月に吼える   作:maisen

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改訂済みのストックが切れました。

気になる所以外はあんまり改訂しないので、しばらくはクオリティが下がるかもしれません。(3000字増えた文章をみながら)


第二十二話。

「隠蔽結界急げー!!」

 

「壱番、設置完了!いつでも行けます!!」

 

「弐番、準備できましたー!!」

 

「参番と四番からの連絡はまだかっ?!!」

 

 怒号が飛びかう戦場真っ只中の『対竜神王対策司令本部』。

 

 角のある者も無い者も、豪華な服で着飾った者も全身装甲じみた鎧を身にまとった者も、分け隔て無く必死に動き回っていた。

 

つい先程までそれこそ雲霞の如く兵士達を繰り出し、一応は主である筈の竜神王に結構洒落にならない威力の波状攻撃を繰り返していた竜神族家臣団。

 

 ところが、というべきかやはり、というべきか。

 

竜神王は強かった。そりゃもう、担当していた将軍がブチ切れるくらいには強かった。そして、とうとう最終兵器の出番となっちゃったのだ。

 

「参番四番準備完了の連絡来ました! 何時でも行けます!!」

 

「よぉーしっ! よくやった! それではお願いします!!」

 

「……やれやれ」

 

 よっぽどストレスと疲労がたまっていたのか、髪を振り乱し、充血した眼を将軍と呼ばれた者から向けられながら、のっそりと呼びかけに答えてキセルをふかし出てきたのは、おそらく人界駐留の武神の中では最強と言われる猿の神。

 

「あの馬鹿モンが。老骨には堪えるのう」

 

 斉天大聖、天にも斉(等)しい大聖者。猿武神「ハヌマン」であった。

 

「むぅぅ…この気配…」

 

「どうした?」

 

「犬塚殿、ちょっとこれを…」

 

「これは…?」

 

「……ぼしょぼしょぼしょ」

 

「成る程…つまりごしょごしょごしょ」

 

「「――ぐふふふふ」」

 

 御大の出番に何を感じたか、やたら悪い顔で悪だくみをする悪い大人の見本達に、巨大な怒声が降り注ぐ。

 

「そこの馬鹿殿! 娘に男ができたくらいで暴れるんじゃぁない!!」

 

「やっぱり猿爺か!」

 

「全く。竜神王になって少しは落ち着いたかと思えば!」

 

「で、何用でこんな所まで?」

 

「なぁに、ちょっとばかりお灸を据えに、のぉ」

 

「ほぉう? 歳を取ってとうとう耄碌したようですなぁ?」

 

「なぁに。娘のことになると目の色を変えるどこぞの親馬鹿には負けんぞ?」

 

「「………」」

 

「死ねこのくそ爺ぃぃぃっ!!」

 

「やれる物ならやってみいぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 途端に二人から発せられる閃光。まばゆい光に周辺が包まれる中、白光を内側から食い破る様にして二つの影が見る見るうちに膨れ上がって行く。

 それを遠目に双眼鏡で確認した竜神族の下っ端兵士は、隠しきれない喜びを零しながら手元の通信機に連絡を入れた。

 

『やったーっ! 交渉は失敗しました! 広域隠蔽結界発動! 仕方ないのでお灸をたっぷり据えてくださいやっちまえウヒョー!』

 

 どうもこういう展開になる事を予測していたと言うか、むしろなって欲しいと竜神王に振り回されていたほぼ全員が願っていたようで、通信機から聞こえて来たそんな声に口元を危険な角度につり上げながら、将軍は手元のスイッチに拳を叩きつける。同時に、漸く収まりだした白光を中心として、四本の光の柱がそそり立った。

 

 光の柱は互いにその間隙を稲光の迸る光線で埋め、そして瞬時に完成する巨大な結界。

 

 四隅を光の柱で囲まれた結界(というか完全にリング)の中で、全身に毛を生やした白い猿武神と、白く輝く鱗に包まれた大龍神が怪獣大決戦をおっぱじめたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い通路をこそこそと怪しく動き回る男がいる。

