月に吼える   作:maisen

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明日から出張で二日ほどお休みします。( ´・ω・`)


第四十二話。

「きゃ~!こっち来ないで~~!!」

 

「落ち着いて冥子っ! あんたが今暴走したら洒落にならないワケッ!」

 

「エミ君、良いから冥子君を連れて下がりたまえー!」

 

「先生っ!後ろですっ!!」

 

 携帯電話の向こう側、東京ではどうやら凄い事になっているようだ。冥子の悲鳴とエミの怒声、唐巣神父の懇願と、ピートの叫び。

 

「冥子さん、わっしの後ろに――がふっ?!」

 

「つ、使えないワケー!!」

 

 あ、タイガーがやばいかもしれない。

 

「あー、もしもし、ピート君?」

 

「すいません西条さん、今それどころじゃ、先生危ないっ?!」

 

 

 風切り音が聞こえた。―――あと何か、繊維質のような物ををかすめる音。

 

 

「だ、大丈夫ですか先生ー!」

 

「……」

 

「せ、先生?先生っ?!」

 

 どうやらピートは唐巣に話し掛けているらしいが、返答が無い。

 

 だが、西条が心配になってきた頃。

 

「・・・ふ、ふふふふふっ!冥子君、これを開けたまえっ!!」

 

「ふえ?」

 

 西条は、嫌な予感がはるか東京の地から伝わってくるような気がした。後、冥子と唐巣以外の顔から血の気が引く音も聞こえたような気がする。

 

「ちょ、せんせ「・・・ひゃっ?!ふ、ふえええええええん!!!」うっわー!!」

 

 途端に響く、冥子の泣き声と沢山の何かが暴れまわっている音。西条は、その場に居ないが確実に、12匹ほどの其式神が暴れまわっているだろう事は分かってしまった。

 

 どよん、とした目になりながら、耳に当てていた携帯電話を下ろす。携帯からは未だに悲鳴と爆音が響いていた。

 

「なんてことすんのよー!」

 

「はっはっはっ。目には目を、髪には命を。そうだろう、エミ君?」

 

「だからって冥子にビックリ箱渡すんじゃないワケー!」

 

「しかもそれは別の教義ですー!!」

 

 プチ、と音を立てて携帯の通話を切り、ゆっくりと懐に戻す。疲れが更に増したような気さえした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陰念の撤退から2週間。美神達が手始めにやった事といえば戦力の確保であった。幸いにも美神の持つコネはある程度限定的ではあるものの、実力的には申し分の無いGSを集める事には成功していた。

 

 唐巣神父に始まり、その弟子、ピート。そして実力、破壊力共に申し分なしだが色々と問題はある冥子。美神はとても嫌そうな顔をしたが西条の説得と彼自身からの報酬の追加により小笠原エミ、タイガーが追加。

 

 ちなみに彼らに対する報酬は、全て西条が出す事になっている。伊達や酔狂でオカルトGメンなんてやってないのだ。前回は時間を惜しんでの電撃作戦だった為に不可能だったが、これなら大抵の事には対応できる面子である。

 

 何せ相手がフェンリル狼、これ以下の格のGSでは足手まとい以外の何者でもない。

 

 西条の所属するオカルトGメンには、それ以下と切って捨てられる実力の者しか居なかった事が誤算の一。精鋭であっても少数である事は、この場合彼らにとって、マイナスの意味しかもたない。

 

 

 誤算の二、小竜姫との連絡が取れなかった事。

 

 陰念が動いている以上、裏にメドーサが居る可能性は限りなく高い。ならば、とルール違反であることを承知の上でヘリを飛ばし、小竜姫の所に行ったのだ。行ったのだが・・・妙神山の門に、鬼神が居なかったのである。そして其処には立て札が一つ、風に呷られながらも倒れる事無く立っていた。曰く、

 

 

「妙神山 修練場 只今留守にしております。1ヶ月ほどで戻りますので、御用の方は出直してください」

 

 美神は、迷わず罪も無い立札に神通棍で一撃かました。

 

 そして、誤算の三。

 

――東京の各地に、ビッグイーターが出没し始めたのである。

 

 並みの悪霊ならば同業者が相手してくれるのであるが、なんとも厄介な事に必ず8匹同時に現れ、特に人的被害を与える訳でもなく十数分ほどの短い間に辺りの人工物を手当たり次第に攻撃し、すぐさま消えてしまうのである。

