月に吼える   作:maisen

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第四十話。

 糸のような月が、天高く、細く輝いている。

 

「そっちに行ったでござる!犬塚、止めろぉぉぉっ!」

 

 蒼白く、酷薄な色を見せつけながら。

 

「了解! 長老、右翼を頼みます! せりゃぁっ!」

 

 僅かな朧を絹衣のように靡かせながら。

 

「一対一で当たるでない!確実に一体ずつ片付けるんじゃっ!」

 

―――下界の争いを眺めるのみ。

 

「うひー?!新手だーっ!」

 

「なんのこれしきっ!」

 

「・・・眠い」

 

「気合を入れんかーっ!」

 

 

 月を崇める人狼たちと。

 

「犬飼!犬塚!左の補助に回るんじゃ!急げ、抜かれるぞっ!」

 

―――巨大な顎を開いて、彼らに襲い掛かる蛇の様な化物達の乱舞を。

 

 

 新月の次の夜。

 

 僅かな月の光と、何時もは月の光に抑えられて届かない、小さな星の光が地上を照らすその夜に、人狼の里は、何者かの襲撃を受けていた。

 

 敵は――人狼達は知らないが――『ビッグ・イーター』と呼ばれる、とある魔族の眷属達。

 

 その牙は禍々しく月光を跳ね返し、その体はぬらり、と闇から湧き出すようにして現れ、その一撃は素早くも強烈、狡猾。

 

 

 個々の能力では人狼に軍配が上がるとは言え、何よりも問題だったのはその数。小さな里に対して、50匹ほどの数が投入されていた。

 

 人狼の里を包む結界は既に無い。そもそも、戦いの始まりを告げたのが、超感覚を持つ筈の人狼の見張りの上げた声ではなく、結界が破られたその衝撃。

 

 堅固な結界を破るだけの何かがあったのか。それとも、破るだけの力を持つ何者かが居たのか。

 

「ふぅ。・・・ふむ、あらかた片付いたか」

 

「怪我人、死人共に無し。皆、修行だけは怠っていないようですな」

 

 ようやく落ち着いた辺りを見回し、長老が終わりを告げる。やってきた犬飼、犬塚達も、気は抜いていないが刀を鞘に納め、仲間を見渡していた。

 

「さて。一体全体何が狙いでござるか、こやつ等」

 

 犬飼が足元に転がるビッグイーターの死骸を鞘付きの刀でつつきながら視線を長老に向ける。

 

「自然な物とも思えんが、女子供に護衛としてつけた者達からも被害無し、と聞いておるからのぅ」

 

「陽動ですか?」

 

 顎鬚を扱きながら考え込む長老に、不図、思いついたように答える犬塚。

 

「だとすれば、本命はなんじゃ?」

 

「この里に、そんな大事な物があったでござるかなぁ?」

 

 辺りに転がるビッグイーターの死骸が完全にその生命活動を止めている事を確認し終えた犬飼も、懐から取り出した布で刃金を拭きながら合流する。

 

「・・・倉は?」

 

「「あ」」

 

「長老ー!倉が、倉が荒されてっ!」

 

 ぽん、と手を打ち鳴らす二人の後ろから、戦闘能力の低い女子供に、シロタマと一緒に護衛としてつけていた人狼の一人が慌てた様子で駆けて来る。その言葉は奇しくも長老の問いに対する答えとなっていた。

 

「中にあった八房と、犬塚殿のアレが無くなってますー!」

 

「「「なにぃぃぃっ?!!」」」

 

 三人は、顔を見合わせると慌てて倉の方角に駆け出していったのであった。

 

 辿り着いた其処には、無残に扉の吹っ飛んだ、里の宝が置いて「あった」古めかしくも重厚な倉が彼らを待っていた。

 

「無茶をしおる」

 

「こりゃ、よっぽどの馬鹿力がやったようだな」

 

「むぅ、厄介な」

 

 その入り口を塞いでいた分厚い鉄の扉は、今は少し離れた所に捻じ曲がり、中ほどから二つに裂けかかって無残な姿を晒していた。

 

「・・・長老、この匂い」

 

「ふむ」

 

 辺りを鼻を鳴らしながら探っていた犬塚の言葉に、長老も同じく匂いを嗅ぎ取り始める。

 

「・・・妙な匂いじゃな」

 

「ええ。・・・人と、魔と、蛇。それから、これは・・・っ?!」

 

「馬鹿な」

 

 三人とも、同じタイミングでその匂いを嗅ぎ分ける。驚愕と、焦りをその表情に乗せながら。

 

