月に吼える   作:maisen

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明日も書けなさそうなので急ぎ投稿( ´・ω・`)
急に忙しくなってごめんなさい( ´・ω・`)


第漆話。

 

 ――氷室 キヌ の日記より。

 

○月×日 

 

 今日から、日記をつけ始めることにしました。私は、どうやらきおくそーしつ、とか言うものらしいです。自覚は有りませんが、義父さんや義母さん、早苗お姉ちゃんが言うんだから間違いないでしょう。

 

 あ、義父さんや義母さん、早苗お姉ちゃんは何にも憶えていない私を保護してくれた、とっても優しい人達です。

 

 目が覚めたら氷室神社、あ、私が今住んでいるところです。其処に居ました。そしたら、知らない人達が4人も――あ、そうそう。義父さん達の他にも、とっても昔の格好をした、弓矢を背負った、お髭の生えたなんだか光々しい人も居た筈なんですけど・・・。

 

 義父さん達に聞いても「命の恩人」って、苦笑いしながら答えてくれるだけで何も教えてくれないんですよねー。

 

 誰なんだろ? 

 

 それはともかく、何故だかもう忘れたりするのがとっても嫌だから、こうやって日記をつけています。とりあえず、元気です。

 

 

 

 

 

△月○日

 

 学校、とゆー所に通う事になりました。寺子屋みたいな物らしいです。あれ? 寺子屋ってなんだっけ・・・うーん。

 

 ま、いいかー。

 

 皆とっても親切で、お友達もたくさん出来ました。せーふくって言うのも結構気に入ってます。・・・あの人に見せたいなぁ、って、誰の事だろう? むー。

 

 疲れたので寝ます。

 

 

 

 

 

×月◇日

 

 学校から帰ってきたら、神社の前で義父さんと知らない人たちがなんだか騒いでいました。笑顔で義父さんが鉄パイプみたいなのを取り出したら、慌てて逃げてっちゃいましたけど。

 

 なんでも、ちょっと前に色々あったらしくて、神社がぼろぼろになったりしばらく煩かったりしたそうです。不思議に思ってぴっかぴかの境内を見てたら、義父さんが「命の恩人曰く、せめてものお詫びだそうだ」って。

 

 命の恩人なのに、奇特な人も居たもんですねー。

 

  あと、ぷれぜんとを貰いました。あーいう人たちに絡まれたら、迷わず引き金を引け、だそうです。「ごむ弾だから平気だよ」って言ってたけど、これ、なんだろ?

 

  とりあえず引いてみようと思います。

 

 

 ・・・さ、早苗お姉ちゃんのお部屋まで、一直線に穴が開いちゃいました。お姉ちゃんの怒りの声が聞こえ、あ~~~~。

 

 

 

 

◇月○日

 

 今日は朝から、とっても寒い日でした。そして、不思議な人と会いました。

 

 朝、遅刻しちゃって通学路を走ってたら、目の前の曲がり角をすっごい速さで男の人が走り抜けていきました。

 

 泣きながら「俺は変質者じゃない! 誤解なんやー!!」って言ってました。

 

 しばらく眺めてたら、車の窓から体を半分乗り出した風紀の先生と体育の先生と担任の先生に追っかけられてすっごい速さで逃げていきました。

 

 ・・・どうやって運転してたんだろ?

 

 そしたら、男の人が逃げていった方から、もっと早いすぴーどで戻ってきて「堪忍やー! ちょっと心配になっただけなんやー!!」って叫びながらまた通り抜けていきました。その後ろから、ものすっごく美人ですたいるのいい女の人が、車の・・・おーぷんかーって言うんですよね? 

 

その運転席でものすっごく怒りながら「あんたには忍耐とか堪え性とかそういうものは無いのかーー!!」って、思いっきり跳ね飛ばしてました。

 

 ええと、嘘じゃありませんよ?

 

 その、跳ね飛ばされた頭に真っ赤な布を巻いた男の人は、死んだように動かなくって、心配してたんですけど、美人の女の人が車から降りて、ロープを取り出した瞬間、何事も無かったみたいに「奥義、死んだふりっ!」って言って、また走り出したんです。

 

 そしたら女の人も車に飛び乗って・・・車が勝手に動いたみたいに見えたんですけど、気のせいでしょうか? 

 

 「ええいっ! 相変わらずでたらめなっ!」とか言って、すっ飛んでいきました。女の人の声とは違ってたみたいだけど・・・空耳?