 

 行動パターンが単純で、夜に現れ、直ぐに消える。しかも数が8匹。分かりやすすぎる挑発である。

 

 美神に言わせれば「つまんないくせに厄介な嫌がらせ」との事。

 

 たかが眷属とは言え、下級な魔獣と言え、あのメドーサが使っていた存在である。結局集めた優秀なGSは、そちらの対処に回さざるを得なかった。

 

 

 そして、誤算の四、情報集めである。相手が分かっているのであるから、当然対応策を立てることに成ったのだが、神話に語られるフェンリルは、武神の腕を食い千切り、あまつさえ主神クラスを食い殺した伝説の魔獣である。

 

 効果の見込める武器であるヴィーヴィルの靴など、現代では入手どころか製作さえ不可能であるし、そもそも材料がその靴を作るときに使われ、現代では入手不可能という奇天烈な物ばかり。

 

 と、いう訳で。向こうが人狼の先祖がえりと言うのなら、こちらも人狼の守護女神を呼び出して対抗しようとした訳だが。

 

「令子ちゃん、間に合うと思うかい?」

 

「西条さんは無駄口叩いてる暇があったら手を動かして!あー!ここ違う、おキヌちゃん修正用の道具ー!」

 

「これですか?」

 

 その女神を呼び出すための魔法陣、やたらと巨大な上に複雑怪奇な物なのだ。西条と二人がかりで完徹3日目。終わりは未だに見えてこない。

 

「・・・せめて、もうちょっと余裕が欲しかったなぁ」

 

「文献が見つからなかったんだからしょうがないでしょ?!ほらほら、西条さんはあっちの方をお願いっ!」

 

 そう、見つからなかったのだ、その召還用の正しい魔法陣が載っている本が。

 

 オカルト自体がそもそも科学万世の世の中でその形を保つ事が難しい事に加え、求める神は太古の昔、西暦さえまだ無かった時代、神代の存在である。

 

 人狼の里に伝わっていれば良かったのだが、無かった。彼らも争いに巻き込まれたりしていないわけではない。それなりに霊媒師には狙われたし、戦国時代に全くの無傷で居られた訳ではない。それならば、そもそも外界から隔絶する為の結界など要らないのだから。今までの戦いの中で、かなりの口伝や文献が失われていたのである。

 

 結果、厄珍堂まで頼ってようやく見つけ出した本一冊、それが手に入ったのが三日前。

 

 突貫工事でやっている物の、空に浮かぶ月はもう殆ど真円に近い。こうして―――

 

「あーもうっ!下準備だけであとどれぐらいかかるのよッ?!長老達が戻ってくる前に仕上げとか無きゃいけないのにー!」

 

「令子ちゃん、落ち着いて・・・」

 

「落ち着いてるわよ西条さんっ!!」

 

 こうしてガリガリと地面に魔法陣を書き込む美神と西条の目の下に、立派な隈が出来ていく訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、一方その頃忠夫達はというと。こちらは10日ほど遡る。

 

「今日は特別ゲストに来てもらったでござる」

 

「・・・なぁ、親父よ。そのいやに立派な鼻をお持ちの御仁は誰だっ?!」

 

「近くの山で修行しておられた天狗殿でござる」

 

 人狼の里から程近い、大きな滝のある川原で修行真っ最中であった。此処に居るのは長老、犬飼父に犬塚父、シロタマと忠夫、そして不機嫌な顔をした真っ赤なお顔の天狗であった。

 

 シロは上は黒い体にフィットしたシャツ、下も真っ黒なタイツと言う動きやすさだけを追求した服装である。体のラインが結構はっきりと出ているのだが、気にしていないのは幼さゆえか。

 

 忠夫はどこから持ち出したのか、こちらも真っ黒な胴着姿。しっかりと尻尾も出ている辺り、里で着ていたものなのかもしれない。

 

 袖が肩の辺りで破けた其れは、場の雰囲気に合っているといえばあっているが、何せ着ている本人にあんまりやる気が見えない為、浮いていると言えばそれも正しい。

 

「・・・約束じゃからな。手伝ってはやる。ただし、拙僧はふぇんりるとやらとは戦わんからなっ!」

 

