートが涙ながらに知っている。主に恐怖の涙かもしれないが。

 

 

「うおおっ?! 痛い、なんかものっそ痛いっ?! 特に尻尾の辺りが!!」

 

「そんなに強く抓ってませんっ!」

 

「むしろ神通棍の直撃を貰った頭のほうが心配だがね・・・」

 

「なんで平気なのかしら・・・?」

 

 そっちは慣れたらしい。

 

 いかにも不服そうな表情で霊力を最大限まで膨らませつつある美神はさて置き、現状は結構制限時間一杯であったりするのである。

 

 漸くジンジンと痛む尻尾の付け根から意識を引き剥がした忠夫は、慌てた様子で美神の両肩を掴む。

 

「美神さんっ! 今すぐ脱いでくださ――」

 

 肉が肉を打った筈なのに、聞こえた音は機関銃の乱射の如く、轟音の連打であった。

 

「はぁっ! はぁっ! こ、この非常時に馬鹿ったれはぁぁっ!!」

 

「ち・・・ちが・・・匂い・・・」

 

 血の海に沈んだ忠夫が、耳まで真っ赤に染まった美神に必死で声を上げる。

 

「・・・囮と、偽装と言う事か! 横島くん、しかし、それでは・・・!」

 

「だ、大丈夫ですよ・・・」

 

 何かに気付いた唐巣が、よろよろと立ち上がった忠夫に抗議の視線を向ける。

 

 それに対して何とか手を振って宥めながら、忠夫は額の赤いバンダナを外す。

 

 向こうで漸く須狩の往復びんたから開放された茂流田を立てた親指で差しながら、とても楽しげな笑みを浮かべた。

 

「あっちに考えがあるそうで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりだね。我々が研究していたのはオカルト技術の軍事転用では『無い』のだ」

 

「・・・アレだけの成果があって?」

 

 背中を指差した半眼の美神の背後には、戦車から藁を降ろして一纏めにしている生き人形達とガルーダの雛。

 

 それを溜め息を付きながらも頬を緩ませ手伝っているグーラー。

 

 そして、現在研究所内をうろついているフェンリル狼。

 

 聞こえは悪いが、これだけの研究結果があって何をするつもりだったのか。

 

 目線で問い掛けた美神に答えたのは、茂流田の隣で笑いを噛み殺していた須狩だった。

 

「オカルトの家庭利用・・・だそうよ?」

 

「「「はぁっ?!」」」

 

「ああ!」

 

 理解不能の声を上げた美神、唐巣、ピートの横でおキヌが納得したように手を叩く。

 

 ぽん、と軽く胸の前で手を合わせたおキヌに、3人はそろって胡乱げな目を向けた。

 

「ゴキブリとか鼠とか!」

 

「大当たり」

 

 ニヤリと頬を歪ませて答えた茂流田の横では、須狩が肩を竦めて呆れたような、それでも何処か楽しそうな表情を浮かべている。

 

「ま、元は軍事利用を考えてた会社にいたんだがね――首になっちゃって」

 

「妙な物ばっかり作るわ、勝手に魔族と手を結ぶわ・・・あっちも扱いに困ってたわよ、ほんと」

 

 あっはっは、と軽い笑い声を上げる茂流田の表情に、後悔とかそう言った物が一切無い。

 

 それはそれで危ない人物なのであるが、この場合は。

 

「マ、マッドサイエンティストがコンビで・・・!」

 

「そりゃ会社も困るわよね、普通」

 

 二人なので危険度2倍で倍率ドン! と言う事で。

 

「自衛ジョー達は害獣、害虫退治。グーラーは見ての通り子守りにピッタリ・・・とは言い難いかもしれないわね。母性本能と子守りの能力は十分なんだが、代替食がイチジク以外に完成しなくてね」

 

「ガルーダの雛は子供達のボディーガード。見た目もアレだし、これから本格的に調整して・・・と。まぁ、色々と考えてたからなー。他にも居るけどまだ調整中だったりするね」

