月に吼える   作:maisen

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第三十五話。

 

「・・・はぁ?」

 

 GS美神除霊事務所。その応接室にて、先日の猫又騒動の時、よく美神さんに殺されなかったなー、と呟いてソファーに寝転がる忠夫に、ふよふよとお茶を持ってきたおキヌ曰く。

 

「つまりですねー。あの小さな村に、億単位の報酬が出せる訳ないじゃないですか」

 

「・・・ああ!」

 

「あれは村を通した開発業者さんの依頼だったんですけど、その業者さんが潰れちゃって。どっちにしたって未払い、とゆーか只働きになっちゃう所だったのを」

 

「俺がたまたまどーにかしちゃった、と」

 

「運が良かったですねー」

 

「いやマジで」

 

 

 その業者には悪いが、ほんとに助かった。そう思っておキヌの淹れたお茶を楽しむ忠夫であった、が。

 

「はいはい、無駄話はそこまで。今日の依頼はしっかりと儲けるから、あんた達もそのつもりでね」

 

 ぱんぱん、と手を叩きながら所長室より出て来る美神。そのまま、おキヌに装備の指示を出しつつガレージへ。

 

 忠夫は、手の中の程よい暖かさのお茶を残念そうに眺めると、一気に飲み干し、いそいそと美神の後を追いかける。

 

 そして、再び始まる慌しい日々。

 

 後に残ったのは空っぽの器と、そこから立ち昇る僅かな湯気。それも直ぐに消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「涙を流す面、ですか」

 

「左様。なにしろこの面、重要文化財でしてな。放って置く訳にはいきません」

 

 そして美神の愛車が辿り着いたのは、某神社のある山の麓の駐車場。

 

 そこから、歩いて10分ほどの所にある、それなりの霊格と歴史を持った神社の本堂に事務所の面々の姿はあった。

 

「―――それでは、拝見します」

 

 今回の依頼は、涙を流す面、しかも重文であるそれを何とかして欲しいとの事。

 

 元が長い歴史を持つ神社に奉納されていたものであるから、霊的環境も充分に整っており、神楽に使われた事でそれが更に加速。

 

―――結果として、付喪神じみた存在へと変化したのである。

 

「これはまた・・・」

 

「ひ、ひゃー・・」

 

「怖っ!」

 

 件の面の入った箱を開けてみれば、そこにはしくしくと声さえ立てながら滂沱と涙を流す面一つ。

 

 思わず引きの入る忠夫とおキヌ。美神は流石に動じていないが。

 

「・・・こういう顔がめそめそしてる所見ると、無性に殴りたくなるわねー」

 

「重文ですから手荒な真似はしないで下さいね」

 

 物騒なことを呟く美神に、冷や汗を流しながらそう突っ込むのは神主。微妙に体が面を庇おうとしているのも当然である。

 

「・・・このままの方が客は呼べますよね」

 

 少々離れた所から、不謹慎な事を呟くのは忠夫。

 

「客ではなく参拝と言って・・・成る程」

 

「またんか其処の神主」

 

 客・・・いやいや、参拝者が増えると言うかとりあえず話題にはなるだろう。多分、そう珍しいとも思えないので1年後には忘れられている可能性も在るが。しかし世の中には化け物寺と言って幽霊が出る掛け軸を呼びものに毎年祭りを開いている寺もあるくらいで。

 

 信仰心があっさり揺らいだ神主に、呆れた目線で突っ込む美神。だがしかし、神主は神主で真剣に検討に入る。

 

 ややあって、ふむふむと頷いた後。懐から使い込まれた算盤を取り出してぱちぱちと弾く。

 

「―――ちなみに、報酬はこれ位が限界なのですが」

 

「―――見世物にして、稼いだ金の7割。来年の神楽前には声をかけて頂きたいものですわね」

 

 其処に示された額は、この神社が結構困窮しているらしい、と言う事が簡単に読み取れるくらいの額だった。しばらく壮絶な交渉が続く物の、上がりの6割と来年の確実な依頼を確保した美神はほくほく顔で神社の階段を下りていくのだった。

 

 ――TVで、泣くお面が話題になるのはその数日後。涙の量が増えているのは気のせいだ。

 

