月に吼える   作:maisen

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第一部終了ノ巻( ´・ω・`)。


第四十五話。

「長老・・・分かる?」

 

 美神の、只一言の質問に、問われた人狼族の長が僅かな笑いと共に答えを返す。

 

「勿論。違いますな、今までと」

 

「全く、生意気な事やってくれるわ」

 

 呆れた視線を向ける美神の前には、神話の魔狼に襲い掛かる沢山の小さな影たち。

 

 一人が突撃すると見せかけて、飛び出した瞬間に横合いからもう一つの影が飛び出し空中で衝突―――するような勢いで互いに足を合わせ、左右に吹っ飛ぶように軌跡を変える。 

 

 その後を薙ぐように襲い掛かるフェンリルの魔力砲。しかしそれは何も捉えず、只地面を抉るばかり。

 

「シロ!あんまり無茶するなっ!」

 

「兄上、助太刀感謝でござるっ!」

 

 互いに声を掛け合いながら、左右に分かれて回り込む。どちらを攻撃するか一瞬迷い、そしてその迷いは直接相手の攻撃に繋がる。

 

「親父っ!」

 

「応っ!」

 

 回り込まれる前に、と後ろに下がろうとしたその瞬間、真後ろから響く声。慌てて方向転換、爪を振り上げ――

 

「矢を腕っ!マリア、地面についてるほうの足っ!」

 

「おりゃーっ!」

 

「喰らうでござるっ!」

 

「痛いぞっ!」

 

「せいりゃーっ!」

 

「フルオート・ファイアッ!」

 

 振り上げた腕に銀の光が四本同時に突き刺さり、反対側の足に銀の銃弾が連続で叩き込まれる。

 

『ゴワッ?!』

 

 たまらずバランスを僅かに崩し、迫る犬飼に振り下ろされた爪は、その横を僅かにずれて通り過ぎ、結果、犬飼の居合は、見事にフェンリルの胴を薙ぐ。

 

「今っ!!」

 

「霊体撃滅波ぁぁぁっ!!」

 

「ダンピール・フラッシュっ!」

 

「燃え尽きなさいっ!」

 

 エミとピートとタマモの、三つの攻撃が衝撃で体勢を更に崩したフェンリルの顔面に襲い掛かり、防ぐ事さえ侭ならず、立ち上がった爆炎は完全にフェンリルの視界を奪う。

 

『貴様らァァッ!』

 

「神父っ!タイガーはまだっ!」

 

「神よっ!我らを災いより遠ざけたまえっ!」

 

 苦し紛れの、エミ達を狙ったフェンリルの魔力砲は、唐巣神父が作り出した防壁が僅かに逸らし、体力を削るも決定的な打撃を与えるには及ばない。

 

「3人は下がって!冥子ちゃん、頼んだっ!」

 

「ショウトラちゃん~お願い~」

 

 エミ達は一端後退し、後ろに控える冥子の式神によってヒーリング。素早く回復してもらう。

 

 間を埋めるのは、前衛の人狼達。

 

「親父達、左右からッ!タイガー、”ずらせ”!」

 

 犬飼と犬塚が左右からタイミングを合わせて斬りかかる。それを踏み潰すように上から振り落とされた前足は、両足とも確かに人狼達を捉え―――無かった。

 

『ナニィッ?!』

 

「それは幻ですジャー!」

 

「せいりゃっ!」

 

「はぁっ!」

 

 僅かにずらされた幻影を思いっきり踏んだその足に、親父達が切りつける。痛みに少し体を反らした所に。

 

「叩きこめぇっ!」

 

 犬飼たち以外の全員が、同時に攻撃を叩きこむ。あるものは喉元に、あるものは眉間に。口に、眼に、鼻に。

 

 思い思いの場所めがけて打ち込まれたそれは、確かな手応えと、巨大な爆炎となって現れた。

 

「やったか!?」

 

 いらん事を言った固唾を飲んで見守る西条の、その腕を引っつかんで後方に投げ飛ばす忠夫。そこに繰り出されるフェンリルの爪。

 

「フラグ立てんなっ!」

 

「・・・もうちょっと他の手段はなかったのかな?」

 

