月に吼える   作:maisen

42 / 129
明日は不在の為一回休みです( ´・ω・`)


第四十一話。

「一般企業から個人、団体、政府・・・あー、もうっ!絞りきれる訳無いじゃないっ!」

 

「美神さん落ち着いてっ!ほら、美味しいお茶が入りましたよ~」

 

「・・・ありがとう、おキヌちゃん」

 

 おキヌの差し出した湯飲みを受け取り、ほかほかと湯気を立てるそれをふーふーと冷ましながら更に手元の資料を捲って行く。

 

 ずらずらと一枚の紙に並ぶのは様々な依頼者の名前と簡単な依頼内容。ざっと見ただけで50件近くある。そんな紙があと数百枚もあるのだ。しかも、其処から怪しいと思われるような物を抜き出し、更に詳しい報告書を探し出す。

 

 最早、苦行と言っても差し支えないだろう。

 

「西条さん、そっちのほうはどうなの?」

 

 隣で同じように資料をあさっていた西条に問い掛ける。しかし彼も頭を振って疲れたように溜め息を吐くだけである。

 

「正直言って限が無いね。幸いなのは、GS達の行方不明事件が此処4,5日は起きていない事だけど・・・」

 

 長老たちが里の襲撃を告げ、八房が盗まれてから早一週間。資料の特定は遅々として進まず、また犯人の方も動きが無い為手がかり無し。

 

「美神さーん、この資料何処おきましょーか?」

 

「あー、そっちの方に寄せといて。反対側の奴は終わったのだから、混ぜたら・・・捻るわよ?」

 

「・・・りょーかい」

 

 顔色を青くしながらも、新しく資料の束を運んできた忠夫がゆっくりと動き出す。足元には何枚もの紙が散らばっているので、踏んで滑って転んだりしたら即しつけ開始となる。

 

 慎重に、慎重に足を進める忠夫。

 

 しかし、まあ。不幸とは防ぎきれないから不幸な訳で。

 

「兄上ー!散歩にいくでござる~!」

 

 今日も元気にドアを開け、忠夫に跳びつくシロさん。慎重に歩いていた忠夫は、足元に全神経を集中させていたので。

 

「ば、馬鹿たれ~!!」

 

 受け止めきれずに大転倒。手に持った紙は空を舞い、転んだ忠夫は資料に突っ込む。

 

 当然おキヌの手によって現在進行形で整理中だったそれはあっさりと散らばり、目も当てられない惨事を引き起こす。

 

「シロー!武士の情けじゃー!今すぐ退いてくれ~!!」

 

「へ?」

 

 忠夫の涙ながらの必死の懇願に、忠夫の上に馬乗りになったシロはきょとん、とした顔で見てくるばかり。いや、たった今引き攣った。

 

 怯えている。勇猛果敢な人狼族が、尻尾を丸めて何時でも飛びのける体勢である。

 

「よ~こ~し~まぁぁぁっ!」

 

「キャインキャインキャインッ!」

 

 シロはあっさりと忠夫の上から飛びのき、部屋の隅で小さくなって唸り始める。

 

 忠夫は、油の切れたロボットのような動きで首を動かし、声の聞こえた方を見る。

 

 鬼と鬼女と黒いナニカが居た。

 

「こ、今回も俺は悪くないー!」

 

 恐怖で思わず尻尾が飛び出る。ちなみに、今忠夫は部屋で資料漁りをやっているため、汚したくないからとジャージ姿である。何時ものジーパンに比べてベルトをしていない為、尻尾があっさりと外に出てしまうのだ。

 

 美神は忠夫にゆっくりと歩み寄り、仰向けの忠夫を伸ばした神通棍で引っ掛けてうつ伏せに変える。

 

「捻るって、言ったわよね?」

 

にこやかな微笑みは、迸るほどの怒りと共に。

 

 

「尻尾は、尻尾は止めてー!!」

 

「この馬鹿ったれがー!!」

 

 事務所の一室には、しばしの間尻尾を思いっきり捻られて悶える半人狼の悲鳴が響いていたという。

 

 ちなみに、本当に嫌がるので真似しないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ち、千切れるかと思った」

 

「急所を攻める見事な攻撃でござるな」

 

「お前のせーだろがー!」

 

「これ以上騒ぐようなら纏めて保健所に送るわよ?」

 

「「・・・・・・・・・」」

 

 ぎゃんぎゃんと五月蝿い狼達を視線と言葉で黙らせて。再び美神は資料を捲り出そうとした所で。

 

「・・・っと、電話のようだ。少し出てくる」

 

