月に吼える   作:maisen

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第三十三話。

「ところで、御客人。何故こんな辺鄙な里に?」

 

 長老と竜神王、二人は長老お手製の竹でできた杯を手に、差し向かいで飲んでいた。

 

 長老の質問に対し、いささかこめかみを引き攣らせながら答えを返す竜神王。

 

 

「いやいや、犬塚殿とゆっくりと語り合いたかったのと、実は…我が娘を助けていただいた青年が、彼と知り合いだというので是非お会いしてみたい、と思いまして」

 

「・・・ほぅ」

 

 竜神王の言葉に、長老は感心したような、驚いたような声を上げる。人狼の里ではつい先日の大騒ぎ以来、此処しばらくは里を出て外に行った者はいない。

 

 と、言う事は、自然とその人物は絞られてくる。

 

「もしや、その青年とは・・・」

 

「ええ、犬飼殿のご子息だそうで」

 

 そう言って、ぐいぐいと手酌で酒樽を開けている犬飼に視線をやる。連れられて長老の視線も注がれる。

 

「・・・ぷはっ!うまいっ!」

 

 注目の人物の尻尾は、ばたばたと小気味良く動いている。一目でかなりご機嫌だとわかるのが便利である。

 

 

「・・・忠夫ですか」

 

 

「・・・まぁ、犬塚殿の話によると、かなりの――いえ、失礼。ええと、控えめに言っても――ゴホンッ!いや、その、悪く言えば――あー、えー。うーん・・・」

 

 

 どんな話を聞いたやら。

 

 

「ん?忠夫がどうしたでござるか?」

 

 未だに唸りつづける竜神王と、どうやってフォローしてやろうかと考え中の長老の間に、忠夫の名前を聞きつけてその父がやってきた。最早杯など要らぬとばかりに、酒樽右手に柄杓を左手。そんな状態でも息子の名前を聞きつける辺りが親馬鹿の根拠となっているが、本人は否定する事、間違いなし。

 

「・・・・・・・・・」

 

 無言で頭を抱える長老。その心中、推して知るべし、である。

 

「いや、実は犬飼殿のご子息なんだが・・・我が娘が世話になったのでな」

 

「・・・あの馬鹿息子が?」

 

「それがな―――」

 

 

 竜神王が語ったのは、いわゆるメドーサとの初対面となった犬飼忠夫子供化事件、のあらましである。

 

 とは言っても、あくまでも天竜姫の視点からの又聞きと、小竜姫からの報告書伝手なので、本当に詳しい事は余り分からないが。例えば忠夫の影法師とか、「牙」とか。

 

 それでも、一応の流れ自体は正しい。何せ報告書の製作者があの小竜姫であるからして、微に入り細に入り、分かった限りの事を書いてある。ま、それも後から聞いた話の部分も多いのだが。

 

 

「ぶははははっ!子供でござるかっ?!」

 

「おお、何でも悪魔の仕業らしいがな」

 

「で、それからどうなったんですかな?」

 

 とりあえず、聴衆の2人には大変御満足頂けた様で。

 

 

「ふー。いや、笑った笑った」

 

「お前の息子じゃろが・・・」

 

 そして話は終わりを告げ、笑いすぎで荒くなった息を正す犬飼父と、その横で苦笑いしながらもそれを叱る長老。さてさて竜神王は、と言うと。

 

「天竜・・・お父さんは、お父さんは何処の誰とも知らない奴なんか、許しませんっ!」

 

 話をしていて、竜神王にその時の事を伝える天竜姫の顔でも思い出したか、なかなかに黒いオーラを背負っていたりしていた。

 

 どうやら、恩は恩でも、仇で返す可能性が高そうだ。

 

 

「それはそうと、長老殿。実際の所、忠夫とやらはどういった人物なのでしょうか?いえ、犬塚殿の話だけでは・・・その、偏っているような気がしてなりませんので」

 

「ええ。偏りに偏っている事間違い無しでしょうな」

 

 何せあの愉快犯、というか、面白い事が大好きと言うか。掻き回すだけ掻き回してから楽しむつもりで、碌でも無い事を吹き込んだに決まっている。

 

 

 そう思った長老であったが、実際は違う。娘を取られそうな男親の、悲しい性とでも言った所が大きいだけだ。それはそれで駄目な大人の見本だが。

 

 

実際の所「娘が」「獲りに」かかってるのであるが。

 