 ごろごろと転がって、土だらけになった高級そうなスーツをはたきながら立ち上がり、ぶすっとした表情で忠夫を睨む。睨まれた方がそっちを見ていないのであんまり関係ないが。

 

『グ、グルルルル・・・』

 

「うーん、もうちょっと弱らせてほしいなぁ」

 

「無茶ばっかり言わないの。で、何か考えがあるのよね?」

 

 無くなった煙の向こう側には、口惜しげな唸り声を上げる、体中に僅かなりとも大量の傷を受けたフェンリルの姿。

 

 顎に手をあてながら、それを観察する忠夫に呆れた様に美神が突っ込む。

 

「あるよーな・・・無いよーな?」

 

「・・・ま、しっかりやんなさい」

 

 何処までも気の抜けた答えを返す忠夫の頭を軽く小突きながら、美神はカオス謹製の破魔札をその手の中で何枚も、扇のように広げる。

 

「群ねぇ・・・リーダーなんて柄じゃないくせに、頑張ってくれちゃって」

 

 クスクス、と愉快そうに笑いながら、その破魔札に霊力を通わせる。

 

「・・・今回だけよ?しっかりと、エスコートしてね」

 

 聞こえないであろうその呟きを、忠夫が聞いていたらそれだけでノックアウトされそうな、それは艶を含んだ声音であった。

 

 

「群の統率者ねぇ・・・キャラじゃないなぁ」

 

 ぼやく忠夫の頭の中には、先程から超感覚で捕らえた大量の情報が、絶えず流れ込んでいた。

 

 人狼達の位置、美神達の位置、彼らの霊力の高まり具合、フェンリルの状態、どこにその魔力が集まっているか。

 

 そう言った表面的なものから、細かく行けば、フェンリルの重心、風の吹き方、地面にある石ころや低木、呼吸音、誰かが足を僅かにずらした音、銀の矢を番えた弓の弦の音。

 

 集中していないと脳みその中身がぐちゃぐちゃになってしまうようなその感覚を、なんと例えればよいのだろうか。

 

 強いて言えば、そう。

 

 

 世界が、この手の中に在る。

 

 

「やっぱ、俺には合わん」

 

 苦笑いしながら、てくてくとフェンリルの前に歩み出る。

 

『横島・・・貴様、何処までも邪魔をスルッ!お前は一体何者だっ?!』

 

「あー、そうだなぁ。今だけは」

 

 頭をぼりぼりと掻きながら、仲間が動き終わるのを待つ。あっちもこっちも長くない。先に諦めた方が負け。何処でも一緒で、誰でも同じ。

 

 だから、彼はこう名乗る。

 

 諦めてなどやるもんか。

 

 この名前は、父と母が付けた名前。

 

 それを名乗る以上は、人狼の誇りにかけて、父と母にかけて――ま、親父はどうでも良いが――負けられない。

 

 だから、名乗る。

 

「犬飼 忠夫。人狼、犬飼ポチの息子にして、人間、犬飼沙耶の息子。只の半人狼、犬飼忠夫だ!」

 

 

『…オウゥゥゥゥゥゥン』

 

 フェンリル、いや、陰念は、首を逸らし、獣としての最大の弱点を晒しながら、唐突に天に向かって吼えた。

 

『ならば、俺はフェンリルだ。神話の魔狼、狼の王。只一匹の、魔獣。それで良い。それだけで、それだけで構わんっ!』

 

「そんなら、いっちょ意地の張り合いと行こうかいっ?!」

 

 そして、戦いは、最後の最後へと進み始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後に、この牙はなんだ?」

 

『それか? その答えは、誇る牙、だな』

 

「訳分からん。何を誇れっーんだ?」

 

『分かる筈だ。お前と共に在るもの達を、誇る牙だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かになっ!皆、俺なんかが率いるのは勿体無いっ!」

 

 戦いは、激しさを増していく。美神が、唐巣が、西条が、エミが、冥子が、ピートが、タイガーが、シロが、タマモが、長老が、犬飼が、犬塚が、里の人狼達が。

 

 一つの生き物の如く、巨大な魔狼に挑みかかる。

 

 

 その牙は、フェンリルの体をこそぎ、爪を折り。

 