 

 曲がり角の先を覗きこんでは警戒を解かずに忍び足で移動して、人影が来れば天井に張り付いてやり過ごす。

 

 男は鍵の掛かっていない部屋を見つけると、中に誰もいないことを確認してその身をドアの隙間に滑り込ませた。

 

「ふー。何とか逃げ切ったか。…ッ!」

 

 が、油断したのかドアを閉める瞬間に小さく物音を立ててしまう。タイミングも悪く、丁度すぐそこの曲がり角から誰何の声がかかった。

 

「…ん? 誰か居るのか?!」

 

「……にゃー、にゃー」

 

「何だ猫か」

 

 安堵の吐息さえ押し殺しながら、先程タイガーの試合に思いっきり横槍を入れてしまった忠夫はとりあえず逃げていた。

 

 結果的にタイガーを助けたとはいえ、手段が余りにも乱暴な物である上に、何故かそんなつもりは無かったとは言えタイガーまで巻き込んでしまっている。

 

 その上、やった後で思い出したが、確か他人の試合に手を出すと、その場で失格となった筈である。が、彼の場合はそんな計算が働いたと言うわけではない。

 

「やべやべ。静かにこそこそっと逃げるべし…」

 

 思わず逃げてしまった、というのが最も正解に近いだろう。

 

 そんなこんなで担架と医療班と結界の破壊に伴う大混乱に見舞われた会場からすたこらさっさだぜー、と逃げ出した横島は、会場が大分落ち着きを取り戻した頃を見計らってこっそり戻るつもりであった。

 

「お、あれは」

 

 逃走経路に美神を発見した横島。どうやら彼女は彼女で『結界が壊れた時の現象』に心当たりがあったようで、おそらくこの辺りを通るだろう、と目星を付けた狭い通路の交差点、わざと目立つように、その真中で周囲を見回していた。

 

 このルートを完全に読まれていたかと少々冷や汗をかきつつも、無視して通れば後が怖いし、そもそもそれが可能かと言われれば無理じゃなかろうか、と言う結論に至った横島は、さっさと雇い主に合流する事に決めた。

 

「美~神さ~~ん!」

 

「うわきゃぁっ?!」

 

 ぬるりとどこぞのエイリアンの如く天井の配管に両手足で掴まっていた横島は、静かに上半身を垂らすと美神の背中をついっと指でなぞった。

 

 流石に背後から気配も無くセクハラをかまされるとは予想していなかった美神は微妙に可愛い驚きの声とともに、そちらに向けて迷いなく全く可愛くない威力の拳を突き出した。

 

 横島の顔面に思い切りめり込んだ拳を引き抜きながら、バックステップで距離を取った美神の前に、力尽きた横島がずりずりと落下してべちゃりと地面に伸びる。

 

「こっ、このくそガキ…! 一遍本気で極楽に送るわよ!?」

 

 憤懣やるかたない様子で未だに心臓の鼓動が収まらない胸元を押さえながら美神が言う。

 

「…軽いジョークやないですか」

 

 地面に這いつくばったままの横島も、流石にここまで『イイ』反応と大きなダメージが返ってくるとは思っていた無かった様子で、じと目でふらふらと立ちあがりながら抗議した。

 

「軽いジョークで人の寿命を縮めるつもりかあんたはっ!!」

 

「こっちは物理的に寿命が無くなるとこだったんスよっ?!」

 

 瞬間、忠夫の喉元に伸びた神通棍の先が突き付けられた。正直見えんかった、とは後の半人狼の言葉である。

 

「……で? 今度はマイナスまで持って行って欲しい?」

 

「何でもないっす! すんませんっした! んで、あの…」

 

 神通棍を構えた美神に恐る恐る尋ねる忠夫。

 