「・・・狼、でござるな。しかも、人狼の」

 

 犬飼の言葉が、闇の中に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い暗い闇の中。誰かが歩く音がする。

 

 足音は辺りの壁に反響し、前後に続く長い通路に木霊する。

 

 足音の主は、手に持った刀と篭手、頭環を弄びながら歩きつづける。左程も無くその前に、大き目の木製の扉が現れた。

 迷わずその扉を足で蹴り開け、中にずかずかと踏み込んでいく。

 

「メドーサ、居るか?」

 

「うるさいねぇ・・・静かにしてくれないかい?」

 

 其処は、広さにして少し大きめの広間、と言う所だった。その中には様々な機械が転がり、不気味な音を立てながらひたすらに何かをこなしている。

 

「おお、陰念君。首尾は上々のようだね」

 

 その部屋の中心近くに設置された、書類や細かい数字の書き込まれたメモ用紙を掻き分けて顔を出したのは、スーツ姿の、駅にでも立っていればそれなりのエリートに見えない事もない、目つきは鋭く顔は整っているが、どこか冴えない雰囲気を持った男だった。

 

 彼は不自然なまでににこやかな表情で陰念に歩み寄り、彼を上から下までじっくりと眺める。

 

「ふーむ、外見的には異常無し。どうやら、実験は成功かな?」

 

「まだだろう?」

 

 満足げに頷く彼の背後から、先程まで壁に持たれかけながら書類をめくっていたメドーサが何時の間にか現れ、彼に向かってそう言い放つ。

 

「・・・まぁ、確かにこれからが本番なんだが」

 

「特に問題はねぇよ。未だにこの敏感すぎる感覚には慣れねぇが、な」

 

 そう男に告げる陰念の姿は、以前のGS試験の時とは僅かに違っていた。体のあちこちを覆う鱗と、蛇眼はそのままだが、狼の尻尾が生え、爪や牙と言った部位の鋭さが増し、鱗に覆われていなかった部分を新たに白い獣毛が覆っていた。

 

 最早人の残渣はその形だけでしかなく。

 

 既にその姿は、人であることを捨てた、化け物。

 

 陰念は頭を振りながら、手に持った今回の作戦の収穫の一部を、メドーサと男性の前に差し出す。

 

「おら、人狼どもの群が後生大事にもってやがった刀だ」

 

「おや、そっちは出さないのかい?」

 

 方眉を跳ね上げ、愉快そうに陰念に尋ねるメドーサ。

 

「ふん。ほしけりゃ自分で取ってきな」

 

「結構。気に入らない匂いがプンプンするよ」

 

 たいして興味もそそられなかったのか、そのまま視線を男性にずらし、話かける。

 

「それで、どうなんだい?行けるのかい?」

 

「ええ。安定しているようですし、後はこの文献に載っていたように―――」

 

 男性は懐から一冊の本を取り出し、ページをめくる。「著:ドクター・カオス」とか書いてあったりする辺りが嫌な予感を掻き立てる。

 

「その刀を使って、魔力をかき集めるだけです。現在、スカリーの方が手頃な霊能力者を当たって居る所ですが、選定が終われば後は実行するだけですね」

 

「・・・魔狼、フェンリル。北欧神話に語られる、最古の魔獣の一体、か」

 

「怖気づきましたか?」

 

 唇を歪めて、男性に視線をやる。

 

「力が欲しい、と言ったのは俺だぞ?今更何を恐れる必要がある」

 

 後悔は無く、恐れも無い。

 

 在るとすれば、狂おしいまでの渇望と、歪み。それはもう戻る事は無く、ひたすらに螺旋を描いて進むだけ。彼は、鞘から妖刀を引き抜き、凄絶な笑みをその刀身に映し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳ですじゃ」

 

「あんたらねぇ・・・」

 

「兄上ー!」

 

「忠夫ー!」

 

「止めんかー!」

 

「シロ・・・父は、父はっ!」

 

「犬塚、刀を抜くなでござる」

 

「ええと、お茶は何人分・・・」

 

『ああ・・・また妙なのが私の中に』

 

「・・・成る程ね。妙な気配の原因は、人狼との混血だからか」

 

 人狼の里襲撃から一週間後。東京、GS美神除霊事務所には、忠夫の伝手を求めて其処を訪れた里の連中が騒いでいた。

 

 仕事が終わってご飯を奢って貰い、ご満悦で帰ってきた忠夫と、報酬が増額されてほくほく顔の美神、それを微笑ましそうに眺めるおキヌが事務所に帰ってきてみれば、玄関の前に佇む時代錯誤な格好をした和装の男性3人と、こちらは洋装で固めたシロタマが待ち受けており。