「いいのかなぁ?」

 

「ま、いいんじゃない?俺も怪我しなかったし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまたまた数日後。再び活躍美神の愛車、その助手席で。

 

「ほら、さっさと行きなさい!」

 

「そんな無茶をー!」

 

 シートベルトを取っ払われ、高速で前方を行く幽霊バイクに追いつけ足止めしろ、と指令を受けた忠夫が尻尾を丸めて踏ん張っていた。

 

「あんたなら追いつけるでしょーが!」

 

「そんなんばっかりやー!」

 

 やがて覚悟を決めた忠夫は―――美神の目に怯えた、とも言う―――ヤケクソ気味に飛び降りると、一端近くをすっ飛んでいくかの様に通り過ぎる看板に足から着地し、それを踏み抜きながら――というかぶち破りながら―――減速成功。

 

「もう一回ここに追い込むように結界張っといたから、頑張るのよぉぉぉ・・・」

 

 美神の乗った車は、忠夫にドップラー効果の効いた伝言を残しながら、そのまま前方を行く幽霊バイクの追跡にかかる。忠夫は忠夫で着地で痺れた足をふりふり、とりあえず霊波刀を展開。

 

「あいたたた・・・。ちっくしょー、八つ当たりされても怨むなよ!」

 

 果たして左程待つことも無く。忠夫の視線の先から聞こえてくるバイクの爆音。

 

 霊波刀は目立つので、近くの電柱の上に登って待ち伏せ完了。

 

 そしてバイクがちょうど真下を通る直前に、そこから飛び降り唐竹割り。

 

「なんだか知らんが手前のせいだー!」

 

 なんとも理不尽な理由で、真上からの霊波刀に真っ二つにされた幽霊は、そのまま消滅する事と相成った。

 

「よしっ!スッキリした「どいてどいてー!」・・・へっ?」

 

 ごきん。

 

「横島さーーん!!!」

 

「横島君っ!!!」

 

 良い仕事した、とばかりに掻いてもいない額の汗を拭っていた忠夫に、後ろから鉄の塊がぶつかったのは因果応報というべきか。

 

 

 ――交通マナーは守りましょう。いきなり電柱から道路に飛び降りたりしてはいけません。と言った方が良い気もするが。

 

 

 何はともあれ。気絶したまま痙攣を起こし始めた忠夫に―――流石に、大きな鉄の塊が時速百数十キロで衝突する、と言うのは強烈過ぎる衝撃だったようだ―――焦った美神は、車に忠夫を乗せると救急車を呼ぶ事さえ思いつかずにそのまま病院へ直行した。

 

 

 傍から見ると、交通事故と、それを隠蔽しようとする轢き逃げ犯と言う構図以外の何物でもなかったのだが。

 

「でも、よかったですねー。検査の結果問題無くて」

 

「なんで無事なのよあんたっ?!」

 

「俺が無事だと問題でもあるんすかっ!!」

 

 翌日、とある病院の一室にて。ネームプレートに横島忠夫と書かれたその怪我人は、いたって元気であり。むしろ美神が混乱するのも已む無し、と言った不条理っぷりを見せていた。

 

「労災だー!こう言う時はそう言えば良いってTVで言ってましたよー!」

 

「はいはい。帰ったら骨付き肉を何時もより多めに上げるわよ」

 

「・・・美神さん、いくらなんでもそれは」

 

 TVで得た知識で美神に迫る忠夫に対し、美神は珍しくも素直にご褒美の追加を言い渡す。少々負い目を感じているようだ。

 

 おキヌは流石にそれはちょっと誤魔化せないとばかりに突っ込むも。

 

「やった・・・やったぜ。偶には良い事もあるもんだなぁ・・・」

 

「本人は納得してるわよ?」

 

「横島さん・・・」

 

 美神が横目で見た先には、感激の涙を流す忠夫の姿。思わず貰い泣きをしてしまうおキヌを、誰が責められようか。

 

「それはともかく。元気みたいだし、横島君」

 

「―――幸せだぁ」

 

 美神の鉄拳。効果はバツグンだ!