 

「ま、まぁ、中々賢くはありますな」

 

「ほぅ。頭の方は悪くない、と」

 

 とりあえず、孫同然の忠夫の弁護に走る長老。このフォローは気に入ったようで、竜神王の反応が中々よろしい。

 

「長老ー。あれは小賢しいとか狡賢いとか狡猾とかセコイとか汚いとか、そういう分類に入るのではござらんか?」

 

 その努力を一瞬で無に帰す犬飼父。尻尾がぱたぱたとしている所を見ると、本人は大変嬉しいのであろう。そして照れくさい故にそういった言葉が出てきたのであろう。

 

 しかし、だ。

 

 時と場所と場合を考えろ、と長老は痛む頭を抱えながら心の中でそう叫んだ。

 

「何と・・・それでは」

 

「いやいや!戦いに於いてはそれは必要な事ですぞ?!」

 

「と、言っても。いつも拙者と犬塚にボロボロにされておったがなー」

 

「・・・弱いのではないですか?」

 

「いやいやいや!実はこの二人、この里でも2,3を争う腕の持ち主で?!」

 

「いやー、修行をサボってばっかりのあいつには、苦労させられたでござる」

 

「駄目ではないですか」

 

「いやいやいやいや!!そもそも2人に修行をつけてもらって死ななかったという事が?!」

 

「逃げ足だけはゴキブリ並でござるからなー」

 

「こ、この馬鹿たれは・・・」

 

「長老殿?どうかされましたか?」

 

 とうとう竜神王は、その話の展開に疑問を抱き始めたようである。

 

 当然だが。

 

 かたや必死に弁護する長老、かたや軽々とそれを打ち砕く実の父。段々長老の目が怪しくなっていき―――

 

「あっ!!!」

 

「何か?」

 

 

「むごっ?!」

 

 

 それは、一瞬の出来事であった。突如として長老があらぬ方を大声とともに指差し、竜神王とポチはそちらを思わず見やる。

 

 その瞬間半獣化した長老が、いや――チョウロウが無音で降臨し、犬飼父の口に玉葱を突っ込み、見事な後ろ回し蹴りというか、ローリングソバットをその玉葱を突っ込んだ所目掛けて叩き込む。かなり本気の殺意とともに。

 

 

 思いっきり吹っ飛んだポチは、

 

「・・・い、いきなり何をするか犬飼っ?!って、泡吹いて玉葱咥えてる?!」

 

「い、犬飼殿ぉぉぉっ?!」

 

「うわー。良く生きてるわね」

 

 

 犬塚とシロタマのところに突っ込んだ。此処まで狙ってやったのであれば、流石はチョウロウ、といった所か。かなり間違った力の使い方であるが。

 

「おや、犬飼殿は何処に?」

 

「ええ、犬塚と飲みたいと言ってあちらですじゃ」

 

 それに全く気付かないあたり、竜神王もかなり酔ってるのかも知れない。その質問に答えた長老は――やはり一瞬で人型に戻っている――かなりイイ笑顔だった、とだけ述べようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー。ついたっすよー!」

 

「此処が・・・」

 

「人狼の里、なの?」

 

 宴会場で起こっている、そんな乱痴気騒ぎの話題の中心人物は、ようやく里を護る結界の外に辿り着いていた。

 

 猫又親子を引き連れて、先頭を歩いていた忠夫が振り返って到着を告げると、いよいよ持って緊張が限界まで来たらしく、美衣は尻尾と猫耳がはみ出していた。

ケイはその母の尻尾にしがみ付いている。

 

 

「ええと・・・通行手形は、と「そこの者達!」――へ?」

 

 ごそごそ、と懐をあさって人狼の里への結界の穴を作り出す、通行手形を引き出そうとした忠夫に、いや、忠夫達に向かって掛けられる声。

 

 不意を付かれた為もあってか、慌ててそちらを振り向く。

 

 其処に立っていたのは―――

 

「ぬ、その耳・・・人狼の一族か?」

 

 完全武装。ごっつい鎧、それよりごっつい肉体、腰に下げたかなり格の高い、おそらく神剣。どっからどう見ても、怪しさ爆発の、角の生えた竜神族の近衛兵士であった。まさかそんなものが自分の里の周りをうろちょろしているとは思いもよらなかった忠夫は、しばらく絶句して硬直する。

 

 美衣とケイはその忠夫の背中に隠れて、美衣の耳とケイの顔左半分だけがのぞいている。

 

「えー、あの、俺は犬飼忠夫って言って、この里の者ですけど・・・」

 

 なんとかそう言葉を搾り出す。しかし、その反応は、忠夫にとっても予想外。

 

「なっ?!」

 

 かなり驚いた様子で、その名前を聞いた兵士は懐から1枚の紙を取り出す。そして、その紙と忠夫の顔を見比べるように何度か視線を往復させた後、慌てた様子で首に下げていた笛を取り出し―――

 

ピッピッピーーーー!!!

