月に吼える   作:maisen

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第弐話。

「んじゃまたな、皆」

 

「兄上、拙者必ず兄上の役に立つようになるでござるからな!」

 

「ま、美神さんの紹介だから大丈夫だとは思うけど。頑張れよ~」

 

 里を出る忠夫の見送りに、シロたち人狼の里の住民が集まっていた。明日からの仕事のために、夜も遅いがそろそろ出なければ時間が無い。

 

 獣医の注射のショックというか、インパクトというか。

 

 そう言うものから立ち直った忠夫は、夜の森を駆け出していった。

 

『さてそれじゃ、まずお嬢さん達には除霊の基礎でも学んでもらおうか』

 

「よろしくお願いするでござる、マーロウ殿」

 

「不肖の娘ですが、見込みはあると思うのでビシビシとお願いします」

 

 残されたのは、何時もの人狼の面々と、一匹の老犬。だが、老犬と一言で片付けられ無い雰囲気は、修羅場を潜り抜けてきた猛者。そう、長老に通じる物があるほどの、静かな海原に通じる深さがあった。

 

 GS犬マーロウ。美神が長老からの頼みで請け負った、シロたち若い人狼の、人間との掛け橋としての、人狼達の能力を生かした職業――GSの先生を求める里に、その先生として美神から紹介された世界最高のGS犬である。

 

「しっかり学んで、人狼としての名を貶める事の無いようにな」

 

「長老も大変でござるなぁ」

 

「お前らがもうちょっと真面目なら、此処まで苦労する事も無かったのじゃよ」

 

「「あっはっはっ」」

 

「・・・ふぅ」

 

『ご苦労なこった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちーっす!」

 

「お、来たようだね」

 

「あれ、西条の義兄さん?美神さんとの結婚、認めてください」

 

 とりあえず、神通棍が飛んできた。

 

「はっはっは。君も大概唐突だねぇ」

 

「何時まで調子にのっとるかこの馬鹿はっ!」

 

 ぼろぼろの忠夫を踏みつけながら、その頭に突き刺した神通棍をぐりぐりと捻る美神。その顔が少々赤いのは、きっと西条と呼ばれた男性の前で、自分の所員が恥をかかせたからだろう。

 

 多分。

 

 西条輝彦、ICPOの超常犯罪課、通称オカルトGメンに所属するエリート。GSとしてもかなりの腕を持つ、長髪美形の金持ち。美神にとっては兄のような存在である。

 

 美神の足の下でじたばたと逃げ出そうとしている忠夫と、逃がすまいと更に神通棍に霊力を篭める美神を面白そうに見つめながら、西条はふと、悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべた。

 

「そうそう、令子ちゃん。今回の依頼なんだが依頼人の方から条件があってね」

 

「条件?私は聞いてないけど・・・ま、西条さんを通した依頼なら心配は無いわね。で、何?」

 

 美神が西条のほうに意識を向けた一瞬の隙に脱出し、傍から苦笑いを浮かべて眺めていたおキヌの所まで避難する忠夫。それを横目で面白く無さそうに見ながらも、西条の言葉に耳を傾ける。

 

「ああ。できるだけ少人数、しかも信頼のできる――そう、僕と令子ちゃんだけでお願いしたいんだそうだ」

 

「え? でも、依頼場所が「ストップ。ま、裏には色々あるんだよ」・・・気に入らないわね・・・」

 

 頭をこりこりと神通棍の柄で掻きながら、少し悩むような表情になる美神。

 

「後、報酬の上乗せがあってね?1,5倍で「行きましょうか西条さん。横島君とおキヌちゃんは、今日は休みでいいわよ」・・・令子ちゃん、もうちょっと悩んでもいいんじゃないかな、と僕は思うよ」

 

 西条が零した報酬の増額に、それまでの悩みとかは全部吹っ飛んだようである。 テキパキと準備を整えながら忠夫達に向かって休みを告げる美神の姿に、西条は自分の額を伝う汗を感じていた。

 

「さ、行くわよ西条さん! 報酬増額どんとこーい!」

 

「やれやれ・・・」

 

