月に吼える   作:maisen

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第拾四話。

 

 

「ど・・・っせーいっ!」

 

 今日も今日とて、GS美神除霊事務所は依頼を受けては西東。悪霊が出て、依頼と報酬があればそこが仕事の現場である。

 

 と、言う訳で。

 

「こんにゃろっ! でりゃっ! ふんぬりゃぁぁぁっ?!」

 

「やめんかぁぁぁっ!!」

 

 本日2件目のお仕事。廃ビルに渦巻く悪霊達は、きっちり破魔札で極楽行きとなりました。GS美神除霊事務所において現在、唯一の所員である忠夫を一緒に吹き飛ばしながら。

 

「何すんすかぁっ?!」

 

「そりゃこっちの台詞よっ! 周りを見なさい周りをっ!」

 

 半分は妖怪の血が流れている筈であるが、何故か破魔札の爆風をもろに食らった忠夫はちょっと煤ける程度で済んでいる。だから美神も遠慮なく巻き込んでいる・・・と言うわけでは、無い。

 

 普段は、よっぽどの事が無い限りちゃんと狙って影響範囲から外しているし、相手の呼吸も掴んでいるのでやろうと思えばサポートだってやれる。

 

 やらないが。

 

 何故かと言うと、其処は其れ。美神にだって良い所見せたいだとか、簡単に主役を譲ってやるほど甘く無いとか、むしろ支えて欲しいとか。色々と複雑な気持ちがあるのである。口が裂けても言わないであろう。

 

 ともかく、そんな彼女にとっても今回の状況は、結構頭の痛いものであり、思わず纏めて吹き飛ばしちゃったとゆーのもあり。

 

「うおっ?! ぼろいビルが更にぼろぼろにっ?! 一体誰がこんな事を・・・」

 

「あんたでしょーがっ!! 横島クン? な・ん・で悪霊ごと床とか柱とか壁とかをぶっ壊すのっ?! 解体予定だから良い物を、普通の建物だったらどーするつもりよっ?!」

 

 依頼は、悪霊退治。ビルの解体ではない。ところが忠夫、一生懸命猿神から貸してもらった如意棒を振り回して悪霊を叩いていたのは良いのだが、その重量を支えきれずにあちらこちらをぶっ壊す始末。流石に斉天大聖の伝承武器と言った所か。

 

 今にも神通棍を振り下ろしそうな美神を必死に手で牽制しながら、忠夫は右手に持った如意棒を肩に担ぎなおした。

 

「や、結構重いんすよ、これっ?!」

 

「うああああっ?! 霊波刀の方が悪霊相手には役に立ってたじゃないのよあのボケ猿ぅぅぅっ!!」

 

 よっこいしょ、と年寄り臭い声を出しながら、肩に担いだ如意棒を振り下ろす。鋭く振り下ろされた其れは、空気を切り裂きながら、減速しきれずに床を抉る。

 

「んー。威力は高いんですけどねー」

 

「そー言う所、冥子みたいよね。高火力なのに下手するとあたりに被害を撒き散らす所とか」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 頭を抱えて蹲っていた美神は、如意棒の抉った地面を見ながら呟いた。余りと言えばあまりな評価に固まる忠夫と、色々と思い出したりこれから先のことを考えたりで嫌な事しか思い浮かばなかった美神の間に、とっても重い沈黙が漂う。

 

「「あは、あはははははははは、はは、は」」

 

 冷や汗を流しながら見詰め合った二人は、何となく笑ってみた。もう、乾いた笑い声しか喉から出なかったが。

 

 そんな二人の足元から、小さな音が聞こえた。

 

 笑う事をやめて、と言うよりも、笑うしかなかったが丁度良いタイミングで止める切欠になったとも言うが。ともあれ、足元を見下ろした二人の目に入ったのは、一寸づつ広がっていくヒビ。

 

「崩れるかしら?」

 

「多分」

 

 何でも無い事のように言葉を交わした二人は、次の瞬間に駆け出した。

 

「ぎゃーっ?! 俺のせいかっ?!」

 

「他にどんな理由があるのよ、この馬鹿タレぇぇっ!」

 

