月に吼える   作:maisen

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感想ありがとうございます。

昔見ていた方が思いで補正付きで楽しんで頂ければ幸いです。

文章はボチボチ気になった所とか修正したり追加しております。

完結…したいです。( ´・ω・`)


第十九話。

「ふんふーんふーん。今ー日の! めーしは! なんだろなー!」

 

 その日も忠夫はいつものように、『事務所で食事を貰うついでに仕事をしよう』という雇い主に知られたら間違いなく酷い目にあう事を考えながら出勤していた。

 

 自宅からいつもの散歩程度の速度、大体時速40km程で、ちょっと近道と屋根の上や塀の上などを適当に足音も無く進む横島。

 

 

 その速度もあるが、本人にとっては障害物など在ってない様なものである為か、距離に比べればかかる時間はそれほどでもない。流石にビル群を超えるのは面倒くさいので(出来ないとは言ってない)、基本的にあまりこういった近道は通らないのだが。

 

 ちなみに、野生の性か足音は殆ど立てないため、いまだに苦情は無い。が、『夜中に4階建てのビルの窓の外を何かが走っていった』とか『飛び降り自殺しようとしたら本人も知らないうちに地面に立っていた』とかの都市伝説や奇妙な噂の一つや二つはあったりする。

 

 

 ともあれ、事務所へそろそろ到着する忠夫の視界に、いつか見た妙神山の門番達の姿が見えた。

 

 常人の眼では殆ど豆粒にしか見えない様な距離ではあるが、無意識的な霊力の扱いにもほどほど慣れて来たお陰もあってか視力も随分と強化されているようだ。

 

 

「あれは…鬼門達じゃん」

 

 

 鬼門達の姿を確認すると同時に、ブロック塀の上で最後の跳躍。

 

 跳躍時の音量がそれなりに聞こえるのに対し、着地時の音が聞こえるかどうかといった程度に小さいのは、跳躍が弾丸のような軌道で、それこそ地を這う様な、という表現がぴったり来る物だった事と、着地の際その衝撃を完全に殺した柔軟な膝のバネがあり、そして完全にコントロールのされた身体能力の賜物であろう。

 

 どうやら、韋駄天の件の際に、何度も限界突破したのは無駄にはならなかったようである。これを見越して美神が鍛えたのか、と言うと、瓢箪から駒とか棚から牡丹餅とかいう諺が彼女の脳裏を通っているのがなんもとはや。

 

「よっ!」

 

「「うおおっ!!」」

 

 何時の間にやら接近されていた鬼門達は、横島の挨拶に驚きの声を盛大に漏らした。二人で雑談をしてはいたが、周囲に対する警戒を怠ってはいなかった筈なのに、横島の姿は気付けば彼らの隣にあった。武神の住まう妙神山、その修行場の門番としての面目はどうしたのだろうか。

 

「何時の間に来たのだ?!」

 

「たった今」

 

「…あー、気付いたか? 右の」

 

「聞くな。左の」

 

 もう(面目が)無いじゃん。

 

「お前等が居るってことは、もしかして?」

 

「ああ。小竜姫様の依頼でな」

 

「…んじゃ!」

 

 その言葉を聞くと、無駄に爽やかな笑顔を振り撒きつつ右手を上げて去っていこうとする横島。よくよく見ればその額には冷や汗がしっとりと浮かび始めている。今は隠れて見えないが、表に出ていたならばその尻尾は見事に股間に挟まれていただろう。

 

「「何処に行くつもりだ?」」

 

 しかし、彼の右手と左手を握って確保する鬼門達。黒スーツにグラサンの巨体達に掴まれた横島は、サイズの差のせいもあってか見た目がもはやMIBに拉致される宇宙人である。

 

「いやー、だってさ?」

 

「「うむ?」」

 

「俺、あの人に会って碌な目にあった覚えが無いんだよなー」

 

 きっぱり言い切る忠夫。確かに出会い頭に斬り付けられたり、変な影法師呼び出されたり、逆鱗に触れて怒らせてバーべキュー&ミンチ(自業自得)になったりと。家は彼女と再開したその日に荒らされたし。

 

 とは言え斬りつけられたのは事実としても、彼女の触れてはいけない事に触れたのは彼自身であるし、最後の一つに到っては彼女に責任は全く無い。まるで疫病神の様な扱いをされては、小竜姫自身もさぞ不快であろう。