 

 忠夫が吶喊してきた二人を何とか受け流しつつ、里の皆を紹介し、なんとか事務所内で落ち着きを取り戻すまでに掛った時間が15分。

 

 長いと見るか短いと見るか、微妙なラインである。

 

 忠夫は未だにシロタマにじゃれ付かれているし、犬塚父はそれを見て既に鯉口切っており。茶を啜りながら犬飼ポチは注意するも、確実に止める気は無し。おキヌは全員分のお茶を入れ終わった後お茶菓子を探しに台所へ。人工幽霊は忠夫の同属が増えた事でちょっと焦っている。

 

 たまたま用事が在って美神の事務所を訪ねてきていた西条は、始めて忠夫に会った時から感じていた感覚を、そう言う事かと一人納得している。

 

 そして、一応それぞれのリーダーである美神と長老は、互いに向き合って今回の来訪の理由と話し合いをやっていた。

 

 長老は既に慣れているから隣の喧騒はスルーしている。美神が騒がしさにちょっと眉をひそめているがまだまだ許容範囲内であるからして、目が半眼になってしまう事以外は特に問題なく話は進んでいった。

 

「ふーん。つまり、その妙な匂いを持った奴が犯人で」

 

「うむ。しかも盗まれたのは八房という至極厄介な代物でな。・・・しかも、犯人は複数犯らしく、幾つもの匂いが残っておった」

 

「というと?」

 

 長老は、指折り数えながら現場に残っていた匂いを並べていく。

 

「まず、人間の匂い。それから、蛇のような匂い。」

 

「・・・へ~」

 

 このあたりで美神の霊感に嫌な予感が走り始める。

 

「それから、魔族」

 

「・・・ふ、ふ~ん」

 

 美神の霊感が、嫌な予感を全力で喚き散らしている。後ちょっと前の記憶もばんばん刺激していたりする。

 

「・・・最も危険なのが――人狼らしき匂いもあったと言う事」

 

「げっ?!長老、マジっすかそれ?!

 

 その言葉に忠夫はシロタマを払いのけて長老に話し掛ける。人狼の里で暮らしていただけのことはあり、八房を盗んだ相手の中に、人狼が居ると言う事の危険性を良く分かっているのだから当然と言えば当然なのだが。

 

「あー、ちょっと良いかな?僕の方からも、少し聞きたい事があるんだが・・・」

 

 其処に西条が、懐からメモ帳を取り出しながら話し掛けてくる。

 

「僕が此処に来たのは、少々妙な事件が起こっているからなんだよ。最近、そう、2,3日くらい前からかな。そこそこの実力を持ったGSが何人か、ある依頼を受けた直後に姿を消していてね。そのうちの一人が、霊刀で切りきざまれた、無残な姿で発見されているんだ」

 

「・・・動き出しておるか。どうやら、そちらの方とも無関係では無いようですな」

 

 苦虫を噛み潰した表情で、長老が西条と美神に向かって話し出す。忠夫はシロタマに引きずられて再び蚊帳の外へ。犬塚父の手の中で刀がかちゃかちゃと音を立てているが、一応まだ堪えている。

 

「妖刀『八房』・・・あれが、妖刀と呼ばれるのは、断じてその一振りで八つの斬撃を繰り出すという能力が理由では在りませぬ」

 

「充分すぎるほど厄介では、あるわね」

 

 ソファーの上で足を組み、頬杖をつきながら呆れた様に呟く美神。しかし、長老はそんな美神に向かって首を振ってみせる。

 

「あれは、『八房の剣』は大昔、人狼の天才鍛治が一本だけ作り上げたモノ。それは、切りつけた相手のエネルギーを取り込み、「狼王」の封印を破る為の起爆剤となるものなのですじゃ」

 

「狼王・・・フェンリル狼?!」

 

「左様・・・」

 

 長老は続ける。重い溜め息と共に。

 

「我ら人狼は、太古の魔獣の流れを受け継ぐ者達。「狼」は「大神」に通じる、強力な言霊でもありますじゃ。故に、八房とはその魔獣を開放するに最も手早い手段となり得てしまうんじゃよ」

 

「北欧の神話に語られる、まだこの世に神と精霊が満ち満ちていた頃に、数多の神を殺し、世界を滅ぼしかけた怪物・・・!!」

 

 何時の間にか長老の後ろに立って、左右に控えていた犬塚と犬飼も頷きを返す。

 

「その危険性、分かってもらえたようでござるな」

 

