月に吼える   作:maisen

37 / 129
第三十六話。

 

「…ではな。中々に上手いお茶であった」

 

「え?あ、ありがとうございま、ってカオスさん!」

 

 カオスは、おキヌが淹れたお茶をゆっくりと飲み干し、玄関に向けて立ち上がる。

 

 時刻も時刻であるから帰宅するぞ、と言ったその姿には焦った様子が欠片も無い。それをおキヌが慌てて引き止めにかかる。当然である。まだまだ何の説明も無いのだ。

 

「なんじゃ、ワシはこれでも多少は忙しいんだがのぅ」

 

「そうじゃなくって!!マリアさん、美神さんと横島さん連れて消えちゃったんですよ?!説明してください!!」

 

「そう言われてものぉ・・・」

 

 

 カオスを威圧しながら迫ってくるおキヌ。かなり混乱しており、少なくとも素直に帰らせてくれるとも思えないが――問題は、カオスさえも何を考えて「あの」マリアが先程の行動を起こしたか、が判らないという事だ。

 

 美神達の姿が消えた原因は、おそらく横島か美神のどちらかが『瞬間転移』の能力でも持っていたということであれば説明がつく。

 

「カオスさん?!きーてますか?!」

 

 何故、それが今此処で発動したのか。鍵はあのスタンガンだろう。おそらくそれが発動条件かエネルギー源のどちらか、若しくは両方の筈。ならば、何故「あの」マリアはそれを知っていたのか?それをワシに秘密にする理由はなんだ?

 

「カオスさんっ?!・・・もう、こうなったら」

 

 そして、最大の問題がある。

 

 

 今、ドクター・カオスの研究室で眠る、マリアに不足していた、メタソウルの欠片を渡した「もう一人のマリア」は、一体何処から来たのだ?

 

 

 まさか、な。

 

「えいっ」

 

 突如としてカオスに走る頭部の痛みと水の冷たさ。そして瀬戸物が割れる音。

 

「うごっ?!」

 

 思考の海を潜っていたカオスの意識は、突然走った衝撃に無理やり引き戻される。

 

「あれ?」

 

「何するか小娘ぇぇっ?!」

 

 振り向いたカオスの目に写ったのは、壊れた花瓶を持って額に冷や汗を垂らしながら困ったように笑うおキヌであった。

 

「叩いたら直るかなって」

 

「わしゃ壊れた電化製品じゃないぞ!」

 

 壊れた電化製品でも花瓶で撲殺しようとはしないだろう。おキヌ、どうやらずっと無視されてかなり怒っていた様である。

 

『――分析完了しました。超局地的な時空震を感知。時間移動の可能性、97・8%!!』

 

「ど、どういうことなんでしょうか?」

 

 突然部屋に響き渡る人工幽霊一号の声。彼にしては珍しい事に、その声には焦りの色が濃く現れていた。良く判らない単語の羅列に混乱したおキヌは、とりあえずカオスに聞いてみる。

 

 カオスは、とても面白そうな表情で―――。

 

「ふむ、これで謎は一つ解けたか。やれやれ、と言うことは・・・昔のワシにでも、会いに行ったか?いや、違うか。なるほど、ふーむ。とすると・・・」

 

「カオスさんー?!」

 

「ま、ええか」

 

 再び椅子に座ってくつろぐ事にしたようだ。ドスッと腰掛け、大きく溜息をつく。

 

「娘の一人旅か。長くなりそうじゃのぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、マリア?」

 

「イエス。ミス美神」

 

「此処は何処なのよ」

 

「北緯・46度22分17秒、東経・10度41分03秒。スイス・イタリア国境付近です」

 

「・・・説明しなさい。今すぐ。一体何がしたいのかをっ!!」

 

 辺りは真っ暗な森に囲まれていた。しかも人家のある様子が全く無い、道も無い、ましてや除霊が終わって一息ついたところであったから、荷物も無い。有り体に言ってかなりとんでもない状況である。マリアや半人狼にしてサバイバル技能もちの忠夫ならともかく、体力に自信があるといっても完璧に都会人の美神はこういうところは性に合わない。

 

「・・・お、キノコ見っけ」

 

「横島さん・それは・食べられません」

 