 懐から消音モードの携帯電話を取り出し、西条が部屋から出て行った。

 

 しばし、部屋には黙々と紙を捲る音と、おキヌが書類をてきぱきと整理する音だけが響く。

 

 人狼達は正座しながら反省中。

 

「シロ。お前も親父達と一緒に外に行ったら良かったんじゃないか?」

 

「拙者とタマモのどちらかが、もしもの時の連絡係として残っていた方が良いと言ったのは長老でござる。ジャンケンで負けた狐が悪いのでござるよ」

 

 タマモが悪いと言いながらも、忠夫の隣で正座して、息が掛るほどの距離でぼそぼそと会話するシロは何処となく幸せそうに見えたりする。

 

 その時何処かで、狐の少女が何となく腸煮え繰り返る思いをしていたとかしないとか。

 

「俺が連絡係やりゃいいじゃねーか」

 

「兄上はそれなりに手伝いが出来たではござらんか」

 

 つまりはこういう事だ。事務所に残っていても、それなりに役に立つ忠夫や長老はともかく、シロタマ親父達は全くの役立たずであり、それどころか放っておくと退屈したり、喧嘩したりで無軌道に騒ぎを起こす為、見回りのお題目で外に放り出したのだ。

 

 長老は引率で付いていった。何かを諦めたような目だけがやけに忠夫の記憶に残っていたりもする。

 

「―――令子ちゃん!」

 

 そんなこんなでぼそぼそと話していた二人の横の、ドアを蹴破る勢いで西条が携帯片手に戻ってくる。

 

「来たぞっ!ぼろぼろのGSが一人保護された!行方不明になっていた内の一人だっ!」

 

 素早く立ち上がり、それぞれに動き出す美神達。忠夫は霊媒道具を一揃い取りに行き、美神は車庫に車を回しに行く。おキヌは西条から詳しい話を聞くと、保護されたGSの情報と最近受けた依頼の書かれた書類を何枚か選び出し、そのまま美神を追いかける。

 

 シロは迷わず部屋から飛び出し、事務所の屋上に上ると遠吠えを始めた。

 

「今、シロが親父たちを集めてます!」

 

「おキヌちゃん、人狼達が戻ってきたらそのまま待つように伝えてっ!」

 

「はいっ!」

 

「西条さん、場所は何処っ?!」

 

 車庫に集まった美神達は、おキヌの手から書類を受け取りながらそれぞれの車に乗り込み話す。

 

「白井総合病院だっ!」

 

「「・・・あー」」

 

 一体何を思い出したのやら、それまでの緊迫した空気は飛んでいき、何となくゆっくりと車に乗り込む美神と忠夫。

 

 西条は既に車を出し、一足早く病院へと向かって道路に飛び出た。

 

 美神達は、ゆっくりと腰を落ち着け、シートベルトを確認し、前方、後方、左右確認まできっちりとやった後――何故か忠夫も美神と全く同じタイミングで、同じ方向に首を動かしていたが――、ゆーっくりと車庫から這い出るように車を動かし始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして到着白井総合病院。

 

 病魔を投げっぱなしジャーマンで倒したと言う、一般人が聞いたら微妙を通り越して黄色い救急車一歩手前な経歴を持つ、某医師が勤める病院である。

 

「おや、美神さん達じゃないですか。オカルトGメンの方なら、えーと」

 

 玄関をくぐり、患者が沢山座っている待合室のソファーの前を通り過ぎ、受付に辿り着いた所で、たまたま通りがかった白髪眼鏡、初老の「除霊」医師が話し掛けてくる。

 

 ちなみにこの医師、除霊を経験したからと言って霊媒の方に興味を持ったかと言うと、そう言うことが全く無いらしい。

 

 あくまでも己は医師であり、霊能力でなく、医術を用いて人を救う事に誇りを持っているから、だそうである。

 

 とは言え、プロレス技で除霊する医師と言うのが一人くらいいても良いかなー、とか思ったのは本人だけしか知らない秘密。

 

 それはともかく、GSだと言う事を知っている為か、はたまた西条が既に話を通しておいたか。まず間違いなく両方であろうが、さっさと必要な情報を教えてくれるのはありがたい。

 

「ありがとっ!」

 

「私の患者だ、あんまり無理をさせないでくれ。意識は戻ったが体力の減少が激しい。命に別状は無いと言っても、怪我が体中にあって、しかも、何度も回復した頃を狙って刃物で切りつけられている。・・・正直、医学に関る者として、怒りを堪えきれんっ!」

 

 その医師は、そのままの勢いで走り去ろうとした美神に、視線は手元のカルテに落としたままで聞こえるように呟く。

 