「人狼の匂いを持った者の狙いは、確実にフェンリルの血の開放。世界が滅びるかもしれん以上、捨て置く訳には行かんからな」

 

 5人は視線を交わし、頷きあう。そして、

 

 

「―――で、報酬は?」

 

 美神のその一言で他の4人がよろめいた。

 

「せ、世界が滅びるかもって時に何を言い出すんだい令子ちゃん?!」

 

「それはそれとしてー。依頼でしょ、これ」

 

 ソファーから立ち上がり、輝く笑顔を魅せ付けながら。

 

「なら、契約はきちんとやっとかないと、ね?」

 

 ウインクを送って来る彼女に、西条は掌で顔を抑えて疲れたように溜め息を吐き出した。人狼達は人狼達で3人しゃがんでコソコソと話し合っている。

 

「・・・うちの里に伝わる、隠し銀山の位置でどうじゃ?」

 

「オッケー。それじゃ、いっちょ頑張ってみましょーかねー」

 

「軽い、軽いよ令子ちゃん」

 

 何となく達観してしまった西条は、頭を振り振りとりあえず、他の戦力になりそうな面子にでも当たってみようかな、と考えていた。不図、辺りを見回す。

 

「そう言えば、横島君とあの子らは何処にいったんだい?」

 

 忠夫とシロタマ、おキヌが何時の間にか消えていた。

 

『女の子達に散歩だとかご飯だとかで引きずられていきましたが?』

 

 何処からとも無く響く声。どうやら、人工幽霊一号は気付いていたようである。止めないあたりがなんともはや。それを聞いた西条はすとんと肩を落とした。

 

「・・・もうちょっとこう、何と言うか。いや、もう良いよ」

 

 溜め息をつくと幸せが逃げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減止まらんかー!」

 

「久しぶりの散歩でござらんか~」

 

 シロに襟首を掴まれて、ひたすらに道路を引きずられていく忠夫。と言うかその体が殆ど地面と平行になっており、鯉のぼりのようである。

 

「何処まで行く気じゃー!」

 

「・・・とりあえず、女狐が来ない所まででござるよ~」

 

 全力で街中を駆け抜けるシロの後方には、幽霊の少女とタマモが必死で追いすがっていた。そちらの方を見もせずに、ひたすら直線に走っていくシロ。交差点のあたりは大きくジャンプして車が来ても大丈夫なようにしているあたり、長老の苦労もほんの少しだけ報われているようだ。

 

 そもそも街中でそんな事をしちゃいけないのだが。

 

「まてー!シーロー!忠夫は置いていきなさいー!」

 

「嫌でござる~!!」

 

 更に加速しながら高速で曲がる。遠心力で忠夫の襟首がちょっとずれて首に食い込み、酸欠に陥っているのに気付かない。

 

「横島さん、大丈夫ですか?」

 

 空を飛んで道をショートカットし、なんとか先回りしてきたおキヌが忠夫に捕まりながら話し掛ける。

 

「だ、大丈夫じゃないぃ・・・」

 

 そう言い残し、忠夫は土気色の顔で落ちた。

 

「横島さーん?!」

 

 南無。

 

 

 とは言え一応緊急事態。彼女曰く「散歩」も程々に切り上げ、夕闇迫る街路を気絶した忠夫を担いで事務所に向かう。

 

「ふんふんふ~ん」

 

「・・・タマモ、そろそろ疲れてきたのではござらんか?」

 

「ぜんっぜん!」

 

 鼻歌交じりに忠夫を背負い、シロの物欲しそうな視線と言葉も何のその。タマモは上機嫌に歩いていく。

 

 自分よりも小さな女の子に背負われて、しかも街中、帰宅時間真っ最中。人目は多く、殆どの人々が笑いを堪えたり、微笑ましそうに見ていたり、驚いたように一瞬固まって通り過ぎて行ったりしている。

 

 起きた時にどう説明した物か、おキヌが悩みながらふよふよと付いていく。

 

 幸いなのかどうかは知らないが、忠夫が事務所に辿り着くまで目を覚まさなかった事と、結局タマモが一人でずっと背負っていた事は記しておく。

 

 

「遅いっ!」

 

「いや、今回俺はなーんも悪くない気が・・・」

 

「煩い!霊能力者狙いの危ない奴が居るんだからとっとと帰ってくるのが当たり前でしょ?!あんまり心ぱ―――あー、もうっ!!」

 

「まぁまぁ、美神さん」

 

 

 何時も通りと言えば何時も通りな光景の後。

 