「…タイガーなら大丈夫よ。冥華さんが――冥子のお母さんね。あの人が式神使ってヒーリングしてくれてるわよ。あの人の腕と12神将があれば、何とかなるわよ」

 

「そっスか! よかった~~」

 

 友人であるタイガーの安否が確認できていなかったことの方がよっぽど負担となっていたようである。

 

とりあえず大丈夫だと言うことが分かると、思わず腰から力が抜け、床に座り込んでしまった。

 

「一応、今回の犯人は未だ不明、ってことになったから。運が良かったわね」

 

「…ナ、ナンノコトデショウカ?」

 

「目撃者も無し。監視カメラには幸運にも映ってなかったらしいわね。とは言っても、あんな事ができんのは」

 

 腕を組んだ美神は不機嫌な表情を隠そうともせず、必死で目をそらす半人狼の助手を横目で睨む。視線を感じて思わず尻尾が丸まりそうな忠夫であったが、それはズボンの中だから分からない。

 

「どこぞの半人狼の影法師位だと思ったんだけどねぇ?」

 

「あ、たいがーのお見舞いに行かなくっちゃ」

 

 美神の視線に怯えて必死で脱出を図る忠夫。背中を丸めてこそこそと逃げていく忠夫に、神通棍で頭を軽く叩くと、続けてその先を壁にかかった医務室への案内板に向ける。

 

 再度へこへこと頭を下げて行く先を変えた忠夫の背中に、表情を半眼から苦笑いに変えた美神が声を掛けた。

 

「ま、いいわ。そろそろ小竜姫からの定時連絡があるはずだから、あんたも十分休んどきなさい」

 

「へ?」

 

 気の抜けた忠夫の返答に、美神はその視線を鋭い物に変えると、纏う雰囲気を今までのどこかリラックスした物から、一気に戦いの場でのテンションにまで持ち上げていく。

 

「そろそろ始まるわよ。本番が」

 

 

 

 

 

 

 

「あ~すっきりした~」

 

 あの後、そのまま踵を返して去っていった美神の雰囲気に押され、タイガーの居場所に行く前に忠夫はとりあえずトイレに駆け込んだ。緊張の連続から開放された為であろう。殴られた時に衝撃で溢れなくて良かったと思いながら、スッキリとした表情で手を洗った忠夫は大きく肩を落とす。

 

「…はぁぁぁぁ、なんだか一気に疲れた。お~い、心眼?」

 

 一連の騒ぎの中で。忠夫がその吼声で結界を破った後から心眼は殆ど沈黙していた。改めて鏡の中の自分が身につけているバンダナに話し掛けてみる。

 

『…』

 

 果たして、忠夫の声に答えるように心眼は無言でその瞳を開いた。が、何故かそのまま再び閉じていく。

 

『…っ』

 

何かが吸い込まれる音がした。

 

「あれ? おーい。心眼やーい」

 

 再度目を閉じた心眼に対し、壊れたテレビにするようにトントンと叩く忠夫。当然ながらテレビでは無い心眼が反応する訳も無い、筈だった。

 

『未熟者』

 

その言葉と共に、再び開いた心眼は、既に先程の物とは違っていた。バンダナに開いた目は「2個」。それまでの縦に割れた瞳を持つ巨大な一つ目と違い、まるで、獣のような鋭さを持つ獣眼。

 

 そう、いつか見た影法師の目そのままのモノがそこにあった。

 

「うおっ!」

 

『狙いが甘い。乱れた感情のままに狙うから獲物以外を傷つける』

 

「うぐっ」

 

『収束が甘い。しっかりと束ねていないから余計な被害まで出す』

 

「ぬぅぅ」

 

『威力が弱い。十分に霊力が練れていないからあんな無様な結界に手間取る。他の霊媒どもの圧力がなかったら、結界の表面を削って終わりであった、な』

 

「…」

 

 いきなり登場したおそらく忠夫の影法師。いきなり駄目だし三連発でもうボロボロである。

 

