月に吼える   作:maisen

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第拾漆話。

『アシュタロス様、結果の方が出ました。・・・しかし、これは』

 

「ふむ。見せてみろ」

 

 書斎のような、と言うよりも正に其処は書斎なのだろう。部屋の中心に置かれた重厚な机を囲むようにおかれた本棚。それに隙間無く詰め込まれた本の数々。どれもこれも、まがう事無く知識の詰まった箱である。

 

 机の上に腰掛けたアシュタロスは、部下の土偶が持ってきた書類を受け取りながら、部下の不安げな声音に眉根を寄せた。

 

 どうやら、あまり良い結果が出なかったようである。溜め息をつきたい気持ちを堪えつつ、手元の書類の束を捲り上げていく。

 

「・・・これは」

 

 何枚かに目を通した時点で、アシュタロスは絶句する事を余儀なくされた。それから、言葉を発する事も無くひたすら紙を捲り上げていく。

 

 全部の書類に目を通した時点で、アシュタロスの口元からは疲れたような溜め息が、そうとは知らずに零れ落ちていた。

 

『不安定すぎます。あの個体は、獣の集合体としての素体でしょう。本能と言うのか、自己保存というのか・・・ともかく、そういった物が互いに干渉しあって、徐々に――』

 

「獣を媒体にした下級魔族の生産は、難しいか。そう言った意味では、メフィストが昆虫を媒体にした単体特化型であったのは僥倖だな・・・」

 

『ええ。ですから、あの高島という青年の体は――』

 

 苦々しげに呟きが洩れる。それは、娘の悲しみを思い浮かべてしまったせいか。

 

「・・・あと、数ヶ月、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サンプルとして集めていた素体を破棄します。・・・どうされますか?』

 

 土偶が、目を合わせる事無く、そう主に尋ねる。アシュタロスは顎に手をあて、何かを考えているようだ。

 

 手元のリモコンのような機械を操作し、ハニワ兵に指示を与えつつ、土偶はアシュタロスが言い出すであろう事を考えて、溜め息が出る思いであった。

 

 ・・・何故なら、己の主が娘の泣き顔なんて見たいと思うような、若しくは気にしないような人物であれば、そもそもこんな状況にはなっていない訳で。

 

「娘を悲しませる訳にはいかんなっ!! 良し、分離装置の製作に入るぞっ!!」

 

『あー、やっぱり』

 

「何をしている? 手伝え、あいつらが帰ってくる前に仕上げる必要がある」

 

『ハイハイ。そう言い出すだろうと思ってハニワ兵達に準備させてます』

 

 両の手を打ち合わせて、娘の笑顔と幸せの為に動き出した魔神様。部下の土偶は、これからしばらく突貫作業が続くであろう事に、始まる前から疲れたような声を出した。

 

 早足で出て行く主を見ながら、手早く書類を纏めてその後を追う。失敗するとか、不可能であるとかは考えていない。此処最近の主の能力と親馬鹿っぷりを一番知っているのは、彼なのだから。

 

「ふーはーはーはーはぁっ!! 娘を送り出すのは父の役目! 後顧の憂い無く幸せになってもらおうではないかぁ!!」

 

『・・・はぁ』

 

 ただ、ちょっと最近ネジが外れ気味ではないかなー、と思う中間管理職である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・高島?」

 

「あれ? 西郷じゃねーか――手前、よくも俺を牢にぶち込みやがったなぁっ?!」

 

「・・・本当に、高島か?」

 

 高島・メフィストが乱入して来てその直後。一番反応が早かったのは西郷であった。何故、目の前に高島がいるのだろうか。死んだという報告は受けている。遺体の確認もした。確かにそれは本人で、なんとも表現しづらい感情が浮かんできたのを憶えている。

 

 しかし、今、目の前で己の胸倉を掴んでいるのは確かに、あの馬鹿。

 

 少々どころでなく雰囲気――と言うか、人外の気配はする物の、癖や仕草、そう言った物が、確かに彼の記憶と合致する。

 

「おう! ちょっと色々あって獣混じりになったけど、な。うははははっ! 美女の為なら死んでも生き返ってやるわいっ!!」

 

「は、はは。ははははははっ!!」

 

 そうだ。

 

 こいつは、そう言う馬鹿だった。

 