 数秒後、ぼろぼろのビルは崩れ出し、数分後には、瓦礫の山が出来上がっている事であろう。

 

「あんた本当に冥子みたいになる気じゃないでしょうねっ?!」

 

「不可抗力でしょーがっ?!」

 

 二人の悲鳴を飲み込みながら、ビルは結構あっさり倒壊したそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ・か・らっ! 人目のある所であー言う事すんなっつってんでしょうがっ!!」

 

「あ、危ないから・・・ちょ、ちょっと抱っこしただけやないですかー」

 

「・・・っっっ!!」

 

 耳の先まで真っ赤になった美神さんは、足元でずたぼろになりながらも余計な事を口走った半人狼にストンピングの雨霰を降らせている。勿論、これ以上無い位に真っ赤っ赤である事は言うまでも無く。

 

 実際の所、忠夫がお姫様抱っこして脱出した直後にビルが本格的に崩れたので、判断としては間違ってはいなかった。

 

 問題は、脱出地点に依頼人がおり、その依頼人に何となく微笑ましい物でも見るかのように見られたのが一番の原因だったりする。

 

「わ、わかったらもうしない事っ! 返事はっ?!」

 

「・・・りょ、了解しました・・・今度から人目の無い所でこっそりやります~~」

 

「・・・・・・そ、そう言う問題じゃないでしょっ?!

 

 ちょっと期待したのは秘密。

 

 ともあれ、依頼人の微笑ましげな視線が痛い。美神は手早く忠夫を車に――小竜姫からの報酬と言うか必要経費というか、とりあえずそんな名目で新しく買った4人乗りのオープンカーである――放り込み、営業スマイルで依頼人に終了を告げて車に飛び乗る。

 

 最後に見えた手を振る依頼人の生温かい笑顔が、なんだかとっても気恥ずかしい、帰りの車の中であった。

 

「う、うう~、一体何なのね~。いきなり崩れるような建物には見えなかったのね~」

 

 瓦礫の山の中から、そんな声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

 

 

「・・・駄目ね、屋内では封印させときましょ」

 

 事務所に帰って協会に提出する報告書を書きながら、美神の口から零れたのはそんな言葉である。

 

「宝の持ち腐れって事かしらねー。って言っても、他の霊能者でもあんなの使える奴は居ないんだし、±0なのかしら?」

 

 ぶつぶつと呟きながらペンを走らせる美神所長。唯一の所員は現在応接室にて、報酬の骨付き肉にむしゃぶりついている。さっき見ていた相変わらずのその姿に、ちょっと微笑ましい物を感じつつ、美神はしばらくペンを走らせつづける。

 

 途端に、その顔が真っ赤になった。

 

「だぁぁっ?! 忘れなさい私っ?!」

 

 頬に溜まった熱を振り払うように、頭を左右にぶんぶか振り回す美神。毎日手入れしている亜麻色の髪が、辺りの空気をかき混ぜた。

 

 机の上の書類に覆い被さるように倒れこみ、ほんの少しだけ、口の中から気持ちが零れ落ちたりも、する。

 

「・・・ちょ、ちょっとだけ、う、嬉しかったかな?」

 

 机に伏せた美神の呟きは、くしゃくしゃになった報告書だけが知っている――

 

 

「何がっすか?」

 

 ――とは限らない。例えば同じ事務所に居る、やたらと耳の良い半人狼が騒ぎを聞きつけて様子を見に来たりする事だって、ある。

 

 その声を聞いて、美神は石像の如く固まった。

 

 次に、絶対に顔が上げられなくなって、わたわたと顔を伏せたまま意味も無く腕を振る。

 

 最後に、記憶が無くなるまで忠夫の頭を殴りつづけようと思って、真っ赤なままの顔を上げた。

 

 

「美神さん?」

 

「んきゃぁっ?!」

 

 心配した忠夫が目の前に居たりする訳で。

 

「ど、どうしたんっすか?!」

 

「何でもないっ!! 何でもないからっ?!」

 

