月に吼える   作:maisen

32 / 129
第三十一話。

明るい夜だった。

 

此処には電灯もランプも無い。

 

それでも、森に囲まれた其処は、明るい満月の光と、赤い炎の灯りで満たされていた。

 

星の光、月の光。そして、

 

――少し開けた、広場の中心でぼうぼうと燃え上がる大きな火。

 

「と、いうわけでっ!飲むぞぉぉぉぉっ!」

 

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおっ!!」」」」」」」」」」

 

 人狼の里では酒宴真っ盛り、で、あった。

 

 

「おお・・・ゆっくりと飲む人界の酒も、中々美味いではないか」

 

「む、神界の酒も美味いでござるな」

 

 何故かいる竜神王と、その横に座って杯を呷る犬飼ポチ。珍しくも落ち着いた感じで酌み交わしている。

 

「いや、犬塚殿から聞いていた話と大分違う御仁ではないか。驚いた」

 

「・・・あやつめ、一体どんな話をしたのだ」

 

 互いに酌をし合いながら、どんどんと酒樽を開けていく。二人ともまだまだ余裕のようである。

 

「御客人、楽しんでおられますか?」

 

「おお、長老殿。すみませんなー、いきなりの来訪に此処までもてなして頂けるとは」

 

「いやいや、気にすることは無いですぞ。元々、今宵は満月。宴の予定でしたからな」

 

 

 竜神王は今回、ある目的の為に人界に降りて来ていた。家臣団は流石に数が多い上に――この前のように脱走した訳ではないので、20人程度来ている――見た目が完全武装なので里の外で警戒任務に当たっている。もちろん、人狼の里の結界が強固な物である事を確認した上で、だ。

 

 

 お仕事は先代達に任せられるものは任せたし、今回は家臣団以外にもちゃんとお目付け役がついてきている。

 

「・・・・・・ぷは」

 

「「「うおおおおおっ?!!」」」

 

「すっごい・・・ほんとに一樽空けちゃったよ」

 

 長老達から少し離れた所では、天竜姫がちょうどその頭より大きな杯で、人界のお酒というか、建前的にはお神酒を一樽空けてしまった所だった。見た目に寄らず既に齢700を数え、保護者の許可があるとは言え、見た目には最早常識外れとしか言い様が無い。流石うわばみ異名を取る竜神族、と言った所なのだろうか。

 

「いくらお神酒と言っても、いいのかなー?」

 

 まだまだ理性を保っている人狼の若い青年が突っ込むも、周りの雰囲気はその光景を見てヒートアップ。

 

「・・・・・・お代わり」

 

 そう言って更なるお神酒をご所望の竜神王女。素面どころか、明らかに樽の方が彼女の体より大きいのは気のせいではない。

 

「ま、負けてられん!お前ら、飲め飲めー!」

 

「「「お、おおっ!!」」」

 

 そして満月の下の宴会は、滞りなく進んでいくのであった。

 

 

「えぐえぐ・・・しろぉぉぉ」

 

「はいはい、なんですか父上ー。全く、弱いと分かっているのにな~んで飲むのでござるかなぁ?」

 

「分かってあげなさい。それが付き合いらしいわよ」

 

 一部では早速ぐでんぐでんの泣き上戸が発生していたが。

 

 

「さ~て、もうすぐ人狼の里っすよー」

 

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

「か、母ちゃん~」

 

 それでもって、その里に近づく一人の半人狼、と猫又の母子。火種は直ぐ其処まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時はしばらく遡る。

 

原始風水盤事件の後、美神達は、疲れ果てた体を引きずってよろよろと、街の外れにあるホテルまで辿り着いていた。

 

「あ~、もう駄目。しばらく動きたくないわ」

 

 そう言いながらベッドに倒れこむ美神。

 

「最後に横島さんにあんな事するからですよ~」

 

 その横にはおキヌがふよふよと浮かんでいる。

 

「あれはあいつが悪いの。全く――ふぁぁっ・・・、あー。さっさとシャワーでも浴びて寝ますか」

 

 漸うベッドから体を起こした美神は、それでも体に着いた土ぼこりや汗が気になるのか、ふらふらと浴室に向かって歩いていく。おキヌとしては、シャワーでなくバスに浸かると言い出したら止めるしかないなー、と思っているほどの眠たげな様子である。