 その爪は、フェンリルの肉を断ち、骨も折れよとばかりに畳み掛け。

 

 その咆哮は、心を折ろうとに叫びつづける。

 

 

 だが、相手は神話の魔狼。

 

 その爪の一振りで8つの斬撃を繰り出し、GS達を掻き回し、時には一人二人と吹き飛ばす。

 

 その魔力は、逸らされ、受け流されながらも確実に傷を刻み付けていく。

 

 その咆哮は、彼らでさえも動きを止める。

 

 巨大な獣と、小さな獣達の戦いは、只ひたすらに加速していき――そして。

 

『ガァァァッ!』

 

「あぶねぇっ!シローっ!」

 

「兄上―っ?!」

 

 がぱり、と開いたフェンリルの口に、喰われそうになったシロを庇った忠夫が、その右腕をくわえ込まれた事で、終結した。

 

『グル・・・グルルルル』

 

 どうだ、と言わんばかりに、牙で腕を噛み千切る事ができる忠夫を、唸り声を上げながら見るフェンリル。

 

「が・・・いっ・・・てぇ~~~」

 

「兄上っ!今―――」

 

「待て、シロ!」

 

 飛び出そうとしたシロを、一喝で止めたのは長老である。その瞳は、まだ折れていない。

 

「何故、何故でござるかっ?!」

 

 視線は忠夫から逸らせぬままに、シロが必死に問い掛ける。足は、既に震えている。後ほんの少しの切欠があれば、溜め込まれた力は全てを弾けさせ、助ける為に、何もかもを省みる事無く飛び掛るだろう。

 

「・・・くっ」

 

「ノー。ミス・タマモ。刺激しては・駄目です」

 

 狐火を作り出し、寸でのところでそれを押し止めたタマモがそれを再び投げつける前に、マリアが止めに入る。

 

「痛いわよ」

 

「ソーリー」

 

 タマモの肩をつかんだその手には、危なく握り潰されそうなほどの、異様な熱が篭っていたが。

 

「犬飼」

 

「分かっている!今の拙者に話し掛けるなでござるっ!」

 

 それぞれが、それぞれに焦っていた。

 

 それを見下すように、上から見下ろすフェンリル。

 

 此処までか、と言っているようだった。

 

 此処までなのか、不満げに問うようにも見えた。

 

 彼らの前にあるのは、右腕を噛まれ、フェンリルが後少し力を加えるだけで、骨が砕け、肉が千切れるであろうその腕を見て、痛みを堪える忠夫――ではなかった。

 

「へ、へっへっへっへっへ」

 

『グル?』

 

 痛みに目の端に涙を浮かべつつ、不気味な笑い声を上げる忠夫。右腕は、肘から先がフェンリルの牙の中に消え、其処からは大量の血が噴き出している。

 

 だが、それでも。

 

 忠夫は、こう言った。

 

「最後の賭けだ。行くぞ、フェンリル…いや、「陰念」」

 

 衝動に、そう、恐怖と言う衝動に突き動かされ、忠夫の腕を食い千切ろうとしたその瞬間。

 

 フェンリルの口の中で、満月の光が爆発した。

 

『ゴァァァァッ!』

 

「んで、もう一丁!」

 

 たまらずその口を開いたフェンリルの、喉の奥めがけて忠夫が投げつけた物は、マリアから貰った月光石、その数3つ。

 

 一つは今口をこじ開ける事に使い、残った全てをフェンリルの体内へと送り込んだ忠夫は、そのまま地面へと落下する。痛みと衝撃に意識が飛びかけ、受け身も取れずに、

 

「――この、馬鹿息子がっ!」

 

 地面に叩き付けられようとした所で、駆けつけた犬飼が掻っ攫った。

 

 

「横島・さん!」

「兄上っ!」

「忠夫っ!」

「横島君っ!」

「横島さんっ!」

「ショウトラちゃん~!」

 

 慌てて駆けつけるエミを除いた女性陣。男達はフェンリルを見ていた。

 

 苦しみもがく、神話の魔獣を。

 

『な、何をしたぁっ!』

 

「へっへっへっ・・・手前の腹ん中に、月の光の塊をぶち込んだ。月の女神様のお出ましだっ!!」

 

 

 アルテミスは、月の化身。人狼の守護女神であるかの神は、現れるときは満月のような雰囲気であった、とはタマモの弁。

 

 

 ならば、月の光を固めた月光石で、その力を増幅できない物だろうか?