 思わず足を止めた美神は、忠夫に目線で先に行くように促すと、自分は足を止めて医師の前に立つ。

 

「それって、どういう事?」

 

「怨恨かとも思ったが、分からんとしかいいようが無い。傷は必ず致命傷にならないように、大きな血管や臓器の在る胴体を避けていた。また、傷は小さく――と言っても、それなりの裂傷だが、それでも、何と言うか、こう・・・」

 

 其処まで言って、始めて視線を上げて美神を見る。

 

「まるで、鉛筆の芯を削るように、と言うのが一番近い。人間の仕業とは思いたくないぐらいの、ね」

 

 その目には、確かに怒りが色濃く浮かんでいた。

 

「私も、そう願いたい所だけどね・・・。悪魔より怖い人間ってのも、結構居るわよ?」

 

 美神が病室の前に辿り着き、ドアを開けて中を覗き込むと、ちょうど西条がベッドの横の椅子から立ち上がる所だった。忠夫はその後ろで突っ立っている。

 

「・・・ありがとう、必ず、この情報は役立てる」

 

 美神の居る場所からは衝立が邪魔になってよく見えないが、患者が、包帯で幾重にも巻かれた腕をほんの少しだけ持ち上げ、西条に手を伸ばしたのだけは見えた。

 

 西条は、その手を取って安心させるように笑いかける。

 

 その笑顔を見た時点で、その腕は力を無くして垂れ下がった。西条は、そっとその手をベッドの上に戻すと、厳しい顔でドアに向かって歩いてきた。

 

「・・・此処で話せるような事じゃない。詳しい話は事務所に戻ってからにしよう」

 

「ええ」

 

 二人は、振り返らずにゆっくりと部屋を出て行った。

 

 最後に残った忠夫は、音が出そうなほどに歯を食いしばると、おもむろに顔の前で手を合わせ、頭を下げると音を立てないように慎重にドアを閉め、出て行く。

 

 

 病室には、機械の立てる音と、ゆっくりとした患者の呼吸音だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・成る程。そう言う事でしたか」

 

「ええ。おそらく、何度も何度も霊力が回復した頃に斬り付ける事で、霊能力者からエネルギーを集めていたようです」

 

 事務所に戻って、シロの遠吠えを聞いて戻ってきた人狼達と一緒に作戦会議を始める。とりあえず、最も有力な手がかりとなりそうな情報が飛び込んできたのだ。

 

 今は感情を抑え、冷静に思考する時である。

 

「そして、彼―――っくそっ!・・・いえ、失礼。彼が言うには、捕らえられていた牢屋のような所では、他にも何人かの霊能力者らしき声が聞こえていたということですから」

 

 そのGSは、確かに命は助かった。だが、体中に刻まれた傷が癒えるかどうかはあの医師に期待するしかない。

 

 とは言え、西条が六道家や心霊治療の使えるGS達に連絡を取り、打てるだけの手は打ってあるのでそう心配は無いだろう。

 

 だからと言って、自然と言葉に篭る怒りを消せはしないのだが。

 

「そして、凶器は刀。おそらく、間違いないでしょう」

 

 落ち着け、と自分に言い聞かせる声が、幾つも聞こえる気がする。

 

「場所は、此処。・・・樹海の真ん中です」

 

「決行は何時?」

 

 地図を指し示した西条に、長老が目線で頷きを返すと同時。その横に立った犬飼ポチから声が掛けられる。

 

「今、月は半月よりも前。これ以上待っていてはフェンリルの復活の可能性が高くなるばかり」

 

 その先を、美神が引き継ぐ。

 

「今晩、一気に夜襲を掛けるわ。フェンリル狼が出てくる前に、片付ける」

 

 そして、それぞれその言葉に頷いた彼らは、ばらばらと準備をしに散っていった。

 

「・・・美神さん」

 

 いや、忠夫だけは椅子に深く腰掛けた美神に向かって話し掛ける。

 

「本当に逃げ出したんでしょうか?それとも」

 

「五分五分ね」

 

 短い言葉ながらも、意味は通じたようだ。二人の視線は、座った美神と立った忠夫で高さに違いはあれども、しっかりと絡み合う。

 

「悪い方に転がったら・・・」

 

「どうする?」

 

 美神が、挑発的な視線を飛ばす。しかし忠夫は、あっさりとそれを受けると、苦笑いを返してこう言った。

 

「後ろを向いて全力前進っ!」

 

「・・・ま、間違っちゃいないわね」

 