「相変わらずケチな奴だなー」

 

「やかましいっ!そもそも拙僧が修行中だというのに、何で他人の手伝いなんぞを―――はぁ。いや、もういい。とっとと始めるぞ」

 

 諦めたように溜め息をつく。確かに修行の邪魔をされたのは腹も立つ。久しぶりに顔を見た目の前の小僧がどれほどの物かも気にはなる。

 

「お主らが修行者か・・・」

 

 ぎぬろ、と目の前に立つ青年と少女を見やる。凛と立つシロに比べ、青年は微妙に腰が引けている。が、逃げ出そうとはしていないようだ。

 

 思い出すのは昔の事。隣に立つ若かりし頃の人狼の親父どもが、瞑想中の彼にいきなり勝負を挑んで来たあの時の事。

 

 彼らが持っていた得物が、訓練用のなまくらではなく研ぎ澄まされた実践用のソレであったなら、確実に命を落としていたであろう程の闘争であった。

 

 なんとか一対一に持ち込み、それでも幾度も斬って斬られて、互いに死んでいてもおかしくない筈の状況で、それでも彼らが求めていたのは息子と娘を助ける為の薬だけ。

 

 食い下がり、反撃され。追い詰め、追い詰められ。それでもこちらを貫かんばかりの光を篭めた、あの2人の瞳。

 

 なんとも血沸き肉踊る逢瀬だった。

 

 それまでの険しい顔から、ふと、懐かしげな目になった天狗を、きょとん、とした表情でシロと忠夫が見ている。

 

 ――よくもまぁ、大きくなったものだ。

 

 感慨深い。始めて見た彼らは、痩せこけ、骨と皮ばかりになった姿であった。ところがどうだ、しっかりと育ち、半人前の雛とは言え自分の足で立っている。

 

「まぁ、楽しみが増えたと思えば多少の時間くらいは割いてやろうか。・・・死なぬ程度にな?」

 

「「え゛」」

 

 あの、父親達に届くまでは、もう少し時間が掛るだろうが。

 

「と、いうわけでじゃ。達人4人の二刀流、計八発。見事凌いでみせい」

 

「分かったでござるっ!!」

 

「無理に決まっとるやないかー!!」

 

 長老の軽いお達しに、元気よく返事するシロと、その横で必死に叫ぶ忠夫。いくら普段やらない二刀流と言えど、繰り出される斬撃は十分にそこらの剣士を打ち倒す。

 

 理解していない訳ではないだろうが、尻尾をふりふり元気一杯の妹分を見ていると、本当に分かってんのか?と不安になるのも致し方なし。

 

「ちょ、ちょっと待ったっ!」

 

 できなければ危険な事は分かっている。が、彼女は大事な・・・まぁ、妹である。

 

 忠夫はシロの首根っこを引っつかむと、ぐいぐいと引っ張り近くの繁みに連れ込む。

 

「あ、兄上、そんな、積極的な・・・」

 

「シロ、お前留守番してろ」

 

 何を勘違いしたのやら、もじもじと指をこすり合わせるシロに向かって真剣な顔でそう告げる。

 

「・・・え」

 

「お前に無理だとは思わん。思わんけどやな、やっぱ危ないわ」

 

 虚を突かれたように呆然と返事を返すシロに対して、頭をがしがしと掻きながら、それでも真剣な顔は崩さず、畳み掛けるように続ける。

 

「お前は強い。真面目に修行してるし、俺より年下でも多分俺よりも強い」

 

「そ、それならなんで留守番してろなんて言うでござるかっ?!」

 

 シロの、まるで悲鳴のような問いかけ。両目には見る間に涙が溜まり、今にも零れ出さんばかりに溢れてきている。

 

 

 彼女を泣かせるのは辛い。でも、それでも。

 

「お前は俺が守る。絶対に護ってやる。だから、今回は俺に任せてくれんか?」

 

 同じ群だから、じゃなくて。

 

 年上だから、でも無くて。

 

「女の子に、無理させる男は格好悪すぎだろ?」

 

 大事な大事な妹だから。

 

「・・・・・・・・・でも・・・でも・・・」

 

 何かを堪えるように顔を俯かせ、表情を垂れた赤い前髪で隠すシロ。

 