「あちゃー。知らない茸だったからもしかしてと思ってたけど」

 

「あんたらねっ!」

 

 何時の間にか起き上がって辺りをごそごそと探っていた忠夫が、一見普通の椎茸のような茸を発見し、それにマリアが危険を告げる。基本的に知らない茸は食べちゃいけないというのが当然だから、忠夫は迷わずそれをあっちに放り投げた。

 

 美神は美神でそんな呑気な二人を見ながら地団太踏み踏み。

 

「マリアッ!いい加減にこっちの質問に答えなさい!」

 

「あ、ちなみに・現在時刻・11月2日・22時28分58秒・です」

 

「それが一体なんだっ―――」「西暦・1242年の・ですが」

 

「「はぁ?!」」

 

 思わず固まる忠夫と美神。一瞬何の事やら分からない様でフリーズしていた美神は、勢い良くマリアに向かって迫る。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! なんで私がこんな所に来なきゃならないのよ?!」

 

「詳しくは・お答えできませんが・一つだけ」

 

「なによっ?!」

 

「それが・最善と・マリアが・判断したから・だそうです」

 

 マリアは無表情にそう告げる。それは、感情が無いから無表情なのでは決して無い。育ち始めたそれを、メタソウルの混乱が、感情の暴走を引き起こさないように、必死で押さえつけているからこその無表情。

 

「マリアー?俺は何で?」

 

「・・・・・・すいません」

 

「え、いや、謝らんでもいいんやけどっ!」

 

 だから、巻き込んでしまった。本来ならば、美神とマリア自信だけでも充分な筈のこの行動に。データリンク――メタソウル同士の共振によるそれ――では、互いに破損部分が在った為に充分な情報が得られなかったが、それでも、彼を巻き込む必要性は感じられなかった。

 

「マリア、気にせんでいいからなッ?!」

 

「イエス。横島さん」

 

 それでも、彼がいてくれる事が嬉しいと感じてしまって。申し訳ないけれども、彼の必死さを見て思わず笑顔を浮かべる事を――楽しいと感じています、ドクター・カオス。

 

 

「・・・つまり、説明する気は無い訳ね」

 

「イエス。ミス・美神」

 

 腕を組んでマリアを睨みつけながら凛と立つ美神と、その視線を真っ向から受け止め小揺るぎもしないで毅然と立つマリア。忠夫は少し離れた所まで、辺りの偵察と言って逃げた。

 

「それで私が納得するとでも?」

 

「ノー。その可能性は・ありえません」

 

「へぇ?」

 

 美神の額に井桁が増える。段々と気迫が増してきて、気のせいかマリアの目には、美神の背後の風景が歪んで見えたという。

 

「じゃ、どうするつもりなのかしら?」

 

「納得してもらう・必要は・ありません。何故なら―――」

 

「何故なら?」

 

 片眉を跳ね上げ、瞑目するマリアを見る。彼女は、どうやらセンサーのような物を使用しているらしく、アンテナがくりくりと動き、忙しなく彼女から機械音が聞こえてきている。

 

 そのアンテナが一瞬全ての動きを止め、目的の物を見つけたようにマリアが目を開く。

 

 そして聞こえてくる誰かさんの悲鳴。

 

「たーすーけーてーくーれぇぇぇぇっ!!」

 

「横島さんが・トラブルに・巻き込まれる確率が・非常に・高いから・です」

 

「・・あんの馬鹿」

 

 

 額を押さえて溜息をつく美神。諦めが多分に含まれている辺り、彼女も忠夫の”そういう”所は十二分に把握できていたのだろう。

 

 

 繁みを突き破って現れたのは、先程まで辺りを偵察してくると言って離れていた忠夫と、それを追いかけてきた、高さだけでも2Mは優にある、石でできた怪物―――胴体は獣のようでありながら、両腕の代わりに鳥の羽、頭部も烏の様なそれ、両足も鳥の様で、鋭い爪を備えたガーゴイルと呼ばれる動く石像だった。  

 

「動く石像の怪物」と呼ばれるそれは、新たに増えた獲物たちにも狙いを絞る。

 

 

「中世ねぇ・・・いくら何でも、こんなやつらがうろついてるなんて初耳ね」

 