 

 賭けともいえない賭け。だから、できるだけ勝率を上げるためにフェンリルを弱らせ、4つ持っていた月光石を使わずに、今の今まで機会を待った。

 

 ま、シロが危なかったから飛び出して。偶々、何時使ったろうかと右手に握りこんでいたそれが、右腕ごと勝ち誇ったフェンリルの口の中に入ったのは僥倖だろう。

 

 右腕は、砕け散った月光石のおかげで徐々に再生しているとは言えまだまだ痛い。

 

 だが、まぁ、どうやら。

 

 

―――賭けには、勝ったようである。

 

 

『ぐぉぉぉおぉぉおおおおおおっ!!!』

 

 苦しむフェンリルの姿は徐々に小さくなっていき、それと同時に、その体から、月の光の結晶のような雰囲気の、神々しい女神が浮き出てくる。

 

『痴れ者がっ!よくも、汚らしい男の分際でっ!』

 

 現れた女神は、結構キッツイ性格だった。

 

「長老、うちの守護女神って、あんなんなのか?」

 

「・・・あんなのとか言うな。守護女神は守護女神じゃ」

 

 聞こえてたら天罰確定。

 

『・・・ふん、御主、色々と混じりすぎておるようじゃな』

 

『ガッ、グォッ、オレに、触るなっ!』

 

 力を奪われ、急激な霊格の低下に悶え苦しむフェンリルに、ゆっくりとその手を伸ばすアルテミス。その手が触れるか触れないかのところで、フェンリルは更に苦しみもがき出す。

 

『・・・我が同胞とも言える存在に、不遜にも棲み付く輩は―――』

 

 そして、何かを手繰り寄せるようにその手を思いっきり引っ張ると。

 

『グギャァァァアッ?!』

 

『――これか』

 

 悲鳴と共にフェンリルの体の中から、湧き出るようにビッグ・イーターが何匹も、何匹も這い出てくる。

 

 汚らわしさを散らすようにその手を2度、3度と振った女神は、天に―――今は見えない月にその手を伸ばし、呟いた。

 

『消えうせろ』

 

 フェンリルに喰われた筈の、天の月がその輝きをいともあっさりと取り戻した。

 

 あたりの闇が、その満月の光で打ち払われ、その闇に隠れ、逃げ出す化け物たちを引きずり出し。

 

 天から降り注いだ月光の矢が、片端から焼き潰していった。

 

 後に残るのは、最早息も絶え絶えのフェンリルと、その上に静かに浮かぶ月の女神。そして、呆然とした様子でそれを眺めるGS達。

 

「さ、さすが人狼の守護女神だね!長老!」

 

「そ、そうじゃろそうじゃろ!」

 

 張り詰めた空気は、保身に走った半人狼と人狼族の長によって打ち砕かれてたりするが。

 

『さぁ、帰ろう。我らは最早、この世に存在する場所は無い』

 

 そう囁き、フェンリルの体ごと浮き上がっていくアルテミス。言葉も無く、それを見送る忠夫達。

 

『それから、お主ら』

 

「「「「「「「は、はいっ!」」」」」」」

 

 ふと、思いついたようにアルテミスが人狼達に話し掛ける。全員直立不動で言葉を待つ人狼達に、アルテミスは、一言と、あるモノを残して去っていったのであった。

 

「終わったの、かな?」

 

「ま、色々と問題は残ったでござるがな」

 

『・・・・はぁ~~~~~』

 

 最後に、本当に最後に出てきたのは、歓声でもなく、涙でもなく。

 

 万感の思いを篭めた、溜め息のような言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが終わって日が昇り、夜を徹した作戦も、無事に終わりと言った所。疲れきった面々はその場で泥のように眠った後、なんとかふらふらと人狼の里まで帰り着き、再び今度は柔らかい布団と暖かいご飯で一休み。

 

 そして、夜がくれば。

 

「と、言う訳で。今回の騒動も無事片付き、わしも長として嬉しく思『カンパーイ!!』人の話を聞かんかぁぁぁっ!!」

 

