月に吼える   作:maisen

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第三十四話。

「「「すかー。すぴー」」」

 

「なんで逆さまに、蓑虫みたいに吊られているのにあんなに良く眠れるのでござるかなぁ」

 

「知らないわよ。あいたたた」

 

「・・・・・・お茶、欲しい」

 

 長老宅の外の庭。月の光に照らされて、良く育った木の枝に逆さ蓑虫の有様で吊られているのは犬飼親子と犬塚父。

 

 そこから、少し離れた所に茣蓙を敷いて正座しているのはシロタマ天竜。シロと天竜姫は正座にも慣れている為、辛そうな様子は全く無いが、タマモはそろそろ限界が近そうでもある。

 

 ちょっと涙目だし。

 

「ふむ。全く反省の色が無いな、こやつら」

 

「あ、長老殿」

 

 誰かの呟きに、吊られ3人組に向けていた視線をそちらに送れば、縁側に溜息をつきながら佇む長老の姿があった。

 

 長老は、呆れたような諦めたような表情をし、彼らに視線をやる。

 

「忠夫、ちと降りてこい」

 

「・・・く、くかー、くかー」

 

 そのまま、忠夫に声をかけると、彼の寝息は一瞬止まり、えらく怪しい間を取った後再び響き渡る。

 

 そんな彼に、長老は笑顔を向けながら、更に続けた。

 

「――玉葱とポチの褌。若しくは、すぐさま寝たふりを止めて降りるか「で、なんか用でしょーか?!」・・・ふぅ」

 

「「うわ」」

 

 

「・・・・・・凄い」

 

 

 それは正に神速。先程まで縛られていた筈の忠夫の姿は、一瞬にして長老の前にある。それを見切れたのは、おそらく長老と、寝たふりしている親父達のみ。

 

 相も変わらず無駄な小器用さである。長老の言葉に首を捻っていた正座組も、驚いて、とい言うか呆れて口が半開き。天竜姫は何故かご満悦。

 

 

 

「いでっ!」

 

「馬鹿者が。さっさと来んか」

 

「ひっでーなー」

 

 軽い音を立てて忠夫の頭に落とされた拳骨は、それなりの親愛の表現、と言った所。

 

 忠夫も分かっているらしく、叩かれた場所を撫で、ぶつくさ言いながらも素直に歩き出した長老の後を追う。

 

「・・・何で、さっさと逃げなかったんでござろうか?」

 

「さあね? あつつ、長老居なくなったんだし、足崩しちゃお」

 

「・・・・・・ふぁ」

 

「ふ。その疑問には、拙者が答えよう」

 

 呆然とそれを見送るシロ。長老が居なくなった事を確かめてから足を崩すタマモ。忠夫が居なくなったので欠伸をしながらうとうとし始める天竜姫。

 

 そんな中で、シロが口から出した些細な疑問に答える声が振ってくる。

 

「犬飼殿?起きておられたのでござるか」

 

「あ、シロ、父も起きてるぞー」

 

「父上は寝てて良いでござるよ」

 

「で、どうしてさっさと降りてこないの?」

 

 驚いたシロが、犬飼にそう返す。父はスルーして。タマモの問いに、犬飼はぶら下がったままで不敵な笑みを浮かべた。様にならない事この上なし。自覚があるかどうかは別として。

 

 

「―――それは、な」

 

「「それは?」」

 

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえる気がする。それ程の凄絶な、刃のような笑みであった。そして、犬飼ポチの口から、その言葉が滑り出す。

 

 

「ふふふ・・・こーやって素直に反省している振りをすれば、逃げ出した時のように追いかけられなくて済むのでござるよ」

 

「・・・・・・は?」

 

「・・・・・・・・・・つまり、既に逃走経験ありな訳ね。多分何度も」

 

 返ってきた答えのあまりの情けなさに絶句するシロ。そして、その答えに辿り着くまでに「長老が」どれだけ苦労したかを思いやって、少し遠い目になるタマモであった。

 

「・・・・・・すぅ。すぅ」

 

「えぐえぐえぐえぐ」

 

「むぅ。カメラカメラ」

 