 

 高らかにそれを吹き鳴らした。

 

「犬飼忠夫殿、ご本人ですね?!」

 

「え、ええ。そうですけど」

 

「少々お待ちを!ただいま上の者が――将軍っ!」

 

 その兵士は、吹いた笛と懐から取り出した紙を放り出すと、忠夫に向かって急いた様子で声をかけ、待つように言った。が、彼がそう言ってから待つことも無く、空から更にいかついにーちゃんたちが舞い降りてくる。

 

忠夫に声をかけた兵士の笛の音は、どうやら集合の合図だったようである。

 

「どうした?!緊急の合図「将軍っ!犬飼忠夫殿、発見しましたぁぁぁっ!!」何ぃぃぃっ!!」

 

 その集団の先頭にいた、更に豪華でやたらときらきらした鎧の将軍と呼ばれた竜神族は、その兵士の言葉を聞いて、加速しながら着地する。そして、その勢いのままに忠夫の眼前に立つと、またもや懐から紙を取り出し忠夫と比較。

 

 うんうん、と何度か頷いた後。

 

「総員っ!けいれーーーい!」

 

 突然、将軍の号令で、全員が忠夫に向かって、右手を額に添え、左手を真っ直ぐ伸ばして足の横につけ、当然背筋は真っ直ぐ、という敬礼の見本のような敬礼を忠夫に見せつける。しかも、一部は何故か涙まで流している。最早、大混乱の忠夫と、その後ろの親子。

 

「どうぞ・・・皆様方がお待ちです!」

 

「あ、え、はい」

 

 最前列の将軍の合図で、綺麗に真ん中から2つに分かれる兵士達。忠夫は、将軍の進めるままにその真ん中を歩いていく。周りからは、ありがとうございます、だの、姫をよろしくお願いします、だの、竜神王陛下には負けないで下さい!だの。

 

 忠夫は混乱の度合いを深めるばっかりである。

 

 それでもようよう入り口まで辿り着いた彼は、おそるおそる後ろを振り返りながらも、懐から通行手形を取り出して、里の中へと入っていった。

 

 兵士達の万歳に送られながら。

 

「あれが、姫の恩人ですか・・・」

 

「ああ。中々の面構え、将来は大物になるやも知れんな。流石は姫、お目が高いわ!はーっはっはっは!」

 

「いやいや、彼ならば陛下を子離れさせてくれる事でしょうな!あっはっはっはっは!」

 

 その言葉を聞かなかったのは、運がいいというかなんと言うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本人も知らぬ間に、家臣団からの期待を背負った忠夫は、それでも首を捻りながら里の中心に向かって歩いていく。

 

 ―――今日は満月、やはりいつも通りの宴会が開かれているようで、その中心で燃え盛る櫓がいい目印である。

 

 とは言っても、歩き慣れた道であるからして忠夫が迷う訳もないのだが。

 

「に、兄ちゃん、さっきの人たちって?」

 

「いや、知らん。まー、害意は無いから大丈夫だとは思うけど・・・ついでに長老に聞いてみっか」

 

「じ、人狼の里ってそんなに適当なんですかっ?!」

 

 震える息子を庇いながら、忠夫に問い掛ける美衣。

 

「んー、ま、いいか」

 

「適当すぎるっ?!」

 

 忠夫は、そう返事を返すと、またてくてくと歩き出すのであった。が、

 

「あれー?もしかして忠夫君?」

 

 歩き出した所で、人狼の若者と出会ってしまった。

 

「あ、ちょうどよかった。あの外の「う、後ろの人達は?!」」

 

 しかし、彼の視線は久しぶりに帰ってきた脱走者よりも、その後ろにいる美衣とケイの二人を捕らえて離さない。何故か、冷や汗がだらだらと流れている。

 

