月に吼える   作:maisen

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第拾陸話。

 

「ぶえーっくしっ! ・・・うー、さぶさぶ」

 

 台の上に体を起こした”高島”が、裸の腕を擦って寒さを誤魔化し辺りを見回す。彼自身は知らないが、再度の調整でその獣毛に包まれていた体は、一応普通の肌の色を見せていた。

 

「・・・此処、どこよ?」

 

 ビーカーにフラスコ、何に使うのか分からない鋏のような金具に、えらく尖った錐が幾つも並んでいる。怪しい器具に囲まれながら、高島は寒さに体を振るわせた。

 

「うおっ?! 俺、裸じゃねぇかっ! ・・・ちくしょー、美人のおねーさん方と朝を迎えるんならともかく、こんな所で裸でいたって面白くもねーなー」

 

 そう呟きながら、高島は台から降りて辺りを漁り始めた。流石に何時までも裸でいる事には抵抗があるようだ。しかし、辺りにあるのはあんまり触りたくないような何かとか、蛍光色に塗られた手の平サイズの球体とか、壁にずらりと並んだ空っぽの、人一人が入れそうな大きさのカプセルとか。

 

 そんな場所を、素っ裸で漁る一人の男性。はっきり言って、犯罪以外の何者でもありません。

 

「・・・なんもねーなー」

 

 辺り構わず探し回るも、服の代わりになりそうなものは一切無し。いや、有るにはあったが。

 

「・・・どう見ても、女用だよなー」

 

 寝ていた台の下にあったのは、女性用と思しきやたらと露出の多い服。手足をぴったり覆う部分はあるものの、何故か胴体部分の多くが網目になっていると言う、深く考えなくても中々に、目の毒になりそうな服である。

 

「・・・・・・」

 

 それを手にとったまま、あたりをキョロキョロ無言で見渡す高島。挙動不審もいい所である。服を見たとき頭に何かが掠めた気もしたが、とりあえず、この服は使用済みか否か。それが彼にとっての最重要事項である。

 

 ちなみに、繰り返すようだが、素っ裸。

 

「ばいーん! きゅっ! ばいーん! ・・・だな。間違いない、きっと美人のねーちゃんが着てるんだろうなぁ」

 

 ぐぐぐっ! と顔が迫り、一瞬我に返って距離を取る。しかし、再び気付けば目の前に。

 

「・・・はっ! いかんいかんっ! そんな事よりも服を探す・・・一寸だけならいーよね?」

 

 誰に問い掛ける訳でもなく、誰もいない部屋に高島の問いが響き渡る。当然返事は返ってこないが其れこそ望む所である。

 

「・・・でけぇ。流石だ」

 

 何が。

 

「ほそっ! いーぞいーぞっ! 期待が持てるぞこれはっ!!」

 

 何に。

 

「くんかくんか・・・ほわぁ~、え~匂いや~」

 

 嗅ぐな。

 

「高島殿ー! 目が覚め・・・た・・・?」

 

 ばん、と音を立てて開かれる部屋の扉。其処から飛び込んできた女性と、バッチリ目が合う高島。因みに真っ裸で、目の前の女性と同じ服の匂いをかいでいる真っ最中。

 

「・・・あれ? メフィスト? あれ、夢じゃなかったのか?」

 

「た、たたたた高島殿っ?! それ、私の・・・」

 

「・・・うおおおおっ! メフィスト、無事だったかぁぁっ!!」

 

 ばたばたと指差した手を振りながら、メフィストは真っ赤になって混乱中。其処に、感極まったように泣きながら飛び掛る高島。彼的には、感動の再会とかそーいう美しいシーンなのかもしれないが、なにせ相手は生まれて一年らしい初心な女の子。勿論、男性の裸なんて見るのは初めてな訳で。

 

「んきゃぁぁぁっ?!」

 

 思わず悲鳴が飛び出すのも当然である。それに構わず、ダイブを敢行した高島は、そろそろ落下を始めている。着弾点は正確にメフィストの胸の中。

 

 しかしながら、此処には彼女の父親みたいなのが居るわけで。

 

「人の娘に何してやがるかゴラァァッ!」

 