 

「クスクス・・・お疲れ様でした♪」

 

 それでも、それを見送るおキヌの目には、安堵が色濃く浮かんでいた。

 

 

「さー!裸のお付き合いしましょっか♪」

 

「嫌じゃぁぁっ!!」

 

「手前一人でさっさといけぇぇぇっ!」

 

 男部屋は、何故か4人一部屋だった。おそらく、と言うか間違いなく誰かの陰謀だ。と言うか勘九郎。せまっ苦しいユニットバスにどうやって裸の付き合いを持ち込むつもりか。目が嫌な光を放つ勘九郎は、じりじりと他3人に近づいていく。

 

「・・・・・・・・・」

 

「「逃げるなピート」」

 

 2人の後ろに隠れてこっそり霧に変わろうと四肢の端からモヤモヤと姿を変えようとしていたピートだったが、霊力を纏った忠夫の手と魔装術を展開している雪之丞の手にしっかりと両肩を掴まれる。

 

「だ、だって僕には関係ない「あら、一度に3人までならOKよ?」殺りましょうか」

 

 いきなり霊力全開で、勘九郎に向かって身構える。自分がターゲットになっている以上、此処で脅威は潰しておいた方がいい、と考えたようだ。

 

「とりあえず、後ろだけは見せるんじゃねぇぞ!」

 

「というか、あの目はやめれー!!」

 

「先生・・・どうか護ってください」

 

 雪之丞は思いっきり腰が引けているし、忠夫は勘九郎の視線に怯えている。ピートはピーとで、今日本に居るはずの唐巣に向かってそう呟く。

 

(はっはっは。自分の身は自分で守る物だよ、ピート君)

 

「そんなっ!裏切ったな!僕の気持ちを裏ぎ「「待て」」あれ、なんかデジャブ?!」

 

 

―――暗転―――

 

 

「ちぃっ!いきなり戦力が減っちまったぜ!」

 

「迂闊なんだよ、ピートぉ!」

 

 何故かボロボロでピクピクしているピート。何故に復活できないのかと言えば、忠夫が成長した事と戦闘極振り雪ノ丞の参加があったせいであろう。以前のGS試験の時とは攻撃力の点で違いがありすぎたようだ。

 

「・・・さあ、夜はこれからよ♪」

 

「なぁ、生贄差し出して逃げねぇか?」

 

 しかし勘九郎のその余りの元気っぷりに、段々不安になってきた雪之丞は、背後のピート親指で指し示しながら忠夫にそう囁く。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・いや、やっぱ仲間見捨てちゃ駄目だろ」

 

「・・・・・・・しゃーねぇなぁ」

 

 その余りにも長い逡巡が、どれほどの相手方の脅威がどれほどかを雄弁に示している。

 

「「ヤられてたまるかぁぁぁぁっ!!」」

 

「ほーっほっほっほ!!」

 

 そして、ホテルの一室は戦場と化した。

 

 

――次の日の朝。と言ってもまだ日も昇りきらぬ頃。昨夜遅くに安眠を妨害された美神は、未だに騒がしかった男部屋の連中を一人残らず神通棍で黙らせた後、口止め料込みで札束を一つ置くと、逃げるように香港を後にしたのだった。「偽名で泊まっておいて良かったわ」とは彼女の言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ全員帰国、一旦GS美神除霊事務所に集まる。そこで待っていた小竜姫に報酬をそれぞれ貰う。雪之丞と勘九郎は更に何か書類を貰っていたようであるが。

 

「なぁ、それなんだ?」

 

「小竜姫様のお墨付き、よ」

 

「ま、同門に魔族が居たってことで、GS試験を受けられるかどうかも怪しかったからな。これで大手を振って試験も受けられるし、上手くいけば除霊で飯が食えるって訳さ」

 

 つまり、GS試験での諸々の疑いに対し、この2人は完全に無関係である、という証明を作ってもらうと言うのがこの2人の報酬の一部であったらしい。

 

「ありがとう御座いました。ご協力、感謝いたします」

 

「こちらこそ、よ。この界隈で生きて行くのなら、多分これ以上に箔の付くモノは無いでしょうし」

 