 尻尾は力なく地面を指し、両の手は迷うかのように開いたり閉じたを繰り返すだけ。

 

 言葉は出てこず、頭の中でぐるぐると回って迷路に入り込む。

 

「馬っ鹿じゃない?」

 

 声は、横手から掛けられた。

 

「タマモ、誰が馬鹿だって「そこの馬鹿以外に言いようの無い馬鹿以外に誰が居るのよ?馬鹿」そんな馬鹿馬鹿連呼せんでもえーやん」

 

 容赦の無いタマモの攻撃に、ちょっとへこむ忠夫。しかし、彼にとっても此処は勝負所。精神力をフルに使い、気を奮い立たせてちょうど良いとばかりにタマモにも言葉を掛ける。

 

「タマモ、お前も「留守番しろって言うのなら断るわよ」・・・あのなぁ」

 

 タマモは、腕を組んで瞳に殺気を溜めながら、それを思いっきり視線に乗せて忠夫を睨む。

 

 困ったように天を仰ぐ馬鹿と、言いたい事もいえない馬鹿に一つ言いたい事がある。組んでいた腕を腰につけ、無い胸を張りながら全身で意思を表明する。

 

「忠夫、勘違いするんじゃないわよ。私は、私達は、あんたに護ってもらう為に此処に来てるんじゃないの。あんたを応援する為だけに此処に居るんじゃないの」

 

 未だに俯く馬鹿の頭を両手で挟んで引き起こし、無理やり顔を忠夫に向けてやる。どうせ涙目で、見られた顔じゃないだろうから見てやらない。

 

「護りたいのはあんただけじゃない。あんたが私達を護りたいっていうのなら、私たちにもあんたを護る権利があるわ」

 

 長い銀髪と赤いメッシュの入った頭が、ビクッと震えたのが手に伝わった。でも、まだ目の前のこいつは分かってない。

 

「護りたいなら、護らせなさい。野生の獣のプライドを、私たちだって持ってるの。私達の意思も聞かない一方的な押し付けを喜ぶと思うんなら、あんたは私達をペット扱いしてるのと一緒よ?」

 

 自分でも強引だと思う。でも、正直な気持ちを篭めたつもりだ。忠夫はうろたえたように視線を泳がせているが知ったこっちゃない。

 

 どうせ頭を挟まれている友人も、自分と同じような目であいつを見ているに違いない。

 

 癪だが、それくらいのことはわかる。馬鹿は馬鹿なりに、真っ正直な馬鹿なりに――何処までもいけるから大馬鹿なのだ。

 

「兄上、どうか、お願いするでござる」

 

「あー、うー、そのー、だってだなぁ・・・」

 

「拙者では、兄上の背中は守れないのでござるか・・・?」

 

 しまった。シロめ、微妙に成長してる?!

 

 戦慄を覚えるタマモのその直感は大正解。シロは、潤んだ上目遣いでじっと忠夫の目を見詰めていた。そこにあるのは健気さと純真さ。

 

 直撃を食らいつづけている忠夫はもうぐらぐらであるが、タマモもこの状況では視線を塞ごうにも塞げない。

 

―――ならば、こっちもその状況を利用するっ!!

 

 タマモはシロの頭を掴んでいた手を離すと、じわっと目に涙を浮かばせる。そして、そのまま忠夫を見つめる。これでも元・傾国の美女、涙を出したり引っ込めたりはお手の物。

 

 当然上目遣いは忘れずに。

 

「・・・・ううううう」

 

 よし、もう一押し。

 

「兄上・・・」

「忠夫・・・」

 

「ううううううううっ?!」

 

 あとちょっと。―――ついでに上手く接近できれば唇の一つくらい。

 

 微妙にごりごりとシロが頭を寄せてきている。どうやら狙いは一緒のようだ。負けじとこっちも受け流しながらじりじりと目標に向かって接近する。

 

 勿論忠夫にバレるような迂闊な真似はしない。あくまでも水面下で、だ。忠夫はじりじりと追い詰められ、とうとうその背中が大きな木に当たる。逃げ場はなし。

 

 ま、あっても二人は逃がさないだろうが。

 

「い、いやまてお前らなんか雰囲気が違うぞッ?!」

 

「「気のせい(でござる)よ・・・じゅるり」」

 

 気付いた時には既に遅し。ばんっ!と叩き付けるように背を木につけた忠夫の左右に、シロタマの手が逃がさないとばかりにめり込む。

 

「・・・何を舌なめずりしていらっしゃるのでせうか?」

 

「「頂きます(でござる)」」

 

 さっきまでの涙は何処へ行ったのか。当初の目的は何処へやら、二人はごりごりと争う内に、何時の間にやら狙いがすっかり変わっていた。

 

 危うし、忠夫!