 元気一杯にドアを開けて出て行く美神に続いて、西条も事務所の玄関をくぐる。残されたおキヌと忠夫は一連の流れに置いていかれてちょっと呆然。

 

「あ、そうそう、横島君?」

 

「え、なんっすか?」

 

 出て行った筈の西条が、ドアの後ろから忠夫に向かって手招きする。何となくその楽しそうな笑顔に嫌な予感はする物の、素直に西条に寄っていく。

 

「これを君に上げるよ。今日は、僕のせいで予定が開いちゃったような物だからね。そうだ、小鳩君が君にお礼を言いたがっていたから、ついでに誘って見ちゃどうだい?僕の方から連絡は入れておくから、駅前に1時間後くらいに来てくれ。それじゃっ!」

 

「え、あの、ちょっと?!」

 

 忠夫の手に2枚の紙切れを握らせ、立て板に水のように勢い良く用件を伝えた西条は素早く身を翻して美神の待つガレージに駆けて行く。

 

 右手に紙切れを握り、左手を西条に向けて伸ばしたままで固まる忠夫の目に、風でひらひらと揺らめく紙切れの文字が入ってきた。

 

「で、でじゃぶーらんど招待券? ・・・なんじゃこれ?」

 

「むー」

 

 忠夫の上からそれを覗いたおキヌは、なんとなく西条の考えている事が分かったのか、ちょっと膨れていたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お久し振りです横島さん!」

 

「おー、久し振り、小鳩ちゃん。―――嫁に来ないか?」

 

「え、あの、その、まだ早いかなって」

 

「お前も相変わらずやのー」

 

 一時間後の駅前にて。首を捻り捻りやってきた忠夫の目に写ったのは、辺りをキョロキョロと見回しながら、そわそわと駅前に立つ時計を眺めている、大き目の包みを抱えた学生服の三つ編みの少女であった。

 

 手を振りながら声をかけ、ついでにおもむろに求婚する忠夫に、小鳩と呼ばれた少女は顔を真っ赤に染めてうろたえながらも断ってみる。

 

 がっくりしながら項垂れる忠夫に、テンガロンハットのメキシカンな小柄な影が話し掛けてきた。

 

「おう、貧乏神じゃねーか。どうよ、最近」

 

「ぼちぼちでんな。ま、それはともかく」

 

 軽く挨拶を交わした後、忠夫と小鳩を見比べる貧乏神。何度か視線を往復させ、おもむろに頷いた後。

 

「ま、バランスは取れてるからええやろ、行き先は遊園地やし。んじゃ、デートたのしんできーや、小鳩ー!」

 

「ちょ、貧ちゃん!」

 

 そう言い残して笑いながら飛び去っていく貧乏神。小鳩は貧乏神の言い残していった言葉に耳まで真っ赤になりながら、忠夫に声をかけてみた。

 

「あの・・・横島さん?」

 

「・・・でーと。そっかー。これ、でーとなんやなー」

 

「横島さん?」

 

 ぶつぶつと呟く忠夫に対し、不思議そうにその顔を下から覗き込む小鳩。

 

「うぇっ?!あ、小鳩ちゃん・・・あ、デート。・・・お付き合いの第一歩」

 

 ビックリしたように飛び退る忠夫は、不図何かを思いついたように空を見上げる。

 

「――よっしゃー!嫁かー?!俺にも嫁ができるのかー?!!」

 

「よ、横島さん?!」

 

「いや待て落ち着け俺っ!初心者は良く躓いて全て台無しになるってTVでも言ってたっ!ここは慎重にっ!慎重にっ!ああっ!でもなんだかうれしーなー!!」

 

「あ、あのー」

 

 なんだか知らないが絶好調になっている忠夫に、恐る恐る小鳩が声をかける。

 

「よっし小鳩ちゃん!でーとと言えば遊園地だった筈!この紙切れで遊園地で遊べるらしいから行こう!今行こう!直ぐ行こう!」

 

「え、あの、横島さんっ?! きゃー!」

 

 駅前で待ち合わせたのだから列車で行けばよいものを、舞い上がった忠夫はそんな事も考えられずに小鳩をお姫様抱っこで抱え挙げ、ここに来る前に調べた「デジャブーランド」に向かって文字通り一直線に突き進む。