 その後ろでは、正座したまま舟を漕ぐ天竜姫と、娘に冷たくあしらわれて悲しみのあまりひたすら地面に塩水を垂らす犬塚父。そして、娘の寝姿を保存しようと懐からカメラを取り出す馬鹿一人。

 

 里から見える月は、真円を描いて煌々と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忠夫さん、ありがとうございました」

 

「兄ちゃん、ありがとー!」

 

「いやいや、そんな、気にしないで下さいってば」

 

 長老に連れられて、腰を下ろした所には美衣とケイの姿があった。二人とも、少しは落ち着いた様子で忠夫に頭を下げている。苦笑いしながらも、慌てて手を振ってそれを押し止める忠夫であるが、その態度でどうやら上手く行った事を悟る。

 

「長老、ありがと」

 

「全く。そう思うのなら少しは自分の父をどうにかせんかい」

 

「や、面倒くさいし。そもそもあのクソ親父、根っこからアレだからなー」

 

 腕組みしながらそう答える実の息子。親父が聞いたら怒り狂うか黙って斬りつけるかのどちらかだが。

 

「んで、受け入れてくれるんだろ?」

 

「ま、お前が自分の目で確かめたんじゃろ。問題無いわい」

 

「あら、体も使って、ですよ?」

 

 窓の外から音が聞こえた。まるで其処から覗いていた奴らが崩れ落ちたような。後、なんだか騒ぐ声も。

 

「忠夫君・・・・ふ、ふふふふふ」

 

「刀、刀、いや、いっそのこと素手!」

 

「何故か此処に鉞がー」

 

「輪廻の輪に返してやるぅぅぅっ!」

 

 長老は、溜息をついた後、その窓に近寄ると、おもむろに近くの水瓶を持ち上げて窓の外に放り投げた。そして響く瀬戸物の割れる音と、大きな水音。

 

 そして、その間に聞こえた、なんというか、サスペンスドラマで被害者が犯人に鈍器で殴られた時のような音。

 

「あああっ!だいじょーぶですかぁっ?!」

 

「うお。血が大量にっ!」

 

「ばれてたみたいだねー。長老に」

 

「犯人は・・・だ、誰だ?ぐふっ」

 

 ま、とりあえず死にはしない。

 

 それはともかく。

 

「ええと、美衣さん。あんまり迂闊にそういうこと言うと、被害者が増えるので」

 

「・・・気を付けます」

 

 てへ。という感じでそうのたまう美衣と、その横でいたって冷静に突っ込んだ忠夫であった。

 

 

「ふぅ、あの馬鹿どもも、もう少し落ち着いてくれればのぅ」

 

「ま、美衣さんの冗談はともかくとして。長老に報告しとかなきゃならん事があるんだった」

 

「・・・まぁええわい。お前の事じゃ。どーせ碌でもないことじゃろが」

 

「そんな事無いって。ほらほら」

 

 戻ってきた長老と、じゃれ合いのような会話を交わしながら思い出したようにそう告げる。実際、忠夫が戻ってきた事の理由の3割が、それなのだ。残りの6割が美衣ケイ親子の事で、後一割は何となく。帰省なんてそんな物かもしれないが。

 

 

 それはともかく。忠夫が見せびらかすようにその手から作り出した霊波刀は、月光のみが光源の、暗い座敷の中でぴかぴかと光っていた。

 

「ほぅ。ようやく作れるようになりおったか。・・・まぁ、これで名実共に成人じゃの」

 

「ふふふ。これでやっとあの馬鹿親父にせっつかれる事も無いってーんだ!!」

 

「一寸静かにしてくださいね。ケイが寝ちゃってますから」

 

「ごめんなさい」

 

 感心したように声を上げる長老と、その前で霊波刀を掲げながら豪語する忠夫。大人の話で退屈したケイが寝たので、その母親に窘められたが。

 

「しかし、なんだ。その霊波刀」

 

「へ?」

 

「荒いのう。収束もまだまだじゃし、霊力も練りきっておらん」

 

「いや、だってまだ使えるようになってそんなに「―――甘えるな」」

 