 

「よ・こ・し・ま・ク・ン?」

 

「う・・・ういっす」

 

 未だに幸せを噛み締めながら呆ける忠夫に繰り出された一撃は、美神を心配させた分だけ容赦無かったと言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、先生、準備の方はいいかしら?」

 

「うむ。何時でも行けるぞっ!現代医学の名に賭けて!いざや救わん患者の未来っ!」

 

「いややー!俺は怪我人なんやー!今日くらいゆっくり休ませてー!」

 

 白衣を来た美神が、呪縛ロープで縛った忠夫を引きずりながら手術室へ向かう。隣を歩くいかにも医者です、といった格好の医師の気合の入り様と比べると、その差は―――比べるもんでもないが―――見事に対照だ。

 

 今回はそもそも依頼と言う形ではない、おキヌからの懇願で受けたようなものである。

 

「それにしても、本当におキヌちゃんそっくりねー」

 

「ええ、私も驚きました」

 

「いやじゃー!って・・・へ?おキヌちゃんが2人居る?」

 

 到着した手術室で、処置台の上に寝ているのはおキヌと全く同じ顔をした一人の少女。

 

 名を、ユリ子、というれっきとした生きた人間である。

 

 たまたま忠夫の見舞いに来たおキヌと美神は、診察室から出てきたその少女と出会い、その少女がある特殊な霊障、病魔に犯され始めている事に美神が気付き。

 

 そして、自分と同じ姿を持った少女に、幸せな人生を、と願ったおキヌの頼みを断れる筈も無い美神が医師に相談とか脅迫とか何とかして、その病魔を取り除く事になったのである。

 

 ちなみに、忠夫はその時検査中のため面会できなかった。看護士から特に問題は無いと言われた為、少しでは在るが余裕もできていたし。

 

「と、言う訳よ。場所が場所だから、一応先生にも着いてきてもらう・・・って」

 

「「・・・・・・・・・・」」

 

「ど、どうしたのよ?」

 

「「ええ娘や・・・」」

 

 忠夫は天を仰いで涙が零れないようにしているし、医師は眼鏡を外して顔を押さえ、涙を堪えている。

 

「・・・もーいいわ。さっさとしましょ」

 

 手に持った金属バットで、涙に咽ぶ馬鹿二人の霊魂を肉体から叩き出しながら、美神は体からやる気とか気合とかそういった物が片っ端から抜け出ていく感触を味わうのであった。

 

「いけー!そこだー!」

 

「おりゃー!現代医学は負けんぞーッ!」

 

「ビョビョームッ!」

 

「・・・馬鹿ねー。ホントーに馬鹿」

 

「まぁまぁ美神さん」

 

 ユリ子の場合、疾患は心臓にあった。という事で病魔が居るならおそらく其処だろう、と見当をつけて行って見れば見事に病魔を発見。

 

 丸い頭に輪ッカの体、其処から伸びた棒のような足が10本足らず。とても珍妙な姿をしている。

 

 とは言えこちらは神通棍や破魔札など何時ものように様々な霊具を駆使して戦うことのできない美神の指示の元、様子見と突っ込んだ忠夫がそのたくさんの足に絡め取られてごっちゃごちゃになり。

 

 すぐ傍にきていた医師が手を伸ばしてきたのでそれを掴んでみれば、医師が何故かプロレス技で病魔に応戦。忠夫はそのまま応援席に。

 

 応援席といっても美神とおキヌが並んで観戦していただけなのだが。

 

「ロープロープ!離れて!」

 

「横島君。あんた、そーいうの好きな訳?」

 

「好きですっ!」

 

「あっそ」

 

 感情の高ぶった忠夫は何故かそのまま審判として再び戦場に突撃。医師と病魔の熾烈な戦いは、実に1時間にも及ぶ大接戦となったのであった。

 

「ワーンッ!トゥーッ!スリィィィッ!!!」

 

 カンカンカンっ!