 

  それを何となく眺めていたら、戻ってきた先生たちに「大丈夫か?!なにかされたんだべなっ?!」って、心配させちゃいました。どうやら私、泣いちゃってたみたいです。でも、別に悲しいとかじゃなくて、懐かしいって言うか。

 

 今日は、そんな不思議な朝でした。

 

 ・・・嘘じゃないですよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんぼなんぼでも車で跳ね飛ばす事は無いでしょっ?!」

 

「煩いわねっ! そもそも何であんたはあんな所まで散歩とか言って出かけてんのよっ?!」

 

 夜の東京、広い道の上。

 

 走る車は今だ多く、眠らない街の象徴であるかのように光の航跡が何時までも、何処までも続いている。そんな道の上に、とっても騒がしい一台の車があった。

 

「ええっと。て、手前も手前だ人工幽霊一号っ! 事務所ほっといて、しかもお前ブレーキ掛けた様子も無かったじゃねぇかっ!!」

 

『失礼な。事務所とはしっかり繋がっていますし、勿論ブレーキじゃなくてアクセル吹かしましたよ』

 

 車の内側から、エンジンの音ではない、はっきりとした声が聞こえた。それに驚いた様子も無く、無言で霊波刀を展開する赤いバンダナを巻いた青年。

 

「壊すっ! 完膚なきまでに「お給料から差っ引くわよ?」あう~」

 

 横合いから突っ込まれた、ハンドルを握る亜麻色の長髪を持った女性の声で、渋々輝く霊気の刀を引っ込める。

 

「・・・大体さー。美神さんだって直ぐに来たって事は、どーせ直ぐ其処にいたくせにさー」

 

「・・・な、何の事かしら?」

 

 ぶつぶつと、美神と呼ばれた亜麻色の髪の女性を横目で見ながら呟く青年。その言葉に、慌ててそっぽを向いた女性は誤魔化すようにアクセルを踏み込む。

 

「おキヌちゃんの教室に、厄珍堂から仕入れた監視カメラ仕掛けようとしたくせにー」

 

「何で知ってんのよっ?!それにまだやってないっ!!」

 

「やろうとしたんかいっ?!」

 

「う、あ、ひっ引っ掛けたわねっ?! 卑怯よっ!」

 

「んぎゃーっ?!」

 

 真っ赤になった女性が、運転席に座りながら、短いグリップを握り締める。瞬時に其処から光り輝く棒が延び、迷わず振り下ろされたそれは青年の頭頂部を抉って悲鳴を上げさせる。

 

 完全に両手を離して居る筈のハンドルは、それ自体がまるで意思を持っているかのように勝手に動いている。

 

 車の上のどたばた騒ぎも知らぬげに、エンジンの音も高らかに、彼は住処を目指して速度を上げた。

 

 

 そう、其処までは、ある意味何時も通りの光景だった。

 

 

 足りない物を補うかのように、互いが互いに笑顔で待つ。

 

 

 その瞬間まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事務所の車庫に車を停める。ギアをニュートラルに戻し、サイドブレーキを掛け、車庫の壁に光の輪を作り出していたライトを切る。辺りに、ふと、静けさが戻った。

 

「・・・そんなに心配しなくても、ちゃんと戻ってくるわよ」

 

「・・・俺も、そう思います」

 

 エンジンの暖気が抜けていき、僅かに呼吸するように湯気が立つ。それも次の瞬間には、夜の空気に溶けて消えた。

 

「待ちましょう。何時までも」

 

「勿論」

 

 互いに見えない笑顔を、互いに重なる視線が確かめ合う。言葉の余韻は、やはり夜の空気に溶けて消えたが、それでも、笑顔は、見えない笑顔は消えなかった。

 

『オーナー、お客様です』

 

 その声と共に、車庫の内部に光が満ちた。どうやら事務所の管理に戻った人工幽霊一号が、気を利かせてくれたらしい。

 

 ちょっとだけ不満に思いつつも、声に答えながら車から降りる。

 

「こんな時間に? 全く、誰よ」

 

『それが・・・その』

 

 何時に無く歯切れの悪いその声に、僅かに眉根をひそめる二人。

 

『もう、そちらに着かれます』

 

「・・・居たっ!」

 

「小竜姫? どうしたのよ、そんなに慌てて」

 

「嫁に来ないか?」

 

 そちらを見もせずに、息を荒げる小竜姫にタオルを差し出しながら裏拳を打ち込む。

 