 いまだ忠夫の手から伸びる霊波刀を見つめて長老が一言。それに反論するかのように忠夫が言葉を返すが、ぴしゃり、と長老はそれを甘えと一刀両断。

 

「備えよ。敵に、不意打ちに、理不尽に、反撃に、奇襲に、そして己自身に。何かが起こった時に力不足を嘆いたのでは遅すぎる。遅ければ護れない物がある。ならば、常に牙を砥げ。それは、最低限の事であろうが」

 

「・・・ういっす」

 

「甘えるな。其処が終わりではない。ようやく始まりなのだという事を忘れるな。高みを、より高みを。お前の父も、犬塚も、そうしてあそこまで強くなった。理由は、言わずもがな、じゃがな」

 

「・・・・・・」

 

 長老の言葉には、深みが在った。後悔して、嘆いて、それでも何かを続ける者の。説教ではなく、それは、伝言のような物。彼の、長い長い生き様が、彼に教えた教訓。だからこそ忠夫は返事を返せない。己の霊波刀を見て、長老を見て、そして再び霊波刀を見て。

 

 忠夫は、沈黙を守るばかり。

 

「あやつ等とて、伊達や酔狂でこの里で2・3を争っている訳ではないのじゃぞ?」

 

「・・・まぁ、長老が1番だってのは分かるけど」

 

「ふぉっふぉっふぉ。まだまだ若い者には負けはせんよ」

 

 それでも、ようやく苦笑いらしき物を浮かべた忠夫に、長老は、長老らしく笑ってやるのだった。

 

 

「―――さて、お子様どもをそろそろ開放してやるとするか」

 

「あ、俺も行く。寝た振りしてたから、フォローしとかんと」

 

「美衣殿。今日はご子息と共に此処に止まっていかれるが良い。布団はそこの押入れにあるでな」

 

「すいません、恩に着ます」

 

 そして、頭を下げる美衣と、すやすやと眠るケイを残して、長老と忠夫は部屋を出て行く。美衣は、頭を起こした後、息子の寝顔を見てくすくすと笑いながら布団を敷きにかかるのであった。

 

 

「あ、兄上!」

 

「忠夫っ!」

 

「おう、ただいまだな、シロ。と、えーと?」

 

「タマモよ。タマでもあったけど。昔の力を一部取り戻して、ようやく変化できるようになったの!」

 

「ってーことは、お前あの小さい狐のタマかぁっ?!」

 

「・・・もういい。遅いわよ、全く」

 

 忠夫が戻ってみると、其処にはきちんと正座を続けるシロと、足を崩して痺れたのであろうそれを、プルプルと振っているタマモ。今更ながらにシロに挨拶をして、タマがタマモに進化した事を知って、衝撃を受けているようである。

 

 ちなみに天竜姫は何時の間にやらこてん、と横になって熟睡中。親父どもは完全に寝に入っているようだ。

 

 油断は全くできないが。

 

「ほえー。化けたなぁ・・・」

 

「どう?今なら求婚にもばっちり答えてあげるわよ?」

 

「狐ぇぇっ!!」

 

 感心したように呟く忠夫に、何気に爆弾発言をかますタマモ。シロは隣で聞いて今にも爆発しそうであるが。

 

「いや、俺年下よか歳上のほうが良いしなぁ」

 

「「え゛」」

 

 そのままつかみ合いの喧嘩になろうとした所で、ぼそっと忠夫が発した言葉は、見事に二人の動きを止める。

 

「・・・・・・私、700歳」

 

「いや、天竜は見た目お子様「「ちょと待ったー!!」」うおっ?!」

 

 辺りの騒がしさに叩き起こされたか、何時の間にやら忠夫の傍によってきて、自分が年上な事をアピールする天竜姫。

 

 それはそれでなんだかなぁ、と答えを返そうとした所に割り込んでくるシロタマの怒声。

 

 勢い良く忠夫のところに走りこんできた2人は、シロが右、タマモが左の忠夫の襟首を掴むとぐいぐいと締め上げんばかりの力強さで迫る。

 

「そ、それはつまり拙者は駄目なのでござるかー?!」

 