 一瞬にして柔らかく体を受け止めていた椅子から飛び降り、背後の壁まで後ずさる。怪訝そうな表情の忠夫が、ゆっくりと机を回って美神に近寄り、真っ赤に染まった美神がじりじりと逃げるように動き――。

 

 

「いけっ! 其処なのねっ! 後一押しなのねー!!」

 

『声が大きいですよっ!!・・・あ』

 

「「・・・え?」」

 

 突然部屋の窓から聞こえた声と、部屋の中から響いた声で、固まった。

 

 部屋の中から聞こえた声は人工幽霊の物である。

 

 聞き覚えの無い外の声に目をやった二人が見たものは、窓の外でカメラを構えた変な女性。全身ぴったりと覆うその服は、結構なスタイルの良さをしっかりはっきり反映している。耳につけたイヤリングが眼球だったり、額にも目があったり、髪型が非常に変だったり。そう言う要素も多分に含んでいたが。

 

「・・・で、あんた誰よ?」

 

「え? あ、あれ? ・・・お邪魔みたいなのね~」

 

 窓の外に浮かんでいた女性は、するすると下のほうへと消えていった。後に残ったのは妙な空気。互いに目を合わせて、疑問を浮かべる。最も、たった今起きた事も疑問の一つではあろうが、忠夫はちょっと心配そうな色がある。

 

「・・・何よ?」

 

「・・・いや、どうしたのかなー、と思いまして」

 

 一瞬動きを止めて、視線を泳がせる美神。しかし、寸暇の間も置かず。

 

「あ、あんたみたいな大たわけが気にする事じゃないわよっ!! この馬鹿たれがーっ!!」

 

「あうんっ?! 何故っ?!」

 

 照れ隠しの右フックは、忠夫のテンプルを正確に抉って昏倒させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オーナー、お客様です。窓から』

 

「・・・お邪魔しまーすなのね~」

 

「――両手を上げて壁に手をつけなさい。今なら無料で極楽に逝かせてあげるわよ。抵抗しない事ね」

 

 暫しの連続する衝撃音の後。窓が開いて先ほど降りていった女性が入ってくる。美神は迷わず霊体ボウガンを取り出して、一応警告しながら引き金を引いた。

 当然ながら、引き金を引いたら矢が飛び出したりするわけで。

 

「のひょーっ?!」

 

「ちっ、外したかっ!」

 

「いいいいいきなり神様に何て事をするのねーっ!!」

 

 矢は自称神様の頬を掠めて壁に突き刺さり、しばしその尾を振るわせた。悲鳴と涙を大量にばら撒きながら、自称神様は両手を上げて速攻で壁に手をつき説得開始。

 

「わわ、私は神界上層部の依頼で貴方の事を調べに来た、ヒャクメっていう神様なのねーっ!!」

 

「・・・本当でしょうね?」

 

「う、疑わないで欲しいのねーっ!!」

 

 霊体ボウガンを降ろした美神を振り向いて、ヒャクメと名乗った彼女は少々怯えながらも胸を張る。

 

 ちょっと涙目ではあるが、確かに神様っぽい気配はしている。そこまで確認した美神は、ようやく殺気を収めて溜めていた息を吐き出した。

 

「で、その自称神様が何の用なのよ?」

 

「じ、自称って。酷いのねー」

 

「覗き見してる神様に、どう敬えってのよ。ほら、ちゃきちゃき説明しなさい」

 

「全くっす。あ、俺、横島忠夫。好きなものはお肉と散歩とサバイバルと年上の綺麗なおねーさん。嫌いな物は玉葱とイモリと鉄砲と注射と飛行機。ささ、貴方の説明を!」

 

「え、え、え?」

 

「ああ、心配は要りません。怪しい者ではないです。ただお嫁さんが欲しい年頃の半人狼ですから。と言う訳で―――嫁に来ないか?」

 

「十分以上に怪しいわっ!!」

 

 自然に会話に割り込んで、自然に求婚を始めた半人狼は、流れるような美神のワンツーで壁に叩きつけられて沈黙する。

 

「ひ、光が見えた・・・」

 

「ふんっ!!」

 

「あのー、説明しても良い?」

 