 空間を引き裂いて現れた、額に井桁を浮かべた紫色のマッチョな魔神のドロップキックは、見事に滞空中の高島の顔面に突き刺さる。思いっきりカウンターで喰らった高島は、悲鳴をあげる事さえなく吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・はっ! 川の向こうで美人のねーちゃんが手招きをっ?!」

 

『目が覚めたようだな』

 

 高島が意識を取り戻した時には、既に魔神とその娘の姿は無かった。代わりに、土偶が彼の横で、額にコード付き吸盤のような物を押し当てて、何かを計測中である。ふと高島は何時の間にか、着慣れた陰陽師の服を着ている事に気が付いた。

 

「・・・あんた、何?」

 

『気にするな。アシュタロス様がお待ちだ、とっととその扉を出て左に行け。黒い扉の奥だ』

 

 キュポン、と音を立てて高島の額から吸盤をはがしながら、土偶は機械のモニターを振り向いて操作し始める。その背中が、厄介事は御免だと全力で主張しているようにも見えたので、高島は素直に出て行くことにした。

 

 言われた通りに扉を潜り、狭い通路を歩いていく。暫しの間も無く現れたのは、言われた通りの黒い扉。

 

 おずおずと其れに手を掛けようとすると、扉は勝手に開いて高島を受け入れる。空ぶった勢いで中に飛び込んだ高島の目に写ったのは、結構な広さの部屋の中心に置かれている、いかにも年代物の机と、それを囲むように配置された巨大な本棚。そして、机の向こうに置かれた椅子に座る、先程ドロップキックをかましてくれやがった紫色の角付き男と、真っ赤な顔でこちらをちらちらと見るメフィストである。

 

「・・・意外に早かったようだな」

 

「おー、メフィスト! 元気だったかー?」

 

「ひゃうっ?!」

 

 重々しい口調で話し掛けてきた、マッチョな角付きを綺麗にスルーしてメフィストに話し掛ける高島。長い耳まで真っ赤に染めながら、妙な声を上げたメフィストは高島の声に反応してちょっと後ずさる。

 

「・・・無視するんじゃない」

 

「なんだよー、そんな恥ずかしがる事ないじゃんかよー。いつかは見せあうんだから。さぁ・・・このまま人気の無い所へでも」

 

「みみみ見せ合うっ?! 何をっ?!」

 

「大丈夫、優しくするから!!」

 

「何がよっ?!」

 

 完璧に無視された形のアシュタロスは、何時の間にか自分の隣で娘に迫っていた馬鹿と娘の間にさり気無く――全く持ってさり気無くなかったが――割り込んだ。

 

 背後の娘がなんとか回り込もうとしているのを体捌きだけで妨害しつつ、目の前の男を睨み付ける。

 

「・・・ええと、どちら様で?」

 

「メフィストの父だ」

 

「・・・おおお、お義父さんっ?!」

 

「ききき貴様にお義父さんなどと言われる筋合いはまだ無いわっ!!」

 

 其処まで叫んで、深呼吸。冷静に冷静にと己に言い聞かせつつ、高島を睨む視線に更に力を篭めてやる。殺気が多少篭ってしまったのは気のせいだ。

 

「高島とか言ったな? お前は、わが娘を愛しているのか?」

 

「・・・へ?」

 

 目の前のマッチョから放たれた言葉に、一瞬呆気に取られて妙な声を上げる高島。魔神の後ろでは、その娘が回り込む事を止めて何故かもじもじしていたりする。

 

「どうなのだ?」

 

「・・・愛? 愛・・・。何だろう、涙が溢れてくるや・・・」

 

 遠くを見ながら、何故か涙を堪える仕草をする高島。

 

 上を向いて。涙が、零れないよ~に~。

 

「・・・まぁ、嫌いなら命懸けで庇ったりはしないっすけど」

 

 何とか意識が戻ってきた高島の口から、小さく零れたのはそんな中途半端な言葉だった。頬をぽりぽりと掻きながら、高島は目を合わせずにそう言った。娘が背中の後ろでむくれている気配を感じながら、魔神は苦笑いとともに話し始めた。