 めり込む確かな感覚を感じながら、隣で何かが倒れた音は、丁重に無視させていただいた。

 

「ああっ?! 横島さん、なんで気絶してるんですかぁぁっ?!」

 

「・・・あれ? こいつに用が在ったの?」

 

 ようやく息を落ち着け頭を上げた小竜姫の目に写ったのは、血まみれで倒れる忠夫の姿。

 

 その今だ噴き出す血流を無視して、その頭をがくがくと揺さぶる。それと同じタイミングで噴き出す赤い噴水が、辺りの壁を彩った。

 

『あんまり汚さないで欲しいんですけどね・・・!』

 

「起きてっ! 起きてくださいってばー!」

 

 その光景をかりかりと頭を掻きながら苦笑いで眺める美神。忠夫の頭から吹き出した血が、どう見てもリットルを超えているのは気のせいか。

 

「起きないと、捕まっちゃいますよー!」

 

「誰によ?」

 

「それはっ・・・不味い、もう?!」

 

 振り向いた小竜姫の視線の先、何も無い空間が歪み出す。徐々にそれは亀裂を生み出し、歪みが直径2Mを超えた瞬間、ガラスの砕けるような音と共に、その中から二つの影を生み出した。

 

「なっ?!」

 

「てい」

 

『いだぁぁっ?!』

 

 歪んだ空間が、元通りになる直前。美神はその現象に驚き、忠夫は気絶したまま。

 

 小竜姫は気絶した忠夫を、車庫の壁をぶち抜きながら外に投げ捨て、人工幽霊はその痛みに悲鳴をあげる。

 

「・・・着いた」

 

「良いのですか? こんな場所にゲートを構築したりして」

 

「・・・問題無いと思う。どうせ相手にはばれてるだろうし」

 

 歪んだ空間が戻ってみれば、二人の影は、両方とも女性のようである事が見て取れた。鋭い視線を持った片方は真っ黒な翼とベレー帽のような帽子を被り、それより頭一つぶん低いもう片方は2本の角と立派な、というか豪華な和服に似た服を着ている。

 

「・・・小竜姫?」

 

「あー、えー、お久し振りで「―――嫁に来ないか?」あああああああああ」

 

 一体何処から涌いて出たやら。気付いた瞬間には、もう、其処に居た。小竜姫の目にさえ止まらない、非常理な行動である。小竜姫は、もう頭を抱えて言葉にならない。

 右手を握られた黒い翼の女性は、驚いたように小竜姫の名前を呟いた女性に視線で問いながら、握られた手に力を篭める。

 

「あだだだだっ? じょ、情熱的なっ?!」

 

「・・・やっちゃえ」

 

「イエス、マム」

 

 その光景を見て、ぶすっとした表情の角の生えた女性は、迷わず親指を地面に向ける。その瞬間、黒い翼の女性の左手には、一本の注射器が握られていた。次の瞬間には、その手が霞んで持っていた注射器が忠夫の首に迫る。

 

 

 それを、忠夫は、

 

「ふぬりゃぁぁっ?!」

 

 

 どう見ても骨格上不可能な、首を途中から横にずらすという行動で、避けた。

 

 驚いたような女性の表情を目に、忠夫は、心からの恐怖を注射器に感じながら、そして頭の直ぐ下で響いたナニカ大切な物が歪んだ音を聞きながら、ゆっくりと白目を剥いて崩れ落ちた。

 

 手を握ったまま。

 

「す、凄いけど馬鹿、心底馬鹿・・・」

 

 よっぽど獣医と注射がトラウマなのだろうか。呆れた様に眺める美神の前で、小さな方の女性が、繋がれたままの手とは反対側を握り、それを手錠で固定する。

 

 それを目にして、ようやく小竜姫が再起動した。

 

「ま、待ってください! 本気ですか?!」

 

「・・・勿論」

 

 小柄な女性は、寂しげに微笑んで指を鳴らす。その背後に、再び歪んだ空間が現れ始めた。

 

「いえっ!そうじゃなくてこれ以上・・・ああああっ?!」

 

「では、現時刻よりミッションを開始します」

 

「・・・頑張って」

 

 最早消え行く歪みに、忠夫を引きずりながら溶け込んでいく手錠で繋がれた女性。それを見送る黒い翼の女性と小竜姫。

 

「ちょっと、待ちなさいっ!!」

 