 込み上げて来た感情は、決して歓喜等ではない。喜びでなく、動揺でなく、驚きではなく。

 

 そう――「高島は、そう言う奴だ」と言う、再確認。

 

「そうか・・・そーか、そーだったな。君って奴は、そー言う奴だった」

 

「ふふふ。どーだ、驚いたか」

 

「いや、なんだか馬鹿らしくなった」

 

 互いににやりと笑いつつ。同時に振り向けば、其処には道真公が居る。しかし、最早不安は無い。互いに考えている事は同じ。とっとと邪魔者ぶっ飛ばし、一回酒でも奢らせてやろう。

 

「んじゃ、先手はお前な」

 

「・・・獣混じりなんだろう? 君のほうが向いてるんじゃないのかい?」

 

「・・・それとこれとは別問題だろーが」

 

 とは言え。二人並べばいつかの通り。

 

「うわー。えらい美神さんとそっくりな女性やなー」

 

「そりゃそうなのねー。あれ、美神さんの前世なのね」

 

 忠夫とヒャクメのちょっと先では、美神とメフィストが睨み合っていた。美神は神通棍を構え、何故かやたらとピリピリしている。メフィストは特に悪感情は無いようだが、それでも目の前に立つ女が殺気を――と言うか、苛立ち混じりの気配を振りまいているのには反応している。

 

「・・・何よ」

 

「・・・あんた、魔族よね?」

 

 神通棍を斜めに構え、それに通す霊力を増大させる。妙神山での修行の成果か、霊力量は以前の物とは比べ物にならない。

 

 それをチラリと目だけを動かして観察し、メフィストは美神を睨み付ける。

 

「ええ。それがどうしたってのよ?」

 

「私の前世が、魔族? ・・・んでもってあの馬鹿の前世が元陰陽師で、人狼?」

 

 ぎりぎり、と美神の口元から、歯を食いしばる音が聞こえる。どうやら、かなりご立腹のようである。

 

「ちょっと、馬鹿って何よ。私の夫にケチつける気?」

 

「はぁ!?」

 

 かくん、と美神の構えた神通棍の先が落ちた。抜けてしまった霊力を慌てて通わせなおしつつ、美神は足に力を篭める。

 

「私はねー、これからあの怨霊ぶったおして、二人で暮らすの。沢山子供産んで、幸せな生活を送るのよ。邪魔しないでくれる?」

 

「・・・・・・・・へ?」

 

 神通棍から霊力が完全に抜けて、只の棒切れと化した。

 

――二人で暮らす? 沢山子供を産――

 

 ぶんぶんと、やたらと高速で頭を振る美神。亜麻色の髪が、しっかりと整えられた髪型が崩れるのもお構い無しに、ひたすら今頭に浮かんだ考えを打ち消す為に努力する。

 

 美神がようやく雑念を払った時には、メフィストは既に高島の下へ駆け出していっていた。

 

「・・・成る程。分かりましたよ美神さん」

 

「うきゃあっ?!」

 

 何時の間にか忠夫が背後に立っていた。囁くような声であったが、不意打ちの形で聞かされた美神は飛び上がる。

 

「なななな何がよ横島クンっ?!」

 

「つまり、美神さんが嫁に来るのは前世から決まっていた事なんすねぇぇっ?!」

 

 忠夫、ジャンプ。アンド、ダイブ。振り向いて後ずさり、距離を離した美神に向かって跳躍。一瞬の動揺さえあればいい。その隙さえつけば、今の美神さんなら抱きつく事さえ可能だ――。

 

「――っだりゃぁぁぁっ!!」

 

「キャイーン!!」

 

 だが甘い。美神の攻撃は、既に条件反射の域。例え意識が反応しなくても、体に染み付いた反応が、美神の体を勝手に動かして迎撃する。 

 

 飛び込んだ忠夫を迎えたのは、柔らかい胸では無く、硬い膝と抉りこむようなアッパーの連係であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高島殿?」

 

「お、メフィスト。所であのお前そっくりな美人さんは誰だ?」

 

 開口一番ふざけた事を抜かす口を引っ張りながら、メフィストは高島の隣に着地する。

 

「ははは・・・どうやら、君が高島と一緒にいた女性か」

 

「あら、どーも。メフィストって言いますの」

 

 あくまでも淑やかに、頬に手をあてながら挨拶するメフィスト。外向きの笑顔も完璧だ。只、高島の唇を引っ張っているもう片方の手を無視すれば。

 