 

「確かに、それは認めるほかあるまい。娘の無鉄砲さによってお前が人間でなくなってしまった事は、謝らねばならん」

 

「・・・へっ?!」

 

「なんだ、気が付いてなかったのか? お前の体は、今、人狼と呼ばれる妖怪の物だ。まぁ、実際には他にも色々混じっているが・・・その影響は現在調査中だな」

 

「・・・マジで?」

 

 呆れた様に呟いたアシュタロスの言葉に、高島は暫し呆然とした表情になる。先程――意識を失う前までは、人間として生きていたのに突然妖怪になったと言われれば、反応に困るのが普通であろう。

 

 何せ、最早以前の自分ではないのだから。

 

「・・・どうした?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 顎に手をあてて悩み始めた高島と、背後で深刻な表情になっている娘に気付かれないように。アシュタロスは手の平に魔力を溜め始める。

 

 ――目の前の男が、娘を傷付けるような言葉を吐いたその瞬間にこの世から完全に消滅させるつもりで。

 

 娘は可哀相であるが、この際しょうがない。記憶を操作する、と言うのは絶対にやりたくないが、余りにも気に病むようであれば、それも考えに入れておこう。其処まで考えながら、高島が放つ言葉を待つ。

 

 

「なんだ、それだけかよー。ビビったなぁ、もう」

 

「・・・はぁ?」

 

 

 魔神様は、思わず此処数千年無かった事に、顎が外れると言う気分を味わう事になった。

 

「そ、それだけか?」

 

「そりゃもうっ! 死んだと思ったのに生きてて、しかも俺に惚れる予定の美人のねーちゃんがいるっ! まさに男子の本懐であるっ!!」

 

 びしっ! とやたら元気に親指を立てる目の前の男に、アシュタロスは手の平に溜めていた魔力を霧散させられた。

 

 呆れた。心底呆れていた。

 

 メフィストを気に掛けて、とか、嘘をついているとかではなく。どうやら、心の底から本気でそう思っているようなのである。

 

 ――よっぽどの大馬鹿か、とんでもない大物か。

 

 こみ上げて来る笑いの衝動を堪えつつ、背後で驚いている娘を見やる。どうやら、流石にやり過ぎたかも、と後悔していたようではあったが、男の様子にこちらも唖然としているようだ。

 

 先程までの、男がこの部屋を訪ねるまでの悄然とした様子は何処にも無い。

 

「嫌われるかも、と言っていたな、メフィスト。どうにも、お前の惚れた相手は、中々に面白い」

 

「ア、アシュ様!」

 

「お父さん、だ」

 

 どうやら其処は譲れないらしい。何故か真面目くさった顔でそう告げるアシュタロスに、メフィストは拳に力が篭るのを自覚しつつその隣をすり抜ける。今度は妨害されなかった。

 

「高島殿、御免なさい。私が勝手に・・・」

 

「あー、良いってもう! ほら、そんな顔するんじゃねぇっての! 可愛いのが台無しじゃねーか」

 

 軽く笑いながらメフィストの頭を撫でる高島を見ながら、アシュタロスは机の引出しを開いて一本の棒を取り出した。長さ30Cm程の、飾り気の無いシンプルなそれを、振り向いたメフィストに投げ渡す。

 

「良かろう。条件はさっき言った通りだ」

 

「・・・本当に?」

 

「我が名とお前に賭けて誓おう。但し、一回は戻ってくる事」

 

 其処まで聞いて、メフィストは輝くような笑顔でアシュタロスに抱きついた。離れ際にほっぺたにキスをしながら、言葉を残して駆け出していく。

 

「――ありがとう、お父様っ!」

 

「どわぁぁぁぁっ?!」

 

 棒を受け取った反対側の手で高島を引きずりつつ、とんでもない速度で飛び出していった娘を見送りつつ、アシュタロスは、顔が緩みそうになるのを必死で我慢していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くわよ、高島殿!」

 

「何処にだっ?!」

 

「道真公の怨霊をぶったおしに! 倒せたら、一人で好きな所に行って好きな事やっても大丈夫だと認めてやるって!」

 