「私は?!私も駄目なの?!」

 

「いや、シロは犬塚の親父さんから手を出すな!って厳命下ってるしなー。ま、俺があの親父さんに勝てば良いらしいけど、勝ったためしがないし」

 

「父上っ?!」

 

 ギロンッ!とばかりに父が吊るされている方向に向けられるシロの凶眼。だが、既に其処には縄しかなく、一瞬にして離脱済みのようである。

 

「逃がさんでござるっ!」

 

 そしてシロは匂いを追いかけて里の裏山へ。

 

「タマはタマでまだまだ子供だし」

 

「なっ?!」

 

「そー言う話は、もちょっと大人になってから、な」

 

 そう言って、タマモの頭を撫でる忠夫。タマモはしばらく納得行かなさそうな表情であったが、とりあえずシロよりはましかもしれないなー、と遠い目になるのであった。

 

「・・・・・・ん」

 

 くいくいと引っ張られる忠夫の裾。天竜姫がアピールするかのように自分を引っ張っていない方の手で指差している。繁みからなんだか黒いモノが湧き出ているような気もするが、とりあえず誰も気付いていないので良しとしよう。正体というか原因もモロ判りである事だし。

 

「あー、見た目犯罪だし」

 

「・・・・・・ひっく」

 

「うおおおっ?!」

 

 問答無用で泣きが入る天竜姫。流石の忠夫も大慌て。

 

「いや、だからな?! 大きくなったら全然おっけーだから!な!?」

 

「・・・・・・えっく、本当?」

 

「本当!本当だって!」

 

 わたわたと天竜姫を泣き止ませようとする忠夫。何となく、背後から突き刺さるようなというよりも、抉るような視線と黒を通り越してヤヴァイ感じの何かが迫ってきているような気もするし。

 

「・・・・・・なら良し」

 

「へ?」

 

「上手いわねー」

 

 その言葉であっさり泣き真似を止める天竜姫。何が起こっているのか理解できない忠夫。後ろからのオーラも戸惑っている。ただ一人理解の色を浮かべているのは、面白そうに眺めていた本家九尾の狐のタマモだけ。流石に経験値が伊達じゃない。記憶とかそういう物を持っていなくても、直感で嘘泣きだということぐらいは見破っていたらしい。

 

 止めるでもなく、見ていただけなのは余裕か、自信か。

 

「あ。嘘つきー!」

 

「・・・・・・武器は使ってこそ武器」

 

「・・・ま、確かに忠夫にはよ~く効いたわね」

 

 ようやく理解の色を浮かべた忠夫は、そう言うが既に時遅し。胸を張ってそう述べる天竜姫の前に、そう膝をついたのだった。黒オーラ、すごすごと引っ込んでいる。怯えたようにも見えたのはおそらく見間違いではない。そんなこんなで人狼の里の一夜は、ようやく幕を下ろしたのだった。

 

「何処でござるか父上ぇぇぇっ!!」

 

「何故拙者を巻き込む犬塚っ!」

 

「しぃっ!声がでかいぞ!」

 

「そぉこぉでござるかぁぁぁぁっ!!!」

 

「「うおおおっ?!」」

 

 一部まだ騒がしいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして月は沈んで日が昇り、人狼の里にも朝が来る。朝靄の漂う里の入り口には、大き目のバッグを背負った忠夫と、長老の姿が。忠夫は眠そうに欠伸をしながらも、それでも目の前に立つ長老になんとか挨拶を済ませていた。

 

「もう帰るのか?せめてあと1日くらいは泊まっていけば良いものを」

 

「ま、お仕事があるし。あんまりやり過ぎると首になっちゃうから、さ」

 

「全く。お前も大人だ、止めやせん。止めやせんが――」

 

 そう言いながら、忠夫の目をしっかと見つめる。

 

「無理はするな。困った事があればワシらを頼れ。わかったな?」

 

「はいはい。わーかってますって」

 

 真剣な長老とは裏腹に、忠夫はかるーくを振ってそう答える。

 

「それより、美衣さん達のこと頼むよ? 俺の嫁候補!」

 