 慌てて伸ばされた美神の手の向こうで、消え行く女性が口を動かしたのが、悲しげな顔と一緒に微かに見えた。

 

 伸ばした手が何かを捕まえるよりも先に、歪みは完全に消え去った。その内に、忠夫と女性を取り込みながら。

 

「また、また不祥事の予感が」

 

「こちらも報告は受けている。ま、諦めろ。運が良ければ――」

 

 ぽんぽんと、小竜姫の肩を慰めるように叩く黒い翼の女性。それに対し、心底諦めた表情で小竜姫が呟く。

 

「だって、ここ最近不幸続きなんですもん・・・」

 

「・・・とりあえず、後ろの殺気はどうにかならないか?」

 

 二人の肩は、とんでもない握力で握り締められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううう・・・いだだだっ?!」

 

 寝返りを打とうとして、首の痛みで飛び起きる。なんだかえらく柔らかい枕と、丁度良い感じに当たる夜風が勿体無くは思ったが、それでも飛び起きてしまったからにはしょうがない。

 

 きょろきょろと、辺りを見回す。

 

 和風と言うか、微妙に中華が混じった建物。向こうに見えるでっかい門。妙に記憶の端っこに引っかかる光景であった。

 

「えーと、妙神山?」

 

「・・・やっと起きた」

 

「へ?」

 

 後ろから聞こえた声に振り向いてみれば、其処には角の生えた、年の頃14,5。忠夫にとっては少し年下の、まるで華の咲いたような笑顔でこちらを見る正座をした少女の姿があった。

 

「――嫁に・・・いや、あとちょっと?」

 

「・・・えっ?!」

 

 少女は、とてつもない衝撃を受けたような表情になる。忠夫は自分の言葉の何がそんなにショックだったのだろうか? と疑問に思いながらも、再度その少女を観察する。

 

「むー、小竜姫さんの妹さん?・・・ん?んんんっ?!」

 

 ぐぐっ、と少女に接近し、その匂いを嗅ぎ回る。落ち込んでいた少女は、それを擽ったそうにしながらも少々嬉しそうである。

 

「・・・ま、まさか」

 

「・・・分かった?」

 

 ぶるぶると震える指を、少女に向かって真っ直ぐ指す。その前で、楽しそうに笑う少女の匂いは、確かに前に嗅いだ匂い。多少変化はしているが、記憶に残るその匂いは――。

 

「天竜っ?!」

 

「・・・ぴんぽーん、大正解ー」

 

 どんどんどん、ぱふぱふー、と、何処からか取り出した小さな太鼓を叩きながら、玩具の笛を吹くその少女は、竜神界の王女、天竜姫の成長した姿であった。確かに面影は残っている。が、まだまだ蕾の儚さとは言え、それが朧に霞む月のような神秘的な雰囲気となっている美少女であった。

 

「でも、あんまり変わってないな」

 

「・・・せくはら厳禁」

 

「ゴメンナサイ」

 

 一体何処を見たのやら。ごりごりとした冷たい銃口の感触を額に感じながら、数え切れない何度目かの「口は災いの元」を体験学習する半人狼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?! さっきのが天竜姫っ?!」

 

「そうなんです」

 

 所変わって此方は事務所。応接間のソファーに腰掛けながら、人口幽霊の淹れた紅茶が湯気を立てている。それに口をつけることも無いまま目の前に座る小竜姫たちを睨みつけていた美神の口から、驚きの声が紡がれた。

 

「だって、全然違うじゃない」

 

「・・・竜神界の秘法とか、裏で先代竜神王夫妻の暗躍が在ったとか、色々理由は在りますけど・・・おかげで大変だったんですよ? 竜神王は暴れるし、老師は話を聞いた途端にカメラを持って戦闘形態で妙神山を飛び出すし、家臣団は寝込むし」

 

 ぶつぶつと愚痴を垂れ流す小竜姫は、何処となく真っ黒なオーラを放っている。そして、そのオーラを纏いながらゆらり、と立ち上がると、一瞬にして美神の目の前に陣取った。

 

「それもこれもっ! みーんな美神さんの所の所員が悪いんですー! 横島さんとか横島さんとか横島さんとかがー!!」

 

「お、落ち着いて小竜姫っ! 私に言ったってしょうがないでしょっ?!」

 

「あの人が年下でも大丈夫って言ってくれたならー!」

 

「それはそれで大問題でしょうがっ?!」

 

「・・・それもそうですね」

 