「・・・いやじゃぁぁぁっ! また死にたくねぇぇぇぇっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後に道真公が目撃されたのが、此処だ。・・・本当に、大丈夫なのか?」

 

「任せるのねー。これでも一応神様なのね~」

 

 京の外れの開けた場所で、美神達と西郷は、地面に方陣を描いたり、あちこちに符を貼り付けたりしながらヒャクメに話し掛ける。

 

「大分神通力もたまったから、簡単に見つけられると思うのねー」

 

 広場の中心に一人立ちつつ、目を閉じて軽く言葉を交わすヒャクメと、そこら中を美神の指示の元走り回っている忠夫を見ながら符を敷いていく西郷。

 

「こんなもんっすかね?」

 

「まぁ、この時代ならこれが精一杯かしらね。私の使える術体系とは、ちょっと違うから」

 

 そうこうしている内に二人も戻ってくる。それを確認しつつ、西郷は方陣の中心にある小さな花を見た。

 

 梅の花、である。

 

「道真公の屋敷にあった梅の木から株分けされた梅の花。おそらく、これを媒介とすれば此処に呼び出せるとは思うが・・・」

 

「所詮は本物じゃないから、近くにいないと効果は薄いのね~」

 

 権力の集中を嫌う藤原氏などの有力貴族の反発が表面化するようになり、また、中下級貴族の中にも同調するものが現れ、当時右大臣に昇進し右大将を兼任していた道真公は、斉世親王を皇位に就け醍醐天皇から簒奪を謀ったとされ、罪人として大宰権帥に左遷されたという。

 

 その時に、梅の花に「自分が居なくても春を忘れるな」と歌を残して去って行った。

 

 その梅の花に繋がる物を触媒として利用し、道真公を自分たちの戦いやすい時間と場所に誘き出す。

 

 とは言え、あちこちにコネのある西郷だからこそできた事ではある。何せ、一応罪人として扱われた人物の事である。それに繋がる梅の木を探し出すだけでも一苦労であるし、あくまでも陰陽寮には関係無いというスタンスを貫く以上は、西郷個人の力のみで施術を行なうしかない。

 

「ま、今回は運が良かったみたいなのね~。居るわ、近くに」

 

「・・・そうか」

 

 何時になく真剣な表情のヒャクメの言葉に、一言だけ返して花の傍に立つ。そのまま地面に座り込むと、西郷は徐に念を凝らし始めた。

 

「・・・気付いたみたいなのね~」

 

「横島クン、行って」

 

「ういっす!」

 

 美神の視線と声に促され、忠夫は瞬時に駆け出した。その姿は寸暇の間も置かずに近場の木陰に消え、残るは方陣の中心で念を凝らす西郷と、視線を遠くに向けながら集中しているヒャクメ。神通棍を構え、破魔札を左手に広げて戦闘準備を整えた美神。

 

「・・・うわぁ」

 

「梅の香りが凄いわね」

 

 方陣が僅かに輝くと共に、辺りに梅の花の香りが広がり始める。西郷の霊力が高まるとともに、その匂いは更にきつくなり。

 

「来たのねー!!」

 

 ヒャクメの声と同時に、一瞬にして禍々しい雰囲気に蹴散らされた。

 

「・・・がぁ?」

 

「道真公・・・!」

 

「な、なんか人格崩壊してない?」

 

「で、でも、とんでもない魔力なのね~!!」

 

 溶け出すように現れた道真公は、一瞬だけ呆然とした様子であった。しかし、次の瞬間には訝しげに辺りを見回す。

 

 その瞳が、虚ろな感情を宿さない瞳が、美神達を見つけた。

 

――にやぁぁぁり

 

 歪んだ唇から狂気が零れるような、そんなおぞましい笑いであった。ゆっくりと近づいてくる道真公。その両手には、鋭い爪が伸び始めていた。

 

「来るわっ!」

 

「があああああっ!!」

 

 道真公の体から、幾条もの雷が舞い上がった。それは意識を持つかのように、落ちた地面を焼きながら美神達へと迫っていく。

 

「在思の念、災いを禁ず! 雷よ、退けっ!」

 

