月に吼える   作:maisen

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第三十話。

「だ~、もぅっ!暗いし歩きにくいしくっせーぞ!」

 

「死体の山ですか・・・もしかして此処は」

 

 美神達は、未だに原始風水盤まで辿り着けないでいた。辺りにあるのは暗い洞窟の壁と、全てを見通すことはできないが、おそらく人間のものであろう、半分白骨化した死体の山。当然辺りにはかなりの臭気、いや、はっきりとした腐臭が漂っている。

 

「そうね・・・多分、あのゾンビの製作場所かしら」

 

「あらあら、こんなにたくさん集めて・・・ま、此処の死体が――ふぅ。作りかけのゾンビじゃなきゃ良かったのにねー」

 

 先頭を行く勘九郎と美神の前には、今まさに土をかき分け地面から突き出してきた腐った手。

 

「全く・・・面倒くさいったらありゃしないわねっ!」

 

 美神の振り下ろした神通棍が、早速その手を突き出してきたゾンビをぶった切る。

 

「・・・あの兵隊達よりは、厄介じゃなさそうですけど」

 

「それでも、これだけ数がいるとやっぱり厄介よ。もう・・・魔装術も結構疲れるのよねぇ」

 

 そう言って辺りを見回す勘九郎の目には、あちらこちらで盛り上がる地面が写っている。

 

「はっ!全部ふっ飛ばしゃあ、問題ねーよっ!」

 

「あんまり飛ばしすぎるなよっ!雪之丞!」

 

「てめーこそ、気合を入れろやピート!」

 

 ピートと雪之丞はそう声を掛け合うと、揃って前方に突っ込んでいく。美神と勘九郎はそれぞれ左右に展開。

 

「・・・さて、後は御大にいつご出陣願うかが問題かしら」

 

 勘九郎は、そう小さな声で呟きながら、ズボンのポケットを確かめる。そして――

 

「「おおおおおおっ!!」」

 

 前列2人の雄叫びで、未完成のゾンビは掃討され始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべぇ、やべぇぞ?!」

 

 所変わってこちらは忠夫。彼は、

 

「此処何処だよっ?!」

 

 思いっきり迷子だった。

 

「あかんっ?!このままじゃ汚名返上する為の見せ場を作る機会がぁぁっ?!美神さんにしばかれたくはないぞっ?!」

 

 問題はそこであろうか。

 

 

「ぜっ! ぜぇっ! ま、まったく次から次へとよくもまぁ湧いて出たもんだぜ!」

 

 雪ノ丞の拳が防御等考えもしない片腕のゾンビの頭部だけを弾き飛ばす。

 

「だから飛ばしすぎるなって言っただろ?!」

 

 息を切らしたせいか大ぶりになった拳の隙を突き、頭が無くなった事に全く痛痒を感じていないゾンビの片腕が振り下ろされそうになるも、雪ノ丞の背後からとび蹴りを繰り出したピートに上半身だけを蹴り飛ばされ、ゾンビは今度こそ灰になって土に帰る。

 

「だあああっ! うるせー!敵が来たら全力で相手するのが醍醐味ってもんだろがっ!」

 

 前の方は喧々囂々と喧しいながらも、2人で確実に一番多いゾンビ達を仕留めている。

 

 

「ふっ!あーもう、いい加減にしてよねっ!」

 

 

 右の美神も次々と歩いてくるゾンビに対して、破魔札を節約し、神通棍だけでやりあっている。とはいえ、体が多く動く分だけ消費も激しいようである。彼女の額からは、幾つ物汗の珠が流れ落ちていた。

 

 

「くぅっ! 大分潰した見たいだし、そろそろ種切れになって欲しいんだけどねぇ―――っと!!」

 

 勘九郎は大方の相手を潰し、それでも散発的に襲ってくるゾンビを駆逐し、辺りを警戒しながら美神に合流しようと動いていた。

 

「このっ!」

 

 が、合流する前に最後の一体になっていたゾンビに、輝く神通棍が胸を貫き呪術ごと打ち砕く。大穴を胸に開けたゾンビは、もはやなんの力も無く崩れ落ちた。

 

「ゴァァァッ・・・」

 

 そして、最後の一体がゾンビからただの灰へと戻っていく。

 

「よ・・・ようやく終わりかよ・・・」

 

「はぁっ! はぁっ! まだよっ! 油断するんじゃないっ!」

 

 息を荒らげながらも、勘九郎はむしろ周囲への警戒を強めていた。

 