「ちくしょー! いきなり出てきて何だってんだこの野郎!」

 

『あんな無様な真似はするな、と言っている』

 

 トイレの鏡越しに合った視線で睨みつけるが、全く気にしていない様子の影法師。目しか見えない為非常に分かりにくいが、おそらくこちらの睨みも、鼻で笑いながら気にも留めていないだろう事だけは、忠夫にもはっきりと分かった。

 

「あーもう! お前、いつかの影法師だよな?」

 

『正確にはその一部、といった所か』

 

「心眼はどうなったんだ?」

 

『喰われた』

 

「は?」

 

 いきなりとんでもない発言をかます推定影法師の一部。

 

「おいおいおいっ!何にっ?!いや喰われたってなんで?!」

 

『落ち着け。あやつはどちらにせよそもそも最早寿命が近かったのでな。喰われたと言うより引き込まれた、といったほうが正確だな』

 

 要するに、エネルギー切れである。そもそも天竜姫が心眼を授けたのは緊急時のお守りのような役目を期待して、であった。

 

その目的は困った時にその内に蓄えられた天竜姫直々に授けた竜気を効率よく使うための保管器であり、その制御装置として心眼は存在していた。

 

ところがそのバッテリーとしてのバンダナに内蔵された竜気はたまたまその状況を覗き見していた天竜姫の手加減無しの後押しであっさりと底をつき、最早ただの喋れるバンダナとしての存在となっていた。

 

其処へきて忠夫が外部への霊力に目覚めた際、最も近くに在った通路――この場合、膨大なエネルギーが無くなって空になっていた、貯蔵庫であったバンダナへと一部の流路がこじ開けられ、たまたまその結果として心眼としての意思と機能が忠夫の内に引きずり込まれてしまった、というわけである。

 

 偶発的に起こった事ではあったが、心眼が無くなった事で完全にバンダナもただのバンダナと化しており、結果としてこっそり天竜姫が付けていた覗き見機能が無くなったのは忠夫にとってラッキーだったのかもしれない。

 

「んじゃ、あいつは」

 

『お前の一部と成った』

 

「…天竜になんて言ったら良いのやら」

 

『ともかく。お主は結局我の問いに答える事ができるのか?』

 

「へ?」

 

 

『言っただろう? 次の牙を見つけてみせろ、と』

 

 それは初めて霊力に目覚めた時。あの一瞬の邂逅での出来事の中で聞いた言葉だ。

 

「それは…」

 

『…ふむ。犬飼忠夫よ。我は問う。お主の想いはその程度か?』

 

「…」

 

 何の事か分からない、何故そんな事を言われなければならない。そう思いながら反抗的な視線を向けてきているのであろう忠夫に、影法師は鏡越しに視線をそらす事無く向け続けている。

 

『先程のお主は、確かに己の牙を扱えた。ならば、その力を持ってなんとする?』

 

 冷たい声。何の感情も篭っていないように、いや、失望だけが篭ったようにも思えるその問いかけ。それを聞いた忠夫は、顔を伏せる。

 

「…さっきさ、ほんとにビックリしたんだ」

 

『む?』

 

 だが、心眼、いや、影法師の問いに答えた忠夫は、顔を伏せたままぼそぼそと呟く。

 

「あいつらさ。別に悪い奴等じゃないって思ってる」

 

『あの光景を見せられて、か?』

 

「それでもだ」

 

『ならば、どうしたい?』

 

「…ちょっと無茶な事だけど、協力してくれるか?」

 

 迷いはまだ残っていて、やや自棄になっているような声音ではあった。しかし、同時にそれは確かな意思が籠った声音だった。

 

『先程の未熟な一吼えに免じて、な』

 

「んじゃさ…手伝ってくれ。俺は、あいつらを、いや」

 

 呟き声は段々と確かな音量を持ち始め、それに含まれる意思は熱を増す。そして

 

「あいつらの根性、叩き直してやりたいんだけど?」

 