 美神も、思わず苦笑いを零してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、種は撒いた。後はあっちがどうでるか、だな」

 

「陰念、もう良いのかい?」

 

「こっちは充分なデータが取れた。君も一緒に此処から引き上げたらどうだね?」

 

 先日まで、昼も夜も動いていた機械の姿はもう無い。本棚に並んでいた書類やファイルも姿を消し、残っているのは大きな机と椅子、僅かばかりの家具だけである。

 

 その部屋の真ん中に立つ陰念は、メドーサと男と問いかけに、鼻で笑って答える。

 

「ああ。世話になった」

 

「ふん。こっちも元は取れた。あとは何処でなりとも野垂れ死ぬがいいさ」

 

「非常に残念だが、仕方ないか」

 

 もう興味を無くしたメドーサは、あっさりとした様子で部屋を出て行く。男は何度もただ呆けたように立つ陰念を未練がましく振り向きながらも、ドアを開けて出て行った。

 

「魔族」

 

 鱗で覆われた腕を見る。

 

「人狼」

 

 その手を持ち上げ、指を開く。

 

「・・・人間」

 

 爪は、鋭く伸び、土壁くらいなら簡単に切り裂けるような気がした。

 

「・・・答えを知ってそうなのが、お前しか居ないんでな。悪いが、付き合ってもらうぞ」

 

 開いた指を握り締め、拳を作るとゆっくりと下ろしていく。

 

「―――美神令子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリコプターと言う物は、煩い。

 

「いーやー!お家帰るー!」

 

「ええいっ!落ち着かんか馬鹿息子ー!」

 

「兄上っ!こんな所で霊波刀振り回さないで下されー!」

 

 しかし、今回の荷物はその騒音よりも大きな音で暴れていた。

 

「嘘やー!鉄の塊が空を飛ぶわけないんやー!」

 

「・・・そ、その通りじゃ。つまりこれは鉄ではなくて鉄みたいな何かじゃからして斬っても大丈夫じゃからしてっ?!」

 

「長老っ?!あんたもかー!!」

 

 犬飼父が息子を押さえ、犬塚親子が長老を押さえると言う、おそらく初めてではなかろうかという状況で、美神達はそれを呆れた様に眺めていた。

 

「タマモ・・・だったかしら?あんたは大丈夫なの?」

 

「・・・あんだけ混乱してるのを見ちゃうと、逆に落ち着いちゃうのよね」

 

「頼むから操縦の邪魔はしないでくれよっ?!」

 

 操縦席の隣に座る西条が、悲鳴のような声を上げる。というか悲鳴。

 

 操縦士の方はと言うと、低空飛行で木々をすり抜ける、神経を使う飛行中に、後ろで大騒ぎするような奴らを乗せると言う初体験に胃が痛み始めるのを感じていた。

 

「見えましたっ!とっとと降りてくださいっ!」

 

「わ、分かった分かった。ほら、皆行くぞっ!」

 

 未だ病院にて治療中のGSが指し示したその場所には、薄汚れた屋敷が建っていた。

 

 道らしき物は続いているが、実際の所舗装された様子も無い、殆ど獣道のようなその道が、何故か草に覆われた様子も無く、薄い月の明かりで見て取れた。

 

「どうやら間違いないようだ・・・。あーもうっ!令子ちゃんっ!」

 

「はいはい。全く、おりゃあっ!!」

 

 美神の振るった神通棍は、騒ぐ忠夫と長老を吹き飛ばし、ついでに押さえ込んでいた犬飼父と犬塚親子も吹っ飛ばす。

 

「ほら、さっさと行くわよ」

 

「・・・はぁぁ」

 

 神通棍を納めた美神と、溜め息をつくタマモがそれに続く。

 

「協力、感謝するっ!」

 

「もうああいう荷物は勘弁して下さいっ!」

 

「前向きに善処するっ!」

 

 最後に、何気にうそ臭い台詞を吐きながら西条が飛び降り、それを確認してから、ヘリはそのまま夜空に上っていった。

 

 このまま一旦引き返し、燃料補給した後近くの広場で待機、連絡と共に迎えに来る手はずになっている。

 

「全員いるか?」

 

「全員居るわよ、西条さん」

 

「人狼+α、皆無事でござるよ~」

 

「その+αって私の事?」

 

 西条が地面に降り立ってみれば、先程叩き落された筈の連中は何事も無かったかのように勢ぞろいしているし、タマモとシロにいたっては今すぐにでもじゃれ合いを始めそうなくらいには元気である。

 

 長老と忠夫の顔は少し青ざめていたりするが。

 