 大宴会の、幕開けだった。

 

「こらうまいっ!こらうまいっ!」

 

「忠夫ッ!お前は肉ばっかり食うんじゃないでござるっ!!」

 

「そー言う親父こそ、その手に抱えた山盛りの酒はなんだよっ!」

 

「兄上っ!これも美味しいでござるよぅ」

 

「忠夫っ!このお揚げ、もうサイコー!!」

 

「シロ~、父には無いのか~」

 

「父上はあっちいってるでござる」

 

「・・・チキショー!!」

 

「うおおっ!何する犬塚のおっさん!」

 

 あっちでは人狼達が車座になって、美衣たち居残り組が作った料理と秘蔵の酒で盛り上がり。

 

「美神さん、これ、何て読むんですか?」

 

「・・・竜殺しって、これ神界のお酒じゃないの?!」

 

「ねぇん、ぴ~と~。私、よっちゃったみたい♪」

 

「まだ一滴も飲んでないでしょう?!」

 

「うや~、ふわふわするの~~」

 

「冥子君っ!式神を、式神を引っ込めたまえー!!」

 

「なんでわっしがこんなめにー!!」

 

「あ、横島さんが巻き込まれてます」

 

「うおっ?!お前ら、ちょっとま――うぎゃー!!」

 

 GS達もそれぞれに好き勝手に騒ぎまくり、宴の夜は過ぎていく。

 

 

「ところで、忠夫」

 

「なんだよ、親父」

 

 懐く式神たちを引き離し、なんとか自分のご飯を確保して。ようやく一息ついていた忠夫の元に、実の父がお酒持参でやってきた。

 

「―――俺のシロ、とは、犬塚の前でいい度胸でござったぞ」

 

「・・・え゛」

 

 固まる忠夫。

 

「あ、兄上、そんな・・・不束者ですがよろしくお願いするでござる」

 

 何時の間にやらやってきた、シロが頬を染めながら三つ指ついて頭を下げる。一瞬動揺しながらも、何とか言い逃れようとしたが。

 

「せ、拙者じゃ駄目でござるか・・・?」

 

 うるうると下から見つめるシロに、今更雰囲気に流されましたー!とか言えない。言える訳が無い。いうやつぁ漢じゃない。

 

「え、うあ、うああ」

 

 じりじりと追い詰められる忠夫。シロはひたすら膝で忠夫に近づいていく。

 

「兄上・・・」

 

「え、ちょ、まって」 

 

 往生際の悪い忠夫の頬に、シロの手がそっと添えられる。犬飼忠夫、大ピーンチ。ちなみに犬飼父はにやにやと、杯をあおりながら面白そうに眺めている。

 

「兄上・・・」

 

「―――ストップ。ミス・シロ・横島さんは・私の・娘達の・父です」

 

 マリア出現。爆弾発言と共に。

 

「なにっ!忠夫、お前孫が出来たのなら早く言わないかっ!!」

 

「曾孫じゃと?!どこじゃっ?!」

 

 長老、曾孫(正確には違うが、本人の中では同じようなもの)に反応して即参上。

 

「ほ、本当でござるか兄上っ?!」

 

「違うっ?!いや、アレはジョークで?!」

 

 ずずい、と近づこうとするシロの襟首を掴んで引きとめながら、混乱する忠夫に向かってマリアが告げる。

 

「後は・籍を入れる・だけです」

 

「いやそれは心惹かれるものがあるけどもっ?!」

 

「そんな訳無いでしょっ!?私は、忠夫と3日3晩二人っきりで過ごしたのよっ?!」

 

 タマモ、降臨。

 

「いや、お前そん時狐じゃ「あの時の忠夫・・・優しかった♪」うぎゃぁぁぁっ?!」

 

 確信犯である。悪女である。流石は傾国の妖狐、この手の策略はお手の物。更に場を混乱させるタマモの台詞に悲鳴をあげる忠夫。

 

「横島さん、帰ったらじ~~~っくりと、お話しましょうね?」

 

「おキヌちゃん、そんな目で俺を見ないでー!!」

 