「ノー。ミス・美神。アレは・自然に発生した存在では・在りません」

 

「そんなこたー見りゃ分かるわよ。ご丁寧に尻尾に製作者まで書き込んであるわ。あれとそっくりな奴、見たことあるのよねー。メドーサの所で、ケルベロスタイプだったけど」

 

「では?」

 

 話しながらも、二人は完全に戦闘態勢に移行する。美神は常日頃からもしものために身に付けている神通棍を伸ばし、マリアは重心を低くして飛び退く体勢を整える。

 

「・・・美神さーん!これ効果ありそうっすかー?」

 

 忠夫は何故か、何処から見つけてきたのか何時もより一回り大きな石を・・・と言うか岩を抱えて近くの小高い木を指差す。何となく何がやりたいのかわかってしまった自分を情けなく思いながらも、勝手にしなさい、と言う意思を篭めて手を振ってやる。

 

 忠夫はどうやら生き生きと木の上に上っていたようだ。

 

「あー、つまりね。どうやら、此処、魔族がなんかやってるんでしょ?」

 

「・・・正解・です」

 

「グロォォォッ!!」

 

 ガーゴイル――鳥のような、直立した鷲、と言った感じのその怪物は、一声上げると美神達に向かって突っ込んでくる。

 

 美神は、それをかわしつつも神通棍を振り上げ、マリアは足止めのために後ろに飛びのきながら腕から飛び出した銃をガーゴイルの着地地点目掛けて乱射する。

 

 乱射された銃弾は正確に顔に集中し、その表面を削る。一発一発は殆どダメージになっていないが、流石に集中して削られる事を嫌がってか、羽が持ち上がり、ガーゴイル自身の視界を塞ぐ。

 

 その瞬間を見逃すはずもなく、懐に潜り込んだ美神が足首を狙って神通棍を振った。

 

「かったー!装甲厚すぎて、神通棍じゃ歯が立たないわねッ!」

 

 無防備な所にぶち当たった美神の神通棍は、硬い音を残して跳ね返される。何時ぞやのケルベロスの時のように、霊力を弾く素材ではなく、純粋に装甲で弾いてしまったのだ。

 

 こうなると、火力と言う点で少々美神では手に余る。道具でも在れば話は全く別であるが無い物ねだりをしても仕方が無い。

 

――ならば、馬力のある奴を全面に押し出して、こちらがサポートに回るのが一番効果的! そう判断した美神は、数枚の破魔札投げてをガーゴイルの顔に張り付け、その視界を完全に塞ぐ。

 

「マリアっ!」

 

「イエス。ミス・美神!」

 

 美神がマリアに声を掛けて飛びのくと同時に、目を塞がれたガーゴイルに向かって横合いから接近したマリアが、全力で蹴り飛ばす。

 

「ふっ!!」

 

「グギェァァァァッ!」

 

 その一撃は、着弾と同時に爆発を巻き起こし、見事にガーゴイルの左の羽を根元からもぎ取った。そして其処に―――

 

「おりゃぁぁっ!!」

 

「もいっちょ!喰らいなさいっ!」

 

 やたらと重たい音を立てて、忠夫と彼が抱えた岩が、ガーゴイルの頭部にめり込んだ。それは重力とそもそもの質量、そして動きが固まった瞬間に美神がその岩を神通棍で真上から殴りつけ、更に衝撃が襲い掛かる。首には罅が入り、もはや痛みのためにあがる声さえも無く。

 

 ―――ガーゴイルは、そのまま崩れ落ちた。

 

「おわー?!」

 

 忠夫を巻き込んで。ガーゴイルをぶったたいた衝撃で自分の手も痺れ、、硬直していて離脱が遅れたようである。慌てて駆け寄る美神とマリア。

 

「横島さん・大丈夫ですか?!」

 

「あれ?返事が無いわねー。気絶でもしたかしら?」

 

 どうやらガーゴイルは完全に壊れたようで、ばらばらになって元の姿は欠片も無い。とは言え、その巨体を構成していた岩の量は大した物である。

 むしろ、その下敷きになったにもかかわらず気絶したとしか取られていない辺り忠夫の日頃の行いと言うか非常識ッぷりが垣間見える。

 それはともかく、2人がかりで発掘開始、しようとしたところで―――

 