「あー、この二人は俺が嫁「なにぃぃぃぃっ?!」―――に誘ってみたけど断られた猫又の親とその子供って、そんなに慌てて走らんでもええやん」

 

 忠夫の台詞を遮って、大声で叫んだその人狼は、ばっ!と身を翻すと、広場に向かって走り出す。

 

 物凄い速度で。

 

 後に残されたのは、胡乱な目つきで彼が立てた土煙を眺める忠夫と、さらに胡乱な目つきで忠夫を横目に見る美衣とケイの姿であった。

 

 

「なるほど・・・つまり・・・中々見所はある、と言いたいんですな」

 

「そうですな。ま、まだまだ発展途上。そのおかげで次に会う機会が楽しみではありますが、の」

 

 とりあえず、邪魔者がいなくなった後のフォローが上手くいった長老は、ようやく一息ついていた。竜神王も長老の粘り強い説得というか何と言うかのおかげで、少々犬飼忠夫という人物についての見解を改めたようである。

 

 もしかして、という程度であるが、それでも其処まで持って行くのにどれだけ長老の神経が削られたかと思うと、長老の胃が心配だ。

 

「やれやれ・・・全く犬飼家は世話を焼かせよる「ちょ、長老!!」・・・なんじゃ、慌しい」

 

 

 その時。小声でぼやく長老の下に、火種は持ち込まれた。

 

 

「た、忠夫が?!」

 

「忠夫?あやつ、帰ってきおったのか」

 

「ちょうどいいですな。一度会っておこうと思っていましたから」

 

 慌てながらも、その人狼の口から出てきたのは件の青年の名前。

 

 驚いたように片方の眉毛を跳ね上げた長老は、そのまま竹の杯の中身を空けにかかる。どうやら、心配事は片付けたので落ち着いているようだ。竜神王は竜神王で、いそいそと立ち上がり、その人狼が指し示す方角へ歩き出そうとしている。

 

「忠夫がっ!!嫁を連れて戻りましたぁぁぁっ!!!」

 

ぶほ。

ばきっ。

 

 最初の音は、長老が口に含んだ酒を吹き出した音。次の音は、竜神王が杯を握りつぶした音である。

 

 

「・・・知らん。ワシしゃもう知らんぞ。寝る」

 

「ふ・・・ふふふっ!忠夫とやら・・・一回、拳で語り合ってみようかぁぁぁっ?!」

 

 

 長老は全てを諦めた目で家へと歩き出す。竜神王はやたらとヒートアップ。

 

 

「あ、兄上ぇぇぇっ!」

 

「忠夫ぉぉぉっ!!」

 

 その横を、素晴らしい速度で駆け抜けていったのは犬塚さんちのシロさんと、自称忠夫の親友、他称女狐タマモさん。

 

「・・・・・・浮気は駄目って言ったのに」

 

 更にその後に走り出したのは、先程まで飲み比べをしながら里の酒豪たちを相手に、ばったばったと飲んだくれを作り出しつづけていた天竜姫様。ごそごそと着ていた服の袂を探れば、出てくる出てくる物騒なオーラを放ちまくりの怪しい物の数々が。

 

「おい、犬飼」

 

「ああ、犬塚」

 

「「面白そうじゃないか!」」

 

 4人が走り去っていった方向に、こそこそと進んでいくのは元祖親父ーず。犬飼父が玉ねぎをガリガリと齧っているが、どうやら玉葱に慣れたらしい。そして、侍は何時いかなる時でも直ぐに戦いに応じられるようになっているようだ。戦いといえば戦いなんだろうか。

 

 

「クキューン!」

 

「お、タマじゃないか!元気にしてたかー!」

 

 一番手はタマ、いやタマモ。どうやら獣の姿で走って、後続に差をつけることに成功したようだ。

 

 そのままの勢いで駈けて来るタマモ。彼女的には、劇的な再会、そして、目の前で美女に変わる親友――そして芽生える愛!――という風になっている。長く辛い時であった。始めて出会った時に目を付けて以来、もう何年になるだろう。共に食料を分け合い、共に睡眠を取り・・・流石に一緒にお風呂はちょっと駄目だったが。年頃として。

 

 ようやく、そう、ようやくこの時が来たのだ。忠夫に胸を張って会える時が!