 西郷の声とともに、雷の進行方向が僅かに歪んで、隣を行く雷に接触した。その瞬間、雷は互いに強烈な爆炎を巻き起こしながら地面を焼き砕く。

 

「くそっ! 進路を歪めるだけで精一杯かっ!」

 

「ちょっと、強すぎるわよっ!」

 

「当たり前なのねー! この時代の陰陽寮は、この京の状況のせいもあって凄腕ぞろいなのねー! それが、わきゃあ!」

 

「それが、あっさりコイツにやられたわけ、ねっ! そりゃ強い筈だわ!」

 

 飛び交う土塊と石から身を守りながら、3人は言葉を交わす。愚痴るだけ愚痴った美神は隣に立っている西郷に視線で合図を送った。

 

「はっ!!」

 

 西郷の気合の声とともに、土煙に囲まれた視界の無い広場に、幾つもの人影が生まれ出す。それは、西郷と美神の姿をした式紙達。

 

「私の霊力でブーストした西郷さんの式神! 見抜けるかしら?!」

 

「美神さんの右、30m先なのねー!」

 

 ヒャクメの声に反応し、すぐさまそちらに破魔札を飛ばす。未だ舞い上がる土煙の向こうで何かが爆発した。

 

「・・・あんまり効いてないみたいなのねー」

 

「ああもうっ! 結構高い上に残り少ないのにっ!」

 

 理不尽さに悲鳴をあげながら、美神は己の姿をとった式紙と場所を入れ替わる。間髪入れずにその式神は、飛び出して来た道真公の爪に切り裂かれた。

手応えのなさに悠長な事に首を捻る道真公の背後から、美神は神通棍を振り下ろす。

 

「がぁっ?!」

 

「ちっ! 流石にしぶとい・・・!」

 

「はぁっ!」

 

 慌てて振り向いた道真公の背中に、西郷の放った霊力が突き刺さる。しかし、道真公は直撃を受けたにもかかわらず怯んだ様子さえ見せなかった。

 

 辺りを覆う土煙に紛れ込みながら、美神も西郷も式紙と場所を入れ替わる。次の瞬間にはそれが雷に焼かれて元の紙に戻るのを視界の隅に入れながら、美神は懐から破魔札を取り出した。

 

「チャンスは一回・・・! 仕込んだ霊的煙幕が効いてる内に、ヒャクメ、頼んだわよっ!」

 

「了解なのねー!」

 

 威勢良く聞こえる軽い返事にちょっと不安を覚えつつ、美神は荒れ狂う道真公の背中に突っかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分苛ついてきたようだな・・・」

 

「ええ。とは言えこっちもそろそろ危ないけどね・・・っと!」

 

 既に式紙はその数を残り数体まで減らされていた。土煙に偽装して霊的に展開された煙幕も、そろそろ功かが切れる頃だろう。煙幕の向こうから伸びてきた雷をぎりぎりでかわしつつ、美神と西郷は汗だくで動き回っていた。

 

「があああああっ!!」

 

「・・・しぶといわねぇ。」

 

「呑気に言ってる場合じゃないと思うんだけどね」

 

 既に何度神通棍で切りつけただろうか。何枚の破魔札を直撃させただろうか。それでも、も道真公は弱った様子を見せ無かった。

 

 いい加減呆れた思いも浮かぶ物の、美神にとっては受けた依頼を果たすと言うのが信念である。

 

「ヒャクメ、まだなのっ?!」

 

「まだなのねっ! もう少し・・・! 後右に3m!」

 

 西郷と同時に道真公の左右から突っかける。振り向いた道真公が雷を発する直前で、今度は背後から式紙がいきなり飛び掛った。道真公はそちらが本物と思ったか、振り向きながらそれに向かって爪を振るう。しかし、それは式紙。そのことに気付いた瞬間には、美神と西郷の攻撃が顔面に直撃していた。

 

「ぐがぁっ?!」

 

「・・・今なのねー!!」

 

 よろめいた道真公が、方陣の中心に足を踏み入れる。間髪入れずに美神と西郷が印を組み、仕込まれた罠を発動させた。

 