 

 駅前には、呆然とした顔で、いきなりすっ飛んでいった妙な二人組みを見ていた何人かの親子連れが残るのみであった。

 

 

「此方、貧乏神。ミッション成功。後は野となれ山となれ。お泊まりでもかまへんけど、後で結果報告だけよろしくなー」

 

「お疲れ。ま、楽しみにしておいてくれたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう・・・恥ずかしかったんだから、今度からは気をつけて下さい」

 

「ハイ、スイマセンデシタ」

 

 しばらく忠夫の腕の中で真っ赤になっていた小鳩は、忠夫の到着を知らせる声でようやく復活、直後自分の状況と周りからの視線に耐えかねて、ちょっと気が遠くなってしまった。

 

 忠夫に降ろしてもらい、あまりといえばあまりにもなその行動に、涙目で静かにお説教する小鳩には勝てる筈も無く。

 

 着いて早々忠夫は必死で謝り倒す事になってしまったのだった。

 

「うう・・・だって嬉しかったんだもーん」

 

 いじいじと目の前で、しゃがみこんで地面のタイルの模様を指でなぞるバンダナの青年をしょーがないなぁと言う表情で見ていた小鳩は、ちょっとだけ微笑むと忠夫に向かって手を伸ばす。

 

「クスクス・・・ほら、横島さん。行きましょう? ちゃんと、楽しませてください、ね?」

 

「え・・・お、おうっ!勿論っ!」

 

 小鳩の差し出した手を握り、入り口に向かって歩き出す忠夫を見ながら。

 

「・・・まだ、早いよね?」

 

 小さな小さな声で囁かれた、本人以外の誰にも聞こえなかったその声は、一体誰への問い掛けだったのだろうか。

 

 

「さて、仕事だ。この遊園地が極度に電子化されているのはわかったね? 地上の遊園地を支える為に、地価では更に大掛かりな設備が活動している」

 

 西条と美神、二人がいるのは忠夫たちが今まさにその玄関口をくぐった遊園地「デジャブーランド」の地下部分である。

 

 その地下に存在する大規模な機械とコンピュータ、そして多くのそれを管理する人員が今も忙しく動いていた。

 

 「MAIN CONTOROL」と書かれた、ガラス張りの部屋の前にはコンテナを積んだ小さな車が行き交っており、地上を管理する為の情報が逐次モニターに写し出されている。此処は、遊園地の中枢部分であるのだ。

 

「ところが、だ・・・こいつを見てくれ!」

 

 西条が指し示したモニターに写し出されたのは、小柄な2頭身の、小さな角と石でできた小ぶりな斧を持った、目付きの悪い生き物。

 

「ボガード――俗に言う『性悪な妖精』ね。日本では珍しい妖怪だわ・・・!」

 

「此処は世界的に有名な施設でもあるし、言わば毎日お祭りをやっているようなものだ。あの手の妖怪はそう言う「気」の引かれて発生する。――今の所、大した被害は無いが」

 

「ボガードは悪ふざけや破壊工作が趣味よ。今すぐ此処を閉鎖して退治するのが一番なんだけど・・・」

 

 そう言って、苦い顔をする美神の後ろから、眼鏡をかけた初老の、立派な体格を持った男性が話し掛けてくる。

 

「退治はしていただく。だが、閉鎖は出来ません!」

 

 オーバーリアクションでそう告げる男性に、西条と美神は困ったような視線を向ける。

 

「我がデジャヴーランドの使命は、お客様に完璧な夢を提供する事! 妖怪が出現して閉鎖など、デジャヴーランドにあってはいかんのです! なんとしても極秘裏に処理していただきたい。そのために金に糸目はつけません!」

 

 力強くそう言い放つ男性に、何となく白けた目線をやりながら、隣に立つ西条に目線で説明を促す。

 

「デジャヴーランドは巨大企業だ。僕達にも上からの圧力がかかっていてね・・・」

 

 苦笑いしながら美神の視線に応える。

 

「フン・・・! 夢の裏側には色々あるってわけね。ま、私に払う報酬よりも、閉鎖した時の赤字の方が大きいんでしょうけど」

 