 

「キューン!」

 

「おっと!おお、元気そうだな!」

 

 そして、念願の忠夫の胸に、一番で飛び込む瞬間。さぁ、驚かせてやろう。これが、本当の、タマモだと。

 

「忠―――「殿中でござる!」おきゃぁぁぁっ?!」

 

 

(ああ、離れていく。忠夫が。シロ、ぶっ殺す)

 

 

 忠夫に抱きつく瞬間、突如現れた犬塚さんちのシロさんは、タマモをふっ飛ばしながら忠夫の胸に飛び込んだ。

 

「兄上―!」

 

「え?あれ?今の?うおっと?!」

 

 久しぶりに会えた兄は、以前よりも大きく見えた。成長しているとかではなく、何と言うか、そう、器が広がっているというか。

 

 それでも兄らしいと言えば兄らしいのか。さすが拙者の兄上――いや、もう、そうではない。忠夫殿、そう呼びたい。

 

 あの狐には少々すまない事をしたが、それでも譲れない物はある。だから、

 

――犬塚シロは、犬飼忠夫を諦めない。

 

「兄う――じゃなくって・・・ええと、その、あの」

 

「ん?どしたシロ。もう兄上は嫌になったか?」

 

 そう、笑って聞いてくる忠夫殿。心の中なら簡単なのに、それでも口には出し辛い。

 

「違うでござる!・・・その」

 

「ん?」

 

 

「た、たた、忠「シィロォォォォー!!」お?」

 

「うわちゃちゃちゃーー!!」

 

「あ、兄上―!」

 

 先程吹っ飛ばされたタマモが、駈け戻りながら放った狐火は、とっさにシロを庇った忠夫を直撃。炎に巻かれて転げまわる忠夫。そしてシロの決意は灰と燃え。

 

「な、何をするでござるかこの馬鹿狐ー!」

 

「それはこっちの台詞よ馬鹿犬ー!」

 

「「「狼でござる!((だー!))」」」

 

「「へ?」」

 

 何故かシロ以外にも、2人ほど余計に声が聞こえた気がしたが、とりあえず今問題なのは感動のシチュエーションを邪魔した目の前の馬鹿、と互いに臨戦体勢を取る。 というか、早く助けないと忠夫がいい感じにウェルダン。

 

 そしてたちまち巻き起こる、狐火と霊波刀の乱舞。互いに本気の物から比べればじゃれあいのような物であるが、それでも周囲が被る被害は馬鹿に仕切れたもんじゃない。

 

 

「げほっ!げほっ!」

 

 なんとか被った土で火を消し止め、口から煙を吐く忠夫。背景ではシロタマが口どころか手も足も狐火も霊波刀も出しながらの大喧嘩。

 

「あー、死ぬかと思った」

 

 普通死なないまでも重症になる。何故ほぼ無傷。そんな不条理は、いきなり下から袖を引っ張られた。そちらを見下ろしてみれば、

 

「・・・・・・浮気者」

 

「何故にWHY?!」

 

 忠夫的には何故か居る天竜姫が、忠夫に向かって銃口を突きつけている。即座にホールドアップで全面降参の忠夫君。

 

 

「あー、天竜?とりあえず状況の説明をしてもらいたいんだが」

 

 それでもこのまま撃たれたんじゃぁ流石の忠夫もちょと怖い。という訳で、状況を把握し様と天竜姫に問い掛ける。

 

「・・・・・・その人は?」

 

 天竜姫は天竜姫で、忠夫に銃口を突きつけたまま、視線だけで美衣を指す。指された美衣は、というとケイと一緒に近くの大木の上で震えている。

 何時の間に登ったのやら。

 

「あー、俺が嫁に「・・・・・・浮気、駄目って言った」」

 

「うおわひゃっ!!」

 

 三点バーストがさっきまで忠夫の頭が在った所を正確に貫く。髪の毛数本の被害だけで避けきる辺り、忠夫である。

 

「・・・・・・ちっ」

 

「浮気もなんも、俺は悪くないー!」

 

「開き直りでござるか」

 

「開き直りね」

 

 何時の間にやら天竜姫の後ろには、煤けたシロと、あちこちに葉っぱや木の枝の引っ付いたタマモの姿。

 

「てかお前誰さ?!」

 

 そうの賜りながらタマモを指差す忠夫。彼からしてみれば初対面なのでしょうがないといえばしょうがないのかもしれないが、この時点でその突っ込みは即アウト。つまり、その言葉でさらにタマモに井桁が1個ぷらす。

 

「・・・・・・とりあえずお仕置き」

 