 2人に頭を下げる小竜姫に対し、勘九郎は軽く笑ってそれを流す。この律儀者の一筆を疑えると言うのなら、それは余程無知か後ろめたい事があるか大馬鹿であるかと言った所であろう。

 

「ピートとやるのも面白そうだけど、お前ともやってみたいなぁ」

 

「疲れそうだからヤダ」

 

「僕も遠慮します」

 

「ま、そのうちやろうや!」

 

「「聞けよ」」

 

 雪之丞もピートと忠夫に別れの挨拶をしながらも、握手をしている。若干全員に手に力が入っている辺り何ともはや。

 

「それじゃ、この業界に居るのならまた何時か会うかもね」

 

「ええ、今回は色々と面白かったわ。じゃ、またね~」

 

「横島―!ピートー!今度会ったらバトルだぞー!!」

 

「断るー!」

 

「僕もですー!」

 

 二度と来るな、と言わないのは彼らなりの歓迎の意思もあったのか。そして、彼らは去って行った。

 

「それじゃ、僕も帰りますね」

 

「あ、ピートさん。これをお持ちください」

 

 そう言ってピートに小竜姫が差し出した物は

 

「小判?! しかもこんなに・・・」

 

「今回の件には巻き込んでしまった形とは言え、それでも感謝していますから」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに受け取るピート。これで神父も美味しいご飯が食べられるであろう。空を見上げるピートの目には、笑顔で手を振る神父の空腹でやつれた顔が見えている。

 

「そ、それじゃっ!先生―!今現金収入を持ち帰りますからねー!!」

 

 ピートは、そう言い残し唐巣神父の待つ教会へと走っていくのであった。

 

「で、小竜姫?」

 

「ええと・・・」

 

 それを微笑ましげに見送る小竜姫の肩に、ぽん、と置かれる美神の手。

 

「わ・た・しに対する報酬は?」

 

「あの・・・それが・・・そのぉ~」

 

 一瞬固まった後、困ったような表情で振り向く小竜姫。その額には大粒の汗が光っている。

 

「小判でもいいし、現金でも良いわよ~?それとも、金塊とか?」

 

「それが、今妙神山の宝物庫が開かなくなっちゃってて・・・」

 

「へぇ?」

 

 その台詞で、美神の雰囲気が一変する。武神に、冷たい空気が流れ込んできたような感じさえ起こさせるあたり、さすがと言えばさすが。

 

「そそっ、その!上司がなんだか一番厳重な鍵のかかる其処に閉じこもっちゃって開かないんですよ!」

 

「じゃあさっきのアレは何よ?!」

 

「非常用に分けて置いたやつです!だからもう無い――」

 

 其処まで聞いた美神は、にっこりと微笑むと。

 

「分かったわ」

 

 と、彼女にあるまじき台詞をのたまった。

 

「・・・・なぁ、おキヌちゃん」

 

「・・・・ええ。すっごく嫌な予感がしますね」

 

 傍で眺めている、忠夫とおキヌは背筋を走る悪寒に小竜姫の不幸を哀れまずにはいられなかったと言う。

 

「代わりに、体で払ってもらいましょうか?」

 

「そんなっ?! 美神さん、女同士よりも是非俺の嫁にー!」

 

「だまっとれこの馬鹿っ!」

 

 そしてきっつい神通棍の一振りで、詰め寄った忠夫はあっさり撃沈。

 

「私の除霊に、すこーし手を貸してくれればいいのよ?」

 

 全く崩れない笑顔でそう小竜姫に向かって声をかける美神。

 

「ほ、本当に良いんですか?!」

 

 その笑顔に酷い目に遭わされるかもしれない、とか考えていた小竜姫は、地獄に仏とばかりに飛びつく。後々、小竜姫はこの時に喜んだ自分を、過去に戻れるならばなんとしても諫めていただろうと語った。

 

「ええ・・・良いわよ?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「それじゃ、契約成立って事で♪」

 

 

「ナンマイダブナンマイダブ」

 

「違いますよ、横島さん。南無ーって言うんですよ?」

 

「「なむー。」」

 

 