「目的地はあちらだ。何せ情報が足りないから警備体制や向こうの戦力さえも分からない」

 

 背後を親指で指しながら、西条が面々に告げる。

 

「だが、今は巧遅よりも拙速を取るっ!あくまでも今回の第一目標はGS達の保護、それから八房を奪った犯人の逮捕だっ!全戦力を正面にぶつける!後は臨機応変に行けっ!!」

 

『応っ!!』

 

 闇に包まれた森の中を、一塊の集団が駆けて行く。目的地は直ぐ其処、向こうにそれなりの設備、若しくは警備体制があれば既にヘリを使った時点で察知されていてもおかしくは無い。

 

 長老たちの話によれば、フェンリル狼が復活する為に必要な物は、膨大なエネルギーと満月。

 

 GS達が囚われた時間と、行方不明の人数。はっきり言ってどれほどのエネルギーが必要なのか、人狼達も把握していなかった。実際に使われた事も無く、また、そのフェンリルを復活させるという話が真実なのかどうかも分からない。

 

―――だが、もし。逃げ出してきたGSが、実際の所、罠だとしたら?

 

―――いや、未だ満月に満たないこの時期に、そんな事をする理由が無い。

 

 だが、美神、西条、いや、ほぼ全員の胸に、嫌な予感が膨らみつづけていた事を、本人達しか知らなかった。

 

 

「・・・妙でござるな」

 

「ああ、気配が少なすぎる。さては既に逃げたのか?」

 

 先頭を行く犬飼父と犬塚父。超感覚を持ち、また長年の付き合いからほぼ完璧な連携を誇る人狼二人が前を行き。

 

「ん~、やな感じだ~」

 

「ぶつくさ言わない。ほら、ちゃんとあたりに気を配るっ!」

 

 他のメンバーに比べて多種多様な戦術を誇る美神と、その助手である忠夫が続き。

 

「頼むから静かにしてくれ・・・」

 

「ま、今更じゃない?」

 

 司令塔の西条が、ほぼ集団の真ん中に居り、その隣に幻覚、狐火の遠距離支援型のタマモが付く。

 

「長老、どうかしたでござるか?」

 

「・・・ん、いや、何か、な」

 

 最後尾には最も経験豊富な長老と、スピードならばトップレベルのシロが並ぶ。

 

 屋敷の中は暗く、電気が使われたような形跡も無かった。

 

 だが、何年もほったらかしにされていたようなその古ぼけた2階建ての外観とは裏腹に、内部の通路には埃一つ積もっておらず、誰かがこの施設を使っていた事は間違いない。

 

 狭く、暗い通路。精々人が3人、ギリギリすれ違えるかどうかと言った所である。

 

「全く、こんな事ならもうちょっといろいろ持ってくるんだったわね。神通棍と破魔札、精霊石、霊体ボウガン。そしてこれとこれ、か」

 

「充分重武装の類に入ると思うんだけどね・・・」

 

「あら、備えあれば憂いなし、よ?」

 

 幸い、暗いと言っても今日は雲一つ無い空に、町の光も遠い此処なら月の光と星の光が充分に在る。

 

 とは言え、夜間のお仕事が多いGS達は、自然と夜目も効き易くなるのであまり苦にはしていないし、人狼達はそもそも明かりの無い夜も、僅かな光で森を駆ける獣達。

 

 僅かな気配の残滓を頼りに、警戒しながら前進する。

 

 どうやら此処から気配がなくなったのは、ほとんど一日前位である事を、人狼の鼻が教えている。

 

「・・・逃がしたかも知れんな」

 

「なに、そうなればまた追い詰めるだけでござる。狩りは我らの本領、とは言え面倒くさいのは嫌でござるがな」

 

 

 

 

 

「―――ご期待に添えたようで何よりだ」

 

 

 

 

 

 空気が固まる。全員が瞬時に緊張し、戦闘態勢を整える。ある者は腰の刀を抜きはなち、ある者は霊波刀、狐火を作り出し、ある者は神通棍や霊剣を抜き放つ。

 

 声は、壁に埋め込まれたスピーカーから聞こえてきた。

 

「ようこそ、待ちわびたぜ?」

 

「やっぱりあんただったわね、陰念」

 

「げっ」

 

 美神と忠夫にとっては、スピーカーを通して幾分か聞き取りにくくなっているとは言え、忘れ難い声であった。GS試験会場にて、魔装術を暴走させ、そしてその暴走ごと、ある魔族の眷属を「喰らって」魔族へと堕ちた青年。

 

 

「そこから少し進んだ所にドアがある。待ってるぞ」

 