 そして、忠夫の切ない悲鳴が響き渡ったのであった。

 

 

「こ、怖いよ~母ちゃん!逃げようよ~」

 

「ご、ごめんね、ケイ。実は・・・」

 

「え?」

 

「腰が抜けちゃったの」

 

「か、母ちゃんのあほー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶわはははは!」

 

「・・・・・あの馬鹿」

 

「天竜・・・やんちゃでも良い。あんなに逞しくなって・・・父は嬉しい」

 

 忠夫たちの大騒ぎを、繁みの影から見つめる3つの影。

 

 犬飼父と犬塚父と竜神王である。もちろん犬塚が止めたりする訳が無い。面白いのに。竜神王は竜神王で、楽しそうに?はしゃぎ回る娘の姿に、どこかピントのずれまくった感激の涙を流している。

 

 そして、何故か犬飼ポチの方は遠い目になっていた。

 

「あー、お前らやっぱ親子だわ」

 

「・・・拙者は、あそこまで酷くない」

 

「ま、あんときゃ里の独身人狼全部が相手だったけどなー」

 

 現在忠夫が会っているのと似たような目にもポチは遭っている。相手は男衆ばっかりで、更に終わった後に、妻の沙耶が彼ら全員を優しく手当てして、人狼独身男性を全員味方につける、という離れ業を彼女はかましている。

 

「・・・・・・今でも忘れんぞ。お前の奴が一番効いた」

 

「ま、あの頃は一人者だったしなー」

 

 二人は、顔を見合わせて。僅かに苦い物を含みながらも、それでもどこか幸せな、懐かしい記憶を互いに思い出し笑うのだった。

 

「よしっ!そこだっ!ああ、あれを避けるかっ?!」

 

 竜神王、何しに来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。で、其処の猫又の女性が」

 

「はい、美衣、と申します。こちらが・・・ほら、ケイ」

 

「あ、あ、あのっ!ケイです」

 

 忠夫の悲鳴が余りにも騒がしく、そして彼女達が起こした被害が結構な物になって来た為。とうとう里の者―――数少ない人狼の女性。しかし既婚―――が長老を呼びにいき、彼の一喝でようやく事態は収束したのであった。

 

 ちなみに、すかさず逃げ出そうとした犬飼父と犬塚父はあっさりとっ捕まって、今は外で蓑虫状態で吊られている。何故か忠夫も一緒に。シロタマ天竜はその隣で正座中だ。竜神王は一応客なのでお咎めなしだが、天竜姫は見た目子供なので、躾に厳しい長老の言葉で反省中、長老は永い竜神王族の次期女王を正座させた人狼として極一部で有名になったとか。それを草葉の陰からこそこそと見守って居る竜神王。

 

 

 腰が抜けて動きが取れなくなっていた親子を、暴走状態の馬鹿どもを一跳びでスルーして助け出した長老は、彼女達に長老宅で待つように告げると、近くにいた長老を呼びに来た人狼の女性に案内を任せてお仕置きに行き。

 

 何もかもが片付いてから、ようやく彼女達の話を聞くことができた、と、そういう訳である。

 

「うむ。元気があってよろしい。なるほど、里に外の馬鹿が連れてきたのは、そう言う訳があって、か―――ま、よかろう」

 

「え?」

 

「ちょうど、里に空家がある。最近はこの里にも、忠夫が居なくなった分活気が足りなかったようであるし。ちょうどいいじゃろ」

 

「そ、そんなに簡単に、いいんですか?」

 

 

 あっさりと、猫又親子の里での生活を認める長老。その余りの速さに、むしろ美衣たちのほうが困惑気味である。しかし、長老は髭を扱きながら、簡単に答えを返す。

 

 

「忠夫が誘ったんじゃろ?なら、それに答えてやるのが里の長の、いや、ワシの役目じゃよ」

 

「・・・・・・ありがとう、ございます」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ほっほっほ」

 

 ただ、静かに頭を下げる美衣と、それにつられてお礼を述べるケイ。とりあえず、こちらは一件落着のようである。

 

 

「ねえ・・・聞きましたか?」

 

「せ、拙者は、嬉しいっ!」

 

「美人で、しかもスタイル抜群。いいねー」

 

「ふふふ・・・。今度こそ!こんどこそっ!」

 

 とは言え、しばらくは外野(一人者)が五月蝿そうだが。

 


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