「もう少し身の回りを片付けてからじゃろうな」

 

 そう言って、大笑いしながら長老は里へと向かって歩いていく。それを見送る忠夫の目に在った物は、信頼か安堵か、それとも何か別の物。それでも、忠夫は外を向く。里の外、いま、彼が生きている場所を。

 

「さーて、行きますか!」

 

 

 そして忠夫は踏み出した。逃げ出したのでもなく、慌ててでもなく。落ち着いた歩みを持って、もう一度の始まりを。

 

 

「・・・っと、その前に」

 

 3歩、歩いて立ち止まる。背中のバッグを下ろし、その口をぎゅっと縛ると―――

 

「えーい!」

 

 そのバッグを思いっきり長老の家のほうへと投げた。

 

「これでよし、と」

 

 そして近くの岩陰から、こっそり取り出したのはもう一つのバッグ。

 

 ―――昨日、寝る前に長老たちから渡されたお土産を、こちらに移して隠しておいたのだ。なのに今朝起きてみれば、バッグは重いし生暖かい。

 

「さて。追いつかれる前に、だーっしゅ!!わーっはっはっは!まだまだ甘いぞシロタマー!」

 

 背中に担いだバッグも何のその。やっぱり忠夫が里から出るときには、こういう慌しい状況が勝手に引っ付くようである。

 

 

 

 

「・・・・で、お主らは何をやっとるか」

 

「兄上のバッグに潜り込んで、ビックリさせようかと」

 

「―――きゅう~~」

 

 長老が家に帰ってみれば、先程忠夫が担いでいたバッグと、その中から顔を出しているシロと、狐姿で気絶しているタマモがいる。

シロにはともかく、タマモにはちょっときついGだったようだ。溜息をついた長老は。

 

「ちょっと吊られておこうか。のう?」

 

 とても優しげな目で、背中に修羅を背負いながら、懐からロープを取り出したのだった。

 

 

「・・・・・・ふえ?」

 

「おお、起きたか天竜」

 

 こちらは天竜姫と竜神王、そして護衛の家臣団たち。天竜姫が目を覚ませば、自分は毛布に包まれて父親の背中の上。しかも空の上を飛行中。進路はおそらく―――竜神王の城。

 

「・・・・・・あれ?」

 

「ん?ああ、もうそろそろ帰ってこいと、先代達から連絡があってな。どうだ、竜神王というのも中々厄介なもんだろう?」

 

 ようやく寝ぼけ眼をこすりこすり、ちょっと目覚めた天竜姫の疑問に答える竜神王。言いながらも、苦笑いをしている辺り本人としてはそう気にした様子も無いようだ。

 

「ま、あの青年と直接話せなかったのが残念だが、また機会があれば、だな」

 

「・・・・・・くぅ」

 

「ふむ。寝る子は育つ、かな?」

 

 再び眠りに落ちた天竜姫を背負いながら、竜神王は部下達の待つ場所へと帰っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして時は過ぎて。

 

「横島忠夫、ただいまもどりまし――」

 

ガスッ―――ビィィィィン。

 

「――うおおおっ?!」

 

 都会の半人狼は、雇い主の事務所へと帰還した瞬間に雇い主から狙撃を受けた。ボウガンで。

 

「・・・・で、其処の馬鹿」

 

「はいっス!!」

 

 眼前には、こちらにボウガンの狙いをつけた美神と、そっぽを向いて不機嫌を全力で表現しているおキヌ、そしてボウガンの矢を大量に抱えた人工幽霊一号の端末、全身鎧が居たりする。

 

「・・・ボウガンと神通棍、どっちが良い?」

 

「しいて言えばどちらも嫌ですがぁっ?!」

 

「あら、そう。ならしょーが無いわね」

 

 どっちを選んでもやばすぎる選択肢に、正直に答えた忠夫だが。美神は何故かにっこりと微笑んでボウガンを下ろす。

 

 と、隣に立っていた全身鎧が何かを差し出す。それは―――俗に言う、メリケンサック。しかも表面に怪しげな刻印が所狭しと書き込まれている。

 