 ふよふよと現れたおキヌが、忠夫の肩に後ろから手を置き、にっこりと笑う。幻覚であて欲しいが、その後ろに黒いモノが見える。

 

「はっはっはっ、横島君、令子ちゃんに手を出す前に、周りの関係くらいキチンと整理したまえ。さもなくば…斬るよ?」

 

「誤解じゃー!濡れ衣じゃー!」

 

「せめて自分の状況くらい、しっかりと見たほうが良いと思うんですけどねぇ」

 

「全くですノー」

 

 忠夫の膝の上にはタマモが座り、シロがそれを威嚇し、マリアがシロの襟首を掴みつつ羨ましそうに指をくわえていたり、忠夫の肩に手を乗せて、おキヌが頬を膨らませていたり。

 

―――説得力の欠片も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、馬鹿ばっかりなんだから・・・」

 

 何となくその輪に入りづらいというか、入りたいと言う思考を無理やり頬の赤みと共に頭を振って捨てた美神は、とりあえず事務所に帰ったら一通りしばいておこうかな?とか考えていた。

 

 

「わうわうっ!!」

 

「お、すまんの、『陰念』」

 

 曾孫に意識の殆どを取られていた長老は、後ろから聞こえた子犬の鳴き声に反応して声をかける。

 

 そう、女神が残していった、不純物。フェンリルから弾き出された、人としての、陰念。

 

 とは言え、体に埋め込んだ人狼の細胞がどうも妙な具合になってしまったらしく、純粋な人間でなく、人狼に近い在り方となってしまった。まだまだ慣れない性もあってか、2日たっても子犬のまま。

 

 人狼の女神曰く、『きっちり躾直さんかい』

 

 西条あたりと色々ごたごたはあったものの、里の結界が修復済みで、通行証が無ければ里の出入り自体できない事、GS達の怪我については、天狗の薬や人狼族も協力してのヒーリング、六道家の式神等、様々な手段を用いて対応する事。

 

 そして、しっかりがっちり真人間になるように再教育する事。勿論、長老と里の剣士トップ達が、である。

 

 しばらくは獣の姿からは戻れないであろうし、なにより、「ビッグ・イーターに寄生される以前の陰念は、そう悪い奴ではなかった」から。

 

 忠夫の言葉である。

 

 何もかもビッグイーター、ひいてはメドーサが悪いとは言えない。が、それでも、やり直せる機会があるのだから、人狼として、やり直させてやって欲しい。

 

 結論としては、その日の昼までにだされた結論としては、それが精一杯であった。後で頭を抱える事になった西条は、苦笑いしながらも「報告書、手伝ってくれるよね?」と、美神に笑いかけていた。

 

「なぁ、新入り・・・お前、彼女は居ないよな?」

「居ないと!居ないと言えぇぇっ!!」

「あははー、裏切り者には罰をー!」

「むぅ・・・お前はこっち側でござるな」

 

「ワオーン!!」

 

「ま、頑張るんじゃな」

 

 これから先も色々あるが、とりあえず、しばらく陰念は酔っ払いどもの玩具だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キ、キキキッ』

 

「・・・ご苦労だった」

 

一匹のビッグ・イーターが、メドーサの手の上で砂と化した。体の半分は焼け爛れ、よくもここまでもったと言わんばかりのその骸は、メドーサの掌に、数本の獣毛を残して崩れ去ったのだ。

 

「フェンリルの毛・・・最後の最後まで、役に立ってくれたねぇ」

 

 闇に、メドーサの含み笑いが響いた。

 

 

「ぜはっ!ぜはっ!誰も俺の話なんか聞きゃしねぇっ!」

 

「兄上ー!何処でござるかー!」

「何処よー!」

「横島さんの・発信機・反応・・・有り」

 

「しまったー!」

 

 ほんのちょっと欠けた月の下、犬飼忠夫のお話は、ひとまずこれにて一休み。

 

 それでも彼は、彼らが歩みを止める訳ではなく。

 

 月の下、空の下、彼らは今日も頑張っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それもまた、一つの物語。

 

―――何時かまた、「半人狼」の青年の周囲に起こる諸々を、語る時が来る事を。

 

―――それではこれにて、ひとまずの閉幕といたします。

 

―――また会う夜まで。

 


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