 デジャヴーランドの一日平均入場者、およそ2万人。

 年中無休で動きつづけ、これだけの入場者を確保するということは、それだけ巨大な収入源となることを意味するが、同時に――その運営が失敗する事で抱える負債が、巨大なものであるということも示す。

 

 要するに、ボガードが、妖怪が発生し、その為に休むということは下手をするとGSに払う報酬よりも多いマイナスとなるということである。醜聞を防ぎ、尚且つ迅速に、被害が出る前に対応する。だからこその報酬増額でもある。

 

 口止め料も込み、ではあろうが。

 

「・・・おや、令子ちゃん、これはもしかして」

 

「どうしたのよ西条さん」

 

 なんでも無い事のように西条が指し示したモニター、其処には、監視カメラからの映像が映し出されている。

 

 内容は、そう、忠夫と小鳩が仲良さげに、芝生の上でお弁当を広げている所であった。

 

「なーにやってんの、あいつら?」

 

「どうやら、デートらしいね!」

 

 不自然なまでに明るく言い放つ西条の言葉に、美神はなんだかこめかみの辺りが引き攣ったような気がした。次の瞬間には気のせいだと斬って捨てたが。

 

「いやー、仲良さそうで微笑ましいねー」

 

 はっはっは、と快活に笑う西条を、何故か疎ましく思いながらもなんとなく不貞腐れる美神。

 

「へぇ・・・私たちがお仕事だってのに、やってくれるじゃない・・・!」

 

「・・・お休みだって言ったのは、令子ちゃんなんだけど、ねぇ」

 

 小さな声で呟いた西条に、「何か言った?!」と視線で告げる。

 

 西条は両手を挙げ、なんでもないと態度で示すが雰囲気から楽しんでいそうな事は丸分かり。

 

 そんな二人の心温まる会話に、混乱したような職員の声がかけられる。

 

「・・・っ! た、大変です! E-17ブロックで、システムに異常が発生しています!!」

 

「令子ちゃん!」

 

「ええ、行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、すっげえなぁー」

 

「クスクス・・・横島さん、そんな顔してたら笑われちゃいますよ」

 

 目の前に広がる様々なアトラクションを、小鳩特製のお弁当を頬張りながら呆けた様子で見渡す忠夫の目には、溢れんばかりの好奇心があった。おそらく、彼の尻尾が外に出ていればかなりの高速で左右に振られていただろう。

 

「で、どうすんの?小鳩ちゃん」

 

 空っぽのお弁当箱を小鳩に返しながら尋ねる。小鳩はごそごそと制服のスカートのポケットを探り、金色のVIPと書かれた2枚のカードを差し出す。

 

「西条さんに貰ったんですけど、このカードがあれば好きなだけ遊べるそうですよ」

 

「へー。あの人も中々気が効くなー。よ、っと」

 

 腰を柔らかい芝生から持ち上げ、小鳩に向かって手を差し出す忠夫。

 

「んじゃ、目一杯楽しもうか!」

 

「はいっ!」

 

 差し出された手を握る小鳩は、元気良く返事を返して立ち上がった。

 とりあえずは、一通り楽しんでも罰は当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっち行ったわよ西条さん!」

 

「了解・・・! 君を逮捕する!」

 

 狭苦しい通気口を抜けた美神の前から、ボガードが慌てて逃げ出していく。その前を塞ぐように立ちふさがったのは、霊剣ジャスティスを構えた西条。

 

「ジャスティス・スタン!」

 

「ギャウッ?!」

 

 西条の持つ剣から放たれた、雷撃のような一撃はボガードをその場に麻痺させた。

 

動かなくなった事を確認しながら、ゆっくりと近づいていった西条は、完全に麻痺している事を確認した後、疲れたような溜め息とともにようやく剣を収めた。

 

「ふぅ・・・これで一件落着かな?」

 

「まだよっ! 今連絡があったわ。上で、もう一匹確認されたらしいわよ!」

 

「やれやれ・・・!」

 

 通信機を耳元に当てたまま、西条の横を通り過ぎて走り去る美神。西条はその後を追って、首を振りながら走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、いきなり動かなくなるってーのも、なんだかなぁ」