 何時の間に身に付けたかは知らないが、どうやら近所付き合いも大丈夫なようである。

 

「ふむ。どうやら君なら高島に手綱を付けられるようだね。いや良かったな高島、これでお前も年貢の納め時のようだな」

 

「人聞きの悪いことを言うなっ! 大体俺はその程度で他の美女を諦めるような「た・か・し・ま・ど・の?」スミマセン! 一寸した気の迷いです!」

 

 引き剥がした唇を摘む手が、何時の間にか己の首を掴んでいる事に恐怖を覚えつつの高島の言葉であった。西郷はそれに何とはなしに愉快さを覚えながら、再び道真公に向き直る。

 

「いちゃつくのは後にしてくれ。あいつを祓った後なら幾らでもしてくれて構わないから」

 

「お前にはこれがそー見えるのかおいっ?!」

 

「あらあら♪ 何処から見ても仲の良い夫婦でしょ?」

 

 張り詰めたと言うには程遠い。しかし、何故か心地よい雰囲気のまま。全力の攻撃をあっさり跳ね返された事による動揺から立ち直った道真公に立ち向かう。

 

「がぁぁぁっ!!」

 

「んふふー。アシュ様から受け取った秘密兵器の力、思い知らせてあげるわっ!!」

 

 メフィストが手を振ると、その手の中には一本の棒があった。それは、アシュタロスから受け取った、飾り気の無い細長い棒切れ。それを握って力を篭めると、その先端から、とんでもない輝きが溢れ出した。と同時にビリビリと辺りの空気がそのエネルギーの余波で震え出す。余りの圧力に、思わず高島と西郷は数歩退いた。

 

「私を通してエネルギー結晶から引き出したこの力、受け止められる物なら受けてみなさいっ!!」

 

「・・・とんでもないね。夫婦喧嘩は死に繋がるよ?」

 

「・・・俺もそう思うわ」

 

 一振りすれば空を切り裂き地を砕き。そんな凶悪な、というのも生易しい神通棍に良く似た武器を構えつつ、嫌に生き生きとした目をしているメフィストからちょっと引きつつ。

 

 男性陣は、何とはなしに道真公が可哀相になってきていたりもする。

 

 道真公も、完全に腰が引けていたりするが。

 

「――ちょっと待ったぁっ!」

 

「美神さん、ストップ、ストーップ!!」

 

「あれは美神さんの前世でも、美神さんとは関係無いから気にしないでもいいのねー!! っていうか気にしないで欲しいのねぇぇっ!!」

 

 其処に、ずりずりと忠夫とヒャクメを引きずりながら美神が乱入する。引きずられる二人も必死である。何せ、メフィストが持っている武器はとんでもない威力があるようにしか見えないし、美神は美神で真っ赤なままで打ち切れている。

 

 そんな二人の接触など、考えただけでも恐ろしい。美神の腕を引っ掴んで、全力で半人狼と神様が押さえつけているのに、美神は全く意に介した様子も無い。

 

 空恐ろしさを憶えつつ、しかし二人の決死の努力は報われない。

 

「・・・何よ」

 

「納得いかないわっ! 何で私の前世と横島君の前世がくっついちゃってんのよっ?!」

 

「み、美神さんも大概意地っ張りなのね~」

 

 冷や汗を垂らしながらのヒャクメの台詞に、殺気の篭った視線で応えてやる。あっさり沈黙した彼女は放って置いて、胸倉に掴みかからんばかりの勢いでメフィストに迫った。

 

「あんなのの何処が良いわけ?! 美人と見れば見境なしだし、馬鹿だしアホだし間抜けだしどっか抜けてるしっ!!」

 

「何ですってぇっ?! 高島殿の事も良く知らないくせに何であんたに其処まで言われなきゃならないのよっ!!」

 

「こそばゆいのよっ! 痒いのよっ!! 幾ら前世だからって、横島クンと――ゴニョゴニョ――じゃなくたって良いじゃないっ!」

 

「だって、惚れちゃったんだかしょうがないでしょっ!」

 

「やーめーてーっ! 私と同じ顔でそう言う事言うなぁぁっ!!」

 

 ぎゃあぎゃあわいわい喧々轟々。

 