 そして始まる小竜姫の受難。時には近くの岩神と揉め事を起こした浮幽霊達の緊張緩和に走り回り、何故か美神と一緒におキヌを鍛え上げたり。時には海岸に出没する恐竜の幽霊とガチンコでバトルしてみたり。時には始めて見るカラオケの機械に触っていて、操作に戸惑っている内に何時の間にかセイレーンに沈められてみたり。突如美神除霊事務所に出現したゴキブリを美神と一緒に大騒ぎしながら追い出したり。ちなみにこの時一番被害をこうむったのは人工幽霊一号だったりする。

 

 と、上げたのはまさに一部。妙神山では管理人が不在の時が問題になったりはしないか、という鬼門達の不安が在った物の、上司がいまだ宝物庫から出てこない為、ばれなかったので良しとしよう。

 

「ま、こんなもんかしらねー」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「だ、大丈夫っすか、小竜姫さん?」

 

 そう美神が労働の終了を告げたとき、小竜姫は心から喜びの涙を流していた。

 

「さ、て。大分荒稼ぎさせてもらったけど・・・」

 

「ホントーに荒稼ぎしましたね」

 

 小竜姫が、開放感に溢れたすっごい笑顔で事務所を後にしてしばらく。美神はほくほく顔で帳簿をつけていた。

 

「ま、元を取るどころかかなり楽に稼がせてもらったけど♪」

 

「・・・罰が当たっちゃいますよ?」

 

「あの人ならそれさえ避けて通りそうだけど」

 

「おーっほっほっほ!商売繁盛―!」

 

事務所には美神の高笑いが響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳なんですよ」

 

「ふ~ん、開発を妨害する妖怪、ねぇ」

 

 一週間後、美神達の姿は、のどかな山中にあった。辺りは見渡す限り山、山、山。その隙間に存在する、小さな村。そして空には白い雲と青い空。まさにピクニック日和とはこの事であろうと言わんばかりの情景が広がっている。

 

「良い所だと思うけど・・・」

 

「わし等にしたら、そんな事いってられる状況ではないですじゃ」

 

 美神の前には、いかにも着慣れないスーツを引っ張り出してきた、と言う感じの村の長がいる。その表情は切羽詰った物であり、焦りと疲労の色が濃く出ていた。

 

「まんず、村の活性化のためっす。過疎の村は自然がどうとか言ってる場合じゃないっす」

 

 要するに、過疎で悩む村が、村起こしの為に近くの山を切り開き、ゴルフ場を建設し様としていた所に、山に住んでいたと思われる妖怪が邪魔をしてきた、と言う事である。

 

「分かったわ。この依頼引き受けましょう」

 

「あ、ありがとうごぜぇます!」

 

「横島君!見鬼君と破魔札一揃い、それからボウガンを出して頂戴。この辺りを調べてみるわ!」

 

「横島さんなら居ませんよ?」

 

「へ?」

 

 村長に依頼を引き受ける事を伝え、辺りを見回しながら横島に声を掛ける美神。だが、忠夫からの返答は無く、帰ってきたのはおキヌの忠夫の不在を告げる言葉のみ。

 

「ど、どこにいったのよあの馬鹿はっ?!」

 

 慌てておキヌに詰め寄る美神。

 

「え、えっと、なんだか住んでた所に似てるからちょっと遊んでくるとかいって」

 

「あの馬鹿はぁぁぁぁっ!!」

 

 どうやら、野性の本能がちょっと顔を出しちゃったようである。

 

 

「ぷはぁっ!うーん!美味いっ!」

 

 その頃忠夫は、森の中に流れる綺麗な川で喉の渇きを潤していた。横にはおそらく本日の獲物であろう、20cm程の大きめの魚が5匹、河原に打ち上げられびたんびたんと跳ねていた。

 

「いやー。やっぱこっちの方が性に合うなー」

 

 ぐっと背を伸ばし、辺りの風景を眺める。川はさらさらと涼しげに流れ、その透き通った水の中に背中で太陽の光を銀色に跳ね返しながら泳ぐ魚達。辺りからは鳥達の声が響き渡る。

 

「美神さんには悪いけど、迷ったとか言って1日くらい過ごしていくかー」

 

 そう呟くと、おもむろに火を起こしにかかる。霊媒道具の入ったバッグはもちろん美神の所において来てあるので、持っているのはライターだけだ。それでも器用に小枝を集めて火をおこし、簡単な焚き火を完成させると、余った小枝で魚を刺して火で炙る。

 