 

「ちょ、ちょっとビックリしました」

 

 ジェットコースターの降り口付近で、小鳩と忠夫の二人がベンチに座って休憩している。

 先程まで乗っていたアトラクションが、降りる場所の直前で止まり、職員が慌てて駆け回っていたのだ。

 止まった場所が良かったから被害が無かったようなものの、運が悪ければ大惨事となっていたかも知れないその事に少し冷や汗を流しつつ。

 隣で疲れたような顔をしている小鳩に、ハンカチで風を送ってやる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「んにゃ、たいしたことじゃねーって」

 

 ほっと一息ついた様子の小鳩に、こちらもようやく冷や汗が引いた事を感じて大きく息を吐く。

 

「あ、小鳩ちゃん飲み物でも飲む?」

 

「え、あ、飲みます」

 

 辺りに自動販売機でもないかな、と探しながら立ち上がった忠夫に、慌てたような小鳩の声がかけられる。

 

「あ、横島さん、いいですよ!」

 

「遠慮しない遠慮しない! デート相手にジュースの一本くらい、奢れるから!」

 

「あ・・・もう」

 

 ぱたぱたと手を振って、飲み物を探しに走り去った忠夫の背中を見送りつつ、小鳩は嬉しそうに、ちょっと恥ずかしそうに笑っていた。

 

『コンニチハ。僕、まっきーきゃっと!』

 

「きゃっ?! あ、マッキー! えと、こんにちはー」

 

 そんな小鳩に、一体の擬人化された黒猫――この遊園地のマスコットキャラクター、マッキーキャットが声をかけてきた。勿論、極度に自動化が進んでいるだけあってこのぬいぐるみのような外観を持ったマッキーキャットは、ロボットである。

 

『ニャッ!』

 

「え、きゃあっ?!」

 

 そのロボットは、いきなり小鳩を頭の上まで担ぎ上げると、何が起こったのか把握しきれていない小鳩を掲げたまま。

 

『ニャニャニャニャニャー!!』

 

「きゃぁあっ?!」

 

 何処かへと、走り出していった。

 

「あれ? 小鳩ちゃーん?!」

 

 忠夫が、ジュースの缶を2つ持ってベンチに戻ってきた時には、其処に小鳩の影は無い。

 

「おい、見たか今の」

 

「ええ。イベントかしら? 学生服の女の子、驚いてたみたいだけど・・・」

 

「へっ?」

 

 慌てて匂いを嗅いでみる。雑踏の匂いと、食べ物の匂い、小鳩の匂い、油臭い機械の匂い――そして、妖しの気配。

 

「なっ?!」

 

 黙っていなくなるような娘ではないし、後ろを通り過ぎていったカップルの会話、そして今嗅いだというか感じた匂いからすると、なんだか嫌な予感がする。

 

「もしかして、ヤバイっ?!」

 

 僅かに残った小鳩の匂いを頼りに、駆け出す忠夫。もう少し冷静に探してみれば、ベンチの後ろに落ちている、からっぽの弁当箱を見つける事ができただろうが、この際結論は同じであっただろう。

 

 ベンチの上には、表面に水滴を滴らせる冷たい缶が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変です! マッキー4号が、お客様を攫って地下に逃げ込みましたっ!」

 

「なにぃッ?! GメンとGSは何をやっているっ!」

 

 地下のモニターには、小鳩を抱えたまま通路を走るマッキーキャットの姿が映し出されている。他のモニターに目を移せば、連絡を受けた西条と美神がその進路の先へと回り込もうとしている姿を見る事が出来ただろう。

 

「いかんっ! お客様を危険な目にあわせるわけにはっ!」

 

「隔壁を閉じます! GメンとGSの方達に最短距離の通路を知らせろっ!」

 

 慌しく動き出す職員達。その後ろでは、最高責任者であろう依頼人が、額に掻いた汗を取り出したハンカチで必死に拭いながら指示を出していた。

 

「出口は塞ぐんだっ! なんとしても此処で、お客様が怪我する前に助け出すんだぞっ!」

 

「はいっ!」

 