 

 最後は医師の投げっぱなしジャーマンからの流れるようなフォールで3カウント。

 欠伸をしながら美神は、聞こえる筈の無いゴングを聞いたような気さえしていた。

 

 カウントを数える忠夫がマットを―――実際はユリ子の心臓表面―――叩く度に、ユリ子の体がビクンビクン跳ねていたのは誰も知らない、知っちゃいけない事実だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国技館に幽霊?」

 

「ええ、急いで何とかして頂きたい・・・!」

 

 病院での大騒ぎから1週間。ユリ子が無事に退院できそうな事をおキヌと医師と忠夫で肩を組んで喜んでみたり、美神がそれを呆れながらもほんの少しだけ笑いながら見ていたり。

そんな事もあった物の、無事忠夫も退院し、ご褒美も約束どおり多めに貰い喜びに浸り。

次の依頼にご機嫌で出かけた忠夫であったが。

 

「うわー、横綱の幽霊ねぇ・・・」

 

「はい。伝説的な力士、恐山です」

 

「で、美神さん?このマワシはなんですか?」

 

「わー、やっぱり結構がっしりしてる・・・」

 

 両国国技館。云わずと知れた有名な場所であるが、今回の依頼は其処に現れた力士の幽霊の場所開始前までの退去。

 

 

 相撲というものがそもそも神に奉ずるという側面も持っていたため、そのトップに立つ横綱という存在の霊格はそんじょそこらの悪霊なんて目じゃない物がある。

 

 ところがどっこい。今回はその横綱が悪霊となって、というか横綱の幽霊が稽古というお題目で現役力士たちをばったばったと薙ぎ倒していると言う。これは流石に面目が立たない、という事で。

 

「こっそり除霊してくれったってねー」

 

「其処を何とか・・・報酬は契約書よりも弾みますので」

 

「ま、なんとかなるでしょ。頑張ってねー、横島君」

 

「ファイトです、横島さん!」

 

「だから何で俺がぁぁぁっ?!!」

 

 そう絶叫しているのは、ただいまマワシをしっかりと締めて恐山の前で構えている忠夫君。ちょっぴり涙目。

 

「馬鹿ね。土俵は女人禁制よ?」

 

「んな無茶苦茶なっ?!」

 

「多分、満足するかあんたが勝てば帰ると思うから。ほらほら、前見てないと―――」

 

「おうりゃぁぁぁっ!!」

 

 横を向いて泣きごとを言う忠夫の横面に、凶悪な威力の張り手が突き刺さる。

 

「始まっちゃうわよー。って、遅かったかしら?」

 

「横島さぁぁぁぁん!!」

 

 きれーにすっ飛んだ忠夫は、見事に顔面から着地したという。

 

「ふむ。死んだかな」

 

 腕組みをしながら、土俵の上でそう呟くのは幽霊力士、横綱「恐山」。その視線は、先程張り手一閃で吹き飛ばした青年に向けられている。手ごたえ、威力、速度。全てにおいて完璧で、碌に鍛えても居ない普通の人間が喰らえば頚椎骨折どころか頭蓋骨ごと砕きそうな迫力であったが。

 

「いたた・・・不意打ちかよっ?!」

 

「馬鹿なッ?!」

 

 相手は半人狼、犬飼忠夫。体力と耐久力に自信あり、だ。

 

「良かろう!もいっちょこーい!!」

 

「おりゃー!真正面からぶつかり合いじゃー!!」

 

 最早開始の合図さえも気にせず勝手に始める忠夫と恐山。恐山は腰を落とし、突っ込む忠夫をカウンターで打ち落とす体勢に。忠夫は姿勢を低くして頭から突っ込む。

 

「―――なんて事誰がするかいっ!」

 

 瞬間、走る閃光と迸る霊力。

 

「ぬおっ?!」

 

 だがしかし、恐山の目の前で急停止した忠夫は、いつぞやの美衣との戦いの時の如く両手に霊力を溜めて、それを打ち合わせ弾けさせる。

 

「猫騙しだとっ?!」

 

「いーやっ!違うね!」

 

 そのまま横綱の背後に回りこむ。そしてそのマワシを掴み、引っこ抜くようにして―――

 

「サイキック・猫騙しっ!ちなみに今命名!」

 

「ぬおぉぉぉぉっ!!!」

 

 恐山の巨体を思いっきり土俵の外に投げ飛ばした。

 

「ちょっとまったぁぁぁっ!!」

 

 しかし、土俵の上で勝利の余韻に浸る忠夫に掛けられる声。それは、依頼人である相撲協会の理事だった。彼は、難しい顔で葛藤しながらも、しっかりとその意思を声に乗せる。

 