 ブチン、と音を立ててスピーカーは沈黙した。

 

「・・・どーします、美神さん」

 

「このまま後方に進むのは駄目かしら?」

 

「・・・せめてGS達の確認くらいはやっておかないと」

 

「あの声の主は、そんなに厄介なのですかな?」

 

 集団の真ん中で、いったん方針会議を行なう。

 

 第一目標であるGS達の保護、これが最も厄介な物であるが、同時に今回必ず果たさなければいけないものでもある。

 

 果たして陰念がどのように絡んでいるのか、というか八房を奪われた現場の匂いからして、実行犯の一人である事は間違いないのだが。

 

「魔族ですか。しかも、人から堕ちた」

 

「はっきり言ってまともに遣り合えば、生半な戦力じゃあっさり返り討ちよ。正直ほっといてさっさと目的だけ果たしたい所だけど」

 

「・・・残念ながら、そうはいかないみたいっす」

 

 何時の間にやら美神の隣から消えていた忠夫が、犬飼、犬塚と共に戻ってくる。

 

「親父達と偵察に行ってきたんすけど、あいつの指定したドアの向こうに、血の匂いがしました。しかも何人分かの」

 

「呻き声が聞こえたでござるから、少なくとも命はあるようでござるが、あの血の匂いからしてあまり悠長な事はやってられないでござるな」

 

「ついでに、倉の前で嗅いだ匂いもあった。犯人は間違いなくあの中だ」

 

「・・・やっぱりあんた達、偵察向きだわ」

 

 呆れた様に呟く美神。ドアの向こうの状況を、耳と鼻だけで其処まで調べられるという事が、結構なアドバンテージとなると言う事は置いといて。

 

 その答えでとりあえず眉根を寄せる西条たち。

 

「・・・時間制限あり、ハンデあり、しかも相手は飛びきりつきに厄介か」

 

「もう一つ。此処で叩いとかないと、次の満月で、多分、成るわよ。フェンリル」

 

 悩みながらも、霊剣を握る手に再び力を篭める。

 

 周りの皆の顔を見渡すと、それぞれに頷きを返してきた。

 

「ポチさんと長老で先行して下さい。ドアを開けて、攻撃が来ないのを見計らって令子ちゃんと僕が行く。後の四人は、その後に入ってできるだけ素早くGS達を回収。直ぐに後方に運んで、危ないようならヒーリングを。ヒーリングできない忠夫君と犬塚さんはこっちに来てくれ」

 

 それぞれの顔を見渡し、告げる。そして、例のドアの前まで進むと、

 

「GO!!」

 

 西条の合図の元、突撃は敢行された。

 

「犬飼ポチ、参るっ!」

 

「せいっ!」

 

 長老と犬飼が、扉に刀と霊波刀で切りつけながら飛び込んでいく。

 

「行くわよっ!」

 

 攻撃が来ないのを見計らって美神と西条が続き、

 

「遅れるなっ!」

 

 その後に残った4人が左右に分かれながら突っ込む。

 

 部屋に入った忠夫が見たものは、机に腰掛ける陰念と、入り口周りに転がる傷だらけのGSたちと、陰念を囲むように展開する美神達。どうやら此処だけは電源が生きているようで、天井には白い蛍光灯が光を放っている。

 

 睨みあう彼らに意識の一部を割きつつも、手近な一人を引っつかみ、そのまま慌てて扉の向こうに後退する忠夫。

 

 ちらりと見えた陰念は、長老や美神達の殺気の篭った視線を受けても飄々とした態度を崩さない。むしろ、GS達が回収され終わるのを待っているような風情さえある。

 

「また妙な格好になったわね。それにしても、随分と余裕じゃない?」

 

 霊力を通して神通棍を輝かせながら陰念に話し掛ける美神。高まる霊力は神通棍に注ぎ込まれ、霊力を持たない人にとっては只の棒切れ以下のそれは、霊的な存在にとって致命的なまでの威力を持った武器へと変わる。

 

「大分待たされたからな。今更お前らが準備し終わるまで待っても、左程の事じゃ無い」

 

「言っても無駄だとは思うが、一応聞いておくかい?君には、もう読み上げるのも面倒なくらいの嫌疑がかかっている。自首してもらえれば助かるんだがね」

 

 西条の言葉に、陰念は鼻を鳴らす。

 

「ふん。無駄な事はやるもんじゃねぇよ」

 

「人狼と、魔族と、人間が混じり合ってるわね。結局、私の言った事は理解してもらえなかったみたいね」

 

 回収を終えた忠夫と犬塚父が戻ってくる。二人とも既に戦闘態勢を整えており、何時でも動けるようにしている。

 