「焼けてきた焼けてきた」

 

 魚の皮に段々と焦げ目ができ始める頃、辺りには香ばしい匂いが広がっていった。

 

「よし、これはもう良いな」

 

 魚の中でも一番小さな物が食べごろになったようなので、そのまま齧り付くことにする。

 

「いっただき―――「ごく・・・」――まーす、と見せかけてっ!」

 

 その手に持った、焼立てほやほやの小魚の刺さった枝を、妙な気配のする方向にぽいっと投げてやる。それはゆっくりと放物線を描きながら飛んで行き―――

 

 

「―――にゃっ!」

 木陰から飛び出してきた、小さな人影にさらわれた。

 

「あ、おいしい」

 

「だろ?」

 

「うん」

 

「で、お前誰だ?」

 

 夢中でその魚に噛り付いていたその影を良く見てみれば、年の頃12,3歳の少年であった。人里はなれた山奥に、こんな子供が一人で居る事はおかしいが、とりあえず敵意はなさそうなので軽く声を掛けてみる。

 

 案の定、その少年は咥えていた魚の方に意識が行っていたのか、あっさりと返事を返してくる。が、誰何の言葉でぎくっと固まると、慌てたように辺りを見回し、背後に立つ忠夫を発見する。

 

「にゃっ!」

 

「待った。腹減ってるんだろ?もう2・3匹食べてけよ」

 

 逃げ出そうとしたその少年の襟首を掴んで焚き火の所まで引きずっていく。

 

「ふーーーー!」

 

 焚き火の横のちょうどいい大きさの石に腰掛け、手を放してやると、その少年は警戒しながらも、

 

「・・・」

 

「だから、ほしけりゃ食べろって」

 

 視線がお魚と忠夫を行ったり来たり。思わず苦笑いをしながら薦めてやると、それでも警戒しながら食べ始める。

 

「美味いか?魚の焼き方にも結構自信はあるんだけど」

 

「・・・・おいしい」

 

「だろ?」

 

 そのままがつがつと食べて行き―――

 

「・・・ご馳走様でした」

 

「ほい、お粗末さま」

 

 とうとう、完食してしまった。それに気付いてすまなそうな視線を向けてくる少年。忠夫は、そんな彼の頭を笑いながらぐりぐりと撫でるのだった。

 

 

「んで、坊主。名前は?」

 

「ケイってゆーんだ」

 

「そーか。んじゃケイ、お前、一人でこんな所にきてるんか?」

 

 その言葉に、ぶんぶんと頭を振るケイ。どうやら大分慣れて来た様である。

 

「母ちゃんがいるんだ。最近忙しそうだから、ご飯の準備をしようと思って・・・」

 

「此処で魚を獲ろうとしてたら、俺が来たんで隠れて様子を見てた、と。んで食欲に負けて、あっさり出てきちゃった訳か」

 

「だって・・・いい匂いがしたから」

 

 その場面を思い出したのか、恥ずかしそうにそう答える。

 

「そーだろ。これでもサバイバルには自信があるんだぜ?」

 

「でも、うちの母ちゃんの料理も美味しいんだよ!」

 

 対抗心でも湧いたか、そう母を自慢するケイを見て、忠夫は何となく自分の小さな頃はこんなんだったのかなぁ・・・と思ってしまうのであった。

 

「―――ケイッ!」

 

「あ、母ちゃん!」

 

 そんなほのぼのとした空気を打ち破り、突如横手の森から現れたのは―――

 

「―――嫁に・・・ああっ!子持ちかぁ」

 

 忠夫が心底残念そうに呟くほど、しっとりとした色気を纏った妙齢の女性であった。

 

 

「やぁ」 

 

君は、鳥を逃がした鳥篭を、どう思う?

 

 鳥篭は、鳥をその内に留めておく事がお仕事だ。鳥を育てる事じゃない。まして、鳥を生み出す事じゃない。

 

 その鳥篭から、中の小鳥を逃がしてあげよう、と思った子供が居たとする。

 

 子供に罪はあると思うかい?

 

 逃げた小鳥が悪いのか。逃がした子供が悪いのか。それとも、その扉を開いてしまった鳥篭が悪いのか。

 

 ―――全く。因果だねぇ。

 

 ―――それでは、良い夢を。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。