月に吼える   作:maisen

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第三話。

「ふぃ~~~」

 

 ひとまず追手を撒いた忠夫は、土木作業で土と汗で汚れた身体を綺麗にし、ついでに匂いを消して追跡を難しくするために、三年前の大冒険で見つけた温泉に入っていた。

 

「あ゛ぁぁぁぁ~、風呂は命の洗濯じゃぁ~」

 

今宵は新月、月のない夜。

 

「お~い、タマ~?」

 

とは言え、地上に光溢れる都会と違って、ここは元々自然の光だけの深い深い森の中。

 

「気持ちえ~ぞ~。入らんのか~?」

「グルルルルッ!」

 

月は無くとも星の光が天を満たし、そして半分だけとはいえ人狼たる彼と、その相棒である“彼女”には十分すぎる光であった。

 

「うおっ!?何でそんなに怒るんだよっ!」

「グルルルルッ!」

「わかった!わかったって!もう何も言わんからそのまま岩の後ろに居ろって!」

「…コン」

天然の温泉、当然のごとく露天風呂に肩までつかってリラックスする半人狼の青年と、一匹の、九本の尾をもつ狐を照らし出す。

 いくら追手は全滅させたとはいえ、まだまだ本命とも言える里の凄腕達はその姿を見せてはいない。ゆえに、油断することなくこうやって念には念を入れて匂い消しまで行っている。

 

 

 

「…キューン」

「い~い○だな♪ ハハン♪」

「…コン♪」

 

筈なのだが、緊張感の欠片もないのはきっと彼の性格ゆえなのだろう。

 

 

 

 

 

 温泉から上がった青年、「犬飼忠夫」は、体をしっかりと隅々まで吹き上げると、全裸のままで先ほどまで身に着けていた服をリュックサックの中から引っ張り出したビニール袋に包み、口を縛って地面に置く。

 

「とりいだしましたるは何の変哲もない洋服でござ~い」

 

 続けてリュックサックの中から軽い口調でジーパンと一揃いの上着、肌着を取り出す。

 

「コン?」

 

 どこかの岩陰から狐の声が聞こえたが聞き流しつつ

 

「なんとこれは今まで一度も袖を通したことのないまッさらの新品!」

 

 ごそごそとその服を身につけ――

 

「これで匂いで見つけられる心配は無い! 完璧っ! ぐっふっふ…己の知略が恐ろしい」

 

 額に真っ赤なバンダナを巻いて耳を隠す。尻尾は窮屈だがズボンの中、足に沿わせて何とか隠す。

 

「よっしゃ! 偽装も完璧!」

 

おずおずと岩陰から顔を出した狐は、どこか未練がましい…まるで『折角なのだから恥ずかしがらずに一緒に温泉につかれば良かったなー』『ついでに裸とか見とけばよかった…いやいや流石にはしたない…』とか微妙に邪な感情でもやもやとしながら、伸ばされた手を掛け上がり青年の頭に陣取った。

 

 

 

 

 

 

一方その頃人狼の里では―――

 

「…ああ、沙耶。今そっちに逝くよ」

 

「待てー! 早まるなポチっ!」

 

「薬ー! 医者ー! 衛生兵はまだかっーー!!」

 

「待ってください! 他にも玉葱中毒の患者が多すぎて手が回りません!」

 

「くっ! だからあれほど拾い食いはするなと言っておったろうが!」

 

「嗚呼、光が見えるよ…沙耶、もう少しだけ…」

 

「ポチィィィィィィィィ!!!」

 

「あ゛~~~~頭痛い。飲みすぎたか」

 

「何でお前はそんなに落ちついとるんだ犬塚ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「長老…元気いいですねぇ。拙者、二日酔いで、もーグダグダ」

 

「親友の危機だろうが少しは慌てんかこの薄情もーん!!それにまだ当日じゃぁ!!」

 

「あ、それじゃ1日酔い?語呂が悪いなぁ――って、うわたたたた!! こんなとこで霊波刀なんて振り回さないでくださいよ!」

 

「これ以上怪我人を増やさないでくださーーーい!!」

 

――壮絶で混沌とした状況だった。追いかけ回す老人の足元で、ポチの口からは既に魂が半分ほど出ているくらいには。

 