 突如始まった二人の口喧嘩に、周りの人間も呆れて声が出ない。と言うか、撒き散らされる殺気と霊力、魔力の奔流が、辺りに火花を散らしまくっているので大層危険でさえ、ある。

 

「・・・がー」

 

 ぎゃあぎゃあ。

 

「・・・がああっ!」

 

 ばちばちどかーん。

 

「があああっ!!」

 

 ぎゃー、死ぬ死ぬマジで! 美神さん、落ち着くのねぇぇぇっ! 高島ぁっ、横島君でもいいから何とかしろぉっ!! できるかぁぁっ!!×2

 

「うがああああああああああっ!!!!」

 

「「喧しいっ!!」」

 

 しばらく放って置かれながらも、何故か大人しく待っていた道真公は、とうとう痺れを切らしてこっちを向けとばかりに大声で吼えた。

 しかし、それはこの場合、最悪の行動である。

 

 口喧嘩しながら、無意識の内にあたりに甚大な被害を及ぼしていた二人が、同時に振り向く。やかましくも大声で叫んだ道真公に、視線は互いを睨んだまま同時に神通棍とアシュタロスの秘密兵器が向けられた。

 

 それは、額をぐりぐりと擦り付け合いながら、頭突き一歩手前な視殺戦を繰り広げている二人の腕の先でぶつかり合い、火花を散らして重なり合う。と、まるで音叉がぶつかった時の様な、澄んだ音がその重なった地点から響いた。

 

 瞬間、アシュタロス謹製のその秘密兵器と美神の神通棍は、接触点から巨大な光条を紡ぎ出した。それは、メフィスト一人のときよりも更に極太の光の束のような物であった。と言うか、既に巨大な光線のようにしか見えない。

 

 まるで共鳴するかのように、二人の神通棍の中間点から噴き出したように見えるそれは、迂闊にも喧嘩に割り込んだ道真公に一瞬で迫り。

 

「ぎ―――」

 

 悲鳴さえまともに上げさせること無く飲み込んだ。

 

 後に残ったのは、二人の横から何処までも真横に、一直線に伸びる破壊の跡と、砕けた神通棍とアシュタロスの秘密兵器。

 

「「んぐぐぐぐ~~っ」」

 

 しかし、二人は未だその事に頓着する様子さえ無く、額をごりごりとしながら、今度は無言で殺気を振りまいている。

 

「「・・・どーするよ」」

 

「・・・どーしようかね」

 

「・・・下手に手を出して死にたくないのねー」

 

 ヒャクメの言葉が、呆然とその光景を眺めていた4人の総意であっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いい加減落ち着いたか? メフィスト」

 

「だって、だって~!」

 

 ぼろぼろの血だるま半歩手前の高島が、涙目のメフィストの頭を撫でて落ち着かせている。かなりの被害を被ったようであるが、なんとか説得に成功したようである。

 

 とは言え、足元には気絶した西郷が転がっていたりするが。

 

「・・・えーなー」

 

「だ、駄目よ。そんな目をしても! 指くわえてこっち見ないっ!」

 

 こちらはこちらでぼろぼろの忠夫が、羨ましそうに高島達を見ながら横目で美神をちらちらと見ていた。視線の先の美神は、ちょっとどもりながらもあっちを向いて拒否。

 

 こちらも同様に、目を回したヒャクメが足元に倒れている。

 

 哀れな犠牲の元、なんとかうやむやになった二人の争いは、ようやく日も暮れようとする京にまでは影響を及ぼさずに済んだようである。

 

「ほら、あの親父さんの所に戻らなきゃならんのだろ?」

 

「・・・うん」

 

 なんとも仲睦まじげに見える二人であったが、それを目にする来世の二人の間にも微妙な空気が流れている。

 

 何せ、見た目的には殆ど同じな前世が、背中の痒くなるような雰囲気の元語り合っていたりする訳で。

 

「あー、もうっ! 横島君、ヒャクメ、とっとと行くわよっ!」

 

「えーなー」

 

「だからそんな顔で私を見ても駄目な物は駄目っ! ほら、ヒャクメ!」

 

 いまだに気絶したままのヒャクメを引き擦りながら、美神はアジトへ歩いていく。どうやら、見ていられなくなってきたようである。

 

 引き摺られるヒャクメは声も無い。と言うかいまだに気絶したままであるからして文句の一つも言い様が無い。

 