「ど、どう言う事ですか?」

 

「相手がメドーサだって事。あの女だったら――」

 

 その頃には、ほぼ全員が息を荒げていた。何せ相手がゾンビ。元々痛覚なんて物は持ってくれてはいない上に、未完成とはいえ、かなりの強化された集団が、次から次へと溢れるように現れるのだ。そして、彼女達が疲れきるのを待っていたように、

 

「おやおや、もうお疲れかい?そんな事じゃ、目的地までは辿り着けないよ?」

 

「――必ず、このタイミングで現れるわ、ね」

 

「何処までも性格の悪いおばはんねっ!」

 

 メドーサが、進行方向から完全版のゾンビ兵達を引き連れて現れたのだった。

 

 

「よくもまぁ、此処まで辿り着いたもんだよ・・・てっきり途中で一人二人は脱落する物と思っていたんだけどねぇ」

 

 そう言いながら、その手に槍を出現させる。ゾンビ兵達も既に襲い掛かる体勢である。

 

「お生憎さま。そんな柔な事じゃ、GSなんてやってらんないわよ」

 

「そういう台詞は、その大量の汗を拭ってから言った方がいいんじゃないかい?」

 

 その言葉通り、ピートと美神の顔には、戦いでついた土埃と、いまだ流れる汗があった。魔装術で見えないが、おそらく勘九郎と雪之丞も同様であろう。

 

「ちょうど良いウォーミングアップってとこかしらね」

 

「ふん。それなら――本番といこうかっ!」

 

 メドーサが振り下ろした槍を合図に、美神達に飛び掛っていくゾンビ兵。数は7体、多いとはいえないが、現状からすると決して油断できない数である。そして、その後にはメドーサが居るのだ。

 

 

「行くわよあんた達!死にたくなかったら、死ぬ気で踏ん張りなさい!」

 

「はいっ!」

 

「言われるまでもねぇっ!」

 

「・・・まだ、早いわね。しょーがない、もう一願張りしなきゃ駄目みたいねぇ」

 

 戦端は開かれる。目的地は、おそらくメドーサの後ろにある。原始風水盤、それを破壊できればこちらの勝利。突破されなければ向こうの勝ち。攻め手側は先ほどまでのゾンビ相手の疲労が抜けきっていない事に加えて、あちらはおそらく残った全戦力を投入している筈。

 

「・・・まだまだ、死なせるには惜しいお尻なのよねぇ・・・」

 

「こらそこっ!馬鹿言ってないでとりあえず俺より前にいけぇぇぇっ!」

 

「あら、残念」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちか?!」

 

 忠夫はひたすら駈けていた。ようやく見つけ出したメドーサの匂いは、既に十数分の遅れがあることを知らせてくる。

 

「えーと、匂いは此処から・・・って」

 

 が、忠夫の求める美神達の姿も、出来れば会いたくない魔族やゾンビの姿も其処には無い。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・穴?」

 

 そして、その匂いの導く先は、唐突に現れた直系2M程のただの深い縦穴であった。

 

「・・・・・・・・・・・そーいや、飛んでたっけなぁ・・・」

 

 空を飛んでいたメドーサの姿を思い出し、彼女には階段が無くても問題ないと言う事に今更気付いた忠夫は、しばし呆然とその穴を見つめる。頭を掻いてみる。辺りの匂いを嗅ぎまわってみる。

 

「ん?! これは、あのゾンビの匂い?!」

 

 微かに匂うのは、確かにあの時、屋敷の前で嗅いだ腐った匂い。それは、穴を通り過ぎて更に先へと続いている。

 

「・・・い、急がば回れって言うもんな?」

 

 誰に問うでもなく、そう呟く忠夫。

 

「でも、近道だよな、多分」

 

 穴の周りの匂いをかいでみる。間違いなく、メドーサは此処から降りていったようだ。

 

「・・・・・・・・・ええいっ!当たって砕けませんよーにっ!」

 

 大きく息を吸って、吐いて。忠夫は覚悟を決めて飛び込んだ。

 

「おわあああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・」

 

 忠夫は、真っ暗な闇の中へとロープレスバンジーを敢行したのだった。

 

 

「これで・・・ラストッ!」

 

 ―ぱんぱんぱん。最後のゾンビを倒した美神達の息は、先ほどに増して乱れている。其処に響くのは、からかう様なメドーサの拍手。

 

 

「お見事。やるじゃないか、たかが人間風情が」

 