 彼らがもう少し他のモニターに意識を分けていれば気が付いただろう。マッキーキャットが入った地下への通路から、その出入り口がふさがれる直前に滑り込むように何者かが侵入した事に。

 その侵入者が、とんでもないスピードでマッキーキャットに追いすがっていた事に。

 

 

「いたっ! って、あなた、小鳩ちゃん?!」

 

「あ、横島さんの雇い主の人っ! と、西条さんっ!」

 

「やれやれ・・・横島君は一体何をやってるのかなぁ」

 

 隔壁を閉じられ、袋小路となったその通路。

 的確な指示と、素早く閉められた隔壁でようやく追い詰める事の出来たロボットを前に、美神達は膠着状態となっていた。

 

原因は言うまでも無く、ロボットの腕の中に抱え込まれた小鳩である。

 

「・・・ちっ! 人質のつもり?!」

 

「ケッケッケ!」

 

 ロボットの耳の中から、頭だけを出して愉快そうに笑う―――ボガード。ロボットを操り、小鳩を攫って此処まで逃げた、性悪な妖精であった。

 

「これ以上罪を重ねる前に、大人しくした方が君の為だ。直ぐに彼女を開放したまえ」

 

 その言葉に反応するかのように、抱え込んだ小鳩の首にロボットの手を伸ばすボガード。

 

 耳の中に隠れてはいるが、意図する所はきちんと美神達に伝わっていた。

 

「脅迫のつもりかしら・・・」

 

「全く・・・今ので罪状が2つほど追加、だね」

 

 首をつかまれ、盾にでもするかの様に人質となっている小鳩の目には涙がたまっている。

 

「よ、横島さん~」

 

 小さな声で、一緒に来た彼へと呼びかけるも、その言葉が届く訳も無く―――。

 

 

 と。

 

 ボガードと小鳩の背後の壁が、いきなり軋んでゆっくりと持ち上がっていった。

 

 慌てて振り向くボガードと、何事かと目を見張る美神達の目の前で。

 

 どう見てもかなりの重量、そして機械的にロックされているであろうその隔壁は、じりじり、と持ち上がっていく。

 

「ふんぬぉぉぉおおおっ!!」

 

 聞こえてきたのは、何処かで聞いた事のある声。というか、美神にとってはいつも聞いている声であるし。

 

 西条と小鳩にとっても今日、しっかりと聞いた声だ。

 

 小鳩は感極まったように、胸の前で掌を組んで、涙目で喜んでいるし。

 

 美神は何となく胡乱な目付きで、でもしょうがないなーといった感じでみているし。

 

 西条は西条で、懐からとりだした通信機で制御室にロックの解除を依頼している。苦笑いしながら。

 

 そして、ロックの解除とともに跳ね上がった隔壁の向こうから現れたのは――。

 

「ロナルド・ドッグ、参上っ! その娘は俺の嫁――じゃなかった! 犬族のヒーローとして、貴様の狼藉、もはや許さんっ!」

 

「・・・で、なにやってんの。横島君」

 

「・・・ち、違う! 拙者・・・いやいや、私はデートなんかせずに、今日休みを貰ってゆっくり家で寝ている筈の横島とかいう好青年では無いでござるよ?」

 

「馬鹿だねぇ」

 

「動揺してござるとか行ってる時点でバレバレね」

 

 犬の姿のぬいぐるみを被った、馬鹿だった。

 

 冷たい視線を送ってくる美神に動揺しながらも、マッキーキャットに向かって霊波刀を展開するロナルド・ドッグ。

 

「人のデートを邪魔しやがってっ! お付き合いは一番最初が大事ってTVで言ってたのに、この馬鹿たれー!!」

 

「最早フォローの可能性すら感じないね」

 

「・・・いい度胸じゃない。後できっちり、躾ときましょうか」

 

 すっかり気を抜いて笑う西条と、幾つも井桁を浮かべた美神の前で、霊波刀とか言う結構特殊な部類の霊能を使って、ボガードに切りかかる馬鹿は、始めの一撃で怯んだボガードからあっさり小鳩を取り返し。

 

「同じ猫なら美衣さんのほうが百倍魅力的じゃー!!」

 