 ふ、と虚脱したように、美神に迫っていた小竜姫の瞳から力が抜け落ち、同時にその目が焦点を外す。

 

「ふ、ふふふ・・・妙神山に帰りたくないよぅ。えぐえぐ」

 

「小竜姫、そろそろ任務について説明させてもらっても良いか?」

 

「えぐえぐ・・・」

 

「・・・ふぅ」

 

 部屋の隅っこに移動して、神剣で床にのの字を書き始めた小竜姫を余所に、黒い翼の女性が美神の前に移動する。

 

「私の名は、ワルキューレ。今回、お前を護衛する事が私の任務だ」

 

「・・・どういう事よ?」

 

 緊迫した空気を余所に、その背景では再び黒いオーラを背負った小竜姫に抉られつづける床に、文句を言いたいが言えない全身鎧がおろおろとしながら偶に痛みで仰け反っていたりする。

 

「それは――」

 

 

「美神さんが、か?」

 

「・・・うん。色々あってしばらく動けなかった。目が覚めたら、お布団の横で父さんが初めて見る怖い顔で悩んでた」

 

 本来ならば小竜姫がお茶を楽しんだり、のんびりと日向ぼっこをする場所である縁側で。並んで腰掛け、夜空の星を眺めながら語り合う。

 

「・・・犬飼君も危ないって、そう言われた」

 

「俺も?」

 

 忠夫の視線が、俯く天竜姫に向けられる。表情は見えないが、とても、とても苦しんでいる女の子が、其処に居た。

 

「・・・とっても大きな力が動いてる。美神さんは、それに巻き込まれる。そのそばに居る者は、否応無く巻き込まれる。何が、って聞いたけど、難しい顔して答えてくれなかった」

 

 ぐずる声が聞こえ出した。それを発しているのは間違いなく、隣に座る天竜姫。拳を膝の上で握り締め、綺麗な服は、見るも無残に皺が寄っている。

 

「・・・だから、諦めろって。ひっく、犬飼君は、絶対に美神さんを見捨てて、安全な所に行くようには見えない。危ないって分かってても行くから、ひっく、今のうちに諦めておけって」

 

 泣き声は、段々と大きくなり始める。

 

「・・・嫌だよ。私と一緒に危なくない所まで行こうよぅ。ふぇぇ・・・。でも、ひっく、えぐっ、犬飼君は、そんな犬飼君は嫌だよぅ・・・ふぇ、ふぇぇぇぇん」

 

 泣きじゃくる。思いは矛盾し、それでも納得できはしない。分かっているのだ。隣で、慌てながらわたわたと手を振る青年が、自分がいろんな人に迷惑を掛けても、見て欲しいと願った青年が、そんな行動をとる訳が無いと言う事は。

 

「・・・やっと、やっと大きくなれたのに、えぐっ、これで一緒になれると思ったのにっ、お別れなんて、諦めるなんて、できないよぅ・・・」

 

 抑え切れない心を、育った体に対して、まだまだ小さな心から溢れる思いを、ただ、言葉と涙で訴える。自分の顔はぐちゃぐちゃだろう。でも、どうせ構わない。こうやって顔を伏せて、泣いている間は見られる事も無いのだから。

 

「・・・ふぇ?」

 

「あー、その、だから、此処に連れてきたんか」

 

 ぎゅっ、と暖かい物に包まれた。縮こまった体の上から、暖かさと、困ったような声が聞こえた。

 

「危ないなら、そうじゃ無くなれば良い。俺が強くなれば良いって事だもんなー。シンプルだけど、分かりやすくて良い」

 

「・・・・・・ぐすっ」

 

「御免な。心配掛けて御免な。怖がらせて、御免な。でも、お前の父さんの言う通り、俺にゃ其処まで聞かされて、自分は安全な所に、っつーのは無理だよな」

 

「・・・うん、分かってる」

 

 自分を包んでいる暖かさの正体は、分かっている。表情も、分かる。多分、困っているけど、とっても大好きな笑顔を浮かべている。

 

「・・・だから、強くなって欲しい。危ないけど、死ぬかもしれないけど、私は、『今のままの』貴方が――」

 

「俺が?」

 

 もういい。ぐしゃぐしゃだけど、見っとも無いけど、この言葉を言うのなら、あの笑顔を見ながら、瞳を見ながら、言うって決めた。

 

 

 大きく深呼吸して――

 

 

「ま、あの小ぶりなのに鍛えられたお尻、相変わらず美味しそう・・・」

 