 

 そして、その証拠のように、横島を両側から捕獲する鬼門達は背後で膨れ上がった怒気に気付いて揃って眉間を押さえて溜息をついた。

 

「まぁ、竜神に向かって無礼千万な。仏罰の意味を体に叩き込んであげましょうか?」

 

「いやー。小竜姫様は今日もご綺麗でっ! じゃあ僕ちょっと行く所がありますんで…」

 

 硬直した笑顔のままそう言って鬼門達の手を振り切って逃げ出そうとした横島の首に、そっと冷たい金属の刃が添えられた。

 

「送って差し上げましょうか? あいにく行き先は三途の川に文無しで、ですが」

 

「すんませんっしたーっ!」

 

 結局命は長らえたものの、ばっちり話を聞いていた小竜姫はあの時の暴言を思い出して大変ご立腹であったらしく、横島は口は禍の元という言葉を体で覚える事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まぁ、ほっといてもどーせ何食わぬ顔で直ぐ元通りでしょ。で、小竜姫様?」

 

「ええ。あれは置いておいて、美神さん、依頼を受けて頂けるのでしょうか?」

 

 小竜姫の手によって事務所の片隅に転がされた物体にちらりと目をやり、微妙に動いているようなので大丈夫だろうと決め付けた美神は、改めてソファーに座りなおした。

 

「GS協会に対する魔族の浸透を妨害して欲しい。口で言うのは簡単だけど…」

 

「第一に、そのことに対する確かな証拠がありません。第二に、人間が協力しているという情報があり、そのためうかつに手を出せません。下手に手を出せば、向こうはあくまでも人と魔の契約と言い張るはずですから」

 

 小竜姫が持ち込んできた依頼は、以前天竜姫を狙った魔族の殺し屋――メドーサの妨害といっても過言ではないモノであった。神族の情報網によれば、今回のGS試験、思いっきり端的に言ってしまえば、GSとしての営業許可証争奪戦のような物であるが、その裏でメドーサがなにやら企んでいる『らしい』という事。しかし、その企みの背後は全くの不透明であり、なにやら人間のGS養成所に潜り込んで『なにか』をやっているという事だけがわかっている。

 

 おそらく、今回の目的はGS協会に潜り込み、何らかの形で魔族に「益」をもたらす事であろう、というのが神族側の見解である。

 

 しかし、言ってしまえば、分かっているのはそれだけであり、それ以外のことは未だ闇の中。人間達にとっての問題と言うよりも、神族にとって縄張りを荒らされるような物なのかもしれないが。

 

「魔族の浸透ね。別に、どっちもどっちだとは思うけどさー」

 

「…我ら神族を侮辱するおつもりですか?」

 

 天井を見上げて呟いた美神の言葉に、武神として、また清廉潔白で知られる竜神は、思わずと言った様子で右手が腰に佩いた神剣の柄に伸びた。それに気付いていない訳でもないだろうに、美神は視線を戻すと人の悪い笑みを浮かべて小竜姫を指さした。

 

「だって今のGS協会だって小竜姫様みたいな神族の浸透、というか干渉受けまくってるような物だしねー」

 

「…それはっ、貴方達を守るためであって!」

 

 実際の所、極一部の例外を除けば完全に対立属性である神と魔に対し、人間はその中間に位置する。そして、古来より神魔両方との交流は、人間が最も多く例を持つ。

 

 時に神に祈りを捧げ奇跡を願い、時に魔を頼って自分の欲望を適えようとする。二つの種族に対し圧倒的な霊的、身体的劣勢というハンデを持ちながらも人間が繁栄を続けられたのは、その狡猾さと、何時の時代も変わらない、汲めども尽きぬ無限の欲望のおかげなのだろう。

 

 そして、美神が言った神族の浸透。これは実に分かりやすい例えがある。例えば、であるが、某巨大信仰組織の長が、その信仰対象であり、己の霊力の源でもある神族からの「お願い」を受けたとする。

 

 断る、といった事があるだろうか? いや、そもそも断ることすら考えに浮かばないのではないか? 絶対的な上位者として信仰されている以上、その「お願い」は時として命令以上の力を持つ事だろう。

 

 そして、その巨大な宗教組織がGS協会に対し大きな影響力を持っていたとしたら?