 最後の7体目を仕留めたのは、美神の神通棍。しかし、拍手を贈るメドーサは余裕を崩さない。

 

「随分と余裕じゃない、高みの見物のつもりかしら?」

 

「いいや? 只の観察さ・・・そろそろ、思ったように足が動かないんじゃないかい?」

 

 メドーサの蛇眼は、美神達を見通すように細められる。

 

「そんなあんた達なら―――」

 

 そう言いながら、懐から、四角い板のような何かを取り出すメドーサ。

 

「―――こんなちゃちな物でも、動きくらいは止まるだろう?」

 

 

「「「「っ!!」」」」

 

 辺りは重い雰囲気に包まれた。そう、まるで蛇の口の中に居るような―――

 

「こいつは、屋敷の周りにあった奴と一緒じゃねぇか?!」

 

「・・・成る程。ちっ、あの狸め、囮になったのかい」

 

 雪之丞の一言を聞き、忌々しそうに吐き捨てるメドーサ。忠夫のハッタリはハッタリでなく、自分が去った後に本当は彼が其処に居た事を悟るが、今となってはもはやどうでもいい事と思いなおしたメドーサの口元が釣り上がる。それは、忠夫が此方側になる事が分かっているが故の嗜虐的な笑みだ。

 

「まぁいい。これで詰み、かねぇ?」

 

「・・・しょうがないわね。こうなったら」

 

「甘い。何がしたいのかは知らないが、そんな事許すとお思いかい?」

 

 懐から何かを取り出そうとした勘九郎を一睨みすると、その足元から現れたのは、無数の、漆黒の、蛇。それらは美神たちを完全に拘束する。

 

「なっ?!」

 

「さて。面倒くさい事は嫌いだけど、とっとと片付けちまおうかねぇ・・・」

 

 メドーサの手には、大きな魔力塊が現れた。こうなれば幾ら数が居ようとも、もう恐れる事は無い。じわじわと近付く事無くなぶり殺しにするだけだ。

 

「これで――」

 

 そして、その手を突き出し、これから始まる光景を思い浮かべたメドーサの愉悦の笑みが、だが、後方からの微かな風斬り音を捕えた事で消え去った。

 

「―――っ?!」

 

 魔力を散らし、槍を後方に振り上げる。それはギリギリの所で振り下ろされた霊力を纏う手刀と激突し、甲高い音を立てた。

 

「あ、失敗」

 

「よ、横島君!」

 

「てめぇ、無事だったのか?!」

 

「横島さん!」

 

「お前・・・なんでこんな所に?!」

 

「いやー、死ぬかと思ったって。あの飛び降り」

 

 其処には、メドーサの首元に目掛けて手刀を振り下ろし、そのままの勢いでメドーサを飛び越え美神達に合流した忠夫が居た。

 

「あ、あたしの眷属はどうしたってんだい?!勘九郎たちと違って、そのままの奴を直接送り込んだんだよっ?!」

 

「あ、アレなら食べた」

 

「食べたってなんだいっ?!」

 

 最早、混乱の極みにあるメドーサ。目覚めた時にはこちら側に確実についているように、勘九郎たちの時のような小型の眷属を送り込んだときとは違い、直接、かなり大きな眷属を送り込んだのだ。だというのに、目の前の忠夫は明らかに全く変わった様子が無い。

 

「ん。一口で、こう、ぱくっとな。いやー、不味そうだから止めて欲しかったんだけど」

 

「ぱくっとって・・・。こ、この不条理馬鹿・・・」

 

「んで、匂いを追いかけて、縦穴の壁を蹴りながら下りてきたら、誰かさんの後姿が見えたもんでとりあえず大人しくさせて―――」

 

「甘ちゃんがっ!」

 

「是非今度こそ記憶に残る奴をっ!と、思ってたんだけど」

 

「・・・・・・・一体何するつもりだったんでしょーね?」

 

 美神とピートの囁き声が小さく響く。二人の表情には濃い疲労の色はあれど、絶望的な状況に瀕したが故の悲壮感は消えていた。

 

「ろくな事じゃないのだけは確かよ」

 

 むしろ、呆れの方が大きいようだが。

 

 

 とりあえずの不条理は置いておいて。目の前の馬鹿は得体が知れない事を再確認する。最早遊んでいる場合じゃない。こいつは危険だ。もう部下だの眷属だの言っている場合じゃない。そう自分に言い聞かせ、メドーサは、もう一度槍を構えなおした。

 