「・・・あれが、私の来世?」

 

「ま、そんなもんだろ。気にすんな、俺の来世もアレだしなー。お前の来世の尻に引かれてんのは気にいらんけどなー」

 

 ふわりと浮き上がったメフィストの腕に捕まりながら、高島がそうぼやいた。

 

 暫し彼女達が去って行った方向を見つめつつも、そのまま宙を舞ってアシュタロスが待つ異空間への入り口に向かって飛んでいく。

 

 残されたのは、ぼろぼろに荒れ果てた大地と、何処までも抉られた巨大な痕。

 

・・・そして、未だに気絶したままの西郷。彼が目覚めたのは、騒ぎを聞きつけて漸く駆けつけた陰陽寮の同僚に、医師の所へ運ばれる最中であったとか。

 

 そして、疲れて傷付いた体を引き摺り屋敷に戻れば、何故か其処には自棄酒を飲む美神と、どんちゃん騒ぎをしている忠夫、ヒャクメがいたりして。

 

 結局、その宴会に巻き込まれたり、たまに近所から苦情が来たりしたのを謝り倒して許してもらったり、屋敷の使用人達が西郷に泣きついてくるのを誤魔化したり、陰陽寮からの突き上げに何とか間とか交渉の末見逃してもらったり。

 

 西郷の苦労は、美神達がヒャクメの神通力が溜まりきり、美神達のいた時代に戻るまで続いたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー! アシュ様、道真公やっつけてきたわよー!」

 

「おお、お帰りメフィスト。で、どうだった?」

 

「・・・あー、秘密兵器、壊れちゃった」

 

「そーかそーか・・・って何ぃぃぃぃっ?!」

 

 一応異空間に作られた秘密基地と言うか研究所なのだが、メフィストにとっては自分の家と同じような物らしい。軽く挨拶なんかかましながら、研究室にてごちゃごちゃとした機械を製作中のアシュタロスに報告する。

 

 高島は居心地悪げにその後ろに隠れていたりするが。

 

「馬鹿な、アレはそう簡単に壊れるような物では」

 

『アシュタロス様ー! チェックお願いしますー!』

 

「・・・まぁ、今は良いか」

 

 えらく驚愕の表情を浮かべていたが、部下の声にあっさり体を翻して機械の製作に取り掛かる。その背中にしがみ付くようにして、メフィストが後ろから覗き込んできた。その軽さにちょっとほのぼのしつつ目線で問いかけようとしたが、瞳が面白そうだと言っているので苦笑いを堪えながら、精々重々しく答えてやる。

 

「実はな、検査の結果お前の惚れた相手の体が、後数ヶ月しか持たない事が分かった」

 

「・・・え?」

 

「だからだな「高島殿、大丈夫なのっ?!」・・・おーい」

 

 がばっ! とアシュタロスの背中から一瞬で飛び跳ね、後ろで所在無さげに立っていた高島に掴みかからんばかりの勢いで迫るメフィスト。

 

 高島も、いきなり聞かされた衝撃的な言葉に固まっている。

 

「・・・ごめ、御免なさいっ! 私が余計な事をしたせいで・・・!」

 

「いや、あ・・・そっか、って嫌じゃぁぁっ! 童貞のまま死にたくねぇぇっ!!」

 

「落ち着いて! 絶対に、絶対に何とかするからっ! だから、諦めちゃ駄目っ!」

 

 途端に起こる大騒ぎ。メフィストは完全に泣き出さんばかりだし、高島は大混乱である。アシュタロスは、「やっべ」と言う顔でその光景を見ているが、流石に何とかしないと不味い。

 

 このままでは、確実に現在の状況がばれた時に悪者である。

 

「あ、あのな、メフィスト」

 

「ふ、ふぇぇぇぇん」

 

「うおおおおおっ?!」

 

 声をかけようとした瞬間、メフィストは高島の胸に取りすがって泣き出した。高島は魂が抜けたような表情で、宙を見つめてフリーズしている。

 

 脂汗を掻きながら、泣き出した娘に向かって両手を突き出し泣きやまさせようとするアシュタロス。しかし、その奮闘が報われる事は無かった。

 

『出来ましたよ。これでおそらく普通の人間並みの寿命は得られるはず・・・って、何やってんですか?』

 

「「「・・・へ?」」」

 