 

「だ・か・ら、それが気に入らないってのよ」

 

「どう言う意味ですか?!」

 

「つまりっすね。貴方達を守るだの魔族が浸透しようとしているだの、上辺の建前ばっかなのが気に入らないって事っすよね?」

 

「あんた、ますます回復早くなったわよねー」

 

「伊達に地獄を何度も何度も見ちゃいませんって」

 

 何時の間に復活したのか、既に傷一つ無い姿で美神の座るソファーの後ろからひょいと顔を出す横島。呆れの多分に混じった美神の声に対し、むしろ胸を張って答える横島の眼には、気のせいだろうか涙が見えた。

 

 そんな雇用主と助手の会話を聞かず、二人の前で顔を伏せていた小竜姫は、その顔を上げて、決然と言い放った。

 

「…私は、あの魔族が許せない。あの時、未だ幼かった何の力も無い天竜姫様を襲い、我ら竜神族の珠玉を、失わせる寸前まで追い込んだあの女魔族が。それ以上に、いかに竜神王の娘とは言え、幼い子の命を奪おうという行為が、なによりも気に入らない。…だから、というわけでもありませんが」

 

「ふん?」

 

 小竜姫の眼には、怒りがある。神族としての物ではない。彼女自身の、彼女の在り方として、絶対に認められない行為に対する怒りだ。

 その表情を見て、美神はそれまでの詰まらなそうな雰囲気から一転、どこか面白そうに彼女を真っ直ぐに見る。

 

「今回は、「お返し」をしてやろう、と思うのです!」

 

 ぐっと握り拳を美神に見せる小竜姫。

 

「…ぷっ! あっはっはっはっは!!」

 

 その答えを聞いてお腹を抱えて笑い出す美神。

 

「な、何故笑うのですかっ!」

 

「クスクス…OK、よ。小竜姫」

 

「へ?」

 

 きょとん、とした表情で、いまだ可笑しそうに笑い涙をぬぐっている美神を見返す小竜姫。そして気付いた。

 美神の彼女に対する呼び方から様が抜け落ちている事に。

 

 傲岸不遜で我が道を行く彼女らしくは有るが、不敬と言っても良い筈のその呼び方に、小竜姫は確かに親しみが込められているのを感じ取っていた。

 

 だから、怒りよりも先に気恥ずかしさが先に立つ。

 

「オーケーって言ったのよ。そういう答えが出せるあたり、貴方も面白い神様よね~」

 

「そうですね~。さっきの小竜姫さんなら、俺も思わず…嫁に来ないか?」

 

「それを止めろっちゅーとろーが!」

 

 取り出した神通棍で思いっきり鼻面を突かれ、横島はソファーの後ろにひっくり返る。ちょっと鼻血が着いたそれを拭くつもりか、おキヌの持ってきたハンカチを受け取りつつ、美神は改めて親しみの籠った笑顔を小竜姫に向けた。

 

「あ、あの?」

 

「気に入ったわ、小竜姫。貴方の依頼、ばっちりこなしてあげようじゃないの。報酬は期待していいのよね?」

 

 ウインクしながら、ちょっと血のついた神通棍をハンカチでふきあげる美神の瞳には、溢れんばかりの金銭欲と、スリルを求めるGSとしての欲求がある。これもまた、人の性。汲めども尽きぬ欲望の一側面。

 

「え、ええ。それはもちろん十分に用意してありますが…」

 

「ちょうど良かったわ。あのおばはんには、私もた~っぷりお礼してやりたいし。さて、横島君!」

 

「はいっす!」

 

 すぐさま返る元気の溢れた忠夫の声。さっきまで美神の座っているソファーの後ろに沈んでいたはずだが。

 

「あんた、今度のGS試験受けなさい」

 

「了解しましたー!! …って、え゛」

 

「それじゃ、私は手続きの方やっておくから、小竜姫は他の――そうね、先生辺りの協力してくれそうな、信頼のできるGSに当たって頂戴」

 

「あ、はい!」

 

 そう返事を返し、慌てて走り去る小竜姫。

 

「あの~、美神さん?」

 

「さて、私はどうやって潜り込もうかしら…」

 

「お~い」

 

「そうね、やっぱりここは…」

 

「…シリコン胸「どっからそんな知識覚えてきたこのクソ犬ー!!」ヒャインヒャイン!!」

 