「今度は、本気で行くよ」

 

「げ」

 

 メドーサが一瞬にしてその掌に作った魔力塊は、先ほどに比べれば小さくはあるものの、それでも直撃を受けたら只ではすまないだろうという事だけは良く分かる威力で、洞窟の壁面を抉る。

 

「空も飛べない、霊力を放つ事もできない。眷属を受け入れていれば、それぐらいの事は簡単だったんだ!」

 

「いや、受け入れなかったのは俺じゃなくて!」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 全てを振り払うように、メドーサの槍は先ほどまで忠夫の頭が会った辺りを薙ぎ払う。

 

「う、後ろに向かって全速前進―!!」

 

「逃がすとお思いかいっ!」

 

 慌てて逃げ出す忠夫と、それを飛んで追いかけながら魔力砲を撃ちまくるメドーサ。

 

 静けさが戻った頃には、残ったものは蛇に纏わりつかれた美神達だけが動きが取れないままに佇んでいる。

 

「・・・一体何があったのかしら?」

 

「メドーサ、かなり頭にきてたみたいですね」

 

「それにしても、速い。あっという間に消えやがったな」

 

「ま、せっかく作ってくれたチャンス、逃す手はないわね。さて、そろそろ反撃と行きましょうかね。ねぇ――小竜姫様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわたたたっ?!」

 

「ちょろちょろと鬱陶しいっ!」

 

 メドーサの手から次から次へと放たれる魔力砲。いかに洞窟の中とはいえ、それでも手のとどかない位置からのその弾幕に、なす術もなく逃げ回る忠夫。

 

「さっきみたいに下りて来いってーのっ!」

 

「はんっ!本気だって言っただろうがっ!」

 

 その怒声の合間にも間断なく降り注ぐ魔力の乱撃を必死でかわす忠夫。

 

「空を飛んで、その上、遠距離攻撃?!勝てるかってーのっ!」

 

「悔しかったら飛んでみなっ!」

 

「跳ねるくらいじゃ叩き落す気満々のくせにぃぃぃっ!」

 

 そう、最早油断の欠片も無く詰み将棋のように追い詰める事を選んだメドーサには、身動きが出来ない空中への跳躍も通じない。壁を走った所で結局は攻撃の為には飛びかからざるを得ず、投石をしようにも十分な威力を乗せる為には時間が足りない。

 

「当たり前だぁぁぁっ!!」

 

それでもその雨霰と降り注ぐ、メドーサの魔力砲をぎりぎりで避けつづける。

 

「たーすーけーてぇぇぇぇっ!」

 

「お望みなら、こうしてやるさっ!」

 

「うえっ?!」

 

 が、だからこそメドーサの姿が一瞬にして消え、次の瞬間には忠夫の目の前に現れた時、勢いを殺しきれずにすっ転ぶ事となった。

 

「そらっ!」

 

「うおっ?!」

 

 そして繰り出される槍。地面を転がり体勢を崩しながらもなんとか避ける。

 

「しゅ、瞬間移動までっ?!」

 

「これは超加速って言ってねぇ・・・本来は韋駄天の技―――自分の周りの時間の流れを遅らせるって言う、裏技さ。あたしも使えるんだよ」

 

「さ、詐欺やぁぁっ!」

 

 地面に尻もちをついたままの忠夫の眼前に、槍を振り上げたメドーサの姿がある。当然、訴えても、止めてくれる筈も無し。

 

「そろそろ、落ちてもらおうかい」

 

「・・・へるぷみー!」

 

 が、まさかまさかの天の助けであった。

 

「へっ?」

 

 忠夫の叫びに答えたのは、何処からともなく転がってきた黒い筒。それは、辺りに煙幕を撒き散らした。

 

「な、なんだってんだい?!」

 

「なんか知らんが助かった?!脱出ー!」

 

「あ、待てこのっ?!」

 

「うあっ?!」

 

 

 煙にまぎれて逃げた忠夫を追いかけようと走り出したメドーサの足元には、何時の間にやら細いワイヤーが引かれていた。煙で視界が奪われていた事もあり、それに足を引っ掛けたメドーサは思いっきりすっ転んだ。

 

「だ、だれだい?!」

 

 慌てて起き上がって辺りを見回すも、仕掛け人どころか忠夫の姿さえもう無い。そして、姿の見えない敵を警戒するメドーサの耳に、彼女の作戦の崩壊を示す轟音が届いた。

 

「な、あっちは原始風水盤の、なぜっ?!」

 