 とりあえず行方不明のGS達の情報をかき集め、また最後に受けたと思われる依頼を協会のほうからも当たって貰った西条が報告する。

 

 結論から言えば、協会のほうからは大した情報を得る事が出来なかった。

 

「GS協会を通さない依頼ねぇ・・・やっばい匂いがプンプンするじゃない」

 

「それでも彼らにとっては、魅力的に過ぎる報酬でも提示されたのだろうさ」

 

 また、GS達の情報でも、特に共通点は見つからなかった。強いて言えば―――

 

「へー。そこそこ、だけどそんなに強くは無い相手を確実に選んでるみたいっすね」

 

「ああ。GSはそんなに大量に居る物じゃないが、情報さえあれば確実にその力を知ることができるからね」

 

 力量不足が、即、最悪の結果につながる職業であるからして、個々の能力自体はそれなりに把握されている。また、どのような依頼をどのようにこなしたのか、なども報告書をGS協会に上げる関係から、在る所には在る情報となってしまっている。

 

「つまり、GS協会の中に関係者がいるってことっすか?」

 

「いいえ、そうとは限らないわよ。依頼者の方だって誰に依頼するかを選ぶんですからね。ある程度の情報は簡単に得られるし、別に馬鹿正直に怪しい内容の依頼をしなくても」

 

「成る程。後で直接本人のところにでも出向けば良いって事っすね?」

 

「ま、口止め料込みとか言って多額の報酬でも約束したんでしょーよ」

 

 除霊の依頼自体は数多くあり、依頼者が個人であろうが会社であろうがそれなりに報酬とGSの実力を比べてから、GS協会に依頼しに訊ねて来る。GS協会が依頼の斡旋をしているのも確かである事から、調べれば有力な情報も出てくる可能性が在る。

 

 とは言え、当然の如く膨大な数の資料と格闘してから求める情報を引き出す必要も出てくる。

 

結局の所、尻尾を掴むには、

 

「時間が足りないわね・・・」

 

 何時フェンリルが復活するとも限らない状況で、呑気に紙と睨めっこしている訳にも行かず。

 

「情報を集める傍らで、こっちの罠に引っかかってくれるのを待つだけ、か」

 

 苦々しげな西条の一言でとりあえずの方針は決定となった。

 

「既に何人かのGSに声を掛けてある。怪しい、高額な依頼がきたら直ぐに連絡を入れてくれるように、ってね」

 

「よくオカGに協力してくれたわね。商売敵なのに」

 

「ま、伊達に命懸けで公務員やってないさ」

 

 美神に余裕でウインクし、そう嘯いてみせる西条。忠夫達は既に西条が集めてきた資料検索を開始しているが、そもそもそういった事がどう見ても得意には見えない連中である。

 

「長老~、これなんて読むんだ?」

 

「ふむ。英語は分からん」

 

「それっ!」

 

「くっ!拙者の紙飛行機の方が飛ばんとはっ!」

 

「タマモばっかりずるいでござるー!」

 

「うっさいわね!燃やすわよ?!」

 

『火事はイヤーっ!お願いだから止めて下さいっ?!』

 

 騒々しい。ひたすらに無駄な努力をしているどころか、ほぼ過半数が既に別の事をやっている。

 おキヌが少々トラウマっているのは秘密だ。誰のせいかは言うまでもないが。

 

「一応機密書類なんだから、そうむやみに扱わないでくれっ」

 

 西条も、さっきまでの余裕が欠片も無し。慌てて隣の部屋に駆け込んでいく。

 美神はそれを見送り、溜め息をつきながら。

 

「・・・全く。人狼っていうのはあんなんばっかりなのかしら?」

 

 それはまともな人狼に失礼だ。居ればだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ」 

 

 さてさて始まる月の宴。

 

 夜に吼える狼が、凱歌を歌う魔の者が。

 

 闇に落ち行く一人の人間が、人と妖の狭間にある者が。

 

 手に手を取って踊り狂う。

 

 狼、神、魔、蛇、そして人。

 

 魔を鎧うあの術を、人が使って魔に堕ちた。

 

 人を嫌う狼が、人を好いて証を創った。

 

 彼らの先にある物が、彼らに何かをもたらす時。それが始まりそして終わり。それでも、いや、「だからこそ」彼らは求めるのだろう。

 

 

―――君が求める終わりとは、なんだい?

 

―――僕達が求める始まりとは、一体なんだと思う?

 

 

 

 

―――ああ、いい月だ。

 

―――それでは、再び会う時が来る事を祈って。

 

―――良い夜を。

 


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