 汗を流しながら、ヒャクメはそろそろと手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、私の前世にねぇ」

 

「それが、神界上層部の考えなのねー」

 

 しばらく復活しないように、念入りにしばき上げた後。忠夫は呪縛ロープでぐるぐる巻きになり部屋の隅。人工幽霊が持ってきた紅茶で喉を潤しつつ、ヒャクメと美神は話し始めた――のが、10分ほど前。

 

 琥珀色の液体は既に尽き、部屋の隅で拘束から抜け出る事の出来なかった半人狼が、拗ねながら暗い雰囲気を放っている。

 

 それを完璧に無視しながら二人の会話は続いていた。

 

「魔界の武闘派が何故貴方の命を狙うのか。それに対して和平推進派が何故秘密裏にそれを阻止し様と動いているのか。ワルキューレ達も、この前の事でちょっと派手に動きすぎたせいかしばらくは動けないそうなのねー」

 

 時間移動能力者。時間を行き来する、因果律さえも覆す事が出来る、と言われている能力を持つ、異能者。

 

 とは言え、その能力も完全な物ではなく。因果律を覆す事が出来るのかどうかは、その事象がありえたかどうか、に左右される。要するに、絶対に在り得ない事は起こしえない。

 

 強力と言えばこれ以上無く強力ではあろうが、万能では、無い。

 

 その、時間移動能力者を執拗に狙う一派。それが、魔族の武闘派であると言う。

 

 また、和平推進派の方も同様に調査に入る予定であったが、前回のベルゼバブ、デミアンとの争いの際、神族と魔族が争った、という形になってしまっている為、緊張の高まった魔族―神族間を刺激しない為にも、今回の調査は神族側の分析・調査官であるヒャクメに一任される事となったという背景がある。

 

「ま、とりあえず任せてなのねー。私の全身にある100の感覚器官は、伊達じゃないのねー。しっかりばっちり、心の奥の奥まで覗けちゃうのよねー」

 

「え? ちょ、待って――」

 

 嫌がる美神の肩を押えながら、その心の奥、記憶の底、魂に刻み込まれた前世の記憶へと――

 

「・・・あれ? プロテクトが掛かってる」

 

「・・・どうかしたの?」

 

 ちょっと不機嫌な、それでも我慢してやると言った風情の美神は、目の前で首を捻るヒャクメに問い掛ける。しかし、彼女からの答えは無く、ひたすら首を捻っている。

 と、その瞳か突然ギラギラと輝き出した。

 

「ふ、ふふふっ! 俄然興味が涌いてきたのねー! 私ってば好奇心の塊なのよねー! 見たいっ! 知りたいっ! 燃えてきたぁぁっ!」

 

 大声で叫んだかと思うと、腕を一振り、何処からとも無く表面に巨大な眼のついたトランクを取り出す。彼女の身長半分ほどもあるそれの中には、一見只の闇しか広がっていない。おもむろに両手を突っ込み、暫しの間も無く引き出された右手の先には、トランクとコードで繋がったノートパソコンらしき物がある。

 

 ややあって引き出された左手の先には、ゴム製の吸盤がついたコード。それを美神の額に押し当てると、ヒャクメはノートパソコンに何かを打ち込み始めた。

 

「ふふふっ! 封印も掛かってないし、これならあっさり上手くいきそうなのねー!」

 

「ちょ、ちょいまちっ! まさかっ!」

 

「その通り! 貴方の時間移動能力、ちょっと借りるのねー!」

 

「へー、最近はこんな小さな『ぱそこん』もあるんすねー」

 

 ヒャクメは、背後から聞こえた声に反応して動きを止める。慌てて振り向けば、其処に居るのはさっきまで簀巻きにされて放り出されていた半人狼。

 

 そちらに目をやれば、何故か全身鎧がロープでぐるぐる巻きにされてシクシクと泣きながら転がっている。

 

「な、何で? どーやって?」

 

「ふふふ、身代わりの術っ!」

 

「それは絶対に使い方を間違ってるのねー!!」

 

「んー、なんて書いてあるかわからんなー。ていっ」

 