ともあれそれから暫く経って。

 

「ふう。何とか全員峠は越えたか」

 

「ええ。何故か私は手当てして貰えませんでしたが」

 

 隣の部屋ではいまだに呻き声が聞こえているが、とりあえず落ち着いたようである。

 

「バカと二日酔いにつける薬はないわい。それはそうと」

 

「なんですか? 長老」

 

 二日酔いで痛いのか、それとも長老の霊波刀が痛かったのか、頭をさすりながら、男は座ったまま隣に立つ長老を見上げた。

 

「お前の娘はどうした? この騒ぎで出てこないとは、よっぽど寝入っとるのか」

 

 ん?という感じで不思議そうな顔をした犬塚家の大黒柱は、

 

「っ!!!」

 

 何かに気付いたのか、慌てて娘の部屋に向かって走り出し、いきなり部屋の扉を空け、

 

「…これはっ!」

 

 布団の上に置いてある紙切れに目を通して、そのまま膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

『駆け落 多分武者修行とかしてくるでござる。探さないでください。 シロ』

 

「シロォォォォォォォォぉ!」

 

慌てて書き殴ったのであろう、走り書きの上に雑な書き置きに、そしてあんまり隠そうともしていない己が娘の本音に、慟哭混じりの悲鳴が父親の喉から迸ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クンクンクンクン…む、匂いが薄れてきたでござるな…」

 

 父親が彼女の名前を叫んで今にも家から飛び出そうとし、慌てて様子を見にきた長老とおもいっきりぶつかって二人揃って悶えていた丁度その頃。

 

 

「甘いでござるよ、拙者の鼻は追跡と狩りに優れた狼の鼻」

 

 

 新月の闇に紛れながら、少しずつ忠夫との距離を縮めつつある、一人の少女の影がある。

 

 

「狙った獲物は逃がさんでござるっ!!」

 

 

 

 

 

 

「っ! なんだ今のプレッシャーは?!」

「コン?」

 

 急に乗っていた頭がきょろきょろと何かを探すように動いたので、驚いたのか頭上の狐は忠夫に疑問の籠った鳴き声を駆けた。

 対して少年は鳥肌の立った両肩を両手でさすりながら、台詞に比べて警戒するでもなく変わらず不思議そうに周囲を見回している。

 

「あ、いや、なんと言うか…真っ赤な鎖が追ってくるというか、むしろ桃色のごっつい首輪?というか」

 

「…コン!」

 

 その台詞を聞いてどんな考えに至ったのやら、忠夫の頭から飛び降りた狐は、一声鳴くと先導するかのように忠夫を振り返りながら急ぎ足で駆けだした。

 少し進んだ先で、急かす様にその尻尾が揺れている。

 

「ついてこいってか?」

 

「コン!」

 

「…まぁいいか、行こうか、タマ!」

 

「キュ~ン♪」

 

頼られて何処となく嬉しそうな顔をしたタマは、張り切って走り出した。

 

だがしかし、追跡者はその逃走する者達を嘲笑うかのように速度を上げていく。

 

行く手を阻む草木を薙ぎ払い、

 

「近いでござるな…」

 

殆ど崖に近い急斜面を駆け下り、

 

「…もうすぐ」

 

そのままの勢いで大跳躍し―――

 

「――見つけたでござるっ!」

 

 彼女は、その卓越した人狼ならではの運動神経で空中で体を捻り、着地地点を調整。

 

 目標地点は狙う獲物の眼前。そこに狙いを外すこと無く、勢いよく、だが殆ど音を立てることなく彼女は見事に着地した。

 

「兄上っ!!」

 

「うおっ!! おまっ!! …シロかっ!!」

 

 突如空から降ってくるという荒業をかました銀の髪とその中に赤い一房の髪を持つまだどこか幼さの残る――数年もすれば、間違いなく美女となるであろう素材に恵まれては、いる――少女は、

 

「ぬぁぜでござるかっ?!」

 

 とりあえず主語もない色々足りない台詞をかましつつ

 

「ぐおっ!! くるしっ…死ぬッ、マジでマジでっ…ぎぶぎぶぎーぶ!!」

 

 結果として容赦なく青年を締め落としにかかったのであった。

 

 

 

 

 