 

「バロン、こちらかっ?!」

 

「バウッ!」

 

「姫様っ!あまり無茶をしないで下せえっ!」

 

 近くの繁みを掻き分けて、乱入してきた何人かの影と、先頭を来るバロンと呼ばれた機械の犬。

 

「ガーゴイルに襲われていた旅人達は何処に―――っ?!」

 

 そして、村人達と思われる集団の中に、一際豪華な服を来た、纏った雰囲気からその周りの人々とは違う事を意識させるその女性は―――

 

「マリアが二人?!」

 

「わ、私と同じ顔・・・」

 

「―――嫁に来ないか?」

 

「わきゃっ?!」

 

「お前は黙っとけー!!」

 

「非殺傷武器のテスト・開始」

 

 何処からどうやって現れたのか。先程まで岩の下にいた筈の忠夫に手を握られた直後に硬直し、振るわれた美神の神通棍と、更に吹っ飛ぶ途中で飛んで来たゴム弾の直撃を食らって沈黙する忠夫を見て。

 

「じ、人外が3体も?!」

 

「失礼なっ?!私はGSよっ!」

 

 そう取られても仕方があるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやっと落ち着いた一行と、先程森の中から出てきた住民と思しき者達は、とりあえずボロボロになって落ちてきた忠夫を挟んで向かい合っていた。

 

「そなた達、一体何者なのだ?その――」

 

 と言って崩れ落ちた元ガーゴイルに視線をやる。

 

「――怪物を倒す事のできるほど強力な存在は、我が領地にはカオス様とバロンぐらいしかいない筈だが?」

 

 驚いたのは美神である。確かに目の前の女性は、カオスと言った。話は聞いた事がある。既に齢1000を数えるあの老錬金術師が、かってヨーロッパにおいてその全盛期を迎えていた、という。だが、まさか――

 

「成る程。マリア、あんたの狙いはカオスとの接触だったのかしら?」

 

 美神に横目で見られたマリアは、俯く事もせず只目の前にいる自分と同じ、いや、自分のモデルとなった女性を見るばかり。勿論、そのことを知っているのは今この場にいるメンバーではマリアだけだが。

 

「マリア?その人形、私と同じ名前・・・もしや、そなた等カオス様の知り合いか?」

 

 美神の呼びかけに意外な形で答えたのは、正面に立つ女性。どうやら、彼女の名前もマリアというらしい。

 

「そうですかマリアさんですか美人ですねいやいやマリアも美人だよああどっちを選べばいいんだぁぁっ?!」

 

「マリア」

 

「・・・・あ、い、イエス。ミス・美神」

 

 いきなり復活してそうたわけた事を叫ぶ馬鹿に、美神は、こっそり照れていたマリアに向かって指を鳴らして攻撃命令。少しの間、森は銃声と半人狼の悲鳴に満たされていたのだった。

 

「あー、つまり、そなた達はカオス様を尋ねてこられた訳だな?」

 

「ま、そういう事になるかしら。カオスの所に案内してもらえる?」

 

「・・・良かろう。その人形が、カオス様の関係者と言う証明になる。このバロンと似た感じを受ける。バロン、お客人をカオス様の研究室までご案内してくれ。私は―――」

 

 マリアと呼ばれた女性は、そう言って彼女の後ろで鍬や鋤を構える村人達に目を向けると、

 

「村人たちを村まで送り届けてからそちらに向かう」

 

「バウッ」

 

 そして、バロンと呼ばれた機械の犬は、美神達に向かって一声上げると、付いて来いとでもいうかのようにゆっくりと歩き出した。美神達は、半人狼の青年を引きずりながら、とりあえずの別れとなったのだった。

 

「厄介な事になったわね・・・ま、退屈しないのは良い事なのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、カオス。お客さんのようだが?」

 

「ふん。どーせヌルとかいう二流の使いだろう。放っておけば良い。裏でコソコソやっておるようだがこの私が此処に帰ってきたからには、最早好き勝手などさせんさ」

 

「しかし、バロンが一緒に来ているようだ」

 