 

 

―――と、言いたい所だが。

 

 ま、世の中そんなに甘く無い。

 

「お、おとーさんは許しませんっ!!」

 

「あ、こら犬塚、今からが面白い所でござるのに」

 

「天狗殿、ちと趣味が悪うございせぬか?」

 

「いやいや、そういう長老殿もなかなかお人が悪い」

 

 あれだけ騒げば普通は様子を見にくる訳で。しかも居たのが揃いも揃って超感覚持ちと修行の賜物の鋭敏な感覚持ちだった訳で。

 

 加えて言うならそのうち少なくとも半分は碌でもない大人たちな訳で。

 

「「「・・・・・・」」」

 

 なんとなく沈黙が流れる。

 

 視界に入るのは震えながら今にも抜刀しそうな犬塚父と、それを止める気も無い犬飼父と、若いっていいなぁ・・・と言う感じで生温い笑顔を向けてくる天狗と長老。

 

 全員が頭に木の枝を括りつけているのは偽装のつもりだろうか。

 

「「と、言う訳で拙者(私)たちも修行を受けるでござる(わ)」」

 

「「「「許可」」」」

 

「ぅおいっ!!」

 

 この後、無言の親父達に思いっきり拳骨落とされたり、長老に目の前で溜め息をつかれたり、天狗がにやにやと笑っているのを見て無性に腹が立ったりする忠夫であったが、背後からじーっと見つめてくる視線に負けて、結局諦めたのは10分ほど後の事であったとさ。

 

 

「ま、順当に行って忠夫からでござるかな」

 

「いきなり真剣でも良いんじゃないか?本気でやるように」

 

「そうじゃな」

 

「ちょっと待てっ!!」

 

 開けた川原に戻っての、大人達の会話に突っ込む忠夫であるが日頃の行いはなんとやら。当然彼らがやめる訳もなく、いきなり忠夫に向かってはしる鋼の閃光三筋。

 

「うどわぁっ?!」

 

「ぬ、更に早くなりおったか」

 

「嬉しそうだな、犬飼殿。それでは拙僧も参加するとしようか」

 

 あっさりとは行かないまでも、人狼の里トップ3の同時攻撃をかわす忠夫に、父親は嬉しそうな悔しそうな複雑な笑みを唇に張り付かせる。それをみながら天狗も腰に差した刀を抜き放ち、正眼に構える。

 

「では、本気で行くぞ?」

 

「手加減してくださいぃぃっ!!」

 

 聞く耳持たず。

 

 

「うっわ、避けてる。動きがキモイけど」

 

「・・・凄いでござる。さすが兄上、更に回避術に磨きを掛けているとは」

 

 シロタマは感心したように眺めているが、見られている忠夫は必死である。何せほんの少し体勢を崩しただけで僅かにタイミングをずらしながら刃が降り注ぐのである。 即席の連携とは思えない程の鋼の雨を、忠夫は半泣きで避けつづける。

 

 

「だーっ!かすったかすったっ!!」

 

「ええいっ!いい加減一発くらい当たらんかぁッ!!」

 

「死ぬわっ?!」

 

 

 必死である。今の台詞を吐いたのが実の父とはあんまり信じたくないが。

 

 右から左に抜けていく一撃を、右足を半歩引いて体を逸らしてかわし、後ろに流れた重心が安定しきる前に背中に走る悪寒。

 

 それに従い下げた右足に力を篭めて、足首の力だけで下半身を腰より上に跳ね上げる。

 

 爪先を掠めるように通り過ぎた刀を確認する――暇も無く、横合いから突き出される剣先を腹筋で体を無理やり畳んで丸まり、その反動で加速し、着地。着地とほぼ同時に突き出される4つの刃。一番遅そうな右に地面を這うように低く飛んで、天狗の股を潜り抜ける。

 