 すったもんだと色々あって、しばしの時間の後、顔色が紫を通り越して土気色に変わった青年が何とか生還した時の第一声は、苦しみや辛さとは不気味なほどにかけ離れていた。

 

「…綺麗な川があって、笑顔で中指立ててる母上がいて、恍惚の表情でそっちに行こうとしてる親父がいて、気持ち悪かったからぶん殴って引き剥がして蹴り転がした所で目が覚めたんだが」

 

 

 犬飼ポチ、九死に一生スペシャルであった。まだ生死の境を彷徨っていたようである。

 

 もうコリゴリさ! 二度と玉葱を丸齧りなんてしない(されない)よ! ただ息子は必ず〆る。必ずだ。

 

 

 

 

「しっかし、よく俺の場所がわかったなぁ。完璧に匂い消したつもりだったのに」

 

「へ?消えてないでござるよ?」

 

「え?何処に匂いがあるんだ?」

 

「その背中のばっぐでござる」

 

「…あ」

 

「…コン」

 

 忠夫、痛恨の失敗。同じく気付かなかったタマは素知らぬ顔でそっぽを向いていた。相棒同士、一緒にどこか抜けていたようである。

 

「…で。何故里を出たでござるか?」

 

「嫁探し」

 

 即答。即、答える。質問の終わりと返答が被っていた位に素早い返事であった。何故かとてもイイ笑顔で、親指を立てて答える忠夫の前には、「へっ?!」という顔で只固まる人狼の少女と…「聞いてないわよっ!!」という顔でなんだか危険な雰囲気をかもし出している狐がいる。

 

「ん? …どうしたんだお前ら」

 

「嫁探し…でござるか?」

 

「コン?」

 

 星明りにかすかに照らされた周囲の空間が、僅かに暗くなったように感じられた。雲でも出て来たか、と不思議そうに見上げる彼の視界に、小刻みに震える二人の姿は映ってはいない。

 

「ああ、そうだけど?」

 

「な・ん・で里の外に探す必要があるのでござるか?」

 

「…」

 

「そりゃお前、里に相手がいないからだろうが」

 

 轟、と音さえ立てて、二人の体から曰く言い難い圧力のようなものが吹きあがる。この時点で、忠夫は漸く異変に気がついた。

 

「…ほぉう」

 

「…」

 

 不幸なことに、それはもはや手遅れだと言う事であるが。

 

「…なあ、シロ?タマ?」

 

「何でござるか♪」

 

「コン♪」

 

 忠夫は物理的な寒ささえ感じていた。その元となるのは、妹分であるはずの少女と、先ほどまで頭にのっけていた小さな相棒の視線だ。

 

 

「なんだかスッゴク嫌な予感がするんですが?」

 

「……」

 

「……」

 

 片や両の手に力を込め、ポキポキとその細さに見合わぬ音を立てる少女。片や絶対零度の視線を込めながら、ゆらゆらと揺れる火の玉が幻視できる子狐。

 危険度では同じくらいであろうか。ストップ高だが。

 

「それに冷や汗が止まらないんですがぁああああ!?」

 

「流石兄上♪ 鋭い直感は人狼の特徴の一つでござるよ♪」

 

「コン♪」

 

 暗い森に、断続的な轟音と爆炎が生まれ、最後の締めとばかりに大木を薙ぎ倒しながら斜め45度で忠夫と言う名の砲弾が発射された。

 

 

 

「なんでじゃぁぁぁぁぁぁ…!」

 

 

 

そしてそのまま、彼は、忠夫は夜空を飾る一筋の流れ星になった。

 

 

 

「…はっ!しまった!逃げられたか!!」

 

「コンッ!?」

 

 え、それだけ? と、真横で思いっきり火の玉を投げつけて爆発させていたのにも関わらず、自分の存在をが目に入っていないと言った反応をされて、こんな状況ながらも子狐は少女が少し心配になった(頭の出来的な意味で)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某温泉・女湯―――

 

「いや~今回の仕事は楽だったわね~」

 

 グラマラスな女神、と言う言葉を体現したかのような体を伸ばし、缶ビール片手に温泉につかりながらくつろぐという贅沢をしている女性。――美神令子がそこにはいた。

 