 もう一回口は禍の元と言うことを覚えたらしい。

 

 問題はそれが全く活用されないことだろう。

 

「んで?くそ戯けたデマを言う口はこれかしら?」

 

「ひででででーー!!」

 

 忠夫をボッコボコにしたところで、その口を摘んで引っ張る美神。

 

「い、いや、あのですね!!」

 

 かなり必死である。ここでちゃんと言わないと後が怖すぎる。

 

「なによ?」

 

「お、俺、身体が前よりも動くようになった以外で、まともに霊力なんか使った覚えが無いんですけど!」

 

「分かってるわよ?」

 

「へ?」

 

「あんたはちゃ~んと無所属で登録してあげるから、事務所に迷惑は懸からないわ」

 

「…へ? んじゃなんで俺が受験する必要があるんすか?」

 

「あんた、メドーサに顔が割れてないんでしょ? だったらちょうどいい監視役じゃない。でも、何の関係もない霊力持ちがあんな所に居たんじゃちょっと不自然なのよねー」

 

 GS試験は毎年かなりの人数が受ける試験である。しかしながら、世間一般では注目度自体はかなり低い。理由としては只一つ――面白くないのである。

 

 霊視能力の無い一般人が受験生同士の試合を見ると、片方がなんだか気合を入れて手を突き出したら、もう片方が何故か吹っ飛んだ、そう見えてしまうのだ。怪しい宗教ならまだしも、霊力の存在が分かっている以上、所詮タネのわかった手品。見鬼にも才能や訓練が必要であるが故に、一般人を対象にしたテレビ的には受けないこと間違い無しである。

 

 応援で来る一般人も居ないではないが、そんなのが一ヶ所に留まらず、特定の人物を応援したりもせずに会場をうろついて何かを探っている様子を見せている。

 

 警戒している相手なら、怪しむ可能性もある。

 

 が、そこで受験生という立場が効いて来る。

 

 受験生なら、色々な試合を眺めて情報収集するくらいは普通だろうし、また、受験生なら入れる関係者以外立ち入り禁止区域にも普通に行ける。選手の待機場所にも、だ。

 

「あー、なるほど」

 

「だから別に予選落ちしようが気にすること無いわよ」

 

「あ、あの」

 

 そういった会話をしながらも手を動かして着々と手続きのための書類を仕上げる美神と、納得したように頷く横島に、先ほど出て行った筈の小竜姫が恥ずかしそうに戻ってきて声をかけた。

 

「どうしたの?」

 

「ええと、ちょっと忘れ物を…天竜姫様からの預かり物なんですが」

 

「…上司の頼みごと忘れちゃ駄目でしょーが」

 

 呆れた様に呟く美神の視線を避けながら、外で鬼門から受け取ったのだろうか、小さな包みを持って来た小竜姫はそれを横島に渡す。

 

 手渡した本人が何処となく気まずげではあるが、横島は気付く事無く笑顔でその小包を受け取り、早速包装を解き始めた。

 

「天竜かー。元気にやってますか、あいつ」

 

「……ええ。大変元気ですとも」

 

「どれどれ、中身はっと」

 

 若干顔を青ざめさせながらの小竜姫の言葉は聞き流しつつ、とりあえず横島は包装の中にあった包みを開く。中から出てきたのは、一枚の赤い長めの布と、上品な桃色の封筒に蝋で封をされた手紙だった。

 

「手紙と、バンダナ? ええと、なになに…」

 

 

 

 

『拝啓、お元気ですか? 天竜は元気です。

 

 送ったバンダナにはお礼の気持ちとして私の竜気が込められています。いつも身に付けていてください。こちらは、いまお父さんのそーさくちゅうです。なんだか、お父さんが身に付けていた「ぎょくじ」がないとりゅうじん王になれないらしく、おかげでいまは代理としていそがしいのです。

 

 お父さんをみつけてりゅうじん王になったら、犬飼君をむかえにいきますので楽しみにまっててください。おじーちゃんとおばーちゃんもひ孫の顔がはやくみたいそーです。

 

 それではまた会える日を楽しみにしています。

 

天竜より、犬飼君へ。

 

追伸。 苗字がかわったら、なんて呼んだらいいですか? わたしは「あなた」より「旦那様」がいいです。

 

敬具』

 

 

 

 

「………」

 