「こ、このまま脱出「甘い」げっ?!」

 

 もう一回跳躍し様とした忠夫の前に、それ以上の速度で回り込んだ長老が立っていた。

 

 後ろから聞こえるのは強烈な踏み込みの音、そして刃が空気を切り裂く音が3つ。

 

「な、なんとぉぉぉっ!!」

 

 長老に向かって飛んでいく筈の体の勢いを無理やり殺し、川原の石の上を転がるように受身を取りながら反転する。

 

 そして、見えなくなった長老のほうから、たん、と軽い音が聞こえた。

 

 ―――まだ。

 

 見えないが、分かる。

 

―――まだまだ。

 

 長老が鞘に刀を納め、そのまま振りかぶっているのが分かる。

 

―――まだまだまだまだ。

 

 これで決着がついたと思っているのだろう。どうやら長老だけはまだ理性を残してくれ居ていたようである。

 

―――まだまだまだまだっ!!

 

 両足が地面につく。目の前には天狗と親父達。上下、後ろ、左右、何処に逃げても確実に切り込まれるだろう。

 

 だから。

 

―――此処だっ!!

 

 真正面、犬飼父の振り下ろす刀に、前髪を2,3本持っていかれながら突っ込む。タイミングはバッチリ。何せ最も多く見てきた剣筋だ。体が覚えている。このまま懐に潜り込んで一撃かまして即離脱―――

 

 

「ほりゃ」

 

「んがっ?!」

 

 長老の軽い言葉と共に、後頭部にごっつい衝撃を受けた忠夫はそのまま意識を失った。

 

「鞘を飛び道具にするって、あり?」

 

「伊達に里一番では無いでござるなぁ」

 

 要するに、刀の届く範囲に居なかった忠夫の頭目掛けて、外れやすいようにしていた鞘を力加減で滑り出させ、まるで投げ槍のようにそれは忠夫に当たったのである。

 

 呆れた様に眺めるシロタマの視線の先には、気絶した忠夫を囲んで苦笑いをする4人が居た。

 

「どうする、犬飼」

 

「見切っておったぞ」

 

「・・・いやはや、やられたでござるよ」

 

 苦笑いの表情を崩さないながらも、長老たちは心底驚いていた。

 

 気絶して地面に横たわる忠夫が諦めるとは毛頭思っていなかったが、まさか里のトップクラスの剣士の一撃を完全に見切ってかわすとも、欠片も思っていなかったのだ。

 

「全く。まぁ、まだまだそう簡単に超えさせるつもりはないでござるがな」

 

「かっかっかっ!良し良し、楽しくなってきおったな」

 

 にやりと笑う犬飼に、大笑いしながら長老が答える。

 

「それじゃ次はうちの娘を・・・」

 

 犬塚が視線をシロたちに向ける。しかし、その表情がふと妙な物に変わる。

 

「ん?どうした犬塚殿」

 

 天狗が犬塚同様、シロたちに視線を向けると、彼女達は呆れたと言うか、開いた口がふさがらないと言った感じでこちらを、いや、忠夫が居た所を見ていた。

 

 4人が、ん?と言った様子でそっちを見ると、別に何もないように見える。

 

「・・・なにぃっ?!」

 

「忠夫は何処に行ったッ?!」

 

「アホー! 殺す気かーっ! こんなもん逃げるにきまっとるだろがーっ!!」

 

 慌てて辺りを見回せば、川をジャブジャブと犬掻きで渡っている忠夫が居た。4人は4人とも呆れた顔になると、おのおの溜め息をつきながら足元の石を拾う。そのまま、こちらを見もせずに必死で犬掻きを続ける忠夫目掛けて。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

 無言で投げつけた。

 

 そして川には、巨大な4つの水柱と、ドザエモンのように浮かんで流れる忠夫、この後晩御飯になる気絶した魚が何匹か。

 

 タマモとシロは、静かに両手を合わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクティブ・センサー、稼動テスト・終了。―――ドクター・カオス。データに無い・強力な魔力を探知・しました」

 

「ふむ。ようやくお前達の調整も仕上がった事であるし、少々探ってみるか?」

 

「「「「「イエス。ドクター・カオス」」」」」

 

 そして、彼と彼女達も動き出す。時計の針は止まらない。満月まで、後―――24時間。

 


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