 本気で驚いて仰け反ったヒャクメの隙を突き、呆れる美神の静止が届く前に。忠夫の指は、読めない文字の書いてあるキーを適当に叩いていた。

 

「「あぁぁぁっ?!」」

 

「へ?」

 

 突如、忠夫達を包んで広がる光の球体。しっかり3人ともその中である。

 

「勝手に弄っちゃ駄目なのねー!」

 

「この馬鹿犬ぅぅっ!!」

 

「狼っすー!!」

 

 光が弾けた次の瞬間には、動く物は何も無い。いや、部屋の隅で――

 

『く、このっ! あのアホ狼に出来て私に出来ない訳がっ!』

 

 全身鎧がじたばたと。

 

「どーすんのよっ! こんな所に来ちゃってっ!」

 

「私に言われても困るのねー!!」

 

「うわ、此処臭いなー」

 

「何でそんなに余裕なのよっ!!」

 

 暗い空間、いや、通路だったのかもしれない。光に包まれた直後から、美神達は引きずられるように上下の無い空間を通過していた。放り出されるようにして落ちたのは、黒い雲に包まれた、寒々しい雰囲気の広がる都市。

 

 ヒャクメ曰く、時間移動には成功したらしいが、忠夫の適当な操作のおかげで正確な時期は不明との事。

 

 場所は、平安京。1000年以上前の、京都であった。

 

「如何しよう・・・帰れるのかしらっ?!」

 

「だって、なんか臭いんすもん」

 

「上下水道が発達してない上に、貧富の差が激しい時代だから・・・って、そーいう場合じゃないでしょうがっ!」

 

 ともあれ、おろおろする神様と、鼻を摘んで顔をしかめる半人狼と、そんな彼らを見ながら頭を抱える時間移動能力者は、どうやら目的地には着いたようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度その頃、平安京に程近い森林の中に開けられた、空間の穴の奥にある異空間にある某魔神の秘密基地で。

 

「アシュ様! 何処ですかっ! アシュ様ぁぁっ!!」

 

「メフィスト、もう少し静かに。幾ら――」

 

「――そんな事は良いですからっ! これを、この魂を・・・!」

 

 強大な力を秘めた、魔界でも頂点に近い地位を占める存在。魔神、アシュタロスは――

 

「・・・せめて、お父様と呼べないものか」

 

「ああもうっ! 一々落ち込まないで下さいっ!」

 

 戯れに作った筈の、己の作り出した魔族、メフィスト=フェレスからないがしろにされて、ちょっとへこんでいたりする。

 

「どうした。今日が初仕事ではなかったか? いや、早く戻ってきてくれたのは嬉しいが、娘の成功を喜ばないほど狭量な親ではないぞ?」

 

「それが、ちょっとマズッちゃって・・・」

 

 メフィストに背中を撫でられた事で、アシュタロスは元気を取り戻し、焦る娘の話を聞く事にした。

 

 作品、それも昆虫を下地にした試作品とは言え、作り上げてみると中々どうして情が涌く。その上ここ最近――と言っても千年単位ではあるが――一人研究やらなんやらを続けていた彼にとって、土偶とか埴輪以外の存在との、新しくできた娘のような存在との生活は、とても楽しい物であった。

 

 気が付けば、そんな娘も立派になって。「何か役に立ちたい!」と言って飛び出していったのが3日程前。

 

 バイタリティだけはとんでもない物があったので、ちょっと心配が過ぎてその辺に合った五月蠅い土偶を蹴り飛ばして壊したり、埴輪をやたらと作ってみたりした以外は問題無い、と思っていた。

 

 ところが、そんな娘がえらく慌てた様子で駆け戻ってきた。

 

 逸る心を抑えつつ、立派な父親をふるまうアシュタロス。 

 

「で、どうかしたのか? 私に出来る事なら何でもしてやろう」

 

「この魂に、新しい体作って!!」

 

「・・・は?」

 

「願いを叶えるって言ったのに、惚れるって言ったのに、私を庇って菅原道真っていう悪霊と戦って死んじゃったの! お願い――お父様っ!!」

 

「任せなさい!! おとーさまに、まかせなさぁぁぁいっ!! ・・・何いぃぃぃっ!! 惚れるだとっ?!」

 