 手紙を読み終わった後、油の切れたロボットのような動きで首を回し、視線を小竜姫にやる横島。

 

 小竜姫は、非常に沈痛な面持ちで頷くのみであった。硬直したままの二人を不審そうに見上げ、ソファーから歩み寄った美神が横島の手から手紙を抜きとる。傍らから頭を出して覗いて来たおキヌとともに読み進めていくうちに、不思議そうだった二人は、最後まで読み終えると揃って犯罪者を見る視線を横島にむけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ち昇りを繰り返し、ついにやってきたGS試験当日。

 

「うっわ~すっげえ人」

 

「本当ですねー」

 

 そこは、まさに奇人変人大集合といった感じである。忍者の格好をした輩から、巫女服、神道系の者、山伏の格好をしたもの、腰ミノと変な頭飾りをした男。はっきり言ってこの中にスーツでも着て入ったら普通の格好の筈なのに逆に悪目立ちすること間違い無しである。

 

「受験者数1852名、合格者枠はたったの32名。ま、狭き門ってところね」

 

「で、これからどうするんすか?」

 

「ここからは別行動よ。あんたはさっさと受付に行って登録済ませて来なさい」

 

 そう言い残し、大きなスポーツバッグを抱えてどこかへ歩き去る美神。

 

「へーい。さて、受付は…お、ピートじゃないか」

 

 きょろきょろとやる気の無さを隠す事も無く周囲を見回していた横島は、ふと振り返った先で見知った顔を見つけ、思わず手を上げ声をかけていた。

 

「おーい、ピートー!」

 

「あっ、横島さん!」

 

 手を振りこちらに大声で声をかけて来た横島に気付いたのか、それまで胃の辺りをさすりながら緊張した面持ちであった彼は、安堵した様子で横島に駆け寄ってくる。

 

 相手は、いつかのブラドー島以来の付き合いである半吸血鬼の青年、ピエトロ・ド・ブラドーであった。

 

「横島さんもこの試験受けるんですか! 教えてくれれば良かったのに!」

 

「いや、別にたいしたことでも無いしなー。とっとと予選落ちゃおうかなーと」

 

「そんな事言わないで下さいよー!! 一緒に頑張りましょうよー! 故郷の期待を受けててこっちはもう緊張して緊張してー!!」

 

「お、落ち着けピート!」

 

 よっぽど心細かったのか、涙目で横島に抱きつくピート。まぁそんな光景を目にすれば誰もが興味を引かれるわけで。

 

 不安そうだった美形が顔立ちは普通だがやたらと余裕のある男に抱きつき、しかも抱きつかれた方も小揺るぎもする事無くそれを受け止めている。そして、抱きついた美形が、縋る様に、しかし安堵の色を隠す事無く必死でしがみついている訳で。

 

「ほらほら、あれ見てあれ」

 

「うわー、ああいうのってホントーに居るんだぁ」

 

「片方は金髪美形で、片方は顔はそこまで…でも、細身だけど筋肉質っぽいわね。そそる」

 

「きゃー!それじゃあっちが攻めであっちが―――」

 

「放れろーーー!放れてくれピィィィィィト!!」

 

「嫌ですー!!一緒に頑張りましょうよー!!!」

 

 なんだか凄まじい悪寒を感じた忠夫は必死にピートを引き剥がそうとするも、プレッシャーで錯乱しているピートはなかなかしつこい。

 

 と、離せ離さないで大騒ぎを続ける二人に、遠目にも巨体と分るような目つきの悪い男がのしのしと歩み寄ってきた。

 

「横島サ…ン」

 

「ああっ!!タイガー!お前も手伝えーーー!!!」

 

 声を掛けられた横島は、知り合いだったのか彼の名前を呼び助けを求める。が、求められた方は周囲の一部がなんだか嫌にねっとりとした雰囲気で眺めている事、何よりあまりにもピートが必死である事に気付き、その場で身体の向きを180度変えると、何事も無かったかのように去っていく。

 

「…と思ったけど気のせいに違いないジャー」

 

「こらー!」

 

「横島さーーん!!」

 

 今修羅場真っ最中の忠夫に話し掛けようとしてあっさり見捨てた縦にも横にも大柄な青年は、タイガーという名を持つ、すこぶる付きの強力なテレパシストである半虎人。

 