『ふ、ふははっ! よかろう、今回だけ未熟者の手を引いてやろうではないか! ならば再び問おう!!』

 

 額からの声からは冷たさも失望も消え、愉快さだけが零れている。視線に籠っているのは、やっと光り始めた若武者を眺める先達の暖かさ。

 

『お主が得た牙は「奪う牙」! 意思を、物質を、命を、存在を! 他者から何かを奪う牙! その牙を持ってなんとする?!』

 

 愉快さの中に篭められた、影法師にしか分からない、他者には伝わらないその思い。

 

「――奪わない! 奪う牙で奪わない、奪わせない! それが俺だっ! 犬飼忠夫だっ!!」

 

 その一吼えを聞いた影法師は、今己に眼しか無い事を幸運だと思ってしまった。その矛盾を、奪う牙で奪わない事を真顔で告げたその存在を、――面白い。そう、思ってしまった。吊り上がる口元が、抑えきれずに零れていたであろう笑みが見えない事が幸いだと思った。

 

『その意気や良し。だが、結果を見せねば只の戯言だということも分かっておろう?』

 

 鏡に映った互いの眼。その視線に篭った意思がぶつかり合う。かたや挑発的に。かたや不敵な笑顔と共にその眼に意地を乗せて。

 

「だ~から、言っただろう?無茶でも良いかって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが白竜GSの…」

 

「ええ。この登録に間違いが無ければ、ですが」

 

「わぁ~、おっきなお寺~」

 

 とある山中にある白竜道場。辺りは木々に覆われており、その厳かな佇まいを見せるのは白竜GSによって開かれたGS養成所。唐巣神父、小竜姫、そして母の手元に残った治療中の一匹を除いた11匹の式神をつれた冥子。彼らの姿は今その前にある。

 

「…おかしいですね」

 

「どうかしましたか、小竜姫様」

 

「静か過ぎます」

 

 辺りは鬱蒼とした森で囲まれている。豊かな森だ。空気も澄んでいて、霊的にも安定している。霊能力者の訓練場としても理想的であろう。だが、此処には、あってしかるべき命の息吹が全く感じられなかった。

 

「鳥の鳴き声も聞こえないわ~。たっくさん住んでそうなのに~~」

 

「…小竜姫様」

 

「ええ。どうやら大当たりのようですね。来ます」

 

 そう会話しながらも最も大きな建物―――おそらく道場であろう場所に向かって歩みを進めていた小竜姫たちはその足を止める。そして―――

 

「ビッグ・イーター?!」

 

「これはメドーサの眷属っ!」

 

「皆~出てきて~~!!」

 

 歩みを止めた彼らに向かって、道場の扉を打ち壊しながら現れたのは、いつぞや東京の地下水路で美神達を追いかけ回した大口の化物たちだ。即座に戦闘態勢を取る3人と11匹。

 

「ここは私達が抑えますっ! 唐巣さんは美神さんたちに連絡をっ!」

 

「はいっ」

 

 化け物どもに剣を抜いて斬り付けながら小竜姫が言い残した言葉に従い、懐から携帯電話を取り出した唐巣。だが、その電話はつながることは無かった。横手から飛んできた手裏剣がそれを正確に打ち落としたからである。

 

「なにっ!」

 

「残念ですが、貴方達にはもう少し遊んでいっていただきますわ」

 

 今まで息を殺して隠れていた黒い忍者服を着た女性が、道場の傍らの一回り大きな樹の陰から音も無く現れた。両手でクナイを弄びながら、酷薄な笑みで小竜姫達をビッグイーターと挟み撃ちにする位置に素早く動いたその女性は、続け様にクナイを投擲しながらサディスティックに口元を歪める。

 

「気に入らない雇われ仕事では在りますが、忍者として任務は絶対優先なので」

 

 確かに会場に居るはずの、九能市 氷雅の姿をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど~も! 九能市さん、でしたよね!」

 