 3つの口から発せられた、同じ音ながらも違う意味のこめられた言葉達。土偶が呆れた様に見つめる前で、暫し時間が止まった。

 

 油の切れたロボットのような動きで、メフィストと高島がアシュタロスに向かって首を動かす。

 

 見られたアシュタロスは、誤魔化すように笑顔を浮かべながらも頭の片隅で「この馬鹿部下がぁぁっ!!」とか思っていた。

 

「いや、な? ふっ・・・じょ、冗談だ」

 

「「悪質すぎるわっ!!」」

 

 えらくダンディーな、顎に左手をあて、反対側の右手を左手の下に挟むポーズでそうのたまわった魔神様に、娘と娘婿の拳が突き刺さった。

 

「・・・おおおおおっ?!」

 

「え、っと、つまり、この機械に入って数日我慢すれば」

 

『余計な因子は取り除ける状態になる。とは言え、受け皿は用意しなければならん。でないと、折角取り除いた因子が戻ってきてしまうのでな』

 

 顔面を押さえて蹲った魔神を余所に、メフィストは土偶から説明を受けていた。何気にあっさり主を無視している土偶も中々慣れて来た様である。

 

 喜び勇んでカプセルの中に入った高島を余所に、土偶はその横に取り付けられている機械を操作し始めていた。

 

『これで良し。後は、適当な依代にでも手を当てて、念じれば簡単に分離できる状態になる』

 

「・・・良かったぁ」

 

 安堵の息をつくメフィストの前には、カプセルの中に浮かんだまま、眠ったように目を閉じている高島の姿。どうやら、負担が掛からないように、終わるまでは自動で眠らせてくれるようである。

 

「・・・高島殿が、普通の人間並みの寿命、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと、やっと帰ったか・・・」

 

 数日後、美神達を送り出した西郷は、疲れきった声を上げていた。その後ろには、抱き合って喜ぶ使用人達の姿がある。一部は未だに酔いつぶれているし、また一部では二日酔いの態をさらしている者達もいる。目の前で人間が3人消えたと言うのに、驚くどころか狂喜乱舞している。よっぽど辛かったのだろうか。

 

 幸い、高島が来る事もあったので女性の使用人はいなかったが――もしいれば、屋敷自体が破壊されていただろう事は、西郷達は知らない事である。

 

「ふぅ・・・これでゆっくり「お、いたいた。おーい、西郷ー!」・・・誰か嘘だと言ってくれ・・・」

 

 そんな西郷の頭上から、聞き慣れた声が振ってきた。しかも、どうやら今度は腐れ縁の方である。

 

 結局、こちらも大変であった。飛んできた二人の頼み事は、高島の体に宿った獣の因子を引き取ってくれる場所を探しているのと、ほとぼりが冷めるまで京を離れて暮らすので、「金貸してくれ」との事。

 

 なんとも幸せそうな二人はちょっとむかっ腹が立ったが、西郷としても道真公を倒した事で陰陽寮の中でも重要なポストに付けていたりするのでそのお裾分け、と言った所もあった。

 

 幸い、獣の因子の方は結構簡単に引き取り手が見つかった。

 

 最近メキメキと台頭を表している式神使いの家で、一寸した問題があったからだ。

 

 それは、強力な式神を作ったは良いが、当主しか扱えるだけの霊力が無い。しかし、見た目が怖いので扱えない。という訳の分からない理由である。

 

 早速出かけて現物を見てみれば、なんとも強面な12体の仏教の武神の姿をとった式神達。

 

 当主は可愛い系の美女であり、高島が飛びかかろうとしてメフィストに撃墜される一幕もあったが置いといて。

 

「わぁ~~、可愛いの~~」

 

「おわぁぁっ!! 舐めるな甘噛みするなしがみ付くなぁぁぁっ!!」

 

「こらー! それは私のよー!!」

 

 高島から取り出した獣の因子は、無事12神将と名付けられた式神として生まれ変わる事になった。やたらと懐いているのは、もしかしたら自分の親と思っているのかもしれないが、その光景は千数百年後にとある名家をとある半人狼の青年が訪れた際に良く見られる光景とそっくりだった。

 

「ありがとう~。お礼に~家で出来る事なら~何でも~~一回だけ聞いてあげる~~」

 