「・・・勇み足、だ」

 

「へ?」

 

「勇み足。君の足が、土俵の外に出ていた」

 

「えーと、つまり」

 

「・・・・・・・・・君の負けだ」

 

 心底悩みながらも、忠夫にそう告げる。相撲を愛する者として、やはり勝負は神聖な物だから・・・。

 

 そう、自分で自分に浸る理事に対し、その背後から声が掛けられる。

 

「いーや。ワシの負けじゃ」

 

「横綱っ?!」

 

「ド素人に負けて、横綱を名乗れるほど、面の皮厚くないぞ。また、修行しなおしじゃ。わーっはっはっはぁ!!!」

 

 恐山は、そう言い残してその姿を薄れさせていく。その威風堂々たる様子は、正に横綱言うに相応しいものであった。

 

「で、美神さん。勇み足ってなんですか?」

 

「要するに、あそこの円から外に出ちゃ駄目なの」

 

「そんな事も知らなかったんですか・・・」

 

「横綱ーっ!もう一回あいつに相撲の素晴らしさをーーっ!!」

 

 悲喜こもごも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで依頼を果たし。事務所に帰る美神達。流石に疲れた表情で玄関をくぐった美神に対し、人工幽霊が一言告げる。

 

『オーナー、お客様です』

 

「だれよ、こんな時間に」

 

 不機嫌に答える美神。それもその筈。現在時刻は既に日が変わった事を告げて久しい。後は適当に解散して寝るだけのつもりだった美神には、人工幽霊が客を通した事が納得いかないようである。

 

『それが・・・』

 

 

「――遅いぞ、何時まで依頼人を待たせるつもりじゃ」

 

 申し訳なさそうに続けようとした人工幽霊の言葉を遮って、応接室から出てきたのは『ヨーロッパの魔王』ドクター・カオスその人であった。

 

「カオスさん!」

 

「カオスの爺じゃねーか。あれ、マリアは?」

 

「小僧か。マリアならちょっとした事があって起きれるようになっての」

 

「へ?マリアどーかしたんか?!」

 

 美神そっちのけで話し出す忠夫とカオス。当然美神は面白くない。何が、とは言わないが。

 

「カオス、あんた、何を依頼するつもりかしら?」

 

「ん?ああ、違うぞ」

 

 横合いから掛けられた美神の質問に、カオスは軽く笑って返す。

 

「依頼人は―――ほれ、お前らの後ろじゃ」

 

「「「え?」」」

 

 振り向けば、其処にはマリアがいた。彼女は、微笑を浮かべると忠夫と美神の肩を掴む。

 

 元気そうなマリアを見た忠夫はほっとしているし、美神は美神でその笑顔に嫌な予感を掻きたてられる。

 

「おー、マリア、元気そうじゃん。安心したぜー」

 

「ま、マリア?この手は一体何かしら?」

 

「横島・さん。ミス・美神」

 

 忠夫の言葉に反応する事も無く。美神の質問に答える事も無く。マリアは―――

 

「ソーリー」

 

「「へっ?」」

 

バチバチバチバチバチッ!!

 

 ―――その手に備えられた、スタンガンから最大電力を発する。

 

キィィィィィィン!

 

 途端に歪み出す美神と忠夫の視界。それは、まるで世界から切り取られるかのような感覚。視界が狭まり、先程までいた空間が遠くなり―――

 

「うおおおおおおおっ?!」

 

「美神さん?!横島さん?!」

 

「おキヌちゃ―――」

 

 そして、彼女達の姿は美神の視界から消え去った。後には、面白そうに笑うカオスと、あたふたと辺りを見回すおキヌ。そして言葉も無い人工幽霊があるのみ。

 

「さて、客人に対してお茶くらい出してくれても罰は当たらんとおもうがな?」

 

「へ?あ、はい。ただいま」

 

 泰然と応接間のソファーに向かうカオスに、おキヌは混乱しながらも体に染み付いた動きで、慌ててお茶を淹れに台所へと向かっていく。

 

「さて・・・今日は、妙な事の起きる夜じゃなぁ」

 

 カオスの言葉を聞いたのは、人工幽霊のみである。

 


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