「あら、確か横島さん、でしたわよね? 敗者に何か御用でも?」

 

「ケッケッケ」

 

「「……」」

 

騒ぎの未だ収まらぬ会場の片隅で、何も説明せずに手招きした美神とピートを連れて、忠夫は白竜の面々と向かい合っていた。

 

「いやー、やっと分かったんスよ」

 

「…何がですの?」

 

「いや、ずっとなんだかおかしいな~、と思っていたんですけどね?」

 

 お互いに笑顔のままに忠夫と九能市の間で少しずつ高まっていく緊張感。それを背後から「一体何を考えてるんだ」という風に眺める美神とピート。そして無表情、無言で立ちすくむ勘九朗と雪ノ丞。ニヤニヤと不気味に笑いながら見ている陰念。

 

「匂いが、ね」

 

「なにか変な匂いでもしてますかしら?」

 

「いや、普通の匂いですよ? この2日間、いつでも、試合の後も、寸分違わぬ、同じ匂い」

 

 その一言が、彼女の雰囲気を一変させた。

 

「俺、鼻が良くてですねー。どんなに香水や制汗スプレーやらを使ってても、多少は変化が分かるんですよ」

 

 その言葉に背後でなんとなく嫌そうな表情をした美神に、

 

『あ、美神さんは何時でもどんな時でも良い匂いですよ!』

 

とフォローのつもりで声を掛けて、デリカシーの無さ故に後頭部に神通棍をくらって流血したがそれはさておき。

 

「もうよろしいですか? 私達も忙しいので。お話はそれだけかしら?」

 

「いーや、ちょっと調査を」

 

「何を調べるのかしら。使ってる香水でも知りたいの?」

 

 ピリピリとしたまるで綱引きのような会話。確信はある。だが証拠は無い。ならば多少リスクはあれど、ここは一発博打に賭ける。

 

 簡単ではあるが練習はした。今回に限っては影法師が練った霊力の隠蔽を手伝ってくれたから気付かれていない。美神に神通棍でしばかれた時にはちょっと漏れそうになったがまぁ美神の霊力が撒き散らされたお陰で、十分に練り終わるまでの会話の引き延ばしに多少のごまかしが効いてくれたのは不幸中の幸いか。

 

「まさかっ!!」

 

「――――――――――ォン!!」

 

 その吼声は、ほぼ完全に霊波に変換された、無音の爆音だった。指向性もばっちり。至近距離で収束も十分。回避は不可能。しかも威力は影法師のお墨付き。ならば、

 

「くぁっ!」

 

証拠は目の前だ!

 

 影法師曰く。犬や狼の咆哮には場を清める、魔を追い払う効果があるらしい。であるからして、それが最も有効なのは、人体や物質ではない。結界や霊的なカモフラージュ、呪いの浄化、場の正常化等、歪められた流れを正しい流れに戻す効果もあると言っていい、らしい。つまり、術を使って元の姿を隠している変装にも効果はある。

 

 

 

 果たして、その驚いたような声をかき消すように、九能市と呼ばれていた女の姿が一瞬で剥落し、砕け散る。咆哮で消し飛ばされた術の欠片はそのまま会場の中へ撒き散らされ、自然とその場にいた者達の視線を集める。

 

「こ、の、くそガキがぁぁぁっ!!!」

 

 竜神族ブラックリスト掲載の指名手配犯、メドーサ。その魔族へと。

 

 

 

 GS資格。そしてGS協会。共に神族にそのシェアのほぼ全てを奪われながら、魔族にとっての敵対存在を生み出すモノ。

 

ならば、それ自体を奪ってしまえば魔族に対する敵だけでなく、神に対する手駒を生み出す一つの手段となる。とはいえ、今回のこれはそれを建前にしたちょっとした暇潰しのはずであった。そもそも、人が神や魔を打ち倒すということはそれ程簡単なことではない。

 