 その耳に響いたのは、原始風水盤が設置された部屋からと思われる爆音。

 

「くっ!」

 

 忠夫の事も気にはなるが、とりあえず原始風水盤の事を優先し、歯噛みしながら獲物が逃げた先を睨みつけながらも踵を返すメドーサだった。

 

 

「そんな馬鹿なっ?!」

 

 先ほどまで美神達が捕らえられていた辺りまで舞い戻ったメドーサが見たものは、無残にも切り裂かれ、真っ二つにされた蛇たち。そして、原始風水盤が設置してある部屋から洩れ出てくる大量の煙。

 

 慌ててその部屋に向かったメドーサの目には。

 

「どうやら、此処までのようですね。メドーサ」

 

小竜姫を中心に、破壊された原始風水盤を背後に立つ美神と、ピート、雪之丞、勘九郎、そして忠夫の姿が映る。

 

「・・・小竜姫様のお出ましかい。よくもまぁ、こんなタイミングで」

 

「ええ。私も随分とやきもきさせられましたが。どうやらこちらの思惑が上手く行ったようですね」

 

「ふん。大方、勘九郎辺りが合図を出すまで動くな、とでも言ったんだろう?」

 

「せーかい。切り札は最後まで取っておく物よ?」

 

 そう言ってメドーサにウインクを送る勘九郎。忠夫と雪之丞は引いている。

 

「おい、あいつだけでもどうにかならんのか?」

 

「なるもんならとっくにどうにかしてらぁ」

 

「そりゃそうだ」

 

「だろ?」

 

「「あんた達、もうちょっと緊張感って物を持ちなさい」」

 

 状況を考えずにこそこそと下らない事を話していた二人に、保護者二人からそれぞれ拳がプレゼント。

 

「「おおおおおおっ?!」」

 

「懲りないですねぇ・・・」

 

 振り下ろされた拳に、強制的に沈黙させられる忠夫と雪之丞。

 

「さて、形勢逆転ね、メドーサ!」

 

「事此処にいたっては、最早打つ手は無いでしょう。・・・いつぞやの借り、返させていただきます」

 

 そんな一部の流れを無視して、メドーサに向かって剣を抜く小竜姫。慣れたと言うか諦めたと言うか。

 

 

「くっくっく。そうかい、失敗したみたいだねぇ。それは認めるよ」

 

「…何を考えているのですか?」

 

 しかし、メドーサはその手を顔に持っていくと、顔を覆う。その指の隙間から覗くのは、怒りでも、憎しみでも無く・・・冷酷な、冷たい双眸。

 

「今回は素直に引かせてもらうさ。そこの半人狼に随分と引っ掻き回された事、忘れないよ」

 

「俺的には忘れてほしいなぁ。・・・あと、できれば覚えておきたいのがもう一回」

 

「戯言を。この状況下で、退けるとでも思っているのですか?」

 

 忠夫の呟きを無視して、メドーサに問い掛ける小竜姫。油断無く神剣は構えたままである。

 

「退けるさ・・・こうすれば、ね」

 

 メドーサはその顔を覆う掌を、ゆっくりと振り上げ、その指を鳴らす。

 

「な、何をっ?」

 

 答えは、遠くから連鎖的に響く爆発音と、小刻みに揺れながら天井から土くれを落とし、徐々に崩れ出す洞窟の壁だ。

 

「爆発?!まさか!」

 

 慌てる小竜姫と、何が起こっているのか分かってしまった美神。

 

「洞窟ごと潰す気かっ!」

 

「そんなっ?!」

 

「悪の秘密基地っぽいなー」

 

「のんびり現実逃避してる場合じゃないわよ!早く脱出しないと!」

 

 その言葉を聞いて慌てる雪之丞と、ピート。そして現実逃避を始める忠夫。突っ込む勘九郎。大混乱である。

 

「さ、て。お優しい小竜姫様は、そいつらを見捨てて私を追いかけるつもりはおありかい?」

 

「・・・くっ!卑劣な!」

 

「それがあんたの限界さ」

 

 悔しさに臍をかむ小竜姫を余所に、皮肉気に口元を歪めたメドーサはその身を翻すと、飛び立った。

 

「あんたとはもう会いたくないよ。あたしは、ね」

 

 その一言を、忠夫に向けて残したまま。他の誰の耳にも届かなかったが。

 

「そりゃ残念。ま、縁があれば、な」

 