「ふむ?」

 

 カオスの秘密研究室。滝の裏に作られた其処では、今まさに吸血鬼を退治しそこねて帰ってきたカオスが、共同研究者と一緒にカオスフライヤーと呼ばれたそれの修理をしている所だった。

 

「すんませーん。カオスの爺は居ますかー?」

 

「爺が居る訳無いでしょ。精々おっさんがいい所よ」

 

「バウッ」

 

 其処にバロンの案内でやってきた美神達は、のっけから失礼な暴言をぶちかましたりしていた。

 

「いらっしゃい。カオスなら、奥に居るよ」

 

「あら、どなたですか?」

 

「・・・・・なんだ?」

 

 扉を開けて出てきたのは、長身、長髪、端正な面を持った紳士風の男性。美神はビックリしたようにその男性を見ている。忠夫は、その男性を見た瞬間から、何故かバンダナの下の額がムズムズとするのを感じて、虫刺されかな?とか思っていた。

 

「ああ、初めまして。私の名前は―――」

 

 その男性は、にっこりと微笑むと美神に向かってその手を差し出す。

 

 

「芦 優太郎。カオスの共同研究者として此処に住んでいる。日本と言う国の民の血の混じった、ハーフだよ」

 

 その笑顔は、とても懐かしい者に出会ったかのような、複雑な物だった。美神達は、とりあえず此処に来た経緯と、マリアと呼ばれた女性に此処に行くように指示されてバロンの案内の元やってきた事を告げる。

 

芦は、しばらく考え込むような顔になった後、研究所内部のカオスに声を掛けた。

 

「どうした?」

 

「どうやら、ヌルが本格的に動き出したようだ。近隣の村にガーゴイルを放って、恭順を求めるつもりかな?」

 

 その後ろから、カオスが出て来る。若いと言ってもやはりカオスの面影が色濃く残っている。本人なのだから、当然といえば当然なのだが。

 

「ふむ、其処に居るのは、製作途中の人造人間M-666か? この時代に我ら以上の天才が居るとも思えん。まさか、時間を超えて来たとでも言うのかな?」

 

「その通り、といえば納得してもらえるのかしら?ちなみに、私と其処の助手は巻き込まれた被害者よ。マリアの保護者に責任を取ってもらおうと思ってね」

 

 その名を聞いて、苦々しげな表情を作るカオス。その目は、マリアに向いている。

 

「・・・全く、未来の私も結構な感傷屋のようだな。先を知ると言うのも碌な事が無い」

 

 呟いたカオスの目には、哀しげな光があった。その内容を理解できる物が、はたしてこの場に居るのだろうか。いや、居たとしても、彼女は何も話すことは無い。ただ、其処に在るだけである。

 

「まぁいい。おい、芦。準備するぞ。ヌルとやらを追い出す」

 

「おや、行動の早い事だな」

 

「少々むかっ腹が立ったのでな。目障りな対象は、とっとと潰させてもらう。八つ当たりとも言うがな」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!その前に、私達を元の時代に戻してもらわないと――」

 

 苛ついたようにカオスは研究所内に戻ろうとする。芦も、その後ろについて中に入るつもりのようだ。どうやら、早速ヌルを追い出しにかかる準備をするらしい。

 たまらないのが美神達である。本来なら、とっとと元の時代に戻ってゆっくりと休みたい所なのに、手がかりと言うかその手段をもった人物が、八つ当たりという理由で戦場へと赴くと言うのだから。

 

「ああ、それならば私に言うよりもマリアに言え。そもそも、この時代に来たのはどうやらその人形が道先案内人らしいからな」

 

「へ?そうなの、マリア」

 

「イエス。ミス・美神。ですが・現在の状況では・帰還は・して欲しくありません」

 

「・・・どういうつもりかしら?」

 

 研究所に入っていくカオスの言葉に、美神はマリアを見る。しかし、その言葉の内容を肯定した彼女は、何故か下の時代に戻る事を拒否する。当然、美神の額に浮かぶ青筋。

 

「なぁ、マリア。俺らが必要なのか?」

 

「・・・ある・意味では」

 