 

 指折り数えていく二人を余所に、唐巣と美神のGSコンビは頭を抱えていたりする。

 

 おキヌは楽しげに話を聞いているが、ピートは首を傾げて違和感の元を思索中。

 

「コンセプトだけが先行した感じだねぇ」

 

「開発だけじゃ商品はできないって事かしら」

 

 正直な所、売れるかどうかは微妙すぎる。一応付喪神とか妖怪とか精霊とか、そーいったオカルト的なものはまだまだ社会に受け入れられているとするには速すぎるのだから。

 

「・・・あれ? じゃあ、フェンリルは番犬ですか?」

 

 おキヌの物騒すぎる番犬――忠夫とか里の連中が聞けば泣くだろうが――発言に、茂流田と須狩は苦々しげな表情を形作る。

 

「あれは、昔の技術を流用して軍事利用を目的に開発したんだよ。僕達が」

 

「会社の連中にせっつかれてたのもあったけど・・・ベルゼバブの方からも色々とあったのよ。・・・ま、おかげで会社とも魔族とも縁は切れた筈だったの」

 

 苦い。

 

 ここに来て初めて見せた二人の表情は、後悔とも口惜しさともつかない複雑なもの。

 

 色々あった、と一言に言っても、会社との恫喝さえも含まれた交渉、魔族との神経をすり減らすような取引を経て、ようやくあの子に――フェンリルを、軍事利用と言う目的から開放する事が出来た筈だった。

 

「間違ったと言う事くらい理解している。だが、後悔はするべきじゃない」

 

「あの子は、フェンリル狼のあの子は、悪い子じゃないの。むしろ、私たちの目を覚まさせてくれた恩人みたいなものなの」

 

 二人の瞳に宿るのは、決意と覚悟。

 

「頼む。こちらも全力を尽くす。だから」

 

「あの子を止めたいの。だから」

 

 卑屈になるでなく、ただ頼るのでなく。

 

「「手伝って欲しい・・・!」」

 

 己の意思を、叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・報酬に色つけてよ」

 

 美神は、ひらひらと手を振りながらグーラーを口説こうとしてガルーダの雛の群に圧し掛かられている馬鹿をド突きに行く。

 

「神は自らを助くるものを助く、だね」

 

「そこまで聞いて、見捨てる訳にも行きませんからね」

 

 神父と現在の弟子は扉の見張りに赴き。

 

「頑張りましょう!」

 

 巫女服の少女は、両手で拳を作って気合を入れる。

 

 彼らに向かって頭を下げた二人の元に、美神に蹴飛ばされた忠夫が転がって来た。

 

「・・・むー。やっぱり」

 

「な、何かしら?」

 

 その視線が、須狩の体のラインをなぞる。

 

 どうやらイヤラシイ視線では無いようだが、須狩は思わず茂流田の背中に隠れた。

 

 上から下までじっくり検分した忠夫は、拳を握ったまま不機嫌そうにむくれていたおキヌに向かって背筋と腹筋を使って跳ね上がり、その肩を握った。

 

「え、な、なんですか横島さん」

 

「おキヌちゃん!」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 真剣な表情の忠夫に押され、おキヌは顔の温度が上がるのを自覚した。

 

「美神さんではボリュームがありすぎて多分無理! 今こそおキヌちゃんの出番だ!」

 

 言葉が鼓膜を揺らして脳に伝わり、忠夫の視線が胸を向いている事を確認する。

 

 どうやら、誤解とか濡れ衣とかそう言う言い訳はさせないで済みそうだ。

 

「どうせ私はそんなに無いですよー!」

 

「いひゃいいひゃいごふぇんふぁふぁいー!!」

 

 忠夫のほっぺたは、意外に良く伸びたそうな。その後ろでは振り上げた拳の落し所に困っている雇い主が居たりするが。

 


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