「―――ああ。そうだ」

 

 不図、思いついたように机から飛び降りながら陰念が言う。

 

「今回は、捕まるつもりも無いし、かといってお前らを殺すつもりも無い。本番は、次の満月だ」

 

 机の上に置いていた、刀を鞘から引き抜く。紛れも無く人狼族に伝わる妖刀「八房」が、人工の光を反射してぬらり、と輝いた。

 

「だから、まあ。死んでくれるなよ?」

 

「せいっ!」

 

 不意打ち気味の先制攻撃は忠夫の投擲。相変わらずの輝く石が、正確に、ものごっつい速度で陰念に向かって飛んでいく。

 

「甘えっ!」

 

 所が、陰念が手に持つ八房を一振りすると、其処から八つの斬撃が空気を切り裂きながら辺りに放たれ、その内2発にあっさりと切り裂かれて石は地面に落ちる。

 

 残りの6発はまるでその斬撃自体に意思があるかのように、近くに立つ犬塚と犬飼に2発づつ、そして西条と美神に一条が襲い掛かる。

 

「ちょ、ちょっと本気で反則じゃない?!」

 

「だから厄介だと言っておったでござろうがっ!」

 

 慌てて飛びのきながら文句を言うも、八房の攻撃の後にはすっぱり切り裂かれたコンクリートの床がある。直撃すれば運が良くて重傷、悪ければ胴体ぐらい二つに分かれてもおかしくはなさそうである。

 

「おらおら、どんどん行くぜ?」

 

 陰念の言葉と共に、ばら撒かれるように飛び交う八房の攻撃。防ぐ、回避するといった事自体は不可能ではないが、接近して攻撃するとなると難易度が跳ね上がる。

 

「このっ!」

 

 西条が懐から銀の銃弾の入った拳銃を取り出し、片手で陰念に向かって連射するも。

 

 辺りを埋めつくさんばかりの八房の斬撃は、悉くそれらを打ち落とし、辛うじて届いたそれらも陰念はあっさり回避する。

 

「銃弾を見切るのか?!」

 

「人狼の感覚って言うのも中々慣れりゃあ便利でな。それくらいならタイミングを合わせて避けられる」

 

 西条と美神と長老が、なんとか距離を詰めようと四苦八苦しているその時。忠夫と犬飼父、犬塚父はちょっと後ろでコソコソしながらお話中。

 

「・・・っていうのはどうだろ?」

 

「よし、乗った」

 

「相変わらず狡い手を・・・」

 

 にやにやと笑いながら分かれる三人。

 

 忠夫はおもむろに地面に落ちている瓦礫の中から大き目の石を3つ拾い上げ、二人が不自然じゃない程度の速度で攻撃を避けながら移動をはじめた事を確認すると、黙ってそれをもつ手を振り上げた。

 

 まず、一つ目は、斬撃をギリギリで避けた長老の耳を掠めて、一瞬の空隙を縫って陰念の目前まで到達する。

 

 しかし陰念もそれを見切り、首を振るだけで避ける。

 

「何のつもりだ」

 

「さ~て、ね?」

 

 続けて2個、連続で投げつける。

 

 今度はしっかりと補足されていたためあっさりと切り払われるが気にせず、飛んで来た反撃を横に転がり回避。転がりながら更に石を拾い、立ち上がると同時に更に投擲。

 

「美神さん、西条!合わせてっ!長老も早く!」

 

 慌ててボウガンを取り出し放つ美神や、銀の銃弾の入ったマガジンを取り出し素早くリロード、そのまま流れるような動きで連射する西条。霊波刀を消して足元の石を拾い、動き回りながらもどんどんと投擲する長老。

 

「このっ!味な真似をっ!」

 

 状況はそれだけで変わった。それまで回避しながら前進しようとしていた時と違い、ひたすらに距離を保ちながら攻撃を仕掛ける。

 

 自然と八房は迎撃に放たれる事が多くなり、美神達に掛っていた重圧はそれだけで削られていった。

 

「でも、このままじゃジリ貧よ?」

 

「あ、ちょうど良かった。これ借りますねー」

 

 美神に近づいた忠夫に、彼女が声を掛けて来る。それを流しながら美神が持っていた「ソレ」を取る。

 

「あんた、それは「もうちょっとっすよ・・・ほら、来た」」

 

 美神の耳には聞こえなかったが、少なくとも人狼と陰念には聞こえていたのだろう。呆れた様に足を止め、視線を天井に向ける長老と、ぎょっとしたように同じく天井に視線をやる陰念。

 