 何でも無いような事のように、先程までバンダナの上から額をこすっていた忠夫がそう尋ねると、マリアは逡巡したあと、要領を得ない答えを返す。だが、忠夫はそれを聞いただけで――

 

「なら、良いじゃないっすか。とっととやる事やって、かえりましょーよ美神さん」

 

「私は、自分が納得行かない事は嫌いなの。マリア、報酬は出るんでしょうね?」

 

「ドクター・カオスの秘密基地から・ヨーロッパの魔王・謹製の品を・幾つか・お持ち下さい」

 

 あっさりと納得し、協力と言うか依頼を受けることを美神に促す。だが、美神はそれでは納得しない。それでは、美神の名がすたる。ならば、キチンとした形で依頼しろとはいっても遅いが、せめて報酬くらいは納得の行く物を用意してもらいたい。

 

 

―――それが、「GS美神令子」のスタンスだ。

 

 

「・・・ま、魅力的な報酬と言えばそうかしらねー。OっK、この依頼、ばっちり受けたげようじゃない!」

 

「依頼を受けんと帰れんかも知れんのに、よくやりますねー」

 

「あったり前よ!GSを舐めないでよね!」

 

「GSは・関係無いと・判断します」

 

 よくよく考えてみれば、一応この3人はGS資格持ちなのである。他二人が特殊なのか、美神が特殊なのか。全員が変なだけのような気もするが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カオス様っ!」

 

「マリア姫、無事だったか」

 

「ええ。でも、お父様が」

 

「案ずるな。私が戻ってきたからには、最早ヌルとか言う奴などに好きなようにはさせんとも」

 

 しばらく後。研究所から出てきたカオスの案内で、マリアと呼ばれた女性が居ると言う近くの村を訪れてみれば。其処には黒い甲冑を着た兵士と、白い鎧の兵士達がわらわらと大き目の家を囲んで辺りを探索中で在ったりする。

 

 そこから少し離れた場所で、バロンに搭載されたセンサーが村人達の一団を見つけ出し、合流してみれば其処には拠点を押さえられて身動きも取れずに戸惑っていた、先程美神達と別れた村人と、マリア姫を見つけたの言う訳である。

 

 と、言う訳で。何故か感動の再会シーンを見せられた美神達は、何処と無く白けた視線でその様子を眺めている訳で。

 

「ちっ!カオスの爺、300過ぎてるくせに」

 

「ノー。横島さん。ドクター・カオスは・今現在は・爺と呼ばれる外見では・在りません」

 

「気分の問題だって」

 

 何となく膨れる忠夫と、静かに突っ込むマリア。

 

「日系人ねぇ・・・この時代に、珍しいって言うより非常識よね」

 

「可能性が零ではない、と言うことは、居るかもしれないと言う事だ」

 

 あぶれたもの同士で何となく会話をする美神と芦。

 

「さて、それではやるとしようか」

 

「行くのか、カオス」

 

 マリア姫を抱いていた腕を放し、立ち上がる。その目は兵士達に囲まれた家を見ているようだ。それに応じてカオスに近寄る芦。こちらも、戦闘準備は既に整っている。

 

「ま、精々錬金術師は――」「――錬金術師らしく。正面からの力押しは、つまらない、と言いたいんだろう?」

 

「ふん。分かっているならとっとと行くぞっ!」

 

 そして、二人は駆け出した。

 

「・・・なーんか、気になるのよねぇ。あの、芦って言う奴」

 

「そんなっ!浮気はしないって言ったのにー!」

 

 この期に及んで妙な事をほざく馬鹿に一撃くれた後、美神もまた歩き出す。報酬は未確定だが、とりあえず、ガラクタの山を掴まされた、何て事があっても大丈夫なように稼げる機会で稼いで置きたい所ではある。

 

 今回はどうやら城の中に殴り込みをかけることになりそうだし。

 

「さーて。それじゃ、行くわよマリアっ!・・・お城なら、少しはお宝があるといいわねー」

 

「イエス。ミス・美神」

 

「え、ああ。そちらの人形の方か」

 

「火事場泥棒って言いませんか、それ」

 

 美神の神通棍でしばかれて頭を押さえる忠夫は、口は禍の元、というのを少しは学んだ方が良いのではないだろうか。いい加減に。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。