「あれ? 横島じゃねーか」

 

「うわわっ?!お前らっ?」

 

 全部、台無しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程ね。理由はわからないけど、魔族の一部が私を狙ってる、ってこと」

 

「そうだ。以上の理由から、人界に存在し、尚且つ、お前と親交の深い小竜姫、それから魔族側の応援として私が派遣された。近年、魔族―神族間ではデタントの流れが生まれつつある」

 

「緊張緩和? 良く貴方達魔族がそれを受け入れたわね」

 

 ソファーに対面しながら会話するワルキューレと美神。互いに表面上は静かでありながらも、その視線は氷のようである。

 足を組替え、やや前傾姿勢をとる美神。

 

「本来ならば、お前には真実を告げず裏から護衛する予定だった。ところが、作戦開始直前になって竜神族から横槍があってな。―――小竜姫の派遣の代わりに、横島忠夫を妙神山にて修行させよ、と」

 

「あいつを? なんでよ」

 

「分からん。上では色々な動きがあるようだが、な」

 

 隠されている。美神は、そう感じている。真実も話しているようでは在るが、なにせ相手は戦乙女。情報戦くらいはやっているだろう。視線を更に鋭く変えながら、美神は問う。

 

「・・・で、なんでそんなに大事そうな事までぺらぺらと囀ってくれるのかしら?」

 

 その、挑発めいた言葉には答えず、背後を親指で指すワルキューレ。

 

「小竜姫のアドバイスさ。所員が居なくなったら、絶対に怪しむ。護衛対象との信頼関係は護衛する上ではあるに越した事は無い、とな」

 

「の、割りには全然信頼を得ようとする素振りが見えないのは、気のせいかしら?」

 

 最早殺気を隠そうともせず、美神はワルキューレを睨み付ける。背中に隠された左腕には、ソファーの隙間に隠してあった破魔札が握られていた。勿論、後で後悔しそうなほどに超高級な物である。

 

「・・・任務に私情は要らん。それだけだ」

 

「あら、そう? 貴方の顔には「気に入らない」って書いてあるわよ?」

 

「「・・・・・・・・・・・」」

 

 人工幽霊には、二人の間に火花が見えたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うごごごごっ」

 

「な、なんつーがきんちょだ」

 

「ま、まぁ、タイミングが悪かったみたいね」

 

「・・・ぶー」

 

 事務所の視殺戦も知らぬげに、妙神山修行場では、男3人が微妙に死にかけていた。それに背を向けながら、ぶんむくれる天竜姫さん。

辺りには、山盛りの空薬莢と銃撃痕、其処此処の柱が焼け落ちかけ、クレーターが静かな和風の庭を彩っている。

 

「・・・がく」

 

「あ、こら死ぬ前に俺と一戦やってから・・・あぅ」

 

「ふ、ふふふ、だらしないわよあんた達・・・・あ、もう駄目」

 

「・・・馬鹿」

 

 ちょっと赤く染まった頬を夜風で冷ましながら、天竜姫のお言葉が、夜の妙神山に響き渡る。

 

 夜空は、まだまだ明けはしない。

 

 朝は遠く。

 

 それでも、月は輝いていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のう、まだあの二人は起きて来んのか?」

 

『ま、もうしばらくは寝てるさ。最後の一欠片まで霊力を使い切るなんて、早々無いからな』

 

「・・・どうせ、座学は嫌だ、とか我が侭を言ったのじゃろう?」

 

『正解』

 

 同時刻、人狼の里、長老宅の囲炉裏の前で。

 

「しかし、あれらがここまで苦労するとはなぁ」

 

『ふん。力はそこそこだが、相手が多数にもかかわらず1対多数を2箇所でやってるようなもんだ。しかも相手が連携取れてるとなりゃ、生きて帰れただけでも御の字だな』

 

「・・・もう少しだと思うのじゃがな」

 

『最後の最後に、ようやく2対多数、だな。・・・見込みはある。そう心配するな』

 

「すまぬの、マーロウ殿」

 

『嬢ちゃんの頼みだ。気にする事ぁ無い。・・・しかし、不気味な奴らだった』

 

「と言うと?」

 

『―――虫なんだか、植物なんだかわかりゃしねぇ。根っこの生えた昆虫、が一番近いな。なにか探ってやがったみたいだが、何をやっていたのやら』

 

「・・・ふむ」

 

 ぱちっ、と囲炉裏の中で炎が弾けた―――

 


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