 ある依頼をめぐって美神とエミが争ったときに知り合った仲であり、学校でもよくつるむ友人であるが、流石にこの状況で入り込むほど馬鹿ではないようだ。

 

 ちなみに横島とピートとタイガー。それぞれ何かとの混血であるためか、学校でも特に仲がよく『そういった』噂が流れているのは、本人達も知らぬこと。おそらく、知らないままの方が幸せである。

 

 そんな大騒ぎを余所に、入口にほど近い場所。テレビカメラを構えた取材クルーの前ではマイクを向けられた一人の老人が、アナウンサーの女性にその名前を呼ばれていた。

 

 世間一般では注目度が低い。しかし、裏を返せばそれ以外の、つまりGS業界内では注目度の高いこの大会。将来の商売敵であり、また様々なスタイルの霊能が見れるこの試験会場は、当然ながら需要を求める達がいて、需要があるなら答える形で供給する者達もいる。

 

 そう言った両者にとって、かの老人の名前は無視するにはいささかビッグネームに過ぎた。

 

「――ドクター・カオスさんですね?!」

 

「ああ、そうじゃが?」

 

 大きめな女性の問いかけに含まれた名前、そしてそれを肯定する一言に、周囲の者達から声が消え、視線が一気に集中する。しかし、ヨーロッパの魔王を前にしての緊張からかそれに気付かない女性と、気付いていながら全く意に関していない老人は、雰囲気にも呑まれる事無く会話を続けていた。

 

「こっ、今回、試験を受けられるという話を伺ったのですが、意気込みを一言!」

 

「む?わしはGS試験なんぞ受けんぞ?」

 

「へ?」

 

 放たれた否定の一言に、周囲の緊張感が一気に霧散した。間違いなく手強いであろうライバルとなる相手が一人減り、安堵したと言う所だろうか。しかし、すぐに一つの疑問が持ち上がってくる。

 

 それならば、何故、ヨーロッパの魔王がこんな所にいるのか、だ。

 そして、その答えは、老人にしては長身な彼が着込んだローブの、その陰から滑り出るようにして現れた。

 

「受けるのは――おい、マリア!」

 

「イエス。ドクター・カオス」

 

「――我が娘にして、最高傑作。この、マリアじゃよ」

 

 そういって、マリアの肩に手を置くカオスの表情は、いっそ見事なまでに挑発的だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――ある夜・ガード下・赤提灯―――

 

「と、いうわけでさー。私の娘がさー。婿を認めろ、嫌なら私が偉くなる! っていってさー」

 

「しかし、聞いただけだと娘に相手を見つけるために仕事に連れて来たんだろ? 良かったじゃないか」

 

「ちがうっ! 断じて違うぞっ! 有力な者の元に嫁に行けば、裕福な生活と何不自由ない暮らしが送れるじゃないかっ!!」

 

「―――ほら、そこだよ」

 

「何がだっ!」

 

「似たよーな話を一つ知ってるんだけどな。その人は、反対する親族に、この幸せが他の何かで埋められると言うのなら、貴方達はとても哀しい人たちです。そう言って、あっさりゼ~ンブ捨ててあいつの所に嫁いで来たらしいぞ?」

 

 一気に話した犬塚は、動きを止めた竜神王に構う事無く、隣に座った親父から無言で差し出された新しい酒瓶を受け取り、自分と親父のコップに注いでいく。

 

 気不味そうに顔を伏せた竜神王の肩に、犬塚の手が回された。

 

「ま、確かに娘を取られた男親の気持ちもわからんではないが、な」

 

 思わず顔を上げた竜神王の眼に、笑っている犬塚が映り込む。コップを呷る犬塚の笑みは、寂しそうでもあり、嬉しそうでもあり。

 

「…お前もか?」

 

「…まぁ、な」

 

「そうか」

 

 安っぽいガラスのコップが打ち合わされる。屋台の親父は、無言のまま、口の端を小さく吊り上げた。

 

「さて、なんに乾杯しようかね」

 

「…決まってる」

 

 笑いを交わす二人の表情は、よく似ている。

 

「「――娘に、幸せがあるように」」

 

 もう一度コップが、今度は小さく打ち鳴らされた。

 

 

「全く」

「それにしても」

「犬飼とかいう奴め」

「犬飼家の奴らは」

 

「「へ?」」

 

 

 


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