 ―――隅っこに書かれた「厄珍堂」の文字が、なんとも不安をそそる逸品である。

 

「げ」

 

「極楽にー!行ってこんかーい!」

 

 忠夫はそりゃもう高く飛んだという。

 

 

「で、事情を説明しなさい。さっさとしないと、もう一発行くわよ?」

 

「あ、顎が~。・・・ええと、その・・・い、いろいろありました」

 

 

―――途端に吹き荒れる暴力の嵐。

 

 今日の美神はどうやら沸点が低めのようだ。

 

「で?あんたのバンダナがあった場所。猫又が住んでたんでしょ?大人と子供、少なくとも2人は」

 

「う、ういっす。良く分かりましたね」

 

「GS美神令子を舐めない事ね。あれだけ遺留品があれば、ちょっと考えれば判るわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時までも帰ってこない助手を心ぱ――いやいや、お仕置きしようと思っていつぞやの発信機を頼りに探してみれば、其処にはバンダナとふざけた書置きがあるばかり。つい八つ当たりで小屋を半壊させてしまったが、よくよく考えてみると、こんなところに在る小屋なんて怪しいことこの上なし。

 

「おキヌちゃん、ちょっと辺りを見張ってて」

 

「いいですけど・・・美神さんはどうするんですか?」

 

「此処、一寸気になるのよね。調べてみるわ」

 

 そのまま調べる事小一時間。出て来る出て来る、つい最近、まるで昨日まで誰かが暮らしていたかのような証拠の数々。

 

「ふーん、どうやらあの馬鹿、此処でこの件の犯人と出会ったみたいね」

 

「ほ、本当ですか?!」

 

「ええ。ほら、この体毛」

 

 そう言って美神が取り出したのは、先程この小屋の中で取った髪の毛と思しき毛。それを、見鬼くんの中に入れ、工事にきていた業者が襲われた場所で採取した物をその前に差し出してみる。

 

―――案の定、それは大きな反応を示していた。

 

「ビンゴっ!・・・てことは」

 

「よ、横島さんはどうしたんですか?!」

 

 慌てた様子で辺りを見回すおキヌ。美神は腕を組んだまま動かない。

 

「・・・あの馬鹿、一体何を考えてるのかしら」

 

「横島さーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、小屋の中には子供用の布団と、二人分くらいの食器。あんたの筆跡に間違いないから、大丈夫だとは思ったけど・・・」

 

「心配でしたか?!そーですか!なら嫁にっ!」

 

「死ねこのうすら馬鹿っ!」

 

 美神の拳は、忠夫のテンプルを正確に抉る。たまらず倒れて動けない忠夫の頭の上に、おキヌがふよふよと浮かびながら近寄ってくる。

 

「あ、ごめんなさい♪」

 

 そして、その手にもたれた花瓶が、狙い正確、忠夫の顔面を直撃。正確な爆撃は、忠夫の顔を一寸へこませた。おキヌの笑顔が黒いのは、目の錯覚だと思いたい。

 

「・・・ふぉぉぉぉぉ」

 

「猫又の親子でしょ?あそこに居たの。どーしたの?」

 

 美神は美神で全く気にせず、悶える忠夫に向かって再度の問いかけ。

 

「ういっす~。無事、人狼の里で預かってもらいました~」

 

 顔を押さえながら、ふらふらと立ち上がる忠夫。それを見ていた人工幽霊は、おキヌに包丁を渡していたりする。おキヌはおキヌで、流石にそれを使うかどうかは迷っているようであるが。

 

「・・・美人だった?」

 

「そりゃもうっ!って、あ」

 

「手が滑りましたー♪」

 

 不意に美神がそう聞くと、忠夫はついつい本音を漏らす。全身鎧が持っていた包丁は、おキヌのどっからどうみても故意の投擲で、忠夫に向かって一直線。

 

「うどわぁっ?!」

 

 ギリギリ回避した鋼の刃は、見事に半ばまで壁に食い込んでいる。

 

『「ちっ!」』

 

「舌打ちするなソコっ!」

 

 今日も今日とて、GS美神除霊事務所は騒がしく、賑やかであったとさ。

 


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