 下級の魔族でさえ、凡百のGSが対応するとなれば、厳しい修行と幾つもの実戦を超えてきた彼らでさえ、何人かの犠牲が出る事を覚悟しなければならないほど、種族としての格差が大きいのである。

 

 メドーサは考える。だが、だ。目の前の小僧は只の人間じゃないのか。確かに試合ではギブアップしたが、それも別にこれからGSとして現れるで在ろう受験者達の中に「恐怖」「危険」、そういった危機感を感じさせるようなやつらが居なかったから、興味を無くしたから辞めた。それだけだ。

 

 正直な所、目の前のこいつも素早くはあったが、それだけだった。霊力もまともに感じられず、僅かに竜神の力の残滓を感じさせた借り物にも残りカスのような力しか感じない。確かに霊刀を奪われたのは、使い慣れていない武器とはいえどもあり得ないミスではあったが、それでもその後の台詞は大方ハッタリだろうと自分の勘が告げていた。本気を出せば一瞬で蹴散らせると確信していた。

 

 そう、確信して“いた“。なのに、今、目の前のこいつは、こいつには得体の知れなさがある!

 

「さ~て、改めて自己紹介だ」

 

 そう言ってバンダナを外し、再び結びなおす。バンダナに押さえつけられていた獣の耳が忠夫の頭からぴょこりと姿を見せた。

 

「半人狼、犬飼忠夫、―――推して参る!!」

 

「貴様、あの時のタヌキかぁぁぁっ!!」

 

 半人狼と女魔族のセカンドコンタクトは、互いに繰り出された拳と拳が奏でる協奏曲。その鈍い響きは衝撃と共に会場中に伝播する。

 

「ちっ! お前らぁぁ! いけぇぇぇっ!」

 

「「……」」

 

「ケッケッケ」

 

 メドーサの指示に従い、何か反応を返すでもなく静かにただ立っていた白竜道場の面々がずい、と進み出る。彼らはまともな精神状態にはないと一目でわかるような虚ろな目のまま、その身に霊力を纏う。それは彼らの身を鎧う装甲へと一瞬で変化した。

 

 だが、そんな彼らに対抗するように、神通棍を構えた美神達が進み出る。

 

 いや、美神達だけでは無い。そう、ここはGS試験会場。そして、此処には彼らがいた。

 

「――ふん。魔族に、魔装術か。随分と時代遅れじゃのォ」

 

「収束率・70%・55%。32%。敵対存在と・判定。収束率順に・危険度・設定します」

 

「げっ、爺いっ! ってマリアもッ!」

 

 どこから現れたやら、忠夫の横に並び立つ「ヨーロッパの魔王」とその娘。

 

「タイガーの仇。討たせて貰います!」

 

「ピートっ! 死んでない死んでない」

 

 その反対側に歩み出る半吸血鬼、ピート。

 

「全く、この馬鹿! 小竜姫からの連絡もないって言うのに、もうちょっと待ってからにしてほしかったわ! …このゴタゴタの中逃げられるよりはましだし、やっちゃったから今回は見逃すけど、次からはちゃんと雇い主に相談するように」

 

「あてっ! すいません、美神さん!」

 

 忠夫の頭を軽く小突いた後、メドーサに向かって神通棍を突き付ける美神。

 

「貴様ら…たかが人間風情が魔族に勝てるとでも「思ってるわよ?」」

 

メドーサの嘲笑交じりの台詞を遮って、そう何でも無いような事のように答えるのは美神。

 

「ま、あんたら魔族から見ればそう言いたくなるのも分かるけど…」

 

 美神の手の中で輝きを増す神通棍。不敵な笑みを浮かべたまま、美神は全く臆することなく破魔札を取り出し、構える。

 

「あんまりGSを舐めない事ね! さぁ、人間の力、胸焼けするまで味合わせてあげるわよっ!」

 

「「応っ!!」」

 

「小僧どもは2人とも人外じゃろが」

 

「ドクター・カオス。そこは・流す所・です」

 


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