 その視界の中で、陰念の真上の天井に幾つも幾つも切れ目が入り、駄目押しのような衝撃音と共に崩れ落ちる。

 

「わーっはっはっはぁ!潰れるか謝るか選ぶでござるー!」

 

 その落ち行く瓦礫を、上の穴から見下ろす犬飼父。なんだかとっても絶好調。

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁっ!!」

 

 慌てて八房を振るうも、天井から轟音と共に降り注ぐ瓦礫は、軽く見積もっても数トンはある。いくら八回斬り付けると言っても流石にその質量は止められない。

 

 慌てて横っ飛びに回避する陰念。

 

「そーれ、もう一丁っ!」

 

 しかし回避した先で、再び彼に降り注ぐ瓦礫の山。轟音を響かせながら落ちてくるそれを、今度は斬り付ける事はせずに回避する。

 

 陰念が舌打ち混じりに上を見上げると、其処にはニヤニヤと笑う二人の人狼が。

 

「ほーら、よそ見してる場合じゃないでござるよ?」

 

「人狼の超感覚も、これだけの音と、潰される焦りの前には鈍るもんだ」

 

「隙有り、じゃな」

 

 はっとして視線を戻せば、懐に潜り込んだ長老が、霊波刀を展開しながら既に攻撃態勢に入っていた。

 

「このっ!」

 

「未熟」

 

 慌てて八房を振り下ろそうとするも、その一撃は振り上げられた所で下から掬い上げるように打ち込まれた長老の一撃で、既に攻撃としての体を為さない。

 

「おらぁっ!!」

 

「荒い」

 

 跳ね上げられた腕を無視し、体勢を崩しながらも繰り出した膝蹴りは、長老の体にめり込む前に、霊波刀を展開していない長老の左手で跳ね上げられる。長老はそのまま左足で陰念の右足を思いっきり払う。

 

 結果として、自分の勢いとバランスの崩れ、長老の足払いの威力を全て伴って。

 

「がぁっ!!!」

 

 ひしゃげるような音と共に、陰念は床に叩きつけられた。

 

「武器におんぶに抱っこでは、折角の力も意味がないのぅ」

 

 陰念の首に霊波刀を添えた長老は、顎鬚を開いた手で扱きながらそう述べた。

 

 

「・・・あー。美神さん、このすたんぐれねぇど、返します」

 

「・・・問答無用ね、あの爺さん」

 

 既に用無しとなったスタングレネードを美神に返しつつ、ちょっと残念そうな忠夫。

 

 実際の所、攻撃と見せかけた煙幕代わりの天井崩しと、それにまぎれて閃光弾を足元に転がし、怯んだ所を飛び降りてきた親父達と一緒にタコ殴りにする予定だったのだが。

 

 長老が美味しい所をしっかりと持っていったようである。

 

「・・・降りようか、犬飼」

 

「そうでござるな」

 

 何となく親父達も肩を落としていたりする。

 

 だが。

 

「く・・・くっくっ、あはははははははははっ!!」

 

 地面に叩きつけられた陰念が哄笑する。

 

「長老、離れてっ!!」

 

 美神の声に反応し、素早く飛びのく長老。止め刺すかどうかを迷わない辺り、流石に歴戦の猛者だけはある。そして、案の定、飛び退った長老を追いかけるように、陰念の影から湧き出したビッグイーター達が牙を剥き出し襲い掛かる。

 

 追いすがる化け物を霊波刀で叩き落しながら、一旦美神達のところまで下がった長老には、ふらふらと天井に開いた穴に向かって飛び上がる陰念が見えた。

 

「犬飼、犬塚、そっちにいったぞっ!!」

 

「何処でござるか?」

 

「あ、あそこあそこ」

 

「って何で居るんじゃお前らーッ!」

 

 親父達は何時の間にか降りてきており、長老の後ろで穴に向かって消えていく陰念を見送っていたりする。

 

「次だ・・・次の満月だっ!」

 

 穴の淵に手をかけた陰念がそう叫ぶ。

 

「次の満月の夜、俺は此処に戻ってくる!フェンリルとなってなっ!」

 

「捨て台詞としては三流よねー」

 

「やかましいっ!」

 

 美神の茶々に怒鳴りながらも、彼はその姿を消す。結果としては逃がしてしまったが、とりあえず勝ったと言えるのだろうか。

 

 勿論問題は山積みだが。

 

「馬鹿たれどもーっ!」

 

「いやー。羽根も無いのに飛べるとは思わんかったでござるな」

 

「そうそう」

 

 そんなに呑気でいいのか、親父ども。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。