 母親譲りの美貌と、悪霊との戦いの中に身を置きながらも陰る事の無い、宝石にも似たその華のある雰囲気。少々きつめの顔立ちながら、「絶世の」と呼んでも差し支えのない女性である。ちゃぽん、と音を立ててつかり直した彼女の胸元は、豊かさを表すかのようにお湯に浮かんでほのかに赤く染まり、何とも云われぬ色香を醸し出している。

 

「おキヌちゃんって言うかなり安くて便利な助手も新しく事務所に入ることになったし、まさに棚から牡丹餅落ちまくりねー。ほーっほっほっほっ!」

 

が、口を開いた瞬間に、その色香を超えて守銭奴オーラが漏れだした。もしもこの場に命知らずな覗きが居たとしても、ドン引きするか、玉に瑕と見た目だけを楽しむ事に切り替えるか、と言った程度には台詞と雰囲気が銭臭い。

 

「美神さーん!」

 

 そこにまた一人、先ほどから独り言を喋っていた女性とはまた違う雰囲気をもった女の子――女性と言うより、女の子と言った方が正解だろう。特に美神と比べれば――が現れる。

 

 先ほどの女性を綺麗、と表現するのなら、こちらは可愛い、清純と言った言葉が似合う。隣にふよふよと浮かぶ人魂と、地に着かない足、時代錯誤というか場所を考えない巫女装束を除けば、の話であるが。

 

 とは言え、どちらがどう、でなく、どちらも(少なくとも外見的には)大変魅力的な、と言うにふさわしい二人である。

 

「ど~したの、おキヌちゃん?」

 

「さっきすっごい爆発があったんですよ! あっちの山の方で! 聞こえませんでしたか?!」

 

ぶんぶんと手を振ったり遠くの山を指さしたりと忙しい少女であったが、美神と呼ばれた女性は半眼で指された方向をちらりと見ると、興味なさげに再度缶ビールを呷って最後の一滴を口に落とす。

 

「あ~、別にいいわよ。依頼受けてないし、お金になんないし」

 

「美神さ~ん!」

 

突然であるが、物理法則と言うものがある。

 

「困ったことがあったならまた依頼が来るわよ」

 

あくまでその中の一例ではあるが、極々単純にぶっちゃけた話。

 

「えー、でもー」

 

――おもいっきり投げたボールは。

 

「そしたらまた儲け話ね♪」

 

――いつか必ず地面に落ちるのである。

 

 

 

 

 それに気づいたのは美神だった。夜空を切り裂き、火の玉が落ちてくる。湯船に横たわらせていた身体を跳ね上げ、手近なバスタオルを引っ掴んで身体を隠し、戦闘態勢をとろうとして、気づいた。

 

 道具が無い。神通棍も、破魔札一枚も、無い。舌打ちしながらイヤリングとして身につけている精霊石に手を伸ばす。

 

 コストパフォーマンスは最悪かもしれないが、自分の命よりも高い物などこの世には無いから諦めもつく。…つかないかもしれないが、いや絶対つかないが、その時は相手に地獄の鬼も土下座するような責め苦を味あわせてやろうと心に誓う。

 

 そうこうしているうちに、それは何物にも遮られる事無く、温泉の湯船に着弾した。

 

 床のタイルに走る罅、巻き上げられ、撒き散らされる温泉の湯、吹きあげられた湯気は、彼女達の視界を一瞬にして奪う。

 

「くっ! いったい何よ?! 私に喧嘩を売ろうなんて、いい度胸してるじゃない!」

 

「美神さん! あそこに、誰か居ます!」

 

そして――彼らのファーストコンタクトは

 

 

 

「嫁に来ーい!!!!!」

 

「死ねこのハリウッド級アクション痴漢!!!」

 

 

 

 火花を散らすような、電光石火の右ストレートから始まった!

 

 

 

 さてさて、やっぱり彼らは出逢うのか。ただの偶然?―――それこそマサカ、だ。在るべくして出会った。それだけのことだよ。そう、それだけの、只、其れだけの―――

 

 いや少々興奮して、喋りすぎてしまったようだね。 まぁいいさ。たまにはこんな時もある。それでは

 

――良い夢を

 




なんだってボビー、狐はコンと鳴かない? HAHAHAHAHA! 妖怪のせいだよ! 何もかも妖怪のにしとけばいいのさ!

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