 ある意味自分の首を締める台詞とともに――一撃に怯んだボガードから小鳩を浚い、あっという間に抱えて逃げ去っていった。

 

「え?」

 

「ギャ?」

 

「・・・ま、いいけどね。ジャスティス・スタン」

 

 呆然とする美神の隣を歩いて通り、同じく呆然としていたボガードにあっさり麻痺攻撃を叩き込んだ西条は。

 

「依頼達成。ほら、令子ちゃん、行くよ?」

 

 ロボットの耳の中からボガードを引きずり出し、それを片手でぶらさげたまま美神に笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、さらばっ!」

 

「あ、横島さんっ!」

 

「私は横島ではないっ! ロナルド・ドッグだっ!」

 

 すっかり日も暮れた地上に出て、抱えていた小鳩を地面に降ろしたロナルド・ドッグと言い張る馬鹿は、その台詞を残して走り去っていった。

 

 しばし走り去っていった方向に手を伸ばしていた小鳩は、その手を胸に当てるとほっと安堵の息をつく。

 

「また・・・助けてもらっちゃったな」

 

 ちょっと嬉しそうに笑いながら、頬を赤く染める小鳩に、何処からとも無く声がかけられる。

 

「おーい! 小鳩ちゃーん!」

 

 のこのこと歩いてきたのは、汗だくの忠夫。そりゃあ走り回った上にあれだけ分厚いぬいぐるみを被っていれば。

 

 とは言え本人はばれているつもりは全く無い。

 

「いやー、探したって。いきなり居なくなるもんだから」

 

「ええと、その・・・ありがとうございました」

 

 忠夫に向かってぴょこん、と頭を下げる小鳩に、慌てたように忠夫が応える。

 

「え、そんな当たり前だって! ごめんなー、折角のデートなのにはぐれちゃって」

 

「・・・ふふふ」

 

「わは、わはははっ!」

 

 額に汗をかきながら頭を掻く忠夫に、可笑しそうに笑う小鳩。なんだか良い雰囲気のそのタイミングで。

 

 夜空に、大輪の花が咲いた。

 

「あ、花火」

 

「あー、もうそんな時間なんか」

 

 二人一緒に夜空の花を見上げる。しばし言葉も無くその光景を眺める二人であったが。

 

「横島さん・・・」

 

「こ、小鳩ちゃん?!」

 

 す、と忠夫に寄りかかる小鳩。俯いている為に顔は見えないが、いきなりの接近に忠夫のハートはヒートアップ。

 

「ここここここ小鳩ちゃんっ?! 嫁でいいのかっ?! 俺はやったのかっ?!」

 

 鼻息も荒く小鳩を抱きしめるように、震える手をその背中にまわそうとした忠夫は―――。

 

 

「いだだだだっ?!」

 

 小鳩の指が、お尻の尻尾の付け根辺りを力強く摘んだ事で動きを止めた。

 

「・・・美衣さんって、誰ですか?」

 

 静かに、顔を伏せたままで問い掛ける小鳩。

 

「いや、俺がちょっと嫁に誘った――んぎゃー!!」

 

 更に篭められる力。

 

「だ、だから子持ちの人妻で――ふんぎゃー!!!」

 

 更に。

 

 よくよく見てみれば、忠夫も気付いていたかもしれない。小鳩の額に浮かんだ、幾つかの井桁マークに。

 

「誤解じゃー! 濡れ衣じゃー!」

 

「でも、百倍可愛いんですよね?」

 

「可愛いと言うよりも美人――ほぎゃーーー!!!!」

 

 しばし、花火の音と共に。遊園地には何処か楽しげな少女の声と、情けない半人狼の悲鳴が響いていたそうな。

 

 

「な~んか、腹立つわねぇ・・・ほら、西条さん次行くわよっ!!」

 

「勘弁してくれ・・・もう、7件目だよ・・・」

 

「いいからっ! 今日は飲みたい気分なのっ!!」

 

「ちょ、ちょっと怨むよ横島君・・・」

 

 その夜の繁華街に、苛立ち混じりの美女と、半泣きの青年の声が木霊していたのは何故だろうか。

 


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