 方陣のあちらこちらから、輝く紐が投げかけられる。それは道真公のあちこちに絡みつき、その動きを繋ぎとめる。

 

「横島クンっ!!」

 

「ういっすっ!!」

 

 その背後から、突然忠夫が出現し、手に持った如意棒を振り上げた。道真公は拘束されており、避ける事は不可能――。

 

「がっ!!」

 

 不可能な筈、であった。

 

 一声吼えた道真公は、一瞬で拘束を引きちぎり。

 

 右手の爪で、背後から突撃して来た影に向かってそれを振り上げ。

 

 振り下ろされた先は、首。

 

 影の首を、その爪は薙ぎ払いながら切り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 ――道真公が、唇を歪めて嘲笑する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――美神と西郷が、してやったりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 切り裂かれた人影が、小さな紙切れになって宙を舞い。

 

 戸惑って動きを止めた道真公の上から、音が聞こえた。

 

 次の瞬間には、轟音が、道真公を左右に分断した如意棒が地面に突き刺さって鳴り響いた。

 

「あたたたた・・・」

 

「よっしゃぁっ!」

 

「しかし、本当に頑丈だね、君は」

 

「全くなのねー」

 

 道真公の体は、正中線から真っ二つに裂かれて地面に倒れていた。その横で立ち上がる忠夫。手には如意棒を持っている。

 

 その様子を確認して、ガッツポーズをとる美神と、呆れと喜びの混じった表情の西郷。ヒャクメも苦笑いしながらそれを見ている。

 

 ――煙幕で視界を奪いつつ、捕縛結界の中心に誘導し、それに捕まった道真公の背後から、一枚だけの忠夫の姿をとった式紙を発動させる。

 

 美神と西郷の式紙だけしか見ていないため、それを即式紙と結びつけるのは難しい。しかも、他の式紙に比べてちゃんと――一言だけとは言え――言葉を話す、ちょっと格上の奴である。

 

 仕留めたと思って動きを止めた所に、煙幕の向こう側で、如意棒を地面に突き刺して伸ばし、上空で待機していた忠夫が思いっきり空中から奇襲する。

 

 間違い無くこちらの持ち札の中で最大威力を誇る如意棒の一撃は、そうして道真公を切り裂いたのだ。

 

「ううう・・・しんどかった」

 

「私たちのほうがしんどかったわよ・・・」

 

「まぁ、今日はもう動きたくない気分だね・・・」

 

「神通力も空っぽなのね~」

 

 4人は揃って疲れた息を吐くと座り込む。何せ相手の火力はこちらよりも遥かに上。掠っただけで黒焦げ確定の雷を、何回も避けつづけていた二人の疲れは大変な物だった。

 

 その為もあろうか。目的を達成した喜びが、彼らの注意力を奪っていた為もあろうか。

 

 あるいは、ヒャクメに神通力の残りが有れば、そのことに気付いたかもしれない。

 

 だが、結果として。

 

「がああああぁっぁぁっ! あああああぁっ!!」

 

「「「「・・・っ!!」」」」

 

 道真公は、まだ、消滅してはいなかった。

 

 分かたれた半身を無理矢理右腕で押さえつけながら、左腕には今までに無いほどの巨大な雷が宿っている。

 

 4人がそれに反応するよりも早く、それは地面を蒸発させながら迫り来る。

 

 如何あがいても、避けられるタイミングではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っっせりゃぁぁっ!!」

 

「見つけたぁっ!!」

 

 その雷は、宙を駆けて来た女性の一撃で弾かれ、進路に割り込まれ、ずらされる。その直後に、女性にぶら下がっていた男が飛び降り、その雷を右手を突き出し上空に跳ね上げた。

 

「――高島、けんっざんっ!! ・・・やっぱ怖ぇぇぇっ!!」

 

「私と高島殿の幸せの為に、道真公、再戦よっ!!」

 

「「「「・・・はぁぁぁっ?!!」」」」

 

 人狼の体を持つ元陰陽師、高島と。

 

 魔神の娘、メフィスト。

 

 空に広がる爆炎を背に、大見得切っての登場であった。

 


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