 そんなこんなであっさり引き取られ。ついでとばかりに余った数種類の因子も式神関係の家に分けてみたり。そちらの方からは結構な現金をゲット出来たり西郷にもコネが出来たりと意外な副産物も多かったが。

 

「やれやれ・・・ようやく片がついたかな」

 

「ありがとな、西郷」

 

「ありがとう、西郷さん」

 

「・・・ま、あんまりメフィ――葛の葉さんを泣かせるんじゃないぞ?」

 

「よけーなお世話だ」

 

 漸く、3人は落ち着いてお茶なんぞを飲んでいた。夜もふけ、空には朧な月が浮かんでいる。静かに、珍しい事に静かにお酒でなくお茶を飲む3人。

 

「・・・ま、今度来る時は子供でもこしらえて来い」

 

「「ぶっ!!」」

 

 突然の発言に、同時に飲んでいたお茶を噴き出す高島と、旧姓メフィスト現葛の葉。高島が人間と同じくらいの寿命になったと言う事で、彼女は思いっきり考えを跳躍させて人間になっていた。

 

 父親がちょっと考え直すように言ったりしたが、強引に、というかその内に眠るエネルギー結晶の力を使って無理やり変わったらしい。それでも、人間にしてはとんでもない霊力を秘めていたりするが。

 

「全く、お茶くらい静かに飲ませろよなぁ」

 

「そそそ、そうよっ!」

 

 何とか落ち着いた表情を取り繕い、再び茶を含む高島と葛の葉。

 

「・・・孫も、良いな」

 

「「ぶほぁっ!!」」

 

 しかし、突然その二人の後ろに出現した魔神様がのたまわった。余りと言えば余りにもなその出現に、再びお茶を噴き出すお二人。

 

「・・・どなた様でしょうか?」

 

「ん? ああ、メフィストの父だ」

 

「ああ・・・やっぱり」

 

 西郷だけは、全く冷静さを崩さずに対応していたりするが。と言うか、既に色んな意味で諦めの境地に到っていたりするのかも知れない。何せ、使用人達の苦情で、屋敷から酒と名のつく物全てを取り払った男である。

 

「ごほっ! ごほっ! いきなり如何したんですかアシュ様!」

 

「お父さんだと言うに・・・。いや、父の役目を忘れていたのでな」

 

 そう呟くと、アシュタロスはイイ笑顔で高島の肩を叩く。

 

 西郷が、面白そうにその反対側に立った。

 

「成る程・・・手伝いますよ」

 

「ふ、助かる」

 

「え? 何っ?! 何だっ?!」

 

 高島の襟首を掴んで立たせた西郷が、逃げないように術で縛る。アシュタロスは、その目前に立つと、何故かデコピンの構えを見せた。

 

「娘を取られた父親は、取った奴を一発殴って良いと言う。・・・殴ったら死ぬので此れで我慢だがな」

 

「・・・がんばって高島殿っ!!」

 

「嫌じゃぁぁぁっ?!」

 

 楽しげに素振りをする魔神の隣で、葛の葉が両手で拳を握って応援している。しかし問題は魔神のデコピン素振り一回事に、尋常じゃない衝撃波が生まれて床に穴をあけていることだろう。

 

「頑張れよ、高島」

 

「行くぞ、せーのっ!!」

 

「高島殿ー、頑張れー!」

 

「んぎゃぁぁっっ?!」

 

 その夜、西郷宅が半壊したとかしなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、西郷の下にはたまに手紙が届くと言う。やれ今年は豊作だの、葛の葉の料理が美味くなってきただの、また子供が産まれただの。そんなたわいも無い物が多かったが、忙しい毎日の中では、とても楽しみな物であったと。

 

「・・・で、何で君は此処にいるのかな?」

 

「父さんと母さんが、「お前は母さんに似て頭が良いから京で色々学んで来い」って」

 

「・・・で、何で僕の家に来るのかな?」

 

「「あいつは良い奴だから」だって」

 

「・・・・・・はぁ」

 

 二人の子供達がえらく長い寿命を持ったり、他の人外と結婚したり、京で大騒ぎを起こしたり、或いは京で陰陽師として名を馳せたり、上の方の貴族に見染められて大変面倒な事になったりと、まあ色々とあった。

 

 そんなこんなで、西郷は、何時までも退屈とはかけ離れた人生であったとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の胃以外ね!」

 


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