 忠夫にはしっかりと聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急いでください!ここもそうは持ちません!皆さんは走る事だけを考えて!!」

 

 洞窟を駆ける美神達、だが、もう時間は無いのか徐々に天井から落ちてくる土砂の大きさと量は増え出している。

 

「きゃっ!」

 

「美神さんっ!」

 

「はっ!」

 

 美神に向かって降り注いだ岩塊を、小竜姫はその手から放った竜気砲の一撃で打ち砕く。

 

「あっぶなー!」

 

「こりゃ、急がないと本格的に崩れますよ!」

 

 慌てて再び走り出した美神の横に、忠夫が並走する。

 

「それぐらい、分かってるわよ! こうなったら、いっその事、あんた、私を背負う?!」

 

「りょーかい!」

 

「へっ?!」

 

 此処までの移動と戦闘で疲れ切り、ヤケクソ気味の美神の言葉に素直に反応し、美神を背負う忠夫。

 

「行きますよー!!!」

 

「わ、ちょっと、こら?!」

 

「おりゃぁぁぁっ!!」

 

 事此処に居たって未だに体力に陰りの見えない体力お化けである忠夫は、女性を一人背負った重さも感じていないかのように、むしろ速度を上げて出口へと駆け出していく。

 

「ま、待ちなさぁぁぁぃ・・・・」

 

 

 美神の悲鳴をドップラー効果で残しながら。

 

「はっや!あいつ何者だ、ほんとに?!」

 

「そんな事気にしてる場合じゃないだろう?!」

 

「そりゃそうだ!」

 

 足を止めないままに一瞬茫然としていた彼らだが、その背中を掠めるようにひときわ大きな岩が落ちる。

 

「「うわわわわっ!」」

 

「はあっ!」

 

 が、それはさらに後ろから放たれた小竜姫の剣の閃きで粉微塵になり、その土煙を跳ねのけるように勘九郎が続く。

 

「助かるぜ小竜姫様!」

 

「いいから急いで!ピートさんは、もしもの場合は雪之丞さんを連れて霧になって逃げるように!」

 

「はいっ!」

 

 

「やれやれ、これで一応依頼は終了かしら?」

 

 2人の背中を見ながら、最後方を駈ける小竜姫の横には勘九郎の姿。

 

「そうですね・・・とは言え、メドーサが未だ存在している事が不安といえば不安ですが」

 

「ま、気にしたってしょうがないわね」

 

「そうですね。また現れた時には、再びこうやって計画ごと叩き潰してあげます」

 

「・・・おー、怖」

 

 そう呟くと、前を行く二人に向かって勘九郎は声をかける。

 

「あんたたち!私に追いつかれたら一晩ゆっくりじっくりたっぷりと付き合ってもらうから―――

 

 お尻の辺りに気色の悪い視線を感じた瞬間、二人は光になった。

 

―――ねー。って、そこまで逃げなくてもいいじゃない」

 

 その言葉を背に、前を行く二人は今までに無い速度で駆け抜けた。というか、逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石にあの規模の洞穴が崩れ落ちると壮観ねー」

 

「この辺り一帯の地形、変わったぞ」

 

「わ、悪いのはメドーサですから。辺りの人間は避難出来ているようですし」

 

 美神達が洞窟から逃げ出し、地上に出て数十分後。地鳴りと振動を繰り返しながら、その小さな丘は沈んでいく。地下の崩落が地上の地形を完全に変えていっている。其処此処では断裂が走っているし、地割れに何件かの家が飲み込まれているようである。彼らの周りには、かなりの数の野次馬も集まっていた。

 

「で、だれかあれ止めなさいよ」

 

「お、俺は嫌だぞ?まだ死にたくねぇからな!」

 

「ぼ、僕だって無理ですよ?!」

 

「えーと、まぁ、ほっといても大丈夫ですよ、きっと」

 

 

「くぬっ!くぬっ!この馬鹿はっ!」

 

「美神さーん!横島さん死んじゃいますよーーっ!」

 

「何で野次馬の前にまで背負って行くのよっ!」

 

「ぐはっ!いや、照れる美神さんがちょっと良いかなーって!」

 

「判決、有罪。即刻死刑!」

 

「ぎゃーっす!」

 

「横島さーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「支援任務・遂行。記録映像・プロテクト。マザー・への・報告・緊急度AAAと・判断。帰還・します」

 

 そういって、野次馬の間を縫い、忠夫をスモークとワイヤーで助けた小さな影は一人人混みへと姿を消していくのだった。

 


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