 本人曰く立派な父親像は、30秒で崩壊した。

 

「おとーさんは、おとーさんは許しませんよっ! まだお前には早いっ! メフィスト、お前はまだ1歳なんだぞっ?!」

 

「・・・うううう~~」

 

 必死で押し止めようとするアシュタロスに、涙目で唸って抗議するメフィスト。気のせいか、誰かの魂を握っているその手の平の中で、先ほどまで放たれていた光が握力に負けて消えようとしていた。

 

「大体そんな何処の馬の骨とも知らないような男に「アシュ様の馬鹿ぁぁっ!!」・・・メフィストー!!」

 

 アシュタロスの言葉の途中で、大声で叫んで身を翻したメフィストは、そのまま部屋の壁を打ち抜いて駆け出していった。

 

 後に残されたのは、呆然と左手を突き出したままの格好で固まる魔神様。

 

 暫しの後、アシュタロスは膝から崩れるようにして両手をついた。

 

『アシュ様・・・』

 

「ああ、これが反抗期か・・・」

 

『ただ男が出来ただけでは・・・』

 

「聞こえんっ! きーこーえーんーぞぉぉぉっ!!」

 

 耳を押えて頭をぶんぶん振っている、己の主人を眺めながら。砕けた自分の体を接着剤で固定していた土偶は、嫌に疲れた溜め息をついた。あの娘にしてこの親あり。昔は良かったなぁ・・・。と、取り留めの無い事を考えつつ。 

 

 土偶の頭の中には、在りし日の陰のある笑みを浮かべた、それこそ魔神という呼び名にに相応しかった頃のアシュタロスの姿が浮かんでいた。

 

 目を開いた瞬間に見えた、部屋の隅で大声を出しながら耳を押さえ、膝を抱えている現在の姿に打ち砕かれたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってて、高島殿! 私が新しい体を作るからね・・・!」

 

 駆け出したメフィストは、その足で自分が生まれたところに駆け込んでいた。右手には高島と呼ばれた者の魂。左手には――

 

「一寸だけ、削るだけ。・・・大丈夫だよね」

 

 怪しく輝く四角錐。それぞれの頂点に球体が付いており、水晶のようなその外見からは分からないが、アシュタロスにはとてつもない力の結晶体である、と教えられていた。

 

「くっ! 硬い・・・ならっ!」

 

 尖った爪で削ろうにも、その結晶は異様な硬度でそれを許さない。色々と道具を持ち出してみたが、やはり削られてはくれなかった。

 

 ひたすら心ばかりが焦るメフィストは、切羽詰った様子でそれを睨む。

 

「後で補充して、吐き出してばれないように戻すっ!」

 

 そして、それを迷わず飲み込んだ。

 

「・・・んっ、ぷはっ! 良し、これで――」

 

 高島の魂を、手術台のような、人一人が寝転ぶことが出来るだけの広さしかない硬い代の上に置く。

 そして、辺りを見回して、使えそうなものを探す。

 

「えっと・・・これ、が良いかな?」

 

 取り出されたのは、奇妙な形をした丸い球体。其れの表面に指を這わし、複雑に動かしていく。指が表面を走るたびに、その球体から滲み出るように光が溢れ出した。

 

「良し、調整はこれで大丈夫・・・見た目もそっくりな筈だし」

 

 それを高島の魂の隣に置き、台の上にある蓋を閉める。

 

 と、何かを思いついたようにその手を止めたメフィストは、しばし宙を見上げた後、再び辺りを荒らし始めた。

 

「よ・・・っと。折角だから、もう簡単に死なないように、ちょっと強くなってもらおっと」

 

 ガチャガチャと音を立てながら戻って来たメフィストの腕の中には、色々な光を放つカプセルがある。その数、実に20個近く。

 

 なんだか、台の上の魂が必死で抗議するかのように光を放っているが、其れを無視してどんどん放り込んでいく。

 

「んふふー。それじゃ行ってみよー!」

 

 勢い良く閉められた蓋の向こうに、激しく点滅する光は消えていった。

 


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